No.705303

僕が一番欲しかったもの

はとのはさん

企鵝の改心話です。

ここのつ者:魚住涼
偽り人:企鵝

2014-08-01 00:00:34 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:554   閲覧ユーザー数:531

やりたいことはとうの昔に決まっていたんだろう。ただ認めたくな

 

くて、目を背け続けていただけで。

 

読んでいた本を閉じて顔を上げる。陽がだいぶ傾いていた。

他に何か読むものは…と傍らに積んだ本を見るが全て読み終わった

 

もので。する事がなくなってしまった、と企鵝はため息をつく。一

 

応することはあるが、あまり気が乗らない。

 

何かをしていないといろいろと考えてしまうから、動いていたい。

 

けれども動く気力がなくて考え込んでしまう悪循環。

横になると、開けた窓から夕焼けが見えた。

 

最後に偽り人として恨みを買うために人に手を掛けたのはいつだっ

 

ただろうか。今ではなぜあんな回りくどい死に方をしたかったのか

 

、思い出せない。そもそもどうして死にたいと考えていたのかさえ

 

忘れてしまった。

「これから、どうしましょうか」

死ぬために生きていた。命を預けたことで死ねなくなった。帰る場

 

所を再び、手に入れた。

生きる目標は持っている。そのためにやるべきことも分かっている

 

。しかし、動けない。何かが、足りない。

「何が、足りない……?」

手を虚空に伸ばしても何も掴めるはずもなく。

しばらく足りないものについて考えても答えは出なかった。

 

答えの出ないものは仕方ないと、一度考えることを諦める。

寝返りをうつと視界に小包がうつった。

働かざる者食うべからず。タダで泊まらせてやっているのだから、

 

少しの雑用ぐらいはやってもらわないと。そう言われて今朝、山向

 

こうの町まで届けるようにとこの宿で働く知人から預かったものだ

 

った。

「とりあえず、動きましょうか。 そうすれば……」

何かが見つかるかもしれない。淡い期待を胸に企鵝は出かける準備

 

を始めた。

 

無事に用事を済ませ、なんとなく宿に戻るのが面倒でここのつ者の

 

いるところか忍社へ向かおうと山道を歩いていた。途中で酒とつま

 

みを調達していこうか、それとも何か菓子を持っていった方が喜ば

 

れるだろうか。財布にいくら入っていたか確認しようとして、前方

 

から聞こえる喧騒に気がついた。

 

咄嗟に木の陰に隠れてしまったのは偽り人としての習性か。今はい

 

つものような三つ編みに青い外套ではないから企鵝だとバレる可能

 

性は低いというのに。

 

そっと伺うと十人余りの粗野な男たちの一団が円になっていた。円

 

の中心には人影が見える。

囲まれているのは若い男女と小さな女の子。家族だろうか。

何も見なかったと、回り道をしてもいいがそれはなぜか気が引けた

 

。知らない間にずいぶんとここのつ者に感化されている。

 

助けるべきだとは思うが、同時に助けられるのかとも考える。

手元にある武器は傘のみ。いつも振るっている直刀は宿に置いてき

 

てしまった。

傘だけでも山賊には勝てるだろう。勝つだけ、自分の身を守るだけ

 

なら簡単だ。

ただ、家族を守れるか、と言う点では心許ない。

幸いなのは既に陽が落ちているため、傘をさす必要がないというこ

 

とぐらい。

そこまで考えを巡らせたところで助けるため、守るために行動しよ

 

うとしていることに気がつく。

 

決めた。動こう。

 

音を立てないように木の陰から出る。深呼吸。

一息で距離を詰めて、一閃。

背を向けていた山賊の一人が倒れる。

「こんばんは。 何を、なさっているのですか?」

仕込み刀を収めながら、崩れる男の仲間に明日の天気を聞くような

 

、そんな気軽さで声をかけた。きっと今、私は笑っている。

 

一人、二人、三人。近くにいた山賊を切り捨てて家族を庇う位置に

 

立つ。

直刀を振るうときとは異なる緊張感。懐かしいそれを感じながら刀

 

を走らせる。

 

しばらく戦っている間にずいぶんと家族と距離が開いてしまってい

 

た。

二年間、一人で戦ってきたからか、敵と自分以外の場所の把握が疎

 

かになっている。それが隙を生んだ。

 

背後の悲鳴に振り向くと、山賊の一人が女の子を抱えあげ、その首

 

筋に刀を当てていた。

「こいつの命が惜しけりゃ、武器を捨ててもらおうか」

ああ、なんて陳腐な脅し文句。しかし抜刀した今の状態では男に刃

 

は届かない。

右手に握った仕込み刀を手放す。

両親の縋るような表情が絶望へと変わる。見馴れていた、向けられ

 

慣れていた表情のはずなのに、心が痛む。私は奪う側だったのに。

山賊の嘲笑が耳障りだった。早く、だまらせてしまおう。

踏み込んで、傘で男の頭を殴る。骨が鉄で作られているから折れる

 

ことはないだろう。傘布が破れはするかもしれないが。

ふらつく男の腕から女の子が解放されたのを確認しながら、刀を持

 

っている手を蹴り上げる。骨の折れる感触がした。

そのまま回し蹴りを頭に見舞ってやると倒れて動かなくなった。こ

 

れで、大丈夫だろう。

 

「ありがとうございます! なんとお礼を申し上げればいいか…!

 

涙ぐんだ父親に手を握られて激しく揺さ振られる。こんな時はどん

 

な表情をすればいいのか、何を言えばいいのか分からず企鵝はされ

 

るがままだった。

母親が家に招こうと提案し、父親がそれに賛同する。母親に抱えら

 

れた女の子も父親に続く。家族とは、こういうものなのだろうか。

そんなことを考えながら手放した仕込み刀を拾おうとすると、背中

 

に衝撃。視線を下ろすと、脇腹から短刀の切っ先が覗いていた。首

 

を捻れば仕留め損なったのか山賊の姿。確認と確実にとどめを刺す

 

大切さを実感する。

「ひっ……」

驚いている父親を突き飛ばし、体を反転させて傘で背後の山賊を殴

 

り飛ばす。動いたことで傷が広がった。

怪我をしたのはいつぶりだろうか。最近は一方的な戦闘が多かった

 

から、たぶん無意識に慢心していた。

短刀を引き抜くと血が溢れてきた。傷自体は命に関わらないだろう

 

が、このまま血を流し続けると、きっと危うい。

短刀を投げ捨てて仕込み刀を拾い上げると視界が揺らいだ。このま

 

ま一人で忍社まで行くのは無理そうだ。

「すみません、忍社まで連れていっていただけませんか……?」

気がつけば家族にそう頼んでいた。

私は、死ぬわけにはいかない。

 

夜半、忍社に運び込まれた怪我人を見て涼は驚きを隠せなかった。

長い灰色の髪は頭の上で一つに結ばれ、服装は青い着物に薄墨色の

 

袴。普段とは異なる格好だが、彼は企鵝だ。

血の気がなくぐったりとした様子に駆け寄れば、気を失っているだ

 

けのようで安堵する。

怪我人を運んできた家族は近くの村の住民で、聞けば山菜採りの帰

 

りに山賊に襲われたところを彼に助けられたらしい。

偽り人の彼が人を助けるために行動したことを意外に感じながら涼

 

は手際よく手当を施す。

 

目を覚ますと見覚えのある天井が見えた。ぼんやりとした頭で考え

 

る。私はいつ忍社に来たのだっけ。

体を起こすと目眩がした。

「よかった、目が覚めたんですね。 怪我人として運び込まれた時

 

は、驚きましたよ」

「あ、涼。 おはようございます」

傍らの涼にかみ合わない返事を返した気がする。

「おはようございます。 怪我の方はどうですか?」

腕を上げると引きつれるが、動けないほどの痛みはない。そのこと

 

を伝えると、良かったですと笑ってくれた。

「真白さんを運んで下さった方が助けてもらったお礼をしたいと言

 

われているのですが、どうしますか?」

断る理由もないので会うと答える。立ち上がるとぐらりと視界が揺

 

れて、よろめいた。大丈夫ですか、と涼が支えてくれる。

「すみません」

まだふらふらとしていて、一人でまっすぐ歩くのは難しそうだ。

「体重を掛けて下さっても大丈夫ですよ。 支えますから」

彼女の言葉に甘えて体重を預ける。ふと、もう少し人を頼ってもい

 

いのかもしれないと思った。

 

「あ! 動いて大丈夫なんですか!?」

部屋に入るなり駆け寄ってきたのは山賊に襲われていた家族の父親

 

で。ああ良かった、ちゃんと私は守ることができたのだと実感する

 

「鍛えてますから」

口から出たのはそんな返答だった。実際は鍛錬を怠っていたし、怪

 

我をするのも久しぶりで酷い有様で、涼に支えられながら立ってい

 

る状態で言っても決まらないけれど。

「そうなんですね! 途中で倒れられたので心配していたんですよ

 

。 えっと……」

「……真白、です」

逡巡してから名乗った。今は知る人の少ない、名前を。

涼が驚いた顔で見上げてくる。

「真白さん、ですね。 このたびは本当にありがとうございました」

「あ、いえ、怪我がなくて何よりです」

深々と頭を下げる家族への返答はどこかズレている気がして。慣れてないな、と思った。

 

帰っていく家族の後ろ姿を見送りながら、一つ、決めたことを口にする。

「私は……また再び『真白』を名乗ろうと思います。 今回のことでやりたいことが分かりました」

「やりたいこと、ですか?」

「ええ。 私は、人を守りたい。 ようやく……私の手で、守ることができたんです」

「そうですか……良かったですね」

良かったですね。涼のその言葉で、行動は間違っていなかったのだと安心する。

 

髪は高い位置で一つに結んで、服は青い着物に薄墨色の袴。蒼い外套は置いていく。三つ編みもしない。

偽り人、企鵝とはお別れだ。

奪うことはもう、しない。これからは、守るために生きていこう。


 
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