洛陽の西方より現れた五万の敵軍。
それらはゆっくりと、力を誇示するように展開を始める。
南北の側面を通過し、東面に回ろうとした、その時――
「「かかれーーー!!!」」
銅鑼の音と共に、城壁の陰から騎馬隊が二つ飛び出した。
先頭はそれぞれ翠と霞。
狙うは敵軍先端。
籠城しているものと油断しきっていた敵軍は大いに混乱する。
三国有数の騎馬隊指揮官による奇襲で、敵先陣を揉みに揉んだ。
そしてしばらく、ジャーンジャーンという銅鑼の音で、波が引くように美しく撤退した。
白装束の中から後を追うものは一人もいなかった。
…………
……
「は~、スッキリしたわー」
「そうだな!籠城じゃあ、あたしらの活躍する場がなくなっちゃうからな。その前に暴れられて良かったぜ!」
奇襲を終え、高揚も助けてご機嫌な二人。
籠城をしてしまうと、打って出ない限り騎馬隊に出番はなくなってしまう。
なので、軽く鬱憤を晴らしておいたわけだ。
もちろん詠にも許可は取ってある。
「お疲れ様。翠姉ちゃん、霞姉ちゃん」
「おうっ剣丞!アンタもなかなかエェ引き際やったでー」
肩を組みながら剣丞の頭をもみくちゃに撫でまくる霞。
撤退の銅鑼を鳴らす時機は、剣丞に一任されていた。
「あたしはちょっと……いや、ほんのちょっとだけだけど、早かったかなぁ~って思ったんだけどな…」
「あ、やっぱり?」
もうちょっと暴れたかったなぁ、と翠。
実は剣丞も、少し早過ぎるかな、と思っていたのだ。
ただ遅きに失して後悔するよりは早いほうが良いだろう、と判断したのだ。
「いや、あのくらいでちょうどえぇ。元々兵力差がデカいんやから、欲張ったらアカン。奇襲の目的も敵の殲滅やのぅて、敵の出鼻を挫いてこっちの士気を上げることや。ウチらが怪我でもしたら元も子もあらへん。ここは臆病くらいがえぇねん」
「そんなものなんだ…」
「そんなもん、や。その判断が出来る思ぅたから、詠も剣丞に軍師任せたんやで?」
「……うん。ありがとう、霞姉ちゃん」
人相手にまともに指揮をするのは墨俣以来なので不安だったが、霞の笑顔で払拭された。
詠の組み合わせは、いきなり成功を見せていた。
「さって!それじゃ、あたしらは裏方に戻るとしますか」
騎馬隊は城壁の上へ石や湯、油や矢など、籠城側の攻撃手段を運ぶ役割を宛がわれている。
もちろん、将軍の翠と霞が直接全てをするわけではないが、あまり派手な役回りではなかった。
「なにっ!?騎馬隊による奇襲を受けただとっ!?」
洛陽攻撃の主将の男は、驚きをもってその報告を受けた。
賈駆の策か?
中隊でも使って引き際を誤れば、一気に崩れかねない策を?
「さ、左慈様!じょ、城壁に…旗が!!」
「なんだとっ!?」
幔幕から出る左慈と呼ばれた男。
洛陽の西門には『賈』の旗と、櫛のような形の図柄が描かれた旗が掲げられていた。
「賈駆に…なんだ、あのおかしな旗は……――まさかっ!?」
「申し上げます!!」
左慈の思索を遮るように次々と伝令が走ってくる。
北門には『馬』の旗に、何かの植物が丸くあしらわれた紋様の旗が。
南門にはこれまた『馬』の旗に、中央に大きな黒丸、それを囲むように小さな黒点が八つある紋様の旗。
東門には紺碧の『張』旗に、黒地に白丸、その中に黒で一文字が描かれた紋様の旗が、それぞれ上がっているようだ。
「バカなっ!!」
将がいない、などという話ではない。
全ての門に守将がいる!
「ちっ…おいっ!全軍を押し出し遮二無二攻めろ!今すぐだ!!」
「は、はいっ!」
――――――
――――
――
「おぉ~、配置もそこそこに攻めてきましたなぁー」
城壁の上から、呑気に敵軍を眺める幽。
というのも、籠城側がやれることはそう多くはない。
矢を放つか、何かを落とすか、梯子を掛け登ってくる敵を長槍で突くくらいのものだ。
それにしたって、まぁ緊張感がない。
「はて、あの辺りでしたかな、蒲公英殿」
「そうだね。そろそろだね~」
歩みを揃えながら徐々に迫り来る敵に、蒲公英ものんびりと眺める。
弓の射程距離を過ぎても、南門は一本も矢を放たない。
遠くから喚声が聞こえてくる。
他の門では、矢合わせが始まったのだろう。
「さて……では弓兵隊の方々、準備を」
そんな中、幽はようやく弓兵に矢を番えさせる。
と、
「「「うわあぁぁ~~!!!」」」
敵軍から悲鳴が上がる。
城壁と平行に、大小様々な落とし穴が掘られており、ほぼ一斉に嵌ったのだ。
「射てーー!!」
ここぞとばかりに矢雨を浴びせかける。
穴に落ちたものはいざ知らず、落ちなかった兵にも動揺が走り、敵軍は混乱の極致に陥っていた。
そこに矢が飛来する。
ほぼ無抵抗で一人、また一人と餌食になっていった。
南門の敵軍は何も出来ずに、一時撤退を余儀なくされていた。
「やれやれ、これで一息ですかな」
「だね。兵のみんなー!三交代制で少しずつ休んでいいよー!」
「「「はっ!」」」
テキパキと指示を出す蒲公英。
「これでは、軍師であるそれがしは必要ありませんなぁ~
落とし穴という奇策もすぐに思いつかれますし、その穴も瞬く間に掘ってしまわれるのですから…」
「落とし穴はご主人様に仕えるなら嗜みだからね!」
「…そうなのですか?」
「うん!だって穴掘る軍師もいるんだから!」
「ひょっ…!?そんな肉体派の軍師もおられるのですか?」
「んまぁ、対ご主人様専用の落とし穴製造機みたいなもんだけどねー」
「はぁ……?」
北郷一刀の役回りは話で聞いているだけに、余計に意味が分からない幽だった。
とにもかくにも、南門では蒲公英の活躍により、敵の撃退に成功したのであった。
――――――
――――
――
左慈は頭に血を上らせて報告を聞いていた。
「北門、攻略に失敗しました!」
四方から攻め上げた部隊が悉く撃退されたのだ。
圧倒的な兵力をもってしても門一つ落とすことが出来なかった。
于吉を帰してしまったため、兵力の増員もままならない。
そも、于吉に頼みごとをするなどという文字は、左慈の辞書にはなかった。
「無能どもが……攻城兵器を出せ!破城槌で全ての門をぶち壊せっ!!」
………………
…………
……
玉座の間。
湖衣は目を瞑りながら、金神千里で敵陣を探る。
その様子をニコニコと月が、ハラハラと明命が見守っている。
「――っ!敵軍が攻城兵器の準備を始めました!明命さん、各門に通達お願いします!警戒と火矢の準備をお願いしてきて下さい!」
「分かりました!」
ひゅっ、という風切り音を残し明命が消える。
金神千里を使えば、戦場のほぼ全域が俯瞰できる。
破城槌にも呆気なく対応した。
「くっ……投石機だ!投石機を投入しろ!!城壁もろとも押し潰せっ!」
………………
…………
……
「……あれは、投石機、でしょうか?明命さん!西門に投石がきます!鞠さんにお願いして対応してもらって下さい!」
「了解です!」
――――
――
「――とのことです」
「ほわ~、投石機……すごいの~」
自分のいた時代には使用されていなかった大型の兵器の登場に、感嘆の声をあげる鞠。
「おっきな石が飛んでくるの?」
「えぇ。大人の男が二人で抱えるくらいの石が飛んでくるわ。あなたのお家流とやらで、どうにか出来るかしら?」
「う~ん……多分、出来るの」
事も無げに、あっさりとそう言ってのける鞠。
「……分かったわ、鞠を信じましょう。総員、配置は崩さないで!投石の直後に敵の突撃があるかもしれないわ!」
約一里先に投石機が設置される。
城内からは、それを見ていることしか出来ない。
「放てーー!!」
ビュオンと空気を切り裂き、直径数尺ほどの岩が勢い良く空中に放たれる。
それは放物線を描きながら、西門上部、詠や鞠がいるところへ着弾する軌道を取る。
直撃ならば無事ではすまない。
「頼んだわよ、鞠…」
城壁の縁石に立ち、目を閉じて集中に入っている鞠。
その背中を祈るように見つめる詠と兵たち。
鞠は、にわかにカッと目を開くと、抜き身の刀から氣弾を放出する。
「随波斎流!疾風烈風砕雷矢ぁ--!!」
刀の先端から放射状に広がった十数の氣弾は、吸い込まれるように飛び来る巨石に集積する。
ドッゴーーーン!!
全弾命中。
巨石は無数の礫となり、城壁に届くことなくバラバラと地面へと散っていった。
「やったの!!」
縁石の上で器用にくるりと半回転。
詠たちに、ニッと歯をむき出しての笑顔を見せる。
「は、はぁ~~……」
「すごいです、鞠さん!」
ため息しか出ない詠の横で、パチパチパチッと拍手をする明命。
「えへへ~」
照れる鞠。
何発でも来い、なの!と気合を入れたが、その後、投石器が使用されることはなく、この日の攻撃はこれで打ち止めとなった。
Tweet |
|
|
8
|
0
|
追加するフォルダを選択
DTKです。
恋姫†無双と戦国†恋姫の世界観を合わせた恋姫OROCHI、23本目です。
洛陽を取り囲む敵に対し、恋姫武将たちが乱舞?します。
いつもより長めなので、少しずつでも読み進めて頂ければ幸いです^^