No.691992

蓬莱学園の迷宮『第一話・旧図書館整頓隊55分隊』3/6

さん

N90蓬莱学園の冒険!の二次です。TRPG版あたりを元にしています。
第一話その3です。

2014-06-06 18:32:48 投稿 / 全13ページ    総閲覧数:745   閲覧ユーザー数:745

★真央、初めての整頓に参加する

 

部屋を出た一行は、カウンターの図書委員たちに笑顔で見送られながらロビーを奥に進む。

突き当たりに開け放たれた巨大なドアがあり、その前後は武装した図書委員たちに護られていた。イザという時にはこのドアを完全に封鎖することができるようだ。

 

「朝倉、これを渡しておく」

 

敬介が真央に渡したのはIDカードだった。硬く冷たい素材で出来ており、ただのプラスチックカードではない。カードには真央の名前や血液型、面接時に提出した写真などが印刷されていた。

 

「整頓隊員であることを示すカードだ。これがなければこのゲートは通れない。いいか、通れないというのは、入るのはもちろん出ることも出来ないということだ」

「ええ? 出ることも、ですか?」

「そうだ。これを持っていないということは、それはお前そっくりの別の何かということになる。死んでも無くすなよ。埋葬されなくなるぞ」

 

「・・・りょうかいです」

さっそく受け取ったカードを見せてゲートを通り抜ける。ここからが整頓隊の真価を試される場所である。

 

「!」

 

その風景は意外であった。室内のはずなのに、まるで高速道路のような巨大な廊下が一直線に伸びていたのだ。

 

「ここが旧図書館本館部分。我々が第一廊下と呼んでいる所だ」

敬介が新人に説明する。

 

「約七百メートルの長さがある。軍艦図書館の一階と、この第一廊下の周辺はほぼ整頓が終わっている。

整頓隊では整頓の終わっている地域をα(アルファ)と呼び、現在整頓が進行中の部分をβ(ベータ)と呼ぶ。調査は入っているが整頓までは行われていない部分はγ(ガンマ)だ。我々の任務はこのαとβの部分を広げることにある」

 

「にゃあ」

 

「にゃあ?」

 

何かが敬介に答えた。

 

「え?」

 

巨大な廊下の真ん中に一匹の黒い子猫が座り込んでいた。

子猫は品定めでもするように、じっとこちらを見つめている。

「可愛い!」

 

真央の目が輝いた。

 

「・・・一也、どう思う?」

 

だが、敬介は眼鏡を曇らせて錬金術研に尋ねた。

 

「旧図書館に普通の猫が住めるはずはありません。かと言って・・・」

「入口近くでこれほど具体的な形の怪異はおこらない、か」

 

敬介の口調は硬い。

 

「おこってほしくない、というのが正直なところですけどね」

「予測は?」

「85%で白。たんに運のいい猫でしょう」

「そんなに幸運なら俺たちのマスコットにしてもいいんじゃ・・・・ってコラ待て!」

「え?」

彼らの逡巡をよそに、真央はすでに子猫の頭を撫でていた。

 

「たく、あぶねーかもしれないから迂闊に手を出すんじゃねー!」

「えー、でもこんなに可愛いんですよ」

 

アレクの叱責を気にした様子もなく、真央は子猫を抱き上げて皆に見せた。

 

「ほらほら。名前はクーちゃんです」

 

すでに名前までつけていた。

子猫は真央の手をすり抜けるとその腕を駆け上がり、首のところで丸くなる。

その様子をタメイキと苦笑で眺めながら、今は良しとし、一行は巨大な廊下を再び進み始める。

 

「整頓隊のほとんどはこのまま真っ直ぐ第一廊下を進み、より奥を目指す。その方が貴重な発見が多いと考えるからだ」

「そこが意外に盲点だったというわけさ」

 

気を取り直して敬介が話を戻と、先頭を行く一也が得意げに続けた。

「僕たちは旧図書館の根幹である軍艦図書館に眼をつけたのさ。ほら、そこの廊下から軍艦図書館に戻れるんだ。今まであまり使われなかった場所だよ」

 

「一般的に旧図書館が今のような状態になったのは第二次大戦末期からといわれている。ゆえにその時代に建造された箇所に整頓隊が集中しているが、成果は上がっていない」

 

「被害は甚大だけどね」

 

「あの辺りはお宝の臭いがするからな。取り合いで自滅してるやつらもいるだろうよ。図書泥棒も横行している。なにしろ魔導書の一冊でも見つけりゃ大金持ちになれるからな。まあ俺たちゃ四人しかいなかったんで、βまでしか入れない、奥にはいけなかったっていうのもあるがね」

 

「それは言わない約束ですよ先輩」

 

アレクの暴露に苦笑する一也。彼らは一也が示した角を曲がり、軍艦図書館の裏側に入り込む。

「ただ結果的にそれが大当たりだったということだ。ところで朝倉、整頓隊でまず必要な能力がなんだかわかるか?」

 

敬介の突然の問いに慌てる真央。

 

「え? それは…本の分類とか種類とか、そういう知識ですか?」

「それは書庫を発見した後の話だな。まず必要なのは、今どこをどう進んでいるか、進んできたかを把握する能力だ」

「つまりそれがマップ員のお仕事ですか?」

 

「おうよ」

 

真央の眼にアレクが笑って応える。

 

「せっかくお宝を見つけても、持って帰れなかったら意味ねえしな」

「でもリョーシャ先輩、地図を持ってませんよ?」

 

むしろここまで地図とにらめっこしているのはカーラであった。

 

「この男は地図など必要ないのさ。無くても位置が分かる」

「ええ? どういうことですか? あ、あれですね、渡り鳥のあれ!」

「あれじゃわかんねーよ」「帰巣能力とは関係ない」

 

アレクの笑いと敬介の言葉がかぶる。

 

「そもそもここで磁石は役に立たない。携帯もGPSもダメだ。もちろんパソコンもな。原因は分からんが、かなり強力な電磁波がどこからか発生している。そのせいでビデオすらまともに録画できない。電子機器は使えないということだ」

 

「そこでローテクの出番というわけだが……さてどうする?」

「・・・ロープ、とかですか? 富士樹海っぽく」

「ロープはダメだな。あっというまに切れてしまう。というか切られてしまうのさ。たとえ丈夫な鋼のワイヤーだったとしてもな」

「それにロープの類は物理的に運搬が困難だ。何キロメートル分も持ち運ぶわけにはいかない」

「そこでね、リボンとかを曲がり角ごとに結びつける方法もあったんだけど、どうなったと思う?」

 

カーラが真央の前に身を乗り出す。

 

「しばらく行って振り返ったら、壁じゅうにリボンの花が咲いてたんだって。もちろん自分たちが残してきた全部のリボンがそこにね」

 

「じゃあ、どうにもならないんじゃ?」

「他の整頓隊は、そういう手段を重ね合わせて少しずつ成果を上げている。だが我々にはこいつがいる。こいつはいわば人間ビデオレコーダーのようなもので、視覚的に映像を記憶している」

 

「ええ!? そんなまさか?」

 

「これがほんとなんだな。俺様の特異能力というわけさ」

 

「それほど特異というわけじゃない。記憶力が凄いというだけだ。こいつはもともとはウクライナのオデッサで盗賊団のようなことをやっていた、黒海の海賊だ。複雑な水路や街中を逃げ回るうちに体得した能力なのだろう」

 

「へへ、逃げ回るようなヘマはやったことないね」

 

アレクの過去話に、真央はちょっと考え込んだ。

 

「あの・・・リョーシャ先輩?」

 

「なんだ、お説教は勘弁だぜ?」

「そんなんじゃなくて、リョーシャ先輩ってお幾つなんです? 今のお話からも、見た目からも、とても高校生には見えないんですけど・・・」

 

「ガハハハ! そりゃ説教よりきついな。まあ当然だろう。俺は今年で二十六だからな」

 

「ええ!?」

「こいつだってそうだぜ、高校生って歳じゃねえ」

「ええ!? 高城先輩も二十六!?」

 

「二十一だ」

 

珍しく敬介の言葉が震える。

 

「それって、凄い留年・・・?」

 

「蓬莱学園じゃ留年や落第は当たり前さ。授業が厳しいって意味だけじゃないぜ。生徒であり続けるやつが多いってことだ」

 

「蓬莱の生徒であること、それは云わば蓬莱国の国民であるということだ。国民であることに意義を見つけた者は、卒業することなくここに居続ける。それだけの価値がここにはあるということだ」

 

「じゃあ、皆さんも?」

 

残りの二人を見る真央。

「あら? 乙女に歳を聞くつもり? そんなことしないわよね」

 

カーラの笑顔がとても怖かった。というより目が笑っていない。慌てて彼女から眼をそらして今度は一也を見る。

 

「僕は現役だ! 十七歳だ! ・・・お前こそ本当は十一歳じゃないのか?」

「飛び級か?」

「ち、違います! あたしだって十六歳です! 現役です!」

「はいはーい! 歳の話しはヤメヤメ! 最初の目的地に着いたわよ!」

 

パンパンと手を叩いてカーラが全員の注意を引く。

 

幾つかの角を曲り階段を上り、一行は前回の整頓箇所までやって来ていた。

そこは一般的な大きさ、学校の教室二つ分程の閲覧室だった。

朽ち果てた幾つかの椅子や机の真ん中に、かつては本だった物が塵となり、瓦礫と一緒に積もっていた。

 

今はそれだけしかないが、前回この塵の中から何冊もの貴重な図書が見つかったのだ。

 

部屋に入って上を見ると、天井に大きな穴が開き、真っ黒な闇が広がっている。つまり瓦礫のほとんどは落ちてきた天井であり、含まれていた図書や塵は階上から落下してきたものなのだろう。

 

「やはりここから脚立で上に登るのは危険だな」

 

穴を見上げていた敬介が呟く。穴の周辺の天井も無数のひび割れが走っており、いつ天井全体が落ちてきてもおかしくない状況だった。

「予定通り、上への階段を探すしかないか」

「そうだな。この上の階はγ区域なんで勝手に上がれなかったからな。いくら整頓隊員でも、正規分隊でなきゃどんな貴重な発見をしたって俺達が図書泥棒になっちまう」

「整頓隊規則第十条ね」

「よくて停学一ヶ月、下手すりゃ退学だぜ」

「だからこその朝倉だ。正規分隊なら問題はない。では行くぞ」

 

ここからは誰にとっても未踏の地である。分隊のメンバーは今までとは違って慎重に歩を進めた。

 

「気休めにしかならんがな」

 

そう言って敬介は、蓬莱学園の校章が付いたビスを廊下の所々に打ち込む。山岳部から頂戴してきたものだ。

 

「心配すんなって。俺様にまかせな」

 

不敵に笑い、アレクが先頭を行く。

「真央ちゃんよ、この旧図書館館内ではよく地形が変わるって知ってるか?」

「え? 階段が動いたり廊下が消えたりするんですか? なんかそういう映画を見たことありますけど」

「いやまあ実際に廊下が腐って穴が開いたり、階段が崩壊したりはあるだろろうが、一度通ったはずの所なのに違って見えたり、逆に同じ所をぐるぐる回っているような気がしたりってことさ」

 

「だが実際にはそんなことはありえない。ただ認識ができなくなっているだけだ」

 

敬介が続ける。

 

「旧図書館自体はそれほど変化しているわけではない。本当に廊下や階段、教室が動いているわけじゃない。ただ人間の脳が認識できなくなるだけだ。いわゆる『狐に化かされる』というやつだな。さっきも言った電磁波のせいと思われるが、超常心理学研とオカルト研では意見が分かれている」

 

実は真央もさっきから同じ所をグルグル回っているような気がしていた。似たような風景が続くせいかと思っていたが、旧図書館の気に呑み込まれかけているのかもしれない。

 

「だから任せておけって。俺様の頭脳は特別製さ。ほれ、そこの階段を上がってみようぜ」

 

アレクが指さす先に、いつのまにか階段があった。今の今まで真央にはそれが見えなかった。ようするにそういうことらしい。

だがその階段を上ってみても、先ほどの方向に行く廊下は瓦礫(本物の)で埋まっていた。仕方なく別方向から回り込める場所を探す。

 

「だんだん奥の方に入り込んじゃうね」

 

カーラの顔に不安そうな影がよぎる。

 

「そうだな、一度戻って別のルートを探すか」

「まあ待ちなって。この部屋を通り抜けられればショートカットに、うわぁお!」

 

ドアをこじ開けた途端、アレクが奇妙な声を上げた。

 


 
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