No.729104

まんじゅうこわい

剣豪と鎌鼬と妖狐と大天狗が何か言ってる。
例に漏れず捏造だらけです。

2014-10-10 11:45:45 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1913   閲覧ユーザー数:1904

 

 風隠の森に秋風が吹き始めた頃。青年と思しき影が、何かを抱き締める様に蠢いていた。耳を澄ませてみると、何かに話し掛けている最中らしい。青年の声に混ざって、高い声が聞こえて来る。

「ごめ!」「んな!」「さい!」

「……コレで何回目だと思ってるんだ?」

「おまんじゅうが!」「わたしをたべてと!」「ゆうわくしました!」

「嘘付け! 饅頭が口を聞くものか!」

 青年は両の腕で三匹の獣を挟んでいた。挟まれている獣達は、青年の腕の動きに合わせてポヨポヨと揉まれる。押し競饅頭も外から力を加えられると、痛いというものだ。

「もうその辺にしたり〜よ。今に始まった事でもあらへんやろ?」

 青年の影の傍に、二人分の影が現れる。一つは滑らかな形をしており、腰の辺りから房が丁度九本伸びている。もう一つの影は鼻の部分が異様に伸びており、高下駄のお陰で影が余計に膨らんで見える。

「ですがダッキ様。初犯で無いからこそ、きつく叱っておかなければ……」

「ダッキさまだって」「りっぱなおまんじゅうを」「ふたつも……!」

 ぎゅうぅうぅ〜……!

「カマイタチ……反省の色が無い様だな〜?」

 カマイタチが言い終わるより早く、青年が両腕に目一杯力を入れた。小さな顔に多くの皺が刻まれる。まるで皺の多い西洋犬の様だ。

「いたち!」「いたち!」「い〜た〜ち〜!」

「ヒエンよ。つまみ食いの常習犯とは言え、たかが饅頭だ。ホレ、新しいのを買って来たし、仕置はそれ位にしておけ」

 大天狗のナナワライが持っていた蒸篭を開くと、饅頭が湯気を立てて顔を出した。ヒエンは一旦腕から力を抜くと、ナナワライに対して不満そうな表情を見せる。

「お師匠様まで……」

「ヒエンは教育熱心やなぁ〜……でもなぁ、カマイタチちゃんが言うてた事、ホンマかもしれへんよ?」

 ダッキが艶やかな笑みを浮かべ、蒸篭を指差した。ヒエンは意味が分からず、蒸篭の中身を覗き見る。

「えっ!?」

 思わず息が詰まり全身が凍り付く。彼の反応が珍しく、カマイタチが背後から顔を出す。

「なに〜」「なに〜」「どうした……の!?」

 蒸篭の中身は饅頭だった。しかし、普通の饅頭には付いていないであろうモノが付いていた。

「く……」「くち……!」「くちが!」

 饅頭一つひとつに横一文字の筋が入り大きく裂けている。裂け目の両端が釣り上がり、小豆色の舌がダラリと垂れ下がった。

「ゲタゲタゲタ! タベテタベテワタシヲタベテ! タベテタベテ!」

 それぞれがまくし立てる様に喋り出し、周囲に不気味なざわめきが広がる。カマイタチは全身の毛を逆立たせ、一目散に空へ逃げて行った。

「ごめんなさ〜い!」「ひいぃいぃ!」「もうしませ〜ん!」

「あらあら、ホンマに可愛らしぃ喋りはるわ……なにもカマイタチちゃんかて、逃げる事あらへんやんなぁ?」

 ゲタゲタ下品に笑うソレを撫でながら、彼女が呑気に空を見上げる。暫くした後、そっと硬直しているヒエンの肩を掴んだ。彼は飛んでいた意識を取り戻し、伏し目がちにダッキを見やった。

「……ダッキ様もお好きですね」

「お灸を据えてあげたんや。ふふっ……久し振りにヒエンがビビりよるのを見れたわぁ……カマイタチちゃんには感謝せぇへんとな?」

 クスクス少女の様に笑ってはいるが、どこか妖しい色香が漂っている。どんなに大人しくしていようが、沸き立つ血は隠し切れない。彼女の嗜虐心を煽ってしまったカマイタチにも、若干非はあるのだが。

「かっかっかっ! ダッキ殿の幻術は大したものだ。カマイタチも良い薬になっただろう」

 言いながらすかさず蒸篭の蓋を閉めた。流石のナナワライも、あまり中身を直視したくなかったらしい。

「ほれ」

「あの……ほれ、って……えっ?」

 突然蒸篭を手渡され、ヒエンは戸惑いの色を見せる。

「それはお前にやろう。可愛がってやれ」

「ナナワライ様ぁ、ウチなぁ、キツネうどんが食べたいんよ。イイやろ?」

「ダッキ殿……これは一杯喰わされたな」

 満更でもない表情をして、師は彼女を伴い森の奥へと消えて行った。彼女は恐らく、師に奢らせるつもりなのだろう。蒸篭が時折小刻みに動くので、紐を使い幾重か縛る。ヒエンは胸の中に充満していた靄を吐き出した。

「はぁ……」

 

 

 秋風が肌寒い。友人の家に来ている筈なのだが、何故か外と変わらない風が吹いていた。ここまで来ると、隙間風もいっそ清々しい。友人……もといウーフーは、紐に縛られた蒸篭を訝しげに見ている。今は机の上に置かれていて、うんともすんとも言わなかった。

「ダッキ様が造った幻獣かぁ〜おっかないなぁ……」

「まぁ、稽古相手にはもってこいだろう。ではオレはコレで」

 呼び止める間も無く、ヒエンは早々に立ち去った。一人になったウーフーが、恐る恐る蒸篭をつつく。

 ガタガタガタガタガタガタ……ブチッ!

「うっそ! 紐が切れた⁉︎」

 まるで刺激を待っていたかの様に激しく動き出し、とうとう紐が千切れてしまった。蓋が外れ、饅頭が勢い良くウーフーに飛び掛かる。

「ゲタゲタゲタ!」

「これ饅頭って言わないよ! 痛っ! こいつ牙が……!?」

 響いてくる断末魔を背に、ヒエンは軽く身震いをして、思った。

 

 まんじゅう、こわい。と。

 

<終>

 

 
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