No.704169

艦これファンジンSS vol.6「デライト・ティーパーティ」

Ticoさん

ほやほやして書いた。やっぱり反省していない。

というわけで、週刊ペースを維持したい艦これファンジンSS vol.6をお届けします。

みんな大好き金剛姉妹のお話と言うことで書き甲斐がありましたが、人気のあるキャラだけにどうお話を組み立てようかという部分で割と悩んだり、書き出したら意外と量が増えたりとなかなか計算違いのことがおきました。

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2014-07-27 01:28:13 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1611   閲覧ユーザー数:1553

「全砲門!! ファイヤー!」

 独特のイントネーションの声で、勢いよく少女が叫ぶ。

 腰から展開される艤装――そこに装備された砲が轟音と共に一斉に火を噴いた。

 海面に次々と水柱があがり、異形の敵を包み込む。

「ワオ! 挟叉したネ!」

 少女は指をぱちんと鳴らすや、砲身をわずかに動かし、構えなおした。

「これでフィニッシュ? なワケないでショ!」

 明るい栗色がかった長い髪を風になびかせながら、彼女は高らかに声をあげた。巫女装束を現代風にアレンジしたように見える独特の衣装、そしてなによりその身にまとう鋼鉄の艤装が、少女が単なる女の子でないことを雄弁に物語っている。

 艦娘。人類の脅威、深海棲艦に対抗しえる唯一の存在。

 彼女の砲が間髪いれずに再び火を噴く。砲弾が風を切り裂き、次いで爆炎があがる。

「さすがです、お姉さま!」

「わたしたちも続きましょう!」

「距離、速度よし! みんな、いくわよ!」

 連れ立っていた三人の艦娘が彼女に続く。戦艦ならではの大口径砲――それが一斉に放たれ、彼女達に対峙していた深海棲艦はうめきにも似た音をたてながら、海面下へと沈んでいく。その光景を、戦いの興奮がさめやらぬのか、わずかに頬を上気させながら、栗色の髪の艦娘は見つめていた。

 高速戦艦、「金剛(こんごう)」。

 それが彼女の艦娘としての名である。

 

 「深海棲艦」という存在がいつから世界の海に現れたのか、いまでは詳しく知るものはない。それは突如、人類世界に出現し、七つの海を蹂躙していった。シーレーンを寸断され、なすすべもないように見えた人類に現れた希望にして、唯一の対抗手段。

 それが「艦娘」である。かつての戦争を戦いぬいた艦の記憶を持ち、独特の艤装を身にまとい、深海棲艦を討つ少女たち。

 拠点である鎮守府から、提督の指揮の下、各地へと派遣される彼女たち。それは硝煙と嵐と戦いの日々であり、その心身の負担は並大抵のものではなかったが、だからこそ鎮守府に帰還してひとときやすらぐ時間は、艦娘にとってかけがえのないものであった。

 

 金剛の白いしなやかな指が、ポットにかぶせてあったティーコゼーをふわりと取る。

 布で作ったこのカバーは熱々の紅茶を味わうのに欠かせないのだ。

 次いで、ティーポットを手にとり、茶漉しをセットしたティーカップにゆったりと紅茶を注いでいく。黄葉にも似た色合いのお茶から、ふわりと良い香りが立ち上り、その場に居合わせた艦娘たちは思わず、ほうっと息をついた。

「この香り、帰ってきたんだって思えるわね」

 黒髪を肩で切りそろえた、眼鏡がよく似合う艦娘――霧島(きりしま)が微笑む。

「はい、榛名(はるな)も同感です」

 長い黒髪がやわらかに流れる、榛名と名乗った艦娘もにっこりと笑みを浮かべる。

「やっぱり、お姉さまの紅茶は最高です!」

 黒髪を短く刈った艦娘――比叡(ひえい)はなぜかガッツポーズをしてみせた。

 金剛をはじめ、彼女たちは同じような衣装を身にまとっていた。独特なデザインの服は艦娘のいわば制服であるが、金剛たちのものは四人が四人ともよく似ている。

 それもそのはずで、彼女達は姉妹であった。顔立ちはそれぞれに個性的で似ている点は少なかったが、若やいだ明るい雰囲気や、かしましそうな空気が似通っている。

 妹たちの賛辞に、金剛は悠然とした笑みを浮かべて言った。

「いつもどおりの仕上がりデース」

 彼女の声には独特のなまりがあった。

 艦娘は艦の記憶を引き継いでいる。弩級戦艦である金剛型でも最初に作られた金剛は外国で建造された由来をもつが、あるいはそのことが艦娘である彼女にも影響して特徴的なイントネーションの声音になっているのかもしれない。

「あまり褒められるとケーキが甘すぎになってしまいますネ」

 金剛はそう言いながら、ティーカップを妹達にすすめていく。

「それならお姉さまの紅茶がもっと飲めますね!」

 カップを手にとって、比叡が勢い込んで声をあげる。相変わらずの次女の姉慕いっぷりに残る妹二人がややあきれ気味に顔を見合わせた。

「データによれば、これまでのお茶会で比叡お姉さまは一番お茶を飲んでますよ」

 霧島の的確な指摘に、榛名がうなずいてみせる。

「いつもおなかたぷたぷにしてらっしゃるじゃないですか」

「あ、う、そりゃ、その……」

 比叡が頬を染めて口ごもる。その様子に金剛がくすくすと笑いながら、。

「たくさん飲んでもらうとワタシもウレシイネー。さあ、頂きまショウ」

 そう言うと、彼女はティーカップの持ち手をそっとつまんだ。そして静かに口元にカップを運ぶ。妹達もそれに続いた。

 それぞれに一口飲むと、期せずして四人ともふうっと息をついてみせた。

「……今回も無事に帰ってこれましたね」

 霧島がぽつりとつぶやく。その言葉に榛名と比叡がうなずいて、

「はい、榛名たちは今回も大丈夫でした」

「戦隊指揮のお姉さまの指揮が的確だったからですよ」

 三人の視線が金剛に向く。当の金剛は紅茶を飲みながら澄ました顔で言った。

「ノンノン。テイトクの采配のおかげデース」

 金剛がそう言うや、比叡がわずかに頬をふくらませて、

「ほんとに、お姉さまは提督にお熱ですねえ」

「比叡お姉さま、いまさらの話じゃないですか」

「そうですよ、そんなに提督のことが気に入りませんか」

「だってえ」

 妹二人のつっこみに、比叡は面白くないといった顔でつぶやくように言った。

「お姉さまの紅茶はこんなに美味しいのに、お姉さまがこんなに慕っているのに、お誘いしても提督は一度もお茶会に来ないじゃないですかあ」

 その言葉に、金剛はティーカップをがしゃんと鳴らした。比叡がしまったという顔で口を押さえ、榛名と霧島がばつの悪そうな表情を浮かべる。

 はたして金剛はというと、ひきつった笑みで顔をこわばらせながら、

「て、テイトクはテイトクなりの好みがあると思うのデース」

「そ、そうですね、きっと紅茶がお好きではないのかも」

「そうよネ。紅茶があまり好きじゃないのよネ」

「そうですよ、お姉さまだって一線級の戦力と頼りにされてますし」

 なだめようとしていた榛名が、自分の言葉に、しまったという顔をした。

 金剛はというと、しゅんとしおれてうつむき、ぽつりとつぶやく。

「でも長門(ながと)や陸奥(むつ)や大和(やまと)ほど頼りにはされていまセン。あの子たちだけで手が回らないときに呼ばれるのがわたしたちデース」

 金剛は自分の左の薬指にちらと目をやる。名前を挙げた三人の艦娘なら、その場所に銀に輝く指輪を見出すことができただろう。

 ケッコンカッコカリ。提督と艦娘を結びつける特別な絆。

 金剛たちも古参艦の部類である。来た時期は長門とそう変わらない。

 その頃から、金剛が提督に熱をあげているのは鎮守府内では知らぬものがいないほどだった。大本営経由でケッコンカッコカリの情報が入ってきて、まず色めきたったのがほかならぬ金剛だった。

 ところが、である。まず選ばれたのは長門であった。そのときには長門は艦娘たちのリーダー役として揺ぎない実績と、提督との厚い信頼関係を築き上げていたので、金剛もそれなりに納得できなくもなかったのだが、その後に選ばれた艦娘が陸奥に大和である。祝いの席で拍手を送りながらも、金剛と、彼女を応援する妹たちには、なかなか釈然としないものがあるのも事実なのであった。

「ワタシたちだって戦艦デース。たしかにあの三人ほど火力はないかもしれませんケド、改二になって性能もずいぶん上がりマシタ。決して戦力として負けていないハズ――」

 憂いに満ちた顔をカップの紅茶に映しながら、金剛はつぶやいた。

「なのにどうして扱いがちがうのデスカ……」

 お茶会の席がしんと静まり返る中、妹達三人が顔を見合わせる。

 こほんと咳払いをし、沈黙を破ったのは霧島だった。眼鏡をきらりと光らせながら、

「お姉さまのアピールが足りないのかもしれません」

 その言葉に、比叡が勢い込んで同意する。

「そうですよ! だったらガンガンアピールしちゃいましょう! 押しても引いてもダメなら押し倒すか引き倒すしかないじゃないですか!」

 金剛が顔を上げる。やや明るさの戻った顔に、困惑を浮かべながら、

「サンキュー、比叡。でも、具体的にどうすればいいのカシラ……」

 彼女の言葉に、榛名がふと思いついたように言った。

「お茶会に誘うのはどうでしょう?」

「いや、榛名? そのお茶会に提督が来ないんじゃ……」

「だからですよ」

 榛名は金剛たちを見回しながら、言った。

「提督が好きな『お茶』でお茶会をしたらどうですか?」

 

 鎮守府の一角にその部屋はある。

 最上階でも最大でもないが、その部屋はこの鎮守府の中枢といえる場所だった。

 提督執務室。艦娘たちを指揮する司令官の仕事部屋である。

 海軍の白い制服をぱりっと着こなした部屋の主は、いつものように書類を前にうなっていた。落ち着かないのか、悩んでいるのか、しきりに椅子のきしむ音がする。

 「――お茶でもお淹れしましょうか」

 たおやかな女性の声が提督にかけられる。

 提督は書類から顔を上げ、ふうと息をついて言った。

「ああ、たのむ、鳳翔(ほうしょう)」

 着物を着こなした、鳳翔と呼ばれた艦娘がにっこりと微笑む。

 落ち着いた物腰で湯飲みを用意しようとする彼女に、

「いや、煎茶じゃなくて珈琲にしてくれ」

 提督の言葉に鳳翔が軽く目をみはると、こくりとうなずき、マグカップを用意する。鳳翔がてきぱきと準備していくうちに、程なくかぐわしい芳香が立ち上った。

「煮詰まっておいでですか」

 湯気の立つ珈琲がなみなみと注がれたマグカップを運びながら鳳翔が言った。提督は、ばつの悪そうな顔でカップを受け取ると、黒いアロマをかぎながら、

「よくわかるな」

「気分転換には珈琲を頼まれるのが提督のくせですもの」

 鳳翔がくすりと笑みをこぼすのに、提督は肩をすくめてみせた。

「艦娘達の練度向上計画を考えていてな。日向のリハビリと、扶桑と山城の第一線格上げまでは考えているが、その後をどうしようか、とな」

 珈琲に口をつけながら、相談するでもなく提督は話した。鳳翔は黙っている。こういうときの提督は話しながら自分で考えをまとめているのが常なのだ。

「重巡の麻耶も練度を上げたいし、そうなれば古鷹と加古も育てたいところだ。しかし、軽巡や駆逐艦も層が薄いのが気になるし、やはりバランスを見ながら満遍なく手がけていくしかないか……ただ、牽引役として戦艦を混ぜたいところだから、金剛姉妹に頼むか、扶桑と山城に引き続き頼むか……」

 提督はひとしきり話すと、かたん、とマグカップを音高く机に置いた。提督が意見を求める合図――鳳翔の顔がかすかに引き締まる。程なく、提督は言った。

「君は誰にまかせるのが適役だと思うかね」

「金剛姉妹、よろしいんじゃないでしょうか。改二に改造されて戦力も長門級に迫るほどですし、なにより――」

 鳳翔は四姉妹でも特に目立つ長女の姿を思い浮かべながら言った。

「――金剛さんなら熱意は十分だと思いますが」

「うん、まあ……熱意というのかな、あれは」

 口をにごす提督に、鳳翔がわずかに眉をつりあげる。

「あら、いくら提督でもあの子の気持ちに気づかないほど鈍感ではないでしょう?」

「そりゃまあ、そうだが――どうもな」

「金剛さん、おきらいですか?」

「きらいじゃないし好ましく思うが、そういうのじゃないんだよ」

 鳳翔の投げてきたボールを、提督が投げ返す。

「なんというか、あそこまで無条件で好意を向けられると……年端のいかない姪っ子があまり物事がわからないうちに好き好きと言ってくるのと同じに見えてな。彼女自身がどこまで本気なのかがちょっとわからなくなる」

「あら、長門さんの方がもっと本気かどうか分からないじゃないですか」

 鳳翔のつっこみに、提督が口ごもりながら、いやだから俺と長門はそういう関係ではないだろう、と、ひとりごちてみせる。鳳翔はそれを聞かなかったふりをして、お盆で口元を隠すとかすかに苦笑と共につぶやいた――金剛さんも大変ね。

 彼女のしぐさをじとっとした目で見ていた提督だったが、珈琲をごくりと飲むと、かすかに懐かしむような、それでいて苦々しそうな声で言った。

「それに、あいつを見ていると、どうも思い出していかん」

 その言葉に鳳翔は首をかしげたが、提督は何も答えない。再び彼が書類に目を落とすと鳳翔もそれ以上何も問わず、執務室に再び落ち着いた静かな空気が戻ってきた。

 

 

「提督のお茶の好みを知りたいって?」

 頭を下げる金剛と妹たちに、その艦娘はきょとんした顔で言った。

 淡い紫の髪に、セーラー服にキュロットスカート、くりくりとよく動く黒い目が印象的である。耳に鉛筆をはさみ、手には手帳を離さない彼女は、艤装がなければ新聞部所属の女学生に見えなくもない。

「プリーズ、青葉(あおば)の取材力を見込んでのお願いデース」

 金剛の言葉に、青葉と呼ばれた艦娘はにやりと笑ってみせる。

「教えてあげてもいいけど、記事にできるかもしれない情報だからねえ」

「そこをなんとか……!」

 比叡が手を合わせて拝むようにしてみせる。青葉はうーんと考え込んで、

「じゃあ、間宮券を十枚で手を打とうじゃないの」

 その言葉に、金剛姉妹が顔を見合わせる。

 艦娘には給料が出るが、鎮守府からあまり出ることのない身では使い道がさほどない。勢い、鎮守府内で便宜を図れる別のものが貨幣代わりに取引されることが多かった。

 青葉が口にした「間宮券」は、甘味処の品が一品無料になるというチケットである。提督が鎮守府の予算からいくらかまわして、艦娘に慰労目的で渡されるのが主な入手ルートであったが、実際には掃除当番の駄賃代わりから物資調達の報酬にいたるまで、いわば一種の軍票めいて使われている。

 金剛姉妹にとっても、お茶会に必要なもろもろを揃えるためにも必要なのだが――

「お姉さま、何枚あります?」

「これだけデース……」

「榛名も出します」

「わたしもこれくらいなら」

 お互いに持ち寄って枚数を数えると、姉妹そろってふうっと息をついた。かき集めた間宮券を十枚、ずずいっと金剛が差し出す。

「これでどうカシラ」

 それを見て青葉がくすっと笑った。

 差し出された間宮券のうち、五枚だけを引き抜き、

「本当に知りたいんだね。いいよ、まけといてあげる」

「いいのデスカ!?」

「金剛さんの提督がらみとあっちゃ、そりゃ応援しないわけにはいかないからね」

 青葉はウィンクして見せると、手にしていた手帳をぱらぱらとめくりながら、

「しかし、金剛さんもめげないねえ。大艦巨乳主義の提督がそんなにいいのかねえ」

「た、たいかんきょにゅう!?」

 それを聞いた比叡が素っ頓狂な声を上げる。金剛がぽかんとした表情をしてみせ、榛名がかすかに頬を赤らめる。霧島が眼鏡をきらりと光らせながら、

「……ナガコンは聞いたことがありますが、その言葉は初耳ですね」

 動揺する金剛姉妹を意にも介さず、青葉はこともなげに、

「ああ、うん。長門さんの次にケッコンしたのが陸奥さんと大和さんでしょう? 提督は砲撃火力が強くて、なおかつスタイルばいんばいんの艦娘が好みなんじゃないかって、駆逐艦の子たちの間で話題になってるのよ。『おっ○い大きくなきゃ認められないんだわ』とまで言われていたりね」

 その言葉に、思わず金剛が自分の胸に手を当てる。比叡がささやき声で、

「大丈夫です、お姉さま! お姉さまだってナイスバディです!」

「サンキュ、比叡」

 はげましに少し顔をほころばせる金剛に、はたして榛名と霧島はあきれ顔である。

「――っと、あったあった。提督の好みのお茶ね」

 青葉がのんきな声をあげると、金剛の顔がきりと引き締まった。

「提督は煎茶党である、いや、焙じ茶党である……と、これは昼食時や甘味処での提督を見ている艦娘たちの多くの証言ね。目撃情報は、ほぼ半々。提督も気分でどっちかにしているみたいだね」

 読み上げられるレポートに、金剛姉妹がふんふんとうなずく。その様子を見ながら、青葉がここぞとばかりに、にやりと笑ってみせる。

「ところがところが。秘書官を務めた艦娘の証言からすると、執務中はたびたび珈琲を頼まれたという情報があるのです!」

 青葉の言葉に、金剛が首をかしげる。

「コーヒー?」

「たしかにわたしたちの守備範囲外ですね……」

 榛名がつぶやいてみせたところに、青葉が指をちっちっちと左右に振りながら、

「ここで終わりじゃないよ! 特ダネがあるのです!」

 自信満々の声に、金剛姉妹が顔を見合わせ、思わず身を乗り出す。

「艦娘の寮にやってきていた提督を、ある駆逐艦の子が見ていてね。何をしてるんですかと聞いたら、うまくはぐらかされたけど、提督とすれ違う際にたしかにお茶の香りがしていた、ってね」

「ホワット!?」

 今度は金剛が素っ頓狂な声を上げた。比叡が口元を手で押さえながら、

「わたしたち以外にお茶会をしている子がいるの!?」

「まあ詳しいところはわかんないんだけどねー」

 青葉がぽりぽりと頭をかいてみせる。

「それって、紅茶の香りだったんでしょうか?」

 榛名がにじりよって訊ねると、青葉はかぶりを振って、

「どうなのかなあ。詳しくはその子にまた聞いてみないとわかんないけど」

 そう言いながら、手帳をぱらぱらとめくりつつ、青葉がうなる。

「うーん、でも言われると“紅茶を飲んでる提督”って話は聞いたことがないね」

 その言葉に金剛ががっくりと肩を落とす。

「ヤッパリ、提督は紅茶がお好きじゃないんでしょうカ……」

「ファイトですよ、お姉さま! それなら煎茶か焙じ茶か珈琲か、提督のお気に召しそうなお茶でおもてなしすればいいじゃないですか」

 比叡の提案に、霧島がうなずいてみせる。

「わたしたちで飲み比べてみて、どれが良さそうか試してはどうでしょう?」

「……グッドアイデアですネ」

 金剛の顔にぱっと明るさが戻る。青葉はその様子をほほえましそうに見ていたが、

「謎のお茶については調べておくよ。わたしも気になるしさ」

 そう言うと、一度は受け取った五枚の間宮券のうち、四枚を金剛に差し出した。

「ホワイ……?」

 当惑顔の金剛たちに、青葉はにっこり微笑んでみせた。

「お茶を試すなら、まず甘味処『間宮』だからさ。姉妹で仲良く行ってきなよ」

 

 甘味処『間宮』。鎮守府の艦娘なら知らぬものはいない癒しスポットだ。

 鎮守府で補給担当を受け持つ間宮(まみや)という艦娘が片手間に開いている喫茶店なのだが、お茶菓子類の種類が豊富であり、戦力でもあるが同時に女の子でもある艦娘にとってはこれ以上ない憩いの店となっている。

 提督もそのことを重々承知しており、出撃や遠征で功績をあげた艦娘にここを無料利用できる「間宮券」を渡したり、あるいはじきじきに艦娘を連れてきてご馳走したりすることもある。

 ちなみにここと似たような場所に、小料理屋『鳳翔』もあるが、そこは提督禁制かつ未成年者利用禁止のお酒の場となっているのだが、それはさておき。

「フムム……どれにしましょうカ」

 和紙に筆で書かれたお品書きを見ながら金剛がうなる。

「とりあえずは、煎茶と焙じ茶ですよね」

「お茶に合うお菓子がどれかも選ばないと」

「私はお姉さまと同じものを注文します!」

 榛名の言葉に、霧島と比叡が声をあげる。金剛はしばらく悩んでいたが、

「こういうことはプロに聞くのが一番ネ!」

 そう言うと、軽く手をあげて、

「ヘイ、間宮、ちょっといいカシラ?」

「はーい、ただいま」

 金剛の声に応じて店の奥からエプロンをつけた女性が出てくる。小さいものの艤装を身にまとっており、彼女もまた艦娘であることを示していた。

「金剛さん達がうちに来るなんて珍しいですね。なんでしょう?」

「オススメのスイーツは何でショウ?」

 金剛の問いに、間宮がすかさず答える。

「いまの季節だと、かき氷やわらび餅が人気ですね。定番でおすすめだとみたらし団子や大福かしら。持ち帰りだとアイスクリームが駆逐艦の子のお気に入りね」

「フムム……わらび餅……大福……」

 間宮の言葉に金剛が難しい顔になる。榛名が心配そうに声をかける。

「お姉さま? どうされました?」

「名前を聞いてもイメージがつかないデース……」

 榛名が目をまるくし、ついで、ああ、とうなずいてみせる。姉妹内でのお茶会がメインの金剛にとっては、和風の甘味処はとんと縁がないのだ。

 霧島が眼鏡をくいっと直しながら、間宮にたずねる。

「――ちなみに、提督は普段どのようなものを?」

「あの人のお茶菓子は塩昆布ねえ」

 間宮の返事に、比叡がぎょっとした顔で訊き返す。

「塩昆布って甘いんですか!?」

「塩辛いですよ。それがいいんだって、提督、おっしゃっていたけど」

 それを聞いて、金剛はなおも考え込んでいたが、やがてお品書きから顔をあげ、

「……わらび餅と、みたらし団子と、かき氷と――塩昆布をプリーズ」

「はーい、ご注文いただきました」

 間宮がうなずき、厨房の方に駆けていく。

 顔を見合わせる妹たちに、金剛はこほんと咳払いしてみせた。

「四人で食べ比べて、どれがお茶にあうか試してみるネ。我ながらナイスアイデア」

「さすがはお姉さまです!」

「たしかに、分析には一番よい方法です」

 比叡が感嘆の声をあげ、霧島がうなずいてみせるが、榛名は苦笑いして、

「塩昆布は食べる前から味がわかる気がします……」

 そう小さくつぶやいてみたものの、はたして金剛の耳に届いていたかどうか。

「お待たせしましたー」

 程なく、間宮が両手で抱えるような大盆にお菓子とお茶を載せてやってきた。金剛姉妹のそれぞれに、湯気のたつ煎茶と焙じ茶の湯のみが置かれ、テーブルの真ん中に、器に盛られた、わらび餅、みたらし団子、かき氷、それに塩昆布が置かれる。

「ごゆっくりと」

 間宮が微笑んで去っていくのと同時に、金剛が気合のはいった顔でうなずき、

「まずはお茶にチャレンジしてみるネ。どっちが美味しいか試してみまショウ」

 そう言って、煎茶の湯飲みを手にとろうとして、金剛はぴくっと指を離した。

「熱ッ……!」

「大丈夫ですか? お姉さま」

 比叡の言葉に金剛がうなずき、指先に息を吹きかけて、

「フムム……取っ手がないと持ちにくいですネ」

「お姉さま、湯飲みの上の方を持つんですよ」

 そう言って、榛名が実際に持ってみせる。

 金剛はそれを見ながら、おそるおそる湯飲みを手にとった。

「――ワオ、榛名、詳しいですネ」

「お姉さまが知らなさすぎるだけですよ」

 霧島があきれ顔で言ったが、金剛は気にした様子もなく、

「それではいただきまショウ」

 その声に、姉妹ほぼ同時に煎茶の湯飲みに口をつける。

 こくり、と喉を鳴らして、最初に感想を述べたのは榛名である。

「爽やかな苦味ですねえ……日本のお茶、って感じがします」

「苦味の中に甘みを感じるのがいかにも、よね」

 うなずいてみせる霧島に、比叡が応える。

「はい、さすがは間宮さんです――お姉さま? どうされました?」

 比叡が不思議そうな目線を送ると、金剛はまだお茶を口に含んでいた。どうやら念入りにテイスティングしているらしい。やがて白い喉を、こくりと鳴らし、

「なんだか紅茶よりも苦いネ……」

 少し涙目になって感想を述べる。

「お姉さま……味わいすぎですよ」

 榛名が困った顔で答えると、金剛は少し眉をひそめて言う。

「もっとこう、香りに華やかさがほしいネ。彩りがない感じネ」

「それでは、焙じ茶を試してみてはいかがでしょう?」

 霧島の提案に、金剛がうなずき、湯飲みを手にもつ。四人それぞれに口をつけると、

「香ばしいですね……」

「焦がした香りと甘みが良いですね」

「お姉さま、いかがですか?」

 榛名と霧島が感想を述べ、比叡が首をかしげて金剛に訊ねる。

 金剛は先ほどよりは多少なりとも明るい顔で、

「香りは独特ですケド、そんなに苦くないネ。でも華やかさはないですネ」

「まあ、日本茶はわびさびの世界ですから……」

 榛名がやや困った顔で言うと、霧島がきらりと眼鏡を光らせて、

「お茶は味わうことができました。でもお茶といえばお茶菓子です。どのお茶が何にあうか、それを見極めてこそ本当の分析になるのではないでしょうか?」

「ワォ、霧島、グッドアイデア!」

 金剛がうなずいてみせる。

「じゃあ――まずはかき氷から、いくネ!」

 金剛姉妹はそろって目を輝かせながら、スプーンを手にとった。

 

「美味しかったですねえ」

 比叡がにこにこと笑みを浮かべるのに、霧島がうなずいてみせる。

「はい、食べ比べてみるのもなかなか楽しいものです。的確な分析ができました」

「まあ、最後の塩昆布はちょっと失敗でしたけどね……」

 榛名が軽く苦笑しながら言うと、金剛は片手で顔を覆い、天井を仰いでみせた。

「シット! 提督の趣味がわかりマセン。あんなものが好物なんて!」

 金剛姉妹はさざめくように談笑しながら、甘味処『間宮』から次の目的地へと歩いていた。艤装をはずしているとはいえ、鎮守府内の白い廊下を戦艦姉妹が四人揃って移動するさまはなかなかに壮観なのか、すれちがう駆逐艦の艦娘が時折あこがれの眼差しを送ってくる。

 勇気を出して挨拶をしてくる艦娘に、金剛たちは軽く応えながら、甘味処『間宮』での感想を述べているのであるが――提督の好物という塩昆布を一番最後にとっておいたのがかなり裏目に出てしまった。

 妹達は一口食べてすぐにお茶を飲んで流し込んだのだが、金剛だけは意地をはって、

「提督がこれを好きなのは理由があるはずデース! 愛で理解してみせマース!」

 と、残る塩昆布をほうばったのだが、結局、理解には及ばなかったようである。

「ところで、高雄(たかお)と愛宕(あたご)の部屋がそろそろのはずですよ」

 榛名が言うと、霧島があごにひとさし指を添えて軽く首をかしげ、

「間宮さんから聞いた話ですから、間違いはないと思うのですが……」

「あの二人にそんな好みがあったとは知らなかったなあ」

 比叡がうなずいてみせる。

 なにかといえば珈琲である。

 甘味処『間宮』でも飲めなくはなかったのだが、提督好みのお茶会を開きたいという金剛たちの希望を聞いた間宮がすすめてくれたのが、高雄と愛宕の重巡姉妹であった。

 いわく、鎮守府イチの珈琲名人。いわく、珈琲については間宮の師匠。

 それほどまでに言うのなら、と金剛姉妹は二人の部屋を訪ねてみることにしたのだ。

 

「へえ、ふうん……びっくりだわ」

 金剛の頭を下げてのお願いに、目を丸くして発した高雄の返事がそれだった。

「あなたたちが珈琲飲んでみたいなんて、珍しいこともあるのね」

 愛宕も同じような感想を述べたが、どこか楽しそうな響きが声にある。

 高雄は短い黒髪、愛宕は長い金髪。お揃いの青い服にベレー帽。二人とも重巡クラスにしては戦艦なみのスタイルの良さである。ついこの間、演習を重ねて第一線級戦力まで格上げされたという彼女たちを見て、比叡などはひそかに、やはり大艦巨乳主義……とぼそっとつぶやいたが、幸い二人には聞こえなかったようである。

「まあ、これには事情がありまして……」

 榛名が苦笑いを浮かべてみせるのに、陸にあがった深海棲艦を見たかのような顔をしていた高雄と愛宕が顔を見合わせ、次いで、ぷっと吹き出した。

「ヘイ、チョット! そんなに笑わなくても!」

 頭を下げていた金剛がむすっとした顔で姿勢を直すのに、高雄が微笑みながら、

「あら、ごめんなさい。提督のことになると、本当に金剛さんってつっぱしるのね」

 図星をつかれて金剛の顔が見る見る赤くなる。

「『バーニングラブ!』ってやつかしら」

 愛宕がウィンクしながら言ってみせると、カップボードへ向かい、てきぱきと珈琲を淹れる準備を始めた。手は動かしつつ、申し訳なさそうに言う。

「ごめんなさい、普段は二人飲みなので、小さい道具しかないの。四人分を用意となるとちょっと時間がかかるわね」

 愛宕が電気コンロでケトルのお湯を沸かしにかかる。

 高雄が珈琲豆の入った瓶を棚から取り出しながら、首をかしげてみせて、

「どの銘柄がいいかしら……金剛さん、好みの味とかある? 苦いとかすっぱいとか」

 高雄の言葉に、金剛が目を白黒させる。

「ホワット!? 苦い? すっぱい?」

「珈琲で大事なのは苦味と酸味なのよ。深く焙煎すると苦味が出るし、そうでないと酸味が強くなるわね。どっちが好きかは人それぞれなんだけど……」

 そう言って、高雄があーうんうんとうなずいてみせ、

「まあ、そうか。金剛さんだと珈琲飲んだことないか……」

「ソーリー。普段は紅茶ばかりだから、お茶がすっぱいとか初耳ネ」

「高雄、あれでいいんじゃないの?」

 愛宕が振り向いて、にっこりと微笑んでみせる。

「提督スペシャルブレンド」

 愛宕の提案に、高雄がぽんと手を打ち、

「ああ、それがいいかもね。金剛さんが知りたいのは提督の好みだろうし」

「あの、その提督スペシャルブレンドってどういうものなのです?」

 霧島が眼鏡をくいっと直しながら訊ねる。残る三人もうんうんとうなずくのに、愛宕はカップボードから小ぶりなアルミの缶を取り出し、

「提督執務室向けに特別にブレンドしているものがあるの。提督はいつもこれを飲んでらっしゃるわ。当たりは柔らかいけど、芯はしっかりと強い味よ」

 そういって、缶を開けてみせると、かぐわしい香りがただよいだしてきた。

 金剛が大きく息を吸い込み、次いでほうっとため息をついてみせる。

「良い香りネ……」

「はい、なんだか楽しみになってきました!」

 比叡が勢い込んでうなずいてみせる。その様子に高雄と愛宕がそろってうなずき、

「じゃあ、これにするわね。ちょっとベッドにでも腰掛けていて。すぐに淹れるから」

 高雄のすすめに、金剛姉妹がそろって腰をおろす。やがて、ケトルのお湯が沸き、セットされたドリッパーに、愛宕が少し高い位置からお湯を落とす。珈琲豆を蒸らすために、途中で何度かお湯を注ぐ手を止める様子は手慣れた様子だった。

 部屋の中にふわりと珈琲の香りがただよう。金剛は目を閉じながらそれをかぎ、

「……紅茶とは違うケド、本当に良いフレーバー……」

「なんだか、落ち着きますね」

 榛名も同じく目を閉じながら同意してみせる。

「はい、できあがり――ごめんなさい、一人ずつになるけど、誰が最初に飲む?」

 愛宕がカップを手にしながら声をかける。

「ここはやっぱり……」

「お姉さまが最初に評価なさるべきでしょう」

「はい、お姉さまにおゆずりします!」

 妹達三人の視線が金剛に集まる。金剛は左右を見回し、妹達が自分をじっと見つめているのに、照れ笑いを少し浮かべて、

「みんなの気遣いサンキュ。じゃあ、一番にいただくネ」

 そう言って、手を伸ばし、愛宕からカップを受け取る。金剛が浮き浮きした笑みを浮かべていたのも束の間、カップの中の湯気立つ液体を見るや、顔をひきつらせた。

「オゥ…………」

 そうつぶやくや、カップに目線を落としたまま固まったように動かない。

 妹達三人はきょとんとした表情でお互いに顔を見合わせ、そろりとカップの中を覗き込み――やはり、金剛と同じく固まった。

「黒い……」

「……この黒いの、飲めるの?」

「か、香りはよいですよ、香りは!」

 絶句した様子の榛名に、眼鏡を曇らせた霧島がつぶやく。比叡があわててフォローするが、頬には冷や汗が一筋つたっていった。

 その様子に、高雄と愛宕が顔を見合わせ、肩をすくめて、

「まあ、初めてだとブラックはきついかしら?」

「砂糖とクリーム使う? ミルクで割ってカフェオレにしてもいいけど」

「……提督はいつもどうやって飲まれているんですカ?」

 金剛がおそるおそる訊いてみた質問に、高雄があっさりと答える。

「ブラックね。眠気覚ましにちょうどいいんですって」

 それを聞いた金剛がごくりと唾を飲み込む。

「テイトクの好みを知るためには、同じように飲むのが一番デース……」

 金剛がうめくようにつぶやくと、そっとカップを手にとった。

「お姉さま、無理はされないほうが」

「榛名、気遣い無用ネ。ワタシの提督への愛は、これぐらいのことなら、なんなく乗り越えてみせるのデース!」

「気合です、お姉さま!」

 比叡がそう応援してみせると、金剛は意を決してカップを口元に運んだ。

 

「……ああいう味もあるんですね」

 ぽつりと榛名がなにかを悟ったような顔で言う。

 一礼して高雄と愛宕の部屋を後にして歩き出した金剛姉妹はしばらく無言だったが、榛名のその一言をきっかけに、いっせいに口を開いた。

「わたしはわるくなかったと思います。むしろ飲みだすとやみつきになるかも」

 霧島のその一言に、比叡が目を丸くして、

「ホントに!? あんなに苦いのに?」

「ええ、分析してみたのですが、たしかに苦いしすっぱいですが、その奥にかすかな甘みも感じました。そのあたりの絶妙さが提督の好まれる理由かもしれません」

 霧島はそう言うと、ちら、と金剛を気の毒そうにみやった。

「ただ……一度に三杯は飲みすぎかもしれませんね」

 金剛はというと、胃のあたりに手を当てながら、テイトクはあんなのが好きなのカシラ趣味がわかりマセンああテイトクあなたが遠くなっていくデースと、やや青い顔でつぶやいていた。

 妹三人は一杯だけ飲んだのだが、その一杯めで納得いかなかったのか、金剛は続けざまにお代わりを頼み、さすがに止めようとする高雄と愛宕に対して放った台詞が、

「ワタシはテイトクのすべてを受け入れるデース!」

 そうしてとうとう三杯も飲んでしまったのだが、小さめのカップとはいえ、なかなか胃に響いたようである。

「愛宕さんがすすめられるように牛乳で割ってもよろしかったのに……」

 榛名がつぶやくのに、比叡と榛名がうんうんとうなずいてみせる。しばらくはぶつぶつとつぶやいていた金剛だったが、やがて、顔を上げると、ふんと息をつき、

「でもこれでテイトクのことをひとつ知りマシタ! 高雄と愛宕に感謝ネ!」

 そういうと、妹達に振り返って、にっこりと微笑んでみせる。その様子に、三人はほっと胸をなでおろしたが、比叡がふと首をかしげ、

「そういえば――謎のお茶会って何だったんでしょうね?」

 そう言ったときである。

「――皆さーん!」

 通路の向こうから呼ぶ声がした。金剛たちが目を向けると、小柄な艦娘が手を振りながら駆けてくるのが見えた。ゆるく編んだ黒髪を前に垂らし、黒を基調としたセーラー服に似た服装である。小柄な体格から駆逐艦であることは見てとれたが、金剛たちはその艦娘に見覚えがあった。

「あら、時雨(しぐれ)じゃないですカ。ホワット?」

 金剛が手を挙げて答えてみせると、駆けてきた時雨は金剛の前で止まり、軽く敬礼してみせた。息がまったく乱れていないのは、さすがは駆逐艦の艦娘の中でも精鋭と呼ばれるだけのことはある。

「青葉さんが僕に言伝を頼むってね。それで探してたんだ」

 時雨はそう言った。少年っぽい言葉遣いだが、たおやかな声が印象的である。

「コトヅテ?」

 金剛が聞き返すと、時雨はこくりとうなずいた。

「謎のお茶会が判明した、今日の午後なら寮の第四食堂に行けばわかるってさ」

 時雨の言葉に、金剛姉妹はそろって顔を見合わせた。

「第四食堂……?」

 

 鎮守府は広い。中には使われていない部屋もあり、第四食堂もそのひとつであった。

 艦娘たちは数多くいるが、概ね鎮守府にいるときは食事の時間をずらし、大食堂で収まるようにしている。ちなみに正午にきちんと食事を取れるのは実戦を控えた艦娘たち、訓練途中の艦娘など下っ端は一番最後の順になっている。これは風呂を使う順番ともおおむね共通しており、一線級に格上げされることが即座に扱いの差に結びつくので、待遇改善を戦意に代えて日々訓練にいそしむ艦娘は少なくない。

 よって、第四食堂は本来なら鍵のかかった空き部屋のはずであり、ほこりをかぶっていてもおかしくはない。これがもっといわくありげな部屋であれば怪談話も出そうなところであるが、なにぶん食堂ではミステリー性に欠けるところである。

 ところが、金剛姉妹が目にした第四食堂は想像と大きく異なっていた。

 綺麗に掃除がなされ、床から窓までぴかぴかに磨かれ、テーブルには真新しいクロスがかけられている。無人のはずの室内は果たして何人もの艦娘が集っており、何よりも目を引くのは壁に大きく掲げられた張り紙だった。

 いわく、「飲んでお肌をつやつやに! 烏龍茶美容研究会」。

 目をみはりながら、張り紙を背に立っていた主催らしき艦娘が声をあげた。

「あら、まあ――めずらしいお客人もいたものね」

 少しウェーブがかった黒髪を流し白いカチューシャをつけている。見た目の年齢的には金剛たちとさほど変わらないはずであるが、どことなく雰囲気が「妙齢の女性」っぽいところがあるのは気のせいだろうか。

 金剛たちにはむろん見知った艦娘である。鎮守府の最古参重巡。

「足柄(あしがら)、これはいったい何ですカ……」

 そう問われた足柄は、きょとんとした顔をしたが、次いで自信満々に胸を張り、

「お茶を通じて美容を磨こうという集いよ!」

 そう答えられて、金剛はじとっとした目になった。見ると、妙高型の他の姉妹三人のほかに、駆逐艦娘たちもそこそこいる。まあ、妙高型は姉妹のよしみでつきあっているだけなのかもしれないが。金剛がもう一度張り紙を見ると、集いとやらの名前の横に小さく回数まで書いてあった――第十四回。本当ならなかなか気合の入ったものである。

「さては金剛姉妹もお肌を磨きたくてここに来たのね!」

 びしっと指差しをしてみせる足柄に、霧島がいやいやと手を振り、

「この謎のお茶会に提督が来たという話を聞いて、訪ねてきたのよ」

 その言葉に、足柄はぽかんとした顔をしてみせたが、ややあってうなずき、

「うん、提督ね……ああ、まあ、たまに来るわね」

「ホワット!?」

 金剛が声をあげる。榛名と比叡は思わず顔を見合わせた。

「提督も美容を磨きに来るんでしょうか?」

「えっ、提督って男ですよね……えっ?」

 困惑気味の金剛姉妹に、足柄は何か得心がいったのか、

「ああ、そういうこと……まあ、そこにいるのもなんだから、入りなさいよ」

 促されるまま、金剛姉妹が食堂に入ると、ほかの妙高姉妹が声をかけてくる。

「いらっしゃい」

 落ち着いた雰囲気の艦娘――長女の妙高(みょうこう)が微笑むと、

「よ、ようこそ」

 どこか幼い雰囲気のある艦娘――末っ娘の羽黒(はぐろ)が頭をぺこりと下げる。

「こんな場所で奇遇だな」

 そう言って、長い髪をまとめた艦娘――那智(なち)が凛々しく敬礼してみせる。

 三人のその出迎えで、その場にわだかまっていた妙な緊張感がふっとやわらいだようであった。他の駆逐艦の子たちからも金剛たちに挨拶がかけられる。金剛たちはそれに応えながら、手ごろなテーブルについた。

「まあ、まあ、百聞は一見にしかず。まずは試していきなさいよ」

 足柄がそう言いながら、テーブルに次々と茶道具を置いていく。

 スノコのように細長い穴が並んでいる木の台。ミルクポットに見える、口の広い割と大振りな磁器。対照的に手のひらに乗りそうなほど小ぶりな茶色い急須に似たもの。そして金剛姉妹それぞれの手元に二種類の器が置かれる。これでお茶を飲むのであろう朝顔型の磁器と、何に使うのか一見不明な縦に細長い円筒形の磁器。

「お湯はちょうど沸いたところだから、すぐに淹れられるわ」

 足柄はそういうと、急須を開け、ぱっと見にはちょっぴりの量の茶葉を入れた。ついでポットから湯を投じる。急須にいっぱい湯が注がれたところで、蓋を閉め、急須の上からお湯を注ぐ。次いで、金剛たちの器にもお湯をそそぎ、あたためる。流れるような一連の動作に金剛は目をみはり、

「手慣れてますネ……!」

「ふふ、提督にも褒められたのよ」

「作法はゼンゼン違いますが、紅茶の美味しい淹れ方にちょっと似てるデース」

 金剛の言葉に足柄はうなずいてみせると、手早く器のお湯を木の台に流した。急須を手にすると、縦長の磁器にお茶をそそぎ、その上から朝顔の磁器で蓋をする。そうするや、その二つを組み合わせたまま、くるっとひっくり返してみせる。

「ホワット!?」

 金剛が目を丸くするのに、足柄が微笑みながら縦長の磁器をそっとはずす。

 はたして、朝顔の磁器に落ち着いた風合いのお茶がたゆたっていた。

「まずこちらからどうぞ」

 足柄が空になった縦長の磁器を金剛に差し出す。不思議そうに眉を寄せる金剛に、

「これは聞香杯。香りを楽しむための道具よ」

 その言葉に、金剛がそっと磁器を鼻先に近づける。

 くん、とかぐや、金剛は声をあげた。

「ワォ! すごく素敵な香りネ……!」

「え、どんなのですか? お姉さま」

 比叡が興味津々で身を乗り出す。金剛が磁器を手渡すと、比叡も香りをかぎ、

「わあ……紅茶とはちょっと違うけど、花みたいな良い香り……」

「ちょっと、比叡お姉さま、ずるいです」

「わたしたちにも試させてください!」

 霧島と榛名が不満の声をあげるのに、足柄がくすくす笑いながら、

「みんなのぶんも後で注ぐから心配しないで――さあ、どうぞ。飲んでみて」

 足柄のすすめに、金剛がそろりと器を手にし、その中のお茶に口をつける。

 白い細い喉がこくりと鳴るのを、妹たち三人も見守っていたが、

「――デリシャス!」

 金剛は目をみはり、感嘆の声をあげた。足柄が得意げな顔をしながら、

「でしょう? 烏龍茶は美容にいいだけじゃなくて、何より美味しいのよ」

 そういうと、足柄は残る三人のぶんのお茶を準備し始めた。てきぱきと手を動かす足柄に向かって、金剛は首をかしげて訊ねてみせる。

「さっき、テイトクがいらっしゃるといっていまシタガ……」

「ああ、うん。たまになんだけどね。茶葉を取りにくるときに時間があればお手並みを披露することがあるわね」

「提督はいつも来られるわけではないのですか?」

 榛名の質問に、足柄がうなずいてみせる。

「お忙しい方だから、毎回参加ってわけにもいかないみたい。ああ、でも、私室にプライベート用の茶道具一式があって、それで楽しんでいるみたいね」

 その言葉に金剛姉妹がそろって目を丸くする。

「提督も足柄がやったようなことを?」

「一度お手並みを見せてもらったけど、なかなか堂に入ったものよ。あれはかなりの年季が入っているわね……」

 足柄はそう言うと、人差し指をぴんと立ててみせて、

「まあ、わたしたちが定期的にこの集いを開いているのは、烏龍茶をたっぷり飲んで、お肌を磨いてダイエットにも役立てようっていうもので――」

 そう滔々と話しはじめたが、金剛はというと、手元のお茶をじっと見つめていた。

 

 

「提督の意外な趣味、発見ですね」

 第四食堂を後にして、霧島が眼鏡をきらりと光らせながら言う。

「足柄の言い方だと、相当凝ってる様子だったなあ」

 比叡の言葉に、榛名がうなずく。

「でも、これで提督をどうもてなすか決まったんじゃないですか?」

「そうですね、烏龍茶とは盲点でした」

「どうしよう、今から道具をそろえる?」

「足柄さんに手ほどきを受けるのもいいかもしれませんね」

 にぎやかに話し始めた妹三人をよそに、金剛は黙って考え込んでいたが、

「――それで良いのでしょうカ」

「お姉さま?」

「そういうことをして、本当にテイトクをおもてなしできるのでしょうカ」

「だって、提督の好みを知るために、こうして鎮守府中を歩いたんじゃないですか」

 不思議がる比叡の言葉に、金剛はふるふるとかぶりを振ってみせた。

「足柄の手つきを見て思いマシタ。あれは飲んでもらう人に精一杯の美味しいお茶を飲んでもらおうという手つきデース。付け焼刃の烏龍茶で同じようなことがワタシ達にできるでしょうカ?」

「それは……練習すれば……」

 戸惑うような榛名に、金剛はきりっとした目で言う。

「たしかにそうデス。でも、それで提督は本当にお喜びになるでしょうカ……ううん、それが本当にワタシ達らしいもてなしになると思いますカ?」

 金剛の眼差しは真剣だった。ややあって、比叡がうなずき、言う。

「実は……わたしも足柄さんの手つき見て思ったんだ。このしぐさ、どこかで見たなと思ったら、ああ、紅茶を淹れてくれるときの金剛お姉さまと同じなんだな、って」

「お姉さまはこうおっしゃりたいのですね」

 霧島が眼鏡越しに優しい眼差しで金剛を見つめる。

「いつもの紅茶でなら、足柄さん以上のもてなしが自分にはできる、と」

 その言葉に、金剛がこくりとうなずいた。

「ワタシの愛はテイトクをすべて受け入れるつもりデース。でも、そのために自分を変えてしまうことはきっとテイトクは喜ばれないと思うのデース」

 金剛の脳裏には、艦隊総旗艦、長門(ながと)の姿が浮かんでいた。

 凛としてある彼女は、提督に媚びて信頼を勝ち得ただろうか。

 提督のために自分を曲げて、彼の歓心を買おうとしただろうか。

 答えは否だ。彼女は彼女としてあり続け、それがために提督に認められたのだ。

「じゃあ、提督にぜひ『わたしたちの』お茶会に来ていただかないといけませんね」

 榛名が決意を秘めた穏やかな声で言うと、比叡が眉根を寄せて訊ねた。

「でもどうやって?」

 その言葉に、金剛は満面の笑みで言ってみせた。

「比叡、自分で言ったではありませんカ。引いてダメなら引き倒せ、デース」

 

 金剛は決意に満ちた面立ちで提督を見つめていた。

 まだ向こうには気づかれていないが、声をあげれば気づく距離。

 そして、ほんの少し歩けば、提督のもとへたどりつける。

 背中に視線を感じたが、物陰から様子をうかがっている妹達だとわかる。

 問題は。

「よりによって、どうして一緒にいるデスカ……」

 金剛が見つめる先には、提督と、長い黒髪を流した凛とした面立ちの艦娘がいた。武人風のたたずまいをおもわせる雰囲気の彼女こそ、艦隊総旗艦のほまれ高い長門である。

 二人はなにか真剣に話し込んでいる様子だった。ケッコンカッコカリした間柄ながら、この二人ほど睦みごととは縁遠い二人もあるまい。顔を合わせるや、任務、作戦、戦略で話の内容が埋め尽くされ、それを目撃した駆逐艦からは「ケッコンって仕事が増えるんですか?」と言わしめたほどだ。

 もっともあるいは、仕事の話こそ二人にとって最高の睦みごとかもしれないのだが。

 とにかく金剛としては出ていこうにも行きづらい。二人の会話に割って入るというのも勇気がいったし、仕事の話の邪魔をするというのもはばかられる気がした。

 さりとて、引き返すのはもっとしゃくだった。正直にいえば、ここで引き返すとまた気持ちがしぼんで提督を誘おうというガッツが出てこないかもしれない。

 進むか引くか。提督を前に逡巡していた金剛だったが――

 ――ふと、長門と目があってしまった。

 ぴきっ、と金剛は固まってしまう。

 明らかに二人を見つめていたことがばれている。

 長門は少しの間、不思議そうに金剛を見つめていたが、ややあって、こくりとうなずくと、目線で合図を送ってきた。

 いいから、こっちに来い。そう言われた気がした。

 金剛は勇気を振り絞って、一歩、また一歩と、歩みを前に進める。

 あと十歩というところで、ようやく提督が気づいてこちらに顔を向けた。

「――おお、金剛か。どうした?」

 なにげない口調で言う提督に声をかけるのに、このとき、金剛は深海棲艦の大艦隊に対峙する以上の勇気を出さねばならなかった。

「テイトク……」

 呼びかけの声は自分でも驚くほど小さかった。

 ごくりと唾を飲むと、気を持ち直して、金剛は精一杯の声で言った。

「……明日、ワタシたちのお茶会に来てほしいのデース」

 そう言われた提督は、少し黙り込んだが、ややばつの悪そうな表情で

「いや、すまんが、遠慮して――」

 しかし、提督は最後まで言葉を続けられなかった。

 長門が提督の肩に、ぽんと手を置き、こう言ったのだ。

「行ってやれ、提督」

「いや、しかし、俺は紅茶はだな――」

 言いかけた提督の顔が不意にひきつる。

 長門の手が肩をつかみ、みしみしと指に力を入れて食い込ませていた。

「いいから、行ってやれ、提督」

 長門の声はこのうえなく涼しげで、握力を入れているとは思えない。

「わかった、わかった。あ、明日だな。よし、わかった」

 提督が汗をたらしながらうなずくと、金剛はぱっと顔を輝かせて、

「三時のおやつの時間デース! 待ってマース!」

 そう伝え終わると、金剛は自分の顔が急にほてってくるのを感じた。顔を隠すかのように提督に背を向けると、足早に、やがて走るように駆け去っていく。

 通路の曲がり角へ姿を消したところで、姉妹そろってにぎやかに快哉を叫ぶ様子は提督には聞こえなかった。彼が気にしたのは別のことである。

「な、なあ、長門」

「……うん?」

「そろそろ手を離してくれてもいいんじゃなかろうか」

「ああ、すまん。つかみ心地がいいからつい手に力が」

「君、何気に怒っているだろう」

「はっはっは、わたしが何に怒るというのだ」

「怒るくせにああいう気遣いをするんだからな。わからん」

「提督」

「なんだ」

「なぜそんなに紅茶をきらうんだ?」

 長門の問いに、提督はふうっと息をつくと、帽子で顔をあおぎながら言った。

「……さすがに君にも言えんことはひとつやふたつあるよ」

「……フッ、そうか」

 愚痴っぽくつぶやく提督を、長門はそれ以上問い詰めなかった。

 ただ、どこか遠くを見るような彼の横顔を、彼女は優しい眼差しで見つめていた。

 

 時計を見ながら、金剛はそわそわと身じろぎした。

 やおら立ち上がると、指差ししながらテーブルの上のものを数えていく。

「ティーポットよし、ミルクと砂糖よし、茶葉よし、ケーキよし、スコーンよし……」

「お姉さま、もう二十回目ですよ」

 比叡があきれ顔で言う。霧島と榛名がうなずき、

「お気持ちはわかりますが、落ち着きましょう」

「そうですよ、提督がいらしたときに笑顔がでなかったらどうするんですか」

 二人の言葉に、金剛が苦笑いを浮かべたとき。

 控えめに、ドアをノックする音が聞こえた。すかさず金剛たちは顔を見合わせると、ぴしっと姿勢をただし、ぱっと表情に笑顔を浮かべ、言った。

「ドウゾ、お入りになってクダサイ」

「おじゃまする」

 ぱりっと白い海軍服を隙なく着こなした提督が入ってくる。

 金剛がにこやかに提督を椅子に案内すると、提督はやや緊張した面持ちで腰掛けた。

「お招きに感謝する。それから――」

 提督は深々と頭を下げた。

「――これまで、たびたび招かれながら断ってきた無礼を許してほしい」

 その様子に比叡などは思わずぽかんと口を開けたが、金剛は微笑みながら、

「気になさらなくていいんですヨ。提督、銘柄はおまかせくださっても?」

「ああ、君にまかせる」

 提督の言葉に金剛はうなずき、てきぱきと、しかし優雅に支度を整えていった。

「ほう、見事なものだ」

 それを見た提督は感嘆の声をあげる。霧島がきらりと眼鏡を光らせて、

「提督の専門は烏龍茶では?」

「……どこで調べたんだ、そんな情報」

 思わず提督がじとっとした目になるが、軽く咳払いをして、

「士官学校の教官に茶道楽の人がいてね。酒を飲む代わりにずいぶんとお茶につきあわされたものだ。自室で烏龍茶を飲んでいると、教官の教えを思い出すようでね。仕事が終わったあとの振り返りにと、たしなんでいる」

「へえ……ちなみに、その教官は、いまは?」

 榛名の問いに、提督はやや沈痛な面持ちになって答えた。

「亡くなられたよ。深海棲艦との戦闘でね」

「あ……申し訳ありません……」

 頭を下げる榛名に、提督はかすかにかぶりを振った。

「いや。いまこうして君たち艦娘を指揮して戦えるのも、その教官の教えあってこそだ。君たちを生かすことが、その教官の意思を生かすことだと、俺は思う」

「――はい、テイトク。どうぞ」

 金剛がそっとカップを差し出す。提督はティーカップを手にとると、すぐには口をつけず、まじまじと茶を見つめ、ついで香りをかいだ。

「……お気に召しませんカ?」

 おそるおそる訊ねる金剛に、提督は微笑んでみせた。

「いや――まず茶の色を楽しみ、ついで香りを楽しむ。これが作法だよ」

 その言葉に、金剛姉妹があっけにとられるのを横目に、提督はひとくち茶を飲んだ。

「ほう、セイロンか」

「お分かりになるのですか?」

 霧島が目を丸くして訊ねるのに、提督はうなずいてみせた。

「うん。無難なダージリンにするかと思ったが、セイロンか。俺のお気に入りだ。ストレートで飲んでよしミルクティーにしてよし――の器量よしだな」 

 提督はそう言うや、ティーカップのお茶をごくり、とまた飲んだ。

 比叡がぽかんとした表情のまま、つぶやくように言った。

「提督、紅茶に詳しかったんですね」

「知らないものを嫌いにはなれないだろう」

「それも教官から教わったのですカ?」

 金剛の問いに、提督はすぐには答えなかった。

 しばし目を閉じ、やがて口を開くと、懐かしむような口ぶりで話しだした。

「昔の話だ。あるところに一人の士官候補生がいた。将来有望を謳われていた彼は、あるとき下宿先の娘と恋仲になった」

 提督の語りだした話に、金剛姉妹は目を丸くし、ついで、真剣な表情で耳を傾けた。

「下宿先の一家はながらく外国にいてね。少女もいわゆる帰国子女だったそうだ。お互いに言葉を教えあっているうちにそういう仲になったんだろうな」

 提督は姉妹の誰とも目をあわそうとしない。その目は遠くを見ているようだった。

「その娘はたいそうな紅茶好きだったという。士官候補生の時間が空いてるときは、よく帝都の喫茶店めぐりをしたそうだ。どこの店が美味しかった、どこのお茶がよかった、どこのお菓子がよかった……他愛のない会話を、候補生も娘も楽しんでいた」

 提督は、ふっと息をつくと、続けた。

「だが、深海棲艦の対処について、その候補生が出した論文が上層部の目に留まってね――よくない形でだ。士官学校を辞めさせろと騒ぎになった。それを耳にした下宿先の夫婦が娘の将来を気にしてね。くだんの士官候補生を下宿から追い出そうとした」

 提督はそこでいったん区切った。ごくりと誰かが唾を飲む音がした。

 金剛は提督の顔を見つめながら、おそるおそる声をかけた。

「それで――その後、どうなったのですか?」

「士官候補生はその娘にちょっと期待していた。取り持ってくれるのではないか、あるいは味方でいてくれるのではないか、と。だが、追い出される雨の日の夜、娘は冷たく彼にこう言ったそうだ」

 提督の顔に、一瞬だけ痛みが走ったかのように見えた。

「『ごめんなさい、お父様の言うことは聞かなきゃいけないの』と……」

 提督はそういうと、ティーカップのお茶を一息に飲み干し、金剛に言った。

「おかわり、もらえるかな? ストレートティーをもう一杯」

「はい、テイトク」

「あとスコーンをくれないか。つけあわせは、あればブルーベリージャムで」

「わかりマシタ」

 てきぱきと準備する姉をちらと見ながら、榛名が訊ねた。

「それで、提督……その士官候補生はどうなったのですか?」

「士官学校はどうにか無事に卒業できたが、まともな赴任地につけなくてね。当時はまだ怪しげな実験部隊に配属されたと聞いたなあ」

 提督がそう言うと、榛名がくすりと笑い、ついで霧島と比叡も笑みをこぼした。

 金剛だけは笑おうとしなかった。提督にお茶とスコーンを差し出し、言う。

「……ワタシの勝手な想像ですケド」

 彼女は提督をにらむかのような目で見つめながら、言った。

「娘さんも本心で提督を拒んだわけではないとおもうのデース。好きじゃない人とそんなに何度もお茶を一緒にできるわけがないのデース」

「ああ、俺もそう思う。ただ――当時は彼も若かったんだろうな」

「テイトク」

「なんだ」

「わたしとその娘さん、似てますカ?」

「――おそらく、独特のイントネーションがね」

 それ以上は提督は声に出さなかった。

 ただ、口を動かして何事かつぶやくのを金剛は見てとった。

 たぶん、なつかしいな、と言ったんでショウ――金剛はそう思うことにした。

「その実験部隊にいった候補生さん、元気にやってるのかな」

 いたずらっぽそうな笑みを浮かべて比叡がいう。霧島が眼鏡をなおしながら、

「あら、優秀な人材ならどこにいても頭角をあらわすものです」

「そうですよ、きっと今頃はもっと可愛い女の子に囲まれてますよ」

 榛名がそう言って提督を見つめると、彼は苦笑いを浮かべて言った。

「そうだな。まあたぶんお茶を飲んで仕事をさぼったりはしてないだろうな」

 どこまでもはぐらかす提督を、金剛は優しいまなざしで見つめていたが、

「テイトク!」

「どうした」

「ワタシ、テイトクにずっとついていきます! テイトクが負けっぱなしになっても決して見捨てません。だから、だから――」

 金剛は一瞬ぐっと言葉を詰まらせ、そして、言った。

「――また、お茶会に来てくれませんか?」

 提督はしばし黙っていたが、やがてボソッとつぶやいた。

「バカを言うな」

 一瞬落胆の色を浮かべる金剛に、提督は首を横にふり、強い口調で言葉をはいた。

「俺は負けない。俺が負けるということは艦娘である君たちを失うということだ。もう決して犠牲は出さない。君たちが生きたまま、艤装と記憶を返し、普通の少女に戻る――そのときまで、俺は負けるわけにはいかないんだ」

 そう言うと、提督はふいと横を向き、言った。

「だから、金剛の条件は無意味だぞ。来たい時に来る。それだけだ」

 その言葉に、金剛はじわっと目を潤ませた。そして、

「テイトクゥー!」

 思いきり、提督に抱きついた。

「ああ、金剛お姉さま! もう、提督も離れてください!」

 比叡が慌てて声をあげる。

「いや、離れろといわれてもくっついているのは金剛のほうで」

「いいから、提督離れてください!」

「いや無理だって!」

 比叡も加わってくんずほぐれつになった三人を、霧島がため息をついて見守る。

「まあ、ひとまずは前進かしら」

 榛名がうなずいて応じる。

「そうですね。お姉さまはご自身のペースで進まれていいのではないでしょうか」

 二人は顔を見合わせると、にっこりと微笑み、ついで声をあげて笑い始めた。

 提督の悲鳴と、艦娘たちのかしましい声。

 それが窓から外へ流れ、抜けるような青空と海原の先へと消えていった。

 

〔了〕


 
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