No.713639

快傑ネコシエーター2

五沙彌堂さん

6、塗仏の鉄
7、美猫の変装遊戯
8、空港無情と後日談
9、インターミッション1
10、インターミッション2

続きを表示

2014-09-04 20:02:15 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:778   閲覧ユーザー数:778

6、塗仏の鉄

 

塗仏の鉄もエクスタミネーターを目指して体を鍛えていた時期があった。

大和龍之介がまだ巡査部長、国際B級エクスタミネーターでそのアシスタントを

勤めていた。

「やっさんよう、いい加減そんな一発しか打てねぇ危ねぇ銃を使うのはやめねぇか。」

「馬鹿野郎、どうせ外したらこちらはお陀仏だろ、デミバンパイア相手に

猫又や狼男じゃどうあがいたって歯が立たないんだからしょうがねぇだろ。」

苦い顔をして大和巡査部長は竹鉄砲の製作に余念がなかった。

弾丸は聖別された銀の中の水銀を仕込んだかなり強力なダムダム弾でデミバンパイア

を余裕で倒せるものであった。

ただし、弱点はデミバンパイアに対してかなりの至近距離で発砲する必要があった。

そんな間合いに入るのは大変危険で失敗したら確実に返り討ちに合うのであった。

当時の大和巡査部長は若いころに見た日輪の十字架にあこがれ手作りの武器に拘っていた。

鉄はワーウルフだが狼の姿よりも狼男の姿の方が戦闘力が上だったので、ひたすら肉体を

鍛えていた。

当時、デミバンパイアの大規模な掃討作戦が行われ、裏社会のデミバンパイアの殆どが

アバルーの亜人収容所におり、比較的高位のデミバンパイアは巷には居なかった。

その代わり知性を持たない野性的な凶暴デミバンパイアが夜の街を闊歩していた。

昼間のうちに寝床を突き止めそのまま拘束するか、抵抗するようなら竹鉄砲で仕留める

のが2人のやり方だった。

昼間の寝床を突き止めるのが鉄の役目で、危なくなったら狼の姿で全力疾走すれば確実に

デミバンパイアを振り切ることができた。

また、大和巡査部長も猫になって鉄同様に探索して寝床を突き止めようと必死だった。

 

亜人街の外れの廃娼街と廃教会に厭な気配を感じた2人は探りを入れてみた。

さらに廃教会に絞って調査を進めてみた。

2人は廃教会の中に入ると祭壇の下の地下室への入り口が目に入ってきた。

如何にもデミバンパイアの寝床といった感じで下の方から冷たい空気と共に

生臭い臭いが流れてきた。

「鉄、当りだな。」

「やっさん、俺はどうも嫌な予感がする、日を改めた方がいいんじゃねぇか。」

「馬鹿言っているんじゃねぇよ、デミバンパイアを見つけて、放っておいたらそれだけ

犠牲者が増えるだけだろ、俺一人でもやるぜ。」

大和巡査部長は竹鉄砲を取り出して慎重に地下室に降りていった。

「やっさん、待ってくれよう。」

慌てて、鉄もついていった。

地下室は納骨堂で棺が数個置いてあった。蓋の空いている物もあったが蓋が釘で打ち

つけられて、中が確認できない物もあった。

突然、鉄が叫んだ。

「やっさん、後ろ。」

大和巡査部長が振り向くと唾液を垂らした知性の欠片もないデミバンパイアが襲い

かかろうとしていた。

「バシュッ」

即座に体が反応し竹鉄砲のダムダム弾をそいつの胸に打ち込んだ。

デミバンパイアは壁に叩き付けられると同時に指先から塵に変わっていった。

「やったな。」

自分も後ろに吹き飛ばされて尻もちをついた大和巡査部長は大きく深呼吸をした。

しかし、その時釘の打ち付けられた棺の蓋が空き、中から新たなデミバンパイアが現れた。

「我の眠りを妨げる無礼者ども報いを受けるがいい」。

しかもかなりの知性を持っているようで相手が非常に悪かった。

「鉄、変化してすぐに逃げろ。」

と叫んで、大和巡査部長は万が一の時のための中銃身の357マグナム銃を構え、

新たに現れたデミバンパイアに腰だめで全弾打ち込んだ。

かなりのダメージがあったもののデミバンパイアは、

「おのれ、我を傷つけた報いを受けよ。」

鋭い爪で大和巡査部長を切り刻んだ。

「やっさん。」

鉄は無我夢中で狼男に変化してデミバンパイアに組みつき、その首を力一杯捻じ切った。

「ゴギッ」

「ぐはっ。」

デミバンパイアの首がへし折れ、息絶えた。

そして、指先から少しずつ塵に変わっていき、やがて崩れ落ちた。

「やっさん、大丈夫か。」

しばらく間をおいて、息も絶え絶えに、弱々しい声で、

「て、鉄、お、お前強かったんだなあ。」

明らかに出血多量で危篤状態の大和巡査部長を見ているだけで鉄の顔は、

涙でくしゃくしゃになっていた。

「やっさん、もうしゃべるな、すぐ助けを呼ぶからな。」

鉄は救命隊が来るまでの間、血まみれになった大和巡査部長を必死で介抱した。

 

すっかり傷は癒えた大和巡査部長は鉄の実力ならエクスタミネーターの養成所で

すぐにも資格が取れると太鼓判を押し鉄に入所を勧めていた。

しかし、鉄は大和巡査部長のサポートに徹するといって情報屋に転職した。

「俺には直接命のやり取りをする稼業が勤まるような度胸はねえよ。」

と格好を付けているもののその実、目の前で身近な人が死ぬのが嫌なのであった。

特に付き合いの長い大和龍之介のなら尚更であった。

7、美猫の変装遊戯

 

最近、雅との繋ぎに美猫がやってくるのが鉄にとって文字通り頭痛の種だった。

美猫の仕掛けてくる悪戯が非常に性質が悪かった。

鉄のポケットから預金通帳を抜き取り、定期預金の口座を持っている、

意外と手堅い性格と雅に報告したりとか。

いきなり鉄の後頭部に本気の飛び蹴りをきめたり。

それも猫又に変化してのだから正直かなり痛い、でも声を荒げるわけにもいかず、

ひたすら忍従の日々であった。

美猫は鉄がニヒルに決めようとするのがとても可笑しかった。

どう見てもお笑い系で道化がお似合いのように思えた。

多少のことじゃ壊れない頑丈なおもちゃ扱いであった。

しかし一方で、美猫は鉄の仕事を自分の仕事の手本として高く評価していた。

 

空はどんよりと曇っておりデミバンパイアが出歩くには十分な天候だった。

美猫はヘブラテスラの生き残りの足取りを追っていた。

闇社会の一員で襲撃の時、偶然居合わせていなかった、主にデミヒューマンを魔力で

思い通りに操り、娼婦として働かせている悪党であった。

その中にアバルー難民の生き残りが目撃されているという情報から絶対に捕縛または

抹殺が必要な奴であった。

美猫は例の魔力殺しの眼鏡を掛け老けメイクを施し老婆に化け、

鉄と一緒に寂れた歓楽街で被害者らしきデミヒューマンを探していた。

田舎から孫を探しているお祖母さんという設定であった。

鉄は容姿を活かして道案内の親切な托鉢の僧侶に化けていた。

ふと、路地裏の方から小さな悲鳴が聞こえたような気がして2人は物陰に隠れながら

様子をうかがった。

「お許しください、帰してください、私はもう十分働きました、これなら収容所に戻った方がマシです。」

殴られて顔を腫らしたワーフォックスの少女が泣きながら訴えかけていた。

「喧しい、泣き言を言うならお前の代わりなど幾らでもいるのだから我の贄にするぞ。」

としわがれ声を荒げた、黒い帽子にサングラス、黒いスーツに黒いマフラーを巻いた、

黒ずくめの男が少女に殴る蹴るの乱暴を働いていた。

「鉄さん、大至急みやちゃんを呼んで、直ぐにここへ来るようにって、

大和さんと一緒にいるはずだから。」

「美猫ちゃん了解だ。」

鉄は音を立てずに表通りに向かって走って行った。

「では、今の私のできることをやりますかね。」

と小声で独り言を言うと黒ずくめの男に近づいて行った。

「あらあら、娘さん泣いているじゃないか、乱暴なことはおよしよ。」

美猫はいかにも老婆の声で話しかけた。

「なんだ、糞ババア、余計な口出しするとその首へし折るぞ。」

黒ずくめの男は恫喝した。

「なんだって、よく聞こえないねぇ。」

「もっと傍によって来て、言ってくれないかい。」

黒ずくめの男は舌打ちしながら、

「しょうがねえババアだな。」

と顔を美猫に近づけた。

美猫は突然、黒ずくめの男のサングラスを叩き落として聖別された銀の細身のナイフで

男の両目を抉った。

そして、

「ババア呼ばわりされたんじゃたまんないよぉ。」

と啖呵を切った。

「ギャー、目が、目が。」

男は突然の美猫の奇襲にパニック状態になり地面を転げまわった。

ちょうどその時、雅と大和警部補が鉄の案内で駆け付けてきた。

雅のワイヤーが飛んできて、黒ずくめの男、正体のばれたデミバンパイアを拘束した。

ワイヤーにきつく締め上げられデミバンパイアは気を失い口から泡を吹いていた。

大和警部補はアバルーの収容所に連絡を取り、やがて車が寂れた歓楽街についた。

虫の息になったデミバンパイアを収容所の担当官が慎重に拘束具に固めて車の荷台に乗せ、

収容所に向かって去っていった。

美猫は老婆の姿のままワーフォックスの少女を介抱していた。

雅はワーフォックスの少女に治療の必要があると判断して病院へ連れて行った。

そして少女が意識を取り戻したので、収容所に戻らなくてもいい方法を説明した。

美猫はずっと老婆の格好のままだったので、少女は本当に老婆だと信じていた。

結局最後まで美猫は正体を少女に明かさなかった。

雅は美猫が老婆の格好のままなのを不思議に思って聞いてみた。

「彼女、私のことを自分のお祖母ちゃんみたいに思っている様だったからそのまま

この格好でいた方がいいかなって。」

美猫の優しさに雅は心が温かくなるのを感じて言った、

「今日は大活躍の上、大手柄だから何かご褒美を挙げないといけないな。」

 

8、空港無情と後日談

 

英国から国際空港に着いた飛行機が1人の真祖バンパイアにハイジャックされた。

正確には配下にデミバンパイアを10名ほど従えて、危険極まりない状態だった。

飛行機にはお忍びで政府の要人が乗っていたため、手荒な手段は取れない。

真祖バンパイアの名はエルクス・エルメキウス、アバルーの亜人収容所の大規模な叛乱

の首謀者、無期懲役犯の凶悪バンパイアハーフ、マルクス・エルメキウスの父親であった。

犯人側の要求は無期懲役犯のマルクスの解放と海外への亡命で政府としては国のメンツと

して受け入れられないものであったが、さらに犯人側は政府が要求を無視するようなら人質を

1人ずつ殺害すると予告してきた。

しかし、肝心のマルクスがアバルーの亜人収容所を出ること、そして父親のエルクスの

全ての要求を拒絶した。

そこでネゴシエーターの出番となった。

一方では政府は滅殺機関の制圧部隊を空港に待機させ強硬策をとる準備もしていた。

現在、国内には有資格者が他にいないという理由だけで海外よりベテランのネゴシエー

ターが来るまでの繋ぎとして一時的に全く経験のない四方野井雅が呼付けられた。

初の任務にとても不安な雅のそばには美猫と大和警部補が応援に来ていた。

「マルクスの奴、世の中だけじゃなくて父親にも恨みを持っていやがったようだな。」

「3か月前の叛乱といい今回のハイジャック事件の対応といい、自分に得になるような

ことは一つもないのに、ただ世の中が自分に振り回されるのを楽しんでいやがるようだぜ。」

大和警部補は困惑して言った。

「ほんとに迷惑するのは立場の弱い私たちのような亜人なのに、もしかして亜人にも何か

恨みでもあるのかな。」

美猫は不思議そうに言った。

「それは直接、マルクスに聞いてみないと分からないな。」

雅は諦観したように言った。

「とにかく、犯人を刺激しないで時間稼ぎをして一人でも多くの人質を解放しないとい

けないからなあ。」

「私も行くよ、私はみやちゃんのアシスタントなんだから。」

美猫の身を心配して雅は、

「危なくなったら一人で逃げられるか、いざとなってもネコを守りきる自信が無いんだ。」

噛んで含めるように言った。

その時飛行機の方から炸裂音が響き、待機していた滅殺機関の制圧部隊の姿が見えない

所からどうやら強硬策を独断で開始したようだった。

「馬鹿な犠牲者が出たらどうするつもりなんだ。」

大和警部補が苦虫をつぶしたように言った。

やがて、静かになった飛行機から犯人側からの通信が入った。

「制圧部隊は私の魔力で地に貼っている、馬鹿な真似をしたな飛行機が使い物にならなく

なったぞ。」

「代わりの飛行機を早く用意したまえ。」

「制圧部隊は新たな人質として飛行機の用意が出来るまで其の儘晒し者にしてやろう。」

「じゃネコいこうか。」

雅は日輪の十字架を携え、美猫に、

「滅殺機関の制圧部隊を倒して、今なら犯人側も油断しているはず。」

「ネゴシエーターの仕事の開始だ。」

大和警部補は黒猫に変化すると

「この姿なら相手も油断するだろうから、俺もついて行こう。」

雅、美猫と黒猫がハイジャックされた飛行機に向かって歩いて行った。

「エルクス・エルメキウス、話がある、出てきてくれるか。」

雅は飛行機に向かって呼びかけた。

飛行機から配下のデミバンパイアを先頭に真祖バンパイアエルクス・エルメキウスが

降りてきた。

滅殺機関の制圧部隊を魔力で瞬殺している所為か余裕があるようであった。

「君は何者だ。」

「僕はネゴシエーターだ。」

「あなたと交渉に来た。」

「君はバンパイアハーフなのか。」

「認定3か月のひよっこですが、一応そういうことです。」

「まさか、君が四方野井雅君なのか、あの侯爵様の一粒種の。」

エルクスは膝をつき頭を下げた。

「エルクスさん、頭を挙げてください。」

雅は特にプライドの高い真祖バンパイアがいきなり頭を下げたので驚き困惑した。

「僕はあなたに頭を下げさせるようなものではありません。」

「私の父がどんな人物なのか全く知りません。」

正直に自分は実の父会ったことすらないこと告げた。

「僕はただのネゴシエーターとしてあなたの前にいるのです。」

日輪の十字架を黒猫に預け、丸腰であることを意思表示した。

「あなたが釈放と亡命を要求しているあなたの息子は自らの意志で釈放と亡命を拒否

しました。」

「さらにあなたとの面会も今まで拒否し続けているようですね。」

雅は今までのマルクスの経緯からエルクスの希望を受け入れる可能性の低いことを伝えた。

「もし、あなたがあなたの息子マルクスに伝えたいことがあるなら、ネゴシエーター

の立場ではなく、同じバンパイアハーフとして伝えましょう。」

「僕なら同じ立場だからもしかしたら話を聞いてくれるかもしれません。」

雅はエルクスに自分にできることを正直に伝えた。

「ではマルクスに伝えてくれ。」

「お前が中途半端な存在と思い込んでいるバンパイアハーフとして生まれたのは

お前が手にかけた母親の所為ではない、私が人間の女性を愛したのが悪いのだ。」

「確かにあなたの言葉をマルクスに伝えましょう。」

「それでは、すべての魔力を解いてみんなを自由にして頂けますか。」

その時黒猫の咥えていた日輪の十字架を引っ手繰った者がいた。

「貴様の息子マルクスは私の愛しい弟たちの仇、エルクスこの怨み思い知れ。」

エカチェリーナ・キャラダイン少佐が日輪の十字架を握りしめエルクス・エルメキウスの

心臓を一突きにした。

その途端配下のデミバンパイアが塵になって崩れ始めた。

雅は放心状態のエリカを突き飛ばし、エルクスに刺さった日輪の十字架を抜いて介抱した。

「どのみち私は助からんよ、これも晩節を汚したものにふさわしい最期じゃないか。」

雅は気弱なことを言うエルクスに

「あなたは真祖バンパイアでしょう、こんなものじゃ死なないはずじゃ、大日如来の

梵字も閃かなかったし。」

「それは日輪の十字架だろう、そいつに刺されると不死族じゃないメゾバンパイア以外の

バンパイアは全て葬られるんだよ。ただ、デミバンパイアより効き目が遅いだけだが。」

「これでやっと死ねる、長い人生だった。最後までマルクスと和解できなかったのが

心残りだが。」

それだけ言い残すと静かにエルクスの体が透けて行きやがて消えてしまった。

雅は一粒涙を落とすと振り返らずに歩き始めた。

美猫も黒猫も黙って後について行ったが何も声を掛けることができなかった。

 

事件は政府の手で極秘のうちに、片づけられた。

結果的には人質に被害者は出なかったため、雅のネゴシエーターとしての初仕事は、

苦い結末ながらも成功だった。

 

雅はアバルーの亜人収容所に赴き、マルクス・エルメキウスに面会を申し入れた。

何故か頑なだったマルクスが不思議なほど素直に面会に応じた。

「あんたが四方野井雅か、親父がずいぶん迷惑かけたようだが。」

ちょっとふざけた調子で話しかけてきた。

「あなたの起こしたこの収容所の叛乱に比べれば迷惑のうちには入りませんよ。」

雅は辛辣な皮肉を言った。

「あなたは3人しか手にかけてないそうだが、あなたの解放した凶悪デミバンパイアの

所為で命を落とした人間、亜人ともに100人を下らない。」

「それに比べれば今回のハイジャック事件の犠牲者は全くいない、強いて言うなら

あなたのお父上1人が犠牲になったようなものだ。」

流石のマルクスも沈黙した。

「あなたのお父上との最期の約束なのであなたにお父上の言葉を伝えます。」

「「お前が中途半端な存在と思い込んでいるバンパイアハーフとして生まれたのは

お前が手にかけた母親の所為ではない、私が人間の女性を愛したのが悪いのだ。」と。」

「お父上の最期の言葉は「これでやっと死ねる、長い人生だった。最後までマルクスと

和解できなかったのが心残りだが。」です。」

雅は淡々と伝えた。

「親父~。」

とマルクスは今まで抑えていたものを爆発させたように号泣した。

マルクスは心の底ではエルクスを愛し尊敬していたのである。

バンパイアハーフという中途半端な自分という存在が許せず、強い自己嫌悪と人間である

自分の母親への憎悪となったのである。

さらに憎んでいたはずの母親に対してもやはり心の底では愛していた。

母親はマルクスの手に掛かって死ぬ間際になっても恨みすら言わずに許してしまう愛情を

持ち続けていた。

マルクスの精神はもはや正常には戻らなかった。

そんな優しさが理解できず通りすがりの2人の子供を生きながら引き裂き八つ当たりを

した。

当然のことながら罪人となった自分が父親と会うことは父を汚すものとして面会を拒み続けていた。

少し落ち着いたマルクスが雅に話し掛けた。

「勝手な言いぐさだと思うだろうがあんたに聞いてもらいたい。」

「バンパイアハーフってなんだと思う。」

あまりにも唐突な質問だったので雅は答えに窮した。

「俺は今の今まで中途半端な存在だと思っていたがあんたを見ていると違うような気がするが

あんたは自分のことをどういうものだと思っているんだ。」

雅はマルクスが思っていたより純粋で子供じみているように思った。

そこで、自分の考えを素直に話してみた。

「ただ、父親が真祖バンパイアなだけで単に人間と亜人の間に生まれた子供なだけじゃ

ないのかな。」

「他の亜人と違って真祖バンパイア同志では子供が作れないから、子供が欲しいから

人間の妻や夫を迎えるんだろうと思うよ、他の亜人同士や亜人ハーフ同志でも子供が

出来難いらしいし。」

「子供が出来ないのは魔力の強さや生命力の強さもあるようだし、真祖バンパイアだけに

限らないじゃないのかな。」

マルクスは何かに気が付いたように雅に言った。

「真祖バンパイアだけが特別な者で無いなら俺の親父もただの父親ってことになるなあ。」

 

面会時間の終わりが近づいてマルクスは

「あんた、変わっているというか不思議だなあ、あんたに掛かると亜人も人間もないなあ。」

「僕はバンパイアハーフだって判ったのは最近のことでそれまで、

人間として亜人のことも何も知らずに育ったからじゃないのかなあ。」

「また会いに来てくれないか、あんたと話すと楽しいぜ。」

意外なことをマルクスが言い出した。

雅もマルクスの悩みが他人事ではないことを知り、また面会に来ることを約束した。

 

今回の空港のハイジャック事件において制圧部隊の独断専行、投降したハイジャック犯

の私怨による殺害等、滅殺機関の責任は重かった。

しかも新米ネゴシエーターの初仕事の成功と比べ無様だった。

エカチェリーナ・キャラダイン少佐は階級の降格等の表向きの処分は何も無かったが

当分の間、全ての作戦に参加することを禁じられ、実質謹慎処分であった。

9、インターミッション1

 

魔窟呑み屋銀猫に意外な人物が現れた。

エカチェリーナ・キャラダイン少佐であった。

格子戸をガラリと一気に力一杯開けて。

「ここか呑み屋銀猫は。」

「あの~お客さん、開店は17:00時からで、未だ準備中ですけど。」

一人の猫又ハーフの若い娘が怖々そっとあまり刺激しないように声を掛けたが、

エリカの一睨みで悲鳴を上げてしまった。

「まあ、お客様に失礼じゃないの。」

銀はエリカに、

「すみません、あの子はまだ新米なもので。」

と丁寧に謝りカウンターへ案内した。

「まずは一杯。」

とかなりアルコール度数の高い焼酎らしき物を差し出した。

エリカはそれを一気に飲み干すと銀に話しかけた。

「ここには四方野井雅がよく訪れるそうだが、本当か。」

「そうですね、警視庁保安局亜人対策課の大和警部補と一緒によく来られますね。」

銀は正直に答えた。

「警視庁保安局亜人対策課の奴こんなところで四方野井雅を接待していたのか。」

エリカはさらに一気に飲み干すと警視庁保安局亜人対策課に対する敵意をあらわにした。

「私の個人的な意見なんですが特に接待とかじゃなくて大和さんとは単なるお友達ですよ。

第一、支払いは何時も仲良く割り勘だし。」

銀は2人の親しい間柄を正直に答えた。

「雅は警視庁保安局亜人対策課の警部補とそんなに親しいのか。」

エリカはさらにそれを一気に飲み干した。

「後は事務所の皆さんと来られたりもしますが高田さんは下戸だから全然飲まないし

美猫ちゃんは食べるのが専門で全く飲まないし、紀美ちゃんがあまり強くないのに

無茶飲みして1人で沈没して雅君たちが皆で介抱して送っていくのが日常茶飯事で

楽しく飲んでますよ。」

「あの乳眼鏡の奴、実にけしからん。」

エリカは忌々しそうにさらにそれを一気に飲み干した。

こっそりと美猫とさつきがカウンターから見えない位置から危険な生物を観察していた。

「今飲んでいるあれって無水エタノールに怪しげな漢方薬を加えた最早お酒とは呼べない

やつだよね。」

さつきが怖々呟いた。

「あたし、とても嫌な予感がするよ、さつき今のうちに皆を連れてここから避難しよう。」

美猫とさつきは他の5人の猫又ハーフを連れて店の外へ避難した。

銀はみんなが退避したことを確認した後エリカにさらにダメを押した。

銀は古そうな壺をエリカの前に置き、

「これはうちの店の秘蔵の古酒なんですよ。」

「今日は特別に私のおごりで差し上げます。」

「では、一献。」

さっきの謎のお酒?以上に禍々しさを湛えた液体をエリカのコップに注いだ。

これまでの人生において全く怖いもの知らずのエリカは迷うことなく一気に飲み干した。

そして遂にエリカは沈没したかのように見えた、しかし大量の鼻血を吹いた後、鼻から煙を吐き、

目を血走らして暴れだした。壁をぶち抜き、柱を叩き折り、いすやテーブルに

ぶつかるを幸いに粉砕し、文字通り木端微塵にした。

全てが瓦礫と化したところでエリカの燃量が切れたらしく、瓦礫の上で大の字になって

大きな鼾をかいて寝こけていた。

「テヘ、一寸やり過ぎだったかな。」

銀は美猫とさつきと他の5人の猫又ハーフたちの白い視線に堪えていた。

やがて雅と大和警部補がやって来て、この光景を見て唖然とした。

「下手にトラ箱に連れてくのも危険だろうなあ。」

「正直警視庁としてこれにはかかわりたくないなあ。」

結局滅殺機関が全ての責任を取って全額弁償することになった。

新築新装開店と相成った魔窟呑み屋銀猫は元のあばら家から最新建築の高耐久木造家屋

となり、エリカのおかげでエアコン、ウォシュレット等の最新設備を手に入れた。

当のエリカは醜態をさらしてかなり落ち込んでいた。一服盛られたとは思ってないので

銀に迷惑をかけたと思い込み、頭が上がらなくなってしまった。

 

10、インターミッション2

 

美猫は雅と同居していることを紀美にあてつけるため自分で服を選んだりせずに、

「これ、みやちゃんが選んでくれた服なの、いいでしょう。」

と自慢していた。

当然のことながら雅が仕方なく(といいながら結構楽しそうに)美猫の服を買っていた。

さらに困ったことに下着も雅に買ってきてもらうことに全く抵抗が無いため、

少しおしゃれなものをランジェリーショップで女子店員の目を気にしながら

赤面しながら購入しているのである。

いつものように雅は古着屋で美猫の服を選んでいると、いきなり襟首を掴まれた。

「何をしているんだ、女性の服に興味があるのか。」

エカチェリーナ・キャラダイン少佐だった。

仕事から干されて少しやさぐれているようだった。

「美猫に着せる少しおしゃれに見える服を選んでいるんだ。」

「なんだとガキのくせに生意気だ。だったら私の服も見立ててくれ。」

突然のエリカの申し出に雅は少々面食らったがこの前の事件で少し元気が無い様だった

ので引き受けることにした。

しかしながらエリカの体格に合う服となると当然可愛いものが無かった。やはり軍服か

ミリタリーしかちょうどいいサイズが無かった。

たとえあってもなぜここにあるのかはわからない男性向けの女装用だったからエリカが

事実を知ったら傷つくだろうと思って黙っていた。

雅は男性用の服を女性がかわいく着こなすおしゃれがあるということを知らなかったので

エリカという素材は難物中の難物だった。

まずワンピースはウェストがきつかった。

いっそのこと上はニット地のキャミソール。

下はカットジーンズを見繕えば何とか可愛くなるだろうと奨めてみて試着させてみると

なんとなくビッチっぽい感じなのと当のエリカも不満そうなので本当に困ってしまった。

そこへ折悪しく稲原紀美があらわれた。

紀美はエリカの軍服以外の衣装を見るのは初めてだったが第一印象をストレートに言った。

「あら誰かと思ったら脳味噌筋肉さんじゃないの。」

「随分と薄汚れているからわからなかったわ。」

「ふん、乳眼鏡か。」

「この服は雅に見立ててもらったのだ、貴様なんぞにこの服の良さがわかるまい。」

エリカはさっきまでの不満げだった様子も吹き飛んで自信を持って自慢し始めた。

紀美は驚いて雅に詰め寄り、

「雅君今すぐ私の服も見立てて頂戴。」

雅は紀美の剣幕に圧倒されてなし崩しに紀美の服まで見立てることになった。

大体、チープシックファッションの代表みたいな古着屋でブランドモノをバリバリに

着こなす紀美の服選びは雅にはかなり無理があった。

下手に流行りの終わった服を着せても可笑しいだけだからである。

しかし、古着屋はその流行の終わったものの集積地なので余程のセンスが必要と

されるのである。

途方に暮れる雅の肩をポンと叩くものがあった。

白猫銀であった。

雅にとって地獄に仏であった。

これまでの事情を話して銀に協力してもらうことにした。

「雅さん名案があります、紀美ちゃんは雅さんに見立ててもらったという事実が欲しい

だけなんですよ。」

「だから適当に似合いそうなものをあてがってやれば満足して帰りますよ」

「例えば、この地味子服一揃いこれで十分満足するから大丈夫ですよ。」

銀の悪魔の囁きに雅はそのまま素直に乗ってしまった。

紀美はそんな事とはつゆ知らずそのまま地味子服を試着した。

「似合うかなあ、雅君。」

エリカは服には全く無頓着であったがいつもの紀美の派手な衣装よりもよく思えたので

「流石は雅の見立てだ、いつも化粧臭い乳眼鏡が清楚な乙女に見えるぞ。」

と一応誉めたので紀美は有頂天になり、

「雅君ありがとう、この服大事に着るね。」

とほくほくした表情で家路を急いだ。

エリカも雅の見立てた服を買ってウキウキしながら帰っていた。

後に残された雅は大きなため息の後、

「銀さん本当に今日は助かりました、実は女性の服の見立てなんてできないんですよ。」

「ネコは本当にお任せなんで、実際にネコが着ている姿を思い浮かべて選ぶだけなんで、

最近漸く慣れてきたところなんですよ。」

「あらあら、美猫は雅さんに本当に愛されているわね。」

銀は雅を冷やかしながらも羨ましく思った。

 

 


 
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