昨日と今日、すべて変わらないような日々が続くと思っていた。
しかし、怪異はすぐそこに、唐突にやってくる。
コールオブクトゥルフ
八月上旬のN市の暑さには呆れるほどだった。暑い。とにかく暑い。都市開発の影響でヒートアイランド現象が加速しているのでは? と普段は開発されることにウキウキしている私であったけれど、さすがにこの暑さはどうにかならないものかと考えていた。
せめてお昼には、ひんやりするものを食べよう。近くにそういう店はないのものかと、アスファルトの歩道を進んでいく。
『新メニュー、冷やし中華始めました』
普段は入らないような中華屋にそんな文字が書かれていた。お昼決まった、と内心でガッツポーズをしながら、店内に入っていく。
木製のドアを押すと、独特のキィという音がして気持ち良い。
「いらっしゃいませー!」
と元気のある従業員の声を聞きつつ、二人がけのテーブル席に通された。店内はそこそこ空いているようで、カウンター席を利用しなくて済んだ。お水を持ってきてくれた女の娘に注文を伝え、携帯を弄りながら待つことにした。
みずみずしい野菜が乗った大盛りの冷やし中華は夏バテをふっ飛ばしてくれる魅力を持っていた。さっそく頂こうとしたところで、見覚えのある人物が店内に入ってきた。
「やあ千穂ちゃん。きみも冷やし中華を食べに来たんだね。今日からだったよね、冷やし中華」
「……どうも、店長さん。暑いですからね」
食べようとしたところでなんだか水を刺されたような気分だった。店長さんは空いている席のほうに腰を掛けると私と同じように店員に冷やし中華を注文していた。彼は私のよく通っているネットカフェの店長だ。名前は林だった気がするけれど、面倒だから店長さんと呼んでいる。
「いやー今日みたいに暑い日はね、冷たいものが食べたくなるよね。
そうそう、千穂ちゃんに用があるらしい奇妙な人がうちの店にやってきてね。星田千穂はいるか? と言ってきてね。いないといったら、次来た時にこの小包を渡してくれと頼まれてしまったんだ。何かも分からない代物だけど、一応預かってはいるんだ。
どうする? 次に来るときに持って帰るかい?」
「なんですかそれ」
「いや、僕もちょっと分かりかねるんだけどさ……。応対したバイトの子がよくわからないまま受け取ってしまったらしくてね……本来はお断りするべきなんだろうけど」
そういう店長さんは申し訳無さそうだった。常連客のよしみもあってのことだろうか。
「……貰いますよ。今どきそんな怪しいものが爆発物だったりするわけないでしょうし。いらないものだったら捨てればいいですから」
「そうか、じゃあお店の方で待っているよ。手が空いた時にでも取りに来てくれ」
そこで、店長がいつの間にか頼んでいた冷やし中華が運ばれてくる。
他愛もない会話をこなしたあと、食事を終えた。
「そういえば、その男の人ってどんな格好でしたか?」
「うーん、そうだね。僕が直接対応したわけじゃなかったから、詳しいことはなんとも言えないんだけどね。身長は180センチぐらいかな、年齢はよくわからないね。帽子を深く被っていて、分からない。ただまあ若者ではなかったかな。そこそこ年を取った雰囲気だったらしいよ」
「そうですか……」
「いやー対応した子もね、こんな不可思議なものを受け取っていいものかとは思ったらしいんだけどね。受け取ったものはものだから、無碍にするわけにもいかなくなってしまってね。本人にとりあえずは意思確認をしてみようと思ってね」
「別にいいですよ。そういうの逆に面白そうじゃないですか。見ず知らずの私の名前を知っていて、名指しで荷物を渡そうとするなんて」
「……キミもなんて言うか変わってるよね。ハハハ」
「褒め言葉として受け取っておきますよ」
彼も食べ終えたようだった。そのまま立ち上がると、彼は立ち上がって、「それじゃ僕は用事があるからそれじゃあね」と言って会計を済ませ去っていった。
会計を済ませ、外に出るかな。
N市は都会というほど都会でもないが、様々な市内で都市開発が行われており、活性化の兆しが見えている。ゲーセンなどのアトラクション、商店街と提携したスーパー。大きく改装が施された駅など、私にとっては面白いものばかりだ。ふらふらと歩いていても退屈をすることがほとんどない。徐々に移り変わっていく景色をカメラに収めるのが私の趣味でもあった。
そのデータをネットカフェを用いてアップロードする。
外は先ほどに比べて温度があがっていたようで、少しクラッとした。特に今日は目的があるわけでもなかったため、先ほどの店長のネットカフェ「READING SPACE」に顔を出してみることにしよう。徒歩30分くらいだが、中に入れば寒いほどの空間が待っていることだ。我慢だ我慢。
ガラスの自動ドアを抜けて、入って行くと、見慣れたアルバイトの店員がそこにいた。真島連という私よりも少し背が低い男子高校生だった。165センチに届かないのを嘆いていたのを覚えている。
「いらっしゃいませ…… ってなんだ星田か」
いつもどおり馴れ馴れしく男の子にしては高い声で話しかけられた。
「星田さんのお通りですよ。なんか私あてに荷物があるってことをさっき店長から聞いたんだけど、どっかにない?」
「なんだ、利用するわけじゃないのかよ。うちは郵便局じゃねえっての。
ま、聞いてるなら話は早いや。これだよこれ」
枕ぐらいの大きさの長方形の箱がビニール袋の中に入っているのが見えた。
「へえ、結構重そうだけど、連君でも重くなかったの?」
「……いつもいつもお前は俺のことをバカにしすぎなんだよ。店員だぞ店員。年齢は関係ねえし、身長も関係ねえだろ?」
「それは失敬。私に見下されないほど大きくなったらその言葉も強がりに聞こえなくなるんじゃないかなあ」
とニヤニヤしながら答えてやった。
「……ちっ。俺も仕事があるんだよ。利用しないんなら持って行ってさっさとどっか行ってくれよ」
露骨な舌打ちをしつつ、顔が赤くなっていた。
まあいじめすぎるのも可哀想なので、そのまま外に行くことにしよう。
どこかでこの中身を確認するのも良いが、さすがに大通りで得体のしれないものを開くのは気が引けるし、どこかいい場所はないものだろうか。
都市開発のスポットとは少し離れた住宅街の中にある公園に行ってみよう。あそこはここ数年景色が変わっていない。開発されていくここあたりとは打って変わって時が止まっているかのように思える場所だった。
公園に着いたが、バトミントンをしている子や、ちょっとした遊具で遊んでいる団体がいた。テニスコートを利用している子供もいた。ベンチではカップルが専有していたりと、ここで箱の中を確認するには気が引ける。どうしようか。
【アイデアロール】
特にいいアイデアは浮かばなかった。仕方ない。最終手段として、公園のトイレの中で開けてみよう。
【幸運ロール】
トイレの中はこの公園には不釣り合いなほど綺麗で、広々としていた。三つある個室のうちの一つに入って、袋から箱を取り出す。
箱を開けると、そこにはすでに両目が黒く塗られた達磨が入っていた。
私はそれを見た瞬間、悪寒が走った。
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なんだろうこの嫌な感じは。何か見てはいけないものを見てしまったような、嫌な感じに包まれた。もう少しよく見てみるが、至って普通のだるまと変わらず、赤いまるまるとした身体だった。ひっかき傷やほこりはついておらず、新品なようだった。
やはりずっと見ていても不気味なだけだったので、箱のなかにしまい。袋にいれて外に出た。
携帯を取り出して時間を確認すると三時ぐらいになっていた。
このままこの物体を持ったまま街をうろつく気分にならなかったので、今日泊まる予定だったビジネスホテルに向かうことにした。
夜は付属の食事で簡単に済ませ、あの達磨は部屋の隅のほうに置いておくことにして、眠りについた。
……がたんごとん。
そんな音で私は眠りを遮られ、目を覚ました。
窓を開けてみると、空は暗く、真夜中のようだった。
時間を確認しようと携帯を見ると、画面は黒のままだった。
充電をし忘れていたようだ。しばらく充電すれば使えるようになるだろうと思い、部屋のコンセントに繋いで充電をすることにした。
しかし、それでも携帯が使えるようにはならない。
とりあえず部屋の電気を点けてみようと電灯のスイッチを押すが点かない。トイレも洗面所も、ベッドライトもすべてが点かないようだった。テレビやラジオの電源の入る気配がない。
これは明らかにおかしい事態だ。停電であろうとホテルならアナウンスが入ったり、なにかしらの対応があるだろうし、おかしい。
デジタルカメラはをライト代わりに使えないかと思って暗いバッグの中を弄って、電源が点かないか試してみるがやはり駄目なようだった。
部屋の外に出られないだろうか。ドアは開くようだったので、ゆっくりと廊下の外に出る。廊下も真っ暗で、明るいものはなにもない。
【聞き耳ロール】
耳を澄ませてみると、いつもはうるさいぐらいの蝉の声が聞こえてくるぐらいなのに、廊下は物音一つしなかった。ここは二階の角部屋だ。一階のフロントに行ってみることにしよう。
階段を使って、徒歩で下っていく。物静かなこともあって、自分が発する音がいやに響いているように思える。
一階に着くと真夏の夜だと言うのに、奇妙な寒さを感じた。私の第六感が警鐘を鳴らしているようにも思えた。暗闇にも目がなれ、フロントのほうを見てみると、フロントの奥へ続く扉はオートロックになっており、しっかりと閉じているようだった。
【目星ロール】
フロントを少し探してみると、ボールペンとメモ用紙、本日宿泊している客のリストが見つかった。それを見るに、今日は満室のようだ。それなのに、誰も気づいていない……?
【アイデアロール】
明らかにこの状況が逸脱していることに私は気付いてしまった。
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ともあれ、行動しないわけにはいかないだろう。何か嫌な予感がするとはいえ、探索しないわけにはいかなかった。近い部屋から、ノックをしていくことにしよう。
しかし、何件かするうちに成果が得られそうにないことに気づいた。
入り口は、ガラス製の自動ドアであり、電気が通ってない今、動くことはなさそうだった。何かドアを壊せそうなものはないだろうか。
【目星ロール】
フロントの端の方に黄金色をした金属製の鶏の置物が置いてあった。それを手に取り、力を入れて、扉に投げてみることにした。なんらかの異常事態だ。仕方あるまい。
力を入れて投げ見たが、傷をつけることが出来たぐらいで割れるまではいかなかった。とりあえず、もう一度投げてみることにした。
置物がドアにあたる直前、『ふふふ……』と女性の声が聞こえた。
直後、ガラスドアが割れる音がし、私なら通れるぐらいの穴が出来た。
破片で怪我をしないように外にでると、場違いな音声が聞こえてきた。
N駅や商店街のほうとは逆方向の、N市民病院のほうから電車が到着したアナウンスが聞こえた。あの電子音の後、
『星田千穂の右腕、星田千穂の右腕をお求めの方は当駅でお降りください。繰り返します。星田千穂の右腕をお求めの方は当駅でお降りください』
そのアナウンスが終わると同時に、視界を何かが遮った。少し離れてみてみると、それは私の右腕だった。いつのまにか、右肩から指の先までにかけての感覚がなくなり、ふわふわと宙に浮いている。
そして、アナウンスが聞こえた市民病院のほうに飛んでいってしまった。
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【アイデアロール】
飛んでいったものがまぎれもなく自分の右腕であるのは、自分の目線を右下に向ければ一目瞭然だった。
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それと同時に、自分の右腕がわけのわからないものに連れて行かれるような危機感、恐怖を覚えた。まだ視界にはぎりぎり自分の右腕の形が捉えられた。急いで、そっちに向かうことにした。
走って行く中、昨日行った公園を抜ける。けれどもやはり人の気配はない。どの民家にも明かりは灯っておらず、公共施設にも街灯にも明かりはなかった。夢の中? なのだろうか。それにしては嫌に疲れるし、現実的なように思う。意思もはっきりとしているし、ただただ不明瞭な世界だった。
そこには総合病院があるはずだった。それなのに、そこにあるのは見慣れない駅の姿だった。寂れており、古風で、作られて数十年以上が経っているような佇まいだった。
【聞き耳ロール】
不意に、地面をコツコツと叩くような音が駅の中から聞こえてきた。恐ろしさもあって、進むのが憚られるが、自分の右腕は意思とは関係なく駅の中に入っていってしまった。
ゆっくりと物音を立てないように進んでいく。駅はコツコツという音がどこからか聞こえてくる以外は閑散としていた。腕は改札を通りぬけた直後、「うわっ!」 という男性にして高い声と、地面に倒れるような鈍い音を聞いた。
人がいる? 少しの期待を胸に、そちらのほうに小走りで向かう。
そこには、尻もちをついた真島連がいた。後ろ姿だけだったが、彼のお気に入りのジャケットを着ているし、あの独特の声だ。間違えるはずもなかった。ただ、いつも通りの彼ではなく、彼には右足が無かった。
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動揺しつつも彼の様子を冷静に見ると、なぜか松葉杖を持っていて、右足がないことをカバーしつつ行動しているようだった。
「そこに誰かいるのか!?」
なかなかうまく立ち上がることが出来ず、私の姿を見れないようで彼も混乱しているようだった。
「やあやあ連君じゃないか、手伝うよ。私も右腕がなくなったんだけどさ」
「は!? 誰だよ馴れ馴れし…… って星田かよ! なんなんだよこれ!
どれもこれもお前のせいだかんな!」
立ち上がるのを慣れない片手で手助けしてやったというのに、彼は私を叱責してきた。
「そう言われてもね。私に心当たりないし、さっきのアナウンス聞いてた?」
「あ? 聞いてたよ。だけどまあそんなこと気にしてる余裕なかったぜ。昨日バイトあがって帰ったらよ、お前が受け取ったような箱が俺の家にも届いてんだ。なんで俺の家にこんなものあるんだって思ったけどよ。興味本位で開けてみたら、そこには目の入った達磨があったんだよ。気味悪いったらなかったぜ……」
連は心底嫌そうな顔をしつつそう言ったあと、続けた。
「その後、急にめまいを感じて気を失ったんだ。そしたらこのザマだぜ? さっきの星田みたいによ。俺の名前のアナウンスを聞いた直後にだ。足がねえからなかなか動けねえし、松葉杖がたくさん落ちてたからいいもののな」
駅のホームの周りには、松葉杖が無数に落ちていた。
「アナウンスが入ると、その人の体の部位が取られる? どこに行ったかは分からないの?」
そう聞いた直後、ホームのほうから電車の音が聞こえた。
見たところ、ホームが二つあるようで、奥のほうから聞こえてきた。
「な、なんの音だよ? 俺もなんだかわかんないんだよ! 逃げてくる足を追っていったらここに着いて…… その時にはもう見失っちまった」
「そっか…… さっきの何の音だろうね。見てみる?」
――突如、後ろの改札のほうからシャッターが閉じるような音が響いた。
思わず振り返ると、改札を通った先にある非常用らしきシャッターが降りていた。
そのシャッターには、赤い文字が殴り書きで『あなたがだるまになれなくなればおわり』と書かれており、ホームの中の電気が一斉に灯った。
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明かりが点いたことによって、連の右足のなくなった部位が目に写った。
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人体模型の解剖図のような、あの気持ち悪い赤くピンク色の肉が目に移ってしまった。自分の身体は構造上、断面図は見えていなかったが、他人の身体を見て今の自分の右腕もこうなっているのだろうと納得してしまった。
それは連も同じだったようで、私の右腕を見て動揺しているようだった。
「達磨にならなくなれば終わりって……」
連は自分にいい聞かせるように呟いていた。私にも理解しかねる謎の文章だった。
「この薄汚い悪夢が終わりになんのか……? それとも俺の命が終わるってことなのか……!?」
「……落ち着いて。悪い方向に考えても仕方ないし、何か気になるものを探しましょう。電気が点いて新しく何かが見つけられるかもしれないじゃん」
「なんでお前ってこんな状況でポジティブでいられるんだよ…… わっけわかんねえ……」
「お姉さんは生きてきた年数が違うからね」
底に眠る恐怖心は見せないように努めているだけだった。せめて片方がまともでいないとならない。
「……ちっ。納得できるかそんなんで」
すこし不貞腐れたようにそう言ったが、いつもの調子を取り戻してはくれたようだった。
「さっき音がなったホームの方に行ってみよう。歩くのは手伝うからさ」
「まさかお前に貸しを作るときがくるとはな。こんな状況だ、贅沢は言ってられねえ。不本意だが頼むぜ」
連の肩を持ちながら、ゆっくりと二番ホームと書かれたほうに降りていく。
ホーム内は壁の塗料が剥がれていたり、コンクリートに罅が入っていたりと、老朽化がここでも感じられる。電灯が灯ったとはいえ、パカパカと不規則に点滅していた。
一番ホームのほうには電車が止まっていた。あの電車も気になるがそれよりも気になる点があった。
【目星ロール】
ホームにあるベンチに金髪の少女……が無表情で線路を見つめている。まるで人形のように見えてしまった。ゆっくりと近づいて声を掛けてみることにしよう。
「……こんばんは」
少女は私達のほうを見ると、全く表情を変えずに小さな声で言った。
「また来たのね」
「え?」
「あら、見間違えかしら。三日前に来た人間にそっくりだったから」
「三日前? あなたはいつからここにいるの?」
「物心ついたときからずっといたわ」
「ここはどこなの?」
「どこと聞かれても名称はないから、答えられないわ。強いて言うなら、あなたたちが生きるか死ぬかの境界線……と言ったところかしら」
彼女が普通の存在ではないのは言動からすぐに分かった。
「どうやったら生きて帰ることができるの?」
「…………」
少女は沈黙して考えているようだった。少しして口を開く。
「……さあ?」
「黙って聞いてればわかんないってどういうことだよ……!」
「少なくとも、わたしはここにいる間に生きて帰れた人を見たことがないから」
それは知りたくなかった情報だった。
「な……! なら、どれぐらいの人がここに来たんだよ?」
「忘れてしまったわ。あなたは虫の数をわざわざ数えていたりするの?」
少女はサラリとそう言った。
「じゃあ、だるまって何?」
「あなたはそんなことも分からないの?」
「事前説明があってここに来たわけじゃないからね」
「迷いこんできた人々も、説明されて来たわけではないと思うけれど。わたしだってそうだったからね」
「それじゃ、ちょっと別の質問をさせてもらうわ。あなたの名前は?」
「わたしの名前……アリス。そう呼んでくれて構わないわ」
「アリス。だるまについて詳しく教えて頂戴」
「正直、面倒くさいけれど。今まで来た人達とは違うタイプの人間みたいね。いいわ。達磨は達磨よ。あの赤いまるい達磨のこと」
「……それじゃ、私達の腕や足がどこかに消えたことはどうして?」
「あなたたちの腕と足…… ああ、さっき電車に入っていったアレ、あなたたちのモノだったのね」
「電車って?」
「このホームにはね。数十分ごとにアナウンスが流れるのよ。それと同時に一本の電車がホームに来て、アナウンスに流れた人の身体の一部を乗せてってしまうの」
「……なんの目的でだよ……」
「そんなことわたしが知っているとでも思って?」
「アリスちゃんがどこまで知っているのか分からないからね。知っている限りのことを教えてくれないかな? この世界についてだったり、この駅についてだったり」
「わたしもあなたたちと同じ境遇の人間よ。ただちょっと多くの犠牲者を見てきただけ」
「……そっか。アリスちゃんは外に出たいと思わないの?」
「わたしも外に希望を持っていた頃もあったわ。けれど、いまは無いわね」
「それはどうして?」
「あきらめたからよ。出られないものに希望を持ち続けるのも馬鹿らしいわ」
【心理学ロール】
彼女の冷たい瞳の中から、何を考えているのか、どうしてそう言っているのかはつかむことが出来なかった。
「あなたは身体の部位を失っていないようだけど、それはどうして?」
「何度も言わせないで、私が分かっているのはさっき言った通りよ」
「……私達は別の場所に行くけど、アリスちゃんはこのままここに座っている?」
「わたしが着いて行く義理はないでしょ。まあ、せいぜい足掻くことね。なにかおもしろいことが分かったら私のところにいらっしゃい」
そう言い終わると、アリスはうつろな瞳のまま線路のほうに目を向けてしまった。
「……別のホームのほうを探してみよう」
「……ああ、こいつと話していても、しょうがなさそうだしな」
一番ホームに着くと、アナウンスが流れてきた。
『一番ホームに停車中の電車は、当駅で車内点検のため、しばらくお待ち下さい』
止まっていた電車のほうを見ると、扉はすべて開いている。きっと中に入れということなのだろう。
連に確認を取りつつ、一番手前の先頭車両のほうから中に入っていく。
車両内は異臭で満ちていた。生肉が放置され腐ったような、耐え難い臭いだった。そして目前には信じがたい光景が広がっていた。四肢を全て失った人間の身体が山ほど積まれていた。その肉塊の山の前で、駅員の格好をした何かががさごそと蠢いていた。
その肉塊は、私達の存在に気づいたようで、ギョロリと目を見開きこちらを見つめた。
SAN -4 50/60
【アイデアロール】 連君 一時的狂気
「うわあああああっ!!!」
連は悲鳴のような叫び声をあげると、その場にうずくまってしまった。
その叫び声を聞いて、駅員……車掌? はこちらを振り返った。
――その顔は達磨の、満面の笑みだった。
SAN -7 43/60
【アイデアロール】 星田 一時的狂気(自殺癖、殺人癖)
「ひっ……!」
声にならない声が私の口から漏れていた。にんまりとしたあの達磨の顔が離れない。肉塊と達磨の顔に異様な興奮を覚えていた。
血が煮えたぎるような、あれをなんとかしないとならないという使命感にも似た感覚。車掌はこちらを見たあと、こちらに興味を失くしたようで先ほどまでと同じようにがさごそと肉塊を漁っている。
あいつらはいったい、なんな、んだ。あいつらを見ると煮えたぎるこの感覚はなんだ。
【アイデアロール】 成功
殺してやりたい。殺してやりたい殺してやりたい。これはきっと、そういう衝動。あの気持ち悪さ、こちらを睨む瞳、憎らしくて、不気味で、一秒でも同じ空間に居たくない。殺してやりたい。
【理性と対抗ロール】 失敗
今なら素手でだって、殺してやれる。そんな気がして、そちらに歩み寄っていく。
その時、不意に左腕を後ろから掴まれていた。
「星田……! 頼む……置いてかないでくれ……」
「…………」
【理性と対抗ロール】 成功
連のその異常な声音に、今のあいつらに対する衝動が薄れた。あいつらを見るだけで、どこかおかしくなりそうだった。あいつらを見ないようにし、連のほうに顔を向けた。連は今まで見せたことのないような、縋るような表情で私を見ていた。
「……どうした、の?」
「わからない…… ただ、今は一人にしないでくれ……」
ガタガタと震える顔で、異様な汗を垂らしながらそう言う連の姿はどこかおかしかった。掴まれた左腕を掴む手も震えている。
【幸運ロール】 失敗
「……ひとまず電車の外に出よう。引っ張るよ」
自分のうちに眠る衝動が、まだ脈を打っている。抑えないと、抑えないと、ここにいるよりは外だ。外に出ないとならない。
外に連を引っ張りだした直後、アナウンスが響いた。
『星田千穂の左足、真島連の左腕をお求めの方は当駅でお降りください。
繰り返します、星田千穂の左足、真島連の左腕をお求めの方は当駅でお降りください』
すると、二番ホームに電車が到着したようだった。同時に私の左足は宙へと浮かび、同じように連の左腕も宙に浮かびまっすぐその電車のほうに向かっていった。電車は私達の手足を飲み込むとすぐに扉がしまり、出発してしまった。
突然、右足の支えを失い、私は倒れこんでしまった。
それは連も同じだったようで、地面に倒れこんでいる。
SAN -1 42/60
どうするべきか。
【幸運】成功
【聞き耳ロール】成功
一番ホームの階段のほうから、足音が聞こえてきた。立ち上がるのは右半身の手足を失った私には厳しかった。視線だけでもとそちらに向ける。
そこには冷ややかにこちらを見下ろすアリスの姿があった。その小さな手は松葉杖を一組持っていた。
「無様な格好ね」
アリスはそう呟いていた。そのあと、松葉杖をこちらが取れる位置に置いた。
「アナウンスを聞いて、そろそろ必要だと思って持ってきたのだけれど、余計なお世話だったかしら。
……あら、あなたの目。よく見せて」
と言って、アリスは顔を近づけてきた。
SAN +2 44/60 一時的狂気解消
アリスの目を見つめていると、煮えたぎっていた衝動が薄れて消えていった。
「そろそろこの電車が出発するころよ。忘れ物がないようにお降りください、ふふっ」
冷笑を浮かべながら、彼女は去っていった。
彼女のおいて行った、松葉杖を使って、なんとか移動できるようになる。
二両目。車両を一つずらしたところに入っていく。そこには何もなく、誰もいなかった。
【目星】成功
小包を見つける。小包の中を確認してみると、鉄製のたわしが有った。それを持って、別の車両へと乗り込んでいく。
三両目。四肢がとれた肉塊が一つだけあった。しかし、まったく動く気配はないようだった。緑色のコートを羽織っており、コートの腕の部分はダランと垂れている。
【目星】 成功
コートのポケットからメモの切れ端を見つけた。
『だるまさんがころんだ。鬼は目を柱か壁に向け、だるまさんがころんだ。と唱えてから後ろを振り向く。その時に動いている人がいたのなら、まるまるさん捕まえたと宣言する。これをすべて捕まえるまで続ける。タッチされたら鬼はそのまま継続する。
にらめっこ。だるまさんだるまさん、にらめっこしましょう。笑うと負けよあっぷっぷという掛け声とともにお互いの顔を見る。掛け声通り笑ったほうが負け。』
読み終わると同時にアナウンスが流れた。
『車内点検終了のため、当車両はまもなく発車致します。
忘れ物のございませんよう、お気をつけください』
二両目に続くドアが開くと、さっき一両目にいた車掌が歩いてこちらに向かってきた。
そこにあった肉塊を持ち上げ、また一両目へと歩いて行った。
見つけたメモを連が取り、読んでいる。
「さっぱり分かんねえ……」
「やっぱりまだ探すしかないでしょ。アナウンスが流れたし、とりあえず外に行きましょう」
【目星】
一番ホーム内、中央に売店が見つかる。レジが置いてあるところに、達磨がいる。そして口を開けて、引換券を置けと書かれていた。
お店の中には、左目の書かれていない達磨と、習字セットの抱合せ販売が行われている。その数は二つだった。
【目星】
売店の奥にあるポスターには、抱合せ販売について書かれていた。
『だるまは完成者に従順。一人いっこ是非どうぞ』
売店を出ると、連はトイレといって、一番ホームの奥のトイレの方へ行ってしまった。
連が戻ってくると、改札のほうへ戻り探索をする。
【目星】
見渡すと、駅員室の存在が目につく。
【目星】 クリティカル
駅員室の中は至って普通。駅員の格好をした達磨が5個置かれている。
一体の達磨の下に、メモが挟まっているのを見つけた。
『天国は地獄。地獄は天国。
夢は現、現は夢。夢が現になるかはあなた次第。現が夢になるかはあの方次第』
机の上に大雑把な時刻表が描かれている。
奥には用具室がある。用具室の中はめちゃくちゃに荒らされているかのように汚かった。
乱雑に松葉杖があったり、車いすが二つ置いてあった。どうやらホームに散らばっていた松葉杖はここにあったものだろう。
二番ホームへ。
【目星】
ベンチにはアリスが座っているが、その奥のほう。二番ホーム中央に顔が描かれていないとても大きな達磨の姿があった。その奥には大きな扉があるようだった。
【アイデア】 失敗
【目星】成功
金属製であり、取ってが二つある。観音開きのように開くタイプの扉だった。
【聞き耳】
中から物音はしなかった。開くかどうか半信半疑のまま引いてみると開いた。中は真っ暗で、何も見えないようだった。明かりになりそうな電球はないかと思い、駅員室に戻ってみてみると、天井から垂れ下がっている小さめの蛍光灯が取り外せそうだった。
連を踏み台にし、それを取り外すと電気は点いたままだった。
それを持って、あの暗闇の中に入っていく。
すると、奇妙なまでに太い柱が見える。それに縄が螺旋状に巻かれている。
【目星】
湿気った木で出来ている柱で、少し腐っているような汚臭もあるようだった。
それを無視して、奥に進んでいこうとすると
【幸運】
前を歩いていた連が急に「イテッ!」と声あてて、止まってしまった。
「どうしたの?」
「なにかにぶつかったんだよ、なんだよこれ」
何にぶつかったのかと、明かりを前のほうにやってみてみるが、何もないようだった。
しかし、手を前のほうにやってみると、そこには見えない壁のようなものが存在しているようで、これ以上奥に進むことは叶いそうになかった。
その壁の延長線上に、小さな戸棚がおかれているのを見つけた。
戸棚の中には、小さな達磨が十個ぐらい入っている。ゴロゴロと転がって出てきたと思ったが、その瞳は戸棚を開けた私の瞳を全てが捉えていた。
-1 43/60
後ろのほうからやってきた連が覗きこみ、気持ちわるっ! と声を荒らげて叫んでいた。
【目星】 成功
その達磨をどけてみてみると、殴り書きで戸棚の横に『あそびましょ』と書かれていた。
二番ホームに戻り、大きな達磨についてもう一度深く観察すると、連が何か見つけたようだった。
「おい星田…… 達磨の後ろにこれ」
と何かを指さしている。
そこには、赤い文字で 『あそびましょ』 と書かれている。
星田はそこで思案をし、連に提案をする。
「連君、だるまさんににらめっこでもしてきてみて」
「お前、大丈夫か? 頭でも打ったか? 元からか?」
「遊びましょって書かれているし、遊び方も丁寧に書かれていたし、物は試しということで、頼んだわよ」
「俺が、こいつとか? 達磨とか?」
「わけがわからないことに巻き込まれている以上、わけわからないことするしかないでしょう」
「チッ」
舌打ちをしつつも、連は達磨の正面にたって、にらめっこの文章を唱えた。
「にらめっこしましょ、笑うと負けよ。あっぷっぷ」
しかし、何も起きなかった。
「……なあ、何も起きないんだが」
「そういうときもあるって。今度はだるまさんが転んだをやってもらうよ」
金属製の扉の暗闇の中に入り、戸棚にあった達磨を取り出して、見えない壁のほうに並べ、柱のほうを向きつつ、だるまさんが転んだをやらせる。
グダグダと文句は垂れるが、連は実行した。
「だるまさんがころんだ」
すると、連君が唱えている間、達磨は自分のほうから連のほうへと動いていたのだ。
-1 42/60
1D3 3
三匹の達磨が振り返っても動いたままだった。
連はすかさず「そいつ、お前と、あいつみーつけた」
と言って、指差した。
そうすると、その達磨はコテンと地面に倒れてしまった。
「おい、星田…… こいつら動いてたよな?」
「よく臨機応変に捕まえられたと思うよ。さっすがだね連君、ぱちぱち」
「お前…… おちょくってんのか? まあいい、次だ次」
「だるまさんがこーろんだ」
とまた連がいいつつ、振り返る。
1D3 3
同じように三匹の達磨が動いていたのでそれを指摘する。
そうすると、さっきのようにまた倒れこんでいった。
1D5 3
三回目も、三匹が動いていたので残るは一匹となった。
最後に一匹も次には成功し、全ての達磨を捕まえることができた。
するとどうだろう。倒れていた全ての達磨が一瞬で消えてしまった。
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「なんだったんだ……」
といいつつ連は達磨のいた空間を見つめていた。
「驚いたけど、ああやって遊んであげるしかないんじゃない?」
「で、俺達はこれからどうするんだ? 出られるってことではないみたいじゃないか」
「あの大きい達磨に対しても、だるまさんがころんだをやってみよう」
今度は星田がやってみる。金属製の扉に顔を向けつつ、だるまさんがころんだを宣言して、振り返ってみる。
金属製の扉をあけ、柱を起点にしてだるまさんがころんだを宣言してみる。
それでもだるまさんが動く様子はないようだった。
駅員室のほうに移動をし、5体いた達磨に対してにらめっこをしてみるが、変化はないようだった。
では駅員室内で、だるまさんがころんだを宣言してみる。
達磨が動く様子はないようだった。
一体どういう条件なら先ほどのような変化があるのか。
思案する。
【アイデアロール】 成功
あることを考えた。達磨が消えたことによって、何か変化があったのではないだろうか。
周囲を探索をしてみることにしよう。
一番ホームの売店のほうへ移動してみる。
【目星】
トイレのほうへいって、探索。
【目星】 クリティカル
綺麗な便器や、トイレ掃除もちゃんとされているようであり、用具室も綺麗なままだった。二番ホーム内を再度探索してみる。ベンチにはアリスが座ったままだった。こちらを見向きもしない。のっぺらぼうの達磨がそこにいるだけだった。
改札周辺での探索をしてみるが、シャッターは閉じたままであり、奇妙な文字もそのままだった。松葉杖が大量に転がっている。
用具室のほうへ行ってみて、探索をしてみる。
やはり変化はないようだった。
『星田千穂の右足、真島連の左足をお求めの方は当駅でお降りください。
繰り返します。星田千穂の右足、真島連の左足をお求めの方は当駅でお降りください』
あのアナウンスが響くと同時に、私の視界は揺らいでいた。
地面がいつもより近く見える。やはり、両足を失ってしまったのだろう。
空中をフワフワと浮かんで、二番ホームのほうへ足は飛んでいってしまう。
そしてまた電車は外へ行ってしまった。
SAN -1 41/60
幸い、近くにあった車いすに乗り、それを使って移動していく。
売店のほうにエレベーターを利用して、降りていく。
達磨の抱き合わせ販売を持っていけないかと試したが出来なかった。
「なんだこいつ。おもすぎるぞ!」
聞き耳ロール
一番ホームのエレベーターの音が聞こえた。誰かが上からやってきたようだ。
金髪の少女、アリスだった。
「二人そろって醜い姿になってしまったのね」
「残念なことにね」
「いいことを教えてあげるわ。あなたたちの残機はもうないのよ」
「……どういう意味?」
「あなたたちはまだ頭があるでしょう。最後の時までせいぜいあがくことね。
それと、変化は以外と身近にあるものよ」
といって、アリスは去っていく。
「身近ってなんだよ……」
「お互いの身体に変化……とか?」
【目星】
「特になんも変わってねえよ…… 手足が欠けていること以外な」
「まあ、そうだよね」
暗闇の戸棚のほうに行ってみて、戸棚の中を見てみる。
勿論達磨は入っておらず、横に書いてあった文字が消えていた。
連 目星 クリティカル
「なあ星田、この壁消えてないか?」
そういって、見えない壁があった場所に手を当ててみるが、確かになくなっているようだった。
電灯を持って奥に進んでいく。
一枚の紙切れが落ちているのを見つけた。
そこに赤い文字で『引換券』と書かれていた。それを持って、売店へと向かう。
売店の達磨の中に引換券を起き、抱き合わせ販売の達磨を掴む。
さっきまでは持てなかった達磨が、今では楽に掴むことができるようだった。
その場で、左目を墨で塗り、達磨を完成させた。
すると、その達磨はひとりでにぴょんと跳ねて動き出してしまった。
「な、なんだこいつ。動き出したぞ!」
連は動揺しているようだった。
その動き出しただるまにむかってにらめっこを宣言。
しかし何も起こらないようだった。
二番ホームのほうに移動する。
でっかい達磨の前でにらめっこをして、わざと負けてみても何も起こらない。
駅員室にいる達磨を運ぶ。だるまさんがころんだをしてみても何も起こらない。
アナウンス
『二番ホームに四時に到着する電車ですが、前の駅で人身事故が起こったため、到着が20分ほど遅れます』
アリスがやってくる。
「あなた面白いことやっているのね」
「怪異なんてめったに体験できることじゃなくてね。わけがわからなくなってきたわよ」
「あなたがしたいのはにらめっこでしょう?
にらめっこは顔が二つあって、初めて成立ものでしょう?」
「ならこいつに顔を描けって言いたいの?」
「それくらいは自分で考えなさい」
そう言うと彼女は去っていった。
習字セットの残りを使い、達磨に顔を描こうとする。しかし、今の自分の身長では顔を描くことは叶いそうになかった。連を踏み台にしたところで、届くわけもなさそうだった。
あたりを見回しても、踏み台になりそうなものは何もなかった。
連がボソっとつぶやく。
「高いところに手を伸ばすためには、踏み台を使うよな……
踏み台を使わなくとも、高いところにいけるものはないか? 長いものとか」
トイレにあるモップに墨をつけ、自分の近くにいる達磨みたいな顔を描く。
不格好だが、だるまのような顔を描くことはできた。
にらめっこを宣言する。しかし変化は起こらないようだった。
にらめっこをし、こっちが笑ってあげる。
顔を笑顔に書き換える。
そしてにらめっこを宣言。
すると、達磨の頭がわれ、中からギロチンが出てくるようだった。
外からギロチンは起動できないようだった。刃は錆び付いているようだった。
ギロチンをおろして、鉄たわしで磨いてあげよう。サビが取れて綺麗になった。
思案する。
そして思いついたように、ギロチンに首を突っ込んだ。
「星田お前…… 死ぬ気か?」
「もとより生きてるかも分からないじゃない。ならクビを落として達磨になってみるほうが、このゲームの中ではあってるように思えたのよ」
「……分かった。俺はお前を止めようとは思わない」
外からスイッチを起動させる必要があるようだ。達磨に命じてみる。
すると達磨はスイッチを押した。ギロチンが落ちてくる。
サビは取れていて、首が転げ落ちる感覚を味わうことなく、私は意識を失った。
気づくと私は、真っ暗な空間に一人立っていた。
体はいつの間にか五体満足になっている。
目の前、左右には1つずつ扉があるようだった。
目の前にあるのは神秘的な豪華な扉だった。模様があるが、なんの模様かは分からなかった。
左は光が漏れている扉、右は闇が漏れているかのような扉だった。
後ろから ウオッ という甲高い声が聞こえる。
連が来たようだった。では連にあの扉がなにか分かるかを訪ねてみる。
「星田、お前生きてたのか。ってあの扉?ああ、知ってるぜ。なんだっけな。この前バイト帰りに中華店の模様のアレだろ……?」
その口調から察するに知ってはいないようだった。
「ただ、あの扉からとても嫌な予感を感じるんだ……」
連の後ろのほうからさらに声が聴こえる。
「驚いたわ。こんなところにまで来られたのはあなたたちが初めてよ」
「アリス……この扉はなに?」
「さあ。ただ、この扉のうちの幾つかは、私達がいた世界につながっているでしょうね」
真ん中の扉を選ぶ。
「あの扉はアジアの国で、神様を奉る部屋を意味する模様だったはずよ」
気が付くと、アリスの目の前は螺旋状に上へと向かう階段が一つ出ていた。
「あなたたちにはとても感謝しているのよ。これで迷い込んできた人々を案内できるわ」
といって、アリスは階段を登って行ってしまった。
「そうそう、これはお礼よ」
といってアリスは階段から、一枚のお札をくれたようだった。
それを胸ポケットにしまって真ん中にある部屋を行こうとするが、
あのメモの内容を思い出す。
『天国は地獄。地獄は天国。
夢は現、現は夢。夢が現になるかはあなた次第。現が夢になるかはあの方次第』
何か不気味な咀嚼音と悲鳴が聞こえてくる。
そこで止めて光の扉を選択する。
気が付くと、私はホテルの一室にいた。
ふと立ち上がろうとするが、それは叶わなかった。
私の手足はさっきの夢と同じように左手一本しか残っていなかった。
あの時にはなかったが、次第に痛みが強くなってきている。
ベッドのシーツには血が滲んでいく。
痛みに耐えかねて、叫び声をだそうとするが、あまりの痛みに声がかすれてしまった。
その時、私の胸ポケットの御札が光り始めた。
その輝きは次第に強くなっていき、私の視界を、この部屋全てを包み込んだ。
そうすると、ふいに私の意識は途切れてしまった。
気が付くと、私はまたあの扉の空間に戻ってきていた。扉に入る前の状態に戻っている。
立ったままだ。
連が心配そうに私の顔を覗きこんでいる。
手足は……あった。先ほどの感覚を思い出す。あの痛み。
「大丈夫か? 急に顔色を悪くしてどうしたんだ?」
「……なんでもない。ちょっとミスしただけよ、きっと」
「ミス?まあいい。とっととこの薄気味悪い部屋から出るぞ」
「そうだね。それじゃあ、今度は闇の扉のほうにしよう。きっとあのメモはそういうことなんだと思う」
「俺にはよくわからないが、お前について行くよ」
そうして、私達は闇の扉のほうへと入っていった。
気が付くと、私はベッドに横たわっていた。昨日泊まっていたあのホテルだろうか。
部屋は暗いままで、窓から光は差していない。しかし、窓の外には星が輝いているのが見えた。
私はベッドから起き上がろうと、両手に力を入れてゆっくりと立ち上がる。
しっかりと両手足が揃っていた。自分の足をゆっくりとカーペットの上に乗せる。
痛みもない。しっかりと床を踏む感覚だけが私の脳に届いていた。
私は無事に帰ってこれた……のだろう。
ほっと一息を吐いたところで、鞄から聞き慣れた音楽が流れてきた。
私の携帯電話の着信音だ。電源のつかなかった携帯も今では機能しているらしい。
ようやくここは現実なのだと実感できてきた。
携帯画面に表示されている電話番号には見覚えがなかった。
嫌な感じがしなくもなかったが、電話に出ることにした。
「おい星田! 無事か!?」
「ああ、連君か。無事だよ、五体満足さ」
「さあ、俺にはわかんねえ。ただ、しばらく達磨は見たくねえな……」
「それは私もだよ。ハッハッハ」
連が弱音を吐いていたので笑ってやることにした。
「そうか、それじゃあな。無事が確認できたならよかったよ。あ、ちなみに番号は店長から教えてもらったんだ。非常時ってことで堪忍な。じゃ、またな……」
「ちょっとまったー。貰ったって達磨はそっちにあるのかい?」
「ん……? 見たくねえけどな。あるみたいだ。ちょっとまってくれ今開けるから」
ビニール袋の擦れる音と、箱を開く音が聞こえる。
「ってあれ、この達磨笑ってたっけか……」
「こっちも確認するよ」
といって、部屋の隅のほうに置いてある達磨の中を確認する。
私が貰った達磨も笑っているようだった。
「私の達磨も笑っているよ。やっぱりこの達磨が原因だったみたいだね。
でもまあ、笑ってるってことは良い結果……なのかな」
「ま、そういうことにしとくか。そんだけか?」
「そうだねえ。ゆっくり休もう、お互いにね」
「ああ、そうするよ…… そんじゃあな」
「じゃあね、今度あったら料金安くしてくれると嬉しいなあ」
「それはできねーよ! じゃあな」
電話を置く。連も無事だったようだ。
こうして奇妙な体験をした私は、ありふれた日常に戻ってきていた。
あの出来事は一体なんだったのか、それは結局分からないままだった。
世界には怪異が溢れている。今回私が体験したことも、きっとその断片に過ぎないのだろう。
了。
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クトゥルフ神話TRPGのリプレイです。
初プレイ。プレイ中にタイピングしたものをそのまま。
シナリオ元はこちら
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