No.719566

スタートラインの私達

くれはさん

睦月結婚もの第5話。ちょっと番外編。
AL/MI作戦、決行。そして、主力が出撃した後の鎮守府に残った、響と榛名は――というお話。
なので今回は睦月メインではなく響と榛名が主役です。あとちょっと戦闘多め。

2014-09-20 02:01:48 投稿 / 全13ページ    総閲覧数:1080   閲覧ユーザー数:1068

「……敵駆逐艦、撃破!あとは――あの子だけです、夕張さん!」

「了解っ!ありがとね、五月雨ちゃん!」

 

――クルナ、

 

――クルナ、クルナ、クルナ…!

 

「……もう、そんなに嫌われると、ちょっと傷ついちゃうなぁ。でも、手加減はしないわよ?さあ――

 

 ――色々試してみても、いいかしら!!」

 

 

 

 

 

 

 

「機動部隊、護衛かんりょー!後はお願い、如月ちゃんっ!」

「ええ、任せて睦月ちゃん。――さあ、行くわよ!!」

 

――ナンドデモ、

 

――ナンドデモシズンデイケ……!

 

「……ふふ、そんなに熱い目で見られると困っちゃうわね♪

 でも、お付き合いするにはちょっと可愛さが足りないかしら。髪のお手入れも、ね?

 それじゃあ――今、如月が……楽にしてあげるっ!」

 

 

 

 

――砲撃の音と共に爆炎が上がり、魚雷が弾け、また炎が上がる。

一発ごと、一撃ごとに空気は震え、海は揺れる。

 

 

――ここは、リンガ泊地、鎮守府。

海より来る異形の存在、『深海棲艦』に対抗するべく作られた前線基地。

 

そして、今は。

MI島を攻略目標とした、本土からの大型作戦行動命令。――AL/MI作戦、その最中。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

「……とはいえ、私達には今のところは関係ない――か」

 

……と。

陸の上、海を見渡せる位置に置かれたベンチに座りながら、私はそう呟く。

 

 

私は誰もいない港で、一人ぼんやりと海を眺めていた。

ここから遠く、アリューシャンとミッドウェーに向かった仲間たちの事を思いながら。

 

「……睦月達と司令官は、無事かな」

 

そう言ってから……ふ、と笑って。ひとつ、溜め息を吐く。

ああ、このセリフももう何度目だろうね。こんな事を言うのは、寂しいからだろうか。

 

 

 

 

――本土から作戦実行の要請があったのは、つい数日前の事。

作戦内容は、現在深海棲艦の大規模な展開が確認されているミッドウェーの制圧。

及びミッドウェー制圧に向けての陽動として、アリューシャンへの出撃。

 

リンガ泊地から、ミッドウェーまではかなりの距離がある。

その為、私達の司令官は、

 

――距離の遠い私達が出撃するの、おかしいでしょ。

  本土か、そこに近い連中から出撃させなさいよ……全く。

 

と、上申はしたもののあっさりと断られ、不満げな顔をしていた。どうやら、本土は本土で忙しいようだった。

前に本土の鎮守府にいる雷に連絡を取った時、「最近は敵が短いペースで来て大変なのよ」と言っていた。

もしかしたら、その関係かもしれないな……。

 

 

 

 

――と、

 

「響ちゃん、こんなところにいたんですか?」

 

そんなことを思いながら海を見ていたら、ベンチの後ろの方から声を掛けられた。

こんなところに来るなんて、私以外にも物好きがいるんだな――と、そう思いながら振り返り。

 

「ああ、榛名か。どうしたのかな、こんなところで」

「その『こんなところ』にいるのは、響ちゃんも同じじゃないですか……。

 お昼ご飯の後、見つからないから探したんですよ?」

 

振り返った先に、長く伸びた黒髪が揺れる。

上は白、下は紅の、まるで巫女服を想起させるような衣装を纏った黒髪の少女が、そこにいた。

私達の鎮守府の、主力である戦艦の一人――榛名だ。

 

……ふむ、と。一つ頷いてから、榛名の言葉へ、答えを返す。

 

「予定していた府内演習と訓練はもう済んだから、少し自由にしようと思ってね。

 武装の整備と艦隊戦術の練習はもう少し後だしね」

 

榛名の顔を見ながら、今日の予定を一つずつ確かめる。『出撃』のない、私達の予定を。

 

 

 

 

 

……そう。私達は、留守番役だった。

ミッドウェーに向かった睦月達と司令官、そしてアリューシャンに向かった夕張達など、

主力の殆どが出払った鎮守府の、留守を守る役。

 

司令官に加え、主力の3分の2、あるいは4分の3が出撃した現状。

鎮守府にはいつもの賑やかさはなく――どこか、何もやることがないような、緩んだ空気が流れていた。

そんな空気を少しでも振り払おうと、私は海を見に来た――のだけど。

 

 

 

「……私を探しに来るなんて、意外だね。榛名」

 

 

 

……正直なところ、榛名が私を探しに来る、なんていうのは考えていなかった。

私の動向を気にするのは、電か暁くらいのものだと思っていたし……、

それに、その二人には既にここに来る事は伝えてあった。だから、ここには誰も来ないはず、と思っていた。

 

……そんな内心を、おくびにも出さず。私は少しだけ微笑みながら、そう言った。

しかし、それに対する榛名の返答は――

 

 

「……その、何だか響ちゃんが気になったんです。

 ふらっと、どこかへ行って見えなくなったから……何となく、追いかけなくちゃ、って気持ちになって。

 響ちゃんが、居なくなってしまいそうな感じがして。……気のせいですよね。ふふ」

 

 

――意外、だった。

まさか、本当に私を追いかけてきたとは思っていなかった。

先程のは、偶然会った私に、榛名が場を和ませる為に言った事――だと思っていたが、違ったみたいだ。

 

……私の視線の先、榛名は僅かに体を揺らす。私にそう言った事が、恥ずかしい、とでもいう様に。

ふむ、と。一つ頷き、顔を上げて、

 

「私がいなくなる、なんて。……どうして榛名はそう思ったのかな。

 私がここからいなくなる理由は、ないだろう?」

「そう、なんですけど――何だか、ちょっとだけ不安になって。

 響ちゃん、どこかふわふわした感じがあるから――でしょうか?」

 

……ふわふわ、か。成程。

確かにそれは――間違ってはいないかもしれない。私は、自分にそう言う部分があることは自覚している。

だけど――

 

「……ああ、そういえば榛名。もうそろそろ、榛名は午後の府内演習の時間だろう?

 戻った方がいいと思うけど」

「え――わ、本当!それじゃ、失礼します!

 ……変なこと言って、ごめんなさい、響ちゃん!!」

「いや、気にすることじゃないさ――до свиданая」

 

そう言ってすぐに、榛名は駆け出し――私は、その背を見送った。

……全く、あの慌てやすさは誰に似たんだろうか。金剛か、比叡か――どちらの姉だろう。比叡かな。

 

 

 

――と、そんなことを思っていると。

不意に、強い風が吹いた。

 

 

 

「おや」

 

……少しだけ、風に湿り気を感じた。

空は晴れ、雲は少ない。少なくとも、こんな風が吹くような天気には見えない。

 

一陣、吹いた強い風は。近くの木々を揺らし、水面には、波になり損ねた水の揺れを作る。

……風に色があるわけではないが、何だか、風の中に白い色を見た気がした。

 

「……なんだろうね。少し、嫌な風だ」

 

こんな空には似つかわしくない――と。

そんなことを思いながら。もう一度心の中で……だけど、と繰り返す。

 

 

 

……だけど、ね。榛名。

君は私をふわふわして不安だというけれど――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――私は、君の方が危うく見えるよ。

 

 

 

***

***

 

 

――昔、『私達』は大きな戦いの中にその身を置いていた。

海を駆け、幾昼夜の航海をし。その身に備えた武装で、敵とされるものを撃った。

 

 

そして――その戦いの中で。姉妹は、仲間は、どんどんいなくなっていった。

 

 

沈んでいった子は、痛みに泣きながら。残された子は、無力さを嘆きながら。それでも、私達は戦い続けた。

……その時の痛みは、こうしてここに生まれ変わった今でも、心の傷として残っている。

 

 

冬頃、この鎮守府に着いた弥生と――おそらくは、表面上は天真爛漫に見える卯月も。

少なからず、心に傷を負っていたのだろう。

今は、睦月と如月のおかげでその傷を乗り越え始めているみたいだけれど。

 

 

 

 

 

 

 

……そして。

私と榛名は、同じ傷を抱えていた。

 

 

姉妹が、仲間が、何度もいなくなっていくのを見ながら。

自分だけが生き残ってしまった――死に損なってしまった、自分の無力さをいつまでも苛む傷を。

『不死鳥』なんて綽名は、その傷をより深くするものでしかなかった。

 

 

 

それでも……私は、もう一度電と雷、それに暁に会えて。

そして、

 

 

――殿を務める、というのも、皆を守れるなら悪くないかな。

 

 

深海棲艦に手ひどくやられ、皆を逃がすために司令官と共に殿を務めたあの日。

 

 

――何言ってるの、あんたも帰るんだから。

  ほら……ちゃっちゃと抜けるわよ、こんなところ!

 

 

姉妹を、皆を今度こそ守ろうと、命を投げ出すことを覚悟した私に。

――そんなことを言ってないで、早く私達も帰るわよ、と。司令官は当たり前のように言って。

私がいつの間にか諦めていた……乗り越えて、皆と生き続ける事を。もう一度、司令官のおかげで思い出せた。

 

だから私は――大丈夫。睦月達と司令官がいるのなら、私はもう、諦める気はない。

だけど――

 

 

榛名は、どうなのだろうか。

 

 

 

――はい、榛名は大丈夫です!

 

 

――いいのでしょうか?榛名がお休みしてて……。

 

 

 

彼女の、言葉の端々から。自分の事を大事にせず、投げ捨てそうな危うさを感じる。

榛名は――まだ。私の様に抜け出せないまま。危うい線の上にいる様に思えた。

 

 

***

***

 

 

「――ふぅ、これで終わり……かな?」

 

そう言いながら、ひぅん、と手にしていた鉄棍を軽く振り回して、司令官が呟く。

 

 

「お疲れ様、司令官。……私達を狙って来る深海棲艦の相手、大変だったでしょう?」

「ああ、心配しなくても大丈夫よ、如月。駆逐程度なら、私でも露払いは出来るし、ね。

 それに、これ位できなきゃ睦月に見合う女になれないじゃない」

 

そう言う司令官に、私――如月は、少しだけ苦笑する。

本当に、この人は睦月ちゃんが好きすぎるんだから――と。

 

「もう……。本当は司令官っていうのは、後ろに控えて指示を出すものなのよ?

 私達と一緒に戦うのは、お仕事じゃないわよ?」

「仕事だからって、守られながら指示を出すだけ、なんて情けないじゃない。

 戦えるなら戦うの。それでも力が足りないなら――」

 

司令官は、自分の腰に左手を持っていく。

そして、腰につけていた『筒のようなもの』に軽く手を触れて、

 

「――道具を使って戦うのよ。や、ほんと便利よね……夕張に作ってもらったこの爆雷もどき。

 私でも使える武器、ってことでやってもらったけど、実際手榴弾みたいな使い方しかしてないわねー…」

「…………ええ、まあ……ね?」

「テートク、如月が呆れてるヨー……。それを投げるだけじゃなくて、

 ボンバー漁してたり、棍でロ級やニ級の口を開けて投げ込んだりしてたからネー……」

 

私の微妙な反応を、金剛ちゃんが補足してくれる。……司令官って、前より戦闘、過激になってないかしら?

 

金剛ちゃんが言っているボンバー漁――別の呼び方では、ダイナマイト漁、なんて言われているそれは、

水の中に爆弾を投げ込んで、爆発の衝撃で浮かんできた魚を捕る、というもの。

前に本で読んだから、一度やってみたかったのよね――なんて、司令官は言っていたけど。

 

 

 

……ともあれ。

既に、本来の目的だったミッドウェーの制圧は完了して。あとは――

 

「――さて、」

 

そう呟いて、司令官がある一点に目を向ける。……そこにいたのは、私達が何度か戦った空母の『姫』。

その姿は、何度も受けた砲撃で既にぼろぼろな状態。愛宕ちゃん達が警戒を続けているけど、動く様子はない。

ミッドウェー島にいた『姫』を守る為にいた、と思われる彼女だけど。

 

……守るべき島の『姫』が倒れても、それでもまだ戦いを続ける。その姿に――

 

「……ちょっと、違和感があるかしら、ね」

 

ぽそり、と。私は呟く。

その私の言葉を聞いていたのか、

 

「……やっぱり、そう思う?如月も」

「うん……やっぱり変、だよね?如月ちゃんの言うとおり」

 

司令官と、少し離れていた位置から駆けてきた睦月ちゃん――二人が、私の意見に頷く。

 

「……Hmm。確かに何だか変な感じはあるけど、ワタシは原因が分からないネー……。

 テートク達は分かりマスか?」

 

そう言われると確かに、という様に、金剛ちゃんも少し考えて……けれど、理由がはっきりしない、と頭を振る。

そんな金剛ちゃんに、

 

「ミッドウェーの『姫』を倒されて、引く、っていうのは分かるのよ。

 重要な拠点を取られたらまず撤退して立て直す、っていうのは当たり前だし。

 ……でも、遅いのよね。私達が追撃できるくらい、撤退速度が遅かった」

「私も、司令官の言うとおりだと思うわ。追ってくれ、っていうくらいの遅さだったのよ。

 ……それに、追撃している私達に向けられた戦力も、そう多くはなかったわ」

 

司令官と私が、それぞれ気になっていることを答えとして返す。

 

「……でも、失った陣地を気にしながら引いて遅くなる、っていうのはあると思いマスよ?」

「でも、今まで睦月達が戦ってた時は、そういう事はなかったんだよ?だから、なんでかなー…って」

「ンー……そう言われると確かに、妙ネー……」

 

おかしい、と思える違和感はある。けれど、その違和感の原因が、どうしてあるのかが分からない。

そうして悩んでいた、――その時。

 

今まで動く様子を見せなかった空母の『姫』が、突然右手を高く掲げて。

白い人魂の様な艦載機を一機、真上に向かって発進させ――

 

「――え?」

 

艦載機は、爆発した。――私達は、何もしていなかったのに。

……自爆、させたの?どうして……?

 

 

 

――そう思った、次の瞬間。

ざわり、と海が揺れた。

 

 

「――提督、敵の増援です!数、不明。……周囲の島の陰からです!」

「ああん、こっちも!いったい、どこに隠れてたのよぉ!」

 

神通ちゃんと愛宕ちゃんから、敵の出現を告げられる。

……結構な数、ね。でも――

 

「――司令官、睦月ちゃん!」

「ええ、無理な数じゃないわね――!」

「みんな、機動部隊再編制ー!」

 

司令官と睦月ちゃんの掛け声で、すぐに機動部隊が編成し直される。そして、

 

「彩雲、艦戦、艦攻、準備よし!――全艦載機、発艦!」

「九三式酸素魚雷、やっちゃってよ――!」

 

瑞鳳ちゃん達が艦載機を発艦させ、大井ちゃんが魚雷を撃つ。

……直撃し、爆発の煙が晴れて。襲撃してきた敵の殆どを掃討できたことを私は確認して――。

そして、気付く。

 

 

 

「司令官、――『姫』が!」

 

周囲を見回し、先程までいた位置に『姫』が……いつのまにかいない事に気付いた。

 

 

 

「如月、あっち――あそこに『姫』がいる!」

 

機動部隊の第二艦隊――水雷戦隊に入っていた弥生ちゃんに、『姫』の行方を教えられる。

――空母の『姫』は、さっきまで全然動かなかったことが嘘のように、海を進んでいた。

……私達とは戦わず、その横を抜けるようにして。

 

「……どういうこと、かしら」

 

そう呟きながら、襲撃した新手の敵を追い払って。私達は空母の『姫』を追いかける。――けれど。

 

「弥生、また敵来たぴょん!」

 

弥生ちゃんと同じく水雷戦隊に入っていた卯月ちゃんから、更に増援の報告を受ける。

 

「……shitッ!!『姫』を追いたいのに、これじゃキリがないデース!」

 

金剛ちゃんが焦ったように言う。

それにしても、いったいどうして急に――と、考えようとして。

 

               ・・・・・・

目を向けた先、空母の『姫』が。私達が来た方から飛んできた白い艦載機を迎える姿を見て。

 

 

「――司令官!」

 

 

そんな、まさか――と思いながら、その可能性に気付く。

 

 

***

***

 

 

「――司令官!」

 

如月の焦った声が聞こえる。……わかってる。ああもう、そういう事だったなんて。

この子たちを率いる提督として、私にまだ甘さがあった。

 

 

『姫』は待っていた。私達が、ここまで来るのを。

そして、誘い込んだ私達が、用意した戦力で倒せるかどうか――。それを見て。

 

倒せるようなら、ここで倒す。倒せないようなら――私達をここに足止めして、別の拠点を狙う。

別の拠点と言っても、たくさんあるけれど……そう、例えば。

今艦載機が飛んできたほう……海原だけが続く道を、ずっと進んだ先にある陸地――

 

 

  ・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・

――主力の出払った、私達のリンガ泊地の鎮守府とか。

 

 

隣を駆ける睦月を見て、一瞬視線を交わして……互いに頷く。

……睦月も、結論は同じみたいね。

 

棍を持った右手を伸ばし、左手は腰に当てて。お腹と喉に力を入れて、叫ぶ。

 

「――みんな!こいつらの目的は、多分私達の足止め!

 その間に『姫』をここから離脱させることが、多分狙いよ!」

 

そして、もう一声。

 

「『姫』の狙いは、ここに私達を足止めして別拠点狙い――もしかしたら、私達の鎮守府かもしれない。

 ――蹴散らして、とっとと『姫』を捕まえるわよ!」

 

……言い切ると同時に、腰に備えた手榴弾――爆雷もどきを、

打球の要領で上に軽く投げ、棍に当てて飛ばす。……狙いは、空母の『姫』。

大したダメージを与えられなくても、当たれば数秒の足止めくらいは……と考えて、この手を取った。

だけど――

 

「……っ」

 

ぼぅん、と。打った手榴弾は空母の『姫』……じゃなく、『姫』が発艦させた艦載機に当たり、爆発した。

……艦載機を盾にされて、防がれた!

そして、瑞鳳達が放った艦載機も、同様にして止められる。

 

そして、そうして攻撃が届かない間にまた距離を空けられる。私達と『姫』の距離を。

 

 

なら――。

 

「瑞鳳、鎮守府の皆に連絡お願い!」

「りょーかい、提督っ!――行って、彩雲!」

 

私の言葉に瑞鳳が応えて――、伝書を括り付けた彩雲を攻撃に巻き込まれないようにして飛ばす。

行先は、鎮守府。今鎮守府に残っている子達に、『姫』が向かう可能性があることを、伝える。

 

 

 

……現状と、最悪の可能性を考える。この先も邪魔され続けて、『姫』が先に鎮守府に到達する事を。

それでも、足止めする敵を払って前進し続ければ、いつかは追いつく。

 

だから、と。

 

鎮守府に残した、何人かの主力。その中でも付き合いの長い3人――電と、響、暁に。

私達が帰るまでの時間を、守りを。信じて預ける。

 

 

 

 

 

 

「待ってなさい、すぐ追いつくから――!」

 

***

***

 

「――響ちゃん。またここにいたんですか?」

「そう言う榛名こそ、また『ここ』に来たのかい?」

 

……海に面したベンチで。私と榛名は、またそんな風に言葉を交わしていた。

もう、最初にこのやり取りをしてから3日目になるだろうか。

本当に……どうして榛名は、ここへ来たがるのだろう?

 

……と、思っていると。

 

「最近……響ちゃんがここにいる理由、何となくだけど分かってきました」

 

榛名はベンチの後ろに立ったまま、ベンチの背の天辺に両の手を置き……そう言った。

そんな榛名に、私は特に表情を変えず答える。気づいて特にどう、という理由ではないし、ね。

 

「……どんな理由だと、榛名は思うのかな。聞かせてもらってもいいかい?」

「はい」

 

一拍おいて、

 

「……響ちゃんは、待っているんですよね。みんなが帰って来るのを」

「そうだよ。良く分かったね」

「いえ、何となく……です。もしかしたら、私が思ってるのと同じように響ちゃんも思ってるのかな、って。

 そう思っただけですから」

 

榛名は、少しだけ沈んだ表情をしながらそう言う。……私も、か。

昔の戦いで、本土に残りながら皆の帰りを待ち続けた経験が、やっぱりそう思わせるんだろうか。

……ただ、今の私は少しだけ違うんだけど、ね。

 

 

 

――と、

 

「――うん?」

 

波のものではない音が、遠くから微かに聞こえ。――私は、海の方へ眼を向ける。

すると――空に一点、黒い影が見えた。どんどんと音を大きくし、こちらへ近づいてくるそれは――

 

「……彩雲?」

「……ですよね?響ちゃん……」

 

どうして彩雲が、海の向こうから……と、そんな風に思いながら。

私達の横を通り過ぎるそれを見送り――。

 

 

――暫く、して。

 

「響さん、榛名さん……大変です――!」

 

私達のもとに、慌てながら祥鳳が走ってくる。

……どうやら、何かが有った様だった。

 

 

***

***

 

 

――この鎮守府を狙って、空母の『姫』が来る可能性がある。

そう、瑞鳳から伝えられた情報を聞いて。私達は、緊急の作戦会議を開いた。

 

瑞鳳の情報をもとに、祥鳳が彩雲を飛ばし――実際に、『姫』がこちらへ向かっていることを確認し。

『来るかもしれない』という可能性ではなく、『恐らく来る』という、確定の情報になった。

そんな『姫』に対して、私達は戦い、保たせなければならない。……司令官達が、帰って来るまで。

 

 

「――話は、今した通り。この鎮守府に、空母の『姫』が向かってきてる。

 この事態を何とか凌ぐ為に、皆の力を貸してほしい」

「偵察として彩雲を飛ばしてみましたけど――敵は、数はそう多くはありません。

 ですけど、その殆どが重巡や戦艦です」

 

作戦会議の場には、榛名、祥鳳、陸奥、イムヤ、由良、熊野、鈴谷、

電、暁、それに私――僅かに残った主力が集まっている。

そして、そんな面々で会議用の机を囲む中――陸奥が、手を挙げる。

 

「ねえ、響ちゃん。その空母の『姫』は、ミッドウェーに行った皆が戦っていて手負いなんでしょう?

 だったら、倒してしまう――っていうのは、ダメなの?それで、向こうとの相手も楽になるんじゃないかしら」

「ああ、それも私は考えたよ。だけど――イムヤ」

「ええ」

 

……それで良ければ、私もその策を取っただろう。

だけど、イムヤから伝えられていた情報には……その策を取れない理由があった。

 

「潜水して、『姫』の索敵範囲ぎりぎりまで近寄ってみたんだけど――

 ちょっと、この写真を見てもらえる?さっき、青葉に拡大を頼んだんだけど」

 

イムヤには潜水艦としての特性を生かして、可能な限り近寄っての情報収集を頼んでいた。

少しでも敵の戦力が詳細に分かるなら、打てる手も変わってくるから。だけど、

 

「……ここ。空母の『姫』のもっと奥に、凄い大型の……何だか黒いのを背負った敵がいるの。

 それに、この敵だけ他のと何だか雰囲気が違う。黒い薄手のキャミソールを着てるみたいな、

 でもすごい威圧感の――これって、もしかして」

「――――『姫』、です。それも、戦艦級の」

 

写真を見て、榛名が呟く。そういえば――

 

「……そうか、榛名は見たことがあるんだったね」

「はい。……手強い、相手です」

「――もう一人の『姫』かあ……。それは、ちょっと考えるわね」

「さすがに二人相手は……ねえ?ちょーっと、シャレになんないかも」

 

私達のやり取りを聞き、陸奥と鈴谷は苦い顔をする。

そして、陸奥と同じように考え込む皆を見てから、

 

「じゃあ榛名、率直に聞くよ。――戦艦と空母の『姫』。両方を相手にして、勝算はあるかい?」

 

……以前の作戦で、榛名はこの戦艦の『姫』と対峙した事があった。

なら、相手の能力も良く分かっているはずで。

 

「……無理です。手負いくらいにはできるかもしれませんけど、撃退するには私達の戦力が足りません」

 

                   ・・・

その相手に対して――榛名は、断言した。勝つ事はできない、と。

そして、その榛名の言葉を受けて、

 

「――なら、私達の取る道は一つしかありませんわね」

「深海棲艦の襲撃を食い止めて、司令官達が帰って来るまで持ち堪える持久戦――そういう事よね、熊野?」

「ええ……そうです、暁。淑女として宜しい答えですわ?」

「でも持久戦になると、一艦隊だけじゃ厳しいのです……」

「そうね、電ちゃん。そこは、やっぱりもうひと艦隊は欲しいかな……。

 『姫』を狙わないって言っても、ダメージや疲労は溜まっていくもの、ね」

「なら、皆を2つの艦隊に振り分けて……あとは支援も欲しいかしら?」

「燃料と弾薬も調達したいですね……。皆が帰って来るまで、とは言っても、どれ位の時間がかかるかわかりませんし」

 

この会議の場に参加した皆が、口々に作戦と、必要なものについて、意見を交わし始める。

睦月達の方が練度は高いけど、ここにいる彼女達も多くの戦闘を潜り抜け、それなりの目も持っている。

 

 

 

 

――そして。

私達の役割は――作戦は、決まった。

 

榛名と陸奥、祥鳳を中心に第1艦隊を編成。

熊野、鈴谷、由良を中心に、同じく第2艦隊を編成。この2艦隊で、交代しながら襲撃してくる敵を撃破。

付近の敵の哨戒と偵察は、イムヤに任せる。

そして、

 

「電は鎮守府に留まって後方での支援、暁は敵に警戒しつつ、短距離遠征での燃料弾薬調達を頼む。

 ――任せるよ、電、暁。私達だって、伊達に古株じゃないと見せようじゃないか」

「響は、前線で支援艦隊をするのよね。――無茶したらダメよ、響」

「響ちゃんも、気を付けてなのです!」

 

私達も、それぞれで役割を決めた。

 

 

 

 

――さあ。

皆が戻って来るまでの、私達の戦いを……始めよう。

 

***

***

 

 

…………響ちゃん達との会議を終えた後。

私は一人、工廠に向かっていた。

 

 

工廠の扉を、ゆっくりと開き――更に、その奥を目指す。

そこにある、『私のもの』を確認するために。

 

普段は、夕張さんが修理や開発を行っていて、五月雨ちゃんや由良さんもやってきて……賑やかな工廠。

けれど、夕張さんも五月雨ちゃんも出撃している今は、静かだった。

 

 

 

風の吹かない工廠の中で、私の動きだけに合わせて白い袖と赤い袴が揺れる。

そうして服を淡くはためかせながら歩き――そこに到達する。

 

……目の前にあるのは、第二次改装を施された私の艤装。

金剛お姉様が改善案を検討し、夕張さんが改装を行った――艤装。

その艤装を、前に。私は戦いに向けて決意を固める。

 

 

 

 

 

 

「お姉様。――榛名は、皆を守って見せます」

 

 

――――たとえ、榛名がどれだけ傷ついても。

 

 

***

***

 

 

そして、私達の戦いが始まった。

 

 

 

 

「一捻りで黙らせてやりますわ……!―――とぉぉおうっ!」

「ちょ、熊野気合入り過ぎ!持久戦!持久戦なんだからそんな力入れなくていいんだって!?」

「あはは……ま、まあいいんじゃない?……と、そろそろ交代かな。熊野、鈴谷、下がろう?」

「なら、その間支援に入るよ。……Ураааааааа! 」

 

「交代ですね。はい、それでは――祥鳳、行きます!」

「私の出番ね、やってあげる。戦艦陸奥、出撃よ――!」

「榛名、いざ――出撃します!」

 

「お疲れ様、なのです!ちょっとでも、疲れをとっていってください」

「燃料と弾薬、あと艤装用の高速修復剤。ここに置いてくわね?それじゃ、また遠征、出るわね。

 ――無理はしないでよね?」

「あはは、分かってる分かってるって!もー、暁は心配性だなー」

「ち、鎮守府では先輩だもの、当然よ!――出るから!」

 

「今のところは――どうだい、祥鳳?」

「以前より偵察機が帰る時間が短くなってますし、提督達、だいぶ近付いてきてます。

 このペースなら――もう少しでしょうか」

「ただ、道中はちょっと深海棲艦が多そうかも。

 潜水しながら探ってみたけど、提督達の来る道を狙って敵がいるのよね……」

「そうか。……なら、もう少し頑張ろうか、二人とも」

「はい!」

「了解!海のスナイパーの実力、しっかり見せちゃうんだから!」

 

 

高く昇っていた日はいつの間にか落ち、代わりに月が昇り、夜が来て――

そして、また日が昇る。その間、私達は戦い続けていた。

 

艦隊の二交代に加え、夜はイムヤがサポートに入り、向かってきた敵を遊撃し少しでも数を減らす。

夜戦で大きなダメージを受ける可能性のある夜を乗り切り、陽が昇るようになってまた戦い方を変える。

 

……少しずつ疲労は溜まっていくけれど、まだ大丈夫。

大きな被害も、今のところはない。――これなら、司令官達が戻って来るまで耐えられる。

 

 

 

――その、筈だった。

 

 

 

***

***

 

 

 

「――っ、さすがに厳しいわね!」

「でも、大丈夫……榛名は、まだやれます……!」

 

 

あとわずかの時間を、持ち堪えるばかり――

そう考えていた私達の前に現れたのは、……出来れば、来てほしくない相手だった。

 

黒い長髪を潮風に揺らし、薄手の服をひらめかせながら僅かに微笑み、

……その後ろに引き連れた黒の巨躯から、もはや水柱とも呼べない巨大な水塔を立てる砲撃を放つ――

 

 

 

――戦艦の『姫』が、そこにいた。

 

 

 

 

 

太陽が再び、空のいちばん高くに昇る頃。

――突然、どぅん、という大きな水音が響き。

長距離の砲撃を何者かが撃ったのだと私達が理解した後、彼女は現れた。

 

 

「さすがに、分が悪い……なっ!」

 

『姫』と戦い続ける榛名たちを援護する為、私達支援艦隊も合間に攻撃を加える。けれど――通らない。

支援艦隊は、火力を重視して編成しているのに……その火力すらも、彼女は意に介さない。

 

 

 

 

 

そんな、時。

海の彼方から――聞きなれた艤装の駆動音が、聞こえてきた。

 

「この、音は……」

 

この駆動音は、聞き覚えがある。何度も共に戦っていれば、覚えてしまう。――金剛だ。

なんとか、提督達が戻って来るまで間に合った。……そう、思った。

 

 

 

 

 

 

「――きゃぁぁぁぁっ!?」

 

 

 

 

 

「……しまったッ!」

 

共に支援艦隊を組んで、隣にいた長月が叫んだ。

……榛名が、『姫』の砲撃の直撃を受けていた。

 

 

 

「――――榛名っ!」

 

 

被弾し、悲鳴を上げる彼女に気付き、

私は、――我知らず、大声で彼女の名を呼んでいた。

 

 

***

***

 

 

「――――――」

 

 

身体が、痛い。

目の前にいる『姫』の砲撃を、避けきれなかった。

艤装である程度は防いだけれど、それでも衝撃は殺しきれなかった。

そして――艤装で防いだことで、砲も変形して、もうまともな砲撃は出来そうにない状態になっていた。

 

 

痛みに顔を顰めながら、前を向くと――『姫』が、薄く笑った気がした。

そして、私の相手はもういい、という様に、私から目を離し――陸奥さんに、視線を向けた。

 

 

 

 

――駄目。駄目です。それは。

 

 

可能性が、私の頭をかすめる。陸奥さんが『姫』の攻撃を受け、沈んでしまう。

その可能性を考え――私は、恐れを感じた。

 

 

――もう、嫌。みんな帰ってこない海を見つめていた、あの時の様になるのは嫌。

  あの時みたいに、また私だけが生き残るのは……嫌です。

 

 

だから、そのために。私が戦って、誰かを守れるのなら。もう、居なくなってしまう事がないのなら。

 

 

――構いません。

  榛名は、戦います。戦って……今度こそ、皆が帰れるようにするんです。

 

 

 

 

「――させ、ま、せん」

 

疲労と痛みで、ふらふらで。それでもなんとか足を伸ばして、立ち、前を向いて。

身体は、動く、動かせる――そう確信し。

 

私に興味を失い、陸奥さんの方を向いた『姫』の腕を――手を伸ばして、掴んだ。

 

 

 

「勝手、は……」

 

 

 

私に掴まれた『姫』が、こちらを向く。

そして、攻撃をしようとしている私に気付き、後ろの黒い巨体を――動かすよりも、早く。

 

 

 

「勝手は……っ、榛名が、許し、ま……せんっ!!」

 

 

 

 

……力の入らない体に、無理やり力を入れて、一歩分だけ前に進んで。

まだ無事な砲を動かし――私は、『姫』に向けて至近の砲撃を撃ち込んだ。

 

 

 

***

***

 

 

「……っ!」

 

 

爆音が、響く。――そしてその後、砲火の爆炎の真正面に立っていた榛名は、

まるで小物でも投げたかのように、その位置から吹き飛ばされ……炎の中からは白い腕が見えていた。

 

『姫』の攻撃を榛名は受け、――けれど、榛名はまた立ち上がる。

その榛名を、爆炎を割くようにして現れた『姫』は睨み……黒の巨躯の砲を榛名に向けた。

対峙する榛名も、砲を向ける……が、砲は火を噴かない。――いや、噴けないんだ。

今の衝撃で、曲がってしまったから。

 

「……おい、不味いぞ!」

 

 

長月が、叫ぶ。

……不味い。あのまま一撃を受けたら、榛名はもう保たない。

金剛の艤装の駆動音は、近付いている。けれど、間に合うかはわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………なら、――それなら。

 

 

「長月、――支援艦隊、ちょっと頼むよ」

「……は?ちょっと待て、おい!」

 

 

息を軽く吸い、気持ちを落ち着かせ――足の艤装を駆動させて、私は海を駆け出した。

――榛名のいる場所を、目指して。

 

 

 

 

 

 

潮風と、水飛沫と、砲火の硝煙と、砲弾と――様々なものが飛び散り、飛び交う戦場を、駆ける。

そして、駆けながら……思う。まずは、支援艦隊を飛び出してしまったことを悪かった、と。

そして次に――榛名の事を、思った。

 

 

……榛名は、危うかった。

私と同じように、自分が生き残って――自分だけが死に損なってしまった事を、悔いていた。

だから、自分の事よりも他の誰かの事を優先しようとして。

 

 

 

――はい、榛名は大丈夫です!

 

 

 

榛名は、きっと自分自身の事を気にしていなかった。――いや、大事にしようと、思っていなかった。

生き残ってしまった自分は、今度こそ誰かを助けられるようになる……と、そんな風に考えていたのかもしれない。

今の榛名の姿を見て、何となくそう思う。……私も、近いところはあるから。

 

 

 

 

……だけど。

 

 

 

 

だけど。……だからこそ。危うさ故に、死線を踏み越えて死に向かおうとしている榛名を。

私は、見ていられない。見たくない。私がかつて、踏み越えようとしていた場所へ向かう彼女を――止めたい。

 

 

 

「――響ちゃん!?」

「……そういうこと!いいわ、行ってらっしゃい!――私が道を空けるわ!」

 

 

通り過ぎた祥鳳と、陸奥の声を背に――前傾姿勢をさらに深め、艤装を限界まで駆動、加速させる。

――その道に、わずかに影が見える。その影を私は、重巡級が割り込もうとしていると判断した。

でも、止まらない。曲がる必要もない。だって、

 

 

「ごめん、遅れたぁ……っ!イムヤに呼ばれてダッシュで来たけど、って早、響ぃ!?」

「何を驚いてるんですのよ、鈴谷。……手早く雑魚を蹴散らして、私達も協力しますわよ!」

 

 

だって、今の私には……頼りにできる強い仲間が、沢山いる。

だから、どんなに厳しい事でも、無謀な事でも、皆でやればいい。皆で、守り切ればいい。

それが出来ると――私が榛名を連れて帰れると確信しているからこそ、皆は背を押してくれるんだ。

 

……全く。榛名はどうして、私みたいに人を頼れるようになれなかったんだろうね。

全部を自分で何とかしようとしていたら、その重みに潰されてしまうだろう?

 

 

「響ちゃん、榛名ちゃんをよろしくね……っ。それじゃあ……よーく狙って、てーぇ!」

 

 

前方での撃破の爆音と、熊野と鈴谷、由良の声を受けながら……もう一度、軽く息を吸う。

少しだけ高揚した気分を落ち着かせて、加速の行先をしっかりと定め――

もう一度、自分に火を入れる。

 

 

 

――だから。

 

                        ・・・・・・・・・・ ・・・・

だから、危うさゆえに踏み越えてしまった榛名を――私も死線を踏み越えて、連れ帰る。

……二人で、死線から生きて帰って来るんだ。

 

信じさせてもらうよ、私の『不死鳥』――今度も、『私達』を死に損なわせてくれ。

 

 

 

『姫』が榛名に向けた方に熱が入り、砲火を噴く……その刹那、

私は、加速した勢いのまま突き進み――『姫』と榛名の間に割り込み、

 

 

 

「――悪いね。割り込ませてもらうよ」

 

 

 

彼女の腕を掴んで。ありったけの魚雷を『姫』に撃ち込みながら、駆け抜けた。

 

 

 

 

 

***

***

 

 

 

 

――――え。

 

 

理解が、追いつかなかった。

私は――『姫』と向かい合っていて。『姫』の連れる黒い巨体が、私に砲を向けていて。

砲の奥に、僅かに引鉄の火花が見えて、ああ、これからあれが撃たれるんだと、そう思っていたのに。

……どうして、私は当たっていないの?

 

呆然としながら――少しだけ雲の位置がずれたような気がする空を眺めて、

 

「――っ、は、……さすがに、キツい……な」

「……………………、え?――響ちゃん?」

 

不意に、響ちゃんの声が聞こえて――

私は、我を取り戻した。そして、私の腕を掴む響ちゃんに気付き……艤装を目にして、それを知覚する。

響ちゃんの艤装が、まるで何かを受けた様に――深く、大きな陥没痕があることに。

 

 

「あ」

 

 

陥没痕。その歪んだ艤装の下から見える肌からは、血が流れて。

 

 

「あ、あ――」

 

 

響ちゃんの呼吸は、荒かった。……私が当たらなかった理由。それを理解して、私は。

 

 

「どうして――どうしてっ!……どうして私を助けたりなんかしたんですかっ!!」

 

 

……叫ぶ声が裏返る。体が震えて、息が詰まる。目には、あたたかいものが湧き出る。

どうして、どうして私なんか――

 

そう思う私に、響ちゃんは。痛みで顰めた顔を無理やり笑顔にしながら、

 

「……さてね。特に言う事でもないから、言わないさ」

「…………っ」

 

どう、しよう。どうしよう。どうすれば、いいの。

響ちゃんが、危ない。このままだと、もしかしたら――。

そう、思っていたところに、――少し離れた位置の爆炎の塊から、いくらか焼け爛れたような腕が、

 

「っ――」

 

『姫』が、まだいる。――その事実は、私の頭を一気に冷静にさせる。

……響ちゃんは、この怪我では動けないかもしれない。だったら、それなら私が響ちゃんを守って――

 

 

 

「……間に、合った、かな」

「え……?」

 

 

響ちゃんが、そう言うと同時に。

 

 

 

「――人の可愛い妹にッ!何をしてる、デェースッ!!!」

 

 

 

大口径の砲からの爆音と、聞きなれた声が聞こえてきて。

――爆音と同時に、『姫』を包む爆炎に、さらに大きな炎の塊が生まれる。そして、

 

「Rot in hell――!」

 

砲撃の爆炎に包まれた『姫』に――金剛お姉様が艤装を振り回し、叩き付ける姿が目に入った。

 

 

「お、姉……さま――?」

「御免榛名、遅れたヨー……!今からコイツ、……っぶっとばすからネー!!」

 

 

 

 

 

 

 

そのお姉様の声に続くように……、提督、睦月ちゃん、如月ちゃん、瑞鳳ちゃん、愛宕ちゃん、

――ミッドウェーに行っていたみんなが、私の近くで陣形を構える。

 

……そう、だ。待っていた皆が、帰ってきたんだ。

私達が、戦いながら帰りを待っていた彼女達が、今――。

 

 

 

 

 

 

 

 

……そして、帰ってきた皆のその姿を、響ちゃんは見て。

 

 

「……ああ、これなら大丈夫かな。――そうだね、きっと大丈夫だ」

「…………響、ちゃん?」

 

どうして――どうして、そんな風に穏やかに笑うんだろう。

皆が、帰って来たからなの?――響ちゃんはこんなに大怪我をしてるのに、なのに嬉しそうで。

そして――

 

「少し、疲れた……かな。ちょっとだけ休むよ、榛名…………」

「……え?ひびき、ちゃん、……響ちゃん、響ちゃん!!」

 

 

 

 

 

 

 

「響ちゃん――――――――!!」

 

 

 

 

 

響ちゃんは、そのまま目を閉じた――――。

 

 

***

***

 

 

「――全治2週間、ね。もぅ、上手く艤装で防いでいたからいいけど……。

 こういう事は、危ないんだから。ダメよ?……しばらくは絶対安静ね、響ちゃん?」

「分かっているさ。……まあ、怒られても仕方はないしね」

 

 

――それから数日後。

私と榛名は、鎮守府に備えられた医務室で怪我の診察を行っていた。

カルテと写真、レントゲンの並ぶ机を横に、回転椅子には白衣を羽織った如月が座っている。

……何故か、赤フレームの眼鏡を掛けて。

 

如月は、睦月と並んで鎮守府のダブルエースとして君臨するだけはあり、練度は非常に高い。

……だけど、それだけではなくて。睦月や司令官が苦手とする細かな戦術に長けていたり、

美容方面の知識が豊富であったり、――今回のように、医療に関する能力も持っていたりする。

如月自身は、必要になりそうだから覚えたのよ♪――と、言っていたけれど。

 

……そんな風に考えていたら、如月が私の方をじっと見る。

 

「響ちゃんも、榛名ちゃんと同じくちょーっと悪い癖があるかしら、ね?

 響ちゃんの技量だから、心配はしていないけれど」

「……はい」

 

如月の言葉に、なぜか横にいる榛名が項垂れる。……そこは私じゃないのかな、榛名。

……と、そんな風に思いながら。気を取り直して、如月に聞いてみる。

 

「それで、如月。私は何時頃から動いても大丈夫になるのかな?」

「絶対安静、って言ったばかりじゃない、もう……暁ちゃんに怒ってもらおうかしら」

「それは困る。……ついこの間、怒りながら泣かれたばかりなんだ」

「絶対安静と相反する事を言うからよ?……そうね、10日後くらいから、かしら」

 

ふむ、と。一つ頷いてから、少し考える。

10日後か。……結構、長いな。

 

私と榛名はあの戦いの後、しばらく鎮守府の医務室備え付けのベッドで過ごしていた。

軽いダメージであれば入渠しながら癒す事が出来たが、重傷の為、ここでしばらく療養を行う事になった。

あの戦いで、二人ともダメージは大きかったものの――、榛名の方が軽く済み、現在の経過も良好の様だった。

この調子なら、榛名は私より早くベッドから離れる事になるだろう。

 

……隣人がいなくなると、少し寂しいかな。それでも、皆は見舞いに来てくれるだろうが。

――と、

 

 

 

「あ、あの、響ちゃん……。――私に、何か出来る事、ありませんか?」

 

 

 

隣の榛名が、そう言ってくる。ふむ、と少し考えて――何か、妙な視線を感じた。

視線を辿れば……その主は、如月だった。しかも、目があった瞬間に何故かウインクをしてくる。

いや、何だろう、一体。

 

……とりあえず、榛名の好意を無下にするのも悪い。

例えそれが罪悪感や、そういうものからであったとしても――いちどは礼は受けておくべきだと思う。

 

「それなら、榛名。絶対安静が解けて、動けるようになったら……、

 リハビリの手伝いを、お願いできるかな。しばらく動いていなくて、鈍ってしまいそうだから」

 

……私の言葉に、榛名は、

 

「リハビリ、ですか……はい、わかりました!

 榛名でいいなら、お相手――」

「待った」

 

え、と榛名が動きを止める。

……全く。妙な自己犠牲と自分を軽く扱うのは、あの後でもあまり変わっていないな、と思いながら。

もう一度、私は言い直す。彼女が、自分に少しでも価値を認めて――大事に出来る様に。

 

 

 

 

 

「榛名『で』、じゃなくて。私は、榛名『が』いいんだ。

 ……リハビリ、付き合ってもらえるかな、榛名?」

 

 

 

 

「…………え、あ、え。……はい、……よ、喜んで!」

 

きゃあ、と。医務室を覗き込んでいた皆から、何故か声が上がる。

そして、目の前の榛名は顔を赤くしていた。……どうしてだろうか。

また視線を感じて如月の方を見てみれば、今度はにこにこと笑っていた。

 

 

 

 

 

 

「はい、それじゃあ診察はこんなところかしら♪

 響ちゃんと榛名は、またベッドでしばらくお休みよ?」

 

診察を終え、如月が眼鏡をはずし眼鏡入れにしまう。……本当に、何の意味があったんだろうか、あの眼鏡は。

眼鏡はすぐ外すのに、白衣は脱がないあたりも良く分からない。

 

「……さて。それじゃ戻ろうか、榛名」

「はい。……リハビリの前に、まずはベッドまでお付き合いですね?……ふふっ♪」

 

そう言いながら、榛名はどことなく嬉しそうな顔をしていた。

……さっきとは、全く違う顔。私の言葉で何か憑き物が落ちたのなら、それでいいかな。

 

 

そんなことを思いながら、私は榛名の手を――取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私達はまだ、『これから』のスタートラインに立ったばかりで――、

他の皆と同じように歩き出せるには、まだ時間がかかりそうだと。そう、思いながら。


 
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