後漢末期。
かつて、人々から希望と羨望の眼差しを向けられていた朝廷は見る影もなく、宦官達が好き勝手に振る舞い、咎める為の帝は城の外を知らず、箱入りの傀儡と成り果てていた。
日々を生きることさえ困難になった者は、かつて忌避していた賊に成り果て、自分と同じように生きてきた者達から金銭や食料を奪うことで、生き残る選択をする者まで出る始末。
それは、洛陽。傀儡の帝がいて、俺達の帰る家があるこの地でも、少し前までは普通に見られていた光景だった。
ただでさえ目を背けたくなるような毎日だっていうのに、今度は黄巾党なんてのが出てきた。
街の人達は口々に世も末だ、なんて当初は言っていたが、その言葉はある人物が洛陽に来てしばらくすると耳にすることは少なくなっていた。
そのある人物とは……董卓。
董卓って言えば、酒池肉林じゃー! とか完全に悪役のイメージしか無かったんだが、この世界では全く違っていた。
彼女が出した政策によって飢餓は明らかに減少したし、それに伴い犯罪率も低下した。
治安が良くなれば商人が行き来しやすくなる。
黄巾党が着実に勢力を伸ばしている間、洛陽では董卓が確実に存在感を大きくしていた。
想愁と莉紗が所用のため、家を空けていた時の事だ。
俺達の屋敷に二人の少女が訪ねてきた。
人形のように愛らしく、それでいて儚げな少女と、眼鏡を掛けた強気が滲み出ているツリ目の少女。
醸し出す雰囲気からして対照的な二人。事前に聞いていた特徴を照らし合わせ、おそらく董卓とその軍師賈駆なのだろうと当たりをつける。
司馬懿には先に客人のもてなしを用意させる為に下がらせ、俺はこの事前連絡もなしにやってきた二人を、執務室へと案内した。
「……まずは、既におおよその予想をされているとは思いますが自己紹介をさせて下さい」
司馬懿が全員にお茶を配り終えて、定位置(俺の左隣)に座ってすぐのことだった。
何を言い出すのかと思えば自己紹介とは。
時期的にも確信を持っていた彼女達の正体への予測だが、自らが名乗ってくれると言うのであれば越したことはない。
一もなく頷いた。
「私の名は董卓。隣にいるのが軍師である賈駆です」
「司馬朗と申します。そしてこちらは司馬懿」
彼女達が訪ねてきた時点で俺らの事は知っているはずだが、この時代、名乗り返さないことは失礼に当たるため、きちんと対応した。
挨拶をするため一度立ち上がり席に座ったわけだが、董卓は席につくことはなかった。
何か言い淀んでいる気がしたのは気のせいか。とはいえこのままでは一向に話が進まない。
「……我らにご用件があったのではありませんか?」
洛陽の県令と補佐役でしかない俺達に、洛陽に来たばかりの董卓が無茶な要求をするとは思えないが。
俺の言葉を受けそれでも悩んでいた董卓は、賈駆のほうを向き互いに何か目を見てやりとりをすると、こっちに向き直った。
そして右手の人差し指で、机を軽く三度叩いてから言った。
「……司馬朗さん。あなたが持つ部隊、【
これは驚いた。民衆の支持をある程度得ている事実にもだが、彼女の行動からして俺を頼るとは思ってもいなかったから。
【梟】とは。
洛陽県令、司馬朗を隊長とし、彼が手塩にかけた私兵集団の総称。
所属する者は皆、隠密行動に長け、間諜や暗殺を得意としている。
任務が無い時であっても洛陽を、帰る街を守ることが彼らの最上の使命になっており、常に洛陽の内外に敵が存在しないか目を光らせている。
あまりにも非道な行いをした者を、陰ながら暗殺をすることもある。
また、洛陽に住む者ならば誰でもその存在を、さらには隊長が誰であるかなど当然のように知っている。ただ、役人と町人とでは、それぞれが理解している実働内容にかなりの誤差が生じているが。
一般に、洛陽に住む者達からの認識では、梟とは守護する者。
必ずしも全ての声を聞き遂げるわけではないが、その代わり対価はない。
耐えるしか無いが、その先に希望が存在するのだ。
役人達の認識は、守銭奴が飼い、帝が擁護する手出し無用の暗殺部隊。
対価は金。金さえ払えば、己が良く思っていない者を必ず始末することができる。
ただし、行動を起こすには事前に十常侍へと報告がされるし、支払う金も大金と呼べるだけの金額であるため、諸刃の剣となっている。
民に十、役人に十。合わせて二十名が本当の梟の姿なのだ。
ちなみに、指で机を叩く動作は街の者達によって決められたものであり、人差し指で三回は洛陽を拠点とする商人から聞いたことを表す。
彼女は疑い深い立場にある商人から信を託された。
つまり、街の者から信頼され始めているという証だ。
その点に関しては俺も、董卓という人物を見直す必要があるな。
だからこそ一つ気がかりがある。
今なお何進と十常侍の権力争いは続いている。だからこそ外部から来た董卓はまだ、それほど目をつけられていない。
そんな時期に行動を起こせば立場が危うくなるはず……。
いや、……内じゃなくて外か?
……確か、南陽の近くで大規模な集団を見た、という報告が上がっていたはずだ。
それが黄巾党だとしたら……。
本隊は冀州にいると噂され、諸侯はこぞって力を入れている。
だが、情報が本当だという確証は……ない。情報が錯綜しすぎて各地が混乱しているんだ、敵がさり気なく偽の情報を掴ませた可能性も……否定はできない。
憶測ばかりはダメだな。返事の無い俺に二人は怪訝そうにしているし、ここは直接聞いてみるか。
「……それは、南陽周辺を調べる為、でしょうか」
「…………!!」
……ビンゴ。賈駆は隠そうとしていたが、二人とも丸わかりだ。
そして立ち直るのも賈駆が早かった。
「……付近にいたとされる、大規模な集団。もしもこれが黄巾党だとしたら。各地の諸侯が冀州、揚州にかかりきりの今、洛陽を攻められたらひとたまりも無いわ」
「だからこそ、梟の力で調べたい、と」
二人は力強く頷いた。
俺も後ほど調べようとしていたから、梟を貸すことに異論はない。
一つ問題があるとすればーー。
「仮に黄巾党だったとして、どうするおつもりですか? 相手は数も多く、一師団で迎え撃てるものではありません。もし梟に戦闘を行わせるというのであれば、お貸しすることはできません」
ここに来て司馬懿が口を開いた。
確かに、むざむざ死にに行かせるようなものだからな。
家族とも言える梟の奴らに、力量以上の場に行かせることはない。
「……呂布を、向かわせる予定です」
三国最強の呂布! すでに董卓の下にいるとは……。
……ん? 呂布
「……かの飛将軍、お一人だけ、ですか?」
「本人から、他の者は邪魔だと」
自ら一人を求めるとは、面白い!
自信か傲慢か、他者からの伝聞ゆえそれは分からないが、一目見てみたいと思った。
力と裏切りの象徴は、ここではどんな人物なのか……確かめてみたい。
「であれば、私の同行を許可して頂ければ、梟の力を存分に発揮させましょう。構いませんか?」
「……是非もありません」
利害の一致した俺達は、さらに詳しく情報を出し合い翌日には行動に移した。
梟は先行して周囲の情報の収集。
俺と呂布は梟が出立してからさらに二日後、洛陽を出立した。なぜか呂布の軍師だと言うちんくしゃ……じゃなかった、陳宮とペットのセキトと共に。
あれ? 赤兎馬は?
【あとがき】
おはようございます
九条です
久しぶりに夜通し執筆していた気がします
あ、亀更新は目を瞑って下さいね
個人的には最後の更新から1週間~ 遅くても2週間以内には更新したいなと思っています
前回書き忘れましたが、サブタイトルは前書きに載せています
PCだと何かと見落とす場所なので、気になる方はちらっと見ておいて下さい
メインのタイトルに載せると長くなりすぎてしまうのでね
説明不足な点などありましたら遠慮なく聞いて下さい
ご意見ご感想お待ちしております~
Tweet |
|
|
14
|
2
|
追加するフォルダを選択
序章 黄巾党編
第二話「南陽」