バリアハートでの特別実習2日目……ホテルの支配人であるリシリューから、ルーファスから渡された特別実習の封筒。その内容としては手配魔獣と食材調達の二つ。昨日の実習にしても、この街のことのみならず帝国の実情―――“貴族”という存在を学ばせることも前提での彼なりの配慮……それにはユーシスも納得していた。ともあれ、今日中に戻ることも考えた上で行動しようとした時、マキアスが声を上げた。
「―――ユーシス・アルバレア。」
「なんだ?マキアス・レーグニッツ。」
「ARCUSの戦術リンク機能……今回の実習中に何としても成功させるぞ。」
「……何?」
「……いくら君相手とはいえ、他の面々が出来ていることを出来ていないというのには不本意だからな。丁度手配魔獣の依頼もあることだからな……昨日のリベンジといこうじゃないか。」
昨日の態度とはうって変わってのマキアスの言葉……何かしらの心境の変化があったことも踏まえ、ユーシスはそれで大方の事情を察しつつ告げた。
「フン、何かと思えば……我が副委員長は現金なことだな。大方、昨晩の話を盗み聞きして絆されたといったところか。」
「い、言いがかりも決めつけも程々にしたまえ!君やリィンの事情を聞いていただなんて僕はこれっぽっちも………あ。」
「マキアス……」
「ふふっ……」
「語るに落ちた。」
「みたいだな。」
「―――~~~っ……!!」
誰も昨日の内容を言っていないのに、その真面目さが祟ったのか自爆したマキアス……これにはマキアス以外の面々が笑みを零し、それはユーシスもであった。
「いいだろう、その話に乗ってやるとしよう。俺の方が上手く合わせてやるから、大船に乗った気分でいるといい。」
「フン、それはこちらの台詞だ!せいぜい寛大な心を持って君の傲慢さに合わせてやろう!!」
「はは……」
「今日の実習は上手く行きそうですね。」
「だね。」
何はともあれ、一通り話がまとまって出かけようとした時、一行を呼び止める声。その人物はユーシスがよく知る人物―――アルバレア公のお付きであるアルノーの姿であった。彼がここに来る意味を理解できずに少し首を傾げるユーシス。
「ユーシス様。まだいらっしゃいましたか。」
「アルノー?父上付きのお前がどうしてここに?」
「昨日はご挨拶も出来ずに失礼いたしました。今朝参上したのは、ユーシス様とアスベル様をお迎えするためでして。」
「ん?」
「何?一体どういうつもりだ。俺が実習で戻ってきていることぐらい、すでに周知の事実であろう。それに、何故アスベルまで一緒に呼ばれる必要がある。」
これには流石のアスベルも首を傾げた。無論、他のA班メンバーも何かしら疑問に思うところがあったのだろう……アルノーはその疑問に答えるように言葉を続けた。
「ええ、今朝公爵閣下からユーシス様とアスベル様を屋敷にお呼びするよう仰せつかりまして、それで参上した次第であります。」
「ち、父上が………?」
これには困惑するユーシス……昨日のあの寒々しいやり取りから来て、この展開。アルノーは『昨日の事を省みられたのでは』と言うが……アスベルの方は、先日のケルディック絡みの一件が大いに関係しているであろう。ここでリィンを対象に含めなかったのは、先月のようなことをまた繰り返せば今度こそ皇帝陛下からお家取潰しの誹りを免れないという魂胆もあるのだろう。
とはいえ、真っ当に話をするのかどうかすら疑わしい……領邦軍が来て無理矢理連行しに来ないだけ、まだ友好的だと思い……罠であることは百も承知の上で、アスベルはその招待を受けることにした。
「……―――解りました。その招待、謹んでお受けしましょう。」
「……いいのか?」
「良いも何も、これも一つのいい機会だと思ってる……というわけで、済まないが少なくとも午前中は戻ってこれない可能性がある。」
それでも困惑するユーシスの背中を押したのはマキアスをはじめとしたA班メンバー。5人での行動となるが、それでも問題は無いだろう……それよりも、家族と話せるのだから行って来い、という言葉にユーシスはいつもの口調で『頑張るがいい』と言い残し、ユーシスとアスベルは先に外に出た。
「―――さて、それじゃユーシスやアスベルに楽をさせられるよう、頑張るか。」
「あの男の方はどうでもいいが、アスベルには先日の事もあるからな……って、何だその生暖かい目は……」
「ふふっ……」
「えらい、えらい。」
「少しは見直したってところか。」
「ええい、揃いも揃ってそんな目で僕を見るんじゃない!!」
そして、残されたマキアスがリィンらに笑みを浮かべた表情で見られることに声を荒げたのは言うまでもなかった。一方、リムジンに乗り込んだアスベルとユーシス……ふと、ユーシスがアスベルに対して質問を投げかける。
「そういえば、アスベル。お前の国には貴族という身分はない……だが、ここに来る時の“平民同然”という言葉……あれはどういう意味なんだ?」
「……俺の母方はエレボニア帝国の貴族の出身。『シルフィル伯爵家』という名前なんだが……知ってるか?」
「…母から聞かされたことがある。皇族―――アルノール家に縁があり、かのシュバルツァー旧男爵家……現公爵家とも縁のある不思議な貴族であったと。」
貴族の身分でありながら、身分に分け隔てなく接する……『獅子戦役』の終結後、その五年後ぐらいに興った貴族の一家。噂では、消息不明となったリアンヌ・サンドロットが流れ着き、興した貴族とも言われてるほどだ。現在もその一家は残っており、ノルティア州最北端……アイゼンガルド連峰にほど近い場所で暮らしているらしい。ほとんど自給自足で賄っており、ノルド高原にすむ民とも少なからず交流があるそうだ。辺境の中の辺境なので人の行き来が少なく、社交界にも滅多に顔を出さないため、その存在があるかどうかすら疑わしい“幻の貴族”……という風にも言われている。
「本当なのか?その話というのは……」
「親曰く『結構な騒ぎ』になったらしいが……知らないのか?」
「ああ。父上ですら存じないことのようだ……兄上ですら、噂程度でしか聞いたことがないと言っていたからな。」
どうやら、アルノール家の中でうまく話しを収めたみたいのようだ……まぁ、元々存在すら疑わしい貴族が残っていることも半信半疑……今となっては幻のような存在の子孫がいるということに色々と疑問が出るのは無理もないことだった。
「現実味がない話だから、ここでの秘密にしておこう……アスベルは聞かないのか?昨日の事を。」
「まぁ、おおよその見当はつくからな……無理に話せ、というつもりもないし。それよりも、気になるのはユーシスだけじゃなくて俺も呼ばれたことだ。かの御仁が俺の出自を知っているわけでもないだろうし。」
リムジンは防音になっているようで、運転をしているアルノーには聞こえていない様であった。そうでなくとも、こっそり防音の結界を張っているのだが。それはともかく、アスベルが呼ばれた理由は先日の特別実習絡みである公算が大きい……そして、残った面々の中には“革新派”の中核の身内がいること。よもや、とは思うが……
「可能性としては、俺らを引き離してマキアスを拘束するってところかな。」
「何……?」
「先月の実習では、罪を押し付けて関与をなかったことにしようとした……昨日の砦の侵入者の罪を同様に押し付ける可能性がある……尤も、それは“建前”だろうな。」
「………ともかく、早々に話を片付けよう。」
「ま、それが無難だな。」
まぁ、単純にそうしてくれるのであればこちらとしても願ったりかなったりだが……そうはいかないだろう。何せ、この街は『アルバレア公爵家』の街。彼こそが絶対的なルール……だが、『気付かれさえしなければ』ルールには抵触しない、ということでもある。その辺は“彼”も空気を読んで色々と手を尽くすだろう。かの“漆黒の牙”を育てた“絶対隠形”……執行者クラスとも言えない領邦軍が不憫と思わざるを得ないほどに。
二人を乗せたリムジンは公爵家城館に到着し……別々の部屋に通された。ユーシスは恐らく自室なのだろう……アスベルは気配を探り……周囲に盗聴がないことを確認した上で、ARCUSを取り出し、通信を取る。
「―――アスベル・フォストレイトです。この先ですが、ちょっと繋いだままにしておきます。事情に関しては、後で説明しますが……」
通信を取った相手に対しそう簡単に説明して、通話を切らずにARCUSのカバーを閉じると、ちょうど入ってきたアルノーの案内で、ひときわ大きい部屋に案内された。そして、その奥にいるのはこの館の主にして、クロイツェン州を治める人物―――ヘルムート・アルバレア公爵その人であった。
「改めて、お初にお目にかかります。アスベル・フォストレイトと申します。」
「フン……ユーシスの学友にして、かの“紫炎の剣聖”と呼ばれる人物がこのような若造とは……まぁいい。呼んだ理由はただ一つ……貴様を雇いたい。」
「どういう意味でしょうか?」
「言葉通りの意味だ。尚、その話を受けた場合、学院を辞めてもらうこととなる。」
……予想していたこととはいえ、こうも予測の範囲内だということには内心でため息をつきつつ……だが、この御仁は自分の言った意味を理解しているのだろうか。その辺も含めてこの人物の器が知れるというものだ。昨日の街を巡った際にとある職人がアルバレア公に対して辛辣な言葉を言っていたというのもこの態度から解りえることだ。
「私は“傭兵”ではなく、立場的には“遊撃士”です。そう言った意味では私に選択の余地がある……違いますでしょうか?」
「残念ながら選択の余地などない。もし断れば、貴様の学友を拘束する用意がある。とはいえ、私もそこまで愚かではない……夕刻まで待とう。賢明な判断を期待している。」
「(やはり、か……)……失礼しました。」
人質、ということだろう……これ以上の話し合いは無駄であると考え、アスベルは最初に通された客室に戻り、再び気配を確認してからARCUSを手に取って“話し始めた”。
「ということだそうですが……」
『………実は、偶然にもアリシア殿がヴィクター殿と共に近くにいてな。先程の会話を全て聞いていた。今回の顛末如何にかかわらず、後始末はこちらで引き受けよう。』
「あ、そうなんですか……今回ばかりは皇帝陛下の勅命状関係なしに動きます。事態が動いたら、事の如何問わず“遊撃士”として…言っておきますが、学院は辞めるつもりないです。…あの御仁には目を付けられそうですが。」
『それを言ったら、俺はもっと目を付けられているがな……昨年の対面の時は、『貴様のせいで……』と言わんばかりの覇気を放っていたからな。ちなみにだが……アイツら、帝国にいるそうだ。』
「あれ?リベールに帰ったんじゃ……」
『バリアハートなら近いから、会いに行くと言ってな…昼過ぎ位にはバリアハートに着くだろう。……場所が場所だけに難しいとは思うが、余計な面倒事にならないよう配慮してくれ。』
「はぁ……」
そう言って通信を切る。二人というか、恐らくは三人……面倒なことにならなければいいと思いつつも、領邦軍に対して何故か同情したくなったアスベルであった。
『前作』絡みの補足ですが、紛らわしいでしょうがリベールのアリシア女王≠『アリシア殿』です。解っている人が結構いると思われますが、念のための補足です。
クレアさんの初期Mクオーツ強いわー。まさにパーフェクトだわー。
……第四章あたりで絆イベントみたいなもの組んでも大丈夫ですよね?(チラッ
Tweet |
|
|
4
|
2
|
追加するフォルダを選択
第30話 貴族の器