No.67272

ミラーズウィザーズ第二章「伝説の魔女」06

魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第二章の06

2009-04-05 23:11:53 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:436   閲覧ユーザー数:416

   *

「よっ。エディの嬢ちゃん。買い出しかい?」

 気さくにかけられた声。その呼び掛けにエディは手を振って答える。

 声をかけてきたのは前に知り合いになったお肉屋さんのご主人だった。彼も何か仕事の途中らしく、エディが応えたの見ただけで笑みをこぼし、商品の荷車を押して裏通りを奥へと消えていった。

「結構、顔が広いんですね」

 横に並び歩くローズがぼそりと呟いた。

 そこはニルバストの西地区にある情緒あふれる下町だった。小ぶりの建物が綺麗に軒先を並べる独特の古い街並み。坂の上から見えた赤い屋根が目立つ区画はこの辺りなのである。街中を実際歩いてみるとその赤色は見えないが、多くの建物の壁はくすんだ黄色をしていて統一感がある。

「別に私は顔広くないよ。前にマリーナにこの辺をあちこち連れ回されただけ。本当に顔が広いのはマリーナだから」

 マリーナの話題だというのに、エディは楽しげだった。それが暗にエディのルームメイトに対する思いを物語っているようだった。

「確かに彼女らしい話」

「うん。マリーナ、明るいし、優しいし。私もあんな風になれたらな」

「八方美人と言えば悪口になるのでしょうか。私、彼女のそういうとこ苦手」

 確かにローズは寡黙と言えば言い過ぎだが、性格的に静かな方で、マリーナと仲はいいとはいえ一緒に騒ぐというのはあまり見られない。

「ははは。そうだね。ローズ、私と一緒で社交性が薄いから」

「一緒にしないで。私はエディと違って控えめなの」

 と不敵な笑み。ローズの軽口に二人は揃って笑い声が漏れた。

 二人はどこか似たところがある。歳の割には体が小さく童顔であるところや、少し暗さのある性格など、どことなく共通する何かを感じることがある。似たもの同士という感覚が、どこか憎めなと、お互い心の奥底に澱(おり)のように溜まっていた。

 二人は洋服店を出た後、オープンカフェで遅めの昼食を取った。大荷物を横に置いたローズに、カフェを横切る者達から奇異の視線を感じたが、それでエディお気に入りのBLTサンドの味が変わるわけでもなく、至福の昼食を味わった。

 何せ学園寮の食事は淡泊で味気ない物ばかり。寮生が食事当番を回して作っているのだが、材料の仕入れは学園がするので献立は始めから決まっているのも同然、代わり映えのしない食事が続くことが多い。こうして街に出たときぐらい、自分の好きな物を食べなければ損というものだ。

 そうして昼も済んだところで、エディが今日買い出しに来た目的地であるという店に向かっているのである。

「それで、どんどん脇道に入ってくけど、どこに行くつもりですか?」

「雑貨屋さん。マリーナに頼まれたんだ」

「マリーナに、というと、魔術雑貨?」

「まぁそうなんだけど、行く店は普通の雑貨屋さんってことになってるみたい」

 何よそれ、とローズが口にするのもわかる言い口だった。

 エディはどんどん裏道を入っていく。辺りの建物は急に貧相な古くさいものへと様変わりするのが手に取るようにわかった。

 ニルバストの街は川を挟んで西と東でがらりと街の様子が変わる。先程までいた東岸は表通りのある繁華街。それに比べ、今いる西岸は下町といった風情だ。このまま北に上れば小規模の魔術工房が乱立する魔道街があるのだが、エディの足はそちらには向かわず、通りを奥へ奥へと進んでいく。あまりに表通りとは雰囲気が異なるので治安が保たれているのか心配になってしまう。

 古い本屋の角を曲がると、それらしい看板が見えた。店を知らぬローズでも一目でわかる。

 店先には山のように積まれた物の山。金属の塊もあれば、何やら古びた玩具らしき物もある。それが商品であるとは普通の人は思わないだろう。良くて中古品、気の利かない者は一目で廃物と決めつけてもおかしくない。エディ達はそのガラクタの山を縫うように進まなければ店の入り口にも近付けない。特に大荷物を背負ったローズは一苦労だ。

「ゴミを買いに来たんですか?」

「ははは、中はもう少しまともだよ。外のコレは店長さんの趣味みたいなものだから」

「趣味? 廃品回収がですか?」

 やっとのことで店の扉まで辿り着いた二人は、重い扉に手をかける。長年の劣化で色の変色した木戸を開けた途端、店内から咽せる臭いが流れ出た。

「臭っ!」

 普段大人しいローズも飛び跳ねるように声をあげて鼻をつまむ。嗅いだこともない異臭に胃が捻れるようだった。

「にゃんでふか、こほにほい」

 鼻をつまんだままのローズが苦情をこぼす。

「大丈夫。死にはしないよ」

 対するエディはもう慣れたものなのか、あっけらかんと店内に進んでいった。

「そふいふふぉんだいしゃなふて」

「ゴミとかそういうのじゃなくて薬草の臭いらしいから、煙草とかそういう系統と同じかな? 慣れたらそんなに気にならないよ。マリーナはいい香りだって言ってたし」

「あの娘(こ)も大概。この臭いは犯罪ですよ」

 エディに諭されて鼻をつまむのはやめたのか、ローズは苦々しく呟いた。それでもいつの間にか取り出したハンカチで鼻と口を押さえると、渋々店内に入る。

 表のごみごみした様子に反して店内は割と整理された印象だった。壁際の小分けにされた棚にはずらりと多種様々な商品が陳列されている。店の柱には、クリスナ国でも試験的に放送が始まったラジオの受信機が据えられていて、物珍しさと共に店主の新し物好きが窺える。

 ラジオは一般向けにはまだ発売していない代物なので、恐らくは特別に作らせたのか、店の前のがらくた同様どこぞから魔道部品を集めて自作したものなのだろう。そのラジオからは気の利かない騒がしい音楽が流れていた。


 
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