朝から続く雨は、夜になっても病むことは無く、雨以外の音が聞こえない静寂な世界を作っていた。
こんなに静かな夜は、昔のことをよく思い出す。
俺は雨が嫌いだ――。
あれは暑い夏の夜のことだった。
当時俺が住んでいたアパートは二階の角部屋で、西日が直接当たるおかげで、洗濯物はよく乾くが、その代わり夏になると屋外のほうが涼しいんじゃないかっていうぐらいに暑くなった。
その日も仕事から帰宅して、まるで蒸し風呂のように感じる部屋の空気を入れ換えるために窓を開けてなんとか熱気を外に追い出せるだけ追い出した後、ベッドで寝ていた。
――カタカタカタカタ――
ちょうど眠りが浅いときだったのか、窓が揺れる小さな音に気がついた。
暗い室内なのに妙に鮮明に写る視界にそれがいた。
それは窓の外からこちらをただジッと見つめていた。
何をするわけでもなく、ただ窓に張り付くように、網戸の隙間からジッと見つめていた。
携帯のアラームで目が覚めると、そこはなんの変哲もないアパートの一室だった。
昨夜の妙な体験はただの夢だったのだろう。
妙に生々しい空気だったのを目が覚めた後でもはっきりと思い出せるぐらいに、不思議な夢だった。
まるでDVDの同じシーンだけを延々と再生しているみたいに、毎日同じ夢を見るようになった。
一週間もすると同じ夢を見ることにも慣れ、はじめは不気味さも薄れて、ほとんど気にならなくなっていた。
そして二週間ほどたったある日のこと、その日は久しぶりの雨が降っていて、同じ夢の中でも雨が降っていた。
不思議に思ったのはその雨が原因だった。
前日までずっと同じ夢だと思っていたものがその日は違っていたのだ。
そして、ずっと窓の外でジッと見つめているだけだったはずのそいつが窓の内側に立っていることに気がついた。
ただジッとしている。そのことだけが変わらないそいつに初めて恐怖を感じていた。
俺は意を決してそっとばれない程度に薄く目を開けて窓の方を見ると、そこには何もなかった。
やっぱり夢だったのかと思い、窓に背を向けてもう一度寝ようとした。
――カタカタカタカタ――
その音は明らかに窓の方から聞こえてきた。
――カタカタカタカタ――
その音はこの妙な夢の始まりと同じ音だった。
恐る恐る振り返って窓を見ると、そいつがジッと窓際から俺を見つめていた。
目が覚めたのはいつも通り、携帯のアラームでだった。
その日を境に、俺が見る夢の中のそいつは、少しずつ確実に俺のそばに近づいてくるようになって行った。
もうそろそろ夏も終わり、秋になろうかという頃、そいつは枕元で俺の顔をジッとのぞき込むようになっていた。
その頃はもうすでに、窓に背を向けて寝るようになっていた。
現実か夢かが曖昧になり出した頃、その日は残暑特有のうだるような暑さで、何度か目を覚ましつつ、寝返りを打っていた。
その日は夢のことなんて考える余裕もないほど疲れていて、それなのに寝るに眠れないぐらい暑かった。
そして、何度目かの寝返りを打ったとき、それはちょうど窓のほうに身体が向いたときだった。
枕元で半分顔を出して、目から上だけがのぞき込むようなそいつの視線に気がついた。
そのときは確かに夢じゃなくて、現実だったはずだった。
夢の中特有の、どこか遠くから眺めているようなそんな感覚は無く、確かに俺自身の現実だったはずだった。
それなのにそいつは、俺の目の前に居て、夢の中と同じようにただジッと俺のことを眺めていた。
いや、ほんの少し違うところがあった。
そいつは確かに、ほんの少しだけ目尻をゆがませ、楽しそうに笑っていた。
初めて見たそいつの目は、確かに笑っていたけど、何もない、ただぽっかりと空いた穴みたいだった。
その後のことは覚えていない。
次に気がついたのは、いつもみたいに携帯アラームの目覚ましで、そのときに見た部屋の中はいつもと変わらないなんの変哲も無いアパートの一室だった。
そしてその日を境に、そいつは現れなくなった。
あの奇妙な出来事から数年経った今、あれはなんだったんだろうと、考えることがある。
あのときに見ていたのは確かに夢で、だけど最後に見たのは確かに現実だった。
今はもうあの頃住んでいたアパートには住んでいない。
あの頃みたいな寝苦しい夜を過ごすことも少なくなったようにも思う。
だけど……、こうやってあのときのことを思い出した夜は必ず、あの音が窓の向こうから聞こえる気がしてならない。
もしかしたらあいつは今も俺のすぐ近くでジッと俺を見ているのかもしれない。
そこには誰もいないはずなのに、まぶたを閉じると聞こえてくる気がしてならない。
特にこんな雨の夜は――。
――カタカタカタカタ――
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昔見た夢を元にした夏向けのお話です。
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