「魔王閃く」
朝靄が立ち込める。朝日はうっすらと地平線から顔を出していた。
「世話になったな」
「久しぶりに話せてよかった。老い先短いのだ。次は早めに来るんだぞ」
魔王とラガンは固い握手を結んだ。互いに白い歯を見せた笑顔を向け合う。そんな様子を横目にソラは緑の球体をいじっていた。よく見ると、球体にはリングが着いている。リングにはつまみが1つついていた。ソラはそれをいじりまわしているのだ。球体から映像が映し出され、音声が映像を案内しだす。それをソラは興味深そうに眺めた。
「それで勉強するがいい」
魔王は分厚い本と小さな小包を手渡す。それを受け取ったソラは包みの中身を確認して顔を輝かせる。
「いいのか?」
「ああ。我が配下は誰一人死ぬこと無く帰ってきたのだ。それくらい弾むさ」
ラガンは「おいさすがに――」と遠慮しようとするが、魔王は手で制する。
「ソラは使わないんだろう?」
「うん。きっと母さんたちの助けになる」
「だからってお前……これ」
ソラの満面の笑みに、その場にいる者達も自然と微笑んだ。包みの中は宝石である。
「一応硬貨なんかを考えたが、我が国の通貨がソラの故郷で交換できるかどうかわからないからな。宝石ならばその不安もない」
ラガンは肯定しつつも、どこか納得がいっていない。彼ら霊将は基本的には私利私欲では動いてはならない。というのが鉄則である。それ故に彼は難色を示していた。魔王からすればそんな些細な事なのか、鼻で息を吐いて笑う。
「悪の道に染まらなければいいじゃないか。規則だからとあれこれ縛り続けるといずれ、崩壊するぞ。それにだ。家族のために魔導書や宝石を集める彼は悪か?」
ラガンは唸って黙りこんでしまう。
「多少の私利私欲は大事だ。それは全を大事とする君らにとってもだ。個を大事に出来ないモノが全を守れるはずもないだろう。彼は霊将として素晴らしい存在になるだろう。大事に育てたい気持ちもわかる。だからこそ、彼は彼なりの霊将にならねばならない」
宰相が後ろで「そこまで勇者にさせたいですか?」と問う。だが、魔王は首を振る。彼にいつものふざけた様子はない。今ここにいる誰よりもソラを案じていた。
「狭い価値観をもたせるのは、彼がこれから立ち向かう宿命には重すぎる。もっと多くを学ばせろ。それが全を守る君たちの理念にも通ずる」
ラガンは目を点にする。魔王の表情に本気を見出したのか、力強く頷いた。
「わかった。これから霊将としてではなく、人として育ててみる」
「頼んだぞ。ソラ、また来い。来たら魔導書とお使いを見繕っておく。新しい事も学ばせてやるぞ」
ソラは嬉しそうに「うん」と頷く。
いつの間にか船は出港準備を整えていた。船乗りが乗り遅れないように注意をうながす。ラガンとソラは魔王と宰相。そして伴って来た人々に頭を下げて、船に乗り込んだ。
書斎の部屋には優しい日光が差し込む。机の上に上半身を預け突っ伏す魔王。
「ソラぁ~。勇者になってくれぇ~」
「やっぱりそれか」
魔王は「それもあるけど」と否定した。彼は宰相にソラの成り立ちとこれから待ち受ける顛末を話す。それは宰相を震えさせるのには十分であった。勇者足りえるが、それ以上に彼は険しい道程を歩むことになるのだ。
「それをラガンさんは?」
「教えてないし、知らんだろう。私は最後まで言うか言うまいか迷った。けど、未来は必ずしも決まっているわけではない。だから、彼の行く末は彼に委ねたい」
宰相は短く「そうですか」と言う。そして羊皮紙を差し出した。
「話は変わりますが、アトランディスのコゥティ先遣隊隊長の報告書です」
魔王は頷いたり、相槌を打ちながら羊皮紙を読み進める。最後は表情を柔らかくして微笑んだ。中身は良き知らせだったらしい。宰相も顔の表情は見えずとも、纏う雰囲気は柔和だ。
書かれている内容はアトランディスの沖合にいたカラミティモンスターが去ったということ。意外とアトランディスの国民とも上手くやれているなどが記述されていた。最後に未踏大陸への調査も前倒しできそうだとの事もである。
「これで、エルニージュがカンクリアンと戦争に入らなければ万々歳なのですが」
「それは難しいな。それこそカラミティモンスターがカンクリアンで暴れない限り、無理だろう」
魔王は神様の気まぐれでも起きない限り無理だ。と、深い溜息を履き漏らす。
「魔王様、もう一つ報告がございまして」
宰相は少し言いよどむ。いつもの自信が見られなかった。魔王は宰相から竹簡を受け取ると、読み進めていく。
「魔界からか珍しいな」
最後に魔王は「なるほど……厄介だな」と漏らす。背伸びしながら机から立ち上がり、窓から外を眺めた。
「旦那。勘弁して下さい」
「いいやダメだね」
魔王は市民と同じような衣服を身にまとっている。彼がそういう格好をするときは大抵市民に紛れている時だ。ただしそれは本人が紛れ込めていると思い込んでいるだけである。纏う気まで隠せておらず、それどころか国にいる者は魔王の顔を皆知っていた。故に今も魔王が問い詰めている男は魔王の事を「魔王様」と呼称している。
「勇者をこの国に引きこむなんて、俺には出来ないです」
「なにを! それでも冒険ギルドの役所の者か!」
ギルドの役所人は、困ったように笑うしかない。
冒険ギルドといっても勇者を取り扱うわけではない。そもそも勇者だから勇者なのではない。冒険者がたまたま何か偉業を成し遂げて、人々から勇者という称号を与えられるのだ。つまり勇者連れて来いと言われても土台無理な話である。
「あくまで出し惜しむ気か!」
「違いますよ」
「やはりなんか魔王っぽく、何か称号が必要だな」
「やめーや!」
宰相の飛び蹴りが入る。それも魔王の首にだ。魔王はそのまま壁に激突した。
「宰相……お前もやるようになったな……」
宰相は魔王を無視して、役所人に平謝りをする。そんな光景を他所から来た冒険者達は奇異な目で眺めていた。
「それでこのような場所に何用ですか?」
「ギルドを直接見たことがなかったのでな。見学ついでに勇者を呼び込ませようと」
「迷惑な話ですね」
宰相の言葉に役所人は「まあまあ」と宥める。魔王はギルドが世界規模であることは承知していた。それでも直接確認したことがないため、乗り込んできたのだ。もちろん途中から目的が変わってしまったのだが。
「我々ギルドは名ばかりです。我々の収入は国や人から依頼される金額の仲介料でなんとか成り立っているので」
「ではなぜギルドと?」
役人は説明する。情報を世界規模で発信することが出来る。もちろん時間差は生じ、世界の果てまで届く頃には数年が経つなんてことはざらであると。
「まあ、ここは皆さんが頑張ってくれているお陰で、うちは景気は良くないんですけどね。あ、失礼しました。とても住みやすい国だという意味でもあるので」
魔王は不敵に笑う。
「役人。いくつか問いたい」
「な、なんでしょう?」
役人は無礼を申したことを、怒られるのかと身構える。
「冒険者達はギルドの発布する仕事に引かれてやってくるんだな?」
役人は答える。基本なんでもやるということ。土木作業から、ペット探し。カラミティモンスターの討伐。遺跡調査など色々である。
「では、我が国として仕事を依頼したい」
魔王は口を歪ませて笑う。その悪そうな顔をしている時だけ魔王のようにも見えた。
~続く~
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60分で書くお話。
繁栄した国の王は魔龍バハムート。人は魔族の王としてバハムートを魔王と呼ぶ。魔王は国に尽くし、魔族と人が平和に暮らせる数少ない国にしたてあげる。しかし彼には悩みがあった。
「勇者とどうやったら決闘出来るのか?」
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