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真恋姫無双幻夢伝 第四章4話『彼女たちの再出発』

久々に月たちが登場です。

2014-06-07 07:58:24 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:2807   閲覧ユーザー数:2539

   真恋姫無双 幻夢伝 第四章 4話 『彼女たちの再出発』

 

 

 砂埃が舞う光景の先に巨大な城の姿を見た時、音々音は「ふう」と一息ついた。

 

「やっと着きました」

 

 誰に言うでもないそのセリフには、長旅の疲れが良く表れていた。

 長安。音々音が目指していたその都市は、現在董卓軍の本拠地として機能している。我々が現在“西安”と呼ぶ都市の原型が作られたのは唐代だが、この時すでに中華随一の規模を誇っている。人口は10万人超。シルクロードを渡ってきた商人は、この都市を見て旅の終わりを感じるのだ。

 この都市の歴史は殷代までさかのぼる。渭水の恩恵を受けて秦嶺山脈に守られたその土地は集住に最適であり、自然と人や資源が集まってくる場所であった。函谷関によって東と隔絶された“関中”と呼ばれるその地域は、よほどのことがない限り安定しているはずだった。

 その“よほどのこと”に、音々音を含めた董卓軍は直面している。

 

「帰りましょう」

 

 音々音は部下たちにそう命じて再び歩み始める。砂にまみれた空気の中で、しっかりとフードで顔を覆った。

 その足取りは非常に重たいものだった。

 

 

 

 

 

 

 旅の疲れを癒すことなく、音々音は旅装のまま会議室に向かう。そこには月や詠、そして恋や霞など、彼女の帰りを待っていた者が揃っていた。

 

「ただいま戻りました!」

「お疲れさま」

 

 ニッコリと微笑んで迎える月の姿に、音々音は旅の疲れが少し癒えた気がした。恋を慕ってこの軍に参加したとはいえ、音々音にとって月は命を賭して守るべき存在に違いなかった。

 さらに恋が久しぶりに会う彼女に近寄り、ポンッと頭に手を乗せた。

 

「おかえり……ねね」

「はい!ただいまです!」

 

 恋に頭を撫でられて、表情がほころぶ音々音。詠は早速、成果を聞いた。

 

「ねね。どうだった?」

 

 そう聞かれると、音々音は改めて態度を強張らせて、深々と頭を下げた。

 

「……申し訳ありません」

「やっぱり」

 

 予想していた答えに、詠は表情を変えずに頷いた。

 

「羌族の他にも、匈奴や氐にも我々に味方するように声をかけましたが、芳しい反応はありませんでした。それどころか、我々を捕えて、馬騰への土産にしようとする動きもあり、半ば逃げ帰ってきました」

「……たいへんだった」

 

 また恋が彼女の頭を撫でた。詠も仕方ないというようにため息を漏らす。

 

「馬騰の勢い、改めてその凄まじさを感じるわね」

「はい。その軍勢はさらに増える可能性もあります。正直、ねねたちに抵抗できるかどうか……」

「それでさ、ねね。不在中に申し訳なかったんだけど、今後のボクたちの方針を決めたのよ」

 

 音々音がハッとした表情をして顔を上げる。そして月がゆっくりと伝えた。

 

「ねねちゃん。私たちは身の安全を条件に、曹操軍に降伏することになりました」

 

 沈黙が会議室を包む。音々音は詠や恋や霞の顔を見た。彼女たちは悲しげにゆっくりと頷く。

 

「……仕方ありませんね」

 

 そう言うと、音々音も首を縦に振った。すると、これまで沈黙を保っていた霞が咆哮に似た声を上げる。

 

「くっそー!!なんでこうなるねん!もう少し兵がおったら、ウチらでボコボコにしたるのに!」

「諦めて、霞!ここまで差がついたら、あなたたちでも勝てないでしょ!」

「そやかて、もう一戦ぐらいやれへんかな?!あがくことも出来ないっちゅうのは、なさけないでぇ」

「ごめんね。私が不甲斐ないばかりに……」

 

 消えそうな声で謝る月に、「いや、そういうことちゃうねん」とバツが悪そうに霞も小さい声で返した。また誰も話さなくなってしまった。

 ようやく詠が口を開く。

 

「……数日後、曹操からの援軍がくるわ。その援軍と共に馬騰軍を打ち破った後、この長安一帯を引き渡す手筈になっているわ」

 

 恋が首をかしげて尋ねる。

 

「それでおしまい?」

 

 詠は恋の方を向いてコクリと首を縦に振った。そして大粒の涙を見る見るうちに溢れださせて、しゃがんで泣き始めた。月も静かに泣き始め、音々音は恋にすがりついて嗚咽を漏らす。恋はその頭を優しく撫でる。霞は唇をかみしめて苦渋の表情を浮かべて、そのまま部屋を出て行ってしまった。

 ―彼女たちの夢は終わった。

 

 

 

 

 

 

 数日後、曹操軍数万人が長安に到着した。

 城門前で彼らを待つ詠。その顔触れを見て、彼女はあんぐりと口を開けた。

 

「あ、あなた!」

「久しぶりだな。賈駆殿」

 

 反董卓連合軍との戦いの際に活躍した不思議な商人、李靖ことアキラがそこにいた。そしてその後ろには華雄の姿もある。驚く詠をおかしそうに見つめて、彼女も挨拶を交わす。

 

「詠。久しぶり」

「久しぶりじゃないわよ!あなたたち、今では一国を治めているって聞いているのに、なんでこんなところに!」

「“曹操軍の援軍”だ。俺たちはその手伝い。ほら、そっちに」

 

 アキラが指差した方からつかつかとこちらに向かってくる、眼鏡をかけた凛々しい文官姿の女性がいた。

 

「始めまして、賈駆殿。私は今回曹操さまの代理として派遣されました郭嘉奉孝と申します。以後、お見知りおきを」

「郭嘉殿。早速で悪いのだけど、この状況を説明してもらえるかしら?」

 

 「よろしく」とも返さずに、詠は短兵急に質問をぶつけた。稟はその遠慮のなさに眉をひそめることなく、淡々と答えを返した。

 

「今回、李靖殿の助けを借りて馬騰軍を討伐することになりました。そして戦後は、領土は曹操軍が、人材は李靖殿が吸収する運びとなった次第です」

「なにそれ?!聞いていない!!」

 

 詠のあまりにも大きな声に、近くの兵士たちが何事かとギョッと振り向く。彼女はキッとアキラを睨み付ける。

 アキラは彼女に諭した。

 

「賈駆。分かっているだろう。朝敵である以上、曹操軍にはお前達を匿えない。代わりに俺が引き取ろうというのだ」

「だからって!ボクたちは身の振り方も決められないの?!」

「条件は身の安全の保障“だけ”だったはずだ。そうだろ?」

 

 敗者は弱い。詠は唇をかみしめた。その彼女に対して、元仲間が声をかける。

 

「詠。私たちにつくのは最良の選択だと思うぞ」

「華雄……」

「この後放浪しても、ただ辛いだけだ。月が“董相国”である以上、世間からの非難は免れまい。偽名を使ってもすぐにばれる。詠たちの“身の安全”のためにも、我々の元にいた方が良い」

 

 詠はうつむいて考える。確かに華雄の言うとおりだ。この状況に責任を感じている月が傍に居たら、きっとアキラの提案に乗るだろう。しかし彼女は、まだ感情の部分で割り切れないところがあった。

 その時、詠の考えを打ち切らせる大きな声が轟いた。

 

「そんなら試したらええ!」

 

 皆が声のする方を見ると、霞がマントをはためかせてズンズンと近寄ってくるところだった。そして彼女は不敵にも彼女の武器である飛龍偃月刀の矛先をアキラに向けて、こう言い放った。

 

「ここで会ったが百年目!やっとや!勝負してもらうで!」

「霞!」

「詠。余計なことは考えんでええ。要はこの男が主にふさわしいか試すだけや」

 

 彼女らしい解決方法だった。周りの兵士たちも注目している。ここで正々堂々と勝負をして、アキラが勝てば全員の信頼を手っ取り早く獲得できるだろう。負ければ信頼を失い、人材獲得を諦めざるを得ない。こちらの感情にも片が付く。

 以上のことを考えて、詠は霞に一言残した。

 

「霞、暴れすぎないでね」

「分かっとる。ちゃんと訓練場でやったるわ」

 

 そう言った霞を先頭に、一同はずらずらと訓練場へと向かう。周りの兵士たちも野次馬根性を表し、それについて行った。

 ポツンと残されたアキラ。

 

「……あれ、俺の意見は?」

「まだここにいたのか。ほら、早くしろ!」

 

 華雄にドンと背中を突き飛ばされて、アキラは渋々。歩いていった。

 

 

 

 

 

 

「さあ、やるで!」

 

 衆人環視の中、訓練場の真ん中で霞とアキラが対峙する。

 霞は腰を落として構えた。アキラの方は腰に吊るした剣を抜くことも無く、棒立ちの状態だった。

 

「はよ抜け!」

「このままでいい。始めてくれ」

 

 柄に手をかけているが、どこ吹く風というように涼しい顔をしたアキラ。霞はペッとつばを吐いた。

 じりじりと霞がにじり寄る。そしてある地点まで近寄った時、彼女の身体が殺気で膨れ上がった。

 

「そこっ!」

 

 短く持った偃月刀を銛のように勢い良く突く。アキラは防がずに流した。

 

「まだまだ!」

 

 ゴムでもついているかのように、素早く手に戻ってきた偃月刀に力を込める。そして目にも止まらぬ速さで付き続けた。

 かわすアキラ。しかしその勢いは衰えることなく、何度も繰り出された。

 数十回突きと避けるを繰り返す。そして彼女は彼の懐に大きな隙を見出した。

 

「しまいや!!」

 

 ゴウッと音を立ててアキラの腹部を突いた偃月刀は、その狙いをわずかに外してアキラの服の内側に入り込む。服を貫通して背中の方から矛先が見えると、周りの兵士が歓声を挙げた。

 霞はもう一度と槍を戻そうとする。ところがアキラの服に絡まって取れない。

 

「うっ」

 

 わずかにうろたえる声を出す。その隙をアキラが見逃すことは無かった。

 彼女の偃月刀を服に貫かせたまま、彼女の方へと向かってきたのだ。

 

「なにっ!」

 

 ここで彼女が偃月刀を放せば、まだ勝機はあったかもしれない。しかしほんの少し、ためらってしまった。

 ―いつの間にか抜いたアキラの剣が霞の首筋に置かれた。

 そして一瞬、静寂が立ち込めた後、彼女は笑った。

 

「参った。ウチの負けや」

 

 大逆転劇。そう見えた周りの兵士からは大拍手が自然と送られた。

 アキラが剣を鞘に戻すと、霞が彼に声をかけた。

 

「あの隙はわざとやったな」

「まあな」

 

 それだけで十分だった。霞はぺこりと頭を下げる。彼を新たな主君として認めたのだ。

 この結果に対して静かに笑みを浮かべるアキラの元に、詠が近寄ってきた。

 

「腕はさすがのものね」

「お褒めの言葉、感謝する」

「でもボクはまだ認めていない」

「あれ?うそぉ」

「馬騰に見事に勝ったら、認めなくもないわよ」

 

 アキラは不満げにため息を漏らす。だが、次の瞬間にはニヤリと表情を変えた。

 

「安心しろ。策はある」

 

 アキラが指差した方には、彼らが持ってきた巨大な荷物の山があった。馬に引かせてきた荷台が何十台と並んでいた。覆いがしてあって、中は見えない。

 詠は近寄って、その一つの覆いを取って中身を調べる。それは大きな壺だった。

 

「こんなもの、どうするの?」

 

 そう尋ねて振り返ると、そこにはアキラの姿はいなかった。

 そこへ華雄がキョロキョロと周りを見渡しながら、詠に向かってきた。そして尋ねる。

 

「アキラはどこにいるか分かるか?」

「さあ、さっきまでそこにいたのだけど」

 

 二人して首をかしげる。周りの兵士に尋ねても、その行方を知っている者はいなかった。

 しばらくして「もしや」と華雄はつぶやくと、見る見るうちに顔を真っ赤にしていく。

 

「おい、詠」

「な、なに?」

「この町で一番大きい遊郭はどこだ」

「……はい?」

 


 
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