No.738358

魏エンドアフター~恐怖~

かにぱんさん

自分で書いててこれホラー枠なんじゃないかと思いました。
皆とは別の意味で人外。

2014-11-20 15:29:50 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:10210   閲覧ユーザー数:6529

時を同じく、しかし別の外史。

貂蝉の説明通り、やはり一刀のいる外史とこの世界の時間軸にはズレが生じているようだった。

そのズレ故に捜索は困難な状況らしく、貂蝉達も成果が出ず。

 

一刀と凪がここからいなくなってからずいぶんと経ったような気がする。

あの日、一刀に救われた冥琳は、華陀による治療によって、その病魔は殆ど体から消え去り、健常者と言っていい程に回復していた。

それから冥琳はその恩義に応えるべきとし、そのまま魏領に留まり、自分にできることをこなしていた。

 

「……平和になってもやることは変わらず……むしろ増えているな」

 

書類仕事は自分の立場上慣れたものだと思っていたが、こうまで増えるとは思っていなかった。

この大陸はもう完全に魏、呉、蜀の三大勢力によって分かれ、協力して治めている言っても過言ではない。

それに加え、一刀が常駐していた魏領は、彼の世界での知識をいち早く取り入れ実行していたために、他の二国よりも一歩先を行っている。

なので物の流通や商人の受け入れ、更にはここで店を開きたいという者達が後を絶たず、その審査や場所の提供、料金の設定などで四苦八苦だ。

 

「国庫が潤うのは良いことだが……」

 

そう呟き、周りの”同僚”達に視線をやる。

 

「うー……完徹はキツいですね~冥琳ちゃん」

 

「……日に日に自分の肌が荒れていくのがわかるわ」

 

「これも華琳様の為……華琳様のご褒美を頂く為……ふ、ふほあ!?……はれ?」

 

「おー稟ちゃん、ついに鼻血が不発になりましたね。ご飯ちゃんと食べてますか?」

 

冥琳を含め、風、桂花、稟はその大部分を任され、日に日に窶れていた。

 

「華琳殿も暇を見つけて手伝ってはいるが……まるで手が回っていないな」

 

「国が潤えば事件も増えますしね~。それに白装束達の追跡もあまり上手くいってないようですし」

 

「……小隊での体当たりが多く報告されるものの、その標的はバラバラですからね」

 

そう、一刀達が白装束と戦いを繰り広げている時、この世界にも白装束の目撃情報が少なからず報告されているのだ。

更にはそれに便乗した、似たような装束を纏い、小さな村や移動中の商人を襲う野党達も現れ始めた。

 

「……戦が終わっても悪は消えず、か」

 

「前にここへ攻めてきた時は明花ちゃんが狙いだったみたいですけど、今回は違うんですかね~」

 

「まぁ、あれだけガチガチに固められてしまえばおいそれと手出しは出来んだろうよ」

 

あの時、明花を狙った襲撃を受けてから、明花の周りには護衛がつくようになった。

勿論それは明花本人には気付かれないように、付かず離れず、というようにだ。

ずっとそばに誰かが張り付いていては街で友達も出来づらくなってしまうかもしれない。

 

「しかし桃香ちゃんはともかく、愛紗ちゃんも割と子煩悩だったんですね~」

 

もともとは明花が一番よく懐いていた星に面倒をみてもらうことが多かったが、彼女にも仕事がある。

本人は別に問題はないと言っていたが、それでは星ばかりに負担が掛かってしまうということで名乗りでたのが桃香と愛紗だった。

桃香も忙しいはずなのだが、彼女が仕事を処理するよりも朱里と雛里に任せたほうが圧倒的に作業効率が高かった……らしい。

 

「うむ。あの二人はどうやら街の子供にも好かれているようだし、明花にもいい環境になるだろうしな」

 

意外……といっては失礼かもしれないが、やはり意外な一面を持つ愛紗の事を話していると、

 

「冥琳」

 

「……恋か」

 

執務室に尋ねてきたのは恋だった。

 

「今は忙しい。今度にしてくれ」

 

「……待つ」

 

「いつ終わるかもわからんぞ」

 

「……邪魔しない」

 

「……はぁ」

 

冥琳の中に一刀の氣が混じってからずっと、恋はこうして冥琳のそばにいることが多くなった。

恋曰く、落ち着くからだということだ。

最初は特に取り合わずに流していた冥琳だったが、あまりに頻繁に来るうちに無視できなくなり、

今では、たまにではあるが、寝るときに潜り込んでくるようにもなっていた。

 

「何だかんだ、冥琳ちゃんも似たようなものですね~」

 

「子供にしては大きすぎますけどね」

 

半笑いで言う風と稟に対し、

 

「……うるさい」

 

冥琳はそう返すしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、春蘭と季衣、秋蘭と流琉に分かれ、報告に上がっていた白装束や野党の襲撃報告が上がり、その対応に向かっていた。

春蘭達に野党の群れを任せ、秋蘭達は白装束が目撃された場所へと向かった。

そして辺りが薄暗くなってきた頃、やはり最近の傾向通り、難なく、白装束の制圧は目前だった。

 

「なぁ流琉。最近の奴らの動き、おかしいとは思わないか?」

 

「おかしい、ですか?」

 

「うむ。こうして私達が出ているように、呉や蜀でも私達と同じように白装束を追跡している者達がいるんだ。

 それほどに奴らの活動が活発になってきている。

 だというのに奴らの行動にまるで一貫性が見られない。

 何も考えずに、野党共と同じように手軽な村を攻めているとしか思えん」

 

「また前みたいに私達をおびき寄せているのでは?」

 

「同じ手を二度使うほど馬鹿とは思えん。それにもしそうだとしても、あまりにも小規模すぎる。

 現にこうして私達のニ小隊で対応出来てしまうような数だ」

 

「確かにそうですね……これでは奴らの数が減っていく一方ですもんね」

 

「……貂蝉が言っていたが、奴らは外史とやらを行き来できるらしい。

 一刀達のほうへ行っていなければいいが」

 

その貂蝉達によれば、この世界は外史から大きく逸脱した世界、だという事だが。

 

「……それにしても……本当に何が目的なんでしょう」

 

「…………ん?」

 

もはや数刻も掛からずに制圧出来るであろうという時に、秋蘭は白装束の中に、他とは少し違う格好の女を見つけた。

他の白装束達とは違い、被り物はしておらず、しかし前髪はだらりと口元まで伸びており、表情も確認出来ない。

しかもその女は目の前で自分の仲間がやられていくのを只見ているだけで、戦闘に参加しようという気配がない。

 

「秋蘭様……おかしいです……」

 

「流琉も気づいたか。あの女、何故戦火の中で微動だにしな──」

 

そこまで口にしたところで、秋蘭は流琉の言っている”おかしい”事に気づく。

何故、あの場にいながら何もせずにいられる?

何故周りの兵達はあの女を無視する?

何故……今までこの”異常”に気付かなかった?

 

そう認識した途端、得体のしれない悪寒が二人を襲った。

傷つくのが恐ろしい、痛みが恐ろしい、死ぬのが恐ろしい、そういう類のものとは違う。

只々、”不気味”だった。

そして”それ”を認識した瞬間、その女は前髪の隙間からぎょろりと視線を秋蘭達に向けた。

 

「気づいたの」

 

「「────!?」」

 

思わず二人は得物を手にし、構えを取った。

自分達と女との距離で、しかもこの喧騒の中で声など聞こえるはずがない。

だというのに、まるで耳元で囁かれたかのように、はっきりと声が聞こえた。

その瞬間、味方も敵も、突然ピタリと動きが止まり、そして一瞬の硬直の後、崩れ落ちた。

 

「……流琉、どうやら今回は当たりのようだぞ」

 

「そ、そうみたいですね……」

 

そう二人が言葉を交わした直後、その女はくすくすと笑い始めた。

 

「”今回は”?ふふふ、ふふふふふふふふふふ」

 

「し、秋蘭様ぁ……あいつ、不気味すぎますよぉ」

 

流琉の言うとおり、秋蘭も少なからず恐怖を感じていた。

 

「……何がおかしい」

 

不気味に笑い続けるその女に、秋蘭は警戒しつつそう言葉を投げる。

 

「うふふ、うふふふふふふ。今まで、君たちはどれくらいの小隊を潰してきたのか」

 

「……そんなもの、いちいち数えてはおらん」

 

本当は覚えているが、今この場にその情報は必要ないと判断しそう答えた。

しかし、それは違った。

そしてその事が更に、目の前にいる女の不気味さに拍車をかけることになった。

 

「今まで君たちが潰してきた小隊に──本当に私は”いなかった”?」

 

そう言われた途端、ガツンと頭を殴られたようだった。

それほどの衝撃だった。

一瞬にして、今まで自分が制圧してきた白装束達との映像が頭で流れる。

自分が担当したものでもその数は相当なものだ。

数多くの白装束の小隊を潰してきた。

そして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その全てに、こいつは居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬にして二人の体中に鳥肌が立った。

そう、今思い出せば、この女は確かに居たのだ。

そして今と同じように、何もせすに突っ立っているだけだった。

目の前で仲間であろう者が自分達に斬り殺されても、それを薄ら笑いを浮かべながら見ている”異常”が確かに居た。

その記憶はあるのに、それを”異常”とみなさずに、尚且つ気に留める程のことでもないと忘れていた自分に、恐ろしさを感じた。

二人の表情が驚愕に変わり、大量の冷や汗が吹き出した。

呼吸は荒くなり、それを整えることに集中も出来ない。

そんな二人の表情を見た女は、

 

 

 

 

 

 

 

 

「うふふ、ふふふふふふ──うふふうふううっふふふううふふふふふふふひっひっひっひっひ」

 

 

 

 

 

 

 

 

急に、狂ったように笑い始めた。

大口を開け、目を見開き、二人の表情を決して逃すまいとしているような表情で笑い続けた。

秋蘭は得体のしれない不気味さに恐怖を感じたが、それよりも周りの状況を確認した。

こちらの兵もあちらの兵も皆崩れ落ちたように倒れ、動かなくなっている。

しかし死んでいるわけではないようだった。

よく見れば呼吸によって胸が上下しているし、小さな呻き声のようなものも聞こえる。

そして隣に居る流琉を見た。

 

「ッ…………!」

 

まずいと思った。

流琉は完全に相手の不気味さに呑まれてしまっていた。

その表情は恐怖に染まり、青ざめていた。

 

「イヒヒ……良い表情だねぇ……キヒ……怖い?何故って思う?狂ってしまいそう?

 当然だよ。今まで私は君たちの前にずっと居たんだ。君たちも私を見ていたんだ。

 なのに、気づかない」

 

「貴様は……何なんだ……!」

 

 「私は人の”意識”に干渉出来るんだよ。

  信じるかどうかはキミ達の勝手だ。

  今回も、”気付かなくても”いいんだよ?そのまま城へ戻って異常なしって伝えてもいいんだよ?

  ……これまでみたいに」

 

「ふー……なめるなよ」

 

大きく息をつき、そう呟いたと同時に秋蘭は一瞬にして矢を番え、放った。

秋蘭本人は威嚇のつもりで放った矢だった。

自分が行った攻撃に対して、この不気味な相手はどのような行動に出るのか。

しかし、秋蘭の放った矢は呆気無く、その対象に突き刺さっていた。

心の臓、人間ならば死は免れぬであろう場所に、深々と突き刺さった。

 

 

──だというのに。

 

 

「ひどいなぁ」

 

何でも無いことのように、これまでと変わらぬ口調でそう口にする。

 

「于吉みたいに代用の体じゃないんだから。なんてことをしてくれるんだ。見なよ──」

 

自分の胸に突き刺さっていた矢を掴み、それを力任せに引き抜いた。

矢を無理やり引き抜いた事によって傷口は更に広がった。

そしておびただしい量の血が噴出する──ことはなかった。

空洞と言ってもいいくらいに、この女の体からは何も出なかった。

 

「穴が空いちゃったじゃないか、ヒヒ」

 

普通なら間違いなく即死しているであろう”穴”が空いてるにも関わらず、目の前の女は口角を吊り上げながら会話を続ける。

その異様な光景に、もう流琉は戦意を喪失していた。

辛うじて腰を抜かさぬように手を握りしめ、歯を食いしばりながら立っているのがやっとだった。

 

「……全く、なんて悪夢だよ」

 

目の前の、あまりに非現実的な、しかしまごうことなき現実を前に、思わず呟いた。

 

「恐怖は、一番の材料になるの」

 

「なに……?」

 

「キミ達は意志の力を信じる?」

 

突然何の話をし出すのかと思った。

この非常時に、この状況で、敵対している者同士が相まみえているこの状況で。

 

「想いの力と言ってもいい」

 

「……何を言っている?」

 

「何かを強く思えば、何かを強く信じれば、それは力となり事象を引き起こすきっかけになりうる。

 あの娘が、獅子へと成るきっかけだったように」

 

何を言いたいのかさっぱりわからない。

一体こいつの目的はなんだ?

 

「強く願ったはずだ、ここにいる兵達は。村に居た人々は。

 ”生きたい”と。

 そしてそれを願ったまま骸になれば、怨念が宿る。

 怨念、思念、それはキミ達のいう幽霊、亡霊になるんだろうけど。

 ヒヒ、それをね。集めたんだ、私は」

 

「? 気でも触れたか。その思念とやらが本当にあったとして。

 どう集める。そんなもの、雲を掴むどころの話ではない」

 

「人はね。死の淵に直面すると一瞬だけ、ほんの一瞬だけ輝くんだよ。

 思念が氣に宿り、それが美しい種となる。

 それを集めるのは容易い事だよ。北郷一刀だって、周瑜にやった事じゃないか」

 

「……何?」

 

こちらの理解などどうでもいいのか、そのまま女は話を続ける。

 

「嫌だ、死にたくない、何故自分だけが、殺してやる──そんなドス黒い”魂”が発生するの」

 

「このおおおおおおおおおお!!!」

 

女が話し続けている途中で、流琉が叫びながら伝磁葉々を投げつけた。

恐怖を必死に噛み殺し、やっとの思いで繰り出した攻撃。

それはあまりにも粗雑でそこらの野党であっても対処できるようなものだった。

しかし──

 

 

 

 

グシャッ

 

 

 

肉が潰れ、骨が砕ける鈍い音と共に女が吹き飛んだ。

流琉の放った攻撃は、女の頭を砕き、吹き飛ばした。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

「……流琉」

 

体力ならば自分よりもあるであろう流琉が、たった一発の攻撃を繰り出すだけで疲労していた。

それほどまでに、あの女の不気味さは流琉を飲み込んでいたのだ。

 

吹き飛んだ女を見る。

流琉の攻撃で吹き飛んだだけではなく、頭の3分の1程がなくなっていた。

おそらく、さっきの音はあの女の頭が弾け飛ぶ音だったのだろう。

その場で座り込んでしまった流琉を起こそうと、手を伸ばす。

 

 

 

 

 

──ヒヒヒ──

 

 

 

 

 

「ッッッ!!!」

 

 

信じられなかった。

今まで生きてきて、今ほど馬鹿げた光景は見たことがない。

 

「ヒヒ、イヒヒヒ、ヒイヒヒ」

 

ゆらゆらと不気味に揺れながら、頭の一部の無い女の笑い声が響く。

 

「手癖の悪い子だ。まだ私が話しているじゃない

 そんな子には──」

 

本当に歩いているのかと疑ってしまうほどに、滑るようにゆっくりと二人へ近づいてくる。

流琉は歯をガチガチとならし、目の前の光景に飲まれてしまっていた。

もはや抵抗の素振りすら見せない流琉を守ろうと、前へ出ようとした瞬間、

 

 

「な──!?」

 

ゆっくりとこちらへ近づいていたはずの女が、流琉の目の前に居た。

鼻先が触れてしまいそうなくらいに顔を近づけ、

 

 

 

「お仕置きしないとね、──ヒヒ」

 

 

 

そう言葉にした瞬間、手を窄め、流琉の腹部へ向かって突き出した。

 

 

ゾブッ

という、今まで聞いたことも無いような、しかし不快感を覚える音が耳に届く。

その音は一瞬にして秋蘭に最悪の光景を想像させた。

間違いなく何かが貫通した音だった。

 

 

 

「典韋様……お、お逃げください……!」

 

 

 

しかし、女の手が貫いたのは流琉ではなかった。

途中で意識が戻ったのだろう、兵士の一人がその身を挺して流琉を押しのけ、前に出たのだ。

起きた直後だったのか、その兵士は勢い良く飛び出してきた姿勢のまま、膝立ちの状態で女の腕を受け止めていた。

 

 

 

「あ……あぁ……!」

 

 

 

その光景に一番驚きを見せたのは流琉だった。

驚きに満ちた表情はやがて焦りになり、そして自分の不甲斐なさへの後悔になった。

 

「……あら、もう起きたのか。

 なかなか優秀な兵士だね」

 

「わ、私は元北郷隊……!あの方の大切な者は奪わせぬ!」

 

女はさして驚いた様子も見せず、兵士の体を貫いたまま腕をぐるりと回転させ、思い切り引き抜いた。

 

「あ”──があああああああ”!!」

 

ビチャッと、血と共に肉片が飛び散った。

貫かれた場所と口から大量の血を吐き出し、うずくまるようにして倒れる。

腹部を貫かれた事により、瀕死の重傷を負っているにも関わらず、死ねない。

死ぬよりも辛い苦痛が兵の体を襲った。

 

「……キミはつまらない。全く”種”が生まれない」

 

そう吐き捨て、うずくまる兵の体を軽く蹴った。

その衝撃にすら耐え切れず、兵はうずくまった体制のまま横へ倒れた。

その言葉を聞き、即死させない部位を狙ったのは故意であるという事を瞬時に理解した。

先ほどこの女が言っていた言葉が、それを肯定している。

思念を氣に宿らせる猶予を与えてから殺すのだ。

その瞬間、流琉の頭から一瞬、恐怖の念が完全に消え、怒りという感情に包まれた。

 

 

 

 

「────ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

女の腕を掴みとり、それを力任せに”ねじり切った”。

そして間髪入れずに、更にもう一方の手をも同じように引きちぎった。

 

「……あらら、これじゃあ何も出来ないね」

 

その瞬間的に発生した怪力から、女は初めて驚いたような表情を見せた。

しかしやはり、その腕から血液が流れ出ることはなかった。

 

「仕方ない。今日のところはこれくらいでいいか。

 ……厄介な奴も近づいてきてるみたいだし、ね。

 じゃあ私は消えるよ。また、そのうち会えるといいね……ヒヒ」

 

両手を失ったにも関わらず、やはり驚きや苦痛は愚か、関心すら見せない女はそう言葉を残し、

まるで蜃気楼でも見ているのかと錯覚するかのように、目の前が歪み、そして消えた。

本当に消えたのか?またこちらの”意識”に干渉してそう見せているだけではないのか?

しばらく辺りを警戒するが、しかしそれ以上何かが起こることはなかった。

 

「──はぁ、はぁ、はぁ……!」

 

女が消えたと同時に一気に冷や汗が吹き出す。

今まで生きてきて、長く戦場に身をおいてきた二人だが、こんなに恐怖を覚えた事はなかった。

それは命を失うという恐怖とは異質なもので、”何をされるかわからない”という未知のものへの恐怖だった。

自分の命を救ってくれた兵士に駆け寄った。

今までずっと自分の部隊で、自分の力になってくれた兵士はもう、目はうっすらと開き、しかしそこに光はなく、

胸が微かに上下している状態だった。

 

「う、うぅ……ごめんなさい……」

 

「流琉……」

 

もう聞こえているはずはないと分かってはいても、この命を掛けて自分を守ってくれた兵へ、そう言葉にする。

 

「────」

 

微かに唇が動いているのが解るが、そこから言葉が発せられる事はなかった。

 

目の前で徐々に命の灯火が消え行く者を見ていることしか出来ない自分を、そして自分のせいでこの兵を死なせてしまう事を何よりも悔やんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……?何だこの声は……?」

 

秋蘭がそうつぶやくと同時に、その声はどんどん大きくなり、

 

「────るるるるるるるるああああああああああああ!!!!」

 

この世のものとは思えない雄叫びを上げながら何かが勢い良く落下してくるのが見えた。

 

「な、何だあの化け物は!?」

 

 

 

 

ドオオオオオオオオオオオオン!!!

 

 

 

 

勢い良く落ちてきたそれは、大きく地面をえぐり地面へ落下した。

砂塵が舞う中、その化け物は勢い良く二人のもとへ走りより、兵士を担ぎ上げ、

 

「ナイスガッツよ貴方!!漢女じゃないのが勿体ないくらい!!今大陸一の名医に診せて上げるから死ぬんじゃないわよ!

 秋蘭ちゃん達に用があって来たんだけど、そうも言ってられない状況みたいだからまたあとでお城でね!

 ご主人様の事でお話があるから!」

 

貂蝉だった。

二人が驚きのあまり固まっていると、貂蝉はまた謎の雄叫びを上げ、本当に人類なのかと疑う程の跳躍を見せ、去っていった。

この間、わずか10秒足らずの出来事だった。

 

「……も、戻ってきてたんですね、貂蝉さん」

 

「……と、とりあえず城へ戻るとしよう。他の兵達も心配だ」

 

「は、はい」

 

倒れている兵士達を起こし、二人は城へ戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、その女は今回だけではなく、今まで私達が制圧していた小隊に紛れていた可能性が高いのね?」

 

「はい」

 

秋蘭と流琉は城へ戻ってからすぐに、自分達の身に起きた事を報告した。

”生きている”とは形容しがたい女がいたこと。

その女はどういう訳かは知らないが、人の歪んだ氣を集めているらしいということ。

そして、他人の”意識”に干渉出来るということ。

 

「荒唐無稽な事を言っている自覚はあります。しかし、本人の口からそう告げられたことと、

 何よりも私と流琉がそれを体験しています」

 

「あなた達が嘘の報告をするなんて微塵も思っていないから安心なさい。

 それよりもこれからのことよ。

 正直、厄介極まりないわ。

 念の為に聞くけど、気配を消しているとか、姿を隠しているとか、そういう事ではないのね?」

 

「はい。私達もそうかと思ったのですが……視界に居るにも関わらず、それを意識出来ないとい言いますか……」

 

「……どういうこと?」

 

 

 

 

ドバアアアアン!!!

 

 

 

 

華琳が詳しく聞こうとすると、勢い良く扉が開け放たれ、

 

「私から説明するわ。厄介なのが二人も動き出しちゃったんだもの。

 皆に説明したいから集めてもらえないかしら♪」

 

バチコンと音が聞こえてきそうな、むしろ風圧も発生しそうなウィンクをかます。

 

「……そうね、そうしましょう」

 

「お願いね♪」

 

「それはともかく、貂蝉」

 

「なぁに」

 

「扉、直してからにしなさい」

 

「んもぅ、最近ますますあたしの体が魅力的になっちゃって。

 ちょっと力を入れるとすぐこれだもの」

 

「ちょっと……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして貂蝉のもとに全員が集められた。

 

「皆集まったわね、それじゃあ──」

 

体に力を込めたのか、全身がもりっと膨れ上がった。

そして──

 

「ご主人様達の居場所に目処が立ったわ」

 

そう告げた。


 
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