No.73399

あるOLのアフターファイブ

天水ヒロさん

あるOLが月に一度決めている秘密のアフターファイブ。そのアフターファイブとは……!?

2009-05-13 02:22:37 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:652   閲覧ユーザー数:589

 

今日は1ヶ月に1回の自分へのご褒美デーだ。

 

会社でしなければならない仕事なんて、探せばたくさんあるけれど

 

今日ばかりは早めに切り上げて帰る準備をする。

 

「お、どうした? 今日は随分早いじゃないか」

 

上司が不思議そうに私を見る。

 

「それは内緒です」

 

と普段あまり使わない笑顔で答えて、会社を出るなり私は駅ビルへ向かって駆け出した。

 

このご褒美デーは、別名甘いもの解禁デーともいう。

 

普段、体重が気になるために我慢している甘いものをこの時ばかりは買って存分に味わうのだ。

 

日頃会社で溜まったストレスなんて、一気に吹っ飛んでしまう。

 

ショーウィンドウの中にあるデザートがまばゆいばかりの輝きを放っている。

 

ああ……思わずよだれが出てくる。

 

店員さんが心配そうに私に声をかけてくる。

 

そ、そんなに顔がニヤけてたのかな?

 

いちごとバナナとラズベリーが溢れんばかりに乗ったフルーツタルトを包んでもらうと、

 

ちょっとだけ足早にお店を後にした。

 

ホームに向かう階段の途中、私は家の紅茶の葉がもうないことに気がつく。

 

「甘いものを食べる時は飲み物が必須」

 

この言葉は、私が決めたデザートを食べる時のルールその1だ。

 

ちなみにルールは5つまである。

 

他の4つは……それはまた別の機会に。

 

駅ビルにある紅茶屋さんまで引き返すと、

 

沢山あるメニューの中からお気に入りの紅茶を見つけ出す。

 

「杏仁紅茶」

 

爽やかな香りと、甘くやわやかな杏仁の味がミルクティーにすることでいっそう引き立つ。

 

少しづつ飲むとこれまた美味しいのだ。

 

払うお金はいつもと変わらないけど、

 

感謝の気持ちばかりは多く店員さんに伝えて今度こそホームに向かう。

 

無事電車に乗り、珍しく座れた座席にいつもより深く腰掛けてウトウトする。

 

窓の外には流れる景色。

 

時折ビルの合間から覗く夕日と勝負のつかないにらめっこをしながら、

 

私はレール音を子守唄に短い眠りについた。

 

しばらくして、電車が止まる。

 

ここが自分の駅だと気づいたのは、降りる人の数が多いからだった。

 

私は他の人より少し遅れて、電車とホームの間にある小さな隙間を少し大げさに飛び降りる。

 

そして、そのままの勢いで階段を1つ飛ばしで駆け下りていく。

 

危ないかとは思ったけど、とにかく早く家に帰りたかったのだ。

 

改札の機械にツッコミを入れるように

 

スパーン!

 

とSUICAを叩きつけて駅を出ると、あたりに漂うチョコレートのいい香り。

 

これは、近くにお菓子工場があるからだ。

 

この町に引っ越してきた当時は随分と感動したものだけど、

 

最近は甘いものを控えている手前、私を悩ませている。

 

「だけど今日はご褒美デー! 今の私にはそんな香りもなんのその!」

 

そう心の中で叫びながら、私はスキップで家に帰った。

 

「ただいま~」

 

鍵を開けると、ネコのナオが出迎えてくれる。

 

鳴き声が「なお~」と聞こえるからナオ。

 

我ながら不憫な名前をつけたものだと思いつつ、ナオを抱き上げる。

 

うりうり~とほっぺたをナオの顔にすりつける。

 

「なお~」

 

そう嬉しそうに鳴いて、ナオは私のされるがままになる。

 

しかし、すぐに私の手から抜け出すように逃げ出してしまった。

 

「むぅ、私の愛の抱擁はそんなにイヤかね……」

 

心の中では嫌がってるという可能性はあえて考えないようにしよう。

 

フルーツタルトの箱と紅茶をテーブルに置くと、私はお風呂に向かった。

 

浴槽に栓をして備え付けの蛇口をひねる。

 

熱すぎずぬるすぎないほどのお湯が浴槽に落ちていくのを少し眺めた後、私はお風呂場を後にした。

 

お風呂に入ってから、デザートと紅茶にしよう。

 

そう決めていたのだ。

 

ひょいっと両足から靴下を脱いで、洗濯カゴに放り込むと、部屋の窓という窓を全開にする。

 

私が今朝出て行った時のままの空気が、夕方の涼しい風と入れ替わる。

 

胸いっぱいに空気を吸い込んで、ゆっくりゆっくり吐いていく。

 

「今月もお疲れ様、私」

 

鏡の中の眠そうな自分にそう言って、ちょっとだけベッドに横になる。

 

目を閉じると、普段は意識しないと聞こえない音が聞こえてくる。

 

風、近所の子供の声、お風呂のお湯の音、ナオが歩いている音。

 

そんな小さな音が聞こえることがなんだか嬉しくて、快くて、私はだんだんと眠りに落ちていく。

 

ナオが私のそばに寄ってくる。

 

まどろみの中で、ナオを撫でてあげる。

 

3回撫でたところで、私の意識は途切れた。

 

今日はご褒美デー。少しぐらい眠ってもいいよね。

 

お風呂のお湯が溢れていること、

 

走ってきたせいかフルーツタルトが崩れていること、

 

紅茶はあるけどミルクがなくてミルクティーにできないなど、起きた後に私を待ち受ける問題は色々あるのだけれど、

 

それは起きた後で考えようと思う。

 

今はこの幸せな時間を味わっていたい。

 

だって、

 

今日は月に1度のご褒美デーなんだから……。

 

 

 
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