story31 勝たなければならない理由
大洗女子学園と神威女学園との試合が終わって数日後――――――
とある学園艦―――――
「準決勝は、残念でしたね」
と、女性がトレーに載せている小皿を二つテーブルに置く。
「去年カチューシャ達に負けた学校に負けるなんて、みっともないわね」
「勝負は時と運、と言うでしょ?」
「何においても、絶対と言う事象はないですわよ」
と、豪華な意匠を持ち暖炉がある部屋にダージリンとセシア、そしてプラウダ高校の隊長と副隊長が話を交わしている。
「どうぞ」
「ありがとう、ノンナ」
「Спасибо(スパスィーバ)」
「いいえ」
プラウダ高校の副隊長であるノンナよりジャムの入った小皿を差し出され、スプーンで少し紅茶に入れようとする。
「違うの!」
と、テーブルの向かい側に座っているプラウダ高校の隊長であるカチューシャが止める。
「ジャムは中に入れるんじゃなくて、なめながら飲むものよ」
ジャムをスプーンですくって口に付けながらなめ、カップを手にして紅茶を飲む。
「付いてますよ」
「余計なこと言わないで!!」
ノンナに言われてすぐに口元をふきんで拭く。
「пирожное Картошка(ピロージナエ・カルトーシカ)もどうぞ。печенье(ぺチェーニエ)も」
更にお菓子を乗せた皿を二つダージリンとセシアの前に置く。
「それにしても、準決勝が近いと言うのに随分と余裕ですわね」
「練習はしなくても良いのですの?」
セシアはノンナより差し出されたお菓子(ブリヌィと言うロシア風のクレープ)を口にする。
「燃料が勿体無いわ。なにせ相手は名前すら聞いた事の無い弱小高だもの」
と、結構余裕を見せる。
「でも、指揮をしているのは家元の娘よ。西住流のね」
「えっ!?」
西住流と聞いてカチューシャは目を見開く。
「どうしてそんな大切な事を言わなかったのよ!」
「何度も言いました」
「聞いてないわよ!!」
「でも、妹の方ですけど」
「!・・・・・・な、何だ。なら良かった」
妹のほうと聞いて安堵の息を吐く。
「でも、その学校はあの神威女学園を打ち破ったのよ。あなた達が勝てなかった学校にね」
「うっ!」
しかしその事実を突きつけられて言葉を詰まらせる。
「べ、別にあの練習試合も勝てたわよ!実際に追い詰めたのは事実よ!」
「でも、結果的に負けたのでしょ?」
追い討ちを掛けるようにセシアが言う。
「うぅ!!あれはただ単に運が無かっただけよ!!」
セシアの追い込みに、顔を赤くしながらも反論する。
「それはそうと、彼女はどうしましたの?ずっと姿を見ていないような気がしますけど」
「あぁ。あいつなら演習場でしょ。ドが付くほどの戦車バカだもの」
「でも、それゆえに彼女の腕は目を見張るものが多い、でしょ?」
セシアはそう言うと小皿よりジャムをスプーンで少量すくい、それをなめると紅茶を飲む。
「えぇ。ノンナに続くエースだから、怖いものなんかないわよ」
自信ありげに語る。
「しつれいします。カチューシャ隊長」
と、部屋の扉が開くと、一人の女子生徒が入ってくる。
背丈はそこそこ高く、髪の色は金髪でミドルヘアーをポニーテールにしており、白いカチューシャを頭に付けている。瞳の色は少し暗い水色。表情は一切乱れず、読み取れそうに無いポーカーフェイスとも言える。体のスタイルもそこそこよく、白いニーソックスを履いている。
「あら『ナヨノフ』。ちょうどあなたの噂をしていた所よ」
「そうですか。それは光栄な事で」
ナヨノフと言う女子は頭を下げる。
「ごきげんよう、ナヨノフ」
「お久しぶりです、ダージリン、セシア」
ナヨノフは二人に向くと頭を下げる。
「それで、何か用があったんじゃないの?」
「えぇ。次の試合に向けて各戦車の部品交換リストと部隊編成リストを作りたいのですが、よろしいでしょうか」
「・・・・・・本当に真面目ねぇ。ノンナ」
「分かりました」
カチューシャに頭を下げて、ノンナはナヨノフと共に部屋を出る。
「相変わらず無表情なやつね。全く感情が読み取れないわね」
ナヨノフとノンナが出て行ってからボソッと呟く。
「それにしても、彼女は熱心ですわね」
ジャムをなめながらセシアは紅茶を飲む。
「だからナヨノフは強いのよ。ある意味ノンナ以上に、あいつは強いわよ」
「そうかもしれませんわね。現にあのホワイトタイガーと対等に渡り歩いただけはありますわね」
セシアは呟くとペチェーニエを手にして食べる。
「でも、次の試合でもそうして強気で言っていられるかしらね」
「そうね。無名校をここまで引っ張ってきた功労者が二人も居るもの。一人はその西住流の妹さんね」
「えぇ。黒森峰から転校し、無名の学校をここまで引っ張り上げてきたもの」
「やけにあの学校に拘るわね。わざわざそんな事を言う為にやってきたの、ダージリン、セシア?」
「まさか。おいしい紅茶を飲みにきたのですわ。そうでしょう、セシア?」
「えぇ」
二人は笑みを浮かべて紅茶を飲む。
――――――――――――――――――――
その頃大洗では―――――
グラウンドの戦車倉庫では戦車の整備が施されていた。
前回の試合でボロボロになった戦車は元通りに修復されており、倉庫の隅では以前見つけた戦車を整備部の部員達が黙々と組み上げている。
「大幅に修理するついでに、ここを片付けた際に見つかった部品を五式に組み込んだわ」
と、佐藤(姉)は傷だらけだったが新品同様に元通りに五式を見ながら如月と早瀬達に説明する。
特に外見上では五式に変化は無いが、一部に改装が加えられている。
「それで、見つけた部品とは?」
「砲身を安定させるジャイロスタビライザーよ。これで行進間射撃でも砲身の安定性は以前とは比べ物にならないわ」
「おぉ!それは凄い!」
坂本は興奮気味で声を漏らす。
五式中戦車は検討案では様々な装備が施される予定だったが、当時の技術面から実現は困難として、色々と断念して今の形を作っている。
砲身安定装置であるジャイロスタビライザーもその一つだ。
「でも、それって本当に五式の物だったんですか?」
「対応車が五式だったから試しに組み込んだらぴったりと合ったのよ。それに加えて当時の設計図も見つかっているから、レギュレーション的にもOKだし、何より連盟側もこの改造は了承している」
「なるほど。まぁ仮に五式の物じゃなくても、ルール上問題は無いな」
「とは言っても、かなり古いパーツだったから、恐らく本来の性能どおりとは行かないと思うわ。新品だったら、恐らくとてつもなく荒れた道じゃない限り砲身は安定するはずよ」
「それでも、以前より安定性が上がっているのなら、問題は無いわ」
坂本の隣でやけに鈴野が気合が入っている。
「僅かながら戦車の強化はされているという事か」
と、角谷会長と小山と生徒会メンバーとして常に一緒の河島は腕を組んで倉庫内の戦車を見つめる。
「そういえば、以前見つけた戦車はまだ動かせないのか?」
「まだ二輌とも組み上がってないわ。パーツだって全部揃っているわけじゃないから」
「そうですか。次の試合までには・・・・間に合いませんね」
小山はガッカリとして気を落とす。
「一応言うけど、あれも状態が状態だったが故に作業は困難を極めている。今は部員全員を使って急ピッチで修理をしているわ」
「そうか。まぁ、十輌も居れば、問題は無いな」
「・・・・・・」
「次の試合でも全力を出せるように、こっちも最善を尽くすわ」
「お願いします」
と、西住は佐藤(姉)に頭を下げる。
「さて、準々決勝を抜け、次はいよいよ準決勝だ!相手は去年の全国大会優勝校・・・・・・プラウダ高校だ!」
河島は次の試合に向けて倉庫内に居るメンバーに言葉を掛ける。
「絶対に勝つぞ!負けたら終わりなのだからな!!」
「どうしてですか?」
と、一つだけ引っ掛かる事があって、一年メンバーの山郷が聞き返す。
なぜ、負けたら終わりなのか・・・・・
「負けても次があるじゃないですか」
まぁ試合に負けても、時間はかなり空くものも、次はある。終わりはないはず。
「相手は去年の優勝校だし~」
「そうそう。胸を借りるつもりで「それではダメなんだ!!!」・・・・・・」
河島は大声で一年メンバーの言葉を遮り、倉庫内が静かになる。
「・・・・・・勝たなきゃ、いけないんだよね」
と、いつになく真剣な表情で角谷会長が口を開く。
「・・・・・・」
その真剣そのものの表情に私は少なからずただごとではない、と頭の隅で感じた。
「・・・・・・」
近くで二階堂も、いつになく真剣な表情で見守っていた。
「西住。指揮」
「あ、はい!それでは、練習を始めてください!!」」
『はい!!』と気を取り直してメンバーは西住の指揮で各戦車へと向かい、戦車に乗車する。
「あ~、如月ちゃん。武部ちゃん」
「え?」
「・・・・・・?」
と、戦車に乗り込む前に角谷会長かた呼び止められる。
「悪いんだけどさぁ・・・・・・大事な話しがあるから後で生徒会室に来てくれないかな」
「?」
「・・・・・・?」
如月と武部は怪訝な表情を浮かべる。
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『戦車道』・・・・・・伝統的な文化であり世界中で女子の嗜みとして受け継がれてきたもので、礼節のある、淑やかで慎ましく、凛々しい婦女子を育成することを目指した武芸。そんな戦車道の世界大会が日本で行われるようになり、大洗女子学園で廃止となった戦車道が復活する。
戦車道で深い傷を負い、遠ざけられていた『如月翔』もまた、仲間達と共に駆ける。