あれは五歳の誕生日、ぼんやりとだが確かに僕は憶えている。父さんが僕の前に連れてきたのは、同い年くらいの男の子だ。父さんにその子は誰なのかと聞くと、僕の友だちだと言った。
会ったこともない僕の友達という子はゆっくりと近づいてきた。その子と目を合わせた時に僕はある事に気づいた。瞳の奥にさらに瞳があったのだ。
「僕、名前はP-06って言うんだ。Pの意味はよくわからないけど、06は工場で僕が生まれた順番なんだよ」
五歳の誕生日に初めて会った僕の友達は、工場で生まれたアンドロイドだったのだ。
アンドロイドの友達は珍しくない。僕の周りでもアンドロイドの友だちがいる子はいるし、大人の父さんでも仕事で困ったときなんかはアンドロイドの友達に相談する。
父さんや母さんに怒られた時、『パット』は何度も慰めてくれた。『P-06』という名前はよくわからないから、僕はアルファベットのPからパットという名前を思いついた。パットはとても気に入ってるみたいだし、考えた僕も気に入っている。
「ディック、早く帰ろうよ。お母さんに怒られちゃうよ?」
僕が十二歳になった頃、パットも僕と同い年くらいの男の子の体になっていた。僕がある程度身長が高くなる度に、パットも同じくらいの身長の身体に移るのだ。五歳の時の身体のままだと、小さい子と遊んでるみたいで少し恥ずかしい。
「ちょっと待ってよ。そんなに走れないよ」
ある日、お母さんからお使いを頼まれた。たくさんの荷物で僕はヘトヘトになっているのに、パットは全く平然としている。アンドロイドのパットは僕よりもずっと力持ちで、どんなに遊んでも疲れたりしない。
「僕もパットみたいになりたいな……」
パットと同じ機械の体になれば、重い荷物も軽々と持てるし、ずっと遊んでいても疲れない。でも、泳げなくなるのは嫌だな。パットも僕と同じくらいの見た目なのに、体重はお父さんと同じくらい重い。だから、プールや海に行っても泳いだりはしない。アンドロイドは皆カナヅチなのだ。
「パット、ちょっと待ってよ! こっち来てこっち!」
ズンズン先に行くパットを呼び戻し、ある建物を指さした。
「こっち行こうよ。前に気づいたんだけど、ここの建物の脇を通ったほうが近いんだよ」
その建物は僕の住んでいる街で一番古い劇場で、今日は人が次々に入っていく。この劇場と隣の建物の間にある路地が近道になるのだ。少しでも早くこの重い荷物から解放されたい。
「でも、人気もないし危ないよ」
「平気だよ。それに急がないとなんでしょ?」
本当は前にも通ったことがあるから平気だと言ったのだけど、お母さんに告げ口されるかも知れないから言わないでおこう。一緒に通れば後はパットも同罪だ!
「しょうがないなあ。危なそうだったらすぐ引き返すからね……」
パットは最初は反対するけど必ず、最後は必ず僕の言うことを聞いてくれる。なぜならパットは僕の友だちだからだ。
さっきまですぐ前に進んでいたのに、路地に入るなり僕の前からあまり離れず歩いている。パットが言っていたとおり、路地は人気もなく昼間でも薄暗い。街の喧騒が急に遠くに聞こえ心細くなってくる。
「おかしいな、前に通った時はこんなに怖そうじゃなかったのに」
「前にってことは、もしかして前にこの道を通った事があるの?」
しまったと思ったがもう遅かった。パットは僕の独り言を聞き逃さなかったのだ。
「家に帰ったらちゃんと説明してもらうからね……」
「あはは……」
あんなに早く家に帰りたかったのに、今はできるだけ家に遅く帰りたくなってしまった。荷物を持っていた時よりもさらに足取りが重くなっていく。
カチリ
足を止めて辺りを見渡した。今、何か聞こえたような……?
「危ないディック!」
前を歩いていたパットが突然、僕を後ろに引っ張った。それから一瞬の間がの後、大きな影が見えて、耳が潰れそうな大きな音が。
気がついたらいつの間にか僕は尻餅をついていた。横にはパットが正面を睨みつけていた。僕はパットが睨みつけている視線の先にあるものを確認して、背筋を凍りつかせた。
目の前にはバラバラに壊れたアンドロイドが倒れていた。降ってきたのはこのアンドロイドだったんだ。どこから降ってきたんだ?顔を上げると、劇場の建物に黒いものがチラリと見えた。それはさっと建物の影に隠れて見えなくなった。あれは人影だろうか? まさかあの影の人が……
「ググ……」
うめき声が聞こえ、声の主を確認すると、それはあの降ってきたアンドロイドのものだった。降ってきたアンドロイドが動き出そそうとしている。落ちてきた衝撃のせいか、下半身は粉々だ。まだ残っている両腕で地面を這って僕とパットの方に近づいてくる。パットが警戒して僕の前に立つ。
「イ……イヤ……」
アンドロイドは何かを言おうとしたが、途中で地面に突っ伏してそのまま動かなくなってしまった。
「し、死んだ……?」
僕とパットの目の前に、突然降ってきたアンドロイド。そして、何もわからないまま僕とパットの前で死んでしまった。
「ディック、警察を呼んでもらおう。人が集まってきたよ」
パットが呆然としていた僕を気づかせた。アンドロイドが落ちてきた音に気づいた人がこの路地に集まってきたのだ。皆で何かを言い合っているが、よくは聞こえない。多分、アンドロイドが降ってきた原因を言い合っているのだろう。
しばらくして警察の人がやってきて、何があったのかを聴いてきた。僕は緊張で上手に説明できなかったけど、その度にパットが助けてくれた。御蔭ですぐに質問は終わった。
その後、アンドロイドの持ち主だという人たちが来た。ちょっと怖そうなお婆さんと、落ち着きのないメガネを掛けた男の人だ。
「刑事さん! 本当に、本当に『ロビン』は誰かに壊されたんですか?」
「ロイドさん落ち着いて下さい。ここにいる子が、怪しい人影を見たと言ったんです」
男の人はロイドさんと言うらしい。ロビンというのはあのアンドロイドのことなのかな。
「ロビンがいないと、明日以降のショウは全てキャンセルしなきゃなんですよ! その損害は……」
ロイドさんは早口でそんなことを叫んでいたけど、刑事の人になだめられてやっと、落ち着いて話を始めた。
あの劇場では今日から数日、『歌姫アンジー』の歌謡ショウが行われるはずだった。アンジーは僕のお母さんが生まれる前からいる歌手で、あのお婆さんの名前らしい。死んだアンドロイドは『ロビン-C74』と言う、お婆さんの代わりに歌う『歌唱用アンドロイド』だったらしい。
「アンジーさんが今日の歌う分を終え、後はロビンの番だったんです。でも、控室に戻ったらいなくなっていて、私達二人で探したんですが……」
ちょうど僕達が劇場脇の道を通っていた時間、ロビンは屋上にいて、誰かに……
「実はショウの前に、匿名でファンを名乗る人から脅迫文のような物が届いていたんです。こういう悪質なファンというのはよくいるものでしたから、たいして気にもとめてなかったんですが……」
アンジーさんが刑事さんに説明をする。よく通る爽やかな声をしていて、歌手というのは普段からこんな素敵な声をしているんだなと思った。
「恥ずかしながら私もこの年で、歌い続ける体力がないのです。ですから、ロビンに代わりに歌ってもらって、ずいぶんと助かっていたのに……」
アンジーさんはそう言って目を伏せた。僕ももし、パットがいなくなったら学校も行けないほど悲しむだろう。あのお婆さんもきっと、それくらい悲しいはずだ。
それから少しして、警察の人から連絡を受けたお母さんが迎えに来てくれた。ラッキーだったのは、僕達があの場所にいたことについては何も言われなかった事だ。
「ねえ、パット……」
その日の夜、僕はお風呂から上がった後、部屋で待っていたパットにあることを提案した。
「なんだいディック?」
「明日、ロビンを殺した犯人を探しにいくよ」
オフロに入ってる間、僕は事件の事について考えていた。アンドロイドはあんなに優しい人達ばかりなのに、そんなアンドロイドにヒドいことをする奴は許せない。だから、僕が犯人を探してやるんだ。
パットは危ないよと言っていたけど、犯人の証拠を見つけて警察の人に教えるだけでいいのだ。だから明日、あの事件現場に行って警察が見逃している証拠がないか探すだけだと説得した。時間はかかったけど、最後にはパットと一緒にいくということで決まった。やっぱり、パットはちゃんと言うことを聞いてくれる。
次の日、荷物をかばんに詰めてパットと一緒に事件現場に向かうことにした。お母さんには友達の家に遊びに行ってくると言って、お母さんの返事を聞く前に外に出た。ここで、止められたら何も意味がなくなってしまう。
後ろからお母さんの声が聞こえてきたけど、無視して走りだす。帰ってきた時が怖いけど、その分ちゃんと犯人の証拠を見つけてこなくちゃ。
劇場前に着いた。ロビンの落ちてきた路地は警察の人が立って、道を塞いでいた。
「このままじゃ入れないね」
テレビでも見たことがあったけど、事件現場には一般人は通してもらえなくなるようだ。これでは、屋上の方もきっと入れてもらえないだろう。
「パット、ついてきて」
もちろんここで諦めるつもりはない。そのために準備はしてきたのだ。僕たちは劇場に一番近いマンションを見つけて中に入った。エレベーターに乗り込んで最上階まで向かった。
マンションは劇場よりも高く、最上階からは劇場がよく見えた。僕は持ってきた双眼鏡を取り出して、劇場の屋上を見下ろした。
劇場の屋上はに二人の警察らしき人たちが話し合っていた。人が落ちないように、警察の人たちの胸くらいの高さしかない壁があるのが分かるくらいで、ここからでは他のことは分からない。
「どうやって、犯人はロビンを落としたのかな?」
無理やり突き落とそうにも、パットのような小さいアンドロイドでも大人のお父さんが持ちあげられないくらい重いし、少なくともロビンはそれ以上に重いはずだ。なにより、アンドロイドも抵抗するだろうし犯人は物凄い力持ちなのかな?
「ねえパット、ちょっと聞くけど、ここから僕が飛び降りてって言ったら飛び降りる?」
「残念だけど、それはできないよ……」
パットは申し訳無さそうに答えた。いくら、パットが僕の言うことを聞いてくれると言っても、さすがにそんなことはできない。それに、僕だってそんな事を頼んだりしない!
「ごめん。ちょっと聞きたかっただけだよ。僕がそんな事パットに頼むわけないじゃないか」
だとすると、やっぱり犯人はスーパーマンみたいな力持ちなんだろうか。
まだこれだけじゃあ何もわからない。他に犯人の手がかりになるような物はないのかな。身を乗り出して双眼鏡を覗きこむ。
「ディック、それじゃあ落っこちちゃうよ」
「でも、まだ犯人につながる証拠が見つからないんだ。なんとしても探さなくっちゃ……」
「それだったら、僕が双眼鏡使うよ。ディックは物を探すの苦手じゃないか」
そういえば、僕が無くし物をした時に見つけるのはいつもパットだった。なくした時間や場所を聞いただけで、パットはすぐに見つけてしまう。
ふと、ロビンが落ちてきた時の事を思い出した。たしか、ロビンが落ちてくる前に……。
「パット、また事件現場に行ってみよう」
双眼鏡を仕舞うと、僕たちはエレベーターで降り、マンションから出た。
再び劇場前にやってきたが、まだ警察の人が路地を塞いでいた。退屈なのかあくびをしていた。
「パット、あそこの警察の人と話してくるからちょっと待ってて。終わったらすぐに呼ぶから……」
少し離れた所でパットを待たせておいて、路地を塞いでる警察の人の所に向かう。警察の人はお父さんより少し若そうな人で、僕に気づくとニコッと笑顔を向けてくれた。
「おや、君は確か……昨日、事件の第一発見者の子かな? どうしたんだい?」
「はい、刑事さんに頼んで事件の現場を見せてもらうことになったんです」
「え、そうなのかい? 持ち主に事情聴取してるけど、こっちには連絡来ていないなあ……」
「あの後、犯人の事で少し気づいたことがあるので、その確認で事件現場に入れてもらえることになったんです。刑事さんはお兄さんに案内してもらえって言ってました」
「うーん、それなら、特に大きな事件というわけでもないし、別にいいのかな? じゃあ、案内するから僕についてきて」
「ありがとうございます!」
本当は嘘だけど、これでなかに入ることができた。パットを待たせたのは、パットが聞いたら嘘がバレちゃうからだ。パットには、警察のお兄さんが入れてくれたことだけを話し、僕たちは警察のお兄さんに案内されながら事件現場に向かった。
事件現場といっても、既にロビンは片付けられ警察の人も一人だけしかいなかった。ただ細かい破片や部品は残っているらしく、一歩歩く度に足元がざらついた。
「大した事件でもないし、明日には細かい物はまとめて収集する事になってるよ」
案内をしてくれた警察のお兄さんが、もう一人の警察の人と話をした後に教えてくれたけど、そうなってからでは遅いのだ。事件が起こった時の記憶を辿り、自分がいた場所に立つ。
「ロビンが落ちてくる前、僕は何かの音を聞いて立ち止まったんだ……あの音は何だったんだ……」
必死でその時の記憶を思い出し、音が聞こえたおおよその方向を割り出す。道の左端、劇場沿いに側溝が続いていて、僕はその側溝を覗き込みながら歩いた。ここ最近雨も降ってない、古ぼけたトンネルのような側溝の中を、注意深く探した。そして、外からの光を受けてわずかに光る何かを見つけた。
「あれだ! 見つけたぞ!」
思わず叫んだ後、警察のお兄さんに頼んで側溝の中にあるものを取ってもらうと、それはイヤリングだった。イヤリングは金の蔓が、キラキラと光る小さな宝石を包み込んだ形をしたきれいな物だった。
あの時、落ちてきたのはきっとこのイヤリングだ。一個だけしか見つからなかったのは、きっともう片方は犯人が持っているんだ。
「お兄さん、このイヤリングと同じものを持っている人が犯人ですよ!」
イヤリングを見つけた後、僕たちは路地から出て劇場の前にいた。
「おお、これはお手柄じゃないか。それじゃあ、お兄さんがこれを刑事に届けてくるよ」
警察のお兄さんがイヤリングを持って劇場の中へ入っていった。その後姿を見届けながら、僕は心の中で犯人の証拠を見つけた事に喜んでいた。いつもはパットが探しものを見つけるけど、今回は僕が先に見つけたんだ。初めてパットに勝った気分で、とても嬉しかった。
「犯人がどうやってロビンを落としたかはわからないけど、これで犯人が捕まるね」
パットの言葉に、僕ははっと気づいた。まだ方法が分かってないんだ。これだけじゃあ犯人は捕まえられない。どうすればいいんだろう?
一度考えだすと、まだ分からない色々なことが出てくる。あのイヤリングはどうして落ちてきたんだろう。どうして犯人はロビンを突き落としたんだろう。結局、まだまだ分からないことばかりだった。
これで本当にいいのか悩んでいた僕は、屋上を調べた時の事を思い出した。あの時確か……
「そうか、わかったぞ!」
「あ、ディック待ってよ!」
僕は叫んだ後、急いで警察のお兄さんを追いかけた。ロビンを突き落とす方法が一つだけ思いついたのだ。多分犯人はこの方法でロビンを突き落としたんだ。
<推理編へ>
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少年ディックと友達のアンドロイドのパットが、アンドロイドを殺した
犯人探しを始めるSFミステリー物。
ミステリーと言うけれど、けったいなトリックは出てきません。
推理編と解決編で分けています。