story19勝たなければならない理由
冷泉の祖母の見舞いから二日後――――
――――――♪
授業が終わったチャイムが鳴って、生徒達は教室を出てそれぞれ食堂か売店に向かう。
(しかし・・・)
如月は机の横に掛けている鞄の反対側に掛けている風呂敷を手にして机に置く。
(やっぱり作りすぎたな。さすがに一人じゃ食べ切れなさそうだ)
久しぶりに弁当を作ったのは良いが、量を間違えて多く作りすぎていた。
とか言って家に残して余りを夕食にするのは少し味気ないので、弁当箱を二つ用意して持って来た。
(そういえば、西住の姿が見えないな)
如月は周囲を見渡すも、西住の姿が見えない。
(・・・・あそこに居るのかもな。気分転換を兼ねて行くか)
ある程度は予測は付いているので、風呂敷に包んだ弁当を持ってある場所に向かう。
――――――――――――――――――――
如月は校舎を出るとグラウンドにある戦車を格納する倉庫の前に来て、扉を開けて中に入る。
「あ・・・・」
中には、Ⅳ号の前に立っていた西住が居た。
「やっぱりここにいたか、西住」
「如月さん」
扉を閉めると、西住の近くまで歩く。
「なぜここに居る?」
「少し、次の試合の事で考え事を」
「そうか」
「そういう如月さんはどうしてここに?」
「気分を変えてここで昼食を取ろうと思ってな。それとお前を探していたんだ」
「私をですか?」
西住は首を傾げる。
「実はな、久しぶりの弁当を作ったはいいが、少し作りすぎてな。良かったら、食べるか?」
如月は手にしている風呂敷を見せる。
「いいんですか?」
少し驚き気味に西住が聞き返す。
「どうせ今食堂に行っても、混んでいるだろうしな。どうだ?」
「・・・・はい!では、お言葉に甘えて!」
少し考えて西住は返事を返す。
そうして如月と西住は五式の砲塔上に登って風呂敷を広げて弁当を出す。
「わぁ!凄い!」
弁当の蓋を開けた西住は中身を見て思わず声を漏らす。
「如月さんって料理が得意だったんですね」
「小さい頃から料理はしていたから自然と技術は身に付いた。知らなかったか?」
「はい。今日始めて知りました」
「そうか」
如月は箸を手にして卵焼きを摘まんで口に運び、その後で西住も箸を手にしてオムレツを摘まんで口にする。
「うーん!おいしいです!」
西住は笑みを浮かべてコメントを言う。
「口に合って良かった。久しぶりだったから少し味が落ちていると思ったが、そうでもなかったようだな」
少し安心して野菜炒めを摘まんで口に運ぶ。
「しかし、何とか一回戦を突破できたな」
半分ほど食べた所で、如月は他の戦車を見ながら口を開く。
「そうですね。何とか、勝てたって感じでした」
「あぁ。性能面は良いとしても、それは限られている」
言っちゃ悪いが、八九式と38tで戦車を撃破は困難。せめて陽動ぐらいしか出来そうに無いのが現状。
「西住。正直の所、次の試合はいけそうか」
「・・・・・・難しいと思います。少なくとも、戦力が少ない今では」
「私も同意見だ。性能面が良くても、今後の事を考えると戦力が少ない」
七両でも十分とも思えるが、これが準決勝や決勝ではそうはいかない。
「今後の課題は、戦車の数だな」
「はい」
しかし、西住の表情には少し暗みがあった。
「しかし、生徒会の号外も派手に書いたものだ。『圧倒的ではないか!我が校は!』とか」
某総帥みたいな台詞だ。後ろから頭を撃ち抜かれるぞ。
「あははは」
西住は苦笑いする。
「でも、勝たないと、いけないんですよね」
「・・・・・・?」
いきなりの言葉に首を傾げる。
「だから、かな。あの時・・・・・・負けてしまったから、戦車から逃げ出したくなっちゃったのは」
影が差す表情とその言葉に、如月はすぐに何かを察する。
「・・・・・・去年の全国大会の事を思っているのか」
「・・・・・・」
西住はゆっくりと頷く。
去年の全国大会の決勝戦。雨が降る中黒森峰とプラウダの試合が行われた。
西住の乗る戦車が黒森峰のフラッグ車であり、本隊とは別ルートで進行中、敵戦車の砲撃で先導していたⅢ号戦車が誤って川に転落した。西住は戦車から降りてすぐにⅢ号の乗員を救出に向かったが、その間にフラッグ車がプラウダの戦車の砲撃を受け、それで黒森峰が敗北を喫した。
「少なくとも私は西住の判断は間違っていないと思う。まほだって、お前があぁするとは思っていたそうだ」
「でも、勝負を投げ捨てて、それで負けて十連覇を逃した事に、変わりはありません」
「・・・・・・」
「勝たないと・・・・意味が無いんですから」
(意味、か)
勝負はどの世界においても、勝者が絶対で、敗者に厳しい現実が待っていると言うのは同じだ。しかし、勝利してもそれが真の意味での勝利でなければ、ただ単に勝利しても意味は無い。
「確かに黒森峰は十連覇を逃した。それは事実だ。だがな、私はあの時負けていた方が良かったと思う」
「ど、どうしてですか?」
西住は戸惑った様子で聞き返す。
「もし仮にお前が転落したⅢ号を救わずに進んでいれば、黒森峰は確かに十連覇を成し得ていたかもしれん。だが、それは名誉ではなく、不名誉な十連覇になっていただろう」
「・・・・・・」
「犠牲なくして勝利なし。これは当然だ。勝利を得る為には犠牲は付き物。西住流もそれをもっとうにしているだろ」
「・・・・・・」
西住の脳裏に母親から言われた言葉が過ぎる。
「だがな、助けられる者を見捨て、犠牲者を出して得た勝利など、不名誉以外の何でもない」
「・・・・・・」
「戦争であれば数多の命と言う犠牲の上に立って勝利を得られるだろうが、戦車道は戦争じゃない。命を犠牲にして得た勝利など、意味など全く持たない」
「・・・・・・」
「そうなれば、黒森峰は『生徒殺しの学校』や『狂気の学校』などと、多数の悪評が付いていただろう」
最悪毎日の様にクレームが入っていただろう。
「・・・・・・」
「恐らく西住にも被害はあったかもしれんな。そうなれば、今以上に悪い結果が待っていたかもな」
「・・・・・・」
「だからこそ、あそこは負けても良かったのだ。多少は黒森峰のイメージを下げる事になっても、最悪な状態まで下げる事には繋がってないと、私は思っている」
「如月さん」
「少なくとも、お前に助けて貰った乗員はお前に感謝しているだろう。命を救ってもらったのだからな」
「そう・・・・でしょうか」
あの時の様子から、あまり感謝しているとは思えない。
サンダースの試合前で私に会いに来たその様子からは――――
「もう過ぎたことだ。今は前だけを見よう」
「前を、ですか?」
如月は軽く頷く。
「西住流ではなく、お前らしい戦車道をやればいいんだ」
「私らしい・・・・戦車道」
西住はボソッと言葉を漏らす。
「戦車道は一つではない。お前が歩んだ道が、新たな戦車道になる」
「・・・・・・」
「私はそれに付いて行くだけだ。期待しているぞ、隊長殿」
「は、はぁ」
西住は苦笑いを浮かべるも、「で、でも、頑張ります!」と声を出す。
「やっぱりここにいた」
と、倉庫に武部と秋山、五十鈴が入ってくる。
「沙織さんに優花里さん、華さん」
入ってきた武部達に気づき、西住は身体を五式の砲塔天板から乗り出す。
「二人共食堂と教室に居なかったので、ここに居るんじゃないかと思って」
「そうか」
「あれ?武部先輩に秋山先輩、五十鈴先輩」
と、武部達の後ろから早瀬と坂本がやって来る。
「あっ、すばるんにりんりんも来たんだ」
「はい。今日は気分を変えてここで昼食を取ろうと思って」
と、坂本が手にしている弁当を見せる。
「私もです。西住隊長と如月さんもここで昼食を?」
「あぁ」
「よかったら、みんなで食べない?」
「良いですね!」
「私も構わない」
「はい!」
「・・・・・・私にも分けてくれ」
と、Ⅳ号のキューポラよりにゅ~と冷泉が出てきた。
「あぁ!!授業サボったね!!」
冷泉を見つけると武部は声を上げる。
「自主的に休養した」
「もう!おばぁに言いつけるよ!」
「ひっ!?」と冷泉の表情が青ざめる。
「・・・・・・そ、それは、困る」
「もう・・・・」
そうして如月達は昼休みが続く中、昼食会を楽しんだ。
――――――――――――――――――――
その頃生徒会室では―――――
「次の対戦校はアンツィオ高校か」
生徒会メンバーと二階堂、中島が次の対戦校のデータを閲覧する。
「今の保有戦車で何とかなるかねぇ」
「相手がどうであろうと、必ず勝たなければなりません!」
河島は右手を握り締める。
「そりゃ、俺たちだって簡単に負けたくはねぇよ」
壁にもたれかかって腕を組む。
「でも、相手はあのアンツィオ高校ですよ」
「ノリと勢いだけは、あるからねぇ」
いつもどおり気だるい様子で会長が言う。
「それ故に、調子に乗られると厄介な相手だ」
「そうっすね」
イスに胡坐を組み、背もたれに腕を置く中島はニッと表情を浮かべる。
「よーし、中島。早速イタ公共の情報集めだ」
「了解っす!」
中島は立ち上がると、すぐさま生徒会室を出る。
――――――――――――――――――――
「・・・・・・」
その頃校舎の外で鈴野は携帯電話を手にして誰かに電話を掛けていた。
「・・・・もしもし」
『あら、詩乃ちゃん!久しぶりね!』
相手は少し年配な女性の声であった。
「久しぶりです、おばさん」
『こんな時間に電話を掛けるなんて、珍しいわね。どうしたの?』
「昨日の夜に電話を掛けようと思っていたんですが、忙しくて掛ける時間が無かったので、昼休みを使って掛けています」
『そうなの。じゃぁ、電話を掛けて来た用件は――――』
「・・・・母さんは、元気?」
『えぇ。今は元気よ』
「そうですか」
『でも、まだ精神状態は良くないって医者は言っているわ。最近は安定していたみたいなのにね』
「・・・・・・」
『あっ、そうそう!この間テレビ見たわよ!戦車道の試合で詩乃ちゃんが映っていたわよ!』
「そうですか」
『まだ戦車道を続けていたのね。詩乃ちゃんがここまで夢中になるって、久しぶりね』
「・・・・・・」
『でも、無理だけはしないでね』
「はい・・・・」
そうして鈴野は電話を切る。
「・・・・・・」
内心で安心すると、携帯電話を閉じてスカートのポケットに戻すと、反対側のポケットより生徒手帳を取り出して開くと、一枚の写真が挟まれている。
写真には幼い頃の鈴野と両親と思われる男女が写っている。
「・・・・・・」
少し悲しげに目を細めると、手帳を閉じてポケットに仕舞いそのまま教室へと戻る。
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『戦車道』・・・・・・伝統的な文化であり世界中で女子の嗜みとして受け継がれてきたもので、礼節のある、淑やかで慎ましく、凛々しい婦女子を育成することを目指した武芸。そんな戦車道の世界大会が日本で行われるようになり、大洗女子学園で廃止となった戦車道が復活する。
戦車道で深い傷を負い、遠ざけられていた『如月翔』もまた、仲間達と共に駆ける。