No.689148 WakeUp,Girls!~ラフカットジュエル~13スパイシーライフさん 2014-05-25 12:54:16 投稿 / 全4ページ 総閲覧数:608 閲覧ユーザー数:608 |
「アイツらにそう言ったんですか!? なんでそんなこと言ったんですか!」
早坂から話を聞いた松田の声は、怒りのあまり怒鳴り声となっていた。
「何をそんなに怒っているんだい? ボクは、ただ単にウェイクアップガールズに石を投じただけさ」
「はぁ? 俺、アンタと禅問答する気ないんだけど!?」
「そんなのボクだってないよ」
澄ました顔で平然と早坂は答えた。その暖簾に腕押し的な態度を見て、松田のイラつきは頂点に達した。
「そりゃI-1を手がけてるアンタからすれば、アイツらなんて全然ダメだろうさ。プロ意識はまだまだ低いし、技術的にも劣っている点は多いよ。でもアイツらはアイツらなりのペースで今まで頑張ってきたわけで! まだチームワークさえあんまり固まってない今の状態で1人をクビにするなんて言ったら、アイツら空中分解しかねないじゃないですか! そうでしょう!?」」
松田がそう強く訴えているにもかかわらず、早坂の平然としたその態度は全く変わらなかった。
「言っただろ? ボクは石を投じただけだって」
「だから! それはどういう意味なんですか?」
「それは自分で考えなよ。教えちゃったら意味が無いじゃないか。言っておくけど、ボクが石を投じたのはあのコたちだけじゃない。キミたちに対しても、なんだよ?」
社長も松田も早坂の言葉に首を傾げるばかりだった。言葉をそのまま受け取れば早坂はグリーンリーヴスという会社に属する全員を試しているということになるが、彼が何を試しているのかわからなかった。
「アイドルってのは事務所の全精力を注ぎこんで育てるものさ。そこんとこをキミらはもう一度考えてみるべきじゃないか? ま、ヒントはそれぐらいかな」
「この程度で潰れてしまうようなら所詮その程度。そう言いたいのかしら?」
「さあね。まあいずれにしろ彼女たちがどう答えを出すのかが楽しみだよ。出せるわけもない答えをたった10分で出せと言われたんだ。今頃6人で頭を悩ませているだろうさ」
楽しそうにそう言う早坂を見て松田は、この男はただ面白がっているだけなんじゃないか? と不安になった。もちろんそんなわけはなく、早坂には早坂の狙いがちゃんとある。それを松田が理解できないだけだった。
「まあ、ライオンは子供を谷底に落として、這い上がってきた子供だけを育てるって言うだろ? いいから黙って見ていなよ。それより自分たちのことを考えてもらいたいもんだね」
自信ありげに任せておけと胸を張る早坂だったが、社長と松田は到底そんな心境にはなれなかった。
早坂の言う通り、スタジオの中では6人の少女たちが頭を悩ませていた。選択肢は2つ。藍里だけをクビにするか、全員がクビになるかだ。
「どうするんですか?」
未夕がみんなにそう尋ねた。
「どうって……どうもできないじゃない……」
菜々美が暗い表情で答えた。
「じゃあ、あいちゃんをクビにしちゃってもいいんですか?」
「……そうとも言ってないじゃない……」
菜々美はそう言って視線を逸らせた。菜々美自身もどうすればいいかなんてわかってはいない。
「どうするの、リーダー?」
「えっ?」
夏夜が佳乃に話を振った。
「私は……私は……」
佳乃は答えられなかった。時間は刻々と過ぎていく。期限の10分などあっと言う間に過ぎてしまう。
「多数決、とか?」
「話し合いもなしに多数決なんて出来ないでしょ?」
未夕の提案に夏夜が答えた。時間はどんどん過ぎていく。少女たちの表情には困惑と焦りがまざまざと浮かんでいた。
藍里が自分の意思で辞めると言い出したのなら、もしかしたらみんな納得したかもしれない。だが早坂の話を聞いて、早坂に何か言われたのが原因であろうことは容易に想像できた。何しろ彼は藍里が辞めたいと言ったことをなぜか知っていたのだから、何か身に覚えがあるとしか思えない。本人が辞めたいと言っているのを納得して辞めさせるのと、クビにして辞めさせるのとでは雲泥の差だ。藍里は絶対本心から辞めたいとは思っていないはずだ、そうみんな思っていた。だとしたら藍里1人をクビになんて出来るわけがない。
「よっぴー、どうするんですか?」
未夕は困り果てて佳乃に下駄を預けようとした。
「ちょっ、ちょっと……そうやって何でも私に振るの止めてよ」
「え? だって、よっぴーがリーダーじゃないですかぁ?」
「それはそうだけど……でも、だからって何でも私に決めろって言われても……私だって困るよ……」
「そういう意味じゃないですよぉ」
「ただ、こうやっていてもラチが開かないでしょ? 誰かがどこかで決を採らなきゃいけないんだし、それはやっぱりリーダーであるアンタの役目なんじゃないの?」
夏夜が2人の会話に割り込んで佳乃を諭した。
「じゃあ私に決めろって言うの!? あいちゃんを辞めさせるかどうか、私が決めろって言うの? そんなの私だって決められないよ! 決められるわけないじゃない!」
「そうは言ってないじゃん」
「言ってるじゃない! 私だけじゃなくて、みんなもちゃんと一緒に考えてくれないと。そうじゃないとこんなの決められないよ。私にどうするって聞かれたって、答えられるわけないじゃない!」
キレ気味な佳乃を見て、みんな黙りこくってしまった。佳乃の言っていることはみんな理解している。想いはみんな同じなのだ。だが、藍里を辞めさせなければ全員がクビになるという点が少女たちを迷わせている。自分の夢の為に他人を犠牲にし踏み台にして進んで行くか否か。仮にそうすると決めたとしたら、今後同じ問題がまた起きた時にもそうしなければいけない。本当に自分たちはそんなことを貫き通すことができるのか。そんな自信は誰にもありはしなかった。
早坂の突きつけたこの難問は、20歳にも満たない少女たちが結論を出すには余りにも難問過ぎた。結論など出ない。ただ無情に時間だけが過ぎてゆく。壁に掛る時計の時を刻む秒針の音が、防音の為に無音のはずの秒針の音が、なぜかうるさいぐらいに聞こえる気がした。
「ねえ、どうするの? もうあと5分しかないよ?」
そう言って時間ばかりを気にする菜々美を、夏夜が少しキツい口調でたしなめた。
「アンタ、そんなに時間ばっかり気にしてるんじゃないよ!」
「だって、気にするなって言ったって早坂さんが10分で結論出せって言ったんじゃない。気になるに決まってるでしょ?」
「いいから、アンタは少し黙ってて!」
「なによ! そんな言い方しなくたっていいじゃん! 子供扱いしないでよ!」
普段はケンカしながらも仲が良いといった雰囲気の夏夜と菜々美が、とうとう本気でケンカをしそうになっていた。誰も彼もがイラつき始めている。1人、また1人と冷静さを失っていく。普段なら受け流せるような些細な一言に過剰な反応をするようになっていた。迫りくる時間が焦りを呼び、焦りがますます冷静さを失わせる。こんな状態では、もはや正しい判断など誰にも出来るわけがない。
「あぁ~、もう面倒くさい! もういい! 辞める! もともとアイドルなんて光塚への腰掛としてやってただけなんだから、私もう辞める! こんなにゴタゴタして振り回されるんだったら、アイドルなんてもうやらない!」
夏夜との口論の末、手にしていたタオルを怒りに任せて床に叩きつけながら菜々美がそう叫んだ。本音といえば確かに本音なのだろうが、普段の菜々美であればさすがにこんな言い方はしない。光塚への腰掛だなどという発言は、他のメンバーに対する侮辱以外の何物でもない。いくら菜々美の思考が子供同然だとはいえ、言ってはいけないことぐらいは理解している。さすがにそれぐらいの分別はついている。けれど彼女は怒りに任せて言ってしまった。
「光塚とか、アンタの妄想の話なんて今はどうだっていいよ。誰もそんな話してないし」
菜々美の態度と発言内容に夏夜のイラだちも極まっていた。もちろん彼女も普段ならば決してこんな物言いはしないだろう。メンバーの中では最年長の彼女は、何かにつけて皆をフォローする立場に自然となっている。リーダーが佳乃であるならば、夏夜はサブリーダー的な立ち位置だ。一歩引いた位置で全員を見て、佳乃を立てつつも必要であれば夏夜自身が行動する。そんな彼女の立場と役割は全員が認めていたし彼女自身も自覚していた。にもかかわらず夏夜までが菜々美と同じレベルで売り言葉に買い言葉的なやり取りをしてしまった。当然言われた菜々美も黙ってはいない。黙っているはずがない。
「どうでもいいって何? 妄想って何? 光塚は私の憧れだし夢だし目標なの! 何も知らない夏夜なんかに、そんな言われ方されたくないわよ!」
猛然と菜々美は食って掛かった。夏夜も負けずに更に言い返す。
「だから、今はそんな話はしてないって言ってるでしょ!? 今はアンタの話はどうでもいいの!」
「だから、どうでもいいって何よ! 人の夢を、どうでもいいとか言わないでよ!」
「ちょ、ちょっと2人とも、落ち着いてください。話の論点がズレちゃってますよぉ」
菜々美と夏夜のあまりの剣幕に危機感を抱いた未夕が仲裁に入ったが、ヒートアップした2人の険悪な雰囲気は解消されなかった。冷静であればお互い言わないようなことを言い合ってしまったあげくの果てに、本来の議題の論点から外れたことでケンカになってしまっている。
「ハッキリ言ってよ! 私のどこが妄想してるって言うのよ!」
「だから、そういう意味で言ったわけじゃないってば」
「じゃあ、どういう意味で言ったのよ! ちゃんと答えてよ!」
菜々美の余りのしつこさに、とうとう夏夜もキレてきた。
「じゃあ言うけど、アンタ本当に光塚に入れると思ってんの? たった7人しかいないユニットでもトップを張れないくせに、もっとずっと人数の多い光塚でやっていけるわけないじゃん! だから妄想だって言ってんの!」
言ってから夏夜は(しまった)と思ったが、既に口にしてしまった以上取り返しはつかなかった。言われた菜々美は悔しさから拳を握り締め全身を震わせた。
「……じゃあ夏夜はどうなのよ。なんか夢とか目標とか有るの? どうせ何もないんでしょ? だったら人のことをとやかく言えないじゃない!」
「なっ、何よそれ!」
こうなってしまっては収拾がつかない。2人の口論を聞いていた佳乃が、きっとこういうところがI-1と私たちの違いなんだよ、と呟いた。
「なによそれ。言ってる意味、わかんない」
夏夜との口論で怒りが頂点に達している菜々美が吐き捨てるようにそう言った。
「有るのか無いのかわからない友情ごっこでオロオロしちゃってるってことよ! こんなんだからいつまでも素人扱いされちゃうんじゃないの? こんなんだからウェイクアップガールズは島田真夢ありきのユニットだとか言われちゃうんだよ!」
「ちょっと佳乃! 今ここでそれを言う? 真夢は関係ないでしょ?」
佳乃の穏やかでない発言に夏夜が慌てた。もはや愛称で呼び合うことすらも忘れ、少女たちは互いの本音をさらけ出し始めていた。
「だって、私たちは友達を作るためにここにいるんじゃないよね? アイドルになるために、アイドルとしてトップに立つためにここにいるんだよね? 少なくとも私はそうだよ。みんなはそうじゃないの?」
佳乃はそう訴えた。
「それはそうだけど、だからってあいちゃんを辞めさせるなんて出来ないよ。よっぴー冷たすぎ!」
菜々美にそう言われ、とうとう佳乃はキレた。
「じゃあどうすればいいの!? 菜々美! 答えてよ!」
「それがわからないから困ってるんじゃない!」
このままではさすがにマズイと未夕が止めようとしたその時、実波が突然大きな声で叫んだ。
「もう止めてぇ!!」
そのあまりの大声に全員が驚き、頭に血が上っていた夏夜と菜々美もようやく我に返った。
「あぁ~、もう! お腹空いた~!!」
実波はそう叫ぶと、その場にヘナヘナとしゃがみこんでしまった。本当にお腹が空いて立っていられないのかと最初は誰もが思ったが、よく見ると実波の肩は小刻みに震えていた。彼女が泣いていることに気づいた夏夜と菜々美は、バツの悪そうな顔をして下を向きながら黙りこくった。
やがて夏夜は壁の方へ歩き出し、自分の荷物の中からブロック状の携帯食品を一つ取り出した。彼女はそれを手に実波の元へ歩み寄ると「はい」と言って実波に差し出した。
「いいの?」
気づいた実波がしゃがみこんだまま見上げながらそう言うと、夏夜は黙ってニッコリと笑い頷いた。
早坂は松田に後を任せて仙台の街へと移動していた。彼は少女たちに10分で結論を出せと言ったが、もとより10分で答えが出ると思ってそう言ったわけではない。というより、そもそも彼は本気で藍里を辞めさせようと思っていたわけではない。
(さてさて、あのお芋ちゃんたちはどうするかねぇ……ボクに言われた通り林田藍里を辞めさせて6人でやるか、ボクのレッスンが無くなってもあくまで7人であることに固執するか。ま、ボクはどっちでもいいんだけどね)
早坂は石を投じただけだと松田に言ったが、彼はウェイクアップガールズだけではなくグリーンリーヴスという芸能事務所を試す意味での石も投じていた。
確かに早坂は藍里を辞めさせると本人にも言ったし社長や他のメンバーにも言った。だが彼の狙いは藍里を辞めさせることではない。彼としては藍里が辞めるのならばそれでもいいし、あくまで7人でやっていくというのであればそれでもよかった。つまり大事なのは出てきた答えではなく、答えを出す過程にある。
松田が言っていたように、ウェイクアップガールズにはプロ意識が欠けていると早坂も感じていた。だが彼に言わせれば、それはグリーンリーヴスという事務所全体にも言える話なのだ。プロ意識に欠けているというのを別な言い方で表せば、甘い、ということになるだろう。早坂の目から見れば全体的に甘くて厳しさが足りないと映った。
もちろん甘くてもいい。厳しければいいわけでもない。問題はその路線でやっていくのだという意思統一が全員に成されているのかどうか、覚悟が決まっているのかどうかという点だ。
早坂から見ると、今のウェイクアップガールズは残念ながら島田真夢ありきのユニットと第三者に言われても仕方のないレベルだったが、致命的なのはメンバーの多くが勘違いをしていることだった。仕事が順調なのは自分たちが成長している結果だと思っていることだ。
真夢がいたことで、そしてそれを社長がウリにしたために彼女たちは最初から順調に仕事に恵まれてしまった。もちろん結成当初はそれなりに苦労もしたが、その期間はあまりにも短い。そして真夢の加入後は苦労らしい苦労はせずに仕事が増えていってしまった。それは他の地方アイドルユニットでは考えられない順調さなのだが、彼女たちにその自覚はない。自分たちがどれほど恵まれているのか、彼女たち自身は気づいていない。そして今の状況を自分たちの実力だと思ってしまっている。だが早坂の見解はそうではない。
プロフェッショナルである彼の目から見て、彼女たちは素人と大差ない。今そこそこ人気を得ているのは、あくまでも島田真夢効果の延長線上でしかなく、彼女たちがウェイクアップガールズというユニットとして掴んだ本当の意味での人気ではない。にもかかわらず、彼女たちは下手をすれば現状で満足してしまっている。それではこれ以上に成長などするわけもない。
もうこれでいいのか、これ以上は望まないのか、それとも更なる高みを目指すのか。そこのところをハッキリとさせておく必要が有ると早坂は思っていた。
これ以上は望まないというならば、そもそも自分がプロデュースする必要もない。自分もそんなユニットには関わりたくない。見る目が無かったと諦めるしかないだろう。
だが本当にアイドルユニットとしてトップを目指すのなら、自分たちの実力を足元から見つめ直し自覚するところから始めなければならない。そして自分たちがどんなアイドルを目指していくのか、そのためにどんなやり方をしていくのかを明確にしなければならない。そう早坂は考えていた。
さらに言えば、誰一人欠けることなく全員で仲良くやりながら上を目指すのか、それとも他のメンバーを蹴落とし切り捨て極端に言えばたった一人になってでも上を目指すのかでプロデュースの方針も全く変わってくる。
いずれにしろ、どのようなやり方でいくにしても当人たち全員の覚悟が決まっていなければ上手くいくはずもない。コロコロと考えがブレるようでは成功はおぼつかない。決めたからには迷わず進むことが必要なのだ。
早坂にはもう一つ気がかりなことがあった。それはメンバー間の結束だ。早坂には、ウェイクアップガールズはどうもよそよそしいというかお互いが心を開ききってない印象があった。それは真夢が最も顕著だが、他のメンバーにも多かれ少なかれそういった傾向が見えた。それではダメなのだ。
7人組のユニットなのにメンバー間の想いや意識がバラバラでは話にならない。ソロ主体だというならそれでもいいが、ユニットで売って行くのならば何よりも大切なのは結束力だ。
全員が同じ意識を共有し同じ方向を目指して同じ歩調で歩む。それはユニットで活動していく上で絶対に必要なことなのだが、残念ながらそれがウェイクアップガールズには欠けていると早坂は思っていた。上を目指す者、現状で満足してしまっている者、現状を把握すらしていない者、それらが混在していては結束力など望めるはずがない。
そこで彼は様々な策を練った。猛練習を課したり隔週で1日3回のステージという無謀なスケジュールを立てたのは、スキルアップのためであるのはもちろんだが自分たちの現在の力量を思い知らせるためでもあった。藍里を辞めさせるという発言は結束力を高め、事務所とアイドルたちを一枚岩とするためだ。もっとも、わざと亀裂を生じさせることでメンバー間の結束を促すという手法はさほど目新しいものではないし、彼自身も同じ手をかつて手がけたユニットで使ったこともある。ただ、新しくはないが効果的ではあるのだ。
狙いはまだあった。ボトムネックだと自らが指摘した林田藍里の自覚を促すことだ。藍里にアイドルとしての才能が乏しいという自らの見解を変えるつもりはないが、だからといってそれをそのまま放置しておくつもりはない。
個人的な想いで言えば、早坂は藍里を決して切りたいわけではない。だから彼個人としては、誰一人藍里を切ることに賛成はしないという結論が一番望ましかった。ここでもし他のメンバーも事務所も賛成してしまうのであれば、それはおそらく世に数多ある他の地方アイドルたちと何ら変わり映えしないだろうし、何よりもそんなIー1みたいなやり方を彼はしたくはなかった。それではI-1から鞍替えしてウェイクアップガールズをプロデュースする意味が無い。
もちろん6人になったらなったでやりようはあるが、やはり7人のままがベストであることに変わりはない。7人のお芋ちゃんがウェイクアップガールズなのだし、そこに彼は惚れ込んだのだから。
だが、だからといって藍里を今のままにしておくわけにもいかなかった。むしろウェイクアップガールズが次のステージに上がるためには藍里の頑張り・成長は絶対条件だと早坂は思っていた。
彼が思う藍里の最大の欠点は、彼女本人にも言った通り、彼女がファンの目線で行動している点だ。だから楽しませるよりも楽しむ方に比重が寄っている。ファンを楽しませるのではなく、ウェイクアップガールズのファンとしての自分が一番楽しんでしまっている。だからダメなのだ。その意識を改革できなければ彼女の成長は無いだろうと早坂は考えていた。
早坂はウェイクアップガールズのメンバーたちは藍里を切ることは出来ないだろうと睨んでいた。そしておそらく自分が本気で藍里を切ると言ったら社長は許さないだろうとも睨んでいた。自分という存在よりも7人で活動する方が重要だと社長は考えているだろう。それが早坂の見解だった。それならそれでいい。その結論を全員で悩み合って出したのならそれはそれでいいのだ。そして、そう睨んでいたからこそ藍里に厳しいことを言えた。
おそらく自分の指摘で藍里は酷く落ち込んだだろう。実際どうやら辞めたいとメンバーに漏らした様子だった。だがおそらく他のメンバーたちは藍里が辞めることを許さないだろう。早坂の狙い通りに事が進めば、本人が辞めたいと言っても事務所と他のメンバーが全力で説得するだろうし、そこで藍里自身に自覚も生まれるだろうと早坂は読んでいた。そこで得られた自覚は早坂が指摘して促すよりも遥かに本人にとって血となり肉となるはずだ。
もちろん狙い通りに上手く事が運ぶとは限らない。藍里自身が本当に心が折れてしまえば周囲が説得に失敗するケースも考えられる。そこはもう賭けになるが、早坂は藍里が挫けない方に賭けた。後はもう祈るしかない。
(果たしてボクの思惑通りに動いてくれるかどうか……もしもあのお芋ちゃんたちが林田藍里を切るって決めたら、ちょっとガッカリではあるかなぁ)
彼がスタジオを出てから既に30分は軽く経過していた。携帯の番号は松田に伝えてある。自分がいないことを彼女たちが不審に思えば松田に尋ねるだろう。だが、未だに早坂の携帯は鳴らないままだった。
スタジオ内では相変わらず6人の少女たちが話し合いの真っ最中だった。既に約束の10分は軽く経過していたが、いまや誰一人として時間を気にする者はいなかった。
「じゃあ、結局どうすればいいのよ!? あいちゃんを辞めさせたくはないけど早坂さんのレッスンも続けて欲しいって、そんな都合よくいくの?」
実波のおかげで収まったとはいえ、夏夜との口論の余韻が残っている菜々美はイライラしたままだった。彼女は夏夜の「どうでもいい」という発言にまだ憤りを感じていた。
「私だって藍里を辞めさせたくはないよ。でもそれがユニットとして必要なことなら、そうしなくちゃいけないんじゃないかな?」
佳乃がそう言うと未夕が「やっぱりあいちゃん辞めさせちゃうんですか?」と言った。
佳乃の発言はそのままの意味だ。ウェイクアップガールズがより上を目指すなら、痛みを伴ってでもやらなければいけないことがあるのではないかと彼女は言っているのだ。それは至極正論だが、言っている本人もそれが本当に正しいかはわかっていない。
だがこういった場合は彼女のような発言をすると冷酷な印象をもたれがちだ。それもまた無理のないことだが、だからといって佳乃の発言が間違っているわけではない。
「でも、本当にそれでいいんですか? 今までずっと一緒にやってきたのに、そんなに簡単に納得できるんですか?」
未夕がそう情に訴えかけてきた。
「納得なんて出来ないよ。私だって藍里には残って欲しいって言ってるじゃない。でも私たちには早坂さんのレッスンが必要なのも事実でしょう? ウェイクアップガールズの為にどっちを採るかって言われたら……」
佳乃はあくまでも正論を通した。
「よっぴーの言ってることはわかるし正しいかもって思うけど、でもアタシはそう簡単に割り切れないなぁ。7人で今までやってきたしこれからもずっとそうだって思ってたから、明日から6人でって急に言われても……ねぇ」
夏夜は佳乃に一定の理解を示しつつも、やはり簡単に結論は下せなかった。
「じゃあどうすればいいの? 私だって藍里に辞めて欲しくなんかないし辞めさせたくないよ。でもそうしなくちゃいけない場面だって有るんじゃないの? 私は早坂さんはそういうことを言ってるんだと思う」
「じゃあよっぴーは、自分があいちゃんの立場だったらどうなの? 自分が辞めさせられることに納得できるの?」
「それは……」
菜々美にそう言われて佳乃は言葉に詰まった。誰かを切り捨ててでも上を目指すなんて言えば格好良く聞こえるが、切り捨てられる側からすれば単なる自己陶酔なのかもしれない。佳乃は何も言い返せなかった。
けれど、ならばどうすればいいのか。相反することのどちらかを選ばなければならない今のこの状況で、自分は何をしなければいけないのか佳乃は考えた。リーダーとしてすべきことは何か、1人のアイドルとしてすべきことは何か、それを必死に考えた。けれどやはり答えは出せなかった。
「私は、藍里に辞めて欲しくない」
今までずっと黙っていた真夢が、何かを決断したかのような表情でようやく口を開いた。全員が真夢の方を向いて彼女の顔を注視した。
「でも、そうしたら私たち全員クビなんだよ? まゆしぃはそれでいいわけ? やっとアイドルに戻ってきたのに」
佳乃がそう言うと、真夢は真っ直ぐ佳乃の目を見ながら話始めた。
「ねえ、よっぴー。よっぴーが本当は藍里を辞めさせたくないけど、ウェイクアップガールズの為を思って言ってるのはわかるの。それが正しいのか間違ってるのか私にはわからない。でも私たちのやってることって、本当にそういうことなのかな?」
穏やかな声で真夢はそう言った。佳乃は何も答えず話を聞いていた。他のメンバーたちも真夢の話に黙って耳を傾けていた。
「ゴメンね。私も上手く言えないけど、確かに私たちはアイドルになるためにここにいるんだけど、でもアイドルってそういうものなのかなって私は思うの。私はやっぱり藍里がいなきゃウェイクアップガールズじゃないと思う。ううん、藍里だけじゃなくって7人全員が揃っていてこそウェイクアップガールズだって思うの」
真夢の話を聞いて、夏夜も佳乃も未夕も菜々美もうなだれた。自分たちが大切なことを忘れかけていたと真夢に言われて気づいた。
「うん、私もまゆしぃの言う通りだと思うな。社長だって前に、7人揃っていてこそウェイクアップガールズだって言ってたじゃない」
実波が夏夜にもらった携帯食をモグモグと食べながら真夢の発言に賛同した。難航していた議論は一気に解決へと向かい始めた。
「私、連れ戻してくる。藍里の家に行って藍里を連れ戻してくるよ」
真夢がそう言うと全員が「私も」「私も行く」と言い出した。それを制して佳乃が「私が行ってくる」と言った。
「だって私、リーダーだから……私が行って藍里を説得してくる。みんなは早坂さんの方をお願い」
佳乃がそう言って真夢に目で合図を送ると真夢は小さく、だが力強く頷いた。2人は駆け出し、そのままスタジオを出て行った。
「これが結論ってことで、みんな文句ないよね?」
2人が飛び出していった扉の方を見やりながら、夏夜がそう言った。
「結論?」
「うん。私たち葉をあいちゃんを切り捨てないってこと」
夏夜はそう言って笑った。未夕も実波も菜々美も「うん」と頷いて笑った。
「さて、じゃあ藍里はリーダーとまゆしぃに任せるとして、こっちはラスボスを倒しに行かなくちゃね」
「4人のパーティーで行けば、きっと倒せますよ」
結論は出た。全員一致の答えだ。自分たちは誰一人として切り捨てたりしない。少女たちは早坂の望む答えを、悩み苦しみながら導き出した。成長への大きな大きな一歩だった。
夏夜たち4人は早坂の元へ向かう前に社長に会って、事の一部始終を報告した。その際に夏夜は、自分たちはグリーンリーヴスの所属なのだから早坂にクビにされるいわれはないのでは? と訴えてみたが、社長の答えはノーだった。今は早坂に全権を一任しているからというのがその理由だった。
「それで答えは出たわけね?」
「はい! やっぱりあいちゃんをクビにして6人でやっていくなんて有り得ない。私たちは7人揃っていてこそウェイクアップガールズなんだって、そうみんなで話し合って決めました」
夏夜がそう答えると、社長は「そうね」と言って満足そうに2度3度頷いた。
「実は私たちもあの男に宿題を出されてね。それでずっと考えていたの。でもアナタたちの話を聞いて私も腹を括ったわ。ウェイクアップガールズは何があっても7人で活動していきます。7人でトップアイドルを目指しましょう。そのために私たちもアナタたちを全力でサポートするわ」
社長がそう言うと夏夜たち4人の顔がパアッと明るくなった。
「ところで、早坂さんは?」
夏夜の質問に松田が答えた。
「ああ、早坂さんなら仙台の街を散歩してくるって言って出ていったよ。どうせ10分で結論が出るわけないし、キミらの結論が出たら連絡くれって言ってね」
アイツ、と夏夜は思った。10分で答えを出せとかさんざん焦らせておいて、最初から答えがすぐに出ないとわかっててそう言ったのか。そう思って少しムカッとした。
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シリーズ第13話、アニメ本編で言うと7話に当たります。7話はウェイクアップガールズにとって大きな転機となる話であることと、個人的に藍里父娘のやりとりと早坂の内面描写を入れたかったので2回に分けることにしました。今回は前編で藍里を除く6人の話、次回の後編が藍里・真夢・佳乃の3人による話となります。やっぱり早坂さんが出てくると書いていても盛り上がりが違いますね。素晴らしいキャラだと思います。