No.694507

チャンバラ大会の記録~音澄寧子の場合~

理緒さん

チャンバラ大会はいかがでしたでしょうか。今回優勝した音澄寧子さんの視点から見たチャンバラ大会の様子をお送りします。
出来るだけ多くの参加者を登場させたく思いましたが、視点の関係などから出番に差が出てしまったことをお詫びいたします。
ご参加くださりありがとうございます。

登場するここのつ者:音澄寧子・金烏梨・鳶代飾・猪狩十助・黄詠鶯花・熊染・砥草鶸・雨合鶏・魚住涼・玉兎苺

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2014-06-16 18:10:07 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:555   閲覧ユーザー数:540

皐月の五日の良い天気。いつもの三味線と比べたら羽のような軽さの布袋を片手に、寧子は足取りも軽く本堂へと足を進めた。

「お~、やってるにゃー。」

 小休止を挟んでの手加減無用のチャンバラ大会はすでに最終戦の三回目。敗れた障子は数知れず、ボロボロになった布刀も数知れず。

 ここのつ者いつわりびと問わずのごちゃ混ぜの乱戦状態では誰に当たるかの予測ができない状態のため、予想外の人に当ててしまうこともある。それでも軽口を言い合えるのだから、皆楽しそうで。

「む、こんな楽しそうだと、お姉さんの猫耳が騒ぐにゃ。」

さっそく障子を破いた十助と飾はビリビリになった障子を見て慌てているが、「もう、一度破いたら二枚も三枚も同じだ!」と開き直ったらしく、すぐに表情を明るくして 乱闘にまぎれに行く。

「私も本気でいこうかにゃー。 ……だ、れ、に、し、よ、う、か、な…」

猫の神様の言うとおり、と続けながら本堂にいる面々を順に指さしていく。相棒の十助を始めとする見知った顔ばかりだが、その中に見慣れない顔がある。彼を指さして寧子の指が止まる。

「だぁぁ! 何やってんだ俺! ちくしょー!」

 

なかなか騒がしいが、どうやら渾身の一撃を障子に見舞ってしまったらしい。「まさむね」と書かれた布刀を片手に頭を抱えている。よく壊れなかった障子、良くやった。君のことは忘れないにゃ。

「始めましての人かゃ?……それなら挨拶しないといけないのにゃ」

 にんまりと口角を上げ、布刀「秋ぶれーど魚」を振り上げて畳を蹴る。体重を感じさせない軽い動きで跳躍し、狙うは襟巻をした初対面の男性。

「始めましてにゃー!」

文字通り、挨拶代わりの一撃がモスッっという音を立てる。布刀は音がこうだからちょっと達成感に欠けるのが難点だと思う。

叩かれた男はというと、おどけた調子で振りむいた。なかなか親しみやすそうな表情だと思う。

「おねーさんは寧子っていうのにゃ」

こちらもおどけてポーズを取りながら挨拶をすると、相手もニカリと笑った。

「寧子ちゃんかー。一撃もらっちゃったなー」

よろしくねとでも言うようにウインクをして見せたその男は鴨野師走と言うらしい。

ウインクを返そうとして両目をつぶったら可愛いと言われ、照れをごまかすようにもう一度両目を瞑るウインクをかえした。

いつまでも一つの場所に留まっているのは当てやすい的になってしまうからと、適当に話して分かれたのだが……盛り上がるあまり目測をあやまりやすいのか、そこかしこで障子を勢いよく破るバリィ! という音と驚愕の声が上がっている。

この場ではあまり剣術だとか、身のこなしだとか…そう言うのはあまり関係なさそうだ。華奢で体の小さい玉兎苺も、体が弱いという海牛零も、歓声や高笑いをしながら楽しんでいるのがうかがえる。

 しかし、ここで気になることが一つ。

「……ところで今、何枚くらいの障子が犠牲になってるのにゃ?」

 端のほうに書いてある、『障子を破ったら張り替えの手伝いを申しつけます』の張り紙が物悲しく見える。

「分からないけど、壊れたら僕も手伝うつもりです…僕もやぶっちゃいましたから」

 申し訳なさそうに笑うのは鳶代飾。涼姉さんごめんなさい、と呟くのが聞こえた。手先が器用な彼だから、もしかしたら破らなくても手伝いのお願いが出ていたかもしれない。

ひぃ、ふぅ、みぃ……と数えている寧子の眼の前で企鵝と鶯花が、布刀を振りかぶったその勢いでまた一枚。

「っあー! 障子!」

「あ…」

やってしまったという表情で障子を見つめる二人は、謝る算段と張り替えの時に持ち寄る物の相談を始めた。障子を破いたことに関して前向きなのか、後ろ向きなのか。

 そんなに気にしなくても、そろそろ障子が張り替えの時期だと涼が言っていたのをこの前聞いたから、問題ないのだけど。そう思う反面、持ち寄られたものがお菓子ならば自分の口にも一口入るのだと思うとちょっとばかし心が弾んでしまうから。内緒にしておこう。

 

 さて、それからしばらく。さらに何枚かの障子が景気よく破れていくのを横目に、寧子は隅で三味線をつま弾いていた。

「盛り上がるチャンバラ~ そして破れる障子たち~ 俺たちに『退く』の二字はない~あるのは張り替えの義務だけ~」

楽しそうに眼の前の光景を面白可笑しく即興の歌にしていると、何人かから拍手が返って来る。ありがとう!だけど前見て、前。ほら、叩かれちゃった。

「音澄さぁ…今、作ったんか?」

 すこしくたびれた様子の熊染が遠慮がちに声をかけると、寧子はニパッと笑って三味線を鳴らす。

「そうにゃー。作詞作曲、寧子! 『チャンバラ ~退かぬ媚びぬ張り替える~』にゃー。」

うん、即興にしてはなかなか良い曲ができたものだ。自分でほめる分にはただなのだ。

「……楽しそうじゃった……」

「熊さんは楽しかったかにゃ?」

 控えめではあるが頷いてくれた。楽しんで貰えたのなら、それは辻弾きとしてはとっても嬉しい事だ。ベベンと三味線を鳴らした。

 弦が揺れる音が引いて行くと、その隙間を縫うようにカラカラと軽い音が聞こえた。バタバタと人が走り回る音はよく聞くが、ゼンマイのような音はここでは聞きなれない。頭におそろいの疑問符を浮かべながら、熊染も寧子も同じ動きで視線を向けた。

 ……しばしの間、少しぎこちない動きのそれを見送り、同時に呟いた。

「…動いちょる…」

「動いてるのにゃ」

可愛らしい鹿を模したようなぬいぐるみが長い布刀を持ってよたよたと進んでくる。少し離れたところに居る背の高い少年が作者だろうか。カラクリらしきその動きをみて、満足げにほほ笑んでいる。

「あがなぁもん見るんは…初めてじゃ…」

チャンバラの渦中に進み出るからくりは、異国の神話のごとく人の波を割っていく。皆、突然のカラクリの登場に驚いたのだろうか。十助は布刀を構えたまま横目で見送り砥草はカラクリの技術が気になるのか、興味深げに見ていた。

そんなふうに、各々がぬいぐるみを眼で追っていたが、そこにほど長い影が、一本。

バコンっ

おおよそ布刀らしからぬ音を建てる誰かの渾身の一撃をうけ、ぬいぐるみの頭がへこみ、悲しげな音を立てて動きが止まった。

「え?人形?」

「あー!僕の「しかぽこぽこくん一号」が!!」

素っ頓狂な声を上げたのはさきほどウインクのしかたを伝授してくれた師走で、叩かれて悲鳴を上げたのは眼鏡の少年だった。

「加減と言うものをしてください師走君!」

「あ~、ごめんね冬馬くん、わざとじゃない!」

半べその冬馬は「しかぽこぽこくん一号」を抱えて部屋を出る。直すつもりなのだろうか。それにしても

「名前のセンスがすごいのにゃ」

 

一方その頃、混戦の中心部では、渾身の一撃が障子に当たって悔しい思いをした人が片手では足りなくなってきた。

気合い一杯の金烏梨のそのうちの一人で。不服そうな表情で突き刺さった布刀をぞんざいに障子から抜く。今更破ったことにビクついたりはしないが、消化不良という言葉が合うような感覚は好きじゃない。障子邪魔だそこをどけ。

ひそかに思いを寄せている雨合鶏うっかり渾身の一撃を加えてしまったり、ごゆっくりとでも言いたげな顔で砥草に背を押された勢いで抱きついてしまったり。正直にいって自分の中で感情の整理が付かない。そんないら立ちも込めて、障子を睨む。

……どうしてくれよう……

 

休憩して体力も満タン。狙いを定める寧子の視線の先で、企鵝が運悪く三人から同時に攻撃を受けていたのを見て、思わず心の中で手を合わせた。攻撃したのが自分や十助でなくて本当に良かったと思う。

「だ~れ~に~、しようかにゃ……っと。……ん?」

 最初と同じように標的を猫の神様の言うとおりに決めようとしたところで、ちょっと見過ごせない物を見つけた。ガタンと音がしたから、他の人も気付いた。

 梨は障子の木枠を手にしていた。そこまでは良いのだが、片膝にその木枠を押し当てている。そう、あと少し両の手に力をかければ細い木枠で出来た障子の骨組みなど簡単に折れるような格好で。……あと、ちょっと眼が座っている。

「どうせなら、……もう貼り替えられないぐらいにまですれば良いんじゃないか?」

悟った。眼が本気だ。

せーの、と勢いをつけようとしたその手を止めようと、企鵝が慌てて掴む。距離が開いていたにも関わらず間に合ったのは彼の身体能力のたまものだろう。鶯花も隅の方で困ったように「危ないですよー」と声をかけている。何が危ないのかと言えば……。

止められて少々不服そうにしている梨のそばで、足音が止まった。

「梨ちゃん…」

 常より低まった声は、会場となっている忍社の巫女の声。そして、彼女のお説教は無自覚に長い。

……なるほど、先ほど鶯花が言っていた「危ないですよ」は、涼のお説教が始まるよ、と言うことか……

どこか他人事のように考えている梨に、目線より下の方からお説教が届く。

「誰が障子の木枠まで壊して良いと言いましたか!壊れた木枠の修繕費は参詣者の方の浄財が使われるんですよ!」

「ご、ごめんなさい!」

お決まりのように始まった説教の勢いに押され、梨は思わず素直に謝りその場で正座になる。これは、助け船を出した方がよさそうだと、寧子はおどけた足取りで近づいた。

「そうにゃ、梨ちゃん!障子が無くなったら涼ちゃんの着替え目当てにのぞきが殺到してしまうのにゃ!……ぁ痛!」

わざと真面目な表情で。数泊遅れて涼の持つ布刀ではたかれた。「バカなことを言わないでください」と。でもお説教は止まったようで。最後にほどほどにおねがいします、とお小言を付け加えて。

 もうそろそろ終わりの時間だと告げて涼は退室したが、室内はまだ熱気に包まれている。もうすぐおわりなら、最後に一撃でも入れていきたい。数人が布刀を構えなおす。

 

共通する思いは同じ。

もう少しで終わりなら、もう少し楽しまなくては損だと。

 モスッとした気の抜ける音がそれから何度か聞こえ、このチャンバラ大会は幕を閉じたのであった。

 

……大量の障子の張り替えを残して。

 


 
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