「とりあえずごめん」
なんだろうとりあえずって。まぁいいや。とりあえず私は隣の席に座っている男子にふられてしまった。それは寒さも厳しい冬の日のこと。教室は自習のせいでやたらとうるさい。
「ショック……死んじゃうかも」
「え、そんな…生きてよ」
「生きてほしかったら付き合って」
「えぇ」
「嘘。ねぇなんで? 彼女いるの?」
「いないけど……」
「ど?」
彼は気まずそうにシャーペンの芯をカチカチと出し始めた。机の上に一本、二本、三本、四本と芯が落ちていく。一体何本入ってるんだ。
そこでチャイムが鳴った。担任の先生がさっさと帰りのホームルームを済ませ、みんな早々に帰り支度を始めた。
「さくらー」
「はい?」
「はい?」
呼ばれて私と彼は振り返る。二人に見つめられ、呼びかけた友達の佳代ちゃんは「うおっ」と後ずさった。
「あー、えっと、こっちのさくら。帰ろ」
佳代ちゃんは私を指さした。
「佳代ちゃん、ふられたー」
「えー、なんで?」
「えーと、なんで?」
私は彼のほうを向いた。彼は教科書やらノートやらをカバンに詰め込みながら、意を決したようにつぶやく。
「名前が同じだから」
「いいじゃん、運命じゃん」
「嫌いだから、この名前」
さくら君はカバンを閉めて立ち上がった。思わずグッと彼の腕をつかむ。
「私は好き」
「さくらナルシスト?」
佳代ちゃんが茶化す。
「ちがくて! 私も自分の名前は好きじゃないけど、さくら君の名前は好き、大好き」
ボッ
顔が火をふいたように燃え上がったのは、私のほう。
「うわぁ、言ってから恥ずかしくなった! なに言わすのバカ!」
「勝手に言ったんじゃん!」
やっとこちらを向いたさくら君も、負けず劣らず真っ赤っ赤。腕をつかんだ指先が硬直して動かない。
「あー、いっけない! 用事思い出した。嘘だけど。じゃ、また明日ね」
佳代ちゃんがそそくさと教室から出ていった。嘘だけどって、嘘だけどって、嘘なのかい!
ぱらぱらと人気の減っていく教室の中、さくら君の小さな声が私の耳に響く。
「とりあえず……」
「ず?」
「とりあえず……」
「ごめん?」
「とりあえず……」
さくら君はカバンをぎゅっと握りしめた。
「帰ろう、一緒に」
心臓がばくばくばくばく高鳴り始める。それは少し、期待してもいいんですか。期待しちゃいますよ。期待させてくださいよ。
「あ、アイス、帰りにアイス買ってあげるから、私と付き合って」
「俺はどこの子供ですか」
ぎこちなく、冬の桜並木をさくら君と歩く。桜の木に葉っぱは一つもなく、素っ裸で北風にさらされている。
そんな中で食べるアイスは寒くてたまったもんじゃなかったけれど、とりあえず、とりあえず幸せだった。
おわり
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短編小説です。