真・恋姫無双 二次創作小説 明命√
『 舞い踊る季節の中で 』 -群雄割編-
第百伍拾漆話 ~ 霞濃の闇に舞いしは一粒の蛍火 ~
(はじめに)
キャラ崩壊や、セリフ間違いや、設定の違い、誤字脱字があると思いますが、温かい目で読んで下さると助
かります。
この話の一刀はチート性能です。 オリキャラがあります。 どうぞよろしくお願いします。
北郷一刀:
姓 :北郷 名 :一刀 字 :なし 真名:なし(敢えて言うなら"一刀")
武器:鉄扇(二つの鉄扇には、それぞれ"虚空"、"無風"と書かれている) & 普通の扇
:鋼線(特殊繊維製)と対刃手袋(ただし曹魏との防衛戦で予備の糸を僅かに残して破損)
習得技術:家事全般、舞踊(裏舞踊含む)、意匠を凝らした服の制作、天使の微笑み(本人は無自覚)
気配り(乙女心以外)、超鈍感(乙女心に対してのみ)、食医、初級医術
神の手のマッサージ(若い女性は危険です)、メイクアップアーティスト並みの化粧技術、
(今後順次公開)
霞(張遼)視点:
かんっこんっ!
しゅっ!
かんっっ!
「握りが甘いっ!
技の変化に握りがついていけへんちゅうのは、基本動作が身についてへん証拠やっ」
春霞の鍛錬用に速度を抑えてあるウチの突きによって、春霞は手元から棍を弾き飛ばされ。乾いた音を地面に立てながら屋敷の庭先に転がる棍の音を聞く春霞に、気になった悪いところを容赦なく指摘してゆく。
語気を荒げ、厳しい事を言うようやけど、春霞が自ら選んだ道や。武器を持つという事は甘い事やあらへん。持った時点で、大人も子供もない。むろん玄人も素人も関係あらへん。武器を持つ必要のある場所と言うんはそう言う意味なんや。
だからウチに出来る事は、生き残るための術をこうして体に叩き込むことだけや。
「それと春霞っ! ウチは何時、突き、巻き、払い以外の技を使こうてもいいと言うたっ」
「そ、それは…、つい」
「ついやあらへんっ。ウチの目は節穴やないで。さっきのはあきらかに狙ろうとった」
春霞がウチを驚かそうと、褒めてもらおうと陰で練習しとったんは、一目見ればわかる。ウチの技を見よう見まねで自分の物しようとしたんわな。
その事自体は正直言って嬉しい。ウチを目指そうとか。そう言うんのはともかくとして、自分を磨こうと努力している姿は、師匠としては当然ながら、例え義理だろうと親としても嬉しいもんや。
……でもな春霞。
「ウチは言うたはずや。その三つ基本が完全に身体に馴染むまでは、他の技は不要やとな。
師のウチの言う事が聞けんっちゅうのなら、今すぐに棍を捨ていっ!
ウチが将だからって、別に春霞迄が武官になる必要なんか少しもあらへん。春霞は春霞の道を歩んだらええねん。ウチはそれでも春霞を全力で支えたる。春霞が自分で選んだ道やならな」
そんなものは強うなった気がするだけや。
今の春霞程度の腕では、いくら技の形を知ったところで、そんな技には意味なんてない。 たんに技を収集しとるだけ。
たった今、春霞が使ってみたのもそうや。たしかに技単体としても、相手が素人やったら通用するかもしれへん。でも技と言うのは技単体の事やあらへん。技と技とを繋いで一つの流れにすることで、初めて技へと昇華することができるんや。
こと槍術に関しては、この三つの基本が技と技を繋ぐ基礎になると同時に、最も強力な技にもなるんや。
ウチの説教に、素直に心から謝る春霞の姿にかわええなぁと思いつつも、ここは師として鬼にならなあかん。
「棍を取りっ」
小さくうなずく春霞が、地面に転がった棍を取るや否や。ウチは棍を構える。
陽が傾き、庭先に影が伸びてゆく中で、ウチと春霞がそうであるように、地面に伸びた影も対峙してみせよる。
ウチと対峙する緊張によって、春霞は一瞬一瞬が、まるで数百にも引き伸ばされたような感覚に堕ちてる錯覚の中で、ほどよい緊張感を保ってみせとる。 ええで~、それがまず最初の基本や。そして……。
しゅっしゅっしゅっ!
まずは突きの三連発。
最初の一突きで棍の先端に、次の一突きで浮き上がった棍の中心。持ち手をあえて狙わずに棍の芯を狙う。
棍と持ち手の重心を打たれ、後ろに大きくよろける春霞の眼前へ棍を突き付けてやる。
まだや、ウチの視線の意味を理解した春霞が、今度はウチに攻め込む。
かっ、かん、かかんっ、かんっ。
その一つ一つを棍の先で円を描くようにして、春霞の突きの一つ一つを丁寧に軌道を変えてやる。
ウチに攻撃をいなされて、だんだんと突きが速くなってくるが、速く打たんとする焦りと思いが基本の姿勢を崩しとる。手突きになっとるで、春霞。そんな攻撃をしとったら。
かんっ!
春霞の不用意な姿勢の突きを、巻きを少し大きくすることで春霞の棍を横へと弾いたる。
姿勢が崩れ重心が前に来とるさかい。これくらいの事で身体が持ってかれるんや。
ひゅんっ!
「きゃっ」
春霞の姿勢が崩れた瞬間。ウチの棍が春霞の足元を払ったことで、春霞の身体は棍を突く姿勢のままに前へと大きく空へと浮く。
だからこれくらいの払いで、そうなるんや。
そしてそうなったら顔面が、がら空きやでっ。
しゅっ!
「っ!」
ウチの棍が容赦なく春霞を貫く。
手加減など一切なしや。
「分かったか春霞。突き、巻き、払い、この三つでもこれくらいの事は朝飯前や。
槍術の技、全ての基本はこの三つにあり。この三つを極めねば槍術を極める事出来ぬってな。
ウチの師匠さんが、口を酸っぱくして言ってたもんや」
「は、はい……、あの義母様・」
「今は師匠や」
「は、はい、御師様」
「で、なんや?」
「その……そろそろ降ろしてほしいんですけど」
ウチの棍に串刺しと言ったら聞こえが悪いけど、春霞の背中…服の上着と背中の間にウチの棍が、春霞の首襟から腰の服の端までの間を、服も春霞も共に傷める事無く通した状態のため、宙吊り状態で情けない声で言ってくる。
まぁ、棍が通っとるから、上着が捲れて背中とお腹が丸見え。ついでに後ろからなら下着も丸見え状態やさかい春霞の気持ちは分からん事はないけど、本当の戦いの中ならそんな事を気にしとったら、その時点で死んだも当然や。
こりゃぁ、もう少しお説教がいるかなと思案しとると、春霞がこれ以上、服が捲れんように必死に手で押さえながら誰もいないはずの周りの様子を気にしてる中で、春霞の意識がある一方に向いていることに気が付く。
屋敷の西側への小道。その先にはウチの任務上に必要な非常用出入口。と言えば聞こえはいいけど、実際は勝手口みたいなもんや。そしてその勝手口の先にある屋敷は……。
「なんや。一刀に見られたりしないか心配しとるんか」
「ち、ちがいますっ!」
ウチの言葉に顔を真っ赤にして否定する春霞の態度に、つい頬が緩む。
だって、こんなかわゆい娘を見て、頬が緩むなっていう方が無理や。
こんな姿を見せられたら、今すぐに頬をすりすりして、ぎゅーっと抱きしめて可愛がりたい衝動に駆られるやないか。
「まぁ、ええわ、信じたる」
「そ、そうです。だから早く降ろして・」
「そういえばこの間、ウチの所の鍛練場で鍛錬してた時は、もっと凄い格好になってたけど、その時は周りに男を含めていたけど、全然気にしてなかった気がするんやけど、それはなんでや?」
「で、ですから違いますっ! 義母・いえ、御師様の勘違いです」
「そうかぁ? なら美羽か? ウチは母親失格やなぁ。まさか義娘にそっちの気があったとは全然知らへんかった。大丈夫や春霞。ウチはちゃんと春霞の応援をしたる」
「違いますっ! そんな趣味はありませんっ! 義母様の馬鹿ぁ~~~っ!」
あちゃー、ちとからかい過ぎたみたいやな。
ウチへの罵倒と共に本気でむくれ出す春霞に、やりすぎたことに気が付く。
くぅ、どうしよう。幾ら頬を膨らましてむくれる春霞が可愛ええというても、流石に此処でこのまま知らんぷりするっちゅうのは拙い気がするし、かといってこう言う時どうしたら良いか分からへんし。
ぽた。
ぽた。
本気でむくれ始める春霞に、どうしたもんかと悩んでいた時、空が泣き出してきよった。
通り雨やろうけど、本格的に降りそうな空の様子にウチは心の中で歓声を上げる。
よっしゃっ、天はまだウチを見放してなかった。と。
「うしっ、今日の鍛錬はここまでや。
基本もまだ出来とらへんのに、雨ん中で鍛練しても変な癖がつくだけや」
一方的にそういうなり、手にした春霞を吊るしたままの棍を空高く振り上げ。
「きゃっ」
可愛い声を上げて空を舞う春霞を、落ちてきた所を両手でしっかりと受け止めて問答無用に屋敷へと駆け込む。
むろん名目は理由は雨に濡れるからや。そう言って腕の中で暴れようとする春霞を宥めながら。縁側に上り込むなり。春霞を胡坐の上に乗せるようにして、春霞を後ろから抱きしめたる。
逃げられんようにやない。可愛い春霞を愛情たっぷりに抱きしめるためや。
だから春霞が本気で逃げ出そうと思えば、いつでも逃げ出せるように力加減はしてある。
ただ春霞が状況把握するよりも前に、ウチは春霞に謝る。そして鍛練の間、厳しゅうした分、義母親としての愛情をウチなりに示さんと春霞に話しかける。
「ウチが悪かった。許してえなぁ。
春霞が頑張ってるのはウチがよう知っとる。
鍛練も、家事も、勉強も、そして美羽達の事も。
ウチは正直嬉しい。こんなにも頑張り屋で、
戦う事しかでけへんウチからしたら、自慢の義娘や」
「う゛ぅ~」
ウチにとって春霞は家族なんや。
例え義理だろうとも愛しい娘なんやと。
「今日も春霞がこっそり隠れてしていた鍛錬の成果を見た時。正直ウチは嬉しかった。
ウチの見よう見まねで必死に技を盗んで、自分の物にしようとしたのは一目で分かった。
でもな、まだ早いんや。焦る必要はあらへん。今は一つ一つしっかりと足元を確認しながら歩く事が大切なんや。春霞がそういう段階になったらきちんと教えたる。ウチを信じてほしいねん。 なっ」
「……ん…」
鍛錬中は師として厳しい事を言わざるえへんけど。鍛錬の時以外は師として愛弟子に愛情を示したいんや。
今は言葉足らずな鍛錬内容に戸惑う事ばかりやろうけど、その意味がいずれ分かる時が来る。だからその時まで一緒に歩んで行こう。弟子と言うのは師を追いかけるだけのものやあらへん。師でもあるウチもまた弟子である春霞と共に歩んでいるんやと。
「春霞の友達をそういう風に言って悪かった。堪忍してぇなぁ、この通り。なっ?」
「……分かってます。義母様がそう言うつもりじゃなかったのは」
春霞の身体から力が抜けて行くのが分かる。
ウチに身をまかせて、ウチのされるがままにさせてくれる。
強まる雨音を聞きながら、揺り籠のように身体を揺するウチに心をまかせてくれる。
この娘が本当に揺り籠が似合っていた頃をウチは知らん。
でもな、それでもウチはこの娘を家族として、何よりウチの娘として迎えた。
だからこの娘はウチの娘や。腹を痛めたわけでも。幼子を必死に守り育てる母親としての苦労も知らへん。
母親としては未熟で、分からん事ばかりや。こうして春霞を怒らせて、その度に四苦八苦してる。
だとしてもそれが何や。それでもウチはこの娘の母親や。
力いっぱいそう言える。
だから、一刀の事をからかったのも、別に本当にからかいたかっただけやあらへん。つい遊び心が出て話が逸れてしもうただけや。反省はしとる。
……ウチが本当に知りたかった事。
「……なぁ、春霞」
「ん」
「さっきは悪かった。でも聞かせて欲しいんや。
一刀の事は嫌いか? 別に男と女とか言う変な意味やあらへん。
ただ単に、好きか嫌いかだけや」
「一刀様のことは・」
「あっ、ウチの事は気にせえへんでええで。
一刀が天の御遣いとか言うのも抜きや。
立場とかそう言うの全部取っ払って、本当の春霞自身が、どう思うているか知りたいんや」
ウチは酷い事を聞いとるかもしれん。
親として最低の酷い事を言うかも知れん。
それでも確かめたいことがあるんや。
「………好きか嫌いかで言えば、す、好きです。
で、でもそう言う意味では・」
「ああ、分かっちょる」
………ああ、安心した。
別に一刀を贔屓にしているわけやあらへん。
別に一刀じゃなくても良かったんや。
ただ単に、春霞の意識がたまたま一刀に向いていただけのことや。
ありていに言えば、一刀の事は利用しただけにすぎん。
ただ、その言葉が聞きたかったんや。
「ただ、少し安心できたと思うてな」
「……義母様?」
「ウチは春霞と初めて会うた時の事を忘れれへん」
びくっ
腕の中の春霞が、一瞬にして体が強張るのが分かる。
あの時の事を思いだして、小さく震えとるのが腕の中から伝わってくるたびに、ウチの胸を締め付ける。
「春霞が、あの糞虫共のおかげで、問答無用で男が嫌いにならへんかと思うてな。
眼を曇らせて、この先の春霞の人生の中で、男やと言うだけで見下して損する人生を歩まんかと思うてな」
分こうちょる。あの一件は、今もこの娘を蝕んでいるんやと言う事は。
それでも、この娘は一生懸命にあの事を克服しようとしているって分かる。
美羽と初めて会った時の一件を聞けば。必死に前に進んでいるって事は…。
ウチが庇っているからと言う理由だけで、この娘が美羽と友達になれるわけがあらへん。
でもな、幾ら戦こうたとしても、勝てへんこともある。挫ける事もあるんや。
……ウチはそれが怖いんや。
この娘がそうなってしまうのが、怖いんや。
「……正直、今でも男の人は怖いです」
ああ、そうやろうな。
「……痛くて、……苦しくて、……それ以上に気持ち悪くて。
……あんな酷い事を……平気で出来るんだと思うと、身体が竦みます。
……胸が…締め付けられます」
ウチも胸が、…心が締め付けられる。
あの時、春霞を守れなかった事を。
こうして、あの時の事を春霞に思い出させてしもうとる事を。
その事に胸がぎゅーと冷たく締め付けられるんや。
「でも、一刀は違うん…やろ?」
その事がウチの救いやった。
幾ら天の御遣いやと言うても、そんなものは関係あらへん。
男と言う生き物に違いないんや。
ウチ等が女と言う生き物であるようにな。
……こくん。
ウチの言葉に小さいけど、確かに頷いてくれる。
だからうちは春霞をぎゅ~と抱きしめる。
手加減できるぎりぎりの所で、力いっぱい抱きしめる。
ごめんな。ごめんな。ウチ、春霞に酷い事を聞いた。
嫌な事を思い出させてしもうた。
こんな義母親でごめんな。勘忍してえな。
悪いと思うとる。 でもな、でもな、同時にウチは嬉しいんや。
春霞がこうして、自分の過去を克服しようとしている事が嬉しいんや。
「……多分、美羽の影響だと思う。
あの娘があんまりにも幸せそうに、一刀様に頭を撫でられているから」
そっか、そういうことなんか。
春霞は周りの多くのもんに助けられて……。
周りの良い所をたくさん吸収して……。
「一刀様も、美羽のついでとばかりにと言う感じだったけど、本当に優しい目で私の頭も撫でてくるから。
……あんなに温かな笑顔を見せてくれるから。」
ほんま、今日ほど一刀の無神経ぶりに感謝した事はないで。
あの、なんも考えんと、誰彼かまわず心からの笑顔を振りまく事に、まさか感謝する日が来るとは思はへんかったけどな。
だいたい一刀も頭を撫でるってなんや。普通はそんな無礼な事はせえへんでぇ。
と言うても、春霞の言う通り、あの光景を見たら不思議と変に思わなくなるから不思議なんやけどな。
ほんま、とことん女っ誑しやな一刀は。そのうちほんまに背中から刺されるで。
「春霞は一刀に頭を撫でられるんは嫌いか?」
ふるふる。
ウチの言葉に春霞は首を振る。そんな事はないと。
気を遣ったのでもなく、ウチに言われたからでもなく。
何も考える事無く、自然とすぐに出たのは、それが春霞の当たり前やからや。
「どことなく安心できます。
大きな手が髪を梳くように撫でられる度に身体の奥から温かくなります」
そっか、そっか。
ウチは、一刀のように春霞の頭を優しく撫でてみながら、春霞の言葉に頷く。
正直、一刀にヤキモチを焼ける。こうして一刀の真似をして春霞の頭を撫でても、一刀の撫で方と比べとうなる。
こんなに可愛いウチの春霞が、無条件に懐ける事に思わず愛用の飛龍偃月刀を持ちだしたくなる。
「まるで
「ぷっ! ぷははははははっ」
うん、思わず吹いてしもうたわ。
だって、一刀が父親って言うんは、春霞に悪いとか思う以前に、反射的に吹いてしまうって。
これは吹くなって言う方が無理や。
「義母様っ!」
「悪い。悪いっ。でもぷっはははははっ。だ、駄目や我慢でけへんっ。
よ、よりにもよって一刀が父親って・ぷっ、はははははははっ」
ああ、分こうちょる。
この一件に関しては、ウチが全面的に悪いって事は。
でも仕方ないやろ。笑うな言う方が無理やっ。
あの仏頂面の
「義母様っ。笑い過ぎですっ!」
だから春霞、今は勘弁してな。
ひとしきり笑ろうたら、幾らでも謝るから勘弁してえな。
何だったら、一刀直伝の土下座でも何でもしたる。
だから今だけは思いっきり笑わせてくれんか。
「義母様なんて嫌いです」
「なぁ、このとおり謝るから許してえな。ほんま反省しとる。
それに何度も言うけど、春霞の事を笑ったわけやないで」
「それもです。
一刀様を、…いいえ。人を一方的に笑うのは良くありません」
「あぁ……、まいった。ウチが本当に悪かった。一刀にもこうして謝るから」
この場にいいもしない一刀に、……未だ眠ったままの一刀のいる屋敷に向けて頭を下げて謝ってみせる。
ますます強まっている雨に、屋敷どころか、境界たる壁すら拝めん状態やけど。それでも胡坐をかいたまま深く頭を下げたる。
ほんまに一刀に悪いと思ったわけやあらへん。
春霞の言葉だからと言う訳でもあらへん。
むろんそれ等もあるけど、ウチがこうして、この場にいもしない一刀に向かって頭を下げた本当の理由は、春霞の本当の両親に言われた気がするからや。
親であるウチが、そう言う見本をきちんと見せなあかん。
春霞の言葉の中にいた。春霞の本当の両親に叱られたからや。
ほんまに春霞を心から慈しんで育てとったんやな。そう感服させられた。
【子供を見れば、その親が分かる】っか、ほんま昔の人は良い事を言うたもんや。
ウチは、そんな親になれるかどうか正直、心配や。
なって見せると幾ら豪語したとしても、それはウチの判断する事やあらへんからな。
それでも、そうなろうと歩む事は出来る。
迷い、悩みながらでも歩む事は出来る。
大切なのは足を止めん事や。いいや、足を止めて諦めん事や。
ウチはウチなりに春霞と歩んでみせる。
ウチ一人では無く、春霞と共にな。
本当の母娘の様になってみせる。
「ええんやないの」
「何がです?」
「さっきの一刀が父親見たいと言うんや」
「ち、違います。あくまで例えです。お父さんはお父さんだけです」
「そうか。 でもな、一刀はきっと父親みたいだと慕われても、きっと微笑んでくれるで。
あの御日様みたいなぽかぽかと温かいええ笑顔で、きっと受け入れてくれると思う。一刀はそう言う事の出来る漢やからな」
例え赤の他人の子供だとしても、一刀は無条件に受け入れるやろうな。
流石にあの歳で、春霞ぐらい大きな娘の父親と言うのは、驚くやろうけどな。
ああ……、それはウチにも言える事か。
「う゛~、さっきから私ばかりで狡いです」
「そうかぁ? じゃあ春霞もウチに聞いたらええやん」
「じゃあ、義母様は一刀様をどう思っているんですか?」
「そりゃ好きやで、はっきり言って惚れとる」
「……ぇっ?」
「なんや不思議か? ウチがあっさりそう答えて。
でもな、それは春霞の思い違いや。ウチは一刀が男とか女とか関係なしに、一刀の事が好きなんや。
あの時、裏切りの張遼なんて二つ名を背負ってでも孫呉に降ったのは、孫呉に一刀がいたからや。
一刀に、あんな姿で戦わせたない。そう心の奥底からウチの魂が叫んだからや。
だからウチはたぶん一刀に惚れとる。男とか女とか関係なしに、一刀と言う人間にな」
今でも鮮明に思い出せる。
遠目にもはっきりと分かった一刀の顔。
あんなに泣きたいのを必死に我慢して、泣けない代わりに血の涙を流して天罰を演じる一刀の姿を。
「そんなに想えるほど、一刀様との素晴らしい出会いがあったのですね」
……なんや春霞、まだ変な勘違いしとるみたいやな。
まぁ春霞も、もうすぐ十と壱つになるさかい。そう言う事に夢を見たくなる気持ちは分からへんでもない。
「……言っとくけどな。ウチの一刀の第一印象は最悪やったで」
「え? そうなんですか?」
「なんせ顔を見るなり、頚を叩き落とそうと決めていたんやからな。
そやないな。直接顔を見る前から叩き斬ると決め取ったわ。しかも更にその前に、遠目に見てがっかりやとか思うとった気もするなぁ」
「えっ? えっ、え~っ?」
そりゃあ春霞が驚くのも無理ないやろうな。
ウチだって、あの時にはこうなるやなんて、夢にも思わなかったわ。
でも、今思えば、あの時からやろうな。一刀に興味を持ちだしたのは。
「色々あるんや、大人になるとな。
……と言うても春霞の考えるような事なんて、これ~っぽっちも無かったで、だいたいあの時は十日も一緒にいなかったしなぁ~。
最初の三日三晩は、怖がる一刀を無視して崖っぷちや荒野を馬で走りっぱなしやったし。洛陽に在ったウチの屋敷でも、四人でひたすら冥土服とか言う使用人の服を作っていたしなぁ。会話らしい会話は数える程度やったな」
ウチが言葉を発する度に、春霞の目が丸くなる。
その春霞の様子にウチは安心する。
別に春霞の夢をぶち壊している事やないで。
春霞が……、ウチが春霞に嫌な事を思い出させてしもうて、春霞を怖がらせてしもうた春霞はもう其処にはいないからや。
ウチの抱擁のせいやあらへん。
むろん一刀の話のせいでもあらへん。
春霞が、春霞自身の強さが、恐い想いに必死に戦ったからや。
春霞を慈しみ、一生懸命育て、その命を賭して春霞を生かそうとした、春霞の本当の両親がしてきた事が、こうして春霞を強く生かしてくれているんや。
ウチや一刀の話は、そんな春霞の背をそっと押しただけや。ただの切っ掛けに過ぎへん。それだけや。
ほんま、ええ娘や。強くて、賢くて、何より優しいええ娘や。ウチには勿体無いで……。
「春霞もそのうち分かるようになる。
確かに一緒に過ごした時間と言うのも大切やけど、世の中それだけやあらへんと言う事もある事がな」
「……うぅぅ、私には良く分かりません。」
「今はそれでええねん。
そうやって、いろいろ疑問に思う事が大切なんや。自分の事や相手をよー考える事が大切なんや」
義娘に諭しておきながら、心の中で苦笑が浮かぶ。
そう言う意味ではウチはまだまだやなと、そう思えるさかいな。
ウチは十日近くいた。でも詠は四日や。 そのたった四日でウチよりよっぽど一刀の事を理解しとった。
きっと詠のあの時の忠告が無かったら、きっと今ほど一刀の事を理解でけへんかった。
そしたら、こうして春霞を義娘として迎える事もでけへんかったやろうな。
そう考えたら、詠には感謝しても感謝したりへん。
「それとな、一つだけ忠告しといたる。
春霞が、一刀を父親のようだって言うなら、それで別にええねん。
春霞が大きくなって、そうやなく男として見るようになってもかまへん。むろん春霞が他の男を選ぶのもそれはそれでええ、その時はウチの目に適う奴やと言う事をウチは信じ取る」
「か、義母様。で、ですから私はそう言う意味では」
「ええから、今は聞きぃ」
そないな顔を赤く染めて言われても説得力ないで。
まぁ父親から、憧れみたいなもんなんやろうけど。
こんな可愛い表情されとったら、ウチほんまに勘繰ってしまいそうやんか。
きっとウチは、春霞が大切でしゃあないんやろうな。
それでも、今から言う事は義母親として間違っとるとは思わん。
「あと五年、いや六年は駄目やで。
春霞が望んだとしても駄目や。我慢しいや
そないな不届きな奴は、たとえ一刀でもこうやっ」
ばきりっ!
誰かの忘れ物か、それとも落とし物か、ちょうど手元に落ちていた太めの筆をウチは圧し折ったる。
おもいっきり、粉々になるまで手の中で握りつぶしてやる。
一刀が書き記した書物の一つに書いてあった。
女は十と六くらいまでは身体が未発達なんやと。十と四から五ぐらいより前に子を産む言うんは、成長しきっていない身体でお腹の中の子供に色々と取られるから、短命になる可能性が大きくなんやと。成長具合は人それぞれやから、本当は更に二年はおいた方がええんやとな。
ウチから春霞をそんな理由で永遠に奪おうと言う奴は許さへん。
そもそも、それくらいも待てんような幼女趣味のど変態は生かしとく必要なんかあらへんからな。
「ウチの言うとる意味、分かるな?」
からからから……。
ウチの握った手から何やら細かく硬い物が床に落ちとるが、まぁええわ。春霞が首を縦に振ってくれているから、それはええ。もしかしたら春霞の物だったかもしれへんが変わりの物は幾らでも買うたる。
まったく今思い出しても腹が立つ。あの春霞を穢した二人の頚をウチが斬れへんかったのは悔しくてしゃあな いわ。
ウチやったら。晒し首なんて甘いもんやなくて、一刀が紀霊にやったみたいに五分刻みの肉片にしたるのにっ!
だと言うのに雪蓮は……。
『そうするだろうと思ったから、霞には任せれないと思ったのよ』
なんて、殺生な事を言うてウチに処刑場にすら近寄らせなんだのはあんまりやで。
そう思う反面。春霞はそんな事を決して望まんやろうな。
別に春霞が奴等を許すとか庇うとか言う事やあらへん。
ただ春霞は自分の事で、ウチが目を曇らせて復讐に走る事を望まんやろうな。そう言うたんや。
だから、多分、雪蓮達の判断はきっと正しかったんやろうな。
そのおかげで、こうして蟠りなく義母娘でいられる。そう思えるようになってきた。
「ぁっ……雨が」
雨が小降りになってきたため、そう呟く春霞の声にウチは冷静さを取り戻す。
そうやな、今こうして腕の中に春霞がいる。それでええやんか。
だから………、
「ほんまごめんな、変な事を色々言うて。
でもこれだけは信じて欲しいねん。
ウチが春霞が大好きやと言う事をな」
「義母様…」
「こ~~~~~んなぐあいになっ」
そう言うなり、ウチは春霞の頬に自分の頬を思いっきりすり付ける。
すりすりってな。
「ちょ、義母様っ」
なんや言うとるけど、ウチの春霞の想いはこんなもんやあらへんで、だからその何百分の一でもええから伝わるように。顔全体に頬ずりをする。ほーら、すりすりや。
「春霞はウチの義娘や。可愛い可愛い義娘や」
「わ、分かりました。分かりましたから義母様、や、やめてください」
まだやまだや。すりすりしたる。
「なぁ、春霞分こうて~なぁ。ウチは別に春霞が憎うて厳しくしとるわけやあらへん。
春霞が可愛いからしとるんやで」
「分かりましたから、本当に分かりましたから」
頬擦り、頬擦り。うにゃ~、春霞の頬は柔らかいなぁ。小さくて温かくて。それでいてもちもちしてて、ほんま気持ちええなぁ。
すりすり♪
「いい加減にしてくださいっ! 義母様っ!」
……はい。春霞の怒声に、ウチは本日だけで数度目。
そして生まれて初めての土下座でもって、春霞に赦しを乞う羽目になるとは思わへんかった。
いや、別にええけどな。これで、つい暴走してもうたウチを春霞が許してくれるんなら、此れくらい幾らでもしたる。
ああ、なんやろう。春霞の向こうで、春霞の両親がおもいっきり深く溜息をしているように見えるのは、きっとウチの錯覚なんやろうけど。今回ばかりはウチが一方的に悪いさかい、しゃあないか。
はぁ………、武人としては恋にも一刀にも敵わず。母親としてはこんな調子。
ほんま、ウチはまだまだ未熟やな。そう深く溜息をついた時。
すりすり。
「私も、義母様の事が大好きです」
春霞がそう頬ずりをしてくれた。
二擦りだけやし、直ぐにウチから離れてしもうたけど。
確かに春霞から、しかも親愛をもってしてくれたんや。
くぅ~~っ、ほん~~まっ、可愛ええ娘やぁ~っ。
ああ、今のウチは春霞の事を酒の肴にしたら、三日三晩は呑めるで。
今すぐに誰かを捕まえて、春霞の可愛さを酒を飲みながら聞かせてやりたいわ。
祭でも、
……あっ訂正や。
雪蓮が【江東の虎】なら、蓮ちゃんは【江東の大大虎】やな。しかも翌朝には記憶が何やら入れ替わっている最強ぶりや。 ほんまみんな酷いで。
とにかく、そんな嫌な思い出は部屋の隅にでも置いておいて、今は楽しい酒の事や。
なはは、誰を捉まえようかなぁ♪
「……義母様?」
いや、違うんや春霞。
今のはあくまでそう出来たらええなぁ。と言うだけで実際にやるわけやないで。
春霞の行動に感涙している所に、春霞の声に、ウチは思わず動揺してしもうた。
でも其処はウチかって将の端くれや。そうそう心の中の動揺を漏らすような真似はせえへん。
こういう時に動揺する姿は見て楽しむもんで、自分がやって楽しむもんやあらへんのや。そんなんは一刀で十分や。
と、我ながら意地の悪い事を思うとるなぁと呆れながらも春霞の言わんとする事を察する。
ぽつん、ぽつん。
あれだけ強う降っていた雨がいつの間にか止んでいた。
軒先から垂れ落ちる滴が無ければ、雨が降っていたなんて思えない程の空が、西の方に見える。
まだ日が沈むまでは時間があるのか、庭はまだ十分に明るいと言える。
でも、鍛錬を終える時にウチが言ったように今日の鍛錬は終わりや。
この時期の雨は勢いよく振る。特に夕暮れ近くになると、ざーと降って直ぐ止む雨は特にそうや。
とくに今のは泥を跳ね上げるほど強く降った。
せやから鍛錬しようと思うても、足元がすぐにぬかるんでしまうねん。
実戦練習ならともかく。春霞のように、身体も基本もまだできてへんもんがやるもんやない。
「駄目や。 それにな、そろそろ夕餉の支度にとりかからんと、直ぐに暗くなってまうで。
何よりも今日はウチは美味い酒が呑みたい気分なんや。 だから今日はもう勘弁してえな」
「もう義母様ったら、毎日そんな事ばかり言ってー」
「そうやったかなぁ。なははっ。まぁええやんか」
ウチの言葉に諦めにも似た溜息を吐きながら、春霞は腰を上げて台所へと行こうとする。ウチはそんな春霞の背中にそっと声をかける。
「なぁ春霞。 この家、好きか?」
「え?どうしたんです。いきなり」
「まぁ、ええやないか。ただ単に、なんとなく聞いただけや」
「えー…と、御屋敷が立派すぎて戸惑う事ばかりです」
「なははっ、春霞も一刀と同じで、小市民の代表と言う訳か」
「美羽の御屋敷に近いと言うのは便利ですけど、何より、此処には義母様が居るから好きです」
「そっか、ウチが居るからか。春霞は可愛い事言ってくれるなぁ~」
そっか……なら、かまへんよな。
春霞の言葉に、ウチは心の中でそっと決意を決める。
そんなウチの態度に。とりあえず話は終わりやとウチの態度から察した春霞は、再び台所へ足を向けようとする。そんな春霞に、もう一度だけ声を掛ける。
「春霞、一つ頼まれてくれへんか」
別にさっきの話とは関係あらへん。まったく別の事や。
その証拠にウチの視線は外に向いとる。
「義母様?」
夕暮れの空。
雨雲が遠のく事で明るくなりながらも、日が沈む事で暗くなってゆく相反する景色。
そんな空を、鳥達が急いで自分の巣に帰って行くのが目に映る。
太陽が赤く染まって行くのがよう分かる。
此処の街に戻ってきて、もう二日やな……。
その太陽のある方角。さっき春霞が鍛錬中に気にしていた方向に、一刀は今も眠り続けとる。
春霞には、一刀はちと戦で疲れて休養中やと言うたるから、本当の事は知らへん。
だから、あんな心配が出来たんやけど、……その方がよっぽどええ。
あの娘の、……春霞の表情を曇らすには忍びない。
なにより、まだ決まったわけやないからな。
夕刻の雨上がりの中、屋敷の敷地から出て向こうた先は……、別に一刀の屋敷やない。
幾ら心配しようとも、ウチが今の一刀のためにしてやれる事は何も在らへん。
悔しいけど、戦う事しか知らんウチには、一刀の事は天に祈る事くらいしかしてやれん。
せやからウチは、ウチにしかできない事をやるだけの事や。
ぴちゃり。
ぬかるんだ。までにはいかなくても、叩きつけるような雨でそれなりに土埃が舞い上がった地面は、具足を濡らすだけやなく。泥になりかけた土がこびり付いてくる。
敷地を取り囲むようにある長い塀に目をやれば、竹で組んだ犬矢来が今の雨で土埃が洗い流されるどころか、叩きつけた雨で跳ねた土がこびり付いとる所をみると。短い間とは言え先程の雨の激しさを物語っているのが分かる。少なくとも此処数日のうちで一番激しい振りやった事は確かやな。
がらがらがら…。
さっきの突然の雨で、足止めをくっていた人達が慌てて動き出す音が聞こえてくる。
多くの足跡と轍が水溜りをぬかるみへと変えて行く。そして馬や荷車の車輪がそのぬかるんだ水溜りの泥を跳ね上げて行く。
そんな中で屋敷の正門から出てウチの足が向う先、それは何処かと言えば、やっぱり一刀の屋敷だったりするんやけどな。
でもさっきも言うたとおり、一刀の屋敷にウチが行っても何も出来る事はあらへん。一刀の家族に用がある訳やない。もしそうなら勝手口を使って向こうてる。
ウチが向かう先、それは……。
「やっぱりな」
「……ん、霞」
屋敷の門に……。一刀の屋敷を大きく囲う塀に佇む正門前の道端で、跳ねた泥が服どころか身体のあちこちを汚している事すら気にせずに立っている恋の姿に、ウチは溜息を吐く以前に、怒れてもくるし悲しくもなってくる。
あの戦で最後まで大地に立っていた恋が、自ら降伏宣言をしたあの日より、恋はこうして一刀が目を覚ますのを待ち続けとる。
『……一刀に聞きたい事がある。 ……話は全部その後』
恋が実際どこまで考えてたかは知らん。
でも、本当の意味としての戦はともかくとして、ウチ等から持ちかけた勝負では恋達が勝ちを拾ったも同然の状態での敗北宣言。
その事実を蓮華は王として受け入れ。最大限の礼儀を持って恋達を誇りありし敗軍として受け入れた。
こうして恋が此処にこうしていられるのも、そのためや。
蓮華は王として、恋の『一刀の話を聞いてから』と言う望みの後に、全てを決めると約束した。
少なくとも、恋がその望みをこうして望んでいるうちはや。
冥琳あたりは、恋が素直に降るにしろ。そうでないにしろ。今、恋が望んでいる程度の事は恩を売っておいて損はないと考えての事やと思う。
それは別にええねん。 難しいうえに複雑な事情が絡み合ってる事は、上が考える事や。
ウチとしてはただ……。
「恋、濡れ鼠やないか」
「……大丈夫。放っておけば乾く」
行軍中は一刀の隊が張る陣の外で……。
そして、この建業の街についてからは、ああして門の前で……。
いくら一刀が目覚めたら知らせる言うても、頑として聞こうとせん。
ああして、昼も夜も一刀が目覚めるのを待ち続けとる。
あの時、恋は一切言い訳はせえへんかった。
決着がついた後に一刀に攻撃を仕掛けたことも。
そこまでしといて、自ら降伏宣言したことも。
なんの言い訳もせえへんかった。
……ただ、
『ごめんなさい』
そう言い続けただけや。
ウチ等にも……、そして恋を信じてついて来てくれた仲間達にもや。
『今のは、たしかに油断した一刀が悪い。
しっかし、そう言うもんやないやろがっ』
『……ち、違う』
『何が違うねん!
勝負はついていた、それが分からん恋やないやろうが!』
あの時、ウチは恋をそう責めたけど、恋が言い訳をせずに謝ったというなら、恋にはどうしようもなかったことなのかもしれん。少なくともウチが与り知らぬ何かがあったんやという事は信じられる。
恋がウチ等を騙そうとしとるわけやない。何かを企んでいるというわけでもない。
洛陽の街でも、いらん誤解をよう受け取ったけど。恋はそんな奴やない。
ただ純粋なだけや。ただ真っ直ぐなだけなんや。
……その事を、ウチは思い出した。
……恋のこの姿に思い出させられた。
「あほうっ。 風邪ひくやろが」
「……? ……大丈夫。恋、病気になったことない」
「そういう問題やない。一度、着替えに戻るんや」
「ふるふる……、ここで一刀、待つ」
なにが恋をそこまで駆り出すのかウチには分からへん。
ただ、これだけは分かる。 恋が恋であるために…。恋が守りたい家族を守るために…。なにより、恋が恋の仲間達と一緒に歩んでゆくために、一刀の言葉が必要なんやということはな。
きっと今の恋は迷子なんや。道を失い。どちらに向かって歩いて良いのかすら分からんのや。
だから、今は一歩も動くことができへんのやろな。
……まったくっ。ほんま、ウチの周りはなんでこんな世話のかかる奴らばかりやねんな。
「恋。ウチのこの街における仕事の一つを教えたる。
ウチの重要な仕事の一つは、天の御遣いである一刀を守護することや。
この意味、分かるか?」
「……一刀を守る」
「それだけやあらへん。
一刀に不審な人物を近寄らせんのも仕事の一つや。 今の恋のような奴をな」
「ふるふる……、恋、不審じゃない」
「あほう。そんな事は分かっとる。 でもな、よう自分の姿を見直してみ。
ずぶ濡れなんは百歩譲ったとしても、跳ねた泥があちこちについてるやんか。他にも土埃や汚れがどれだけついてると思ってるんや。 それにな恋、言いたあないけど、どれだけ身体を洗ってないんや? 正直、匂うで」
ウチの言葉に、恋は自分の姿を見直すが、恋の事やから、おそらく汚れているくらいの認識なんやろうな。
臭いにしたって、自分の体臭と言うのは慣れてしまうもんや、自分では感じずらいものや。
案の定、恋は首をかしげ。自分の何がウチを困らせているのか困惑しとる。
……やっぱ、きっぱりと言わんと駄目か。
「恋、今の恋の姿じゃ、恋を一刀に合わすわけにはいかへん。例え一刀が目覚めたとしてもな」
「……それは困る。恋、一刀と会う」
「それは分かっとる。
でもな、ウチはウチの役目の下で、今の恋を一刀に合わすわけにはいかへんのや。
一度、城に戻って着替えてき。そう言っとるんや」
「……ふるふる。恋、ここで一刀待つ。戻っている間に一刀目覚めるかもしれない」
言うと思ったわ。 やっぱり恋にとって、これは理屈や無いんやな。
それぐらい、今の恋には一刀の言葉が必要なんやって事は、痛いほどよう分かったわ。
「来るんや、恋」
「ふるふる」
「恋の言いたいことは分かっとる。
だから恋の言い分も通って、ウチの言い分も通る良い方法がある言うとるのや」
「……ん?」
「ウチの事、信用でけへんか?」
「……ふるふる」
「じゃあ決まりや」
ウチは、そう言うなり恋の手を取って引っ張る。
恋がなんか言おうとするよりも早く駆けたる。
恋が望むように、一刀を待つべき場所から離れるのが少しですむように。
そう言って、恋が理解するよりも早く目的地へと恋を引っ張り込む。
「此処がそうや。 ここなら、ある意味、あの場所で待つより近いで。
もしも此処にいる間に一刀が目覚めて、一刀が恋に会うてもいい言うたら、ウチの権限でもって一刀の屋敷への直通路を通したる。余分な手続きもなしや。 それなら、ええやろ」
「……此処、霞の家?」
「ああ、そうや。ウチの役目たる一刀を守るために、ここに住まわせてもらっとる。
これがウチの妥協案や。これでも不満やって言うなら、ウチはウチの役目を果たすだけや。つまり恋には絶対に一刀を合せんと言うことや。 恋はそんなの嫌やろ?」
「……こくり」
「じゃあ、まずは風呂や。春霞、準備できとるか?」
「あと少しなんで・」
「それくらいなら、かまへん。身体洗うとる間に、ちょうどええようになるわ」
屋敷の奥から聞こえてくる春霞の声に、ウチは恋を引っ張ってく。
脱衣所につくなり、恋を促しながら、ウチも服を脱ぐ。
恋を放っておいたら、烏の行水になり兼ねんからな。
そして……。
ばしゃー。
まずは、まだ六割位しか張られていない浴槽から、桶でお湯をすくって恋に頭からかけてやる。
むろん湯加減を確認することは忘れてないで、一度それでえらい目にあった事があるからな。
「ほれ、恋もぼうっとしとらんと、身体を拭きい。 ああ、布にその茶色い塊を何度か擦ってからや」
恋は不思議そうにしながら、今まで見たこともない塊、と言うても石鹸やけどな。それを布に擦ってから自分の身体を擦りはじめる。
ウチはウチで、浴室の脇に置いてある陶製の壺から、液をすくい出して恋の髪に垂らし。
「ちょい目を瞑っとき」
「ん」
ごしごしと恋の髪を洗うてやる。
一刀の言う【しゃんぷー】とか言う髪用の石鹸らしい。
恋からしたら見たことも聞いたこともない泡の感触に、首をかしげながらウチのさせたいようにさせる。
きっとそれが一番早く済む方法やって、恋は何となく理解しているんやろうな。
「そういえば、ず~とあんな調子で恋、飯はどうしとったん?」
「……ん、愛(張楊)が持ってきてくれた」
「じゃあ用足しはどうしとったん?」
「……門の人が、その時だけ中に入れてくれた」
たぶん翡翠かそこらが気をつこうて、色々と手配してくれたんやろうな。
恋の言葉に勝手にそんな憶測を浮かべていると。
「……最初に、近くで済まそうとしたら、門の人に怒られた。
それで我慢してたら、入れてくれた」
「当たり前やっ!」
恋の言葉に、ウチは思わず怒鳴ってしまう。
でも、まぁ、恋の行動が特段おかしい事やあらへん。
普通はそんなもんや。厠が近くになければその辺りでするのが、当たり前の事なんや。
だから、どちらかと言うとおかしいのはこの街。恋を怒鳴るほどの事やない。
ウチかて最初は驚いた。でもこの街を知れば知るほど、その必要性を納得させられたわ。
……でもな、流石にうら若き乙女がする事やないで。
恋の突拍子もない行動に溜息を吐きながら、ウチはもう一度、恋の頭から湯を被せたる。
「まだや」
腰を浮かせようとする恋を留まらせながら、続いて恋の髪に薄めた酢を塗ってゆく。石鹸やしゃんぷ~で髪を洗うた場合は、必ずする決まりや。髪が傷むさかいな。
あれだけ砂利と土埃だらけやったから、本当は油をきちんと塗ってやった方がええんやけど、流石にそこまで時間を掛けるのは可哀相やからな。
「ん?」
「これか? 酢を薄めた奴にな、香油をほんの少しだけ垂らしたやつや」
「……ん。いい匂い」
「そやろ~。一刀がな。女は髪を大切にするもんや言うて、広げた天の知識の一つや」
ざばー
「ほれ、此れでもう目を開けてええで、湯船に入り。
今日は急がせたから流石にぬるめやさかい。百まできちんと数えるまで出たらあかんで」
もう一度、恋の髪を濯いでやってから、恋に促す。
むろん、恋が急ぐあまり、烏の行水になるのを防ぐ予防線を張る事を忘れへん。
相手の出足を逸早く潰す。戦術の基本や。
「すー」
「言っとくが、早口で数えたら遣り直しやからな」
「………」
まったく、普段は穏とは別の意味でのんびりな口調なくせに、こういう時だけは早口になろうとするのは狡くないか?
まぁ恋が息を大きく吸った時点で、ウチが出鼻を挫いてやったから聞けへんやったけど。
一度、恋の早口と言うのも聞いてみたい気がしない事もないなぁ。案外早口のつもりだけで、普段の口調と変わらへんと言うオチかもしれへんが、その答えを知る機会を失った事に惜しい事をしたわ。と思いつつも、そないな手を抜いたら、此処までした意味が無くなるなと思えば、しゃあないかと素直に思える。
ざばぁー。
「ふぅ~、ええ湯や~」
素早く身体を洗い終えて、湯に浸かるとともに自然と声が出る。
こうして、気軽にお風呂に入れるようになるやなんて、ほんま極楽や。天の技術様様やな。
「……ん? 不思議」
「なんや、もしかして湯の事か?」
「……最初より増えてる」
「ああ、その事か」
説明してもええが、恋に判るようにと言うのは、ちと骨やな。
かといって温泉やと言って嘘つくのも嫌やし。まぁ、天の技術やとでも言っておけばええか。
そう言えば、今幾つまで数たん? 五十か。 あと半分やな。
なら、あと五十は此の湯を堪能できるな。そう思っていると。
ん?なんや?
「霞様、北郷様が」
「そうか。分かった」
壁の向こう。
春霞が風呂を焚いているのとは違う壁の方から聞こえてきた部下の声に、ウチは短く返事をする。
意味する事など言わんでも分かる。あの寝坊助がやっと目を覚ました。それだけや。
「まだやっ!」
「っ! ……霞、約束した。恋に会わせるって」
言葉の意味を理解した恋が、勢いよく湯船から立ち上がったと同時に、ウチは恋を叱責する。
本気で恋を叱りつけたる。別に百まで数えてへんからやない。
「ウチは言ったはずや。『一刀が会うてもいい言うたら』とな」
「……霞」
いつもの眠たげな目を細め、本気でウチを睨みつけてくる恋に、ウチも本気で睨み返したる。
睨みつけながら目の前の恋が、ほんまにあの恋なのかと疑問に思うてしまう。
恋が一瞬で練り上げた”氣”は膨大や。みしみしと空気が悲鳴を上げとる。肌が一瞬で泡立ったのが分かる。
……でも、それだけや。あの時、ウチが死を覚悟した時の『本気の本気』の恋はおろか、恋の言うところの『少しだけ本気』よりも迫力がない。
別に恋が手を抜いとるわけやないのは、そないな事は何となく分かる。
恋が投降した後からその事は気にはなっていた。でもこれで確信が持てた。
理由は分からへんけど、今の恋は間違いなく弱くなっとる。洛陽にいた頃よりもな。
それが何を意味するのか、ウチには想像もつかんし、今はそれを詮索するときやない。
「恋、まずは一刀の家族が先や。違うか?」
「……」
ウチの言葉に、恋の膨れあがった”氣”が一瞬で霧散する。
粗野だ、横暴だ、何でも力で解決する乱暴者。そないな噂が恋にはあるが、全部嘘っぱちや。そんなのは誰かが意図的に流した噂や。恋は、そないな噂のどれにも当てはまりはせえへん。
筋が通せない子やない。
人の想いが分からない子やない。
少なくとも、理解している事の中で筋を通せる子なんや。
「医者である華佗にも、ちゃんと診てもらわなあかん。
蓮ちゃん…孫呉の王にも会わなあかん。
もちろん城のお偉方にもや。一刀はこの戦で大勢の人に心配を掛けたからな。
恋の番が来るとしたら、そのずっと後や。 これは最初にも言われとった事やろうが。
ウチの言ってる事、分かるな?」
「………こくり」
「なら、今は座り。また数え直しや」
ウチの言葉に、恋は再び湯に浸かる。
一見無表情やけど、悔しそうや。そしてそれ以上に悲しそうや。
でも、これはしょうがない事なんや。
「恋。 それでも恋は待つんやろ」
「……こくん」
「此処で待つか? 恋の番が来るまで何日かかるか分からへんからな」
「ふるふる。……霞に迷惑かける」
「ウチの心配ならええ」
「……違う。恋は、あそこで待たないと駄目。 今は特別」
「そっか、恋が気が済むようにしたらええ」
「……ごめんなさい」
「謝らんでもええ。ウチが好きでやっとる事やからな」
恋は恋なりに一生懸命に筋を通そうとしとる。
自分の我を通して、一刀やウチに迷惑を掛けまいとしとる。
だから恋は、言葉通り此れから何日でも、あの場所で待ち続けるつもりやろうな。
はぁ……。ほんま一刀と言い、恋と言い、一度こうと決めたら頑として動かへんな。
「でもな、ウチが最初に言うたように、薄汚れた姿のままでは、まだ余所者の恋に一刀に合わす訳にはいかへん。
ウチにも役目ってもんがあるからな。それは分かるな」
「………ん」
「恋、ウチの言う事を聞いたら一つ御褒美をやる」
「……ん、いい。 恋、一刀、待つ」
「ええから話を聞き。これは恋を一刀に合わせると言った孫呉の王の約束と、ウチの役目の両方を果たすために必要な事や」
だから、恋に提案する。
きちんと体を洗う事。服もきちんと着替える事。当然ながら食事と睡眠を取る事もや。
場所は、この屋敷だと恋がまた変な気を遣うやろうから、最初の門の内側にあるウチの所の若衆の長屋。あそこなら恋の待つ一刀の屋敷の正門に近いし、きちんと連絡を入れさせるようにさせる。
世話は、張楊辺りにしてもらえるよう、冥琳辺りに話を通しとくか。きっと張楊も引き受けてくれるやろうな。むろん監視付きなるやろうけど、その辺りは目を瞑ってもらうしかないな。
「その代わり、恋がきちんと守る事ができたら、ウチが上にお願いして、ウチの順番の分を恋に譲ってやってもええで」
「……霞の順番、はやい?」
「まず其処かいな。ちゃっかりしとるなぁ。まあ、ええわ。
少なくとも、ウチの後から恋の順番までの数より、一番最初からウチの番までの数の方が少ないはずや」
「……分かった。恋、約束守る」
別に恋が不憫やからやと言うわけやない。
むろんそれが無いと言ったら嘘になるけど。それだけやないと言うことや。
恋が望んでいるように、きっと一刀も恋に会って話をしたいはず。そう考えたからや。
あれ程に戦を嫌うとる一刀が、どういうつもりでこの戦に挑んだのか、その理由を一刀が話してくれへんなら別にそれでええとウチは思うとる。
一刀が言いたくない程、今回の事が一刀にとって重しなんやと言う事はなんとなく分かるからな。
だからそれを無理に問いただしたいとは思わんし、聞く必要も在らへん。
「そう言えば恋。 今、幾つまで数えた」
「……話してたら、数えるの忘れた。霞、狡い」
「なんやそれは。確かに話しかけたウチも悪いかもしれへんけど、ウチのせいにするんやない。
ええか、次はウチも一緒に数えておいたるから、また数え直しや」
「……ん。分かった」
ただでさえ罪の意識で自分を追い詰めている一刀が、更に自分で追い込んでまでしたかった事。
一刀が成し遂げたかった事をきちんと一刀に見せたいと思うたからや。
……もしかしたら、ウチの勘違いかもしれへん。
……見当違いな、大きなお世話かもしれへん。
でもな、戦う事しか知らへんウチが一刀にしてやれるのは、此れくらいの事なんや。
………くやしゅうけどな。
つづく
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『真・恋姫無双』明命√の二次創作のSSです。
わだかまりが残ろうと、一刀が眠りつづけようと、日々は無情にも過ぎ去ってゆく。でもそれは決して無駄では無い。
その中でもたしかに築かれて行く物が確かに其処にある。
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