No.699652

My Country Sugar Sister

がいこつさん

妙高四姉妹のキャラづけはまったくの自己流です。

2014-07-09 23:58:06 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:979   閲覧ユーザー数:968

 

 妙高型重巡洋艦一番艦妙高は足柄さんの上の姉にあたる。

 身の丈はすらりと高く、長い腕と脚は体の線を露わとする制服姿を一層凛とさせ、後ろでだんごに結った短髪と丸く整えられた眉も涼しげに冴えている。

 行動はそつなく、簡をもって要となし、常に冷静沈着、時に柔和に過ぎるように見なされることもあるが、毅とした性情も内面に有し、必要とあればそれを露わにすることも躊躇しない。四姉妹を束ねる長女というだけでなく、数多の武勲により他艦種の敬慕も厚い。

 そんな彼女の欠点を、敢えて一つ挙げるとするならば、料理があまり得意でないということだろう。

 あまりというのが、この際極めて重要だ。

 例えば二女の那智は、これはからっきしだ。手順も知らなければ、味付けの原則もわかっていない。また羽黒は発展途上なのが明白だ。包丁を握る手つきからして危なっかしく、動きもたどたどしい。おかげで二人とも出す料理は見た目からしてアレだ。

 それと比べれば妙高の手つきは鮮やかだ。火や刃物、食材に物怖じするところはないし、順序に迷いもない。

 だから出来上がりも上々で、素人らしい単純な盛り付けもむしろ胃袋を刺激するのに一役買うほどだ。

 ところが一口含むなり広がってくるのは、見た目とは裏腹な結果だ。

 口が拒絶するとか、具合が悪くなるとかいうほどの強烈なまずさではない。

 ただ、ほんの一片の卵の殻が料理に混入しているのにも似た、生々しい喉の通りの悪さがあった。

 あまりに生々しく、話の種に使うのも憚られる、そんな不得手は足柄さんたちの一つの悩みにもなっていた。

 

 勤務日程は事前に告知されているし、週あたりでの上限勤務時間も設定されてはいるものの、それでもなにしろ戦時下だ、姉妹全員がゆっくり顔を揃える機会は多いとはいえない。

 だから週に一度はせめていっしょに食事をする時間を作ろう。

 だれからともなくいいだした提案ではあったが、なんとなく破る理由もなく続けられて、今となってはかけがえのない貴重な取り決めになっていた。

 それは足柄さんにとっても変わりはない。

 二人の姉は相変わらずおっかなく、生真面目な妹には辟易させられたりもするが、そうした性格の齟齬を正面から受け止められるのが肉親なのだから、四人でいる時間に最も安らぎを覚えるのは偽りではない。

 ただし、その安らぎも、ほんの些細なきっかけでやおら波乱が満ち溢れていく。

「今日は私が夕飯の当番ね」

 那智がミーティングと資材監査、羽黒が演習、そして足柄さんが非番という、比較的各人の体の空いたある日、やはり非番の妙高が朝からそんなことを宣言したのだ。

 

 私がなんとかしなくちゃ。

 足柄さんの双肩にかかるプレッシャーは並大抵ではなかった。

 出勤の二人は特になにをいうでもなかったが、那智が出掛けに垣間見せた一瞥はあまりにも雄弁だった。

「せっかくのお休みなんだから、ゆっくりしていればいいのに」

 お午をすませ、昼下がりの初夏の日差しを避けてしばらくくつろぎ、いよいよ夕飯のしたくをはじめたところに、足柄さんは手伝いを申し出た。妙高は口でこそ遠慮してみせたが、表情は嬉しげに輝いていた。それを目にしていると、胸が痛むところがないではなかったが、なんのことはない、足柄さんもこうして妙高と過ごすひと時が満更でもなかった。

 このあたり血縁の不思議な間合いといえた。

 そして不思議といえば妙高の料理だった。

 どうしてあそこまで見栄えと乖離した味が出せるのだろう。

「それじゃあ、今日はメバルの煮つけにしましょう」

 少々小振りながらも型良く、みょうがのような紫色に染まったメバルが魚櫃から、ぎょろりと目玉を光らせて顔を出す。

 近く、といっても山をいくつか越えたところにある漁港から、不定期で売り物にならなかったり漁れすぎたりした魚が持ち込まれることがあった。最近はめっきり少なくなったこのお裾分けだが、たまたま来合わせた漁師から買い受けて、妙高は夕飯のために用意していたらしい。

 いっしょに出す味噌汁のために、だし昆布の掃除などをしながら、足柄さんは妙高の手もとをうかがっていたが、驚くくらいに口出しすべきところがない。

 メバル特有の鋭いひれやうろこの除去といい、内臓の取り出しといい、慣れたもので、おのずともれる鼻歌も小気味よく、まるでつっかえるところがない。

「次は味付けね」

 あっという間に四人前の下拵えを済ませ、工程を次に移らせる。

 ここで出てきた調味料も特に変わったものではなかった。

 日本酒、みりん、醤油、くさみ消しのしょうが、砂糖、水飴、黒砂糖、はちみつ……

 待って。

「あら、どうかした?」

 思わず口をついた足柄さんの制止に、しかし妙高は怪訝な面持ちをしている。

 明らかにそのセリフも表情も足柄さんのものなはずだった。

 いったい何事かというほどの甘味料の行列だ。おまけに、あろうことか妙高はまだジャムなど後続を控えさせている始末だった。

「だって羽黒、甘いもの好きでしょう」

 さも当然のようにそんなことをいわれては、咄嗟に返す言葉を見失ってしまう。

 たしかに末の妹の羽黒は甘いものに目がない。よく同じ重巡仲間の鳥海や鈴谷、熊野といった面子で甘味処をめぐっているのも知っている。だが、それとこれとは話がまったく別で、

「あっ、わかったわ。大丈夫よ、それなら心配いらないもの」

 得心いったように深くうなずくので、足柄さんもようやく安堵のため息をもらした。

「あなたは辛党だものね。こちらも抜かりなくってよ」

 数々の甘味料大行進のしんがりに、どっかと豆板醤の置かれたのを目にすると、足柄さんは人間が互いに理解し合うことの困難さを改めて思い知らされた気分だった。

 しかし、まだ一縷の望みが絶えたわけではない。いくらなんでもこれだけの調味料全てを使用するわけにもいかない。大部分はとりあえずの選択肢として並べられているだけのはずだ。ならば配合の段階で調整を行うチャンスは十二分にある。

 足柄さんの瞳の奥からは不屈の闘志を示す光が発せられていた。

 それが翳るまで、さほどの時間は必要なかったのだが。

 

 妹でありながら、妙高の行動力に疑いを持っていた自分を、足柄さんは深く反省した。

 鍋の中で妙にとろみのついた煮汁が泡をたてはじめている。量の多少こそあれ、妙高は本当にあれだけあった調味料を使ってしまったのだ。

 そしてその煮汁の中に魚を入れると、さっさとあげてしまう。煮るどころの話ではない。浸すこともなく、くぐらせたというのが関の山で、味がしみる以前にせいぜい皮の色が変わったくらいでほぼ生だ。

「だって那智は熱いのが苦手でしょ」

 すぐ上の姉を例に出されて一瞬理屈に納得いきかけたがあわてて思い直す。まだ那智と羽黒が帰ってくるまで時間はある。温度が気になるならば配膳の前に火の加減を調整するだけでいい。

「なるほど、それはその通りよね」

 素直に認めると、一旦皿に上げられたメバルが再び鍋に戻っていった。その後、煮立たせてしまったのはいうまでもない。

 手際のよいのがいっそ問題だった。

 これが不慣れな人間だったなら、足柄さんもどこかで口をはさむタイミングを見計らえた。ところが妙高は腕のたつ分隙が少なく、大体気付いた時には全て終わってしまっている。

 こうして足柄さんの善戦空しく、出来上がったのはいつもと大差ない妙高の手料理だった。

 

 戦い終わって日が暮れて。

 那智と羽黒が相次いで帰宅し、食卓をみんなで囲んだ頃には、足柄さんもすっかり開き直っていた。

「今日は足柄が手伝ってくれたおかげで、ずいぶんとはかどったの」

 ご満悦な妙高の言を受けて、那智が思わせぶりな、羽黒が不安げな視線をそれぞれ送ってくるが、それを完全に受け流すことができた。

 座卓の上には、大皿に盛られたメバルの煮つけが中央に配され、各々の前には小鉢に入ったマカロニサラダにめかぶときゅうりの酢の物、白菜の浅漬けが置かれている。

 各自好きにご飯をよそい、味噌汁をついで夕食がはじまった。

 鉄面皮を装ってはいても、内心の不安までは拭いきれない。

 セコンドよろしく隣でつきっきりでいた責任とけじめをつけるため、皿の煮つけにいの一番に箸をつけた。

 はしたないとたしなめられるのも覚悟のうえで、取り皿を経ずにそのまま口に含む。

 万事休す。

 魚の煮具合は悪くない。型崩れもしていないし、淡白な白身魚の割りに脂ののりもいい。けれども問題は味つけだった。かんたんにいえばすべてバラバラなのだ。醤油は塩辛さが舌を刺すし、喉の奥にひりつく辛みは豆板醤だろう。そしてあれだけ大量に投入された甘味料はべたべたといつまでも口の中に残る。

 それらが混ざりもせずに順繰りに襲い掛かってくる。

 はっきりいっておいしくない。

「やあ、これは姉さんの味だな」

 がっくりとうなだれかけた時、意外と明るい那智の声がした。

「お前が手伝ったと聞かされて、どうなるものかと思ったが、さすがに足柄でもこの味に手を加えることはできなかったらしいな」

 言葉だけでは残念そうではあるが、その声は安堵も含んでいる。足柄さんが困惑していると、那智もそれを目聡く見つけた。

「どうした狐に化かされたような顔をしているぞ。そうだな、どうやら勘違いに気付いていないようだから教えておいてあげよう」

 勘違い?

「そうだ、お前は姉さんの料理をどうにかしようと考えたらしいが、それがまちがいなんだ。姉さんの料理は、まず第一に食べる人のことを考えて作られている」

 それは足柄さんも感じていた。大体妙高の方向性がおかしくなるのは、だれか他の人間に合わせようとする時だった。それがやりすぎな程にあふれてしまうのだ。

「そんな時の姉さんを止めることができるか? その結果が、いくら料理のまずさにつながったとしても」

 思い込んだら一途の妙高だ。たまに聞かされるお説教の長さは足柄さんも身をもって知っているだけに、そういわれれば言葉もない。

「那智、後でちょっと話があります」

 しかし、眼前で露骨にまずいといわれれば、妙高もおもしろいはずがない。

「いや、待ってください。それが悪いというのではなく、そういう姉さんの作る料理に最も私達は落ち着きを感じるということで……」

「わ、私も姉さんの料理好きですよっ」

 あわてて那智がいいわけをすると、それをフォローする形で羽黒も声を出す。

 武骨な姉に似ず、本当にやさしい良い妹だ。

 けれども、考えてみれば、足柄さんにしても妙高の料理を嫌だと思ったことは一度もない。無論、もっとおいしくなってくれれば、それにこしたことはないとは考えてはいるが。

 今だって肩を落としながらも、なんだかんだで半身を食べ終えている。

 しかし、だとしたら、今日の朝のあの意味ありげな目配せはいったいなんだったのか。

「わからないか?」

 そういうと那智は不敵に笑みを浮かべて、

「こうやってお前が目を白黒させている様を肴にするために決まっているだろう」

 あげた右手で晩酌を求めてきている。

 足柄さんは、非番の日でも決して気を緩めてはいけないことを教えてくれたこの心優しい猫舌の姉のために、うんと熱めの燗を振る舞って差し上げることにした。

 


 
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