「よし。華琳への提出も済ませたし……部屋に戻るかな」
一刀は魏王、華琳の部屋に竹簡の提出を終えて栄華の部屋に帰るところであった。三日間ずっと一緒にいたとはいっても、あまり仲良くなれてないな。と苦笑いをする。
「ま、仕方がない!今まで仲良くなれなかったんだし、たった三日でどうにかしようっていうのがおかしいよな」
“今日一日、様子がおかしかったしな。やっぱり、俺と一緒だったからストレスで寝不足になったんじゃないか?”
むむむ、と考えながら廊下を歩く。
「ん?栄華?」
廊下を曲がり、もう少しで栄華の部屋につくという所で廊下の先に栄華が立っているのが見えた。
「おーい!起きたのかー?」
先程よりも歩く速度を少し上げながら、声をかけ近づいて行く。
“……なんだ?小さい?”
しかし、近づいていくと違和感を感じた。栄華が小さいのだ。もっと言えば、どこか恥ずかしそうに、居心地が悪そうに立っていた。
「えーっと……栄華、縮んだ?」
小さい栄華の前に立つ。栄華は目を泳がせて言葉を探しているように口をパクパクと開いている。
「あ、えっと、あ兄……じゃない。一刀っち――でもない。ごくろうさまですっすわ一刀!」
「誰だお前!!!あ、お、お前!華侖か!?」
「うわぁ!いきなりばれたっす!じゃない、ばれましたわっす!」
「しかも真似出来てねえ!?見た目すごい似てるのに!」
「ひ、ひどいっす!兄ぃ……一刀!わ、わたくしは一刀の為にこの姿になっているっすわのに!」
「いや、姿は似てるよ……その変な言葉遣いは誰に習ったんだ?」
「これは秋蘭姉ぇに習ったのですわ」
「そ、そうか」
頭を抱えていながらも、どこか楽しそうに笑っている秋蘭の姿を思い浮かべながら、一刀は華侖に一番の疑問を訪ねる。
「で……なんでそんなコスプレをしてるんだ?」
「こすぷれ?」
「あ、えーっと、栄華の姿をしているんだ?」
「一刀が一番好きなのは、きょ――栄華お姉ぇ様ですのよね?ですから、わたくしは栄華お姉ぇ様の姿になるのでっす」
明らかに慣れていないお穣様のような口調だった。しかし華侖は一生懸命に一刀にはなしかける。
「そ、そうすればほら!一刀は好きな人が増えるっすわ。わたくしのことも、い、一番にしてもらえるんじゃないかなって思うっす……思いました」
「一刀に、一番に愛してもらいたいのですわ。たいしょ――華琳お姉ぇ様でもなく、栄華お姉ぇ様でもなく、あた、わたくしを一番にして欲しいっ……です」
顔を下げてどんどん声が低くなっていく。
「でも、前に一刀が栄華お姉ぇ様と仲良くなりたいって言ったのを聞いてしまったっです。だから、『華侖』は一刀の一番にはなれないっす」
少女は思った。『華侖』では一刀の一番になる事は出来ない。ならば、一刀の『一番』の姿になってしまえば、誰よりも愛して貰えるのではないだろうか。きっと、協力してくれた二人の姉妹もそう考えたのだろう。
『栄華は敵だ』少女が誰よりも尊敬する将が言った言葉だ。文字通り、栄華は華侖にとっての恋敵なのである。敵わないのならば、その姿を真似ればいい。敵わないのならば、その言動を真似ればいい。敵わないのならば、その存在を真似ればいい。
幸いにも、同じ曹一族であるが故に容姿は似ていた。似ていないものは中身だけ。だからこそ、華侖は苦しい。どうして自分を選んでくれなかったのかと。なぜ、自分を選んでくれないのかと。
『どうしてなんすか、あたいたちは似ているのに』
『なんでなんすか、あたいと兄ぃは仲がいいのに』
そして華侖は思い当たった。
『あぁ。兄ぃが好きなのは、洪姉ぇの中身なんだ』
「あた、わたくしは、今はまだ言葉遣いもちゃんと出来ないし、頭も悪いし、一刀に迷惑ばっかりかけてるっす。で、でも。見た目は栄光華お姉ぇ様に似てるし、い、いまは、今は髪の毛も自分のじゃないっすけど、ちゃんと伸ばして、おしとやかにするっす」
「ちゃんと、兄ぃが好きな栄華お姉ぇ様みたいになるっす。だから、だから、兄ぃには。一刀にわたくしを見て欲しいっす。栄華お姉ぇ様と同じくらい、あたくしを見て、あ、愛してほしいっす」
言葉に力はなく、紡ぐ度に心はすり減っていく。自分を殺して、押さえつけて、別人へと変わろうというのだ。縋る度に、心の奥底で呪詛が繰り返される。
『どうして、私じゃないんだろう』
『なんで、洪姉ぇが一番なんだろう』
『あぁ、どうして』
涙が溢れ出る。頬を伝い、地面へと落ちていく。最早、一刀の顔を見ることは出来ない。もし断られたら怖くて。一刀にとって愛する人は栄華ただ一人だと怒られるのが怖くて。悲しくて。
“あたい、馬鹿だから。惇姉ぇと淵姉ぇに手伝って貰わないとこんな事にも気付けなかったっす。『一番』の真似をすればいいんだって”
ふと、三日前に言った会話を思い出した。
『それと、元気なのはよろしいですが、品位を持ちなさい。良い女にはなれませんわよ?』
『知らねーっす!だって兄ぃは元気でいいって褒めてくれたっすよ?』
“……ははっ、あたい、なに言ってたんだろ。兄ぃは女の子らしいのが好きなんっすよ”
「……ごめん」
目を伏せた少女に投げかけられた言葉だった。
「華侖が栄華の真似をしてるのは分かってるけど、栄華は一人だ。いくら真似したって、二人に増えるわけじゃない」
「っ……うっ……!」
泣き叫びそうになるのを我慢する。この場から逃げ出したい。そんな衝動に駆られるが、足は動いてくれない。まるで、頭と体が別の生き物のような、そんな感覚を味わった。
「同じように、華侖の真似を誰かがしたって、華侖が二人に増えるわけじゃない」
一刀は華侖の頭に手を置き、長い付け毛を外す。
「俺はね、華侖。確かに栄華を一番愛している。でも、同時に華侖の事も一番愛してるよ」
「……そ、それってどういう事なのですわ?」
「この世界に来て、右も左も分からない俺と一緒に生きてきた仲間たちだ。喧嘩もしたし、嫌な事も沢山あった。今でもしょっちゅう喧嘩する。嫌われる事だってある。でも、俺はそんな皆が大好きなんだ」
俯いている華侖に目線を合わせ、ポケットから手ぬぐいを取りだして華侖の涙を拭き取る。優しい頬笑みを浮かべながら、言葉を続ける。
「上手く言葉に出来なくてごめんな。俺は、助けてくれた皆が愛おしい。皆同じように大好きだし、愛してる。だから、皆が一番なんだ。俺にとってはね」
涙をふき取った後、一刀は華侖を優しく抱きしめる。
「栄華と仲良くなりたいって言ったのは、単純に俺が栄華から嫌われてるからだよ。もし、華侖が春蘭から嫌われてたとしたら、どうする?」
「そ、そんなの嫌っす!」
「そうだろ?嫌われたくないから、仲良くなりたいんだ。愛してる仲間の一人だからね」
「……うん」
胸の中で小さくなっている華侖の頭を撫でる。
「俺は栄華になろうとしてる華侖は嫌いだぞ。大好きな華侖がいなくなっちゃうんだからな」
「……兄ぃに嫌われたくないっす」
「あぁ。俺も嫌いになりたくない。だから、栄華になろうとしないでくれ。俺の大好きな、愛しい元気な華侖のままでいてくれないか?」
「……ん」
「良かった。危うく華侖がいなくなっちゃうところだった――どこにもいかないでくれよ?」
「……分かったっす。どこにも行かなんむっ」
「――嬉しくってつい」
「い、いきなりはやめてほしいっす。ま、まだ喋ってたっすよ」
「あぁ。ごめんな」
「そんなところも、兄ぃの魅力なんすけどね」
「ありがとう、華侖」
「その、兄ぃ」
「ん?どうした?」
「きょーは、兄ぃの部屋で寝てもいっすか……?」
「……うん。かまわないよ」
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拠点・3が短かったので、拠点・4も投稿してしまいます。
いよいよ次が最終話でございます。残念ながら、最終話は翌日のお話となっておりますので、今回のお話の後どうなってしまったのかは、ご想像にお任せいたします!