北郷一刀は新兵と共に城外を走らせている。
紀霊が目を付けた通り、北郷の動きは新兵の中でも格段に良い。
元々の素質はあるし、自らの鍛錬も怠っていなかったのだろう。
さらに兵の間にも溶け込み、新兵の中で中心人物のような動きをしていることもあった。
集団から遅れている新兵が出てきた。
そうすると北郷は自分だけ速度を落とし、遅れたものを励ますのだ。
何を言っているのかはわからないが、それで遅れた者も追いつこうと頑張りを見せる。
たまにいるのだ。
ああいう、言葉に力を持つ者が。
北郷は兵の器には収まりきらないだろう。
呑み込みが早く、頭もよく回る。
個人の武勇も、やはり見込みがある。
新兵の集団が走り終えた。
驚くことに、脱落したものがいない。
隊長が声を張り上げ、集団が城内に戻っていく。
その中から紀霊は北郷だけを呼び出した。
北郷は、一兵卒から始めることを望んだ。
そこから始めることで、何かを見つけようとしているのか、紀霊は束の間考えた。
「あれはどうやったのだ? 新兵が、遅れを取り戻した。普段なら、何名か脱落するのだが」
「特別な事ではありませんよ。少し声をかけただけです。あとは、本人が頑張ったのです」
言い方に気負いがない。
北郷は得難い才を持っているのだろう。
「北郷。今度、兵を率いさせる」
「俺が、ですか? まだ、ただの一兵卒になったばかりですよ?」
「お前をただの兵にしておくことは、勿体無さすぎる。もうしばらくは、一兵でいてもらうが。もう行け。後で詳しく話そう」
北郷が顔に疑問を浮かべ、走って城内に戻っていった。
北郷なら、兵でいるうちに指揮官のありようが少しはわかるだろう。
あとは、実際になってからわかってくる。
紀霊はしばらく、従者を置いて滑走湖をとばした。
こういった一人きりになれる時間が紀霊は好きだった。
たまには、何も考えずに馬を走らせたい。
そう思うこともあるが、そんな気ままな生活は出来はしない、という事もわかりきっていた。
森に入り、川で獲った魚を焼いて食う。
袁術が振舞う豪勢な食事も良いが、こういう食い方も紀霊は好きだった。
「また単独行動? 暗殺されるわよ?」
振り向く。
浅黒い肌が目に付いた。
女性にしては長身で、伸ばした桃白の髪。
腰に剣を引っ提げてあるが、手に持っているのは釣竿だった。
「孫策殿」
「やっほ、紀霊」
孫策が釣り糸を川に垂らし、紀霊の隣に座った。
その間、暢気に鼻歌さえ歌っている。
袁術の客将として匿われている女性で、紀霊とは親しく出来ていた。
「私にも一本頂戴よ」
「儂のだ。まあ、釣れたなら焼こう」
「けち」
孫策が眉を寄せた。
孫策は釣りが好きなのだそうだ。
腕前は悪いと聞いたが、実際にはどうなのだろうか、と紀霊は思った。
釣り糸は川に流され続けているが、まだ動きは見えない。
「何か良い事でもあった?」
孫策がそう聞いてきた。
「勘という奴かな、孫策殿?」
「女の勘は鋭いの。恐いくらいにね」
「釣竿」
「えっ!?」
孫策が慌てて釣竿を引いた。
顔が見る間にふくれっ面になっていく。
紀霊は可笑しくなって笑い声をあげた。
「その勘で、釣れるかどうかもわかればいいのにな」
「嘘ついた! 紀霊が嘘ついた!」
「いじけるな、孫策殿。もうそんな年でもあるまいに」
「失礼しちゃうわ。女の子に向かって」
孫策が釣り糸を川に垂らす。
やはり川に流されていき、そこから動きを見せることはないのだ。
「で、何があったのよ」
孫策は、どうしてもその事が気になるようだ。
やはり待つことに飽きているのだろうと思い、紀霊は北郷の事を話し始めた。
話し終えるまで孫策は大人しく聞いていた。
彼女も、北郷に会えば興味を持つだろう。
紀霊はもう一本の焼き魚に齧りついた。
「若い者は、良いな。可能性を見せてくれる。儂は、それを眺めるのが好きだ。それを少しだけ背中を押せたら良い」
「ふうん、北郷ね。じゃあ、その子頂戴よ」
「それを決めるのは北郷だ。それに、孫家で飼い慣らすことは出来ぬかもしれん」
孫策の目が異様な輝きを放った。
圧倒されるような気分に、紀霊は押し込まれた。
それをおくびに出さないくらいには歳をとっている。
「あなた、本気?」
孫策が言う。
紀霊は、森の方へ目をやった。
孫策も同じ方向を見つめている。
「この事は、本人には言わんでくれ。彼は自覚していない。その内、自分で気づければ良いのだがな」
「その前に死んじゃうかもよ? 今のご時世じゃあね。それか、邪魔になる前に私が殺しちゃうかも」
「まあ、見てみると良いさ」
視線の先から、北郷が姿を現した。
二人に見つめられた形になった北郷は驚いた顔をしている。
「よくここがわかったな、北郷」
「従者さんが探していましたよ。森の方へ入っていったって聞いたから、手分けして探してます。えっと、お邪魔でしたでしょうか?」
北郷が孫策の方へ目をやった。
孫策は、相変わらず北郷を見つめている。
「いや、そろそろ戻ろうと思っていた所だ。それでは失礼する、孫策殿」
明らかに孫策という言葉に北郷は反応していた。
紀霊は滑走湖に跨り走らせた。
森を抜けてから声を張り上げ、気付いた従者が森を抜けて出てきた。
従者は小言を言うが、それを聞き逃すのも紀霊は慣れていた。
自分に追いつけない従者を選んだのは紀霊自身だった。
そうしないと、一人の時間が作れないからだ。
日が沈んでから紀霊は北郷を部屋に呼んだ。
伝えねばならぬ事があるのだ。
それを伝えるにも多少の葛藤があったが、それを悩むのはもうやめていた。
「孫策の事ですが」
北郷が言う。
「というより、孫家の事だろうな、北郷?」
「はい、袁術様に客将として匿われている」
「おおよその見当は、お前の想像通りだ」
そういうと、北郷は驚いたような顔をした。
紀霊は口元を少し緩ませた。
伝えてしまおう、と紀霊は思った。
「だがな、北郷。孫家は袁術様がいなければ存続出来ないのだ。飼われている、などと思ってくれるなよ」
「それは、わかっています」
「袁術様に会ってみると良い。場所は用意できる」
「会えるのですか、俺が? ただの新米の一兵卒なのに」
「会わせておきたい。そして、お前の偏見を少しでも取り除きたいのだ」
「偏見など」
「あるさ」
紀霊は自分で杯に酒を注いだ。
北郷は、自分の事を不気味がっているかもしれない。
なぜそこまでしてやるのか、わからないはずだ。
「前の世界の者は、絶対になにかしらあるものだ。三国志と言う言葉の意味はわかるな」
「待ってください。今、前の世界って。それに、三国志って」
「【自分が一人目だとでも思ったか?】 ある男の言葉だ。つまりまあ、そういう事だ、天の御使い、北郷一刀」
北郷の手から杯が落ちた。
伝えてしまって良かったのか、紀霊は考えないようにした。
「孫家にも天の御使いが舞い降りたという噂が流れている。これは、お前とは違う人物だ。天の御使いとやらは一人ではないのだよ、北郷」
「どういう事ですか。それでは、まさかあなたは」
「お前がそうなら儂もそうだ。孫家にいる者も、きっとそうだろう。流星が奴らのサインだと、『奴』は言っていた。聞きたいことがありそうだから、順を追って話そう、北郷。何が知りたい?」
卓を挟んであるのは酒だけだが、今回は十分だろう。
紀霊はまた酒を注いでから話しはじめた。
灯りの火が僅かに揺れた。
蝋はしばらく変えていないので、もう短くなっている。
「天の、御使いについて」
北郷が呻くように言った。
眼は真剣だ。
紀霊は、灯りが作る北郷の影に目を移した。
「天の御使い。前の世界から来た者が、この世界ではそう言われるのだろう。何故かその事が噂として流れているのだ。噂の出所はわからんが、内容はこうだ。天の御使い、流星と共に現れ天下を治める。天下を治めるというのはわからんが、流星と共に現れるというのは本当らしいな」
「では、あなたもやはり」
「捉え方によってそうとも違うとも言える」
「捉え方?」
「北郷。どうやってこの世界に来た?」
「気が付いたら。気を失っていたみたいで、ある人に助けてもらって、しばらくはその人の下で暮らさせてもらっていました」
「そうか、運が良かったのだな。儂の場合、この身体に乗り移った。憑依とでも言うのかな。紀霊という人物に、儂がなったのだ。元の紀霊の人格がどうなったのかは知らん。だが、紀霊という人物の記憶はあった。だから最初は、混乱した。前の世界の事も、克明に覚えていたからな。夢かと思ったが、違う。その内、狂い始めた。周りからもそう思われて、誰も儂と近づきたがらなかったよ」
「それじゃあ、その時はどうされたのですか」
「助けられた。この世界の事を説明してくれる人物がいた。それで儂はなんとか受け入れられた。元々のこの紀霊という人物は、袁術様に忠誠を誓っていたからな。生きる理由も見つけられた」
「あなたを助けてくれた人物。その人も、やはり天の御使いですか?」
「わからん。ただ『奴』は、似たような境遇にあると言っていた。きっと奴もそうだろうと儂は思っている」
「天の御使いは何人いるのでしょうか」
「さあ、奴に聞け。儂より遥かに詳しいだろうからな」
「その人の名前は、なんて言うんです?」
「名は捨てそうだ。そういえば北郷、人に助けてもらったと言ったが、もしかして、前の世界の事を話したか?」
「一部分ですが話しました。それが迂闊だって事も、その人から教わりました。その人はそういう事に気付いた人でしたから、その知識を乱用する人ではありません」
「確かか?」
「はい。俺にとっては、兄の様な存在です。これは、俺が勝手に思っているだけですが」
「なら、よい。そ奴の名は?」
「教えられません」
「なぜ」
「あなたが、恐いから」
「よし、それでいい、北郷。迂闊に教えるべきではない。聞いていたら、探し出して始末していたかもしれん。儂は、もうこの事を聞かん」
「はい」
風が少し部屋に入ってきた。
火が揺れ、それに合わせて影が揺れた。
紀霊は北郷の影から目を逸らさずにいた。
「他に聞きたいことはあるか」
「あなたが前の世界に居たことを、誰か知っているのですか?」
「言った所で、信じてくれると思うのか? また気が狂ったと言われるだろうな。もう、そんなことを言う気はない。少なくとも、『奴』とお前だけだ、この話を信じられるのは。お前を助けた人は、よく信じてくれたと感心する」
「俺も、そう思いますよ、今更ですが」
北郷は少し笑った様だ。
声に明るさが戻ってきている。
「最後に一つ」
「何だ」
「元の世界に、日本に戻れる方法はあるのでしょうか」
紀霊は、影から目を離さない。
「儂は、この世で生きる」
諦めたという言葉を、紀霊は使わなかった。
戻りたいという気持ちがわからないわけはない。
北郷はどう受け入れるのか。
受け入れなければ、狂っていく。
その時は、紀霊の出番だろう。
あとがきなるもの
これはなかなか良いのではないかという発想→他者様の作品を読む→自分の力量を知る→orz 最近こんな事を繰り返しています。二郎刀です。まだまだ未熟ですね、自分は。
北郷一刀は主人公補正を使って登場キャラクターの場所を探り当てることが出来ます。
でも恋姫SS的には先に美羽に会わせておいた方が良かったかもって思ってます。一刀だもん。第一村人A発見→実は超重要人物でした。でもおかしくないよね。だって一刀だから。恋姫だから。SSばかり読んでると元がエロゲって事を忘れそうになるぜえ……。
さて本文を。
私が言ってみたかった事がようやく言えました。【自分が一人目だとでも思ったか?】うーん、冷静に考えると別に驚くことでもないですね・・・・・・思いついた時は面白いんじゃね?って思えたんですが。
思いついた時の思考回路
オリ主が天の御使いを名乗る=北郷一刀が天の御使いではない=天の御使いである必要はない→であるならばオリ主が天の御使いである必要はない→つまり天の御使いが二人存在するってことは=天の御使いが一人である必要はないって事になるのではないか? ハッ!新しい外史の扉が!
こんな感じ。ここから勢いに乗ると北郷一刀は日本から来た→別に同じ場所からというのは必要無いのではないか→別の国はどうか?→そもそも恋姫はタイムスリップ→時間と言う題材→同じ時間の必要はないのでは?→ならこの時代からはどうか?→この時代からは?→その時代の特色を生かして活躍させるのは?そしてドリフターズが完成する。駄目やん。
ではこの外史のコンセプトを。
転生。憑依。逆行。そんなものを一か所に詰め込んだらどうなるだろう?というのが元。ここから色々あやふやになるのは確定事項ですが。
あとは神様転生とかで俺TUEE要員とか俺SUGEE要員とかニコポナデポをぶっこんで厨二設定を突っ込んだら? どっろどろのぐっちゃぐちゃにしたいのですよ。そんな感じでGOしたいなって。そして今書いてて気づいたのですが多次元旅行者とか忘れてたなあ・・・・・・。やる?入れる?個人的にそんな需要も知識もないからアレだけども。入れてほしいという声があったら頑張ってみます。ちなみにクロスは無理。力量的に。需要的に。個人的に。自作クロスとかやった日にゃあ俺はもう失踪して腹ぁ掻っ捌きますよ。
色々言ったけどわかりやすく言うとこう。
『地雷を敷き詰めてみましょう』
た、大変な事になるでえ・・・・・・(震え声
さて今回の話はどうでしたでしょうか? 少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
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何故だろう
息抜き作品
よく進む
二郎刀
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