No.675537

暁光のタイドラインEX~#2.5~ 時雨抄

ゆいゆいさん

艦隊これくしょん~艦これ~キャラクターによる架空戦記です。
EXラインは本編の同一時間軸上別視点での物語となります。

#2.5は本編3話の導入部にあたる時間軸を時雨サイドから描きます。
※本編3話は4月20日頃投稿予定で、多分少し長くなると思います。

2014-04-02 00:09:21 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:717   閲覧ユーザー数:706

暁光のタイドラインEX~#2.5~ 時雨抄

 

 

 

福岡県戸畑。三カ所に設けられた瀬戸内海防衛拠点の一つである。ここは他の二拠点と異なり、佐世保鎮守府の管轄である。

常駐艦隊は二つ。一つが大戦後帝国海軍を支え、佐世保にこの人有りと謳われた老将、磯村中将率いる砲戦部隊。旗艦は超級戦艦武蔵だが、長期遠征任務のため不在。扶桑が代理を務める。残る一つが高柳少将率いる機動部隊で正規空母雲龍型一番艦、雲龍が旗艦を務める。が、旗艦雲龍と二番艦天城が同じく遠征中のため同じく雲龍型三番艦の葛城が代理を務めている。

 

「駆逐艦時雨、帰投したよ…。」

時雨は港で整備兵に艤装を預けると、宿舎へ直行した。身体に纏わり付いた汗と機械油を洗い流すこともそっちのけで自室のベッドに倒れ込む。

 

仰向けになり、天井へ向けて手を伸ばす。

その手は煤と油にまみれていた…。

 

「この雨は…いつ、やむのかな…?」

 

時雨は押し寄せる疲労感に飲み込まれるように眠りについた。

 

磯村艦隊は敵の物量に任せた波状攻撃により絶体絶命の危機に立たされていた。

主力艦娘の殆どが深刻な大破により佐世保で長期入渠を余儀なくされていた。

 

戸畑基地司令本部。

 

「磯村さん!貴方はまだ悠長なことを仰っているのですか!」

磯村の卓上にはアタッシュケースが置かれていた。

中にはアンプル容器と注射器が入っている。

「高柳君、彼女等は年端もいかぬ少女なのだぞ?薬を使うなど…。」

「少女である前に、軍人です!兵器ですぞ!国を捨ててまで兵の命を取るというのですか!」

 

高柳の主張にも一理ある。…いや、軍人として公平で、正しいのは彼だ。磯村もそれは理解していた。しばらくの沈黙の後、磯村は口を開いた。

「わかった、受け取ろう。」

一呼吸空け、続けた。

「但し、どこで使うか、どう使うかは儂が決める。よいな?高柳君。」

「上官にこのようなことを申し上げるのは恐縮ですが、我が機動部隊の負担をこれ以上増やすような決断だけはご遠慮願いますぞ。」

「承知している。」

 

「失礼します。」

敬礼の後、高柳は退室し磯村だけが残った。

 

不意に電話が鳴った。

 

「磯村だ。おお、どうだ久しぶりの佐世保は。」

「…いまさー、みんなで新型艤装の説明受けてたんだけどね、結構すごいよー。総合火力では戦艦以上だろう、って工廠のおっちゃんが言ってた。まあ装甲が残念なのは仕方ないんだけど、それでも補強が入って並の軽巡以上だってさ。そっちはどう?結構やばいって聞いてるよ。」

「そうだな…戦況は依然厳しい、が…心配には及ばんよ。貴艦らが戦線復帰した暁には一気呵成、追い払ってくれる。」

「そっか…その調子なら安心だね…。私ら三人と、あと軽空母の二人。あと三日で帰れるから。絶対、帰るからね!」

「ああ、貴艦らこそ遊び呆けて身体を壊したりするなよ?」

 

そう言うと、受話器を置いた。

電話の相手は佐世保で改装中の球磨型軽巡からだった。重雷装装備を一部撤去し、甲標的母艦としての機能を持たせるためだ。

前回重雷装化改修の折に露呈した防御面の弱点もある程度は克服されたらしい。

普段は飄々とマイペースな艦娘だが、そんな彼女が最後に語気を強めたのは、磯村の言葉の中から悲壮感を感じ取ったためだろうか。

 

「あと三日か…。」

磯村は眉間に皺を寄せしばらく考え込み、再び受話器を取った。

「磯村だ。呉に繋いでくれ。」

 

翌日。

敵襲を知らせるサイレンが鳴り響く。

昨日の戦闘で三隈ら六隻が中大破。入渠を余儀なくされた。未だ健在なのはわずか六隻に過ぎなかった。磯村はこれまで二隊編成を一隊に併合し、この日の戦闘に臨んだ。いよいよ後がもうない、ということである。

旗艦扶桑、戦艦山城、重巡最上、駆逐艦朝雲、山雲、そして時雨の六隻が迎撃のため、決死の覚悟で戸畑を出航した。

 

機動力に優れた高柳艦隊で外海を抑え、磯村艦隊が防衛線を張るのが今回の作戦であった。

 

…だが。

敵艦隊と交戦状態に入ってから数時間。

磯村艦隊と高柳艦隊は敵潜水艦部隊の奇襲によって完全に分断されてしまった。

両提督の名誉のため付け加えると、これほど潜水艦を大量投入する戦術は少なくとも佐世保鎮守府の戦闘記録にはなかった。

一度分断されてしまうと、航空機と駆逐艦を主体として編成された高柳艦隊は面制圧には優れていても突破力には乏しい。

結果として両艦隊は完全に裏をかかれ、窮地に陥ってしまったのだった。

 

「提督、このままでは弾薬が…」

扶桑と山城は健闘していたが、戦力差は如何ともしがたく、磯村艦隊は徐々に包囲されつつあった。

 

「決断が遅れると大事に触る…か。」

磯村は自嘲じみた笑みを漏らすと立ち上がった。

扶桑は磯村のそばへ歩み寄ると跪き、敬愛する提督の手をそっと握った。

「戦艦扶桑、最期までお供致します。」

磯村はすまない、と小さく呟くと自らの艦隊に決断を下す。

「…扶桑。主砲全問斉射用意。目標、後方に展開しつつある敵艦隊。我らが盾となって残りの艦を後退させる!」

 

まったくの無策な撤退ではなかった。

かつて共に戦った戦友にして息子同然に可愛がっていた船越甲四郎中将。その息子が自ら艦隊を率い、紀伊水道の守りに就いていると聞いていた。

佐世保は外洋に面している分、自陣の防衛戦力を割いてまで援軍は出せなかった。

有事の際は呉に頼れ、というのは佐世保鎮守府司令長官直々の指示でもあった。

 

「彼が間に合えば、この子らは助かる。」

辛苦を共にしてきた艦娘達を孫子のように想っていた磯村にとって、それが一縷の望みであった。

 

「扶桑姉様、お供致します。」

「山城?ダメよ、貴方は皆と共に…」

「お言葉ですが姉様、扶桑型の足では皆の足を引っ張って助かる物も助かりません。…それに、最期は扶桑姉様と共に迎えたい。その気持ちは一刻たりと忘れたことはありません!」

「山城…。提督、私からもお願い致します。」

 

「仕方あるまい。」

磯村はふと目を伏せ、艦隊に改めて命令を下した。

「重巡最上、これより旗艦をそちらに移す。旗艦は残った駆逐艦を率い、全速で後退せよ。扶桑、山城両艦はここに残り突破口を開く。」

 

「…えっ?それは…。ダメです提督。せめてこちらに移乗を…」

事情を察した最上は食い下がるが、磯村の決意は揺るがない。

 

 

「重巡最上、これは命令である。…復唱ォーッ!」

最上は艦橋の床に泣き崩れた。

「…重巡…最上…旗艦引き受け…ます。残存戦力を…率い…全速で…後退…了解…しました…。」

最上は嗚咽混じりに命令を復唱した。そして袖でぐしぐしと涙を拭い、平静に努めて朝雲ら駆逐艦に向けて回線を開いた。

「全艦、百八十度回頭。全速で後退。いいかい皆、何があっても足を止めちゃあいけないよ。」

 

最上が艦を回頭させる刹那、扶桑の艦橋から敬礼する磯村の姿が見えた。肉眼では表情まで窺い知れるはずもなかったが、笑っていたように最上には感じられた。

 

最大船速が25ノットに満たない扶桑型を除けば最上らは皆公試成績で35ノット前後を発揮していた。最近の連戦でコンディションは決して良いとは言えなかったがそれでも30ノットを切るようなことはなかった。

先頭は朝雲、続いて山雲、時雨、しんがりに最上の順で単縦陣を組み、関門海峡を目指す。

前方に藍島を望み、関門海峡まであと僅かというところであった。

 

突如、轟音が空を裂いた。

水のカーテンが時雨の視界を塞ぐ。

視界が回復した瞬間、時雨の目に飛び込んできたのは、艦橋が跡形もなく吹き飛んだ、朝雲、山雲両艦だった。自分と同じく艦橋で操艦に徹していたであろう艦娘二人の生存は絶望的であった。

その場に力なく崩れ落ちる。

最上の安否が気になった時雨は肉眼で確認しようと半ば這いずるように後部甲板へ出た。

そこには既に最上の姿はなく、代わりに見たこともない艦影の深海棲艦が主砲をこちらに向けていた。今まさに主砲が発射されんとするその刹那、敵艦は大きくバランスを崩し、主砲は時雨からほど遠い海面へと着弾した。

 

最上である。

「悪いね…ぶつけるのは得意なんだよ…。」

最上は被弾し、艦体を炎上させながらも敵艦へ体当たりを敢行、時雨を救ったのだ。だがそれもここまで、最上は完全に力尽き、あとはもう潮に流されるしかなかった…。

 

時雨の脳裏にはこれまでの記憶がよぎった。

幸運艦、武勲艦などと持ち上げられてはいたが、結局自分はどれだけの働きが出来たというのか。ただ無為に生き延びてきただけなのではないか。

時雨の頭の中に多くの疑問符が浮かんでは消えてゆく。軍上層部からすればただの兵器、それも駆逐艦ともなれば消耗品同然の認識の中、人として接してくれた大恩ある提督の命令も完遂できず、仇も討てず、何が幸運艦か。武勲艦か。時雨は自らを嘲笑するより他なかった。

 

「こんなことならいっそ…」

 

時雨は全てを諦めたかのように目を閉じた。

体勢を立て直した敵艦が再び照準を時雨に向ける。

そのとき…。

 

「…駆逐艦時雨、聞こえますか?」

友軍からの通信が入った。

だが、見渡す限り周辺に友軍らしき艦影はない。

「船体が大きく揺れると予想されます。可能ならば艦内にて待避されたし。」

時雨が半ば反射的に艦内へ逃げ込むと、艦体が激しく揺さぶられた。

その身を内壁にしたたか打ち付け、時雨はしばらく息が出来なくなった。

 

「全機爆装!目標、前方の敵深海棲艦!やっちゃって!」

 

時雨がその身のダメージから回復し窓から様子を窺うと目を疑うような光景が広がっていた。

 

今まで孤立無援であったはずの海域に友軍航空機が飛び交っている。

時雨を待ち受けていたのはさらに驚くべき光景だった。上空から人が降下、着水する寸前に艦体を展開している。つまり、人とは艦娘…ということになる。何とも無茶苦茶な作戦だ。

 

先程よりは小さめのしかしそれでも激しい揺れ。

 

「軍艦が空から降ってきた?」

それは何となしに口に出ただけの単なるつぶやきだったが、それに返事する者がいた。

「そうよ、時雨。もう心配は要らないっぽい!」

 

聞こえてきた声、特徴のある言葉遣い。それは懐かしい姉妹の声だった。

もう二度と聞くことはあるまいと諦めていた声だ。

 

白露型駆逐艦四番艦、夕立。

それが彼女の名だ。

改装完了と同時に船越楫八率いる紀伊水道防衛艦隊への編入が内定しており、艦隊発足にこそ間に合わなかったが、この度初の作戦参加と相成った。

言うまでも無く、時雨の身を案じた夕立自身の志願による起用である。

 

先に降下してきた空母は瑞鶴。かつての大戦に於いて五航戦の一翼を担った帝国海軍の主力空母である。現在は夕立と同じく船越艦隊に所属している。

船越楫八立案による、艦娘降下作戦第一号が今まさに開始されたのだった。

 

「夕立、さっさと片付けて救援に向かうわよ!」

「了解っぽい!素敵なパーティ、始めましょ。」

 

 

~暁光のタイドライン3に続く~

 


 
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