story48 斑鳩の本性
大洗が所有戦車を改造した、その日の夜―――――
黒森峰女学園の寮の一室――――
「・・・・・・」
新聞に載っている記事に、ベッドにホットパンツにタンクトップとラフな格好で腰掛けている焔は苦虫を噛んだかのような表情を浮かべる。
(早乙女の野郎。あいつばかり有名になりやがって。これじゃ早乙女の株が鰻上りじゃねぇか)
新聞の記事には『サンダース大学附属高校の戦車が、脱獄犯によって奪われる。しかし早乙女流師範がそれを奪還!』と大きく報じられている。
内心で愚痴りながら、硬めの煎餅を音を立てて齧る。
(一方の斑鳩は・・・・どんどん人気が下がって行く一方。このままだと早乙女に負けるのは目に見えているな)
斑鳩流は少々?やり方に問題があり、人気が無いのもそれが原因。早乙女流も決して人気があるとは言えないが、斑鳩とはやり方に天と地の差があるので、世間の目はそちらに向く。
黒森峰内でも、西住派と斑鳩派と分かれており、問題のある斑鳩流より西住流の方が有力だった。
(まぁ、どっちにしても今の隊長は今年で引退だ。次の決勝で私が汚れた血と西住流の汚点をぶっ潰す、それ相応の活躍を見せ付ければ私が隊長になるのは必然だ)
実質上西住みほが黒森峰を去った後、斑鳩が副隊長の座に着く予定だったが、あえて副隊長の座を自分より格下のやつに譲っていた。
(副隊長となれば、次の隊長の座になれると言う可能性は絶対ではない。だが、平で大きな戦績と、副隊長の無能っぷりが浮き彫りになれば、その時の動きで副隊長より隊長になれる可能性は大だ)
プライドの高い焔があえて自分より格下の下で戦ってきたのは、この時の為。
(私が隊長となった暁には、黒森峰を斑鳩流に染め上げ、早乙女流に目に物を見せてやる)
その事を考えると、意識しなくても口角が釣り上がる。
(しかし、あの野郎・・・・)
再度新聞に目をやると、新聞に載っている損傷したパーシングの前に居る神楽と、如月が映っている写真を観る。
(早乙女側に付いたか。まぁ、それはどうでもいい。あいつをぶっ潰すのに変わりは無いのだからな)
煎餅を食べながら新聞を畳むと、ベッドの前に設置されているテーブルに目掛けて投げ、上を滑って止まる。
(決勝戦・・・・いよいよだな)
その事を考えると、胸中に高揚感が募る。
(楽しみだな。圧倒的な力の前にやつらを蹂躙する日がな・・・・)
次の試合での出場戦車は決まっている。その中の数輌の戦車乗員は既に焔の手中にある。
(今の西住流は手緩い。本当の力による蹂躙、そして謀略による戦術。斑鳩こそが真の戦車道。全ての頂点に立つ戦車道だ!)
一つの野望を抱き、彼女は窓から覗く満月を見上げる。
(だがその前に、一つやらないといけない事があるな)
ふと、ある事を思い出す。
(西住流の汚点には、つらい現実を知ってもらわねぇとな)
その事を考えると、口角が邪悪にも歪む。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そうして次の日―――――
午前中で授業が終わり、昼からは決勝戦に向け、西住達は改造したばかりの戦車で戦車道の猛練習へ入った。
どれも改造した事により、性能と動きに劇的な変化を遂げていた。
五式は速力が上がったにも関わらず、新品のジャイロスタビライザーによって行進間射撃でも命中率は九割を占めている。
オイ車も若干走行時が危なげだったが、主砲の威力とその強固な防御力を発揮した。
十二糎砲戦車は改装後整備部の目論見どおりの性能を発揮し、命中率も篠原の腕もあって、長距離砲撃でも確実に的を射ている。
カメチームのヘッツァーも、運用法が変わったものも、砲手を角谷会長に交代した為命中率はかなり上がっている。
全体的に見れば、いつもとは異なる成果が現れ、乗員の士気もまた通常よりも高いと言った所だ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そうして日が暮れて、メンバーは戦車を倉庫に戻した。
オイ車は元あった倉庫が片付いたので、そこに収納されて整備部全員でメンテナンスをしている。
「今日の結果は、上々だったな」
「はい」
如月と西住の二人は学園艦の端にある広場に来て、決勝戦に向けての話し合いをしながら、夕日を見ていた。
如月は包帯が取れて、左目に眼帯を付けたいつもの姿になっている。
「これなら、黒森峰と対等に戦えるはずです」
「戦力と士気とその気はあっても、正攻法では勝算は無い、か」
「そうですね。黒森峰は西住流そのもの。力にものを言わせた電撃戦を得意としています」
かつて居た場所だからこそ、西住流を知っているからこそ、彼女は相手がどういう戦法で来るかも判断出来る。
先ほど二人は中島が必死になって集めた事前情報と共に黒森峰との戦いに向けて作戦をある程度練った。
さっき如月が呟いたとおり、黒森峰と真正面から戦っても、今の戦力でも勝算は無い。
数が増えて既存戦車も強化されているとは言っても、戦力と火力、硬さの差が埋まったわけではない。
そこで、今までの試合での経験から、黒森峰との戦闘に対する様々な作戦を考案する。
この時点で決まったのは、キツネチームの十二糎砲戦車による長距離砲撃によって、確実に仕留めるか、もしくは牽制をするものだ。これは十二糎砲戦車の運用方法が特殊であるからもあるが、何より篠原の射撃の腕を見込んでの配置である。
次にオイ車だが、あれだけの巨体な上に鈍足では次の作戦にはついて行けないと判断し、ある場所に試合開始と同時に移動させ、待機させるものだ。
まだ完全に作戦の全容が決まったわけでは無いが、この時点でレオポンチーム、ゾウチームの二輌が重要な役割を持っている。
「・・・・後は、その時次第だな」
「そうですね」
いくら相手がどう動くかが分かって作戦を立てても、戦場は推測通りに進むものではない。
想定外の事が起こるのも、戦場である。
「やれるだけの事を、今はやるだけです」
「まぁ、今はそれしか出来ないな」
と、話していると――――
「いくらネズミが牙を磨こうとしても、ライオンには敵わないのよ。そうでしょ、元副隊長?」
と、聞き覚えのある声が右からして、二人はとっさにその方向を見ると、一人の女子が立っていた。
「逸見・・・・さん?」
西住は思わず声が漏れる。
(あいつは・・・・)
如月は右目を細める。
それは、サンダースとの試合開始前に西住の前に現れた、黒森峰の生徒だった。
「どうして、ここに?」
「試合前のご挨拶、と言った所かしら」
「・・・・・・」
「一応言っておくけど、そちらの学園艦側に許可を得て、わざわざヘリでここに来たのよ」
「・・・・・・」
「それにしても、私たちの元から逃げた元副隊長が、今度は私たちの敵となって、隊長になっているなんて・・・・・・。
よくあなたはこんな事が平然と出来たものね」
怒りの篭った瞳で睨みながら、言葉を続ける。
「・・・・・・」
「抽選会の時には私は居なかったけど、そこに居た者たちは少なくとも驚かずには居なかったのよ」
「・・・・・・」
「まぁ、あんな事があったんじゃ、仕方無いと言えば仕方が無いわよ」
「・・・・・・」
「私だって、あなたに恩を仇で返すような事はしたくないわ。出来ればあなたを責めたくも、無いわよ」
若干言いづらそうに、視線を逸らして言葉を漏らす。
「現にあの時、あなたが勝負を捨ててまで救助に来なければ、私はこうして戦車道を続けては居なかった。下手をすれば、生きてもすらなかったかもしれない」
「・・・・・・」
(・・・・そうか。思い出した)
逸見の喋った内容から、如月はとある事を思い出す。
去年の決勝戦。西住が川に落下した戦車から救出した乗員の中に、逸見が居た事を。
「・・・・でも、あなたは黒森峰を去って、一人で傷付いているんでしょうが、黒森峰も、何も無かったわけじゃ無いのよ」
怒りの篭った声で、言葉を続ける。
「常勝の黒森峰が、十連覇を逃し、更に副隊長が去って行った。バラバラになったみんなの心を一つにするのにどれだけ苦労したか」
「・・・・・・」
「それに、あなたに救出された私を含めた者達にだって、何も無かったわけじゃないのよ。いくら規律が厳しい黒森峰だとしても、表に出ないだけで虐めはあったのよ」
「・・・・・・!」
その事に何か見覚えがあるのか、西住の表情に焦りが浮かぶ。
「それに、私には副隊長になる資格は無い。なのに本来なるやつが私に譲って、私が副隊長に指名された。
それがどれだけ私に苦痛を与えていると思ってるの」
ある意味一種の虐めに近いが、それを証明するものは無い。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
如月は黙り込み、ただひたすら耳を傾ける。
「あなたに恨みを持つ気は無いけど、次の決勝戦では、あなたを叩き潰してやるわ!」
逸見は怒りの篭った瞳で西住を睨み、指差す。
「覚悟しておくのね!」
鼻で笑うと、後ろを振り返ってその場を離れて行った。
「・・・・・・」
西住は表情を暗くし、俯く。
「西住・・・・」
如月は優しく、彼女に声を掛ける。
「・・・・私は・・・・」
ポツリと、言葉を漏らす。
「・・・・・・」
「まさかうちの副隊長が来てたって言うのは、以外だったねぇ。こんなんだったら、一緒に来れば苦労もなかったのに」
と、聞き覚えのある声に二人はすぐに後ろを向くと、そこには――――
「斑鳩・・・・」
如月は右目を細めてそこに立っていた彼女を睨む。
そこには、帽子を深々と被り、黒く側面に赤く細いラインの入ったジャージ姿の焔が居た。
「別に喧嘩売りに来たってわけじゃ無いんだ。試合前の挨拶ってやつだ。それとも、宣戦布告の方がしっくりと来るかもな」
「・・・・・・」
「しかし、よくあんな寄せ集めな戦車ばかりの弱小校で、多少運が絡んでいるんだろうけど、ここまで来れたものね」
「・・・・・・」
「信念、ってやつかな。案外、侮れないものね」
「・・・・・・」
「ねぇ、元副隊長。私は少なからず、あんたの事は評価していたんだよ?」
「え・・・・」
予想外の言葉に、西住は声が漏れる。
「あなたは家の名前で、姉が隊長という事だから、副隊長になったようなもんだけど、少なからず去年一年間の活躍は、評価に値する」
「・・・・・・」
「まぁ黒森峰から逃げ出した事で、評価は最低になったけどね。臆病者としてね」
「・・・・・・」
「でも、今回の事で、少なからず評価を見直したよ。もしかすれば、あんたには生まれながらの才があるんだろうね」
「・・・・・・」
如月はいつもより警戒していた。
斑鳩は何をするか分からない。一見西住を評価しているように見えるが、斑鳩流は西住流より色んな意味でタチが悪いと有名でもある。
「だからここまで来れた。普通じゃ戦車道を再開させたばかりの学校に出来るようなものじゃないわ」
「・・・・・・」
「・・・・でも、副隊長が言ったように、よくまぁあんたは平気でこんな事が出来るもんだねぇ」
と、口角が少し釣り上がる。
「ただの無神経なのか。それとも、後先の事を何も考えずに、その場での感情で動いているのか」
意味ありげな目で西住を見つめる。
「まぁどっちにしても、あんたは人の人生を狂わせるような事をやっているんだからな」
「っ!」
焔の言葉に、西住は目を見開く。
「当時助けたⅢ号戦車の乗員は四人。その内の一人は、裏で虐めに遭い、他の学校に転校した。それは知っているわよね、元副隊長?」
「・・・・ぁ」
次第に西住の顔色が悪くなっていく。
「何か言いたそうだけど、私が言う事は全て事実よ。それに、外野は黙っておくのね」
「っ!」
如月は斑鳩に何か言おうとしたが、その前に遮られる。
「あんたも知っておくといいわよ。元副隊長は、許されざれない事をやったんだから」
「許されないだと!?あの時の西住の行動は正しい!人の命を助ける事に、何の間違いがある!」
「・・・・まぁ確かに、あんたの言う事に一理はあるわよ。だけど、所詮それは自分が満足できればいい、偽善なんだよ」
「偽善だと?」
ガリッと如月は歯軋りを立てる。
「その偽善が、黒森峰に敗北と言う不名誉の結果を与えた。同時に西住流に泥を塗った。お前にだって分かるだろ。勝負の世界じゃ、勝たなきゃ意味が無いって事は」
「・・・・・・」
悔しいが、斑鳩の言う事が正しく、何も言い返せれない。
「元副隊長も、西住流の教えは分かっているはずだよねぇ。犠牲なくして、勝利は得られない、ってね」
「・・・・・・」
「それに、元副隊長の偽善のせいで―――――――――」
と、斑鳩は邪悪な笑みを浮かべ、西住を見る。
「――――――一人の命が失われたんだからな」
「・・・・え・・・・・?」
「・・・・・・!?」
斑鳩の言葉に、二人は目を見開く。
「ど、どういう、事なの?」
動揺して視線が揺れ、震えた声で聞き返す。
「知らないんだ。その様子じゃ、副隊長もあんたの事を気に掛けて言って無いようだね。
助けてもらっての情けか。それとも元副隊長の事を思ってかはまぁどうでもいいけど」
意味ありげに語ると、西住はふら付き始める。
「だったら教えてやるよ。元副隊長が救ったⅢ号戦車の乗員の一人。そいつも転校した生徒の様に裏で虐めに遭い、やがて不登校が目立ち始めた。そして、自分の部屋で自ら命を絶ったんだよ」
「・・・・!!」
「!?」
それを聴いた瞬間、衝撃が走る。
「なぁ元副隊長。まさかこんな事が起こるなんて、想像もしてなかっただろ?」
「あ・・・・ぁ」
西住は衝撃のあまり、口がパクパクと動くだけだった。
「あんたはやった事の後先も考えずに自己満足でしかない偽善者なんだよ。命を助けたい?ハッ!笑わせるな!反吐が出る!」
吐き捨てるようにして、焔は西住に向ける。
「そんな綺麗事が勝負の世界で通じると思っているのか!そんなんでよく戦車道をやっていけたもんだな!」
「わ、私は・・・・」
「・・・・あの時、あんたが救助しなければあの四人は死んでいたかもな。それは認める」
「・・・・・・」
「だが、あんたのやった事は、逆に四人に辛い思いをさせただけ。そうでしょ?」
「・・・・・・」
「あんたはたちの悪い偽善者だ。転校したやつはあんたのせいで人生を狂わされた。自殺したやつも、あんたが殺したようなものだ!」
「・・・・・!」
西住はふらつき、遂には顔を下に向け、その場に座り込んでしまう。
「みほ!」
呆然としていた如月はハッとし、すぐに西住に声を掛けると、斑鳩を睨み付ける。
「貴様・・・・!」
「事実を述べただけだ。文句を言われる筋合いは無い」
「だからと言って!これがお前達のやり方なのか!!」
「勘違いするな。これも戦略の一つだ」
「なに・・・・?」
西住を支えながらも、如月は斑鳩を睨みつける。
「試合は対戦が決まった時点から始まっている。今この瞬間も、私たちは戦っている」
「・・・・・・」
「情報戦と心理戦も試合の一つよ。ついこの間も、お前達のネズミが学園に現れたよ。まぁ返り討ちにしたがな」
「・・・・・・」
「精々次の試合で死人が出なければいいな。そいつの偽善のせいでな」
鼻で笑い、西住を見下すように一瞥し、その場を立ち去って行った。
「なんてやつだ・・・・」
奥歯を噛み締め、爪がつい込むように右手を握り締める。
(これも斑鳩流のやり方なのか!)
斑鳩流がタチが悪いと言われる所以も、これにある。
ただ力によって叩き潰すのではなく、徹底的に、乗員の精神まで叩き潰す。
「・・・・・・」
如月は西住をすぐに見る。
「・・・・・・」
死んだ魚の目の様に、瞳にハイライトが消え、視点の焦点が合っていない。
「・・・・・・」
如月は西住の鞄を持つと、彼女を背負って、マンションへと向かう。
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『戦車道』・・・・・・伝統的な文化であり世界中で女子の嗜みとして受け継がれてきたもので、礼節のある、淑やかで慎ましく、凛々しい婦女子を育成することを目指した武芸。そんな戦車道の世界大会が日本で行われるようになり、大洗女子学園で廃止となった戦車道が復活する。
戦車道で深い傷を負い、遠ざけられていた『如月翔』もまた、仲間達と共に駆ける。