No.70658

ミラーズウィザーズ第二章「伝説の魔女」09

魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第二章の09

2009-04-27 02:14:13 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:360   閲覧ユーザー数:338

「そんなに驚いてどうしたのよ、エディ?」

〔そうじゃ、そう驚かんでもよい〕

 まただ。またどこからともなく女の声が聞こえる。エディとマリーナしかいないはずの私室で、そんな声が聞こえるはずがない。エディが室内に目を配れば、直ぐに変化が現れた。

 銀色の髪、その煌めきが宙より舞い降りる。さっきほど見かけたのと同じ色。昨日見たのと同じ煌めき。まるで水鏡を覗いたように見覚えのある顔。エディの背筋に嫌なものが駆けめぐる。

 私と同じ目、同じ鼻、同じ口、まったく同じ顔。唯一の違いと言えば、長く伸びた髪の色が、エディよりずっと淡く、光を浴びて輝いていることぐらいだ。

 どうしてそんなモノがここにあるのか。どうしてこのエディの部屋でそんなモノを見なくてはならないのか。エディは後退ってしまう。

 夕暮れが斜陽と差し込む窓辺にそれはいた。エディと同じ姿をした、自分自身(ドッペルゲンガー)とも思える少女がエディの机に手をついて立っていた。

 まるでその机が自分の物であると主張するように悠然とした姿。エディのいるべき場所に、既にエディがいる。それではここにいる自分は何なのか。自分がいなくてもエディがいるなら自分はいらないのじゃないのか。瞬間、そんな不安がこみ上げてくる。

「昨日の!」

 エディは模擬戦で見せるような臨戦態勢をとる。正体不明の存在を前に、エディは幽星体(アストラル)に火をくべた。魔力を高め、敵意を剥き出しに。落ちこぼれ魔法使いエディなりの警戒を見せたのだ。

「な、何よ。いきなり大声出してどうしたのよ」

 あまりに突然にエディが騒ぎ出したので困惑気味のマリーナ。

(おかしい。コイツ一体どこから入って来たの? さっき私が部屋に入ったときは気付かなかったのに……)

〔人をコイツ呼ばわりとは、親はどのような躾(しつけ)をしておったのやら〕

 少し古めかしい口調。見た目はエディと同じなのに、声色は全く異なって、声質は子供のような高い声なのに、どこかしわがれた老齢を思わせる。

「親なんて関係ない! 私の姿して、人の部屋に勝手に入ってくる奴になんて言われたくない!」

「エディ? あんた何言ってるの?」

〔ん? おお、それはすまぬ。なにせ我は叩く妖精(ノッカー)ではないからの、ノックは無用というもの〕

「何言ってるのよ。意味わかんない。あんた一体なんなのよ!」

 窓際に佇む銀髪の少女とエディ。見れば見るほど両者の容姿はそっくりだ。顔を見合わせれば余計に、不思議な感覚に陥ってしまう。昨日洞窟で見たときは一糸まとわぬ姿をしていたが、銀髪の少女はエディの姿を真似たかのように黒い魔道衣を羽織っていた。

「大丈夫、エディ?」

「大丈夫じゃないよ! マリーナもこんな奴が部屋に入ってきてよく平気だね!」

 エディも言ってから気付いた。こんな奴と言ってみても、見た目はエディと全く同じ。髪の長さと髪質は違っているが、それ以外は差異を見付けることが難しい。鏡に映る自分だと言われれば、自分でも見分けがつかいないほどだ。それを見たマリーナがどう感じるのか、逆に聞いてみたかった。

「だから何を言ってるのよ。エディ説明して。あなた帰ってきていきなり変よ? 誰かに呪薬の実験体にでもされた?」

「変って、コイツが! ……あっ」

 エディに容姿は同じとはいえ、部屋に正体不明の女がいるというのにマリーナは無反応。明らかにおかしい。やっとにして気付いて、エディが間抜けな声を漏らした。

(マリーナには見えていない? そうか『霊視』。私の目には映っているけど、マリーナには見えない。ってことはコイツ、実体のない幽体なの? だったら、部屋にどこからともなく入って来たのにも説明が付く)

 やっと冷静になって来たのか、エディがそのことに思い当たる。

 それに肯定したのは、その銀髪の少女だった。

〔そうじゃの。まぁその表現が一番近いかの〕

(なっ、そういえばさっきから……。私の心を読んだ? それにコイツの声もマリーナには聞こえていないみたいだし)

 見えもせず聞こえもしないマリーナは、様子のおかしいエディにどう対応したらいいのか決めあぐねているようだった。銀髪の幽体は彼女に冷ややかな視線を送る。そしてマリーナに近付くと、抱きつくように背後から手を回した。

〔マリーナというか。この者は主(ぬし)の友かえ? なかなかめんこい顔をしとうのぅ〕

 銀髪の少女がマリーナの顔へと手を伸ばし、そして首筋へと撫でて回る。細い指先がエディの白い柔肌をなぞる。

 エディは身を強張らせた。マリーナに正体不明の、なぜかしらエディには『魔女』だと感じられた存在が触れたのだ。こんな状況で危機感を覚えないはずがない。

「マリーナから離れてっ!」

 それは警告というよりも願望に近い。もし本当に彼女が魔女ファルキンなのなら、エディが戦ったところで勝ち目はない。エディの背筋に汗がにじむ。

 そう、もし戦うのならこれは実戦だ。魔法学校の授業で行われる模擬戦ではない。命と命のやりとり。戦って負けるということは死するということ。

 戦えるの? 勝てるの? この落ちこぼれの私が? そう自問してもエディの中には否定の言葉しかない。欧州全てを敵に回し、当時欧州を統べていた『教会』すら滅ぼした『魔女』相手に、エディ程度の落ちこぼれ魔法使いなんて抵抗すら虚しい。

 手が震えるほどの焦り。エディは呼吸まで荒げて自分自身によく似た姿を睨みつける。

〔そう緊張せずともよい。別にとって食おうというわけではないわ〕

 そうエディにだけは聞こえる声で言うと、銀髪の少女はマリーナから離れ、今度は壁際にあるエディのベッドに腰掛けた。そして足を大きく組んでみせる。

〔誤解せぬよう、まず言うておこう。別に我が主の心を覗いているわけではない〕

「だったら!」

「エディそんな大声出して。さっきから本当にどうしたのよ?」

 まだ事態を飲み込めないマリーナの声はどこか弱々しく聞こえた。

〔確かに主の心根は聞こえておる。じゃが好きで主の真意を読みとっておるのではない。主の『声』がでかいのでな。勝手に伝わってくるのじゃ〕

「私の声って何よ!」

 苛立ちの心で更に大声を出したエディ。横にいたマリーナも大きく体をびくつかせる。

〔主には我が見えるのじゃろ?〕

「ええ、はっきり視えますとも。こう見えても『霊視』だけは出来るんですからっ!」

〔この状態の我をこうまで認識して見せるとは。やはり血かの……。主の心根が我に届くのも、その血の力かもしれぬな〕

 血。その言葉にエディは戸惑ってしまう。

 エディ・カプリコットの血統、バストロ学園の学園長を輩出している魔道の血筋。その血統をしてもエディは落ちこぼれなのだ。この唯一と言っていい『霊視』能力は明らかに生まれ持った先天的能力。エディ個人の実力とは言い難い才能。

 だが、今こうしてその『霊視』がエディに危機を与えている。この得体の知れぬモノが見え、声が聞こえてしまうという危機。

「『霊視』……? エディ、もしかして『何か』いるの? 『霊視』で視えてるの?」

 やっとにしてエディの持つ能力に思い当たったマリーナが不安げに辺りを見回す。しかし彼女の目が銀髪の少女で止まることはなかった。

(やっぱり見えてないんだ……)

〔完全に視認出来る主がおかしいのじゃよ。ちらりと見えた気がするならともかく、今の我をしっかりと睨みつけられるのは主ぐらいなものじゃ〕

「何よ、それ……」

「エディ、どいてっ!」

 机から何やら取り出したマリーナが勢いよく手を掲げる。その手には薄く色のついた水晶が握られていた。

 それは幽星気(エーテル)を検知する魔道具の一つ。『霊視』の出来ないマリーナが顕現していない魔道を視る為に使っているものだ。

「一体何がいるか知らないけど、魔法学園の女子寮にちょっかいかけるなんて身の程知らずね、今すぐ……。エディどこ? どこに何があるの?」

 水晶を媒介に『霊視』しているはずのマリーナだが、先程までと同様に、部屋を見回すばかり。

「そこなんだけど……」

 エディがベッドの上を指差す。しかしやはりマリーナには見えぬ様子。

「エディ、どうなってるの?」

 それはエディの方が聞きたかった。どうして道具を使って精密に視えるはずのマリーナが、このエディモドキを発見出来ないというのだ。

〔だから言うておろう。視える方がおかしいと〕

 銀髪の少女の指摘にエディの顔は歪む。

「えと、あのね。そのだから……」

 エディはマリーナに事情を説明しようとしたが、うまく言葉が紡げなかった。

 何と説明すればいいのだろう。水晶にも映らないが、ここにもう一人の自分がいると言えばいいのだろうか。

〔しかし、主ら騒がしいのぅ。我は別に騒ぎを起こしにきたのではない。我は静かなるを好むでな。ここは暇(いとま)するかえ〕

 言うなり、エディの目にもエディモドキの姿が見る見る薄くなる。まるで空気に溶けるように希薄に消えていく。それが銀髪の少女が幽体である証明でもあった。

「ちょっと、待ちっ……。消えた……」

「何なの? 何がいたの?」

 マリーナがエディにすがるように聞く。見えないものというのは古来より畏怖の対象となる。マリーナにはまだ本当の事態が飲み込めていない。

「わかんない……」

 それはエディの本心だった。今まで目の前にいたアレが何だったのか、エディの理解を超えていた。ただ、頭の隅にひっかかりがある。

(私はアレを知っている。昨日、私はアレを見付けてしまった。だから、アレは私のところに……)

 エディは心中悩むばかり。戸惑うエディの気持ちなど差し置かれ、女子寮に「何か」が侵入したと一時騒然となった。

 しかし寮長であり序列五位という実力者でもあるクラン・ラシン・ファシードが調べても何の痕跡も見付からなかった為に、今は騒ぎも収まり元の平然とした寮に戻っていた。

 エディはアレの容姿のことも、アレがどんな存在なのかも皆に伏せておいた。ただ、部屋に幽体が現れたとだけ報告したのだ。そうした方がいいような気がした。

 寮で魔法が使われた跡はなく、魔道も人も侵入を防ぐ『警備結界』に異常はなかった。元々魔法学園の女子寮である。堅固な魔術的守りが備わっているのだ、幽世の者らしきとは言っても簡単に侵入出来るはずがない。第一、幽体の身で侵入すれば魔力感知能力の高いクランが痕跡を見逃すはずがない。その安心感からか、皆は侵入者の騒ぎを忘れて普通の夜を迎えていた。ただ、その当事者たるエディはそういうわけにはいかなかった。

 消灯も過ぎ去った夜更け。悶々とした思いのままエディは床についていた。それでも、あんな奇妙なものが部屋のベッドに座っていたというのだ。そのベッドで安眠出来るほど、エディの神経は太くはなかった。


 
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