No.712780

恋姫†無双 八咫烏と恋姫 2話 紀州人、冀州王に出会うのこと

紀州人さん


天下一の色男にて戦国最大の鉄砲集団、紀州雑賀衆を率いる雑賀孫市は無類の女好きにして鉄砲の達人。彼は八咫烏の神孫と称して戦国の世を駆け抜けた末に鉄砲を置いたが、由緒正しき勝利の神を欲する世界が彼に第二の人生を歩ませた。

作者自身、自分の作品を良くしたいと思っておりますので厳しい感想お待ちしております。

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2014-09-01 02:10:15 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:846   閲覧ユーザー数:807

恋姫†無双 ~孫市伝~

 

 

 

 

 

冀州勃海の城下に変な男が来たと言う噂は孫市が町に来た昼頃に広まった。

 

孫市は城下で浮浪者のように眠り、朝目が覚めるとさっそく町を見て回った。なるほど、日ノ本とは違う建物の作り方だと思った。ちょうど城下の中央辺りで馬市が行われていた。いつまでも風呂敷を背負っているわけにもいかないが、野盗から借りた金で買えるかどうかが心配であった。

 

「この馬なんぼじゃ」

 

そう言って孫市が指差したのは隅に立っていた小さな馬だ。とても孫市のような巨漢は乗れそうにない、身体が泥などで汚れていてとても商品には見えないが安そうだ。

 

「そいつは売物じゃないが、どうしてもってなら銀一枚だな」

 

この時代の中国の金の価値や通貨は複雑で価値もよく分からないので金、銀、銅といった風にしておこうと思う。

 

この国の通貨価値は分からないが孫市は袋から無造作に金を掴みとると銀三枚を無造作に投げた。

 

「余りは酒でもくらえ」

 

おかしな奴が来た、とみな思ったのも無理はない。異様な服装で威風といった巨漢が薄汚れた小型馬に風呂敷を積む。人の目を引くとはこの事だろうか、くるりと背を向けて立ち去ろうとするとその背に黒く染め抜いた絵で鴉が飛んでいた。

 

「八咫烏だ」

 

町の父老は知っていたようだ。ならばあれが予言の八咫烏か、と聞かれたがそこまでは分からずと黙り込んでしまった。昨晩流れ星が落ちたと言っていた男が居たがまさかあの狂人が、とみなの視線は孫市の背に注がれたが、まさかな、とあれが八咫烏ではないと答えを出してしまった。この後に八咫烏の化身を名乗る者が全国に跋扈することになるが、孫市は勃海の城下で八咫烏ではないかと噂されるようになった。

 

孫市は馬を買った足で城下の武器屋や鍛冶屋を見て回ったが鉄砲は置いておらず、古い武器や試行錯誤の波が押し寄せているのか変わった武器が多かった。鍛冶屋の親爺にこれを作れるかと弾を見せたところ、型があれば作れるとのこと、特注してもらうには金が無いので諦めた。

その日の夕方、また孫市は城下に現れた。何もかもが珍しいと言った具合に辺りを見渡し、ときおり女の尻を追いかける。道の端で娼婦を見つけると舐めるように見る。

 

「見えるぞ、見えるぞ」

 

娼婦たちの着物の隙間から白い脚が見える。それを歩きながら言うのでまるで気狂いだ。それを夜まで続けた。翌日も同じようにして孫市が勃海に来てから一週間が経った。最初は白い眼で見られていた孫市であったが無頼漢に襲われていた少女を助けてから人々の見る目が変わった。少し腕の立つ旅の武芸者、と見られるようになった。よく見れば顔を悪くない、娼婦たちが自分と寝ないかと持ち掛けることもあったが孫市は全て断って酒を酌み交わすだけであった。

 

そうやって一週間を過ごして遂には金は底をついた時に城下に立て看板が置かれた。なんて書いている、孫市は書かれている字を読むが言葉が違うようだ。漢字だけの文であり、読めずにいると隣の男性が教えてくれた。

 

「武芸大会があるんだよ鴉さん。あんたも出てみないか?」

 

なるほどそう読めなくもない、漢字だけだがそう言われてから見ると武芸なんとか大会なんとかと書かれている。賞金も出るとのことである、この町の統治者である袁紹という女が戯れで行うようだ。

 

「どこに行けば出れるんじゃ?」

 

男性は孫市に快く場所を教えてあげた。

教えてもらった所に向かうと受付があり、紙に名前を書けばいいらしい。鈴木重秀と書き、出身も聞かれたので紀州雑賀と答えると受付の少女は首を傾げていた。

 

袁紹という女は金髪で髪が螺旋を帯びている、異様な格好に変わった女だなと孫市は思った。開会演説に混じって自画自賛するようなことを見物に来た民に向かって言っている。

 

彼女が主催した武芸大会は武器は何でもあり、半殺し程度なら構わないとのこと。孫市は武器を持っていない、持っているとすれば懐の大きな鉄扇だ。鉄砲も馬も他と一緒に宿に置いてきた。こんなことなら武器屋で安い槍でも買っておけばよかったと考えていると、袁紹の演説が終わり、名を呼ばれた。初戦から自分か、相手は誰だろうか。先ほど美しい女性も見たので戦うなら美女が良い、と思いながら孫市は舞台に立った。相手は筋骨隆々の大男。身の丈にぴったりな大斧を持っている。

 

「さあ、試合開始です!」

 

眼鏡をかけた少女が実況を始めた。

何やら燃える気がする、孫市が鉄扇を持って呑気に背伸びをしていると大男がまき割りをするかのように斧を振り落とした。それを寸での所で身を反らして避け、大男を見た。なるほど良い身体だ、よく鍛え抜かれている。

 

次の攻撃が来るのと同時に大男の身体が宙を舞った。その一撃で勝負は決まった。その後の試合も孫市は手振りおかしく舞うだけで相手が宙を跳び、地面に叩きつけられて伸びてしまう。全試合一撃であったが孫市は釈然としないと言った風に舞台から降りるのだ。あれだけ女の出場者も居たのに一回も当たっていない、それが気に食わなかった。

 

そして決勝戦、待ちに待った女の対戦相手が現れた。

 

「さぁ、ついに決勝戦です。ここまで全ての試合を一撃で勝ち抜いてきた西涼の馬超選手と、これまた一撃で勝ち抜いてきた冀州雑賀出身との鈴木選手ですが、雑賀という地名に聞き覚えはありません。旅の武芸者とのことですが」

 

「じゃから紀州じゃ!」

 

「ええ、冀州ですね」

 

「ああ、もうそれでよいわい!」

 

「では、試合開始です」

 

試合開始の銅鑼が鳴り響き、孫市と馬超という少女と見合った。

馬超の武器は十文字槍だろうか、孫市は可憐な少女が物騒な物を持って似合わないな、とその少女を見詰める。だが彼女の戦いぶりは見物していてかなり腕の立つ女だと分かっていた。並の者では相手にもならない、自分も本気でいかないと恥をかくことになりそうだと気を引き締めた。

 

「私は西涼にその人ありと言われる馬騰が娘、馬孟起」

 

名乗り口上を高々に終えると馬超は十文字槍の刃先を孫市に向ける。馬超は準備万端だ。

 

「お主かわゆいのう」

 

孫市がそう言うと馬超の気が抜けた。前方につんのめりそうになるが堪える。

 

「いや、あそこの袁紹というおなごも美人で、側近の二人もかわいい。しかしお主も負けとらんわい」

 

「こんな時に何を言ってんだ! さっさとかかってこい!!」

 

馬超の顔は赤面している。

生娘だな、と孫市は思った。不敵な笑みを浮かべていると馬超が切れたように槍を突いてくるのを孫市は戯れるようにかわし、でんぐり返しで槍の下を潜って馬超の背後に回り込んだ。

 

「うぶなおなごよ」

 

耳元でそう呟き、最後に宿に来ないかと誘うと耳まで赤くなり槍を振り回し始めた。

これしきの事で熱くなるとはまだまだじゃな、孫市は十字の刃を避ける。向こうも本気だが孫市も避けるのに本気だ。相手が女だからという事で笑って戦っているだけで馬超が弱いと言う訳では無い、そして一瞬の隙を突いて馬超の腕を掴んだ。

 

「ほれ」

 

馬超の身体は弧を描くように投げられ、地面に叩きつけられる。

 

「おなごは軽いから手応えが無いのう」

 

放り投げた方の手を擦りながら呟いた。

その言葉通り、馬超は何事も無いように起き上がる。咄嗟に受け身を取ることにも成功しておりダメージは無いと言ってもいいだろう。その後、馬超の槍をかわし続けるが女を殴れない色男の孫市は苦戦するはめになった。これは当たると思われた攻撃を孫市は大きな鉄扇で防いだ。なんと重い一撃だ、本当に女なのかと一瞬疑ってしまった。

 

「この孫市が」

 

目の前の女をまさか疑うとは、自分もまだまだだな。孫市は距離を離すと鉄扇を開き、手振りおかしく舞い始めた。

 

「紀州雑賀の酔狂人。鈴木重秀とはわしのこと・・・」

 

馬超も観客たちも呆然とその光景を観ていた。この鈴木重秀という男は下手な玄人に舞い、即興で歌い始めた。程々に下手で愛嬌があってよい、観客は口元が緩んでいたが対戦相手の馬超は堪忍袋の緒が切れた猪のように真っ直ぐ突っ込んできた。

何処を狙っているのか手に取るようにわかる、いくさ場では熱くなりすぎてはいかん、程々にアホにやらんとな。孫市は広げた鉄扇を胸の前で構えて馬超の槍を向け止めようとした。

 

「おぉ!?」

 

だが思っていたより、強烈な突きだったので思わず声が漏れる。味わったことが無い鋭さまである。かつて織田軍の追撃を行っているいくさで殿軍で待ち構えていた槍の又坐と称される前田利家と槍を交えたことがあったがそれ以上、と孫市は思った。その前田利家との勝負はつかなかったが今回は自分が負ける、と頭によぎった。

 

胸まで紙二枚といった所で咄嗟に鉄扇を畳んで槍を止めた。その時、高みで見物していた袁紹が高らかに声を上げた。

 

「そこまでです! この勝負引き分け。よって両者優勝とします」

 

助かったとでも言うべきか、あのままやっていれば孫市は死んだかもしれない。馬超は納得がいかないと言った風に孫市を睨み付けている。一度も攻撃という攻撃をしてこなかった孫市に不満の一つや二つ言いたくなっていたが観客たちの拍手と歓声で機会を失った。

 

その晩、二人は袁紹の城に招待されて飯を頂くことになった。

 

「おお、これは旨い」

 

こういった飯を食べるのは初めてだが旨いものだ。対面の席に座っている馬超もよほど腹が空いていたのだろう、口に詰め込むように食べている。良い食べっぷりだ。こういう女も嫌いではない、と孫市はその光景を見つつ肉まんを口に詰めた。

 

「御二人の戦いぶり見事でした」

 

一際派手な椅子に座っている袁紹が二人の様子を見ながら言った。この女、名門の出だそうで派手な衣装を好み目立つのが好きな様子に、厚かましいおなごじゃ、と孫市は思った。どうしてこんな女が国を治められるのだ。そんな疑問が浮かぶがそれがこの国の気風なのだろうか。

 

「ものは相談なのですが」

 

話を聞いてみるとどうやらこの袁紹。自分たちを客将、出来ればこの袁家に仕えてはくれないかとことだ。確かに自分はともかく、この馬超という女はかなりの腕だ。まだ荒いが自分を殺す手前まで持ち込んだ者だ。馬超は仕える気はないが、客将としてなら少しの間ここに居たいとのこと。旅の武芸者だそうで路銀に困っているのだろう、さて自分はどうするか、と孫市は考えて袁紹の傍に立っている二人の女性を見る。片方は緑の髪でおまけ程度の身体付きだが、黒い髪の子は肉付きがよさそうだ。うん、と孫市は首を縦に振った。

 

「おーほっほっほっほ! この袁家に仕えられることを光栄に思いなさい」

 

 

翌日、孫市は用意された部屋で眼を覚ました。部屋は香の匂いが充満しており、傍らに女が居ない事を確認して昨晩の内に袁紹に頼んで持ってきてもらった鉄砲の一つ、愛山護法を持った。持つのは久しぶりだ。歳をとってからは眼も悪くなって撃つ機会は無くなっていたが自分は三丁も持って何処に行こうとしていたのか頭の中には見当たらない。自然と孫市の手が動いていた。銃口から火薬と丸めた紙を入れて、朔杖という木の棒で詰め込んで押し固める。火挟に火縄を差し込み、火薬袋から撃発用の口薬を火皿に仕込んだ。香を焚いた時の火種を使い火縄に火をつける、外で試しの空撃ちでもしようかと思ったのだ。

 

「みなも眼を覚ますじゃろ」

 

悪戯そうに、含みのある笑みを浮かべて孫市は愛山護法を肩に担ぎ外に出た。

 

一方の馬超は孫市より少し後に起きた。そして自分が尿意をもよおしていることに気づき、足早に厠へと向かっていたその途中、庭で孫市が足を組んで座っていることに気づいた。何をしているのか、肩に鉄の棒らしきものを掛けて持っている。気になった馬超は孫市に話しかけてみようと思った。何か焼けるような匂いがする庭の隅で、壁の方を睨んでいるため背から近付くことになった。

 

声を掛けようと思ったその時、だぁぁぁん。孫市が愛山護法の引金を引いた。

 

雷でも落ちたのかのような轟音が辺りに轟き渡る、馬超は轟いた轟音で腰を抜かした。耳がキーンと鳴り、何も聞こえなくなっていると孫市がこちらを振り向き、口を開いたが何かを言っているか聞こえない。だが自分の下半身を指差していることは分かった。スカートでも捲れたのか、と馬超は思ったがそんな生半可な事ではなかった。

 

「・・・したか」

 

「?」

 

耳が回復したが肝心なところが聞こえない、よく耳をたてると何やら聞きたくない言葉が聞こえた。

 

「漏らしたか」

 

その言葉に自分の半身が冷たいことに気づく、濡れている。視線を下におろすと地面が濡れて服にシミが出来ていた。それからは馬超の絶叫が轟いた。孫市の銃声にも負けない大きさな声で何かを喚きながら、かんかんに怒った馬超が孫市に食って掛かる。

 

「お前が驚かせるから出ちゃったじゃないか!!」

 

「わしのせいにするでないわい。栓の緩いお主が悪い、さっさと水でも浴びて来い」

 

馬超は真赤な顔で股を抑えながらその場を走り去った。悪いことをしてしまった、いい歳したおなごを驚かせることはもう止めておこう、戯れがすぎたな。火縄を消し、孫市は愛山護法を壁に立てかけた。銃身に刻まれた金の文字象嵌が朝日に光る。

 

愛山護法は織田軍と戦うために譲り受けた代物で、この命を懸けてでも欲した物である。鉄砲仙斎と呼ばれる職人が生涯最後の作品として作ったため、他の鉄砲とは物が違う。孫市の手の中に染み透るように具合のいい銃である。火薬の量にもよるが普通の鉄砲より倍の距離は飛ばせる。昔の記憶を思い返し、黄昏ていると誰かが孫市の背後から話しかけてきた。後ろ振り返ると緑の髪の女が立っている、確か文醜とか言う名前だったな、と孫市は僅かな記憶を頼りに思い出し軽く挨拶を交わした。

 

「鈴木の兄さん。麗羽様が呼んでるぞ」

 

「れい、袁紹がか」

 

麗羽とは袁紹の真名らしい、この女がそう呼ぶから危うく声にしそうになった。この文醜も袁紹には猪々子と呼ばれていた。

 

少し待て、と文醜に言うと愛山護法を担いで部屋に戻った。客将とはいえ今の主を待たせるのは失礼とは思うが何分昨日の酒がまだ抜けきっていないようだ。愛山護法を寝台に置いて、昨晩飯を食べた部屋で待っている袁紹の元へ向かう。

 

「どこじゃったか」

 

確かこっち、あっちと指差しながら城内を歩いていると聞いたことのある高笑いが聞こえてきたため、そこの部屋に入るといきなり袁紹の声が飛んで来る。

 

「この私を待たせるなんてどういう神経をしていますの!」

 

「この城が広いからさ」

 

「当たり前ですことよ。なぜならこの私の城ですから、おーほっほっほっほ!」

 

持ち上げておけばどうにかなりそうな女である。

孫市は文醜そして顔良の二人に恋する乙女よろしく視線を送ると席についた。すると対面に座していた馬超が絡んできたのであしらうように言った。

 

「くさ・・・」

 

馬超の顔が忽ち赤くなる。孫市は破顔するを堪えるのに必死だ。

 

「くない。よく洗ったのじゃな」

 

馬超は言葉なっていない罵詈雑言をばら撒きながら孫市に飛びかかった。それを猫とでも戯れるように手拍子交じりに避ける。

 

「くっはは、袁紹の前ぞ。場をわきまえたらどうじゃ」

 

「お前が言うなお前が! 私に恥をかかせたこと絶対忘れないからな!!」

 

「御二人さん。喧嘩は外でやってくださらないこと」

 

「ほれほれ、はよ直れ」

 

馬超の唸りが聞こえる中、改めて互いに名を名乗ることになった。

 

「私はこの袁家の当主。冀州太守である袁紹、字は本初ですわ」

 

孫市は字が一体何なのかと聞くと四人から白い眼で見られた。説明されてみると名の代わりにも名乗ることがある名前だそうだが、文化の違う孫市には必要性があるのか思ってしまうがこれ以上何か言うと、馬超が自分のことを馬鹿にしてきそうなので黙った。その両隣の緑の方が文醜で黒い方が顔良と袁紹が紹介し、馬超が席を立って孫市を睨みながら名を名乗る。

 

「私は西涼にその人ありと言われる馬騰が娘である馬超。字は孟起、よろしくなぁ!」

 

どうやら恨まれてしまったようじゃ、心の中でそう呟くと次は自分の番だな立ち上がり同じように名を語る。

 

「わしは紀州雑賀の住人、本姓は鈴木、名は重秀。世間に広く通りし名は孫市」

 

「雑賀なんて土地、冀州にあったかしら?」

 

袁紹が先ず思ったのはそこだった。文醜と顔良に聞くが二人も心当たりがないのだろう互いに顔を見合わせて首を傾げる。

 

「鈴木の兄さん、雑賀ってどこにあるんだ?」

 

「ああ、紀州の北の方じゃな」

 

「冀州の北にもそのような土地はありませんけど」

 

どうも話が噛み合わない、この男は何者なのだろうとその場の女性がみな思った。その渦中の男は呑気に顎に生えている無精髭を撫でている。ただの山賊崩れか、もしくは馬鹿か。武の心得はあるようだが何処かの将に仕えていたようには見えない。袁紹は次の疑問を口にした。

 

「孫市という名はなんですの?」

 

「ここでいう真名と同じようなもんじゃ」

 

「・・・それを私たちに預けると言うの?」

 

「わしはお主らのような可憐なおなごらと知り合えるのなら、真名だろうとなんであろうと申そう」

 

「私はお前を信用しないぞ。大会でも本気で戦わなかっただろ」

 

馬超が横槍を入れてくる。孫市はくるりと首を回すとにんまりと笑った。

 

「わしは本気じゃったよ。ただおなごを殴らないだけじゃ、袁紹に止められなかったら死んでたわい」

 

その言葉は嘘偽りでは断じてない、のだが孫市の軽い物腰と口調のお陰で馬鹿にされているようにしか聞こえなかった。馬超は顔が真赤である。

 

「ほれほれ、馬超。そうかっかするな」

 

「それはそうと鈴木さん。こちらにはいつ来ましたの?」

 

「一週間位前かのう」

 

「その前はどちらに?」

 

「いや、その前も何も気が付いたら町の近くで寝とってな」

 

「そうですの・・・」

 

記憶喪失かと袁紹が思ったが次の言葉でそれは消えた。

 

「麗羽様。一週間前と言えば流れ星が落ちた日ですよ」

 

顔良が袁紹にそう言うと文醜が、さすが知力34とはやし立てる。何の数だろうか、孫市は仲の良い者たちだと思っていると袁紹が孫市に話しかけてきた。

 

「八咫烏をご存じ?」

 

「ああ、わしじゃ」

 

その孫市の言葉に袁紹たちだけでなく馬超も驚きの声を上げた。

 

孫市は耳に指を押し込みながら一体どうしたんだと聞くと、八咫烏の予言を顔良に聞かされた。孫市は、確かに自分は八咫烏だがその予言の八咫烏とは違うのではないかと言う。

 

「わしは八咫烏の神孫だが、八咫烏にはなれん」

 

「鴉がご先祖様なのか?」

 

馬超がそう聞いてきたので、うむと答えると室内は笑いの渦に包まれた。袁紹はこの男は予言の八咫烏ではなくただの気狂いだ、そう決めつけてしまう。時が経てば本物の八咫烏が見つかるだろう、立場柄大々的に動けないが溢れんばかりの財力を駆使すれば自分が一早く見つけれるだろう、それまでこの男を傍に置いておくのも一興というもの、用がなくなれば捨てればいいだけのことであった。

 

「笑えるだけ笑え、わしは散歩にでも行ってくるよ」

 

それだけを言うと孫市は部屋から出て行ってしまった。背中の八咫烏がなんとも情けなく見えた。

 

その次の日から孫市は四人との予想とは別の行動を取り始めた。大会の賞金で買ってきたのだろう、大身の朱柄の槍を早朝に千度突き、剣を千度振ってから町に出かけるというなかなかの武芸者振りを見せ始めたのだ。本人は目が覚めるからというだけで行っているらしく、それと朝から汗をかいて昨晩の酒を抜く目的でもあった。

孫市が町で狼藉を働いた男たちを叩きのめした際、相手が乗っていた馬の脚を抱きかかえて放り投げたという話もあった。そして夕暮れになると娼婦たちの脚を覗きながら歩いていくのである。これだけ聞くと本当にただの狂人である。

 

「見えたぞ、見えたぞ」

 

見えた駄賃なのだろうか、買われるのとほぼ同じ駄賃を女たちの前に置いていきその場を立ち去るのだ。その生活を続けて四日も経てば彼は町の人気者になった。鴉の大将や八咫烏様と呼ぶ者も出始める始末。町に住む脛に傷がある者たちも孫市に会えば頭を下げるのである。いわばこの地に二人の王ができたと言うべきか、只者ではないと町の住人と袁紹たちが思い始めたころ孫市がとんでもないことを言ったという噂が町で流れた。

 

孫市が町はずれに立って呆然と城を眺め、

 

「あの城を欲しいやのう・・・」

 

と聞き捨てならないことを聞いた者が御上に知らせてきたのだ。これは袁紹の耳に届き、他の将たちには黙っていたがいずれ知れるだろう。袁紹は、あの男は本当に気が狂っていると心で呟いただけであった。その夜のことである。

 

 

「また太ったかな」

 

自室で寝巻き姿の顔良が腹を摘まみながら鏡の前で立っている。この女の悩みは自分が太りやすい体質と太っている――と、本人は思っている――事である。戦いでもあればいい運動になるのだが近隣の賊は全て退治した今は、身体が肥えるのが唯一の悩みであった。そこにあの男がやって来た。孫市である。

 

戸の外で、入るぞ、と言うと答えを聞かずに入ってきた。顔良は慌てて腹を隠した。

 

「なんですか鈴木さん! 勝手に入ってこないで下さいよ!」

 

「いや、お主が腹の肉を溜めていると文醜に聞いてな」

 

あの馬鹿と心で怒っていると孫市が顔良の顔を覗きこんで、ぽつりと言った。

 

「綺麗な目じゃのう」

 

「え・・・?」

 

無邪気な笑顔に満ちた顔を離すと顔良の寝台に孫市は腰を下ろして手招きする。

 

「そこは遠いぞ」

 

来い、来い、と顔良を手招きする。

まさかこの男は自分を、と顔良はそこから先は考えなかった。本気なのだろうか、女と寝るなら町の娯楽店に行けばいいのに袁家の将である自分、袁紹の腹心である自分の部屋に来るなんて後で首を斬られても文句は言えない。ここで自分が大声を出して孫市を衛兵に突き出そうと思ったが孫市の無邪気な顔を見て止めた。顔良はその顔につい魅かれ寝台の方に近づいてしまった。

 

「もう少しじゃ」

 

ああ、自分はこれほど魅力的な男と出会ったことが無い。

今まで気狂いと思っていた孫市が腰かけているのとは反対側に膝を乗せた。顔良は耳まで赤く染まっている、釣られるように身体が動いてしまっていたがこれ以上は身体が動かない、もしあと少し孫市に近づけばあの大きな身体に覆われてしまうのだろう。

 

「・・・鈴木さん。出て行ってくれませんか」

 

顔良はもう冗談では済まなくなっていた。自分を食い止めている。幸い、孫市から寄ってこようとはしない。履物を脱ぎ、顔良の方を向いて大あぐらをかいている、孫市という男は自分から捻じ伏せてどうこうしようとするのではなく、魅きよせられた女しかたべようとはしないのだろう。

 

あっ、ともう顔良が気づいた時には孫市の大あぐらの上に寝ていた。顔良の短髪を吟味するように撫で、もう片方の手は寝巻きの隙間から腹の上に乗せている、よく肉付いた腹から温もりを感じるだけでそれ以上何かをするという訳では無い。

 

「旨そうなおなごじゃ」

 

孫市はときおり肉を摘まむだけでそれ以上のことはしない、顔良は安堵したがそれが不満に感じ始めていた。この男は自分を弄んでいる、そう思った顔良であったが孫市の手を払いのけることが出来ない。

 

「これ顔良、何か言いたげじゃが?」

 

「・・・何のことですか」

 

「お主の顔見ればわかる。この孫市は様々なおなごを見てきたからのう」

 

顔良はまた釣られた。どのような女を見てきたのか聞いたのである、このまま釣られていけば最後までいってしまうのではないのか。

 

「上は殿上人の娘から下は乞食女まで触れはしたが、惚れたおなごはついぞおらなんだ」

 

「そうなんですか」

 

「しかし・・・」

 

孫市は腹の手を止めて思いつめたように呟いた。

 

「あの袁紹はうぬぼれたおなごではあるが良いおなごとは思う」

 

「・・・思うですか?」

 

顔良は袁紹のことをダメ太守だと思っているが、ほおってはおけない謎の魅力がある。名門袁家の名を利用しようとして仕官している者も少なからず居るとは思うが自分は袁紹に惚れこんで仕えているのだ。女としても一級品の美貌と思っている。ゆえの疑問だ。

 

孫市は顔良をそっと持ち上げて寝台に寝かすと履物を履いて立ち上がった。

 

「それから先は寝てみなければ分からん」

 

そう確かに言った。

やはりこの男は気狂いだ。顔良は考えを改めることになった。孫市は顔良の部屋からそそくさと出て行くと夜の闇に消えて行った。いきり立った物を抑えに町娘でも抱きに行くのだろう、顔良はそのまままどろみの中に落ちていった。

 

 

翌朝、孫市は馬超と肩を並べて槍を突いていた。相変わらず例のことを根に持っている様子で、いつ槍を横に振ってしまうか孫市は内心冷っとしていた。

 

「馬超の父上は武名高いと聞いとるがどのような男じゃ?」

 

「ああ、私なんか手も足も出ないほど強くてさ」

 

「ほうほう」

 

その父上に稽古をつけられているからこうも強いのか、この娘の才能もあるのだろう。西涼は馬賊の地とのこと、野蛮な血が流れているからこうも男勝りなのだろうと孫市は思った。

千度突き終わり、孫市は剣を手にすると馬超が手合わせしないかと申してきたが、孫市は昨晩抱いた町娘の残り香が付いた指先を嗅ぎながら、面倒くさい、と断った。

 

「なんでだよ!」

 

「だからわしはおなごを殴れん、刃なぞなおさらじゃ」

 

馬超を横目に剣を振り始めると、馬超は頭上で槍を風車のように回して孫市に斬りかかった。まるでこうなると分かっていたように孫市は剣で受け止めると腕を取って馬超をぶっきらぼうに投げた。

 

「真っ直ぐなおなごよ。考えとることが読めるわ」

 

「くそー!」

 

「腕は悪くないのだから、もう少し小手先の技を練習しておれ」

 

軽口を言う孫市であるが、馬超の槍を受け止めた腕は痺れていた。それを隠すように寝転がっている馬超を残してその場を去って私室に戻る最中、文醜と顔良が肩を並べていた。顔良が恋する乙女よろしく視線を孫市に向けている。

 

「文醜、顔良。今日もいい日じゃな」

 

孫市が袁紹に仕えてからこれといったことは何もしていないのだが、兵士たちには人気があった。陽気な性格と事あるごとに踊り、座っていても手だけで踊る。しかし、朝は早くから槍を突いて剣を振る武辺者。何よりも見惚れるほどの巨躯、鎧を着て馬に乗せて戦場に出ればそれだけで兵の士気が上がるとある者は言った。まさに兵を率いる将として生まれたような男だと称す者もいた。

 

巨躯で武に秀でている、簡単に言えば強いだけで兵からの人気を集めるのは当然と言えば当然であった。文醜もこういった男は嫌いではない、むしろ好感を感じる。この頃になると彼女は孫市のことをアニキと呼ぶようになった。

 

「あ、アニキ。今日はどこか出かけるんですか?」

 

孫市はほぼ毎日のように町や近くの村に出かけて行っている。見聞を広めるというのはただの建前で好みの女を探すというのが本音である。

 

「今日は野鳥狩りでも」

 

久しぶりに銃を撃ちたくなっていた孫市であった。その言葉を聞いた文醜と顔良は自分たちも付いていくと言うので孫市は袁紹も誘って近くの山に出かけることにした。市場で買った小さな馬に愛銃である愛山護法を載せ、袁紹らを引き連れて山に向かった。馬超も誘ったがきっぱりと断られた。

 

「なんですのこの馬は?」

 

城を出る際、袁紹が孫市の馬を見てそう言った。孫市は、可愛いじゃろ、と袁紹に答えると鴉にはピッタリと言われた。汚れていた当初と比べれば綺麗になったのだが、袁紹は、そもそも身体の大きい孫市が乗れないではないか、荷物しか運べないほど小さな馬は馬ではないとまで断言する始末。王者の馬とは凛々しく、視線を釘付けする巨躯でなくてはならないと言うのである。確かにそんな馬があれば欲しいが暫く共に過ごして愛着が湧いてしまっていたので、手放す気はないと孫市は決めていた。

 

それよりも孫市が袁紹に思ったのは山に行くと言うのに何とも派手な格好という事だ。首に掛けてある赤い石が日光で光る。馬に乗るので心配はいらないと思うがここまで厚かましい女を見たことが無い孫市は、軽いカルチャーショックを負っていた。

 

「鈴木さん。弓はお忘れで?」

 

「あれはいらん」

 

「じゃあ、どうするんだよアニキ」

 

そう言われて孫市は愛山護法を三人に見せてから馬に載せた。

 

 

城を出て町を抜けて、南にある山の山道を通って中腹まで登り、孫市は山を見渡す。

 

「あそこじゃ」

 

そう言って山頂の方を指差す。袁紹らが上を見上げると番いの灰色の鳥が仲良さそうに飛んでいた。孫市は今からあれを落とすと言うのである、当然袁紹らはどうやって落とすのだと聞くので孫市は愛山護法を馬の背から取り上げる。

左手に愛山護法を持ち、右手で点火した火縄を差し込み火皿に口薬を仕込んだ。弾と火薬を詰め込んであるから射撃準備は整った。

 

「耳を閉じて見とれ」

 

不思議がる三人に片目を瞑り、こちらに飛んで来る番いの野鳥に銃口を向けた。三人は言われたとおりに耳を塞ぎ、孫市も持っている愛山護法を見ている。

 

野鳥が頭上を通過したとき、だぁぁぁん、と山に轟音が木霊する。あっちの山に跳ね返り、だぁぁん、こっちの山に跳ね返って、だぁん、と山に住んでいた鳥や獣を一斉に森の中からを飛び出させた。袁紹の乗っていた馬が驚いて暴れる、傍らの駄馬は耳が悪いのか木の蜜を舐めていた。

 

馬が落ち着きを取り戻すと袁紹らは孫市に問い詰めだす。

 

「なんですの!?」

 

「なんなのよ、もう」

 

「アニキ~」

 

孫市が何かをしたのは明白だった。まだ木霊している音を聞きながら混乱していると孫市の足下の二羽の野鳥が倒れている。その鳥は孫市が落とすと宣言した灰色の二羽であった。

 

どうやら、孫市は一発の弾で二羽を同時に落としたようである。その砲術の神妙さは、さすがは世に響く雑賀孫市であったが、この大陸の者と袁紹らには感心する知識は無かった。

 

「少し火薬を詰めすぎたようじゃ」

 

番いの腹が見事に無いのである。頭から首の皮と連なって羽と足までしか残っていない。

 

「グロいですわ」

 

もっともだろう。最後に撃ってから何年経つのか覚えていない、火薬の量を誤れば撃ち手が死ぬこともあるのだ。袁紹は気を悪くしてしまい、帰ると言うので番いを埋めてから山を下り始めた。

 

「なあ、アニキ。それなんっすか?」

 

「これは鉄砲じゃ」

 

「どういう道具なんですか?」

 

「火薬の力を使って弾を飛ばす武器じゃよ」

 

「火薬をですか?」

 

どうやら火薬はあるらしい、ならば説明すれば理解できるのではないのかと掻い摘んで説明したが、はてな、と三人とも首を傾げた。どうやら火薬で物を飛ばすという概念が無いのだろう。

 

「あんな大きな音を聞けば頭が可笑しくなりますわ」

 

「わしはもう慣れとるよ」

 

「だから頭が狂っていますのね」

 

「かもしれんな」

 

孫市は袁紹の皮肉も笑って流す、もしも相手が男ならば半殺しにしていただろう。機嫌を悪くした袁紹に話しかけようと孫市が近づいた時、森の中から飛んできた矢が袁紹の馬を射った。首に刺さり、激痛に悶える馬に振り落とされた袁紹を孫市が受け止めると、森の中から男たちが二十人ばかりそれぞれの得物もって出てきた。

 

「なんですの!?」

 

腕の上で狼狽える袁紹を下ろして孫市は男たちを見る。山賊だろうか、確かこの辺りの賊は全て退治したと聞いていたのだが、文醜と顔良を見ると二人も驚いている。みな同じこと思っているようだ。そんな事よりも先ずは袁紹を逃がさなくては、孫市は機転を利かして文醜と顔良に袁紹と自分の馬を連れて逃げるように言う。

 

「アニキ。私もやるよ!」

 

文醜がそう言うが武器も何も持ってきていない、それに孫市は、ここぞという場合は自分の腕を一番信用する節がある。

 

「お主らは袁紹を連れて城に戻れ、こやつらはわしが引き受けた」

 

文醜も顔良もしぶしぶと袁紹と馬を連れてその場を去って行く、それを追おうとする山賊たちの前に立ちはだかり、孫市は槍が欲しいと思った。ちょうど眼の前の痩せた男が、木の柄の槍を持っていた。よし奪ってやろうと孫市は槍を突いてくるように手招きした。突かれた槍を左にだらりと避け、槍の首を掴むとそのまま駆けだした。男は引き摺られるが、やがて槍を離した。くるりと山賊たちの方を向くと既に槍を構えている。ぱっ、地面を蹴った。孫市が躍りあがった。

 

 

文醜と顔良が孫市の小さな馬に袁紹を乗せて山道を駆け下りる。登ってきた距離の半分の地点でなぜ山賊がいるのだろうと考えていると、再び山賊が姿を現した。

 

「斗詩!」

 

「猪々子!」

 

もう自分たちがやるしかない。なぜ山賊がここにいるなんて城に戻ってから考えればいいだろう。おそらく銃声で引き寄せられたのだろうが、頭の片隅追いやられていた。二人が孫市の馬に乗せている袁紹の前に立ちはだかり、山賊と一戦せんと意気込むと森の中から血塗れた槍を持った孫市が飛び出してきた。

 

「なんしとる! わしが道を開けるからはよ行かぬか!」

 

孫市がその槍で倒したのは二三人だけである。さすがに二十人も相手にしてられず駿馬の如き足の速さで森の中で撒いてここに来たのだ。横から飛び出してきた孫市に驚いた山賊たちであったが数を利用して孫市の勢いを止めた。孫市の振り下ろした槍を、同じような槍で止めたが、石突きで防御を打ち上げられた隙に孫市の太い脚が打ちこまれる。蹴り飛ばされた男に何人も巻き込まれて天を仰いだ。その隙を文醜と顔良が袁紹を引き連れて抜けて行った。

 

「ありがとアニキ」

 

「無茶はしないでくださいね」

 

「褒めてつかわすわ」

 

「はよ行かぬか」

 

三人の背と一頭の尻を少し追いかけて再び山賊を食い止めた。槍を振るい、斬る突くというより叩き、怯んだ隙に突く。そうやって何人か倒すと森の中に駆けこんだ。付かず離れずの距離を保ち、深くまで来ると走って撒く。袁紹はもう山を下りたのだろうか、孫市は緩い傾斜の崖を滑り降りて山道の出入り口の方へ向かう。その途中で木々の隙間から山の出口まであと一歩の所で袁紹たちが五十人ほどの山賊に囲まれていた。あいつが派手な服を着ているからしつこく追われるのだ、と孫市は内心思い三度袁紹らを助けるべく飛び出した。孫市を見て三人の顔が笑顔に変わるが笑っている状況ではない、孫市が大半を引き受けると文醜と顔良に薄くなった部分を突破するように指示する。山賊から奪い取った武器を振って三人は孫市の馬を引き連れて山からの脱出に成功した。

それを確認して次は自分だ、と孫市は折れた槍を前方の男に投げ捨て、山賊たちを押しのけて森の中に駆けこんだ。出来るだけ袁紹たちから離してから逃げよう、そう考えたのだ。

 

「わしの尻でも啖っとれ」

 

逃げる最中に尻を叩いて挑発する。真赤の顔で追ってくる山賊たちを尻目に孫市は山の西側からの脱出に成功した。その脚で城に戻ると袁紹らと馬超が兵を連れて出ようとしている最中であった。

 

「鈴木さん! ご無事でしたのね」

 

袁紹が心配した風に孫市に近づいてきた。

 

「山賊なぞわしの相手にならんわい」

 

と、孫市はみなを一瞥して城に入って行った。大した傷も負っていないので治療する必要もなく、私室に戻ると袁紹らが追ってきたのであろう、部屋に入ってきた。

 

「礼でも言いに来たか」

 

そうであろう。三度も救ったのだ、礼を言いに来なければ何をしに来たのだ。さすがの袁紹も助けられて礼を言わない女ではない。

 

「私を三度救ってくださったこと感謝いたしますわ」

 

「アタイからも礼を言うよアニキ」

 

「ありがとうございます、鈴木さん」

 

「畏まるな袁紹。わしは今はお前の客将じゃ、それに美女を救うのはわしのような男がすることじゃ」

 

「おーほっほっほっほ! この私の美貌ですもの、守りたくなって当然ですわ」

 

袁紹は逃げた際に乱れた服を正すと孫市にこう言う。

 

「最大の感謝を込めて私の真名を呼ぶことを許しますわ」

 

「は?」

 

(あれだけ走り回って真名じゃと?)

 

そう思って文句の一つや二つを言ってやろうと思ったがある言葉を思い出した。真名とはその者の全てが詰まった名前だ。許していない者が呼べば斬られても文句は言えないほど大事な名だ。それを託すというのは最大の感謝ではないのか。

 

「ならアタイも真名をアニキに預けるよ」

 

「二人がそうするなら私も」

 

文醜と顔良も真名を孫市に預けようとする。ここで受け取らなければ三人に失礼なのだろう、孫市は二つ返事で真名を預かった。

 

「なら次から私のことを麗羽様と呼びなさい」

 

「猪々子って呼んでくれよアニキ」

 

「斗詩です」

 

「ならばわしのことは孫市と呼べ」

 

「ええ、孫市さん。此度の件で今までの無礼を全て許しますわ」

 

「む? わしがいつ無礼を働いたのじゃ?」

 

孫市は今まで誰かに仕えた事は一度もない、そもそも彼は紀州七万石を支配する鈴木家の当主だったのである。言葉遣いは仕方がないと言えば仕方がない、彼の住む紀州には敬語というものが発達していないのだ。袁紹に対しての言葉遣いは彼なりに親しみを込めての話し方である。

 

「この城が欲しいと申していたのではなくて?」

 

それか、孫市は納得した。

まさか聞かれていたとはなんて思いもせず、知っていて当然といった風に納得した顔をすると、あれは麗羽の城があまりにも素晴らしいからつい零れた言葉である、と言うと袁紹は忽ち上機嫌になった。この騒動を機に、孫市は袁家に信頼される武人になったが長い間居る気はないので、いつそれを切り出して後味を悪くせずにここを去るか孫市は考えることにしたが、どうでもよくなり自由気ままに日々を過ごすことにした。


 
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