湿度と気温が日増しに上がり続けている初夏。ニュースによれば今年の夏は例年に比べて涼しくなるとは言っていたが、この暑さから推測するにせいぜい猛暑日が夏日になる程度だろう。更にそれが大小様々なビルが乱立する街中となれば、体感温度は更に上昇する。
「待てやコラぁぁぁぁぁっ!!」
人々が蒸されている街に怒号が響き渡った。
「最近の地球人の女の子って怖えぇぇぇぇぇっ!?」
道を行き交う人々が何事かと振り向いた視線の先には、エビのような甲殻類にも似た身体に四肢が生えた姿をした生物がビルからビルへ次々と跳ぶ様相が見えた。
「お嬢、言葉遣い言葉遣い」
「そんなの気にしてられる場合だと思って!? あの宇宙人は、シュレインプ星人は、絶対に許せないんだから!」
更にビルからビルへと跳ぶ影が二つ、シュレインプ星人と呼んだエビを追いかけていた。
一つはカッターシャツにスパッツ、ハイソックスというスポーツを行うような格好をした小さな少女だった。長い黒髪を後頭部でまとめて活発な印象を与えているが、その形相は地獄から這い上がってきた鬼のようであり、とても年頃の少女が見せるような顔ではない。
もう一つはタキシードに白い蝶ネクタイをまとい、ジュラルミンケースのような鞄を背負った長身の男性。ただし髪色は自然にあるものではなく鮮やかな緑色をしており、両側頭部には同じ形の三角形を二枚重ね合わせたようなアンテナ状の機械が張り付いている。
「正義感よりもまず私怨って事ですかい、お嬢」
「結果的には捕まえるからいいでしょう! 文句ある、レイジ!?」
「そういう問題じゃありやせんがね」
レイジと呼ばれた男は両手の平を上に向けて肩をすくめた。
「とにかく、あのビルにシュレインプ星人が飛び移ったらいつも通りお願いね!」
そう言いながら少女は腰の後ろに携えていた二丁の拳銃の形をした装置をホルスターから引き抜く。
「アイ、マム」
「返事は『EXTRA』方式に直しなさいって言っているでしょう! それでもヒューマノイドなの!?」
「アイ、ガット。俺のようなハイ・ヒューマノイドは冗談も言える優れ物ですぜ」
レイジは小さく笑いながら、背中に背負っていたジュラルミンケースのような鞄から細長い直方体型の装置を取り出す。そしてその装置を肩に乗せ、先端をシュレインプ星人に向けた。
シュレインプ星人は先程と変わらずビルからビルへと跳躍しており、二人の方へは目もくれない。
「全力で逃げる事に集中してたら、足下すくわれやす――ぜっ!」
レイジが言い切ると同時に肩に乗せた装置の側面にあるスイッチを押した。瞬間、装置の先端からカラーボールの様な弾丸が発射される。
弾丸は一秒にも満たない時間でシュレインプ星人を追い越し、ビルの屋上で破裂した。弾丸から緑色の粘液が飛び散り、着弾地点を染める。
「っ!?」
シュレインプ星人はレイジの意図に気付いたが時既に遅く、自身のジャンプの着地地点にある粘液を思い切り踏んづけてしまう。
「ぎゃっふんっ!?」
次の瞬間、シュレインプ星人はこれまでの様に跳躍出来ず、着地した足の位置を中心にして勢いよく屋上へ転倒した。シュレインプ星人が踏んだ粘液は接着剤のようなものだったようだ。
「ほい、王手」
その間にレイジと少女はシュレインプ星人に追いつき、それぞれが持っている装置の先端をシュレインプ星人に向けた。
「観念しなさい、シュレインプ星人。大人しく盗んだものを出せば、半殺しで済ませてあげる」
少女は銃口を向けたまま笑顔で通告する。
「出しても半殺し!?」
シュレインプ星人は少女の見せる笑みに邪悪なものを感じたらしく、震え上がった。
「お嬢、もし激しく抵抗したら?」
「九割殺し」
「瀕死にするのかよ!? 暴力反対!」
「命があるだけありがたいと思いなさい。お前が犯した罪はそれだけ許しがたい事なのだから」
少女が銃口をシュレインプ星人の両目の間に押しつける。
「そ、そんな!? たかが下着を盗んだだけなぎゃふうっ!?」
シュレインプ星人の言葉とほぼ同時に少女が引き金を引いた。発射されたのはゴムボールのような柔らかい素材の弾丸であり、殺傷能力はないが、代わりに打撃によるダメージが被弾したシュレインプ星人を襲う。
「たかが下着、とかどの口が言うの?」
「ひいっ!?」
再度震え上がるシュレインプ星人に追い打ちをかけるように少女は言葉を続ける。
「次にまた私の下着を盗んでみなさい。二十四時間耐えずに苦痛を味わわせた上で三途の川を泳がせるから」
「怖えっ!? やっぱり地球人の女の子怖えっ!?」
身体だけでなく声まで震え、シュレインプ星人の両目からは止めどなく涙が溢れている。
「お嬢、それだと奴さん死ぬ事になってやす」
「じゃあ、三途の川を往復させる」
「途中で溺れ死にそうですねえ。ところで、この世で死んであの世に辿り着く前にもう一度死んだら、一体魂はどこへ行くんですかね」
「これ以上死後の事なんて聞かせないでくれ! 盗んだ下着は返すし、ちゃんと刑罰受けるから!」
そう言いながらシュレインプ星人は腰のポーチから幾つもの丸まった布――女性用の下着を二人に差し出した。
「最初から素直にそうすればいいのよ。だから――」
少女は左手の銃をしまって下着を受け取ると、右手の銃を何発も撃った。
「げふがふぎゃふんっ!?」
「六割殺しで許してあげる」
「最初のタイミングで出さなかった分、一割増えてやすねえ」
ついに気絶してしまったシュレインプ星人を見下ろしながら、レイジは両手の平を上に向けて肩をすくめた。
「ところで、お嬢。一つだけ忠告してもいいですかい」
「何?」
少女は取りだした携帯端末を操作しながら返事をする。
「背伸びをしたい年頃だからって、黒のレースは似合わないとおも痛いです」
レイジが言い終わる前に少女はまだ手に持っていた銃でレイジの眉間に向けて銃弾を撃ち込んだ。この暑さにやられたんじゃないかと勘違いしそうなほどに顔が真っ赤になっている。
「ひひひ人のセンスにケチつけないでよ!」
「しかし、お子様体型で低身長なのにそんな下着を着けていたら背伸びしてるみたいで痛い痛い」
何発も何発も、少女は恥ずかしさをごまかすように銃を撃つ。レイジはそれを避けられず――もしかしたら避けようともせず、ただ全ての銃弾を受け入れる。
「うるさいうるさい! まだ二次性徴の途中! これから大きくなるんだから!」
「人生あきらめも肝心ですぜ。大人しく、くまさんパンツでもあいたたたたた」
「バカアホエッチスケベ変態とーへんぼくムッツリでくのぼー!! いつも余計な言葉が多いの!!」
ついに両手に持ち直された銃で絶え間なく撃たれ続けるレイジ。少女の口からはありとあらゆる罵詈雑言が飛び、レイジを痛覚と聴覚から攻め続ける。
気温が上がり続けている初夏に、この一角だけは猛暑日と化していた。
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ライトSF短編。
同じ世界観で幾つも短編を作る実験です。
お題:少しだけ背伸びする
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