「魔王は友を失う」
諜報部隊からの情報は魔王を悩ませた。
魔王は今自軍の前線基地にいる。山の頂上に臨時に設けられた陣地。そこに魔神騎部隊を引き連れて魔王はうんうん唸っている。
「具申します」
「全部潰すの?」
「その方が良いかと」
リリーシャは凛とした声で言う。
諜報部隊アサシン。彼らの情報によると前線基地の幾つかにメアドロイドが大量に運び込まれたと記されている。それは魔王を大きく悩ませていた。
「その全てを潰すとカンクリアンはどうなる?」
「崩壊するでしょう。軍で成り立っているような国家です。後はエルニージュの乱をキッカケにカンクリアン全土に波及するでしょうね」
宰相がいの一番で答える。
「それは望ましくないなー」
魔王は顔を渋くさせた。
「ですがメアドロイドが大量にあるとなれば、話は別です。それを使って一気呵成に攻め込まれれば――」
「わかっている。わかっているんだ。だけど腑に落ちない」
リリーシャの危惧ももっともなのだ。ソラという予想外の戦力のおかげもあって、今なお戦線を保てている。しかし、それは危うい均衡でだ。実際何度も崩されそうになっているのだ。それを身をもって経験しているからこそでる言葉。
「だが、国を滅ぼす事になるのは――」
「敵なんだしいいじゃないですか」
魔王は宰相の言葉を睨んで黙らせる。
「そのような啓発な言葉は慎め」
「御意。ですが、カンクリアンを再起不能にさせるのがこの戦争の最終目標です」
魔王は「確かに」と言い重い腰をあげようとする。
「なあ、その大量のメアドロイドって何?」
そこまで黙って聞いていたソラが口を開く。
「何を突然」
宰相が真っ先に口を開いた。
「どうかしたのかソラ?」
魔王はソラの言葉にハッとなり、その意図を確かめようと問う。
「いや、そのメアドロイドが大量にってのが気になってさ」
「そんなのどうでもいいでしょ?」
リリーシャは三白眼になる。シルフィアの顔色も険しくなり、ソラを批判するように睨んだ。
「いいじゃん倒せば。全部終わりなんだよ? それのどこがいけないの?」
「今まで何度も攻められてきたけど、大量のメアドロイドを投入する機会が何度もあったはず。だけど、突然生えてきたようにそれが出てきたのが気になるんだよ」
「確かにカンクリアンの最終目標は我が国の殲滅だ。大量のメアドロイドがあるならば、それを使い、一気呵成に攻め込んでくるなりするのが打倒だろう」
魔王は腰を下ろす。宰相は不満そうに口を尖らせる。
「それを今から行おうとしているのでは?」
「いえ、それだと遅い……我軍が前線の基地を突き止めたので」
リリーシャも考えこむ。
「だから攻めちゃえば終わりじゃん」
シルフィアはつまらなさそうに言う。そこで魔王は笑いながら息を吐いた。
「さて、問題です。この戦争に参加している国は全部でいくつでしょう?」
ソラがハッとなる。
「エメリアユニティからか」
「そういうこと。まあ君のお陰で私も気づけたんだがな」
シルフィアは苛立ちながら首を傾げる。
「ははは、そう怒るな。どちらにしてもすぐに出るよ。君の魔神騎の出番はある。だが、少しだけで時間をもらおう」
魔王はその場にいる全員を眺めた。
「たぶんエメリアユニティのメアドロイドだろう。それで我軍に――敵はまだ兵器を持っているぞ――って思わせたいんだろう」
「なんのためです?」
宰相は努めて常識な事を問う。
「カンクリアン軍を完膚なきまでに潰させるのが目的だ。さしずめ国を崩壊させて同盟関係をなかったことにさせたいのだろう」
シルフィアは信じられないという顔になる。
「普通に同盟をやめるとはいえませんからね。ですがそうさせる理由がわかりません」
「彼らのこの戦争の最終目標が変わったのだろう。さしずめ勝てないけど負けないだろう」
「確かに、彼らが守るべきは自国。カンクリアンではありません。国益を損失させないように立ちまわるはずでしょうね」
リリーシャはしてやられたと額に手を当てる。
「エルニージュもこちらが併合させるのは目に見えているし、痛み分けに持ち込むと」
「だから、私はそれに乗って、彼らのメアドロイドを全部いただこうと思う」
「はっ?」
間の抜けた声を出したのは宰相だ。
「何を、どうやって? 魔神騎で運ぶんですか?」
「大型輸送船をこちらに回すように打診。明朝には来るな?」
魔王はさぞ当たり前のように言う。
「向こう岸にいけませんよ」
「いえ、その防備もそこまでないでしょう。エメリアユニティは何かしら理由を付けて、前線から下がっているはずです。こちらにカンクリアンを潰させるために。だからこそ、魔神騎とソラのヴァンで前線を切り崩し、前線基地に攻め込んでメアドロイドを全部奪取」
リリーシャはすでにメアドロイドを奪うことを念頭に作戦を練り始める。シルフィアも出れるとわかったのか、魔王の側でまったりしている。
「そんなにうまくいきますか?」
宰相の心配はもっともだ。そんなに上手く行きっこない。そもそも前線基地は内陸に位置している。そのため魔神騎の機動力を活かして一撃離脱を狙う形で攻めることを考えていたのだ。奪取するとなると話は大きく変わってくる。
「成功させるために魔王様にも動いてもらいます」
魔王は頷き、ソラに視線を向けた。
「ソラ、マナの濃度の調整を頼むよ」
「了解」
マナ出血熱。その病魔は沈静化しつつある。ラガンの尽力により、海上都市はいつもの生活を取り戻しつつあった。
「後少しだな」
「ええ」
ラガンの問いに白虹の姫は静かに答える。互いに寄り添うように海上都市の港で座り込んでいた。
「長かったな」
「ええ」
ラガンは遠くを見るように笑う。
「ソラの活躍もあって、戦争はこっちの勝利で終わったらしいな」
その笑顔は親が子供活躍を喜んでいるようだった。
「明日にはここに来るんじゃないかしら?」
「なんとか最期の挨拶は……出来そうにないか」
「来たわ」
白虹の姫は景色に溶けこむように消える。気づけばラガンの左腕に手甲。腰には虹の光沢を放つ白き太刀が顕現していた。
「久しいな」
ラガンはそこに現れた人物に声をかける。背中を向けたまま彼は続ける。
「30年……20年ぶりくらいか?」
相手は返事をすることはない。ラガンもそれを気にした様子はない。
「死に目にも因縁か……最期くらい静かに死なせて欲しかったぜ」
~続く~
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魔王は相手の思惑に気づくとか気づかないとか
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