第十七話「~降 臨~わたしのヒーロー」
瓦礫の真ん中に黒い点が存在する。黒猫である。その黒い体躯を赤く染めていた。
東の地平線から光が地面を照らしていく。
しばらくすると猫は朝日に顔を歪ませ、体を身動ぎさせる。そこで痛みに気づいてか、体をぎこちなく動かす。
「……? ……ここは? ……そうだ明樹保! みんな!」
最初は起き上がれず何度も重力に負ける。それでも歯を食いしばり、仲間のために重力と激痛に抗う。
なんとか起き上がったエイダは周囲を見渡す。彼女の視線の先には壊れた街並が広がっていた。辺りには人の姿も気配も感じない。
無理に体を動かしたため、痛みにより顔に玉のような汗と深いシワが出来ていた。
「負けたのね……」
エイダ達はルワーク達に敗北したのだ。明樹保以外は敵に倒され、明樹保もまた仲間を人質に取られ負けた。
敗北。彼女はその事実に苦虫を噛み潰したような顔になる。
「なんとかしておいてね……」
エイダだけはグレートゴールデンドラゴンナイトのお陰でなんとか難を逃れた。彼の最後の言葉「なんとかする」という言葉だけが、最期の頼りとなっている。
「なんとか……なんとかしなくちゃ! まだ負けてない!」
エイダは自身に強く言い聞かせて、なんとか歩き出す。その歩みは足を引きずり牛歩となり、体は左右に揺れていた。
「きっと彼なら……」
彼女は唯一の頼みの元へと足を運ぶ。
明樹保たちが捕まって数時間後の出来事である。
暗い空間で満たされた闘技場。廃墟となった教会の地下にある。そんな薄暗い闘技場を、華やかに輝かせる黄金。超常生命体55号と呼ばれる戦士が、オリバーと対峙している。
黄金の輝きは戦士の動きに合わせて闘技場を動きまわっていく。紺色の輝きが幾度か塗りつぶすが、黄金の太陽は沈まない。
「粘るな」
「このグレートゴールデンドラゴンナイトは、負けられないんだよぉ!」
彼の足元には6人の人影が転がっている。力尽きたのか、烈たち6人が倒れ伏していた。
彼は金の炎を大剣に象った剣を振りかぶる。黄金に輝く炎の旋風が、オリバーを襲う。その回数、一秒に三度。しかし、どれも寸前で躱されてしまう。輝く旋風は観客席を襲わんと疾駆するが、見えない壁にぶつかる。重い衝撃と音を残して霧散した。
「ちぃ!」
「楽しいぞ! 黄金の戦士ぃ!」
舌打ちする黄金の戦士に、オリバーは歯を剥いて笑う。
「目的を忘れなきよう!」
オリバーが戦いに熱中し始めたと見るや、保志 志郎は大声で忠告を兼ねて注意を促す。
「承知している」
言葉とは裏腹に、彼の表情は戦いを楽しんでいた。そんな様子に、志郎はしばし口を開いたり閉じたりして悩んだ後、肩をすくめて踵を返す。
「仕方がないですね。こちらでデータを取ればいい話ですが」
闘技場の観客席には一般席と特等席があった。特等席は一般席と違い屋根が有り、豪華な彫刻のある柱がそれを支えていた。地下にある時点で屋根もへったくれもないのだが、作った当人は雰囲気を重視したようだ。
「彼女達はどうでしょうかね?」
志郎はつぶやくと、背後にある特等席を見上げる。
そこには7つの氷の十字架が浮いており、そこに明樹保達は磔にされていた。彼女たちは意識がなく、身動き一つしない。
「ん? 主は?」
つぶやくように紡いだ言葉は独り言である。
「ついさっきどっか行っちまったよぉ。飽きたんじゃないかぁ?」
しかし志郎の独り言に、返答が来る。彼は少しだけ目を見開き反応する。
志郎は声の主に背を向けたまま続けた。
「あれほど嬉しそうに彼女たちを眺めていたのに……もう、ですか」
志郎の背後に現れたのはイクスである。彼は志郎の言葉に「いつものことさ」と返すと、手近な一般席に勢い良く座った。視線の先はオリバーと黄金の戦士の決闘である。
イクスの言葉に志郎は深く溜息を吐くと、イクスとは階段を挟んだ隣の席へと座る。膝を肘置きとして、顔の前で手を組み、そこに顎を乗せ、瞑目してぶつぶつと呟き始めた。イクスはそんな彼の様子を横目で眺めながら、口を開く。
「早速、次の作戦を考えているのかぁ?」
「無論だ。後は懸案事項の再確認だ」
イクスの視線の先で、黄金の戦士は派手に壁にたたきつけられ、土煙を上げている。
「んなもん、自衛隊とか、企業のヒーローが動くことぐらいだろう?」
「お前は自分がやった過ちを1つ忘れているぞ。いや2つだな」
志郎の言葉に、イクスは眉根に皺を作った。
「あ、ああ……」
「おかげで胃薬の服用回数が増えたぞ。しかしぃ! 私が全身全霊で持てる頭脳を駆使してぇ! 主を支えるのであるぅうう! イレギュラーが起きてもなんとかするのが私のぉ存在意義! 主ぃ! 私はこの苦難に立ち向かって見せますぞぉ!」
「おい泣くなよぉ。悪かったってぇ」
志郎はイクスの言葉を聞かず、ひとしきり泣いた後、清々しいまでの表情で薄暗い空間の天井を見上げた。
「鐵馬はどうした?」
「グラキースと一緒にいるさぁ。あいつもお父さんになるからなぁ。子供が気になるんだろう?」
「それも私にとっては、かなりのイレギュラーだ」
「あれはグラキースがいけないんだからなっ! 俺じゃねぇぞ!」
志郎は気だるそうに「わかっている」と呻くようにつぶやいた。
「4つの魔石を使用された者の現状。超常生命体10号の動向。エイダの所在。彼女たちの今後……は、主がなんとかしてくれるだろう。損失した戦力の補填に――」
「おいぃ! 俺に言われても打開策とか出ねぇぞぉ!」
志郎は「何を言っているんだこいつは」という顔になった後、鼻で笑い続ける。イクスは抗議しようと開口するが、激しい轟音により妨害された。
「――タスク・フォースの戦力の増強。そして新堀金太郎の戦線復帰……。有沢卓也の存在もかなり厄介だ」
「そういやエイダは見つかったのかぁ?」
志郎は深い溜息を漏らし、首を振った。
「今もキョウスイたちが探し回っているが、見つからないかもしれない。そろそろ一度戻る頃合いだが、期待はするな」
「そもそも生きているのかぁ?」
「わからん。何せあの黄金の戦士の攻撃に巻き込まれたのだからな」
志郎の言葉の直後に黄金の旋風が、地面と空気を震わせる。観客席を攻撃から守っている結界も激しく光り輝く。見えない壁を大きく撓ませた。
「あれは魔鎧で受けきれるか?」
「無理――」
志郎の問いに即答すると、イクスは足を投げ出し頭の上で手を組んだ。
「――あの場を維持するのにクリスの消耗が激しいんだわ」
「55号もゴリ押しすれば、いずれ結界は崩れ去るだろうな」
渋い顔のままの志郎は言った。
「それがわかっているから無茶しないのか、出来ないのか」
「しない。だろうな」
彼の言葉にイクスは目を丸くする。
「彼の動きは長期戦を考慮した動きだ。こちらにとっても、それは都合がいいからオリバー殿はそのままにしているのだろうが」
「主のお戯れも困ったもんだぁ」
「そうでもないぞ。お陰で空間湾曲領域の原理についてある程度理解できた」
「ほぉ? あの見えない鎧か?」
志郎は無言で首を縦に振った。
「超常生命体のAランク以上が持ち合わせているらしい。そういう情報だ。実際には誤差もある。だが、あるモノと考えておいたほうがいいだろう。防御の原理は魔鎧と同じだろう。魔鎧と違って魔法で自身の体の変質や、強化は出来ない。ただ、10号はあれを攻撃としても利用していた。ある程度の応用は効くだろうな」
「オリバーの剣が折られたらしいな」
志郎は首肯し、背広からノートパソコンを取り出す。そこに数値などを打ち込んでいく。イクスはつまらなさそうに下の戦闘を眺め続ける。
「オリバー殿には申し訳ないが、最強の剣を抜いてもらう」
「アレか。哀しいな」
「亡き主君への忠義……ですか」
志郎の表情は渋いままだ。
早乙女 優大は目を覚ますと、顔だけ動かし辺りを見渡した。そして時計を見つけると、しばし見つめる。彼は大きく目を見開いて驚いた。
「しまった! もうこんな時間か! やれやれ……」
彼はソファーから飛び跳ねるように起き上がり、布団を勢い良く払いのける。スマートフォンを取り出し操作するが、充電が切れており画面は真っ黒になっていた。
「起きたか」
声をかけられた優大はゆっくりと振り返る。そこには老夫婦が立っていた。
老夫婦は優大に歩み寄る。老婆のほうは優しい笑みを浮かべて、老翁は厳しい表情を浮かべていた。優大は2人を眺めて、すぐに体を折り、頭を下げる。
「ありがとうございます」
「いいのよ。おじいさんも貴方のことすごく心配して、夜も寝れなかったのよ」
「お、おい!」
老婆の言葉に老翁は破顔する。厳格な面持ちはとたんに崩れ、真っ赤になる。それをあさっての方向を見て誤魔化していた。
そんな2人の様子に優大は微笑む。その笑みを恥ずかしそうに受け止め、老翁は口を開いた。
「お前のお陰で助かった」
「いえ、あれが俺のやりたいことですから」
「それでも……助かったんだ」
「良かったです……」
しばしの沈黙が部屋を支配する。
老夫婦は崩れた塀を、哀しそうに眺めた。警察が黄色い規制線を張り巡らして、立ち入りを禁止している。
「警察が来て、超常生命体51号のことは言うな。とだ」
机の上に広げられた新聞を優大は見つける。そこには「超常生命体51号、40号を撃破」と大きく書かれていた。
「神代さんたちが動いてくれましたか」
優大は素早く身だしなみを整えていく。そんな様子に老夫婦は顔に影を落とす。
「行くのか?」
「遅刻確定ですけど、明樹保たちが心配してそうですし」
老婆は台所の方へと急ぎ、何かを準備し始める。優大は視界の端でそれを視認しながら、老翁の目を見据える。
「そうか……」
老婆は包みをもって歩み寄ると、老翁の袖を引っ張り何かを促した。その様子がただならぬ気配を感じ取った優大も、身を固めて待ち構える。老翁は渋々といった様子で白い箱を取り出した。
「これだろ?」
優大はその白い箱を見つめ、小さく頷く。
「……はい」
「持っていけ。きっと……いや絶対だな。桜もお前になら使って欲しいと思うだろう。だが俺は――」
「あなた」
「わかっている。わかっているがそれでも……」
後は言葉にならなかった。視線を床に落とし、どこか納得が行かないといった様子だ。
「わかっています。だから、また来ます。今度はジジィも連れて」
「はん。即追い返すぞ」
優大は満面の笑みになる。
「そしたらまた、家の前で待ち続けます」
その満面の笑みに老翁は再び視線を落とし、ため息を吐いた。
「その顔といい、考え方といい、言動といい……。桜にそっくりになりやがって……。突っ張っている俺が馬鹿みたいじゃないか」
その言葉に優大の顔に花が咲く。
「ありがとうございます!」
老翁は白い箱を差し出し、老婆は包みを差し出す。
「おにぎりよ」
「大好物です!」
彼はそれらを力強く受け取る。そのまま玄関へと足を進めた。老夫婦もその後についていく。老婆は心配そうに、老翁は哀しそうに彼の背中を眺めた。靴を履き終えた優大は何かを思い出しかのように振り返る。
「そうだ。兄さんがヒーローを辞めたらここの家業を継ぎたいと言っていました」
「そうか……。ならいつまでも意地張っている場合じゃないな」
その言葉に老婆は嬉しそうに笑う。
「ただし条件がある!」
「ジジィに土下座させますよ」
「そうじゃねぇよ」
優大が首をかしげていると、老翁は笑って言った。
「必ず生きて帰って来い。俺達に元気な顔を見せろ。いいな」
「はい……。行ってきます。おじいさん、おばあさん」
老夫婦は揃って「行ってらっしゃい」と彼を送り出す。優大は玄関を飛び出し、門の外まで駆け抜ける。そして振り返り家を眺めた。表札には「黒峰」と書かれている。
「確かに受け取ったよ。……母さん」
彼の小さな、けれど力強い言葉を残し、走り出していく。
――小さい大ちゃんが小さい私に「大丈夫だよ」と言う――
目を覚ますと、金色の輝きが目に強く刺さった。
「あ? え?」
体を動かそうとして、動けないことに違和感を覚える。手の先に視線を向けると、氷の中に埋まっていた。
「そうだ――」
私達は負けたんだ。
「――き! おい、あき!」
「あ、はい!」
声のする方へと顔を向けると、暁美ちゃんが心配そうにしていた。
私はそこでみんなが同じように氷の十字架に張り付けにされていることに気づく。
私はみんなが無事な様子に安堵した。
「安心もしていられませんよ」
「一応敵のアジトみたい」
気が緩みかけていた私に水青ちゃんと凪ちゃんは、今がどういう状況か教えてくれた。どうやら私達の魔石は取られてしまったらしい。
なら、なぜ私達は生かされているのだろう?
紫織さんはルワークに気に入られている。というのは聞いていた。だから、紫織さんはわかる。だけど、私達は?
そこで水青ちゃんが教えてくれた。どうやら私以外のみんなは敵の人達に気に入られたようだと。
だとしたら私も?
「後、あき。この氷の十字架は壊れそうにない」
「下手に抵抗しないほうがいいわよ?」
暁美ちゃんと紫織さんの手首が真っ赤になっていた。
私がまじまじと見ていると、紫織さんは「大丈夫よ」と言う。
とてもそんな風には見えない。
「これからどうなっちゃうのかな……」
「神田さん気をしっかり。大丈夫ですわ」
鳴子ちゃんが弱音を吐くと、白河さんが隙かさず励ました。
でも、本当に大丈夫なのかな……。私達は――
――大丈夫だよ――
「え?」
幼い大ちゃんを幻視する。あの時見せた笑顔が私の不安を和らげる。
明樹保が呆けていると、そこへ銀の髪、銀の陣羽織を身にまとったルワークと志郎が現れた。
「ルワーク!」
ルワークを見るや、紫織は激昂する。
「随分なご挨拶だな。まあいい。お前たちは俺のモノになるからな」
「誰が貴方のモノになんか!」
「なるんだよ」
そう言うとルワークは魔石の塊を裾から取り出した。ラグビーボールとほぼ同じ形と大きさである。それをルワークは明樹保達に見せつけた。あまりの大きさに明樹保達の顔は青ざめる。
「それで私達を魔物にでもする気?」
紫織以外の面々は威圧されて言葉が出ない。紫織も含めて明樹保達は、蛇に睨まれたカエルも同然。この状況では為す術がない。
そんな様子に気づいてかルワークは笑う。
「いちいち説明してやる義理なんてない。身を持って味わうがいい。いや、我がモノとなることを喜べ!」
凶悪に笑うルワークは魔石に自身の魔力を流し込む。魔石は黒く輝くと、銀色に変わり、銀の光が煙となって石から溢れ出てきた。その煙には意志があるかのように、迷わず明樹保達に向かい動き出し、彼女達を覆う。
煙が明樹保たちを覆い始めた瞬間だ。彼女達は呻き声を上げ始める。激痛に耐えるかのように顔に力が入っていた。
身動き出来ない氷の十字架で体を精一杯暴れさせる。
みるみる彼女達の髪や瞳が銀色に染まっていた。
ルワークはその姿に満足そうに笑い、視線が明樹保のところで止まる。明樹保だけ変化が見られなかったのだ。
「しぶといな。気に入ったぜ」
ルワークの意志が痛みと熱となって私の中に入ってきた。たまらず声を上げる。体を動かしても、頭を振っても痛みや熱が抜けない。魔物になりそうになった時と同じで自分が自分じゃなくなっていく。
「んぐぅうう! これは……?!」
あの魔石から直接自分の意思を流し込んでいるんだ。それで私達を塗りつぶそうと。
直ちゃんの魔石に、直ちゃんの思念が残ったように、魔石を使ってこんなこともできるんだ。
痛みで視界がぼやける中、みんなも同じように苦しんでいた。髪が銀色になりはじめているのが見えた。
「だ……め……」
まずい。早くなんとかなんとかしなくちゃ。でも、私にいったい何ができるんだろう。私になら何が……。
――大丈夫だよ――
幼い大ちゃんはいつの間にか大きく成長し、見慣れている今の大ちゃんになった。私の手を優しく取ると、微笑んだ。
そうだ。大丈夫だ。
「負けるもんかぁああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
明樹保は絶叫し、魔力を放出する。銀の煙は桜色の煙となり、逆に魔石を銀から桜色へと明滅させる。
「何?!」
銀色に染まりかけていた明樹保以外の面々の髪や瞳が元に戻っていく。
「そうか。逆流させたか」
「大丈夫ですか主!? 一体何が?」
慌てた志郎とは、対象的にルワークは楽しそうに笑う。
「この桜色のエレメンタルコネクター、俺が繋げた魔力を逆流させて他の奴を守ったんだ」
志郎は口を開けて驚く。
「そんな主の魔力を凌駕していると?」
「認めたくないが、そういうことだな。だが、1人なら乗り越えられただろうが、他の奴らを守りながら、いつまで耐えられるかな? 見ものだな」
歪む口から白い犬歯が覗く。
「し、しかし」
「お前の信じる俺を信じろ。俺が勝つ」
優大が学校に遅刻してくると、教師が1人教室から飛び出してきた。彼の担任の如月英梨である。彼女は顔を青くして優大に掴みかかった。
「明樹保は? 他のみんなは?」
「あいつら来てないんです?」
彼は廊下から教室を覗き、そこに明樹保たちが居ないとわかると、険しい顔となった。中にいる生徒たちも不安そうに優大たちの様子を眺めている。
「連絡しても通じないし、他のみんなは昨日から家に帰ってないって言うし、鈴木と星村さん、白河さんも来てないみたいなんだ。タスク・フォースに所属している連中は全員欠席しているしよ。なんかあったんじゃないかって、何か知らないのか!?」
今にも泣き出しそうな顔になって、英梨は優大を問い詰める。が、事態を今理解した彼には答えることが出来ない。
「そうか」
優大は冷静にスマートフォンを取り出す。それにはコードが付いており、先には電池の入ったケース。
今充電しているのがわかる。
電源を入れると、メールの着信や、不在着信などが多数入っていることを示していた。
「彩音さんからも……まずいな」
「まずいってなんだ! なんなんだ!!」
半狂乱となって叫ぶ英梨、そんな彼女の様子に、彼女が受け持つ生徒も、他の教室の生徒達も何事かと、様子を伺ってくる。それを見かねて隣で授業をしていた有沢卓也が飛び出してきた。
「落ち着いてください」
「これが落ち着いていられるか! 保奈美も直も、この学校の生徒や関係者の家族だってみんな……みんな死んでるんだぞ! 明樹保たちがいなくなったらあたしは――」
彼は英梨の肩を強く握り、落ち着かせようと揺さぶった。
「如月先生落ち着いてください。ここで貴方が取り乱しては、生徒たちが不安になります」
「でも……でも!」
英梨は泣き出してしまい、卓也は自身が泣かせてしまったのだと勘違いして慌てふためく。優大はそんな2人のやり取りに目もくれず、スマートフォンを操作していた。
そんな騒ぎの中、1人の生徒の声が響く。
「あ、猫さんだ」
その声に優大は反応し、振り返った。
「やれやれ」
そこには傷だらけの黒猫が廊下を、足取りがおぼつかないながらも歩いている。猫は優大を見つけると、心底安堵したような表情になるが、周りの状況を確認して、どうしたものかと思案し始める。
彼は猫と目が合うとスマートフォンをポケットにしまい。英梨に向き直った。
「ごめん先生。俺ちょっと大切な用事が出来た。行かなくちゃ」
英梨は更に取り乱しそうになったが、優大の真剣な眼差しを見て、落ち着きを取り戻す。2,3回深呼吸すると、彼の目を見据えた。
「今……じゃなくちゃいけないのか?」
「今やらないと俺は一生後悔する。だから、行きます」
英梨はしばらく瞑目し、卓也と視線を交わした。彼は黙って首肯し、英梨の背中を後押しする。
「わかったわ。行きなさい。でも、今日中に学校に顔を出しなさい。約束よ」
「はい」
卓也は黙って優大と目を合わせると、小さく頷いた。
優大は2人の教師と視線を交わす。
「必ず、戻ってきます。明樹保たちも連れてね」
言い終えると優大は駆け出し、エイダを右肩に乗せる。
最後の方の言葉は駆け出しながらだったため、英梨と卓也は疑問を浮かべることも、聞くことは出来ず、駆け出す優大の背中を見送るだけになった。
下駄箱から飛び出すと、優大は人目をはばからず、青白い輝きを放つ。それは彼にスキルデータが両親から遺伝されている証拠。
彼は弓から放たれる矢よりも早く走り、校門を飛び越えた。
「なんで?――」
「知っていた。今はそれ以上に説明している暇はない。全部後でいいかな?」
エイダはただ頷くしかない。彼女の頷きを確認した後、彼はエイダの身をそっと右手で支えた。
「飛ぶよ」
短く言うと、優大は跳躍して電柱に飛び乗る。電柱の上を飛んで移動していき、あっという間に都市部に到着した。一度歩道に飛び降り、スマートフォンを操作する。
「大体の事情は、彩音さんと金太郎さんから聞いて知っている」
「ええっ?!」
「金太郎さんは一体どうやって俺のアドレスを調べたんだが、怖い怖い」
怖いと言っている彼の表情は笑っていた
どこかへ電話をかけ始める。すぐに応答があったのか、表情が硬くなった。
「神代さん、明樹保たちが敵に捕まった。あんまり時間ないんで大至急で動けます? はい。ありがとうございます」
神代との会話を切り、次へと連絡する。
「彩音さん大体の事情は理解しました。エイダさんと合流しているんで、フォローをお願い出来ます? お願いします!」
エイダは口をあんぐりと開けて、驚いた。
「あ、彩音って、水青の?」
「そう」
エイダは自分たちのことが多くの人に知られていることに目眩する。
そんな彼女の様子に構うことなく、優大は次なる人物へと連絡した。
「金太郎さん都市部に来たよ? どこに集まっているの? ああ、はいはい。わかったわかった。向かいます。滝下司令は? はいはい。エイダさん飛ぶよ?」
「え? あ、ああっ!」
少し気の抜けていたエイダは、急な跳躍に構えることができず、優大にしがみつく形になる。視線が彼とは反対になった。
優大は大きく飛び、ビルの屋上へと着地する。今度はビルの屋上を飛んで渡っていく。エイダは何度かの着地で態勢を立て直し、優大と視線の向きを同じにすることが叶った。
「どこへ?」
「エイダさんが苦手としているタスク・フォースが集まっている所。2,3打ち合わせするよ」
エイダは驚くことすらやめ、この流れに身を委ねるように瞑目する。そこに優大が話しかける。
「そうだ。1つだけ聞きたいんだけど」
「何かしら?」
「エイダさんは、人……なんて言ったらいいのかな? 人……人族じゃないでしょ?」
「な、なんでソレを? ソコまでバレているの?!」
エイダは激しく動揺した。
「違うよ。これは俺の推論だったんだ」
「なんでわかったの?」
優大は笑いながら言った。
「俺達の時間の流れと、貴方の時間の流れの感じ方が違うから、もしかしてと思ったんだ」
「でもいつ?」
エイダの疑問は当然である。彼とまったく会話をしていないのだ。だから彼女が普通の種族ではないという考えに至ることは、どう考えても不可能である。
「エイダさんが探していた人は、つい最近まで命ヶ原にいたという話。あれでね。大きなズレがあったから、それでもしかしたらって思ってね」
エイダの目は点になった。
「み、見つかったの!? さ、桜はどこに?」
喜ぶエイダとは対照的に、優大は顔を曇らせる。彼のそんな様子にエイダは動揺する。
「桜は……見つからなかったの?」
「それも含めて、全部後で話すよ」
彼の重苦しい雰囲気を感じ取ってエイダは二の句を継げない。
彼はそう言い切ると、ビルの屋上から地上へと飛び降りた。着地と同時に疾駆し、郊外の森へと一直線で走る。
「だから! なんで君はそうやって堅いことを言うんだ! 今はそんなことを言っている場合じゃないだろう!」
欧米系の男性がノートパソコンを彷彿させるディスプレイに掴みかかっていた。
金色の頭髪には少し白みがかかっており、中年くらいであるとわかる。
彼の周りには数人の黒いアーマーを着込んだ戦士たちがいた。特殊部隊を彷彿とさせる装甲服は黒とグレー。彼らはタスク・フォースの面々と睨み合う形で対峙している。2つのグループは今にも掴みかからんばかりの雰囲気を出していた。これ以上膠着状態が続くと、身内で争いが起きるのは必至だ。
警察の面々が現れる。それに対して彼らは身構えるが、警察の面々はそんな様子に一瞥もくれない。
「おっ! 来たか!」
そんな重苦しい空気に似つかわしくない明るい声が響く。その場にいる者は呆れるように声の主を見やる。その視線の先が全然違うところに向いていると気づく。視線を追うように、その場にいる者たちの視線が、その場に似つかわしくない1人の少年に向けられた。
少年は「やれやれ」とつぶやく。
「早乙女優大」
欧米系の男性は声を漏らす。
「待ってたぜ! こっちこい」
新堀 金太郎は満面の笑みを浮かべて、優大を迎え入れた。当然彼がここにいることに、他の面々は驚き、声を漏らす。優大はスマートフォンをいじりながら、金太郎の近くまで歩み寄った。
『どうして早乙女がいるんだ?』
ディスプレイには滝下 浩毅が映しだされている。画面の向こうの険しくなっていた表情はさらに険しいものとなった。
「俺が呼んだんだよ。どうせタッキー柔軟性がないカッチコチの頭だから。上の許可が降りるまでアウターヒーローに協力を仰がないだろう?」
『アウター? だからと言ってなんで彼が?』
滝下は眉根を更に寄せる。
「馬鹿だねタッキー。そんなんだから後手後手に回るんだよ」
金太郎の指摘に、滝下は顔を大きく崩した。カメラに映る位置に優大が入る。
「もういい? あんま時間ないのはそっちも同じだから、色々と説明とか端折るよ。全員がやらなくちゃいけないことだけを話す。疑問は全部後で、いいね?」
話を強引に変えて進めていく。
『なんでお前にそんなこと――』
「まずは場所だけど、エイダさんわかる?」
優大は答えず、自身の肩に乗っている黒猫に話しかける。だが、答えたのはエイダではなかった。
「大凡はこの近辺だってことだけだ。烈たちの反応がここら一帯でシグナルロストになった」
金太郎は赤ペンを取り出し、地図に赤い大きな丸を描く。
「ここら一帯は再開発のこともあって、廃墟とかかなりあるから動こうにも動けないってところ。08が仕掛けた発信機は隠密性を優先して、近くに行かないと拾えない類だから、全部探しまわっていかないといけないのは、結構骨が折れるぜ」
エイダではなく金太郎が答えた。赤いペンで大きく丸で囲われた場所には廃墟となった施設が多く点在しており、すべてを探すとなるとかなりの労力と時間を使うのは明白だった。彼は最後に「電波が拾えるかどうかは、発信機がまだ生きていれば、だけどな」と付け加える
エイダは面白くなさそうに顔をそむけた。
「あちゃー怒らせちゃった?」
「猫に何を言ってるんですか」
その会話を聞いていた赤い戦士が指摘する。赤い戦士の左肩には01と刻印されていた。金太郎は笑いながら「この猫は特別なの」と言い切る。反論しようとする素振りは、欧米系の男性によって遮られる。
「では、その猫に聞こうではないか」
腕を組んで指先で二の腕を忙しなく叩いていた。焦っているのか、猫が喋るなどの真偽などどうでもよく結論を急かしている。
注目がエイダに集まると、彼女は咳払い1つして語りだす。
「実は、黄金の戦士の手のひらに探査魔法のデコイを仕込んでいるの。だから、たぶんだけど一度だけ探査魔法を起動できるわ」
猫が喋ったことに、大多数の者は驚き声を上げた。その驚きを心地よさそうに受け止めるエイダ。彼女は「だから絶対に絞れるわ」と自信満々に言い切って、少し渋い顔になった。
「一度だけってのは?」
金太郎は首を傾げる。
「起動すれば敵に察知されるわ。察知されれば、結界の力を持つクリスがアジトを守るために強固な結界を張るわ。それでも場所は特定出来るでしょうけど、それだと侵入は阻止されるでしょうね」
滝下他、大多数が置いていかれているが、彼らはお構いなしに進めていく。
「つうことは、起動して即侵入しないと、まずいってことか?」
金太郎は首を傾げる。
『待て。そもそも烈たちが侵入できているかどうかさえ、こちらではわかっていないんだぞ』
金太郎は笑って「出来ているさ」と断言する。それにエイダも首肯して続けた。彼らの後ろで「猫としゃべっている」や「猫さん痛そう」などと声が聞こえてくるが、一切を無視して進めていく。
「まあそれは実際には無理ね。どちらにせよ、金ピカがなんとかしているだろうから、今頃アジトにいるでしょう。となると、クリスは第二の襲来を警戒して、アジト周囲に探査魔法を設置しているでしょう」
「運良く特定できたとしても、即突入ってのは難しいってことか」
「そういうことね」
金太郎の質問にエイダは頷き答えた。そこまで黙って聞いていた優大は空を見上げた後、口を開く。
「結界は破ることは?」
「可能よ。ただしかなり強力な魔法か攻撃を加えないと無理ね。物理攻撃でもいけるわ」
優大はしばし考える素振りを見せて、滝下の映る画面を覗きこむ。滝下はそこで自身の意見を求められていると察すると、眉の間を親指でこすった。
一度口を開いて、エイダと優大の顔を見る。瞑目して口をきつく縛った。
色々と聞きたいことはあるのだろうが、滝下は分析することを優先させる。
『……今までの話を聞いた限りだと、探査――』
彼は二の句を言うのを強く躊躇う。そんな様子に金太郎は口を歪ませて、笑った。もちろんそれに気づいて彼は、咳払いする。
『――くっ! 探査魔法を起動して、場所を特定してからタスク・フォースによる攻撃で結界を突破して、中にいる人物の救助が理想だな』
「おい私らの戦力を考慮してもらわんと困る」
欧米系の男性は割り込む。彼の後ろでマッスルポーズを取る戦士たち。
『失礼した。失念していた』
「それでも……今の火力では突破は無理よ」
「なんだと! タスク・フォースよりは火力があるぞ」
優大が口をはさむ。
「そこで、警察と俺――」
『と、わしのスーパーグぅレぃトな発明品の出番ってわけじゃよ!!!!』
滝下が写っていたディスプレイの画面が左右に分割され、片方に白髪の老人が映し出される。
『司令! 回線に割り込みが!』
『もういい! このままでいい……』
滝下は何かを諦めるかのように言い捨てた。
『こんなこともあろうかと!! こんなこともあろうかと!! わしが今あるだけの資材で作っておいたフォトンランチャーじゃ! 今、統合軍の最前線で使われているランチャーと遜色ない威力。さらにお前さんたちタスク・フォースの規格に合わないことも考慮して、ランチャー自身にプラズマエネルギースフィアを装備しておるぞい。その代償で武器がオーバーヒートしやすいのが欠点じゃ。照射モードだと10秒でオーバーヒートじゃ。なんとそれを6つ用意した』
「早乙女源一博士お元気そうで!」
金太郎は嬉しそうに話しかける。そんな彼の態度に気を良くしたのか、源一は調子よく話を進めていく。
『元気も元気じゃ! 昨日も女の子相手に良い感じでな――』
「おいジジィ」
優大の低い声に、源一は顔を青くして小さくなり『暴力はいかんぞ』と言っているが、当の優大は冷たい笑みを浮かべていた。話が進まなくなったことに気づいた滝下は咳払いをして、全員の気を集める。
『話を進める。警察の方はどうだ?』
「こちらも対超常生命体装備を使います」
そこまで黙って聞いていたコートを着た男が口を開く。
「申し遅れました。私は超常生命体特別捜査班所属警部補の神代拓海です」
彼は礼儀正しく敬礼してみせた。
「我々は援護射撃などを行えますよ。タスク・フォース司令、滝下浩毅さん」
「現行兵器とはいえ、ないよりはマシだね。確か最近超常生命体対策で、対戦車ライフルが支給されているはずだ」
金太郎の指摘に神代は声音を和らげる。
「ご存知でしたか。もちろん用意してあります。弾丸は早乙女博士謹製ですよ」
『わし特性のウルトラグレェエぃトな弾丸じゃ! この弾丸には特殊な――』
「はいはい。わかったから黙っててね」
源一の話が長くなると察した優大は、話を切った。
神代の言葉を受け、滝下は目を瞑り考え込んだ。実際には2秒や3秒の間だったが、金太郎たちには長く感じた。それだけ彼らは今焦っているのだ。
その後ろで優大と源一は激しく口論していた。源一の「わしの説明をいつも邪魔するなと」という言葉は「OK。拳で語ろう」で一蹴される。
『エイダ……と言ったな。全員の準備が整い次第、探査……魔法の起動を頼む。場所の特定後作戦立案、全員で総攻撃だ。それで早乙女……君は――』
滝下は「安全な場所に避難しているんだ」という言葉は、優大によって遮られる。
「俺は別口で動くよ」
金太郎は笑う。
「オーケー。切り札は任せたぜ」
『何を言って――』
滝下の言葉を聞かず、彼はその場を後にした。
明樹保は絶叫し、魔力を放出させる。時折、痛みを感じるのか、歯を食いしばって何かを耐えるように首を振る。
桜色の輝きが特等席を、闘技場を染め上げていた。
「まさかここまで耐えるとはな……」
志郎は焦りを滲ませる。対照的にルワークは楽しそうにしていた。
「いいぞ」
「やめろこの糞野郎!」
ルワークの背中に言葉が叩きつけられる。黄金の戦士だ。彼は目の前のオリバーから視線を外し、ルワークを睨みつけつる。
「銀色野郎!」
「吠えるな。そこで黙って見てろ」
直後に紺色の輝きが瞬き、黄金の戦士は宙に吹き飛ばされた。そのまま回転して、首から地面に落ちる。生身だったのなら決して無事では済まされない。だが、超常なる肉体となった黄金の戦士は耐えて、起き上がろうとする。
「ふはははははははは。いいぞ! 黄金の戦士よ! もっと楽しませろ!」
そんな様子に狂喜乱舞するオリバー。闘争が続くことを純粋に喜んでいた。そんな様子に黄金の戦士は面白くなさそうに舌打ちをする。彼は起き上がろうと左手が地面をついた。
その時、若草色の光が煌々と輝く。
「なっ?!」
オリバーは驚き声を上げる。そしてすぐさま念話でクリスに指示を飛ばす。
『クリス! すぐに結界だ!』
『もう起動しています』
黄金の戦士は自身の顔に平手を打ち、気合を入れる。
「っしゃあ! 反撃の狼煙だ! このグレートゴールデンドラゴンナイト! ただじゃ負けないぜ」
「謀ってくれたな」
「考えたのはあの黒猫だ」
オリバーは口中で「だろうな」とつぶやく。背後にいる自身の主、ルワークに視線をやると、彼は心底面白そうにしていた。
「やってくれる。だが、そうではなくてな!」
最後は叫び、魔力をさらに込めていく。桜色に輝く闘技場は、銀色の輝きに変わる。明樹保の刺すような悲鳴が駆け抜ける。明樹保以外の面々は再び頭髪を銀に染めていく。明樹保は先程よりも激しく首を振り、不自由になっている体を暴れさせる。
「エイダ! お前と俺、どちらが早いか勝負だ!」
電話越しに優大は「了解」と告げるとそれっきり反応はなくなった。神代拓海は電話をしまうと対戦車ライフルの調子を確認していく。
エイダは金太郎の肩に乗っている。
「如何にもってところだな」
「ええ」
「08の発信機も生きている」
「よかった……」
作戦を立てた後、探査魔法を機動し場所を特定した。場所は廃墟となった教会。
近くまで来るとステンドグラスを彷彿とさせる結界がドーム状に覆っていた。
周りが森緑に囲われていることもあり、一際目立っていた。それは敵も重々承知しているだろうが、それでもここを守りぬこうとしている意思の現れである。
「間違いないわ。クリスの結界よ。結界を張ったということは、まだ無事かもしれないわね」
「ソイツは重畳」
金太郎は嬉しそうに言った。
エイダたちの接近を察知したのか、結界はさらに強く輝く。
『02配置に着きました』
『03も同じく』
『07、位置に着きました』
『04っと、05は茂みに手間取っていますが、そろそろ着きます』
『01位置に着いた』
『06遅れました。着きます』
各員の応答を受け取って、金太郎は告げた。
「こちら00とスミス財団混成部隊はとっくに着いているぜ。ポリスメンなおじさま方は通信大丈夫ですか?」
『問題ない』
『こちら櫻井OKです』
『高松班も06と随伴してますよ』
『須藤位置に着いた』
最後に神代拓海が金太郎に向かって首肯する。
「最後に作戦を確認するぞ」
彼らが立てた作戦は、至ってシンプルだ。6チームに別れ等間隔にアジトを包囲する。そしてそこからフォトンランチャーの照射モードを用いての全員の一斉攻撃、一箇所だけスミス財団の戦士たちを固め、そこから突破を図るというモノだった。
エイダは各チームのリーダーに探査魔法のデコイを予め仕込んでおり、それを起動して各員の位置を確認する。
「06少し南に動いてくれるかしら? 04、05に寄っているわ」
『ラジャだにゃあ』
『ふざけないの!』
通信越しに打撃音と悲鳴が届く。
「いいわ。その位置で。01寄り過ぎよ」
『……了解』
声音に少し不満の色が出ていた。彼ら01のチームはこの連携を最後まで反対していたが、最後は滝下が指示を出す形で不承不承といった様子で従っている。
全員の位置が整ったのを確認して、エイダは金太郎に無言で首肯した。それを確認した神代がまずは口を開く。
「まずは我々が発砲を開始します」
警察の持つ装備などタスク・フォースより劣っているのは、彼らも重々承知している。だがタスク・フォースより、撃ち続ける事はできる。そこで少しでもダメージを稼ごうと考えたのだ。
「わかりました。そこからカウントを取ってフォトンランチャーの照射モードでいくぞ!」
金太郎の言葉に全員が『了解』と応答する。
『こちら本部。色々と聞きたいことは山ほどあるだろうが、今は要救助者と仲間の救助を優先して欲しい。では……作戦開始だ』
滝下が言い終えて、一呼吸入れて神代は掴んでいる無線に力を込めて、各員に指示を飛ばす。
「発砲開始」
復唱と共に、周りから、そして無線から発砲音が響き始める。銃弾は結界までまっすぐ飛び、壁を少し震わせると力なく地面へと落ちていく。それに構わず彼らは撃ち続けた。
『カウントは本部で取る』
『5』
若い女性の声が無線越しに響く。ランチャーを構える者達は皆一斉に「モード照射」と言い、側でサポートする者もそれを確認して、復唱した。
『4』
その明瞭な声に、この戦場にいる面々に緊張が走る。スミス財団の面々もフォトン・ライフルをバーストモードへと移行する。銃身が上下に開き、オレンジの光が収束していく。
『3』
フォトンランチャーを任された者達は力強く構えた。ランチャーを構えてない者たちもフォトン・ライフルをバーストモードにしていく。
『2』
トリガーに指を置き、いつでも撃てるようにした。
『1』
永遠のように感じた時間が終わりを告げる。エイダは願うように空を見上げ、自身の周囲に若草色の杭を顕現させた。
『0』
『発射ぁ!』
滝下の号令と共に全員がトリガーを引く。太いオレンジの光が音速を超えて飛ぶ。それらは真っ直ぐと結界に飛び、激しく激突する。
オレンジのスパークが地面を走り、削っていく。
オペレーターの女性は再びカウントをとり始める。
「手応えないなちくしょー。早くぶっ壊れろ」
先ほどとは対照的に時間が物凄く短く感じるのか、金太郎は焦りを滲ませた。
『5』
結界の表面はたわむが以前変化は見えない。
『6』
神代は無線機に怒鳴りつける。「撃ち続けろ」と。それに呼応するかのように甲高い発砲音は響く。亀裂が少しだけ入る。
『7』
ランチャーから耳を刺す警告音が鳴りだす。誰もがそんなことを気にも止めず、トリガーを引き続けた。
『8』
エイダは低く唸り、杭を発射し続ける。亀裂は徐々に大きくなる。
『9』
亀裂の入った部分から結界の表面は波打つ。が、突如亀裂が小さくなっていく。そんな光景に誰もが「ダメだったか」そんな諦めの空気を見せ始め――。
エイダは太陽が一瞬遮られたことに気づき、上空を見上げた。
赤いマフラー、漆黒の甲冑。左腕に龍の意匠の手甲。
「漆黒の――」
闇が閃く。
巨大な黒い刃をまっすぐに。それを突き出す。漆黒の一閃が結界に迫り――
『10』
――結界を上部から穿った。
穿たれた部分から結界に亀裂が走り、ガラスが割れるような音とともに破片を撒き散らし消失する。後に残ったのは大きく穴を空けた古びた教会だけだ。
「お前はよく頑張った。もう楽になれ」
そんな言葉が向けられた。酷い仕打ちをしてきた人なのに、どうしてこんなに優しく語りかけてくれるのだろう。
突っ張っていた心が折れそうになる。
「お前は悪くないさ。相手が悪かったんだ」
そうか私は悪くないんだ。もう、楽になっても――。
上の方から激しい音が聞こえてきた。甲高い音とお腹に響くような低い音。
「主、お側にいさせていただきます」
数人の人達がルワークの周りに集まってきた。彼らは杖構えている。
「ふん。無駄なあがきだ」
そう言い捨てると、持っている大きな魔石を掲げた。ダメ押しと言わんばかりに魔力を注ぎ始める。銀の光が煌々と輝く。
体が冷たくなっていく。自分が自分じゃなくなるんだと実感して恐怖が体を縛り付ける。
頭のなかでは今まであった出来事が流れ始めていく。
もうダメだ。もう……耐えられないよ。ごめんね。私、私達悪い人に……。
――大丈夫だよ――
「え?」
「主! 逃げて!」
女性の悲鳴のような叫び声が建物に響き渡る。その瞬間空気が大きく変わった。その場にいる人達の目つきが変わる。
今まで響いていた音を押し潰すような破壊音。視線を上に向けると、闘技場の天井に大きな亀裂が走った。あっという間にそこから崩れていく。そこから太陽の光が差し込み、暗い空間は青々と照らされる。
黒い何かが視界の端を一閃した。鈍い音と水っぽい音が耳に響く。転がるような音もした。
ぼんやりとした視界の向こうに、黒い大きな鎌が天に掲げられていた。
「漆黒の戦士……だと?!」
目の前のルワークはいつの間にかこちらに背中を向けている。
なんだろう……? どうして?
ルワークの肩越しに赤いマフラーがなびいているのが見えた。黒い鎧。燃えるように赤い瞳。
――大丈夫だよ――
一瞬だけ大ちゃんと姿が重なった。
「大ちゃん? 大ちゃん!!」
明樹保の叫び声が合図となり、対峙していた2人は肉薄する。
漆黒の鎌を象った炎は大剣となり、黒い一閃が走った。
漆黒の戦士となった優大と、ルワークは剣と剣を激突させた。衝撃が床に亀裂を走らせる。
黒い炎と白い大剣の鍔迫り合い。
衝撃で地面の瓦礫が飛ぶ――
優大はすぐに柄を上下で分割させた。分割された黒い棒は長さを変え、片手で持ちやすい長さとなる。
それを逆手で受け取った。
柄の先の尖った部分から黒い炎が刀を模した形となる。
そのまま振りぬきルワークを襲う。
彼は寸でのところで身を翻して、それをやり過ごし、蹴りを優大にお見舞いする。
優大はすぐに態勢を立て直し、右膝で蹴りを防ぐ。
――瓦礫は地面を打ち転がる。
「超常生命体やぁ! いつも邪魔しやがって!」
大剣を突き出すように構え、銀色に輝かせる。大地を噛んでいる足に力を入れ、そのまま突進。突きを繰り出す。至近距離の神速の一撃。
明樹保達は絶対に当たると思い、目を閉じてしまう。
純白の穂先は漆黒の戦士から虚空にそらされる。
漆黒の戦士を貫くことは出来ない。剣を受け止められたのだ。
「終焉が来ない? ちぃ! そういうことか!」
プリズムの輝きが走り、漆黒の戦士の姿は変化を見せる。
それまで黒を基調とした甲冑に色が走る。左の手甲からプリズムに輝く結晶が一本。それが大剣を受け、終焉を免れていた。同じくプリズムに輝く装甲が右腕と両足の脛に、右肩に3本の爪が追加され、頭部の2本の角と、両肩の縁が黄金に変化する。
「そんな馬鹿な!」
オリバーは目の前の敵を忘れ、漆黒の戦士を見入ってしまう。
そこでようやくイクス達は駆けつける。そして漆黒の戦士を見て、皆唖然としていた。
左腕に4つの魔石が輝く。プリズム、赤、蒼穹、黄金。
漆黒の戦士は力強く叫ぶ。
「さあ、始めようか。お前たちの終わりを!」
「そんな?!」
エイダは信じられないといった様子で、眼下を眺めていた。
彼女の周囲は激しい戦闘となっていた。タスク・フォース及び、スミス財団私兵、機動隊、刑事。という順で並び、迫り来る魔導師、無人兵器を撃退していた。敵はひとりまたひとりと地面を転がっていく。
「おいおい猫ちゃん! こっちを援護してくれ!」
呻くように金太郎は、エイダに助けを求める。エイダは我に返ると、若草色の鎖を顕現させ、飛びかかっていた魔導師たちを拘束した。敵は鎖を引き剥がそうと暴れるが、金太郎は間髪入れずに腹部にオレンジの光弾を三連続で叩き込んだ。
撃たれた魔導師は腹部を炭化させ、地面に転がった。
「強すぎるだろう……」
結界の破壊に成功して間もなく、敵は一斉に飛び出して攻撃してきたのだ。
予め予想していたことなので、エイダが足元に鎖を張り巡らし、足元をとり、最初の第一波を凌いでからは、彼女達の優勢で進んでいた。
「しかし、強いな。これ以上強い奴らが下にわんさかいるのか」
「出てきたのは魔導師たちばかりよ。エレメンタルコネクターたちは、たぶん首領の元ね」
金太郎は「なるほど」と呟き、エイダの覗いていた穴を見下ろす。そこでは激しい戦闘が繰り広げられていた。
「押されているな」
「ええ。降りられる場所を探しましょう」
神速に達した突きの三連撃を、優大はなんとか防ぐ。しかし勢いに負けバランスを崩し倒れそうになった。
「シャアアアアアアアアアアアア!」
そこに横殴りの一閃が走る。
それを飛び退いてなんとか立て直した。
二振りの漆黒の柄から炎が放出される。黒い炎は日本刀を象り、それらでルワークの攻撃を防戦一方でありながら耐えていた。
2人は戦闘しながら、場所を変えていく。いつの間にか明樹保達とは反対の観客席まで動いていた。ルワークは視界の端で近くに明樹保たちがいないのを確認して、魔石を構える。
「魔石は数じゃないんだよ!」
叫び、銀色の輝きを纏う。
ルワークの頭上に銀の光の玉が煌々と閃く。
それらは地面を沸騰させ溶かし始める。
銀の太陽がルワークの頭上に顕現したのだ。それは自身を、周囲を焼き始める。
それを見て漆黒の戦士は黄金の輝きとプリズムの輝きを放つ。直後自身に襲っていた熱波が消失する。
ルワークの魔鎧は銀色の炎に蝕まれ、徐々に弱まっていく。
「太陽で消し炭になれや! お前は!」
「お断りだ!」
銀と金とプリズムの光が激突する。ルワークはすぐに異変に気づき、顔を渋くした。その様子にクリスはたまらず叫ぶ。
「ルワーク様!」
何モノも焼きつくす銀の太陽が黄金の光に押しとどめられていた。それはルワークたちにとって信じがたい光景。信じたくないことだった。
自分たちにとって必殺であり、絶対の力が、今目の前で防がれている。
「ルワーク様! これ以上はお体に――」
ルワークは受け止められたと見るや、左手にあった終焉の剣を振りぬいた。優大はそれをギリギリのところでしゃがんで避ける。
白い軌跡はそのまま振りぬかれず直下した。
黒い鎧が地面を転がり、鎧の尖った先が地面を削る。彼のいた場所は吹き飛ばされていた。
「終わるのはお前だったな!」
片膝を着く形になった優大に、白い刺突が繰り出された。
彼の足は完全に止まり、ルワークたちは勝利を確信し、エイダたちは敗北を悟り、明樹保達は迫る絶望に絶叫する。
だが、たった1人だけそれらとは違う結果を見ていた者がいた――
「切り札ってのは――」
紫の光沢を帯びた黒い輝きが2人の間に現れた――
――早乙女 優大だ。
「――常に隠しておくもんだってね」
――闇色の宝石。
それを見ていた誰もが、呆然とした。
優大は右腕を振り、虚空を舞う指輪を右中指にはめる――。
白い大剣の切っ先は、優大に届くことはなく、ルワークと彼の間に現れた闇の壁にぶつかり止まっていた。
――闇色の輝きは増していく。漆黒の戦士はさらなる変化をする。右前腕についていたプリズムの装甲は肥大し、右手の甲に闇色の宝玉が現れる。
右手をかざすと、右腕の装甲は左右に展開し、漆黒の戦士の周りに闇の柱が顕現する。
「なに?!」
それらを足場として漆黒の戦士は八艘飛びを見せた。
ルワークは終焉の剣を横殴りに振りぬくが、途中で闇の柱に引っかかって振りぬけず、逆に自分の足を止めてしまった。
優大は2本に分けていた柄を連結して、その端から黒い炎が迸る。それは彼の身の丈を超える刀、野太刀を象った。さらに闇の輝きを纏い、鋭利な刃へと姿を変貌する。
ルワークは大剣を構え直して斜め上に振りぬいた。それに合わして、優大は刃を滑らせた。
激しい剣戟音の後、鈍い音が地面を打つ。
次の瞬間ルワークは何かを耐えるかのように叫び、左腕を抑える。
彼の左腕は、肘から先がなくなっていた。刹那の攻防で斬り落とされていたのだ。
優大は斬り落とした左腕を回収し、素早く明樹保たちの魔石をすべて回収する。そして左腕を投げ捨てると、黒い炎で消し炭にした。
戦いを見ていたエイダは驚きに目をむいた。
「そんな……あの力は……桜の!」
エイダは思考が止まり、漆黒の戦士だけを見つめる。
「どうして彼が……?」
――全部後でいいかな?――
「ちゃんと教えてよ……」
懇願するようにつぶやいた。
「貴様ァ!」
慟哭。ルワークは屈辱に顔を歪め、犬歯を剥いて唸る。銀色の輝きを纏い、太陽を顕現させようとしていた。
出現する前にプリズムの輝きによって霧散させられる。
「ルワーク様! ルワーク様の左腕が!」
「主逃げろ!」
イクスは叫び、紅い点を漆黒の戦士目掛けて放った。漆黒の戦士の周りに設置した爆撃しようとする。しかし爆発するよりも早く漆黒の戦士はその囲いから抜けだしてしまう。イクスは舌打ちして、さらに叫ぶ。
「クリス! グラキース! 捕まえた奴らのところに! 鐵馬援護しろ! いくぞ! キョウスイたちは逃走経路の確保だ! アネットも連れて行けよ」
「アネット……だと?……」
アネットという言葉に優大は殺気立つ。しかし透明と藤色の魔石が輝くと、自身の顔面を殴りつけた。そして殺気を押し殺す。その様子にオリバーは驚く。
「しかしルワーク様の邪魔は!」
飛び出そうとしたイクスはクリスによって引き止められる。一刻も争う事態にイクスは苛立ちをそのまま声に出す。
「邪魔すんな万年発情猫! いいか! 主にとって間違っていたとして、主のことを思ってやらなくちゃならないことがある! それを忘れるな! 主がいて俺達はここにいるんだ!」
クリスを突き飛ばし、イクスと鐵馬は主の元へ駆けつけた。漆黒の戦士をルワークから引き剥がそうと躍起になる。彼も最初はルワークにとどめを刺そうと動いたが、まるでその気概を感じさせない。本気で殺そうと動いていない。ちょっと攻撃をしては離れて、様子を見ているようだった。
イクスと鐵馬が合体魔法を発動させると、闇の柱を出現させた。またしても柱を踏み台にして、立体的に機動して移動していく。彼が飛んだ後に鋼の杭が穿たれていく。
漆黒の軌跡に追いつけたのはオリバーただ1人。
そんなオリバーに黄金の戦士は吠えた。
「よそ見するじゃあねぇよ!」
「ぐ! おのれぇ!」
オリバーは黄金の戦士との戦闘で動けない。目の前に黄金の軌跡が走ると、舌打ちした。
「まさか逆の立場になるとはな。本気で行かせてもらうぞ」
「こっちも本気だあ! それに簡単にやられるようなグレートゴールデンドラゴンナイトじゃあないんだよ!」
攻撃を躱しながら移動していく優大。そんな漆黒の戦士が向かおうとしている場所に気づいた鐵馬は叫んだ。
「グラキース逃げてくれ!!」
その声に優大は反応を示す。
「グラキース……」
クリスはグラキースの前に飛び出し、結界を展開した。黒い刃はステンドグラスの壁に弾かれる。優大は大きく仰け反ったが、そのまま空中でバク転をすると、プリズムの輝きを閃かせた。光弾を結界に放った。
結界にプリズムの亀裂が走り、砕ける音が空気を震わせる。
結界を失ったことに驚くクリス。グラキースは背後で空色の輝きを纏う。氷の杭が顕現する。
漆黒の戦士は裏拳でクリスの横顔を殴り突き飛ばすと、漆黒の炎で象った刃を振り抜く。
グラキースは悲鳴を上げて、顔をしかめた。
彼女の足元には先程まで彼女の体の一部として機能していた右腕が転がる。その中指には空色の魔石がはめられていた。
魔石から文字通り切り離された彼女は、空色の輝きを失う。
刃となっていた漆黒の炎を振り払う。柄を構えた。それはみるみる長さを変え、漆黒の戦士の身長を軽々と超える。彼は自身の武器を棍棒とした。
それを迷いなくグラキースの左足に叩きこむ。鈍く肉を打つ音と、砕ける音が空気を震わせる。
彼女は痛みに叫び、地面を転がった。そのまま漆黒の戦士は、撓る棒を素早く操り連撃を叩きこんでいく。魔鎧の効果がなくなり、肉を打ち、砕ける音がグラキースから聞こえてくる。
「やめろぉ!」
鋼の鉄柱が漆黒の戦士の足元に突き刺さる。漆黒の戦士はそれに一瞥もくれず、目の前の女の顔を力強く踏みつけた。彼は自身に攻撃が当たらないことをわかっていた。
「ここからじゃ攻撃できないぞ!」
イクスの言葉に鐵馬は怒りを露わにする。
主をかばう形で彼らは動けない。動いてしまえばルワークは隙だらけとなる。魔鎧も失っている今、彼に攻撃が来ればそれこそ本当の終わりである。
イクスの爆発は威力を間違えば同士討ちになりかねない。鐵馬の鉄柱も同様の可能性があった。かといって接近戦をしかければルワークの守りが薄くなる。
時折、穴の空いた天井からルワーク目掛けて攻撃が来ていた。彼らは暴れるルワークを押さえながら、攻撃が届かないところまで退かなくてはならないのだ。
保志 志郎は自身に攻撃が来るのを顧みず、イクスたちの元へ駆け寄った。
明樹保達は目の前の暴虐に、顔を青くする。
「それ以上は――」
「こいつは保奈美先生の仇だ」
低く冷たい言葉。その言葉に明樹保は閉口してしまう。
「本当なら、滝下司令の前に引きずり出したいところだが――」
首元を掴み、安々と持ち上げる。
「やめろ! 彼女のお腹の中には子供がいるんだぞ! お願いだからやめてくれ! 俺が代わりになるから!」
鐵馬の懇願が、戦場の時を止めた。しばらくの間が流れる。
誰もが漆黒の戦士の一挙手一投足に注目する。明樹保は涙をこぼしながら首を振って、優大を止めようとする。だが――
「やれやれ――」
声に感情を乗せず。締め上げていく。グラキースは抵抗するが締め上げられていく手は堅く、ビクともしない。
「――自分たちだけ特別か。おめでたいな」
つまらなさそうに言い捨てると、グラキースを投げ捨てた。
彼は明樹保たちに背中を見せる形となった。
棍棒を両手で持ち、頭上へと掲げ、片方の先から黒い炎が噴出する。それは黒い三日月となり、三日月は闇で覆われ鋭利な刃となる。棍棒は大鎌へと変わった。
鐵馬は走りだす。イクスも志郎にルワークを預けると走りだした。オリバーも黄金の戦士の隙をついて吹き飛ばすと、紺色の軌跡を描き、グラキースの元へ飛んだ。
死神を彷彿とさせるその背中に、明樹保は泣いて制止の声を上げる。だが、その声は届かない。
振り下ろされる三日月――
「ごめんなさい。鐵馬……貴方の子供を守れなかった……」
――黒い一閃が走る。
振り下ろされた三日月の刃は、胴体を貫き大地を穿った。グラキースは一度吐血する。
「私の……赤ちゃんが……」
溢れる涙が落ちる頃には瞳から光が消える。赤い鮮血が床を染め上げていく。
鐵馬は狂ったように叫ぶ。声にならない怨嗟の怒号。鋼の鉄柱が矢継ぎ早に漆黒の戦士に降り注ぐ。彼は大鎌を横殴り振り、それらをすべて薙ぎ払う。肉薄しようとする彼に、グラキースの亡骸を投げつけ迎撃する。
「貴様ぁ!」
イクスは叫び、紅い輝きを光らせた。
優大は鎌を自身の前に横にして突き出す。大鎌を象っていた炎をまっすぐな大剣にした。反対側からも炎が噴き出し、薙刀のような大剣となる。彼はそれを振り回し、背後に現れたオリバーを安々と迎撃する。
「ぬぁにぃ!!?」
迎撃されたオリバーは心底信じられないと、目を点にした。オリバーに気を取られていた彼は、自身の周りに紅い光点が、無数に浮いているのに気づく。
「ただじゃ帰さないぞ! この化け物が!」
イクスは紅い点をわざと見せつけて、彼の周りに張り巡らす。
「この紅い点があの時の爆発した正体か」
呑気な声音で彼はその紅い点を摘む。
プリズムの光でそれらを薙ぐと、漆黒の戦士のまわりに浮遊していた紅い点すべてが消失した。信じられない光景にイクスは唖然とする。
「ルワークが行ってしまうわ!」
エイダは叫ぶ。保志志郎たちに連れられていく。彼の周りには数十人の人集りがいており、見えない障壁で自分たちの主を守っていた。
ルワークは面白くなさそうに、その場を後にする。金太郎は素早く攻撃するが、寸前で青い炎に防がれた。キョウスイたちだ。
「見送るしかなさそうだな」
「ええ……」
神代拓海は対戦車ライフルを構えた。それにならい他の機動隊の面々も狙撃銃を構えていく。狙いの先はオリバーたちだ。
「何をしているの? そんなのが効くわけ無いでしょ」
「無敵というわけでもないでしょう? それに、彼だけに背負わせるわけにはいかないんだ。俺たちは大人で、警官だ。無邪気に遊んでいるだけでいい子供たちを前に出しておいて、何もしないわけにはいかないんだ」
神代の言葉はその場にいる者たちの琴線に触れた。
「では我々は、下に降りられる場所を引き続き探すとしよう」
「お願いします」
それを見て金太郎も他のタスク・フォースの面々に指示を飛ばす。
「お前らも行って来い」
スミス財団の戦士は指示を飛ばし、残ったタスク・フォースの面々と崩れた教会を探しまわった。
エイダたちの眼下で戦う漆黒の戦士は3人のエレメンタルコネクターを相手に、優勢に立ち回っていた。自身の武器の形を素早く変えていく。
大鎌、大剣、野太刀、薙刀、ランス、メイス、ハンマー、槍、金棒と素早く変化する武器と戦闘スタイル。そして5つの魔石。
それらがオリバーたちを苦戦させていた。
エイダはそんな姿に戦慄したのか、顔が少し青い。
「狙いは、元重田重工所属ヒーロー、近藤鐵馬だ」
神代の言葉に全員が鐵馬に集中する。
「動きまわって狙いがつけられないな。なんとか足止めてくれないかな」
金太郎は悔しそうに言う。
「皆さん、反撃を考慮してすぐにこの場から離れられるようにしていてください」
神代が全員に注意を喚起する。
何度目かの攻防で優大は神代たちの存在に気づき、彼と視線を交わした。
彼はオリバーを集中的に攻撃する。イクスの爆撃や、鐵馬の鉄柱を無視し始める。攻撃をまともに受けるが、見えない障壁と魔鎧によってそれらは威力を激しく落とす。
鐵馬はそれを好機と見て、執拗に攻撃を繰り出していく。それを見て優大はオリバーを蹴り飛ばし、鉄柱を受け止めた。
オリバーはすぐに態勢を立てなおして優大の背中に肉薄しようとする。
背後に闇の柱が生え、オリバーは吹き飛ばされる。受け止めていた鉄柱に赤い亀裂が走り、粉々に砕け散る。そのまま鐵馬に強烈な蹴りを見舞う。彼は観客席の階段を転がり落ち、一番下で勢いを止めた。
直後に紅い爆発。漆黒の戦士は吹き飛ばされる。
オリバーが飛び、彼の眼前に現れる。間髪入れずに紺色の流星を放つ。彼は地面にめり込んで、動きを止めた。鐵馬はなんとか立ち上がると、自身の頭上に巨大な鋼の鉄柱を顕現させる。
「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!」
鉄馬の注意が完全に優大に向いていた。それを確認した神代は叫ぶ。
「今だ! 撃て!」
神代たちは鐵馬に一斉射撃を行う。
乾いた甲高い音が途切れることなく空気を震わせた。
鐵馬の魔鎧は最初こそ銃撃や光弾を受け止めていたが、無数に降り注ぐそれらにあっという間にその効力は失われた。
彼の額から赤黒い液体が飛び散る。次々にオレンジの光弾と銃弾が体を貫いていく。そのまま膝から崩れ、絶命した。
「鐵馬ぁ!!」
イクスは叫び、頭上にいる神代達を睨みつける。
「殺してやる! 殺してやる! 殺してやらぁあああああ!」
紅い爆撃が神代たちを襲うが、寸前で彼らは避ける。だが、爆風までは防ぎれず、全員吹き飛ばされた。
「イクス! 後ろだ!」
自分の腹が何かに貫かれた。そこから痛みと熱が体全体を走っていく。白黒に点滅する視界を下に向けると、黒い刃が俺の腹を貫いていた。嘔吐感がせり上がってくる。抑えきれず、口から鉄臭い何かを吐いた。
白黒の視界の中でそれは鮮明な赤を彩っている。
口からだらしなく血をこぼす。
痛みと熱で気づかなかったが、オリバーがいつの間にか漆黒の戦士を引き剥がしてくれていた。膝から力が抜けそうになったが、奮い立たせる。
脳裏に今まで経験したことや、見てきた光景。憎んでも憎みきれない両親の顔が流れていく。
こいつが走馬灯か。意外にあっさり受け入れられるもんだな。
「オリバーが相手してくれると嬉しいんだけど?」
「我もお主と戦いたくて戦いたくて仕方がない! 特に今はな!」
漆黒の戦士は俺たちを挑発している。オリバーを殺して、さらに戦力を削ぐつもりだ。今のあいつには立ち向かう術がない。
冷静になった頭でわかるぜ。あいつは俺達が怒りで視界が狭まるのがわかっていたんだ。そして自身に視線を集めさせ、鐵馬を討ち。今はオリバーを殺そうと挑発している。どっちが来ても、あいつは倒せるし、俺は死ぬだろう。だったら――。
「イクス! ここは我が――」
「馬鹿言ってん……じゃねぇよ! オリバー……あんたが最後の砦なんだ……」
咳き込む度に血が腹と口からこぼれていく。
『脱出路は抑えられたようなので、今掘っています。西の方面に穴があるはずです。逃げてきてください。出来れば私の愛しの姫も――』
『馬鹿言ってんじゃねぇよ!』
キョウスイの声はかなり焦っていた。俺たちを心配しているのだろう。最後のは聞かなかったことにしたい。
「へっ、あんたならこいつと一対一でもまだやりあえる。それに俺はそこに寝転がっている万年発情猫を拾っていけるほど力はない。後な、あんたを失うことのほうが戦力的に痛手だ」
「イクス……!」
「一緒に戦えて楽しかったぜぇ」
しばらくの沈黙。
オリバーとこんなに見つめ合う時が来るとはな。こいつの目ってこんなに澄んでたんだななんて感想が出た。
「お主の犠牲……無駄にはせん!」
「あばよオリ……ごふぁ!」
最後の言葉は吐血しながらだったため、上手く言い切れなかった。最後の最後に締まらないなぁ。ちくしょうが。
オリバーは漆黒の戦士に背中を向け、クリスを拾うとそのまま消えた。
「なんで話をしている間に攻撃をしなかったんだ?」
「そんな趣味はない」
「はっ! 人の亡骸を投げ捨てるような奴が言うセリフかよ」
優大が答えると、イクスは溜息をついた。
2人はそれ以上言葉を交わさず、対峙する。イクスは、貫かれた腹と口から血を流し続けた。
このまま時が経つのを待てばイクスは、失血死する。だが、彼はそれをよしとせず、紅い光を纏い、突進した。
「俺の最後のどっかーんだ!!! 受け取れぇええええええ!」
イクスは、自分自身を爆弾として、優大を巻き込んだ一発逆転を狙ったのだ。だが、優大はプリズムの光を輝かせ、紅い光を霧散させた。
「ちっくしょう! ちくしょぉおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
黒い一閃が空を切り、終わりを告げる。
大ちゃんは空を見上げていた。黒い仮面に赤い血が流れている。黒い鎧は血で真っ赤に染まっていた。
私達が背負わなくちゃいけないモノを、大ちゃんは背負ってしまった。背負わせてしまったのだ。たぶん今までも知らない所で背負っていったに違いない。きっと直ちゃんのことも。
グラキースが死んでから程なくして、私達を拘束していた氷の十字架は消えた。私たちは戦闘が終わるまで、影に隠れるしかできなかった。大ちゃんたちがしていた殺し合いを、目を瞑り、耳を塞いで拒んだ。見ようとも受け入れようとしなかった。
私はその姿を見て、居ても立ってもいられなくなり、傍に駆け寄る。
血で真っ赤に染まった大ちゃんの手を取る。
「お、おい! 汚れ――」
「ごめん。ごめんね」
その手をそのまま両手で包んだ。
「大丈夫だよ」
黒い仮面の向こうの表情は、あの時私救ってくれた笑顔だろう。それが私の胸をさらに締め付ける。
それがとても哀しくて、とても悔しくて、私は泣いた。あふれる涙を止めることができなくて、胸に渦巻く感情はただ暴れまわる。
大ちゃんは私が泣き止むまで、側に居続けてくれた。
~続く~
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