第九話「~髪 結~テストべんきょう?」
明樹保達は教室に残って勉強していた。メンバーは前回の早乙女優大宅に集まった面々だ。彼らは必死にテスト勉強をしている。今のこの情勢での学校での居残りはあまり良いものではない。だが、それ以外に勉強できる場所は限られてしまう。そのどれを選んでも危険が付きまとってしまう。ならばと、早乙女優大と崎森彩音が学校側に交渉して教室を借り受けることが出来たのだ。故に一生懸命勉強しなくてはならない。ならないはずなのだが、彼らは楽しそうに会話をしていた。それを監督している如月英梨と桜木保奈美も会話に参加している有り様なので、誰も止めることが出来ない。
「わこちゃん今日の髪型おさげなんだ」
「か・ず・こ!」
浅沼和子は大きな声で否定する。が、すでにこのメンバーでの愛称はわこになっていた。彼女の本日の髪型はおさげとなっている。前回のサイドテールから変わっていた。
「いいじゃん可愛いよ」
「ふざけんな! ワタシがわこなら鈴木だってジョンでいいだろう!」
「それこそふざけるんじゃあないよ! 俺をジョンと呼んでいいのはお袋と優大だけだ!」
金髪に赤い瞳のハーフの少年が勢い良く立ち上がる。勢いそのままに鈴木ジョンが激高した。それを聞いていた冨永烈は、ジョンという名前を連呼する。ジョンは怒鳴りこむように掴みかかった。烈も応戦するが、即座に優大に止められ勉強を再会させられる。
「でも、毎日変えてくるよね」
「ワタシからすりゃああんたら髪型変わらなすぎなんだよ」
和子は明樹保達に対して、おしゃれするべきだと熱弁する。それに加勢するような声が上がる。晴山晴美だ。
「アタシはいいけど、あんた達はもっと色々試行錯誤した方がいいよ?」
「私はいい」
小田久美が即座に否定する。その後ろで神田鳴子は頷き、緋山暁美は面倒臭そうに手を振った。雨宮水青、葉山凪も同じく髪型に関しては特に意識がいってない模様だ。他の面々も同様に首を傾げている。
「髪型かー」
「愛華も色々試してみればいいのに」
弓弦愛華に秤谷凛が提案するが、笑いながら否定した。
「あれ? ワタシらがおかしいのか?」
「まあでも毎日変えてくるのはわこくらいね」
和子は「だからかずこだって」と叫ぶ。そして勢いそのままに優大に噛み付いた。
「あんたが明樹保の髪型見ているんでしょ?」
「そうだけど」
優大はまとめていたノートを烈に取られる。会話が始まったためノートを取り返す事を諦め、会話を続ける。
「もっとアレンジ加えて上げなさい」
「いや、待て。まずは明樹保が自分で髪を結べるようにするようにだな――」
「どうせやるんでしょ?」
「否定出来ないな」
「自分でも出来るよ。ちゃんと結べるよ」
2人の会話に明樹保が抗議の声を上げた。2人は顔を近づけ、ヒソヒソと会話する。
「実際どうなの?」
「時間に余裕があれば出来る」
「へー」
「ただ、ここ最近は寝覚めが悪いので俺が毎日のようにしている」
「そうなんだ」
そんな2人の背後で明樹保は、自分で出来るアピールをした。しかし言葉だけなので2人に冷たい視線で否定される。そこで明樹保は自らの髪を解き、目の前で実演しようと見せた。
言うまでもなく結果は大惨敗である。今は優大に直されていた。
「できるもん!」
「もん! じゃない」
優大はうなだれる。
「これは重症だ」
それを見ていた和子と晴美は、可愛い生き物を見るような目つきとなった。明樹保は必死に否定するが、すでに実証されてしまったので彼女たちの評価は変わらないだろう。ちなみにその様子を傍から見ていた如月英梨は大爆笑している。
「晴山もいつも変えてないように見えるけど?」
優大に突然話題を振られた晴美は、少し動揺した。
「あ、えーっと。気合入れるときだけ変えるよ。デ、デートとかするときとかね」
「で、デートとかするんです?」
食いついたのは鳴子である。そして優大とジョンを除く男子も食いついた。当然年頃の女子も興味があるので、話題の中心は晴美に変わる。そんな中、数人が安堵の溜息を吐く。暁美達だ。自分たちに矛先が向くのではないかと、戦々恐々としていたようだ。
「あ、いや。その……」
突然晴美は顔色を悪くさせる。口をパクパクさせて言いよどんだ。
「あーその晴美はまだデートとかないよ」
和子が助け舟を出す。一同盛り上がりかけた空気をしぼませていく。そんな様子に晴美は「ごめん」と両手を合わせた。
「そのだな。デートをするならー的な、妄想で一緒に出かけた時とか髪型変えたりとか……そんなことはしている……よ」
和子も言ってて恥ずかしくなってきたのか、顔を真赤にさせる。最後の方は顔を両手で覆う。
「わこちゃんもしたんだ」
「うっさい見るな! だ、大体お前らだって。も、妄想くらいするだろ! しないのか?!」
明樹保、水青、暁美、凪、鳴子、久美、城ヶ崎咲希らは頭に疑問符をつけていた。
「私はお姉さまとのデートを――」
「おい待て」
白河白百合の言葉は暁美によって遮られる。
「そういうことを考えたこともありませんでした」
「私もです」
水青と咲希はおっとりとした雰囲気で言う。凪は抑揚のない声で「ないわね」と言った。その背後で鳴子も勢い良く首を縦に振る。
「ワタシらがマイノリティだと?!」
「マイ海苔ティー?」
「暁美あんた……それ絶対違う」
「え?」
男子は男子で誰とデートするのかという話題に花を咲かせていた。彼らの大多数が咲希と晴美のどちらかだな。という結論に至っていた。
「ゆう君は誰とならしたいの?」
須藤直だ。彼女は今の今まで黙って聞いていた。だが、男子の会話と女子の会話の流れで気になったのだろう。ちなみに聞かれてもいないジョンは「お袋」と答える。触りづらいのか、誰からも無視されるという結末になった。
「あー、俺? この中で?」
「そう」
直は気づいていないが、恐ろしく真剣味を帯びた声になっている。そんな様子に一瞬だけ空気が重くなった。烈と和子が面白くなさそうな顔になる。先ほどまで騒いでいた男子も黙りこんで、様子を伺っている。優大は明樹保達をひとりひとり眺めた。
「俺は年上の女性がいいから、英梨先生か保奈美先生で」
優大は空気を読んでか読まずか、予想を裏切る答えを出す。彼らの背後で楽しそうに眺めていた教師2人を指名した。
「マセガキが。まだ大人の女性は早いよ」
「あらあらあら」
如月英梨はまんざらでもなさそうな顔になる。桜木保奈美はおっとりと笑っているだけだ。
「っていうかお前ら、せっかく教室借りているんだ。もう少し勉強なさいな。今から一時間くらい集中してさ。その間に私達はちょっと見回りに行ってくるから」
如月英梨と桜木保奈美は教室を後にする。言われた明樹保達は勉強に勤しむが、しばらくしてそれは瓦解する。発端は何気ない会話からだった。帰りはどうするかという話題からである。
「送ってもらえるんだっけ?」
「ええ。その手はずです」
「徒歩でいいのに」
「化け物出るかもしれないぜ」
鈴木の言葉に晴美は「大丈夫」と答えた。そしてそのまま続ける。
「魔法少女とか超なんたら生命が倒してくれるよ」
殺気立つ者と、動揺する者がいたのは言うまでもない。
「晴山、超常生命体な」
優大は補足した。烈達は明らかに苛立ちを見せ、明樹保達は動揺する。それを知ってか知らずか晴美は話を続けた。
「アタシさ。この前魔法少女と化け物の戦いに巻き込まれてさ」
「なにそれ。初めて聞いた」
食いついたのは和子である。久美も咲希も初耳らしく目を丸くしていた。当然といえば当然である。誰かが襲われた。亡くなったなんて話はすぐに噂となる。しかし晴美の話は初めてなのだ。
「いつ? どこで?」
直は問い詰める。晴美は勢いに呑まれそうになりながら答えた。
「この前の、火災旋風の時に遭遇しちゃってさ」
彼女は「あははは」なんて笑っている。が、声と顔がその時の恐怖を物語っていた。晴美は学校帰りに買い物に街に寄っていたそうだ。その時黒い霧に巻き込まれた。最初はパニックで頭がおかしくなりそうになったと言う。たまたま逃げ込んだビルから外を覗いたら警察と名乗る男が虫と戦い、しばらくしたら魔法少女達が駆けつけた。
「あの時助かったのは奇跡が重なったからだと思う」
遠くを見るように話す。そんな様子に明樹保達は息を呑む。
「どうして話してくれなかったの?」
「いや……その、舞上ちゃって……」
一番の友達を自負している和子は責めるように言った。しかし晴美の反応はおかしなものとなっていた。顔を赤く染めて、口を強く結ぶ。目をしきりに動かして、答えづらそうにした。
「どうしたの?」
久美は問う。咲希も気になるのか覗きこむ。
「あの……実は逃げ遅れちゃってさ。魔法少女が火災旋風起こす前に――」
明樹保達は目を点にする。自身達が殺したかもしれない人がこんなにも近くにいたのだ。顔を青くして晴美から視線を外せずにいる。そんな様子を他所に晴美は言いよどむ。
「いつも見たくズバッと言ってくれよ」
和子は焦れて急かした。
「――その……好きになっちゃって……」
「はい?」
素っ頓狂な声を和子は漏らす。烈達と、明樹保達もすっ転んだ。
「芸人か!?」
直はすっ転んだ面々に突っ込む。優大も「やれやれ」と呆れていた。
「黒い超常生命体……が好きになっちゃって」
「51号か」
答えたのはジョンだった。
「51号? 名前は?」
「知らん」
晴美に掴みかかられたジョンは、引き剥がしながら答える。福士流が咳き込みながら、補足した。
「超常生命体は確認された順でナンバリングされていているんだ。それでそのまま番号で呼ばれているんだ。もちろん名前を名乗っているものもいるけど、この街にいる漆黒のは51号と呼ばれている」
「それで?」
和子は呆れ混じりに続きを促す。
「間一髪で助けてもらってね。好きになっちゃったの! それで舞上ちゃって言えなくて……ごめん」
完全に恋する乙女になっていた。そこから妄想を垂れ流す。顔を赤く染めて「どんなのが好きなんだろう」とか、両の人差し指でつんつんしながら顔を俯かせる。
「いや、話の流れおかしい。どうして逃げ遅れたの?」
そんな夢想を壊したのは直だ。少し膨れながらも晴美は答えた。
「魔法少女の戦いに見入ってて」
晴美は自身と同い年位の子たちが、戦っている姿に感動したと言う。彼女たちも無敵ではない。それでも立ち向かっている姿に勇気をもらったと。
「それでいざ逃げ出そうとしたら、どうしようもない状況になっててさ。馬鹿だよね。自分から危険に晒しちゃって」
烈達は魔法少女達が危険な行動に出ていたのが悪いと指摘する。
「でも、間近で見てたけど、あれしかなかったんじゃないかなって思う。あんなでかい樹を生み出したおばはんなんてどうやって倒すの?」
烈は閉口する。
「まあ、それでどうしようってパニックになってたら壁突き破って黒君が来て。あ、黒君って私が勝手につけてた名前ね。黒君に抱きかかえられて、火災旋風が起こる直前で逃げ出せたの」
と、聞いている明樹保達の気分とは裏腹に幸せそうに語る晴美。そんな様子に全員は呆れる。
「お前、死にかけたって自覚あるの? そもそも超常生命体なんてどいつも化け物だぞ?」
烈は厳しい声音で言う。晴美を責めるようにだ。だが、当の本人は幸せそうにしていた。映画のヒロインみたいな気分を味わえたと言う。和子と直は顔を覆う。
「でも今こうして、何気なくみんなと話せているって思うと意外となんとかなるかもね」
「気軽に言うね。あんたは」
和子は晴美の温もりを感じるように抱きしめた。彼女もそれを心地よさそうに受け入れる。
化け物という言葉に明樹保達は顔を暗くさせていた。
「私も魔法少女見たことあるよ。しかも最近」
久美は言う。
「私の場合は、ヒーロー同士が戦ってた」
「なにそれ! ばっかじゃないの!」
晴美は激高する。
「タスク・フォースと魔法少女が戦ってた。たぶんタスク・フォースからすると、魔法少女は邪魔なんだと思う」
優大は烈が反応する前に、手で抑える。流や、他の面々もだ。
「何してんの?」
「なんでも。続けて」
久美は怪訝そうに眺めながらも続けた。
「桜色の光が家から見えたのよ。双眼鏡掴んで覗いたらタスク・フォースの人たちが魔法少女に攻撃してた。そこに金ピカの超常生命体がやってきて魔法少女を逃してたわ」
久美は「あんまり仲が良くないのかもね」と付け加える。
「助け合えばこの街守れるんじゃないの?」
直の言葉に黙りこむ面々多数。直は烈を見て、しまったという顔になる。
「実際どうなの? 優大。あんたヒーローの事詳しいんでしょ?」
晴美は思い出したかのように優大に聞いた。
「ん? ああ。協力すればなんとかなるだろうな。実際魔法少女の戦闘力とタスク・フォースの戦闘要員の数を合わせればなんとかなるだろう。超常生命体も55号は謎の組織と。51号は警察と協力して動いている。だから、どう考えてもバラバラに戦うよりも連動して守れたほうが確実だな」
優大は「できれば、ね」と鼻で息を吐く。
「詳しいね」
「ジジィ……俺のじいさんが詳しいんだよ」
「今襲ってきてる連中もわかるの?」
優大は頷き、教えた。
「魔法少女達が敵対する組織と反ヒーロー連合。それと超常生命体が各個で来ている。23号が現在もこの街に潜伏しているらしい」
晴美と和子は「うわぁ」と声を漏らす。
「それこそ協力したほうがいいじゃん」
優大は頷き肯定する。
「思うに出来ないんじゃなくて、しないんだろうね」
直は烈を見ながら言う。彼は苦虫を噛み潰した顔になる。
「魔法少女かぁ……そういえば今日の深夜は魔法少女リリカルマジカルトロピカルの日だね」
咲希は周りの様子など気にもとめず言った。続きが気になると彼女は言う。そんな話に晴美も食いつく。
「最近見始めてさ。最初の方とか見れてないんだけど」
「私は見てないわ」
久美は1話を見損ねたと言う。ソレに対してもったいないと言うのは晴美だ。咲希はおっとりとした様子で眺める。
「アニメってまだ見てるの?」
「いいじゃん楽しいよ」
「いや、悪いとは言ってないけど」
言外に悪いと言っている。
深夜にやっているアニメ、魔法少女リリカルマジカルトロピカル。かなりの人気を得ているらしく。放送して間もないのにも関わらず映画の放映まで決まった作品だ。と、鳴子が説明する。
「加えてネットで魔法少女伝説が出回っているからね。この人気はまだまだ加速しそうだよ」
不意に和子は時計を見る。
「いけね! こんな時間だ。せめて先生たちが戻ってくるまでは今からでも勉強しようぜ」
全員が慌てて勉強に戻る。和子は気合を入れるためなのか、髪の結い方を変えた。おさげから前髪をかき集め1つに結んだ。これが彼女の集中するためのスタイルなのだろう。しかし、前髪でちょんまげを作っているように見える。そんな姿に晴美は堪らず笑ってしまう。
「な、なんだよ! 人が一生懸命集中している時に」
「だっておかしいんだもん」
腹を抱えて笑う晴美に、和子は仕返しをする。余っているゴムを掴む。
「お前もちょんまげにしてやるー」
晴美は言葉では「やめて」なんて言っている。だが、和子になすがままにさせて、自身も前髪を束ねさせる。
「ゴムまだある?」
「あるよ」
晴美は凪を掴む。
「主席をやってしまうのよ!」
「おうさ!」
「ぎゃーや~ら~れ~た~」
抑揚のない声で凪は前髪を結ばれた。
「いかん! 前髪ちょんまげ族が増えていくぞ!」
優大は深刻そうに言う。ジョンも「なんてこったぁ!」と合いの手を入れる。それに気を良くした和子と晴美は、そのまま鳴子を結び。水青、暁美といった順で前髪ちょんまげ族なるものが増えていく。最後まで抵抗していたのは直だ。男子も前髪ちょんまげ族になっていたので、最後は諦めたように頭を差し出した。
「みんなちょんまげだ」
明樹保は嬉しそうに言う。
「しかしあれだ。女子のゴムで髪を結ばれるのは、少し恥ずかしいな」
流は照れる。烈は顔を真赤にしてうつむく。そんな様子に全員は笑う。ひとしきり笑ったところで和子は優大に前かがみになって顔を覗き込む。
「そうだ。ついでに髪の結び方色々教えてやるよ」
「じゃあお言葉に甘えて」
和子は明樹保を、優大は暁美の頭を掴んだ。
「あ、おい。ちょっと待てゆう。そういうのはあたしじゃなくてだな」
「いいから覚えておけって」
「わーい。暁美ちゃんとお揃いだ」
「お姉さまの髪は私も弄りたいです」
「ま、待て白河」
斉藤と佐藤が白百合を抑えこむ。斉藤は白百合に睨まれるが、必死に説得する。
「こ、こんな美味しい状況は眺めるに限るぜ。あ、それにほら、次とか触れるかもしれないだろ?」
「ふ、ふん。まあ今回はいいですわ」
と、白百合は顔を背けた。
「じゃあ行くよ。よく見ておけよ」
「おう」
その後教室は勉強そっちのけで髪の結び方を学ぶ場となった。最初は明樹保と暁美だけだったが、最終的には女子全員が統一して変えていく。もちろん手伝いをさせられる優大は、口癖である「やれやれ」を連発していた。今は全員サイドテールで統一されている。ショートヘアーの直や久美、白百合も辛うじてできていた。
「お前ら……勉強するって残ったんだろう……」
そこへ見回りを終えた如月英梨と桜木保奈美が帰ってくる。しばらくは呆れていた如月英梨だが、男子全員も前髪ちょんまげになっている現状に笑い転げる。そして事情を知った後に保奈美の背中を叩いた。
「そうだ保奈美。あんたもなんか結んでもらいなさい」
「え?」
「早乙女、練習台。ほら早く座りなさい」
「えっ? あっはい」
珍しく優大は動揺する素振りを見せる。桜木保奈美も言われるがままに椅子に座った。
「大人の女性の髪なんて滅多にいじれないぞ~」
「茶化さないでくださいよ」
優大は困ったように笑う。彼は一度深呼吸をして髪を触る。最初はおっかなびっくりだったが次第に調子を取り戻し、学んだ髪を結んでいく。そんな様子に皆興味津々に眺める。そこで優大は恥ずかしさを紛らわすために言う。
「っていうか、こういう練習は明樹保にやらせたほうがいいかと」
「いよし! 桜川は私の髪を結べ」
「わかりました! 頑張ります!」
明樹保は優大以上に手先がおぼつかなく。最終的に完成されたのは歪なサイドテールだった。
「桜川、女性としても勉強をしておこう」
「はい……」
対照的に優大は綺麗に結ぶことに成功している。今は桜木保奈美の髪を梳かしていた。
「おー女子全員サイドテールで揃ったわ」
「女子ってほどの年齢じゃない人が――ぶべらっ!」
烈は口を継いで出た言葉は、直後に如月英梨の右ストレートでかき消される。
「写真撮りたい」
晴美の案に女子全員が賛同した。
「んじゃあ俺撮る係で」
優大は間髪入れずに買って出る。和子がそれを却下した。
「お前、写らないように逃げるつもりだな」
「なんとでも言うがいい」
優大は口元を歪ませる。彼以外は目立ちたがり屋なのか全員写りたがっていた。彼は勝利を確信する。しかし、それはもろくも崩れ去った。直後に現れた人物によってだ。
「では、私が撮りましょう」
「彩音さんどうして?」
崎森彩音だ。彼女は水青に詫びると、入った経緯を説明した。そろそろ帰宅する時間だがいつまで経っても出てこないので、入ってきたそうだ。
彼女は優大を押しのけてスマホや、いつの間にか持参しているカメラを取り出した。
「い、いつの間に」
「優秀な従者がいついかなる時でも、準備は欠かせないのです。それが水青様の写真を合法的に撮れるとなったら、もうそりゃあ――」
「はいはいわかりました。早くお願いしますね」
水青は崎森彩音の会話を切る。気づけば外は西日となっていた。いくら楽しくてもこれ以上は不味いと判断したのだろう。恥ずかしさも多分にあるとはいえ、彼女は手早く済ませることを望んだ。
「では皆様。並んでください」
「ちょっと男子! もう少しくっついてよ」
「出た! 出たぞ! 女子のお決まりの――ちょっと男子――発言」
「いやいいから烈。早く撮ろう」
流は己の前髪ちょんまげを気にしていた。よほど恥ずかしいのだろう。そこから並びがどうとか話がまとまらなくなり始めるが、愛華と凛がまとめ始める。背の高い者は後ろに小さいものは前にというお決まりの形に収まった。写真を撮り終えると、如月英梨は明樹保達に帰宅を促す。彼女たちも異論はなく。すぐに片付け始める。
「ったく。まったく勉強できてないんじゃないの?」
「半分は髪の結び方でした」
如月英梨の指摘に優大は笑いながら答えた。
「お前ら……いや、いい勉強になったんだろう。教師としてはなんとも微妙だけどな」
「みんな気をつけて帰ってね」
桜木保奈美は全員の帰り支度が済んだと見ると、優しく手を振る。それに応えて全員挨拶をして教室を後にした。
「リムジンだと?!」
流が叫ぶ。烈は「すげー」と声を漏らす。
「すっげーこれで帰れるの?」
「やばっ。ちょっとお嬢様気分味わえる」
和子と晴美ははしゃぐ。それをため息混じりに眺めるのが直と久美だ。咲希と白百合はいい車だなと感想を言う。
今回の教室を借りる条件として、全員のちゃんとした帰宅の確認が取れることが最低条件だった。そこで名乗りでたのが崎森彩音だ。彼女は全員を運搬する手段を用意すると、如月英梨と桜木保奈美に言い出したのだった。そこまで言われてしまえば如月英梨も桜木保奈美も拒否することは出来ず、全員を送り届けた後に連絡を入れるという約束で認めたのだ。
「彩音さんお願いしますね」
「そちらもお気をつけて」
とはいえ、23人全員を送ることは不可能である。そこで男子達は例外的に徒歩である。各々帰宅後にちゃんと連絡を入れなくてはならないのだが。明樹保と直も、優大と烈が送り届ける事になっているので徒歩だ。
「いいなぁ。乗りたかった」
「また今度にでも」
崎森彩音に促され、リムジンで送り届けられる女子は乗り込んだ。残った男子と明樹保、直はリムジンを見送ってから帰宅の途についた。
「ううっ。自分で結べるようにならないと」
「そうだね。でのまあ、いつかできるだろう」
明樹保は道中ずっとこの調子である。事あるごとに髪が結べなかったことを嘆いた。ふと、彼女は何かを思い出したかのように口走る。
「晴美ちゃん無事でよかった」
「そうだな」
それは自身への懺悔だったのかもしれない。一歩間違えれば自分たちが彼女を殺していたかもしれないという状況に背筋が凍ったのだろう。顔色は悪い。
「まあ、でも魔法少女が助けたみたいだし」
「そ、そうだね」
明樹保は平静を装おう。
「悪くも言ってなかったしね。それよりも、協力できない現状に怒ってたし」
「うん。大ちゃんは魔法少女の事、どう思う?」
「そうだなぁ……。魔法少女達だけの問題じゃないしなぁ」
「うん……」
「みんな一生懸命になりすぎているんだと思う。だから、すれ違うんだろう。でも――」
優大は言葉を切って満面の笑みを明樹保に向けた。
「今日の晩御飯は何にする?」
「えっと、ハンバーグ!」
「またかよ」
「今日はハンバーグ!」
「やれやれ。よし、良いお肉でハンバーグだ!」
優大と明樹保は笑いながら駆け出す。
~続く~
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