第二章 艦娘降下作戦第一号
船越艦隊司令部、執務室。
「…さて、どうしたものか。」
「提督、お茶が入りました。」
榛名の誘いに頷くと卓から立ち上がり、榛名と向き合うようにソファにかけ直す。
「艦隊編成…ですか?」
「ああ。磯村さんほどの人ならば正面から殴り合ってそうそう後れを取りはしないはずだ。ということはつまり、今回の敵は磯村艦隊とは相当に相性が悪い相手…と推測できる。」
「この編成表を見る限りでは水雷戦指揮能力と航空戦力に難がありますね。」
「水雷戦は球磨型軽巡が重雷装化のため長期入渠中だからな。空戦の要である飛鷹と隼鷹も戦闘に参加できる状態ではない。」
「ということは空母と軽巡を中心に?」
「編成はほぼ決めてある。これだ。」
渡された編成表に目を通した榛名の顔色が変わる。
「これでは…」
榛名を旗艦に、以下瑞鶴、瑞鳳、夕張、島風、雪風…となっていた。
「本隊に空母が一隻も残らなくなる。だがこの作戦、どうしても海域制圧できる艦が二隻以上必要なのだ。…だからこうして困っている。」
船越は深く溜息をつくとソファにその身を沈めた。
「失礼します。」
執務室に入ってきたのは和服姿の小柄な女性…いや、少女だろうか。顔立ちはあどけない少女の物だが、落ち着いた立ち居振る舞いには年長者の貫禄すら覚える。
「船越中佐。ご無沙汰しております。」
和服美人は深々と頭を下げた。
「鳳翔さん!貴女でしたか。」
「広の航空工廠より荷物を預かって参りました。それともうひとつ…」
受領品一覧の下にもう一枚紙が挟まれている。
「中佐ご不在の間、防空を任されて参りました。」
鳳翔は嫋やかな笑みを浮かべ再び頭を下げた。
しばらくの後。作戦室に船越艦隊麾下の艦娘が集合していた。
「…以上六隻を西方支援艦隊とし、通常任務からは外れてもらう。代わって代替要員として重巡利根、同じく筑摩、そして空母鳳翔、同じく龍驤に臨時で参加してもらう。何か質問はあるか?」
「提督、一つ良いか?」
「長波、言ってみろ。」
「臨時の補充要員を寄越してまで我々の艦隊を応援にやろうとする理由って、あるのかい?なんか回りくどい気がするんだけどさ…」
「一言で片付けてしまうならば,敵の編成だ。応援に欲しいのは海域制圧力のある空母と、対潜能力の高い軽巡及び駆逐艦…ということだ。こちらは駆逐艦隊も前衛、支援共に潤沢だが、両空母を応援に出してしまうと防空が甘くなる。そこで重巡の中でも索敵に秀でた利根型と空母の鳳翔らを補充したというわけだ。」
「ふーん。ま、軽空母なんかに五航戦の一翼、この瑞鶴の代わりが務まるとは思わないけど…」
悪態をつく瑞鶴の前に歩み寄った金剛が瑞鶴の頬を張った。
「……?」
「瑞鶴、鳳翔に謝りなサイ!」
「なんで…瑞鶴は何も間違って…」
船越は仲裁に入ろうとする榛名を制する。金剛は瑞鶴の襟を掴むと絞り出すように語った。
「鳳翔は…正規空母デス!」
瑞鶴の顔色が変わった。恐る恐る船越の目を見る。
「…確かに金剛の言い分は間違っていない。鳳翔は世界で初めて航空機の発着艦を前提に建造された航空母艦だ。かたや我らが帝国海軍に於いて軽空母という区分が生まれたのは新型空母の新造改装にあたり二航戦の飛龍と蒼龍を基準にそれよりも滑走路が短いものを軽空母と呼称するようになったからだ。滑走路が短いと運用できる航空機が限られてくるからな。つまり既に就役していた鳳翔と龍驤は登録上、正規空母ということになる。」
「…ですが」
今度は鳳翔が金剛の前に進み出て額をぺしりと叩いた。
「私は一度現役を退いた練習艦です。練習艦に正規空母も軽空母もありません。龍驤も己が分をわきまえ軽空母相当の運用に納得しているのです。それなのに若い艦娘にいきなり手を上げるなど…やりすぎですよ、金剛。」
鳳翔の言葉を受けて金剛も瑞鶴に頭を下げる。
「ゴメンナサイ…瑞鶴も…。」
「…いえ、瑞鶴も不勉強でした。もしこの場に翔鶴姉がいたら、金剛と同じように怒ってたと思うし…。」
「よし、誤解が解けたところで作戦会議を終了する。解散!」
「待って、提督さん。」
夕立。
「夕立も、支援艦隊に入れて下さい!…っぽい?」
「艤装体は届ける。編成は私に任せる。貴艦もそれで納得していたではないか。」
「考えて…みたの。もし、作戦が失敗したらみんなを責めてしまいそうな自分が嫌で…」
「だったらあたし、やーめた。」
手を挙げたのは島風だった。
「だって、榛名や空母はいいけど、夕張なんて島風と大きさたいして変わらないのに、全然遅いんだもん。速度合わせるの大変だから夕立に代わったげる!」
「ちょ…仕方ないじゃない、こっちは装備が重…」
そんな夕張の反論に耳を貸さず、島風は言いたいことだけ言って作戦室を飛び出した。
司令部から艦娘宿舎を越え、島の西岸に建造されているのが第二砲台である。第二砲台の海側は岸壁になっており、砲台建造物が壁になって陸側からはブラインドになっている。島風は一人腰を下ろし、海を見ていた。もっとも海の向こうには淡路島しか見えないが…。
「ここにいたのか。探したぞ。」
「…長波?」
長波は島風の隣に腰を下ろし、同じように海を眺めた。
「…よく、我慢したな。」
「思い出したんだ。大遠征に大和と武蔵が連合艦隊との合流海域に出るまで護衛についていたのがお前と雪風、そして磯村艦隊の山雲と朝雲だったな。お前のことだ、かつての戦友の危機ともなれば本心はいの一番に駆けつけたかったんだろ?」
「でも…、時雨と夕立は姉妹だし…島風一人っ子だし…」
長波はしゅんとなる島風にぽんぽんと島風の頭を軽く叩くことで応えた。
「…ま、お前はここに残ることを決めた。道を選んだならあとは進むのみだ。私らは私らの仕事をすりゃあいい。提督が…みんなが帰ってくるこの場所を守り切ろうぜ。なあ、島風。」
翌日は紀伊水道に斥候と思われる深海棲艦が出現。
基地待機を命ぜられた水雷戦隊によって難なく駆逐された。
事が起こったのはその次の日である。
呉軍令部より正式な応援要請が入った。
港の二式大艇がスロープから海に降ろされる。
二式大艇。二式飛行艇は本来作戦行動範囲の拡大を狙って船越艦隊に配備されたものである。要するに単純な移動手段としての用途しか想定されてはいなかったのだ。大戦時の傑作機ではあったが、帝国軍は陸海軍共同でさらに巨大な輸送兼爆撃機、富嶽を導入したため旧式化した二式を徐々に内地運用へ振り向けてきたのだった。
船越は二式大艇の爆撃機としての性能に着目し、積載した艦娘を直接作戦海域に降下させる戦術を思いついた。とはいえそのままではいくら小さな艦娘とは対空放火の中降下するのは極めて危険である。そこで開発されたのが軽巡夕張発案による「艦娘降下特装(ユニット)」である。
ユニットは二つのモジュールから構成されており、アダプタを介することで各艦種に対応できるようになっている。
腹部に装着する降下モジュールは所謂落下傘である。通常よりも横長になっており、ワイヤー操作である程度の着水位置の調整が可能となっている。
現代に於けるパラグライダーを先取りした装備であるが、あくまで減速用の装備であるためパラグライダーほどの滑空性能はない。腹部に装着するのは艦娘の場合重い艤装が集中する背中から仰向けに落下するため安全性を考慮してのことである。
もう一つは足底部に装着する防弾モジュールである。艤装体と同等の装甲材で出来ており、落下傘を展開してから仰向けにひっくり返らないためのカウンターウエイトの役割も果たす。ユニットを装着展開した艦娘の姿はさながらカイトボードのプレーヤーといったところだろうか。
これらの装備が呉の東隣にある広の海軍航空工廠によって製造された。
紀淡海峡から玄界灘まで離陸準備も含めて約1時間。一行はその間に最後のブリーフィングを行う。
「…さて、戦況は極めてよくない。」
磯村艦隊は戦艦扶桑と山城を擁しているとはいえ、圧倒的物量に圧され包囲された状態。この局面を僅か六艦で好転させるというのは極めて困難な作戦といえた。
「この物量差の中で戦局を変えるには、旗艦を叩くしかない。物量に任せた戦術だからこそ、友軍同士の接触を避けるために旗艦には相当の負荷がかかっているはずだ。そこを突く。」
「提督、よろしいでしょうか?」
瑞鳳が手を挙げた。
「只今、先行した彩雲が敵艦を捕捉しました。」
てきぱきと海図上に敵艦の所在を配置していく。
どうやら扶桑と山城で包囲網に穴を開け、最上らを逃がしたらしいことが見て取れた。
擬装を身体の一部とする艦娘は艦載機の知覚情報も自らの感覚と同調させることができる。世界各国が躍起になって、また前大戦の遺物を掘り返してまで艦娘の建造に拘る理由の一つであり、通常艦艇で深海棲艦に手も足も出なかった理由の一つでもある。
ようやく無線音声の相互通信による戦術が実用レベルで行えるようになった時代に於いて艦娘が取得できる情報量は圧倒的であったのだ。
「旗艦を置くとすると輪形陣の中心…これか。よし、隊を二手に分ける。瑞鶴と夕立は最上らの撤退を支援、榛名と夕張で弾幕を張り瑞鳳、貴艦が敵旗艦を爆撃してくれ。雪風は着水後、榛名らを援護の後、扶桑と山城の救助だ。この作戦は迅速を要する。皆の健闘を祈る。」
かくして、人類史上初の艦娘による降下作戦が開始された。
「作戦海域上空です!」
操縦席からの連絡が入る。
「よし、降下作戦、開始!」
船越の号令で榛名、瑞鳳、夕張、雪風が降下する。
位置を移動し、瑞鶴、夕立が続く。
落下傘で降下中の瑞鶴から通信が入る。
「提督さん、ちょっとまずいかもよ。残ってる艦影がひとつしかない…これは時雨…かな?送り狼は一隻だけだけど、弾切れしてるのか一方的に撃たれてる。直撃はまだ…してないみたいだけど。」
「作戦に変更はない。一隻とはいえ、こちらに登録されていない型の敵艦だ。油断はするなよ。」
「了解。…『駆逐艦時雨、聞こえますか?船体が大きく揺れると予想されます。可能ならば艦内にて待避されたし。』…っと、こんなとこかな。」
水面に達する直前に艦体を展開、そのまま甲板エレベータ上に着地する。エレベータを格納庫に降ろす間に瑞鶴自身は降下ユニットをパージ。入れ替わるように艦載機を甲板上に出し、制空権確保のため、戦闘機から順に発艦させた。
敵艦の戦力が読めない以上、雷撃機で撃沈を狙うより爆撃で敵の火力を殺ぐことを優先した方が良いだろう、そう考えた瑞鶴は艦載機に爆撃装備を指示する。
「全機爆装!目標、前方の敵深海棲艦!やっちゃって!…夕立、さっさと片付けて救援に向かうわよ!」
「了解っぽい!素敵なパーティ、始めましょ。」
一方、榛名らは…。
「全砲門、開け!瑞鳳を援護します。てぇー!」
榛名の主砲が護衛艦隊を蹴散らしていく。
輪形陣の中心目掛けて艦爆を飛ばす。敵もそう簡単に旗艦を討たせてはくれない。瑞鳳にとってこれが三度目の挑戦であった。磯村艦隊の奮戦もあって敵艦隊も消耗しており、その数ほどには船越艦隊の脅威たり得るほどの戦力でなかったが、それでもこのまま膠着状態が続くと此方の身動きが封じられる上、増援を寄越されかねない。何より、海に投げ出された磯村達が助かる可能性は時と共に消えていく。これ以上の失敗は許されなかった。
「いっけぇーっ!」
艦爆が敵旗艦を捉え、艦功の雷撃で道を作る。
刹那、輪形陣の中心で巨大な火柱が上がる。
密集していた敵艦隊は指揮系統を失い、足を止めた。中には勝手な動きをするものも出てくるが、隣の艦と衝突を繰り返し、ただ被害を大きくするだけであった。予備の指揮系統を用意しておくような人間的な戦術は深海棲艦にはない。
戦局の変化を確認するや、榛名、瑞鳳、夕張は残敵の殲滅、雪風は扶桑と山城を捜索へと移行した。
ほどなく雪風が磯村中将、戦艦扶桑、戦艦山城の三名を発見した。
三名とも海に投げ出され、意識不明のまま海を漂っていたところを雪風によって引き上げられたが、より医療設備が充実している榛名に移され、応急処置を施された。
「瑞鶴、そっちはどうだ?」
榛名達の目処が立ってきた時点で船越は瑞鶴側の状況を確認した。
「提督さん?うーん、膠着状態?戦艦のくせに艦載機飛ばしてきてさ、瑞鶴の艦載機でも押し切れないんだ。正直プライド傷ついてます。」
「わかった。すぐに応援を寄越す。」
「それよりも…」
「何か?」
「最上さんの捜索をお願いします。」
瑞鶴とは別の音声が通信に割り込んできた。
「貴方が船越提督ですね?はじめまして。僕、白露型駆逐艦二番艦、時雨です。」
時雨の言葉を纏めるとこうだ。
しんがりを務めていた重巡、最上は眼前で山雲と朝雲の艦橋設備が一瞬で吹き飛ぶのを見た。自らも被弾し一度は航路から逸れるも再び追いつき、敵艦隊に体当たりを仕掛け、時雨が撤退するための時間を稼いだ。船体は火だるまと化してはいたが、自ら体当たりを敢行したのでおそらく艤装態本人は生きている可能性が高い。間もなく日も暮れる。夜になってから捜索しても発見は絶望的だ。だから先に捜索して欲しい。…と。
「いいのか?その間君らだけで持ちこたえねばならないのだぞ?瑞鶴、夕立、できるか?」
「うーん、どうだろ。…でも翔鶴姉なら『お任せ下さい!』って答えると思うんだよね。翔鶴姉から機動部隊を預かってる以上、瑞鶴もやるしかないでしょ!」
「提督さんが時雨ちゃんの我が儘聞いてくれたんなら、提督さんの我が儘は夕立が聞くっぽい。」
どうやら同意は得られたようだ。
「よし、両艦とも最上捜索を終え、合流するまでその場で持ちこたえろ。…夕立、頼んだぞ。」
「了解!」
「待って下さい。」
夕張だ。
「私と雪風は一旦そちらと合流し、爆雷と魚雷の補給をさせて下さい。砲弾と機銃弾は余裕があると思いますので、榛名さんと瑞鳳には先行してもらう形で。お二人の艦載機を飛ばせるうちに最上さんを見つけないと…」
艦娘用の弾薬は艤装体内の火薬庫に保管される。
弾薬精製には特殊な設備が必要だが、この二式大艇には白露型用の試作艤装体を余分に積んでいるため、そこから補給することが可能なのだ。特に小型艦では搭載量が限られる魚雷や爆雷の類を多少なり補給できるというメリットは現在の局面に於いて計り知れなかった。
「わかった。合流地点を指示する。榛名、瑞鳳は先行してくれ。よろしく頼む。」
「さて、威勢良く大見得切ったものの…どうする、瑞鶴?」
瑞鶴は自嘲めいた笑みを浮かべながら自問自答を繰り返す。
「正規空母並みの航空戦力、戦艦並みの砲戦火力、軽巡並みの雷撃能力…。どうしろってーのよ。…そういえば、拠点防衛用に配置されるインチキ深海棲艦がこんな感じの性能…なんてったっけ?えーと…そうそう。棲鬼だか棲姫だか。そういうのは江田島で習ったっけ…って、そんなヤツらが前線を自由に動き回られても困るんですけどー!」
瑞鶴の艦載機が敵艦に有効打を与えるにはもう少しばかり近づく必要があった。が、その間合いは同時に艦載機の被撃墜率を格段に高めてしまう間合いでもあった。
「やばいなー、このままじゃ日が暮れる…」
戦艦相手に空母と駆逐艦二隻…本来夜戦は望むところなのだが、あいにく一隻は戦闘不能である。
ところが、当の駆逐艦姉妹は日が暮れるのを待っているようだった。
「あなた達…あのインチキ戦艦に夜戦仕掛けるつもり…えっ?」
夕陽を雲が遮った瞬間、瑞鶴が目にしたのは、眼が朱く光った夕立の姿だった。
雲が過ぎ去り、また夕陽が顔を出す頃には元の翠玉のような瞳に戻っていた。
「…何?いまの…。」
その頃、船越らは航空機を全機投入して最上の捜索に当たっていた。
「まずいな…もう日が暮れる。」
海の上は近くに遮蔽物が無いため、あっという間に日は落ち、辺り一帯は闇に包まれる。夕暮れ時というのは本当に一瞬なのだ。
そろそろ航空機を呼び戻さねば、船越がそう思った矢先である。
「提督!重巡最上を発見しました!」
瑞鳳の艦載機が最上の乗ったカッターを発見した。
カッターとは艦載艇のことである。直接接岸できないような小さい港の場合、戦闘艦は沖に停泊し、このカッターを使い人や物を運搬する。非常時には救命艇としても使われる。もっとも砲弾が飛び交う中、カッターで逃げ出しても生き残れるとは限らない。過去の海戦ではカッターで逃げ出した上官は艦砲射撃により跡形も無く吹き飛び、身一つで海に飛び込んだ水兵が一命を取り留めた…などという皮肉な記録も残っている。
最上は体当たりを敢行し、艦体が炎上爆沈するまでにカッターで脱出していた。
後の話では普段明朗快活な最上もこの時ばかりは眼前で駆逐艦二隻を喪ったショックでまともに口もきけないほど心身共に疲弊しきっていたという。
「もうすっかり日が暮れちゃったな…。」
瑞鶴は独りごちる。
「夜戦かあ…夜戦だよね…といっても何も出来ないんだけど。提督さん、まだかなあ?榛名達が来れば何とかなるかもだけど…それまで放っておいてはくれないよね?」
深く溜息をついた所に夕立から通信が入る。
「…今から仕掛けるっぽい。」
「はぁ?何言ってんの!」
「あんた単艦であのインチキ戦艦を沈黙させられるっていうの?あり得ない!」
「…できるよ。夕立だってただの駆逐艦じゃない…っぽい。」
「仮にそれだけの攻撃が出来たとしても、こっちは三隻、あいつが誰を狙うか分からない限り、どうしても一手遅れる…やっぱり無謀よ!」
「…方法なら、あるよ。」
「…時雨?」
「敵艦が次に僕らのうちの誰に狙いをつけるのか、それを知る方法なら…ある。一回限り、二度目は無いけれど…。」
「時雨、あんたまさか…」
「あはは…大丈夫だよ。ちゃんと考えてるから。瑞鶴さんは心配性だなあ。」
「じゃあ、はじめようか。頼んだよ、夕立。」
「時雨ちゃんも、気をつけてね。」
夕立は機関最大出力で加速する。
時雨は碇を降ろし、瑞鶴は機関停止し惰性航行へ。
徐々に三隻の間隔は開いていく。
敵戦艦がこちらの動きに気づき、反応を見せた次の瞬間、時雨が探照灯を照射した。
闇の中、突如現れた光束はその光の周囲から離れた全ての物体をさらなる闇に溶け込ませる。
敵艦は瑞鶴と夕立を見失った。唯一狙いをつけられる相手は光の主である時雨のみ。
敵艦は時雨を攻撃する以外の選択肢を奪われた。
艦砲射撃と雷撃が時雨を確実に仕留めようと若干の時差を持たせながら襲いかかる。
三度目の砲撃が遂に時雨の機関部を捉え、時雨は火柱を上げた。
その時、探照灯の光軸が一瞬大きくぶれた。
もし、この深海棲艦に人と同じ感情があったならば、この瞬間大きな後悔の念を抱いただろう。
ぶれた光軸が照らしたのはほんの僅かに乱れた海面。航跡だった。それはぐるりと敵艦の前方にまで回り込んでいた。(※海戦の睨み合いは舷側同士が向かい合う形になるため)
次の瞬間、衝撃と共に敵艦の船体が大きく傾く。大日本帝国海軍が誇る、酸素魚雷だ。
酸素魚雷はその性質上、航跡を残しにくい。夜間ならば尚更である。これと被弾性能を犠牲にして得た機動力は先の大戦で全世界を震撼させた。航空機の台頭まで帝国海軍が何倍何十倍もの国力差をものともせず戦い抜けたのは世界最強の水雷戦隊を有していたからこそである。
この酸素魚雷を発射したのは言うまでもなく夕立である。夕立は敵艦の周りを旋回しながら魚雷を撃ち込んでいく。時雨とは反対側まで回り込み、反航戦の形を取るとさらに四発の魚雷を敵艦右舷へと叩き込んだ。この攻撃が決め手となり敵艦は完全に沈黙した。
この時艦橋の夕立は力みもなくまさに自然体。うっすらと笑みを浮かべる余裕さえあった。ただひとつ、普段と違っていたのは愛らしい翠玉の瞳が紅玉の如き朱に輝いていたことくらいである。
「終わったっぽい?」
緊張感に欠けた夕立の一言で瑞鶴は我に返った。
「時雨は?時雨はどうなったの?まさか…」
「だから僕は大丈夫だって言ったのに…。本当に瑞鶴さんは心配性だなあ。」
「…え?でも時雨の艦体は…」
「沈んだよ。探照灯くらいなら外からでも操作できるさ。」
「時雨、あんたどこに…」
「夕立の艦橋だよ。」
「もうっ!心配させないでよ!」
「何を大声出しているんだ?瑞鶴。」
「え?あ…て、提督さんっ?」
「もうじきそちらの海域に到着する。合流したら我々はこのまま戸畑に入る。」
「了解…って、提督さん、二式大艇は?」
「先行させた。私は榛名に移った。負傷者もいることだしな。」
「…船越提督。」
「時雨か。」
「はい、ありがとうございました。僕の…最後の仕事、どうにかやり遂げられました。」
「…そうか。」
「…?」
隣で時雨と船越の会話を聞いていた夕立には時雨の「最後の仕事」という言葉が引っかかっていた。
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艦隊これくしょん~艦これ~キャラクターによる架空戦記です。
新任提督と秘書艦榛名がエピソード毎の主役艦娘と絡んでいく構成になっています。
時系列ではここでEX#2.5のラストシーンと繋がります。
主役は瑞鶴、夕立、時雨ですが、チョイ役とはいえ島風の成長ぶりも見てあげて下さい。