No.720165

とある エターナル・エイト

食蜂操祈さんシナリオ

2014-09-21 15:26:07 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:1963   閲覧ユーザー数:1916

とある エターナル・エイト

 

「新学期初日に課題を全て提出しなかった者は公開処刑に処するからよく注意するように」

 7月某日1学期終業式。常盤台中学3年生食蜂操祈は担任代理の寮監の言葉を机に突っ伏しうたた寝しながら聞いていた。最近ひそかにマイブームになっているひとりジェンガに夢中になって夜更かししてしまっていた。

「貴様らももう常盤台中学最高学年なのだ。過ちを犯せば死ぬ覚悟ぐらいは三号生として決まっているのだろう? 覚悟がなくても同じ結果だがな」

 寮監の言葉に箱入りお嬢さまたちの顔が真っ青に変わっていく。14、5歳の多感な年頃の少女たちが死を願うはずがなかった。それはすなわち課題をやり切るしか選択肢がないことを意味する。

 もっとも、素直で真面目な生徒が多い校風なので寮監が脅さずとも課題を怠るような生徒はほとんどいなかったのだが。

「特にそこの金髪で胸がやたらデカくてちょっと顔が整っているからと言って人生それだけでやっていけると勘違いしているJC。貴様のことだ」

 寮監は学園都市レベル5第5位心理掌握の異名を持つ操祈に対してガンを飛ばした。

「ふぁ~い?」

 あくびを噛み殺しながら操祈は頭を上げる。

「何ですかぁ? 先日めでたく30歳を迎えたのに全く結婚できそうにない寮監さ~ん?」

 寝ぼけ眼で寮監を見る。次の瞬間、操祈の頬のすぐ横を超音速の何かが突き抜けていった。運動神経も反射神経も鈍い彼女は何が起きたのかよくわからなかった。

「貴様、死にたいらしいな?」

 寮監のメガネが鈍い光を発している。

 操祈は瞬時に悟る。殺らなければ殺られると。

「えいっ♪」

 操祈は『非モテ爆発しろ』と命じながらリモコンを躊躇なく押した。

 だが、何秒待てど何も起きない。寮監はメガネを怪しく曇らせるのみ。

「前にも言わなかったか? 貴様のような人生舐めたJCに操られるほど私はぬるい人生を送っていない」

「ああ~。そう言えばそうでしたぁ~」

 学園都市最強の精神能力者といえども操れない例外は存在する。寮監はそんな例外の1人だった。

 操祈の能力は寮監には通じない。けれど、操祈の命の危機は去っていない。

なら、他の手段を用いて生き延びるしかない。

「じゃあ、このクラスの生徒を全員操って寮監さんにけしかけちゃうんだゾ♪」

 操祈の力はこの1年間に大きな成長を見せている。1クラス分、いや、この学校の全生徒を操り能力を100%駆使させながら戦わせることができる。

「たかがJCのガキを20人ちょっと差し向けただけで私のターミネートの妨害ができるとお前は本気で思っているのか? 全員粉砕してから貴様を殺すだけだ」

 寮監は声を荒げるでもなくごく自然に質問を返してきた。操祈は寮監が有限実行するであろうことを感じ取る。戦力が足りない。

「なら、この学校の生徒全員を差し向けちゃうんだゾ。それなら幾ら寮監さんでもぉ、死亡力全開?」

「ならば200人の生徒を全て蹴散らしてからお前を屠ればいいだけのこと。任務に支障は生じない」

 操祈の脅しは全くの自然体で返されてしまった。操祈に焦りが生じる。

「みっ、御坂さんも含めちゃうんだからぁ~~っ!」

 実際のところ、操祈が御坂美琴を操るのは困難を伴う。美琴が油断しているか、操祈の能力の増幅装置である『エクステリア』を起動させる必要があった。

 だが、寮監はそんな操祈の更に上を行っていた。

「御坂も蹴散らす200人の中の1人に含んでいるが何か?」

「わぁ~い。勝ち目な~~い」

 操祈は自分が命の危機に瀕していることを悟る。

「こんなことになるのなら、上条さんともっとイチャイチャしてラブラブな人生を送っておけば良かったんだゾ」

 操祈は当麻に片想いしている。片想いという関係が心地よくてずっとその関係でいた。

 けれど、本当は気付いている。もっと進んだ関係になりたいと。振られるのが怖くて今の関係に甘んじているだけだと。

 何にせよ、今という瞬間を生き延びなければ当麻との明日はやって来ない。

 そして当麻の名を出したことは操祈を更なる危機へと追いやった。

「ほぉ~。この期に及んで男とのイチャラブを口にするとは……貴様はよほど死にたいらしいな」

 30年間振られ続けた年齢=彼氏なしの寮監が紅蓮の怒りを背負いながら近付いて来る。

 この距離が0になった時、死が訪れる。操祈は頭をフル回転させて生を求めた。

「遺言は聞かん。地獄で閻魔にでも釈明していろ」

 寮監の拳が振り上げられる。振り下ろされれば操祈のまだ15年に満たない人生が終わる。その、生死が交錯する瞬間だった。

「実は今度~学園都市の若い研究者たちが集まる合コン力があるんですけどぉ~参加者で

若くて綺麗な女の先生を1人探してるんですよぉ~。寮監先生が出ませんかぁ?」

 寮監の拳は放たれることなく定位置へと戻された。

「フッ。拾いしたな」

「きゃは♪」

 心理戦は操祈の得意とするところ。能力が通じない状況だからこそ輝き光る。

 こうして操祈は口からデマカセに過ぎなかった合コンをセッティングすることになった。

「だが、課題を行う際に能力を使って他の生徒にさせる、答えを聞き出すなどズルいことはするなよ。したら殺す。私の目を欺けると思うなよ」

 機嫌が良くなった寮監の口調は軽い。

「は~い♪」

 操祈は元気よく手を挙げて答える。

「では、本日のHRはこれで終わりにするが、新学期初日に1人の戦死者も出ないことを祈っておく。以上で解散だ」

 去っていく寮監。

「夏休みは40日以上あるんだから目一杯遊んでやるんだゾ♪」

 右手を振り上げながら宣言する操祈。

「女王は死亡フラグを自分で立てるのが好きですね。どうなっても知りませんよ」

 そんな操祈を腹心である縦ロールが呆れた表情で見ていた。

 

 

 

 

『上条さぁ~ん。背中にオイルを塗って欲しいんだゾ♪』

 

『上条さぁ~ん。お素麺茹でたから一緒に食べよ♪』

 

『上条さぁ~ん。私のかき氷と上条さんのかき氷、一口ずつ交換したいんだゾ♪』

 

『女王。徹夜でひとりジェンガをするのは止めていただけませんか?』

『じゃあ、縦ロールちゃんも一緒にやる?』

『お断わりします』

 

 そして迎えた8月31日。夏休み最終日。

「どうしてぇ~~っ!? どうして夏休みの宿題が全然終わってないのよぉ~~っ!?」

 机の上に積まれた夏休みの課題の山を見て操祈は絶望していた。

「どうしてって、毎日遊んでばかりで少しも宿題をしなかったからじゃないですか」

 ルームメイトである縦ロールが呆れた表情で操祈を見下している。愛情が見えない面倒くさそうな瞳。

「うっうっうっ。今どき、掃除機だって全自動で勝手にお部屋を綺麗にしてくれるのにぃ。何で宿題は勝手に終わらないのよぉ」

「勝手に終わるのなら課題にする意味がないでしょう」

 面倒くさそうに答える縦ロール。ちなみに彼女は毎日せっせと宿題に手を付け、7月中に済ませてしまっていた。

 やり終えた者だからこそできる冷淡な視線が操祈に降り注いでいる。

「縦ロールちゃ~ん」

「却下です」

 操祈の猫なで声は瞬時に却下されてしまった。

「まだ、何も言ってないんだけど……」

「宿題を見せてというつもりなのでしょう。だから前もって言っておきます。嫌です」

 操祈には縦ロールの言葉に愛も温かみも感じられなかった。

 ならばと操祈も覚悟を決める。

「能力を使って無理やり私に宿題をさせる、答えを教えさせるなどの行為をした場合は寮監に発覚するでしょうね。女王の命は明日までかと」

 寮監が自分の能力の痕跡を嗅ぎ分けてしまう可能性は否定できなかった。

「私が大事な大事なお友達の縦ロールちゃんにそんな酷いことをするわけがないでしょ。もぉ~なんだゾ♪」

 可愛らしくウィンクして誤魔化す。

「他の生徒も同様ですからね。あの寮監なら能力を使った痕跡を本能で嗅ぎ分けるでしょうから」

「あの人ぉ~本当に人間?」

「女王がセッティングした合コンでことごとく振られて怒りに満ちて第七感があり得ないほど鋭敏になっているようです。エイトセンシズにも目覚めてます」

「振られたのは私のせいじゃないのにぃ……」

 大きなため息が漏れ出る。

「とりあえず今からでも一生懸命に課題をやってみては如何ですか?」

 いじける操祈に縦ロールは現実的、というか唯一の打開策を提案する。

「1日で終わるの?」

「私の場合、10日ほど掛かりました」

「徹夜しても1日じゃ無理?」

「無理ですね」

 縦ロールの返答は非情だった。けれど、彼女も女王派閥の1人。最古参の重鎮。操祈への忠義は厚い。

「今から徹夜で課題に賢明に励み、一生懸命やりましたという姿を見せれば情状酌量で半殺しにまけてもらえるかも知れませんよ」

「情状酌量で半殺しなのぉ~~っ!?」

「女王は普段から態度が悪くて寮監に目を付けられていますからね。まあ、入院の2、3ヶ月は覚悟した方がいいかと」

「2学期が終わっちゃうじゃないのよぉっ!?」

 操祈は涙目になりながら体を震わせている。生粋の運痴である彼女は暴力的なことは一切駄目だった。

「先日徹夜で並んでゲットしたゲコ太ぬいぐるみブロンド髪バージョンを女王のイコンとして奉っていくことで女王派閥は2学期を乗り切っていきますのでご安心ください」

「身代わりを立てるよりも私が無事でいられる方法を探してよぉ~~っ!!」

「私や他の生徒にあの寮監をどうにかできるとでも?」

「縦ロールちゃんの馬鹿ぁ~~~~~~っ!!」

 操祈は泣きながら部屋を飛び出した。

「偽装工作が面倒なので門限までには帰ってきてくださいよ」

 ルームメイトが操祈を追ってくることは別になかった。

 

 

 

 

「うっうっうっ。常盤台が駄目なら上条さんを頼るんだもん」

 宿題の束を抱えた操祈は路頭に迷うでもなく想い人である当麻に救援を乞うことにした。それがどれだけ無意味な決定なのか考えることもなく。

 スキップしながら当麻の住む男子寮へと足を運ぶ。

「上条さぁ~~ん♪ 宿題、手伝って欲しいんだゾ♪」

 いつものように呼び鈴さえ鳴らさずにいきなり玄関の扉を開け、更に居室へと繋がる扉も開けた。

 無礼にも関わらずいつも笑顔で迎えてくれる当麻。そんな愛しの彼の顔を見れば、とりあえず何もかも忘れて元気になれる。だが、今日は勝手が違っていた。

「や、やあ…………」

 当麻は青ざめた表情でテーブルの前に座っていた。そのテーブルの上には積み上げられた本とノートの山。それを見て操祈はすべてを悟り当麻から視線を逸らす。

「新学期初日に宿題を全部提出しないと……俺、小萌先生に殺されるんだ」

 当麻は切ない声で呟いた。

「私も、新学期初日までに課題を全部提出できないと寮監に殺されちゃうんだゾ」

 操祈も切ない声で返す。

 長い夏休みの間中欠片も課題に手を付けなかった2人に命の危機が迫っていた。

「ちなみに、上条さんは後どれぐらい宿題が残ってるの?」

「99%以上だな」

 シリアスな表情で返す当麻。

「操祈ちゃんは?」

「私も同じよ」

 同じくシリアスに返す操祈。

「でも、学園都市を代表する天才の操祈ちゃんなら1日あれば中学生の宿題ぐらい終わらせられるんじゃ?」

「私はずっと他人の頭を覗いて知識をパクっていただけだから……自力じゃ常盤台の宿題なんて解けないわよ」

「そっか。便利過ぎる能力が仇になったか」

 冷や汗を垂らしながら見つめ合う操祈と当麻。

「こうなったら……2人で逃げましょう。誰も追手が来ない世界の辺境まで」

 先に提案したのは操祈。宿題が片付けられない以上、逃げるしかなかった。

「けど、相手は小萌先生で寮監さんなんだぜ。この世界のどこに行けば安全なんだよ?」

「…………火星辺りまで逃げればなんとか」

 地球内に安全地帯はない。それが操祈の結論だった。

「けど、火星って言ったら、ヴァース帝国が地球を征服しようとしていたり、ゴキブリが進化して大変なことになっている星だろ? 危険極まる場所なんじゃ?」

「確かに危険力爆発な場所かも知れない。でも、地球内に留まっていたら確実に殺されるわ。こうなったら、火星を手中に収めて地球と不可侵条約を結ぶしか生き残れない」

「俺の右手じゃヴァース帝国の人型兵器カタフラクトは壊せねえし、操祈ちゃんの超能力でもゴキブリを操ることはできない。俺たちは負けるだけだって」

 当麻は目を瞑ると悔しそうな表情で首を横に振った。

「じゃあ、私たちは座して死を待機力しかないのぉ?」

 操祈が当麻の胸にしがみつく。死にたくない。心を寄せられる男性にようやく巡り会えたのだから。操祈の想いが涙となって当麻の胸に流れていく。

 そんな時だった。当麻が偶然にも打開策のヒントを口にしたのは。

「せめて、新学期が後10日後だったら宿題も終わらせられるのに……」

 宿題に追われたことのある者なら誰もが願う夏休み期間の延長。

 それは決して叶わない妄想の産物。

 だが──

「そうよっ! 新学期が明日始まらなければいいだけのことよ!」

 操祈は学園都市最強の精神能力者。加えて彼女には自分の能力を数十倍に引き上げることができる外部演算補助機能装置『エクステリア』がある。他の者には絶対に不可能なことでも彼女には可能だった。

「どうやって?」

「エクステリアを起動させて、この第七学区にある全ての学校の2学期初日を後ろにズラすように学校側と生徒たちの認識を変えちゃうの。そうすれば疑問に思われない」

「そんなことが可能なのか?」

「この1年でパワーアップした私の力をもってすればきっと可能なんだぞ」

 第七学区だけでも10万を遥かに超える人口に達する。そこに住む全ての人間の認識を書き換えようというのだから、途方もない大きな力を必要とする。けれど、操祈に他の選択肢はなかった。

「とりあえず、実験も兼ねて明日を8月32日として認識させてみせるわ」

「大変だろうけど……俺たちの未来のために頑張ってくれ」

「うん」

 操祈は大きく息を吸い込む。

「『エクステリア』……全部まとめて任意逆流開始」

 『エクステリア』を起動させて、第七学区の全ての人間の記憶の改竄に掛かる。

「操祈ちゃんっ!」

「…………心配要らないんだゾ」

 当麻の命も掛かっている。そう思うと幾らでも力が湧いてきた。

 改竄はそう時間を掛けることなく終了した。

 小萌や寮監、美琴など一部の人間は改竄を受け入れなかったが無視した。学校という教育機関さえ明日休校にさせてしまえば、身分的にはそこの一職員に過ぎない寮監たちにできることはない。とりあえずの危機は過ぎ去った。

「ヴイッ♪」

 当麻に向かってピースしてみせる操祈。

「操祈ちゃんの方は大丈夫か?」

「うん。問題力ゼロなんだゾ♪」

 当麻が先に自分の体を心配してくれたのが嬉しかった。

 それから2人は早速宿題に取り掛かった。だが──

「全然わからねえ……」

「私も、なんだゾ」

 2人の前途は多難だった。

 

 

 

 9月1日改め8月32日朝。

「夏休みを延長するとは女王もよくやりますわね」

 朝寝坊した操祈を迎えたのはルームメイトの半ば呆れ半ば感心した表情だった。

「縦ロールちゃんは私がやったことに気付いているの?」

 縦ロールは操祈の改竄を受け入れたはずだった。

「女王がやりそうなことを予めピックアップして紙に書いておきました。それで今朝から時々感じていた違和感の正体に気が付きました」

 縦ロールは携帯電話を取り出してその日時表示を見せた。

『9月1日』とハッキリ表示されてしまっている。

「さすがは縦ロールちゃん。やるわね……」

 操祈の能力はあくまでも記憶や精神状態への干渉。物理的な介入はできない。

 だから、縦ロールが予め残しておいたメモを便利に消すなどのことはできない。

 というか、心理戦でこの都市トップのはずの自分の行動が予め読まれていたことがちょっと悲しかった。

「女王が寝ている間に寮監がこの部屋を訪れましたよ」

「えええっ?」

 操祈の表情が引き攣る。

「それで、寮監さんは何て?」

「女王を見ながら大きくチッと舌打ちされて無言で出て行かれました」

「寝ている間にあの世行きは勘弁なんだゾ」

 冷や汗が流れ出る。

 けれど同時に寮監が事態を黙認していることがわかってホッとした。

 武力制裁による能力解除という事態も十分に考えられたのだから。

「寮監さんが黙っている間に宿題を済ませちゃうんだゾ」

「そうされるのが賢明でしょう。それで、昨日は上条さまのお宅でどれぐらい進んだのですか?」

 当麻の所に行ったとは一言も述べていないのにまた行動がバレていた。

「全然」

 操祈は首を横に振った。

「何故ですの?」

 縦ロールの眉間にシワが寄る。

「まともに勉強したことなかったから、問題が全然解けなかったんだゾ」

 可愛くウィンクして誤魔化そうとする。けれど忠義に厚い副官にはまるで通じなかった。

「何でそんなのび太みたいな状態になってるんですかっ! 貴方は仮にもこの常盤台中学の女王なんですよ!」

 烈火のごとく怒る縦ロール。誰もが恐れる常盤台の女王に小言を言うのは寮監だけではなかった。

「戦術的転進~~っ」

 操祈は部屋から飛び出していく。

「あっ! 女王っ!」

「上条さんの家で宿題をやって来ま~す♪」

 操祈は足取り軽く当麻の部屋へと向かって走っていった。

 

 

「いくら考えてもわかんねえ。こんな問題、どうやっても解けねえぞ……」

「以下同文よぉ……」

 常盤台の寮を出て2時間後。操祈は当麻と共に全く進まない課題に唸っていた。

 世界を何度も救った英雄も普通の高校生の宿題には太刀打ちできなかった。馬鹿デルタフォースの異名は真実だった。

「これ、後1日、2日夏休みを伸ばしたぐらいじゃ宿題が終わりそうにないんだが……」

「昨日で改竄のコツは掴んだし、寮監さんも見逃してくれているから延長はもっと可能だけどぉ~」

 2人揃ってため息が漏れ出る。

「とりあえず昼食にしよっか」

 当麻が立ち上がる。それに続いて操祈も立ち上がる。

「じゃあ今日は私が作っちゃうんだゾ。上条さんは休んでて」

 ポーズを取りながら可愛く宣言する。

「いや、でも。お客さんに作らせるわけには……」

「大好きな男の子に手料理を振る舞いたいから遠慮は無用なんだゾ♪」

 当麻の頬が赤く染まった。

「じゃ、じゃあ、今日は操祈ちゃんに頼むよ」

「任せて♪」

 この1年、操祈が鍛えてきたものの一つに料理がある。

 美琴をはじめとする料理上手なライバルに負けないように一から勉強してきた。

 全く授業に出ず1週間家庭科室に篭ったこともあった。

 その成果が、料理上手な当麻に対しても提供できるレベルの調理技術の習得。

 そして、全く勉強しなかったことによる頭ののび太化だった。

「頑張っちゃうんだゾ♪」

 操祈は乙女の戦いに気合を入れて臨んだ。

「…………か、可愛い」

 当麻は操祈に目を奪われていた。

 

 操祈の手料理は当麻に好評だった。

 そして宿題は少しも進まなかった。

 

 

 

 

 9月16日改め8月47日。

「女王。そろそろ寮監の機嫌の悪さが天元突破して危険レベルに突入しています。いい加減に新学期にしてください」

「そうは言われてもぉ……まだ課題達成率は5%にも到達してないわよ」

「せめて消費税に達しててくださいっ! どこまでお馬鹿なんですか」

 朝から縦ロールの雷が落ちた。

 縦ロール自身、寮監に無言の圧迫を受け続けているので怒りたくもなるというもの。

 そして操祈の学力レベルの低さは縦ロールの予想の斜め下を突き抜けていた。

「とにかくもう寮監を抑えるのは限界です。明日辺りに寝首をかかれても知りませんよ」

「本当に限界のようねえ……」

 操祈は天上を見上げて考える。

「もうこれ以上この寮にいられないわね」

 拠点を移すことを決意する。

「ホテル暮らしを始められるのですか?」

 操祈は静かに首を横に振った。

「それでは、海外逃亡されるのですか?」 

 操祈はまた首を横に振ってから小さな声で告白した。

「上条さんのお部屋に行こうかなって……」

 操祈の頬が赤く染まっている。

「き、昨日ね。上条さんが私に好きだって告白してくれたの。それで、私たち付き合うことになったの」

「………………それはおめでとうございます」

 縦ロールは言いたいことを全部飲み込んで祝辞の言葉だけを発した。

「それで、これを機会にね……彼の部屋で住んじゃおうかなって。キャッ♪」

「………………色ボケ万歳ですね」

 つい不満が口に出てしまう。自分は寮監に不当に責められているのに、責められるべき本人は男とイチャツイていた。不満が募らないわけはない。

「でも私、男の人と付き合うのって初めてだから、どうしたらいいのかわかんないしい~」

 縦ロールの心中を察することなく操祈は惚気けている。

「上条さまがリードしてくださるんじゃないですか? 告白も結局は上条さまからなさったんだし」

「そうよねぇ~♪ 上条さんは世界で一番素敵な男性なんだもん。何でも彼に任せておけば大丈夫よねぇ~♪」

「寮監に代わって私が貴方をぶち殺しましょうか?」

 妄想の世界に入ってしまっている操祈に縦ロールの言葉は届かない。

「さて、そうと決まれば早速引っ越しの準備をしなくちゃ♪」

 トランクケースに次々に荷物を詰め込んでいく操祈。

 その動きには一切の迷いがなく、嬉々とした表情を浮かべている。

 本気で引っ越す気であることが見て取れた。

「あの……女王」

「今の私はただの恋する乙女。もう女王じゃないわあ」

 本人の言う通り、常盤台史上最大派閥の長として君臨してきた威厳はどこにも見えない。

「じゃあ……食蜂さん」

「操祈ちゃんって呼んで♪」

「…………操祈さん」

 縦ロールは一生懸命妥協してみせた。無駄な揉め事をこれ以上したくなかった。

「なぁ~に?」

「彼氏の家に住むことになってもちゃんと宿題はしてくださいよ」

 釘を差さずにはいられなかった。

「もちろんよぉ~。そのための夏休み延長なんだから♪」

 操祈がまだ夏休みを続けるつもりであることが返ってきた。

「それじゃあ、準備が整ったから私は行くわねぇ~。縦ロールちゃんも早くいい人みつけて欲しいんだゾ♪」

 指を唇に当てて可愛くポーズを取りながら去っていく操祈。

「本当に長い夏休みになりそうですね……エンドレスエイト」

 縦ロールはこの夏休みが一生終わらないのではないかと予感していた。

 そしてここに常盤台史上最大の派閥は自然消滅の時を迎えたのだった。

 

 

 数十分後。操祈は当麻の部屋の玄関前に立っていた。

「考えてみると…………いきなりいっ、いっ、一緒に住むって大胆過ぎるかもぉ」

 実は男女交際の経験が全くなかった操祈は自分がステップアップし過ぎていることにようやく気が付いた。

 当麻に図々しい女、重い女と思われたらどうしよう?

 不安が渦巻く。

 そんな時だった。

 当麻の玄関が突如開いたのは。

「「あっ」」

 当麻と操祈の目が合った。それは同時に当麻の視界に操祈が持ってきたトランクケースが入ったことも意味していた。

「入れよ」

 当麻は事情を察して操祈を中へと招き入れる。

「う、うん」

 操祈は遠慮がちに扉の内へと入っていく。操祈は極度に緊張していた。昨日まで訪れていた上条家とは違う。

「実はさ……操祈を迎えに行こうと思っていたところだったんだ」

 当麻はポツリと呟いた。

 昨日から変えた呼び方で操祈の名を口にしながら。

「一緒に住もうと思ってな」

 当麻の言葉が嘘であることは操祈にもわかった。当麻の格好はTシャツに下はジャージというラフ過ぎる姿。操祈を迎えに行くどころか学舎の園にも入れない。

 けれど、当麻が先に話を切り出してくれたのが操祈には何より嬉しかった。

「私で……いいの?」

「俺の彼女は操祈だろ? 俺の方が一緒に住んでくれないかってお伺いを立ててるんだよ」

 優しさに触れながら当麻に抱きつく。

「上じょ……当麻さん。私、貴方とずっと一緒にいたい」

 涙が止まらなかった。

 高位の精神能力者ということで幼いころから迫害され、利用され続けてきた。命を狙われたことも何度あるかわからない。そんな操祈がようやく安らげる人物に巡り会えた。

 嬉しくないわけがなかった。

「けど、わかってんのか?」

「何が?」

 顔を上げると当麻の頬が僅かに赤みをさしていた。

「彼女と一緒に住む……同棲するんだから、その、上条さんだって男なんだってことを」

 当麻は操祈を強く抱きしめた。操祈の体がグイグイと当麻に押し付けられていく。ただ力強い以上のものが篭められていることは操祈にもわかった。それが何を暗示してるかも。

「同棲するんだもの……それぐらいわからないほどお子ちゃまじゃないわ」

 操祈と当麻の唇が重なる。

 それと共に静かに玄関の扉が閉じられていった。

 

 2人の新しい生活はこうして始まった。

 宿題は進まなかった。

 

 

 

 

 8月500日改め9月1日。常盤台中学2学期始業式。

「え~、とある大馬鹿のせいでいつまでも終わらない夏休みが続いていたわけだが、本日ようやく新学期を迎えることができて嬉しく思う」

 窓の外を見れば雪が降っている。結局夏休みは1年半ほど続いた計算になった。

 本来であればもう3学期の途中であるが、第七学区の学校だけは本日から2学期。もっと言えば第七学区に通う生徒たちは、夏休みが長過ぎたために他の学区の人間から見れば全員が無条件で留年している。全員が同じ条件なのであまり気にされていないが。

「こうやって新学期になった以上、全員が課題をやって来たものと信じている」

 大半の生徒は去年の8月31日以前に宿題を終わらせていた。そのため、それから1年以上が経って今さら課題が云々と言われてもピンと来ない。

「宿題をやっているのか疑わしい者はたった1人である」

 寮監はその疑わしい生徒の机の前へとゆっくりと移動する。そして気が付いた。その問題児の席が空であることに。

「うん? 食蜂はどうした?」

 操祈の姿がどこにも見えなかった。

 いつものサボりかとも思ったが、それもおかしいと思った。

 サボるつもりなら夏休みを終わらせる必要もない。

 宿題が完成し、提出する気になったからエターナル・エイトが終わったに違いないのだから。

「あのお……」

 操祈の隣の席の縦ロールが恐る恐る手を挙げた。

「食蜂がどこにいるのか知っているのか?」

 縦ロールは小さく頷いてみせた。

「で、奴は今何をしている?」

 縦ロールは深呼吸してから小さな声で操祈の今を告げた。

「…………操祈さんなら学校を辞めました」

「学校を辞めたぁっ!?」

 寮監はメガネがずれ落ちるほどに驚いた。

「どういうことだ、それは!?」

「操祈さんは上条さんという男性と結婚されて、この学校を辞めました」

 縦ロールは今朝受け取ったばかりのハガキを寮監に見せた。

 ウェディングドレス姿のブロンド髪の少女とタキシード姿のツンツン頭の少年がにこやかに笑いながら写っている写真が印刷されたハガキの裏面にはこんな文面が書かれていた。

 

 

 この度 

   上条当麻 

     操祈

      は結婚する運びと相成りました。

 

 

 更に読み進めると操祈の直筆文字が書かれていた。

 

 

 常盤台は寿退学するので寮監さんにヨ・ロ・シ・クね♪ 

 縦ロールちゃんも1日も早く幸せになれることを祈ってるわぁ~♪

 

 

「フッ。寿退学して常盤台を辞めるか。なるほど、宿題を提出しないための見事な切り返しだな」

 顔で笑って見せながらも怒りのオーラで全身が満ち満ちていく。年齢=彼氏いない歴が1年追加された寮監にとって16歳になったばかりの教え子が学校を辞めて結婚するなど認められるはずがなかった。

「食蜂改め上条の馬鹿はどこにいるぅっ!!」

 寮監の怒声が鳴り響く。すくみ上がる女子生徒たち。

「…………操祈さんでしたら、調査研究のために旦那さんと共に火星基地に赴任したそうです」

 縦ロールは震えながらハガキの表面を見せる。差出人の住所には確かに火星基地と書いてあった。

「地球を離れれば私の手から逃れられると思ったのかっ! 面白い。ヴァース帝国もゴキブリどもも全て蹴散らして貴様をとっ捕まえて学校に引き戻してくれるっ!」

 寮監は大股で大きな音を鳴らしながら教室を出て行く。

「私が食蜂改め上条を連れ帰ってくるまで全ての授業は凍結にするっ! あの馬鹿を絶対卒業まで毎日補習漬けにしてやるっ!」

 寮監は捨て台詞を吐きながら教室から出て行った。

「今年の8月は1年半。今年の9月1日は……何年続くんでしょうね?」

 窓の外を降りしきる雪を眺めながら縦ロールは大きなため息を吐いたのだった。

 

 

 了

 

 

 

 

 


 
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