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WakeUp,Girls! ~ラフカットジュエル~01

WakeUp,Girls!に興味を惹かれて全部見たのですが、どうにも描写不足が多くて物足りなくて……なので基本ストーリーはそのままにして自分なりに足したり引いたりしてみました。この作品の二次創作小説は皆無に等しいので、まあ賑やかしだと思ってご容赦ください。劇場版編の後はTVシリーズ編へと続けるつもりです。少しでも興味を持たれた方は是非原作をご覧になっていただきたいものです。とても魅力的な彼女たちを少しでも多くの方々に知っていただければと思います。

2014-04-05 18:14:52 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:579   閲覧ユーザー数:579

 

「 誰かを幸せにするということ、それには3つのタイプがあると思う。1つは世の中の多くの人を幸せに出来る人。もう1つは自分の周りの身近な人を幸せに出来る人。それと、自分を幸せに出来る人」

 

 自分は結局多くの人も身の周りの人も幸せには出来なかった。何が悪かったのか。やはり自分が悪かったか。ならばあの時、自分はいったいどうすればよかったのか。どうすれば皆を悲しませずに済んだのか。自分はただ単に途中で投げ出し逃げ出しただけなのだろうか。自分はこれからどうすればいいのか。そんな、いつ出るともわからない答えを探し求めて、少女はたった一人でもがき悩み苦しみ続けていた。

 誰かに導いて欲しかった。誰かに支えて欲しかった。それでいいんだよ、おまえは間違っていないよ、そう言ってもらいたかった。

 誰にも頼れない。それはわずか15歳の少女にとって、あまりにも辛く苦しい。だが、それでも少女は答えを探し続けていた。いつかきっと暗闇から一筋の光が射すことを信じて。

 

 グリーンリーヴス・エンタテインメントは仙台を拠点とする芸能事務所だ。かつては多くの所属タレントとスタッフを抱えていたが、今では所属タレントはサファイア麗子ただ1人。スタッフは社長の丹下順子とマネージャーの松田耕平しかいない。

 その日はサファイア麗子が仕事のオフ日であったこともあり、松田は事務所でソファに座ってボーッとテレビのワイドショー番組を見ていた。

 番組のコーナーはやがて芸能ニュースへと変わり、トップニュースとしてそこに映されたのは昨日行われた今をときめくI-1クラブのライブの模様だった。

 I-1クラブ。白木徹という男が1から築き上げた国民的アイドルグループ。第1軍のI-1、第2軍のI-2、第3軍のI-3から成り、その総勢は軽く200人を越える巨大なアイドルグループだ。

 随時入れ替わりがあり、今なお毎月メンバーが加入する一方でクビを言い渡され退団を余儀なくされるメンバーもまた多い。グループ内での生存競争の激しさは過酷という言葉以外に的確な表現が見当たらない。 

 今やテレビでもラジオでも新聞・雑誌でもI-1の名を聞かない日は無い。新曲をリリースすれば瞬くうちにミリオンセラー。メンバーを表紙やグラビアページに起用すればその雑誌は飛ぶように売れる。今現在日本の芸能界はI-1クラブを中心に廻っているといっても過言ではなかった。

 I-1の成功に触発されて雨後の筍のように多くのアイドルグループが結成されたが、そのほとんどが全く歯が立たず、消え去るか地方でローカルアイドルとして細々と生き残っているかになってしまっていた。

 松田は特にI-1のファンというわけではなかったが、同じ世界で生きる者のはしくれとして決して全くの無関心でもなかった。

 松田がニュースに見入っているとソファの後ろにある社長のデスクで携帯電話が鳴り、丹下社長が電話をとった。

「はあ!? 明日から来れない!?」

 誰からの電話か分らなかったが、社長のその第一声で誰からなのか松田にはすぐ分った。間違いなくサファイア麗子からだ。そう確信した。

「裏切るっての!? ここまで売れたのは誰のおかげだと思ってんのよ!!」

「もういい! 聞きたくない!!」

「どこへでも行け!! このアバズレ!!」

 激しい怒声とともにデスクに投げつけられた携帯電話は灰皿をひっくり返し、タバコの吸殻と灰が社長のデスクの上一面に散らばった。

「辞めるんすか? サファイア麗子さん」

 松田は一応確認のためにそう尋ねてみた。もう半ば答えはわかりきっていたが、一応念のため確認のためだ。

「こっちがクビにしたのよ!」

 怒りの収まらない社長はデスクの上にある飲みかけのビールを一気に飲み干し、その缶をデスクに勢い良く叩きつけた。誰がどう考えてもタレントの方から見切りをつけられたのは明らかだが、それを認めないのは社長のせめてもの意地だ。

「まったく、どいつもこいつも東京、東京。あんな醜い街に行って稼げると思ってるんだから笑っちゃうわ! 現実を思い知って、身体売って生活すりゃあいいのよ!!」

 そう言うやいなや社長は赤マジックを手にして立ち上がると、壁に貼ってある所属タレントの写真に向かって歩み寄った。どれもこれも赤マジックでバツマークが付けられている。つまりもうこの事務所には所属していないという意味だ。

 社長は唯一何も記されていなかったサファイア麗子の写真に大きくバツマークを付けた。この瞬間グリーンリーヴス・エンタテインメントは所属タレントがゼロになった。それはもはや芸能事務所とは呼べない。松田は大きく溜息をついた。

「どうするんですか、これから」

 芸能事務所が売る商品はタレントだ。所属タレントがいない、つまり売る商品が無い店など有り得ない。このままでは収入がゼロになり事務所は解散・廃業だし、そうなれば自分は無職となり路頭に迷ってしまう。この事務所に入社して1年と3ヶ月。ずっと音楽に携わってきて他の仕事などしたことがない松田にとっては本気で死活問題だった。音楽業界自体が不況である今のこのご時勢で音楽関連の仕事などそう簡単に見つかるわけがない。松田はできれば音楽に少しでも関わった仕事をしていたかった。

「どうするもこうするも無いわ。次を探すしかないわよ」

 社長は間髪入れずに答えた。その一言で松田は少し気が楽になった。少なくとも社長はまだ事務所を続けるつもりでいるとわかったからだ。それならば今すぐ無職にはならないだろう。

「次って言っても。誰かアテでもあるんですか?」

 松田はそう尋ねたが、社長は答えなかった。もちろんアテなどあるはずないのは松田にもわかっている。あればとっくに事務所に入れているはずだ。

 さてどうしたものか……思案に暮れる社長の目に、テレビに映ったI-1クラブの映像が飛び込んだ。

「これって……I-1よね?」

 社長はツカツカとテレビに歩み寄ると、食い入るように画面を見つめた。

「いいっすよね、I-1クラブ。今や日本を代表するアイドルどころか、日本の芸能界を支える稼ぎ頭でしょう? エンタメも不況ってこのご時勢で1人勝ちじゃないっすか」

 松田はコーヒーを入れるために席を立った。社長は松田の言葉には全く反応せず、テレビを見つめたまま微動だにしなかった。

「出すシングルは全部ミリオンセラー、専用劇場の前はキャンセル待ちで長蛇の列。こんだけ売れたら白木社長のとこには印税幾ら入ってるんすかね?」

 松田は心の底から羨ましい気分でそう言った。自分も一度でいいからそんな身分になってみたいと思った。

「匂うわね」

「はぁ?」

「プンップン匂う」

「あれ? 社長、コーヒーダメでしたっけ?」

 松田は社長が何を言っているのか理解出来ず、的外れな受け答えをしてしまった。所長はコーヒーの話などしていなかった。

「何を言ってるのアンタは。これよ、これ。お金の匂いがプンプンするじゃない」

 社長はそう言ってテレビに映っているI-1クラブを指差した。

「これって……I-1がどうかしたんですか?」

 社長は上手く会話が成立しない苛立たしさを露骨に表情に表した。

「ったくアンタは相変わらずニブいわね! アイドルよ、アイドルを育てて一発当てるのよ!!」

「はぁ?」

 また始まった、と松田は思った。この人はいつもこうなのだ。思いつきで周囲を振り回す。その独断専行的なやり方にタレントたちが付いていけなくなって次々辞めていったのに、当の本人はそれに全く気づいていないのだ。

「前々から考えてはいたのよ。アイドルグループを育てて売り出そうってのは。色々あって実行には移せなかったけど、こうなったらもうそれしかないわ。松田、やるわよ! 今からアイドルを開発するの! これは絶対上手くいく。アイドルブームだし、間違いないわ。これで一発当てて大儲け、借金も完済よ!」

 勘弁してくれよ、と松田は心の中でつぶやいたが、社長が怖くて口には出せなかった。やっぱり別の仕事探したほうがいいかもしれない……と思った。

「社長、狙いはわかりますけど、I-1の成功を見て真似して幾つもアイドルグループが生まれたけど、生き残ってるのなんてほとんど無いって社長も知ってるでしょ? ましてや東京とかの大都市ならともかく仙台みたいな地方では無理っすよ。いくらなんでも無茶ですって」

「ウダウダ言ってんじゃないわよ!」

 社長は反対を唱える松田の両肩を力任せに掴み前後に揺さぶった。

「 危ぶめば道はなし! アンタ男でしょ? 仙台の出身でしょ? 伊達藩士の名が廃るわよ!!」

 そう言って睨みつける社長の顔は鬼気迫るものがあり、松田は一方的に圧倒されるばかりだった。

「いや、俺、別に武士じゃないし」

「いいから、やるっつったらやる! とっとと美少女捕まえてらっしゃい、このクソムシ!!」

「ク……クソムシって」

「あぁ? なんか文句あんの? 誰がアンタをこの事務所に拾ってやったと思ってんのよ!!」

 迫力に圧倒された上に痛いところを突かれた松田は、もうそれ以上何も言い返すことが出来なかった。それを言われたらもう松田は社長に逆らえない。

「いや、でも、こういうのは雑誌とかにオーディションの告知とか載せる方が安心感があるっつーか、ウチみたいな無名の事務所がアイドルにならない? なんてスカウトしても無理ですって」

「告知広告は出すわよ。でも足で探してスカウトするのは芸能事務所の基本中の基本よ。いいからさっさと探しに行ってらっしゃい」

「い、今からっすか?」

「そうよ。金の卵、いや金になるコを探してくるの!! 見つかるまで事務所の敷居は跨がせないわよ!!」

「ここ、和室じゃないから敷居なんて無いじゃないすか」

「つべこべ言わず、さっさと行けー!!!」

 社長に蹴り飛ばされた松田は、ほうほうの体で事務所を飛び出した。飲もうと思って淹れたコーヒーもそのままに

「またこれだもんなぁ。ホント、あの人っていっつもこうだ。思いつきでテキトーで強引なんだ。だからタレントもスタッフも逃げ出しちまうんだよ」

 松田は街のベンチに腰掛けながら一人愚痴をこぼした。

「やっぱ、そろそろ俺も辞めた方がいいかなぁ」

 だが丹下社長には多少なりとも恩がある。それを考えるとやはり簡単に辞めることは出来ない、松田はそうも思っていた。文句は山ほどあるけれど、少なくともその恩を返してからでないと自分からは辞められない。

「仕方ない。とにかく手当たり次第声をかけまくってみるか」

 愚痴ってばかりいても始まらない。社長は一度言い出したらきかないことを松田はよく知っていた。こうなった以上とりあえず一人でもいいからめぼしい女の子をスカウトしなければ、冗談抜きで事務所に出入り出来なくなってしまいかねない。それはそれで困る。松田は重い腰を上げた。

 だが現実は甘くはなかった。何人も何人も声をかけてみたが、ただの1人として真剣に話を聞いてくれる女の子はいなかった。

 最初に声をかけたのは3人組の女子高校生だった。3人とも清楚で純情そうで可愛らしい、だが普通の女子高校生だった。松田も特にそのコ達に何か光るものを感じたわけではなく、ただ単にその時目の前にいたから声をかけたに過ぎない。

「あのさぁ、ちょっといいかな?」

「?」

 知らない男から突然声をかけられた彼女たちは、あからさまに警戒した表情をしていた。

「キミたち、アイドルにならない? 僕さぁ、芸能事務所のマネージャーで松田っていうんだけど……」

 そう言って名刺を取り出そうとすると、3人は慌てて逃げだしてしまった。

「だよね……」

 無名の弱小事務所のマネージャーにアイドルにならないかと突然誘われるなんて、客観的に考えて怪しいにも程が有る。今時そんな胡散臭い話にホイホイ乗ってくる女の子はそうそういないだろう。その後も展開は同じで、誰もが判で押したようにロクに話も聞かないうちに逃げてしまった。

 それでも松田は次の日も、その次の日も、そのまた次の日も、毎日毎日あちこち出向いては女の子をスカウトし続けた。

 風俗店で働くコだと気づかず声をかけてしまい、ライバル店の引き抜きだと勘違いされて怖いお兄さんに追いかけられたこともある。食事を摂るために入った食堂で働いている女の子に声をかけたこともある。黙って逃げられるなどマシな方で、なじられたり捨て台詞を吐かれたりすることも珍しくはなかった。だが何日かけても何人の女の子に声をかけても何一つ成果は無かった。

「だからウチみたいな無名の事務所がいきなりアイドルをスカウトするなんて無理なんだよ」

 松田はだんだんと腹が立ってきた。もとより社長の思いつきの無理難題なのだ。金の卵なんてそこらに簡単に転がっているわけがない。それなのに見つけてくるまで事務所の敷居を跨がせないだなんて理不尽が過ぎるではないか。

「社長のバカヤロー!!!」

 周囲に大勢の人がいるにもかかわらず松田は思わずそう叫んでしまった。一斉に自分に向けられた視線に気づいた松田は我に帰り、慌てて走ってその場を去った。このままではいずれ不審者として誰かに通報されてしまうかもしれないと思いながら。

スカウトが上手くいかず心が折れそうな松田は食事を摂ることに決めた。腹が減っては戦は出来ぬと昔から言うではないか、メシ食って気持ちを切り替えてまた頑張ろう、そもそもこのまま続けていたら本当に心が折れてしまう。ここは休憩するのが得策だ、そう自分に言い訳し言いきかせた。

 入ったラーメン屋でカウンター席に座り頼んだラーメンを待っている間、手持ち無沙汰だった松田は何の気なしに店内に置いてあった地元仙台のタウン情報誌を手に取った。

 それはS-Styleという名のタウン誌で、松田でも知っているくらいに仙台ではかなりの発行部数を誇っている情報誌だった。

(今回の表紙のコ、なかなか可愛いじゃん。こんなコがスカウトに応じてウチに入ってくれたら社長も文句無いだろうけどなぁ)

 松田は何か面白い記事はないかとパラパラとページをめくっていったが、その手が途中でピタリと止まった。

(おっ、社長、どこに載せるのかと思ったらS-Styleにオーディションの告知載せたんだ)

 それはグリーンリーヴスが開催するアイドル・オーディションの告知だった。社長は告知広告も出すと言っていたが、それがようやく実現したというわけだ。その広告は1ページまるまる使って「君こそスターだ!!」「大型アイドルユニットオーディション開催」とデカデカと謳っていた。

(これで少しはスカウトもやりやすくなるかな。コレを見せれば女の子も少しは俺のこと信用してくれるだろ)

 S-Styleは地元では名の通った情報誌だ。当然そこに掲載されている情報や広告や告知に対する信頼度は高いと読者から評価されている。ならば女の子の警戒心もかなり和らぐだろうことは想像に難くない。名も無い芸能事務所の名刺だけで声をかけるのとは雲泥の差だろう。

 そうとわかったからにはスカウトの仕方を変えるとしよう。松田は再びヤル気が湧いてきたのを感じた。ラーメン食ったらまたスカウト再開だ、さて次はどこに行こうか……などと考えていたら頼んだラーメンが運ばれてきた。

「ん?」

 松田の目はラーメンを運んできた女の子に釘付けになった。年齢は高校生ぐらい、16から18歳くらいか。女の子としてはそこそこ背が高くスタイルも良く胸も大きい。ビジュアル面でもなかなか可愛い。

(これ、イケルかも)

 松田は躊躇することなく思い切って声をかけてみることにした。幸い店主は厨房の中にいるので店内には松田と彼女の2人きりだった。

「あ、あの」

「はい?」

 松田に声をかけられた少女は、何か追加ですか? と言った。

「いや、そうじゃなくて……あのさ、キミ、アイドルに興味ない?」

「はぁ? アイドルですか?」

 途端に彼女の表情が警戒心を露わにした。今までと同じパターンだ。だが今までとは違って今の松田には武器が1つ増えている。

「実は俺、このアイドルオーディションを主催している事務所の人間なんだ」

 松田はそう言ってS-Styleのオーディション告知ページを開いて彼女に見せた。彼女は警戒の色を隠しはしなかったが、見せられたページを開いたまま雑誌を手に取り、しげしげと眺めた。

「もしよかったらなんだけど、このオーディションを受けてみない?」

「アイドル? オーディション? 私が? 冗談でしょう? 私がアイドルになんかなれるわけないじゃないですか。それよりお客さん、ラーメンのびちゃいますよ?」

「あ、ああ、ごめん」

 松田がラーメンを食べている間、少女はずっとSーStyleを手にしたまま告知ページを見ていた。これはもしかしたら脈アリかもしれないと思った松田はラーメンを食べながら話を続けた。

「とりあえずさ、受けるだけでも受けてみない? キミ、良い線いってると思うんだ。可愛いしスタイル良いし」

 ウソではないが我ながら歯の浮くような調子の良いことを言っているなとは思ったが、今はとにかく彼女をその気にさせるのが先決だった。とにかく褒めてその気にさせなければその先には進めない。

「そんなこと言って、私を騙したって何も良いことないですよ? バイトしてるくらいだからお金なんて無いですから。だいたいお客さん、ホントにこの事務所の人なの?」

「ホントだって。これ、俺の名刺」

 松田は懐から名刺入れを取り出し、彼女に名刺を手渡した。

「あ、ホントだ。聞いたことない事務所だけど」

 彼女は名刺を受け取り、名前と事務所名を見てから名刺を裏返したり光に透かしてみたりした。

「そりゃぁ、まぁ、ウチは無名と言ってもいい弱小だけどさ……」

 さすがに今は所属タレントゼロですとまではバカ正直に言えなかった。言ったらきっとその時点でアウトだ。

「でも、これはウチの事務所が本気で社運を賭けてるプロジェクトなんだ。仙台から全国へ。I-1に続け! ってね」

 I-1に続けとは我ながら大きく出たものだと松田は思ったが、社運を賭けてるのは間違いないのだからウソは言っていない。このアイドルオーデションが空振ったら本気で事務所解散の危機なのだから。

 その危機感が意外にも説得力に繋がっていることに松田自身は気がついていなかったが、話をしていくうちに少なくとも彼女の表情からは当初の警戒感が徐々に消えていった。

「ふーん……アイドルとか考えたこともなかったけど……まあ考えておきます。気が向いたら受けてみようかな」

 彼女はそう言って笑った。それは断りの常套句だが、告知ページを見ていた彼女の真剣な表情を見ると全く脈が無いようでもなさそうだった。松田はもう一押しだけしようと思った。

「じゃあ、名前だけでも教えてもらってもいいかな? 社長に有望なコが居たって報告だけしておきたいんだ」

 有望なコ。そう言われて悪い気はしなかったのだろう。彼女はスンナリと名前を教えてくれた。

「私、菊間夏夜っていいます。でもホントに気が向いたら、ですよ? 約束は出来ませんから」

「それでもいいよ。とにかく気が向いたらでいいから受けるだけ受けてみてよ。キミならイケルと思うから」

「お客さん、口が上手いですね。ホントに芸能事務所の人って感じ」

「いやいや、ホントに芸能事務所の人間だから」

「あ、そうでしたね」

 そう言って笑う彼女の表情からはもうすっかり警戒の色は消えていた。少なくとも騙そうとしているわけではないと信じてもらえたようだった。  

 手応えを掴んだ松田はそれ以上は話をせず、勘定を払い終わってから、じゃあ気が向いたら是非受けにきてよ、ともう一度念を押すように言って店を出た。たぶんこのコは受けに来てくれるだろう。松田は何となくそんな気がした。

林田藍里は和菓子屋の娘だ。15歳の高校1年生。とりたてて何か取り柄があるわけでもなく、ごく一般的な普通の女子高校生だ。

 その日の昼休み、藍里は教室で地元の情報誌S-Styleを読んでいた。

(このコ、可愛いなぁ……私と同い年なんだ。凄いなぁ)

 それは表紙を飾る女の子を紹介する記事だった。その女の子の名は七瀬佳乃。自分と同じ年齢、同じ学年だと書いてある。年齢・学年が同じでも、普通の女子高校生である彼女からすると七瀬佳乃は別世界の人間だった。

(いいなぁ。私も一度くらいはアイドルとかやってみたいなぁ)

 やっぱりアイドルって女の子の憧れだもんね、と藍里は思った。無理だと分っていても、それでもやっぱり一度くらいは可愛い衣装を着て眩しいスポットライトを浴びてみたい。女の子だったら誰しもが抱く感情だろう。それは藍里も例外ではなかった。

 だが、だからといって実際にオーディションを受けたことはない。受かるわけがないと決めつけていたからだ。芸能界は特別な人たちの世界で、何の取り柄も無い自分が生きていけるわけがないと思っていたからだ。でも……

(一度くらい、受けるだけでも受けてみようかな。ダメだろうけど。でもちょっとやってみたいし……)

「何を見ているの、藍里?」

 思案に暮れていた藍里に誰かが横から声をかけてきた。声のするほうに顔を向けると、そこに立っていたのはクラスメートの島田真夢だった。

 この高校に入学して1ヶ月。真夢は少し影のある雰囲気を纏い他人を寄せ付けないオーラのようなものを周囲に放っていたのでクラスでもやや浮き気味な存在だったが、藍里とは初対面の時から気が合い今ではすっかり仲良しで毎日一緒に帰っているほどだった。

「これ? うん、ちょっとこの広告見てたんだ」

 藍里はそう言って、真夢にアイドルオーディションの告知ページを見せた。それを見た彼女の表情がほんの一瞬こわばったことに藍里は全く気がつかなかった。

「アイドルのオーディション? 藍里、アイドルに興味あるの?」

 真夢はなぜか少し暗い表情でそう尋ねた。その表情の陰りにも藍里は気づかなかった。

「それはまぁ、ね。女の子だったら誰だってアイドルに憧れるもん。真夢だってそうでしょ? 自分もこんなふうになれたらいいなぁ……とは思うよ。でも私なんかじゃ全然無理だろうけど」

「そんなこと……ないと思うけど……」

 真夢は相変わらず暗い表情のままだった。ようやくそれに気づいた藍里は「どうかしたの?」と尋ねたが、真夢は「ううん、なんでもないよ」と言って受け流した。

「藍里はアイドル、やってみたいの?」

「うーん、そんなに興味があったわけじゃないけど、でもやっぱり一度くらいはチャレンジしてみようかなぁなんて。でもやっぱりダメだろうなぁって思うと踏ん切りがつかなくって」

「そう……」

「あ、そうだ! ねえ、よかったら真夢も一緒に受けてみない? ホント言うとね、1人でオーディション受けに行くのがちょっと不安っていうのも踏ん切りがつかない理由の1つなんだ……真夢が一緒だったら、そしたら私も心強いし。ね? どう? 一緒に受けようよ」

「え……私は……あんまりアイドルとかは……」

 真夢は困惑したが、藍里の提案を無下に断ることも出来ず言葉を濁した。

「ねえ、いいじゃん。一緒に受けようよ。真夢だって、やっぱりアイドルとか憧れるでしょ?」

 屈託なく無邪気に純粋に真夢を誘う藍里だった。だが真夢は首を縦には振らなかった。

「私は……アイドルとか絶対無理だから……誘ってくれるのは嬉しいけど、ごめんね」

「えぇー、そんなこと言わないでさぁ、一緒に受けようよぉ、真夢ぅ」

 藍里は真夢の腕を取り、すがりつくように少し大げさに芝居がかった口調で懇願した。

「ねぇねぇ、アナタが島田真夢?」

 じゃれあう2人の会話に突然誰かがズケズケと割り込んできた。声のする方を見た2人の前に立っていたのは、見覚えのない他クラスの3人の女子生徒だった。

「アナタ、本当に元I-1クラブの島田真夢なの? それとも同姓同名なの?」

 そう言われて真夢の顔色が一瞬にして変わった。彼女は黙ってしまい、3人の女子生徒たちから視線を逸らした。

(真夢がI-1にいた?)

 初めて聞く話を耳にして藍里は驚いた。I-1クラブはもちろん知っていたが特別詳しいわけではない。彼女の知識の中にI-1クラブの島田真夢というアイドルの情報は無かった。もとよりまだ1ヶ月ほどの付き合いなのだから真夢の過去など詳しく知っているわけではないし特に聞こうともしなかったが、まさか過去にアイドルをやっていたなどとは想像すらもしていなかった。

「本当なの? 真夢?」

 藍里の問いかけに真夢は何も答えず、ただ表情を固くして黙ってうつむいた。3人の女子生徒たちはさらに矢継ぎ早の質問を真夢に浴びせた。

「どうして辞めたの? やっぱり、あの噂は本当だったわけ?」 

「アナタ、いま校内で都落ちアイドルって言われてるの知ってる? ちょっとぐらい弁解しとかないと、噂がどんどんエスカレートするよ?」

「私たちには本当のことを教えてよ。守ってあげるからさ」

 目の前にいる少女が間違いなく元アイドルだと認識したのか、3人は次から次へと質問を繰り出し話し続けた。だが真夢はそれらの質問に答えることなく、ただ視線を落として表情をこわばらせて黙りこくったまま一言も喋らず、彼女たちの目すら見ようとしなかった。その両手が固く握り締められていることに藍里は気づいた。

「やっぱり言えないことがあるみたいだね」

「まあ、あの噂が本当なんだったら言えなくてもしょうがないか」

 守ってあげる、と言いながら彼女たちが単なる興味本位で真夢に根掘り葉掘り聞いているのは、藍里の目からも明らかだった。見かねた彼女は横から口を挟んだ。

「ちょっと待ってよ。アナタ達、失礼じゃない? 真夢は私の大切な友達なんだから、困らせるようなことを言わないで」

 突然横からかみつかれた3人は藍里に対して、アナタ誰? という顔をしながら、それでも藍里に絡まれるのが面倒だと思ったのか「感じ悪いね」「いいじゃんもう、ほっとこうよ」「別にどうでもいいし」などと言いながら帰って行った。それを聞きながら、それでもなお真夢は何も言わず視線も移さず変えず、ただ黙っていた。

「あ、あの……真夢?」

 3人が引き上げてしばらくしてから、藍里は真夢に恐る恐る声をかけた。

「あの、その、ごめんね……私、知らなかったから……ごめんね、無神経に誘ったりしちゃって……ごめんね」

 仲の良い友達が触れて欲しくない話題に、自分は知らなかったとはいえ触れてしまった。しかも一緒に目指そうなどと誘いまでしてしまった。自分に誘われたとき、真夢は気分を害しながらも自分を傷つけずに済む上手い断り方を考えていたに違いないと考えると、藍里は謝らずにはいられなかった。

「どうして藍里が謝るの? 藍里は何も悪くないじゃない。だから謝らないで。それに、助けてくれてありがとう」

 真夢はうつむいていた顔を上げてそう言うと優しく微笑んだ。

「私は一緒には受けられないけど、藍里が受けるんだったら応援するし力を貸すよ? だから、やってみたいって思うんなら挑戦した方がいいと思うな。後悔しないためにも。ただ……」

 真夢はそこで一度言葉を切った。彼女は続きを言おうかどうしようか一瞬躊躇したが、やがて意を決してもう一度口を開いた。

「芸能界って、華やかだけどそれだけじゃないから。キラキラした部分だけに目が行っちゃうけど、辛いことや苦しいこともいっぱいあるから。それだけは覚えておいた方がいいと思う」

 過去に何かあったであろうことを匂わせるのに充分なその言葉を聞いて、藍里は詳しく聞きたい気持ちを抑えてそれ以上アイドルに関する話はしなかった。

「絶対だよね?」

「はい!!」

「やっぱり止めます……とか、ナシだからね?」

「大丈夫ですよ!! っていうか、なんで私が止めるんですか? んなわけないですよ。信じてください!!」

 大げさとも思える身振り手振りを交えながら彼女はそう言って笑った。彼女の名は岡本未夕。17歳の高校3年生で地元仙台にあるメイド喫茶の売れっ子メイドだ。

 彼女の話を小耳に挟んだ松田は、自腹でそのメイド喫茶を訪れてショータイムに行われた彼女のステージを見た。それはまさにアイドルのステージであり、客のノリも熱狂度もアイドルのそれと見紛うばかりだった。ある意味彼女はもうすでにアイドルだった。

 さっそく松田は他店からの引き抜きだと誤解されないように注意しながら彼女に声をかけた。そしてわかったのは彼女はアイドルオタクであり、前からずっとアイドルに憧れており、メイド喫茶でバイトしているのもその延長線上からだということだった。松田にとっては実に好都合な展開であり、案の定未夕は松田の誘いにパックリと食いついた。

「じゃあ決まりだ。岡本未夕さんだっけ? そしたらこれがエントリーシートだから」

 松田が彼女にオーディションのエントリーシートを手渡すと、じゃあ私もこれ、と言って彼女は一枚のチラシを松田に手渡した。

「お店、また絶対来てくださいね」

 それは彼女がアルバイトとして勤めているメイド喫茶のチラシだった。

「今度お店に来たら私を指名してくださいね。あと20ポイントで時給が上がるんですぅ」

「あ、あぁ、そう」

 そう言われても自腹で何度もメイド喫茶に行く余裕はないし趣味もない、とは言えなかった。そもそもアイドルとして成功したらもうメイド喫茶でバイトする必要もなくなるのだが、そこも深くはツッコまなかった。

「私、小さい頃からずっとアイドルやりたかったんですよぉ。いつか仙台を出てI-1クラブのオーディションとか受けちゃおうかなぁなんて思ってたんですけど、でもどうしても上京の費用が貯まらなくて。あ、あと自分に決定打が無くって」

「決定打?」

「はい。アイドルになる人って、やっぱりコレっていう武器をもっているっていうか、オーラっていうか、やっぱりそういうのがあるじゃないですか? 私ってそういうのが無いなぁって」

 彼女の言っていることにも一理有るなと松田は思った。確かにアイドルとして売れている女の子、というか芸能界で名を成す人は男女問わず未夕の言うようなモノを感じさせる。だが最初からそうなのかと問われれば、それは彼にはわからない。むしろ成長するうちに身に付くモノなのじゃないかとも思える。

「いや、キミは大丈夫だと思うよ。ショータイムでのキミは結構輝いてたから。アイドルとして充分やっていける素質は有ると思う」

「ホントですか?」

「ホントホント。あれだけお客さんを楽しませてステージを盛り上げられるんだから、大丈夫、大丈夫」

 松田に調子よくそう励まされると、未夕はホッとしたような表情を浮かべてまたエントリーシートを書き込み始めた。

13歳の中学2年生、久海菜々美は光塚歌劇団に憧れていた。父母が揃って光塚のファンのため幼い頃から映像や実際の舞台を観る機会に恵まれていた彼女が「将来光塚に入りたい」と思うのは極めて自然な流れだった。

 光塚歌劇団。それは年間に1000回以上の公演をこなし300万を超える観客を動員する、500人あまりの未婚の女性だけで構成された関西を本拠とする日本最大の歌劇団だ。

 光塚歌劇団の団員となるためには、その養成所である光塚音楽学校の試験に合格して入学しなければならない。倍率20倍とも30倍ともささやかれる厳しい入学試験を突破し、2年間レッスンで鍛えられ卒業して初めて栄えある光塚歌劇団の一員となることができる。

 彼女は光塚に入るために、それこそ幼稚園にも入らないうちから歌・モダンバレエ・日本舞踊・ピアノなどのレッスンを受けてきた。幸いにも金銭的に裕福な家庭だったので、両親は彼女が夢をかなえるためのバックアップを惜しまなかった。彼女は小さな頃からその日のために着々と力を蓄えていたのだ。

 中学に入った頃から、彼女は自分をもっとレベルアップさせる方法はないものかと考え始めた。菜々美は光塚に入ることが目的ではなく光塚でトップになることが目標であり、そのためには自分をもっと鍛えあげてレベルアップしなければと考えた。

 光塚音楽学校の応募は義務教育終了が条件、つまり15歳からとなっている。彼女は応募できる年齢になるまでの間、今までとは違う何かでスキルアップを図れないものかと考えた。そして同時に自分の実力が今現在どれほどのものなのか知りたいという気持ちも生まれ始めていた。ただ、そのためにどうすればいいかは思いつかなかった。

 ある日の放課後、菜々美はいつものように学校の友達たちと帰った。その帰り道での彼女たちの会話は、ふとしたことから菜々美が光塚を目指していることが話題になった。

「ねえねえ菜々美、光塚って15歳からじゃないと入れないんでしょう? それまでの間どうするの?」

「そうなんだよねぇ……どうしよっかなぁ」

「何も考えてないの?」

 菜々美は自分が思っていることを友達たちに話してみた。すると友人の1人が、光塚じゃなくてアイドルの方がいいんじゃない? と言った。

「アイドル?」

「うん。菜々美、可愛いんだからさ。光塚よりアイドルの方が向いてるんじゃないかな?」

 菜々美はアイドルを目指したことなど一度もないし考えたこともなかった。彼女の意識は小さい頃から光塚にしか向いておらず、同年代の女の子たちのように男性アイドルに興味を抱くようなことがなかった。

 その友達も特に深く考えてそう言ったわけではなかったが、アイドルというワードがなぜか菜々美の心に引っ掛かった。

 数週間後、教室でS-Styleという名の地元情報誌を友達みんなで見ていた菜々美は、その中のある広告に目をひかれた。それは新しいアイドルユニットのメンバーを募集する、オーディションの開催告知広告だった。

 菜々美は、これだ、と思った。アイドルに興味を持ったことなど一度もなかったが、オーディションともなれば多くの人が受けに来るのだから自分の実力がどれほどなのか計るにはうってつけだ。受かったら、いや自分なら受かるだろうが、光塚に入るまでの間の腕磨きとして活動してそれから光塚に行けばいい。そう考えた。

「パパ、ママ、私このオーディションを受けてみようと思うんだけど、いいかな?」

 帰宅した娘から突然そう打ち明けられて彼女の両親は戸惑った。光塚にしか興味がなく、アイドルに興味がある素振りなど一度も見せたことのない娘が突然アイドルユニットのオーディションを受けたいと言い出したのだから戸惑うのも無理はない。

「菜々美ちゃん、いったいどうしたの? 15歳になったら光塚を受けるんじゃなかったの?」

「もちろん受けるよ。でもそれまでの間、今までのレッスン以上のことをして自分をもっとレベルアップさせたいの。それに自分を試したいとも思うし。お願い! 受けてもいいでしょ?」

 両親としては光塚受験までじっくりとレッスンに励めばいいと考えていたのだが「オーディションで今の自分の力がどれほどなのか知りたい」「色々なことに挑戦したい」という娘の考えには、今後の娘にとってはプラスに働くかもしれないと理解を示した。

 両親の許しを得た菜々美は生まれて初めて履歴書を書き、その日のうちにエントリーシートも記入してオーディションに応募した。

 片山実波は14歳。セーラー服のよく似合う中学3年生だ。家族からの影響で幼い頃から民謡に親しみ、小さな身体に似合わぬノビのあるパワフルな歌声で観客を魅了する、高い歌唱力を持つ少女だ。

 あちらこちらで噂になっている女の子をチェックして廻っていた丹下は、民謡で大会荒らしと呼ばれるほど歌の上手い少女がいるという情報をキャッチした。

 噂の少女の実力がどれほどのものか見極めようと彼女が出ている民謡のど自慢の大会に向かった丹下は、その歌声に一発で聞き惚れてしまい彼女をスカウトしようと決めた。

「ねえアナタ、片山実波さん、だったかしら? アナタ、アイドルをやってみる気はない?」

 キョトンとした顔で見つめる実波に丹下は、アイドルユニットを立ち上げようとしていること、実波の歌に聞き惚れたこと、その本物の歌唱力がユニットに絶対必要だと思ったことなどを説明した。

「アイドルって、美味しいモノいっぱい食べられますか?」

 ひととおり丹下の話を聞いた後の実波の第一声がこれだった。

「そりゃあもちろん、人気が出て売れっ子になれば美味しいモノなんて好きなだけ食べられるわよ」

 そう丹下に言われた途端に実波の顔はほころんだ。

「そうなんだぁ。じゃあ、やってみようかな。私、美味しいもの食べるの大好きなんです」

 予想以上に簡単に承諾したので丹下は拍子抜けしたが、実波がその気になったことに心の中でガッツポーズをしていた。この歌唱力は間違いなく本物だ。ユニットにとって強力な戦力になるだろう。

「とりあえず、これから美味しいものでも食べに行きましょうか? 私がオゴるわ」

「ホントですか? やったぁー!!」

 社長はその後、実波を食事に誘ったことを本気で後悔した。

 七瀬佳乃は地元では名の知れた売れっ子のモデルだ。もともとは地元テレビ局制作ドラマの子役から始まった彼女の芸能活動は、現在モデルとしての活動が主となっている。

 CMにも出ているし雑誌の表紙も飾っている。ファッション誌のモデルとしても頻繁に起用されているが、ただその活動はあくまでローカルの域を脱してなかった。

 もとよりローカル枠での成功で満足していたわけではない彼女だったが、全国区へとステップアップするチャンスがそう簡単に転がっているわけもなく、日々の仕事をこなしながら虎視眈々と粘り強くチャンスをうかがっていた。

 そんな彼女にようやくチャンスが訪れた。日本ガールズコレクション東北ブロックでの選考に推薦されオーディションを受けることが決まったのだ。

 日本ガールズコレクションは東京の武道館で行われる日本最大級のファッションショーで、そこに出場するのは全国から選りすぐられた女性ファッションモデルだけだ。

 まずは事務局から予選に推薦される必要があり、そこから予選で何度ものオーディションを経て地方ブロックを勝ち抜いた者だけが武道館での本番に出演できる。それは例えて言うならば高校野球の甲子園大会のようなもので、全国の女性ファッションモデルにとって日本ガールズコレクションは憧れであり目標でありステータスでありブランドだった。日本ガールズコレクションに出たことがあるというだけで経歴に大きな箔が付くのだ。この大きなチャンスを七瀬佳乃が見逃すはずはなかった。

 自信はあった。もともと子役として演技を学んでいたし、それに伴って当時所属していた劇団で歌や踊りのレッスンもそれなりに積んでいたから表現力という点でも多少はアドバンテージもある。そう思っていた。ローカルとはいえモデルとして売れっ子になっているという自負もあった。

 彼女は予選出場が決まると、ツテを頼ってモデルの専門学校でレッスンを重ねた。その効果があったのか順調に予選をクリアし、彼女からしてみれば当然のことながら最終選考まで残った。

 予選を通過するたびに自信が膨らんでいった彼女は、もう誰にも負ける気がしなかった。自分が出ないで誰が武道館での本番に出るのか。それくらい自信に満ち溢れていた。

 だが、そこまでだった。彼女は最後の最後で落ちた。

「どうして私が落ちるの?」

 落選を知らせる通知を握り締めたその手に涙の滴が落ちた。ただただ悔しかった。高く伸びた鼻はボッキリとへし折られ、膨らんだ自信も完膚なきまでに打ち砕かれた。そんな傷心の彼女の元を訪れたのがグリーン・リーヴスの丹下順子社長だった。

「私のところでアイドルを目指してみない?」

 何をしに来たかと問う佳乃に、丹下は単刀直入にそう言って誘いをかけた。

「私がアイドルを、ですか?」

「そうよ。ウチの事務所で新しくアイドルユニットを立ち上げるのよ。そのオーディションをするんだけど、どう? 受けてみない?」

 丹下の誘いに佳乃は少し戸惑った。子役からモデルへと歩んできた彼女は次の道を漠然と思考してはいたが、その中にアイドルは無かったからだ。

 彼女としては子役時代の経験から女優の道へ進むか、あるいはこのままモデルの道を極めるか、そのどちらかが有力かなと考えていた。彼女は歌も踊りも嫌いではないが、どちらかといえば他のことに魅力を感じていた。

 だが日本ガールズコレクションの予選で敗れたことで、彼女の中で何かが変わったのも事実だった。今のままの自分ではこれ以上には進めない、何かもっと新しい自分を発見していかないと成長しない、自分自身の人間的な幅をもっと広げなければ、そう思い始めていた。

 丹下は彼女にこう言った。

「誰もかれもが東京、東京って言うけど、仙台で勝ったことが無い人間が東京で勝てるわけないと思うのよね。まず仙台で勝ってからでも遅くないんじゃない?」

 佳乃は頭に衝撃が走った気がした。確かに丹下社長の言う通りかもしれない。そう思った。

「でも、アイドルなんて……私、アイドルを目指そうなんて一度も考えたことないですし……」

「だったら今考えればいいじゃない。私は本気よ? 本気で仙台から全国区のアイドルユニットを送り出すつもり。そのために本物を探しているの。アナタは間違いなく本物のダイヤの原石よ。今はまだ磨き方が足りないだけ。でもこのまま同じ磨き方をしていても頭打ちなんじゃない?」

 痛いところを突かれて佳乃は何も反論できなかった。丹下はさらに畳み掛けた。

「今までの磨き方で足りないのなら別の方法で磨けばいい。それには今までやってこなかったことや考えてこなかったことにチャレンジするのが一番有効だと私は思うの。悔しさや敗北感は人を育てるのよ。アナタは今回そんな経験をしたでしょう? そんな時に人は普段では出来ない冒険が出来る。その冒険が人を大きくする。そしてその決断を下せたこと自体が成長なのよ。アナタはもっともっと光輝けるハズよ。いえ、私が輝かせてみせるわ。どう? 思い切って乗ってみない?」

 丹下に誘われて最初は戸惑った佳乃だったが、話を聞いているうちに心が動かされていくのが自分でもわかった。丹下の言葉には迫力があり、説得力もあった。正直心を動かされる佳乃だったが、だからと言って即決できるわけでもなかった。彼女の元には他の誘いも来ていたからだ。

「今この場で答えなきゃダメですか?」

 佳乃の返事に、その心の内を見透かしたように丹下は答えた。

「もう、答えは出ていると思うけど?」

 結局その場で返事はしなかったものの、佳乃の心はすでに大きく傾いていた。他の誘いはあくまでも今までの延長線上に過ぎないものばかりだが、丹下の誘いは正に彼女にとっての新たなチャレンジだったからだ。返事は待ってくれという言葉とは裏腹に、彼女の心はもうほぼ決まりつつあった。

 

 

 
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