No.668022

混沌王は異界の力を求める 19

布津さん

第19話 雷と伯爵 闇と男爵

2014-03-04 21:04:52 投稿 / 全22ページ    総閲覧数:5277   閲覧ユーザー数:5087

薄暗く湿ったここを歩いてどの位たっただろうか。何故ここに居るのか、どうして歩いているのかさっぱり分からない、思い出せない。

 

「うぅ……」

 

聞こえるのは自分から時折漏れる苦悶、水滴の音。そして自分の手首につながれた何かを引きずる音だ。

 

「くぅ……」

 

……いたい、おなかすいた、さびしい。

 

そう思っても、ここには誰もいない。だから外に、明るいところに。そう思い、擦れる脚が痛くても自分は歩みを止めない。明るいに出ればきっと……

 

そう思って少しでも明るい方へ、風が吹く先へ行く。手首についたこれを鬱陶しいと感じながら。

 

 

都市部から少々離れた山岳地帯。そこに山岳部を貫通するトンネルがあった。

 

「時空管理局陸士一〇八部隊所属。ギンガ・ナカジマ陸曹です、現場検証の応援に参りました」

 

そこに張りのある女の声が僅かなエコーを持って響いた。

 

「ああ、有難うございます助かります。こちらなんですが……」

 

それに応じた警備員は、制服を着込んだ彼女をトンネル奥に案内した。

 

 

「これは……」

 

ギンガは眼前の光景に声を出した。

 

(酷い荒らされ方ね……)

 

トンネルの半ばほどに、左後ろを除く三つのタイヤを破裂させた大型貨物が横倒しになっており、押しつぶされたように広がった荷台からは、同じように潰された積荷が散らばっている。

 

「……横転事故と聞いていましたけど、状況からみて、どうも違うみたいですね」

 

「ええ、どうも奇妙なんです」

 

「奇妙?」

 

ええ、と警備員の手が横転した大型貨物の傍らに座り込み、頭を抱えている運転手らしき男を示した。

 

「トラック運転手はまだ混乱してますけど、証言をまとめてみたところ、彼が言うには走行中に何かに襲われ攻撃を受けたらしいんです」

 

「襲われた? 盗人にしてはそんな形跡はないですし……悪魔ですか?」

 

「それがどうも要領を得なくてですね。全身を甲殻で覆った人型と言っているんですが……機動六課から提出された、どの悪魔の情報とも合致しないんですよ」

 

「だったら、まだ未確認の悪魔か、それとも別の何かが……?」

 

「それは、まだ何とも……ただそのあとに積荷が中からいきなり爆発したと……」

 

「積荷は缶詰や飲料ボトルですか……どれも通常の市販品ですし、内側から爆発するようなものはないですね……火の匂いも有りませんし……」

 

断ってから、破裂した飲料ボトルの一つを摘み上げてみる。半端に中身を残したそれは、半ばから喰われるように一部を失っており、とても自然になるような状態とは思えない。

 

「ほう、これは何とも無残、無残、無残也」

 

「!?」

 

いきなりの聞き覚えのない廃れた老人の声。そして同時に背筋を走る寒気にも似た怖気。それが同時にゼロ距離から来た。

 

(接敵!?)

 

声を上げられるまで気配すら感じなかった。しかしだからといってその場に留まるのはあまりにも危険だ。両足同時の低い跳躍で、身を一瞬で三メートル近く、声の主から跳ね飛ばす。

 

「汝がギンガ・ナカジマか、汝とは初見だな」

 

声に視線を向ければ、その先に山吹色の僧衣を着込んだ、黄ばんで薄汚れた髑髏があった。

 

「我が名は“死僧”だいそうじょうという」

 

(だいそうじょう?)

 

その名には聞き覚えがあった。たしか……

 

「うっ、うわあ! あ、悪魔だ!」

 

思い出しかけたそのときに、一呼吸ほど遅れて、周囲の警備員達が死僧の姿に気が付き、パニックを起こしたように喚いた。

 

「くっくっく、何とも哀れな姿かな。真に高町等と同じ人間か」

 

(高町!?)

 

その単語で自分の記憶の中に引っかかるのは一人しかいない。それに連鎖して、眼の前の悪魔が何なのか一瞬で把握した。この悪魔の存在は妹から聞いている

 

「待ってください! この悪魔は私が応援で呼んだ、六課所属、人修羅の部下の悪魔です! 敵じゃありません!」

 

パニックを起こした警備員の喚き声にかき消されぬよう、大声を張り上げた。だがその程度では一度火のついた動揺を打ち消すどころか、耳に届かせることすらできなかった。

 

「喝ッ‼」

 

そのとき、鼓膜が震えるような、炸裂にも似た声がだいそうじょうの口から発せられた。それは自分が吼えても止めることが出来なかった警備員達の動揺を一瞬で打消し、それと同時に動きすら止めた。

 

「騒ぐなみっともない。見るに堪えんぞ」

 

そう言っただいそうじょうは何かを促すように、こちらを顎でしゃくった。声を作れということだろう。

 

「あ、この方は私と共に応援に来た、時空管理局、機動六課所属の人修羅の部下の悪魔、だいそうじょうです。敵では無く味方ですから安心してください」

 

(我と共に来たにしては、少々驚きが奇妙であったがな)

 

頭の中でだいそうじょうの声が響くが、無視を決め込んだ。

 

「な、なんだ。そうだったんですか……驚かさないで下さいよ」

 

「ええ、すみません。後で私からちゃんと言っておきますから」

 

(はてさて拙僧は何を言われるのやら)

 

無視した。

 

「わ、分かりました」

 

骸の僧侶に若干怯えつつも、警備員は身構えを解いた。

 

(妹のようにお人好しじゃの、貴様も。別段敵と言ってくれても構わんかったんじゃがな)

 

(貴方が構わなくても私が構うんです……六課にいるはずの貴方が、何でここに居るのかは知りませんけど。トラブルにならないように合わせたんですから、問題の無いようにしてください)

 

視線合わせず、死僧に応じる。

 

(ふ、豪胆じゃの。まあよい)

 

「ふむ、損壊をよく見られよ」

 

言われ荷台をよく見れば、その破壊痕は打撃や斬撃等の、武器による攻撃で破壊されたものでは無く。膂力で無理やり引きちぎったように伸び捻じれている。

 

「さて、貴様等はこの損壊を悪魔のものと判断しておったな、されどそれは間違いじゃよ」

 

「え? 違うん、ですか?」

 

「うむ、見たところ、これは一人によって成されたものだろう。しかし、このような積荷を襲う悪魔は群れて動く。単一で動く者達はこの程度の積荷を襲おうとはせん。ついで、弱小悪魔であったならば、積荷よりかそこの運搬者が肉片になっておろう」

 

小さな悲鳴を上げて更に小さくなった運転手を警備員に任せながら、だいそうじょうに新たな問いを重ねた。

 

「だったら、だいそうじょうさんはこれを何の仕業だと?」

 

「何と聞きなさるなら知らぬ存ぜぬ、しかし誰かと聞かれれは検討はつく」

 

「え?」

 

「儂はこいつを知っている。一度これと全く同じ手口を使った奴と戦闘をしている。しかし名は知らん。されどあれは人でも悪魔でも無い。あれは蟲じゃな」

 

「蟲?」

 

「この世界か、さもなくば他の世界の生物じゃろ……そこの貴様」

 

「はっ……はいぃ!」

 

「童のように怯えなさるな、この配達車の他、何か別の痕跡は無いかの?」

 

「え、はい! それはこちらに……」

 

そう言った警備員は横転したトラックのさらに奥、そこから十数メートル離れたところにライトを向けた。そこにあったのは、楕円状の機械が六つ転がっていた。

 

「ほう、これはこれは」

 

「ガジェット一型!?」

 

ガジェットドローン、どれもどこかしらを穿たれており、煙を上げている。

 

「これは……」

 

「我々や管理局の者仕業ではなかろう、しかしこの打撃痕、あまりにも小さいの」

 

言われてみれば、ガジェットの受けた打撃痕はどれも小さく、自分の拳と見比べても半分ほどしかない。

 

「あっ!」

 

ガジェットに視線を注目させて気が付いた。よく見れば地面に何か重いものを引きずったようなあとがある。それは薄れ、掠れながらも、トンネルの更に奥に向かっている。

 

「ほう、何かを引きずっておるの。さてさて、この移動跡を残すずぶの素人はどこへ向かったのかの?」

 

 

「……撒いたかな?」

 

鬱蒼と摩天楼が生え並ぶその隙間。物陰に身を潜む二つの影があった。影の一つ、突撃槍を携えたその影、エリオは背を付け、視線だけで先ほど自分達の走ってきた通路を確認した。

 

「わ、分かんない……さっきからフリードの探査にも引っかからなくなっちゃったし」

 

もう一つの影、小さな白竜を傍らに置きしゃがんたキャロは、走ってきたことにより微かに乱れた息を整える。

 

「引っかからなくなった? なら範囲外に出たのかな?」

 

「それか、向こうが何かしたのかも……」

 

エリオはもう一度視線を奥に入れる。視線を強化し、地面や左右の壁面にも視線を走らせる。黒いカビや染みこそ眼につくものの、それ以上に大きな影は眼に入らない。

 

「大丈夫だ……たぶん追って来てない、撒いたよ」

 

 

「ふぅ……」

 

壁に背を預け、一息を付く。そのとたんに、疲労を思い出し、膝が笑い出す。

 

「おっと」

 

崩れそうになった姿勢を、ストラーダので支える。石突が地面を穿ち、僅かなひびを入れたがそんなことを気にしていられる体力は残っていない。

 

「エリオ君、大丈夫?」

 

息を整え終えたキャロが心配顔で尋ねてきた。足元のフリードが全く同じ表情を作っているのを見て、笑み交じりで応じた。

 

「大丈夫、大丈夫だから。ちょっと休んだら移動しよう」

 

「うん……」

 

そう言ってキャロが隣に座り込んだ。そのまま暫し無言の時間が続いたが、すぐにキャロが口を合開いた。

 

「何だったんだろ……何で追われたんだろ」

 

俯き言われたその言葉に、どう答えたものかと思案し、出かける前にフェイトに言われた言葉を思い出した。

 

「エリオ、キャロ。二人だけで都市にでるのは初めてだから教えておくけど。都市にはいろんな危ない人がいるの、だからいきなり話しかけられたり、追いかけられたりするかもしれないから十分注意してね」

 

と、口を酸っぱくして何度も言われたのだ。

 

「やっぱり、出かける前にフェイトさんが言ったみたいな不審者だったのかな」

 

「……そうかな」

 

キャロの言葉に、自らの口が疑問を含んだ声を返した。どうしても追ってきたのがただの不審者だとは思えないのだ。

 

「追ってきた誰かの足音は聞こえなかった。壁を蹴って追って来てたんだ。明らかに戦闘慣れした人の動きだった。ただの不審者に出来ると思えないんだよ」

 

「戦い慣れた不審者?」

 

「……そういうこともあるけど」

 

一番想像したくない事を言われ、息を大きく吐いた。いつの間にか息が随分整っている。

 

「そろそろ移動しようか」

 

そう言い、勢いを付けてストラーダを担ぐように持った。

 

―――ゴト

 

「……?」

 

妙な音がした。ストラーダの石突をどこかに引っ掛けたのかと思ったが、それにしては聞こえる音があまりにも響きすぎている。

 

「ん、エリオ君どうしたの?」

 

先に進みかけていたキャロが振り向きこちらを見た。

 

「ねえキャロ。何か音が聞こえない?。何か、引きずるような」

 

口に出してみればそうとしか思えない。何か重量のあるものを引きずる音が断続的に、それも地面の下から響いてくる。

 

―――ゴト

 

「ほら」

 

「……?」

 

キャロは首を傾げてこちらを見る。聞こえていないようだ。

 

だが聞こえる。それも音はじわじわと移動をしているようで、徐々に西へ移動している。

 

「私には聞こえないけど……エリオ君は聞こえるの?」

 

「うん、移動してる……こっちだ」

 

裏路地を出、大通りへ、そして再び別の通りへと音を追っていく。

 

「……ここだ」

 

幾つかの通りを経由し、最後にたどり着いた裏路地に入り込んでみれば、既に音はキャロでも聞き取れるほどに大きくなっていた。

 

「……来た」

 

路地の床板の内の一枚が揺れ動き、そしてその下から生えてきた小さな手によって押し上げられ、外された。

 

「……ん」

 

そしてそこから現れたのは、怯えに潤んだ、紅瞳と碧瞳の二色の瞳を持った幼い少女だった。

 

「え?」

 

異口同音に発した声に、床下から這い上がってきた眼前の少女は、驚き持っていた床板を取り落した。

 

「―――あ」

 

そしてそれと同時に糸が切れたかのように、突然気を失った。

 

「あっ! ちょ、ちょっと!」

 

急ぎ少女に駆け寄り、その身が崩れるより先に支える。

 

「何なんだろ……この娘……」

 

気を失った少女に目立った外傷はなく、おそらく疲労によって気を失ったものと判断した。

 

「……?」

 

ふと、彼女の首、うなじあたりを支える手に、異物のような違和感を感じた。不審に思い、それを確かめようとしたとき、キャロがいきなり上ずった声を発した。

 

「エリオ君、この娘の手首……」

 

声に応じ、視線を首元から彼女の手首に移動させる。

 

「え、これって……!?」

 

そこにつながれていた物を認識した瞬間、首元の疑問など消し飛び、そして同時に自分の聞こえていた引きずる音が何なのかを理解した。

 

「レリックケース!?」

 

少女の細腕に、レリックケースが鎖で繋がれていた。それは封印されており中身は健在で、標示コンソールもそれが正しいことを示している。

 

「何でこの娘がレリックを……?」

 

疑問が思わず形を作ったが、気を失った少女は答えてくれそうにはない。

 

「エリオ君、どうする?」

 

「……うん、取り敢えず本部に連絡、それとスバルさん達も街に来てるはずだからそっちにも連絡だね。僕が本部に連絡するから、キャロはスバルさん達に」

 

「うん、分かった」

 

連絡のための空間モニターを複数を同時に開く、連絡先はなのは、フェイト、はやて、シャーリーの四名だ。

 

 

「ん?」

 

ティアナとの買い食いを楽しみ、歩き疲れたために公園のベンチに並んで休憩をしていたそのとき、眼前に空間モニターが展開した。呼び出し主欄に表示されている名はキャロ、しかしプライベート通信ではなく、六課としての軍事通信だ。

 

「何だろ? 向こうで何かあったのかな?」

 

横のティアナが空になったジュースカップを手摺に置き、了承のボタンを押した。

 

『スバルさん! ティアナさん!』

 

画面に私服姿のキャロが映し出された。

 

「よっ、キャロ。その私服良いね、似合ってるよ」

 

『え!? えっとあの……?』

 

横のティアナに脳天を殴打された。

 

「いったいなあ。何すんのさティアナ!」

 

「うっさいバカスバル。黙ってて」

 

 

取り敢えず横のスバルを黙らせ、困り顔のキャロに応じた。

 

「で、どうしたのキャロ。軍事通信ってことは、何か問題? 事故でもあったの?」

 

『はい。えっと、これ見てください』

 

モニタ画面がやや左下にずれた、どこかの裏路地の背景のそれは、中央にところどころを汚した少女を映した。

 

『この娘が脚にレリックケースをつけて、地下を移動していたんです』

 

「レリックケースと一緒に? ならレリックは!?」

 

『えっと、はい中のレリックもちゃんと……』

 

 

中身もある。そのエリオからの連絡を六課のロビーでなのはとフェイトは聞いていた。一応、スバル、ティアナの方からもモニターは開いている。

 

『はい、ですが……』

 

そこでエリオは言いにくそうに言葉区切った。それが何故かは分かる

 

「シャーリー、ロストロギアの反応はエリオの報告とほぼ同時期に確認されたんだよね?」

 

「はい、若干の誤差はありましたけど、ほぼ同時期です」

 

それはつまり。

 

「地下だとロストロギアの反応は出ないってこと?」

 

「いえ、そうではありません。都市部でロストロギアが見つかったのが初めての事例ですから断言はできませんけど、おそらくロストロギアの反応は電子にも似たものですので、地下に埋まっている大量の電線やファイバーがチャフやジャミングの役割をし、結果として反応していないのかと……」

 

「敵センサーは地下にも対応するから気付かなかったな……新しい問題だね、気付けて良かった」

 

「うん、そうだね。分かったエリオ、キャロ。みんなごめんね、いきなりだけど休暇はおしまい。エリオ達はその場待機でスバル、ティアナと合流。それと今街にスルトさんとトールさんも居るはずだから、そっちにも通信を」

 

『その必要は無い』

 

『うわ!?』

 

『ひゃ!?』

 

音もなくスルトがモニターの背景に溶け込むように立っていた。ちらと見た人間形態ではなく、いつもの巨人の姿だ。

 

「い、いつの間に……」

 

『始めからだ』

 

『は、始めからって、いつからですか!?』

 

『始めからだ』

 

『………いつのですか』

 

『始めからだ』

 

『もしかして僕たちを追って来てたのって……』

 

『始めからだ』

 

何か妙な空気が画面の向こうから伝わり始めた。事情を知る身としては、このまま放っておきたい気もするが、今は仕事優先だ。

 

「はいはい、無駄話はそこまで。じゃあ、スルトさんは現場周辺の警護をお願いできますか?」

 

『非常に了解。我に任せよ』

 

「……あれ? スルトさん……トールさんと一緒じゃなかったんですか?」

 

フェイトの言葉に、一瞬だけスルトが動きを止めた。それに不信を感じたものの、それが形になる前にスルトが言葉を送ってきた。

 

『トールは現在別行動中だ。わけあってこちらには合流できん』

 

「それはロストロギアよりも優先すべきことですか?」

 

『そうだ、だがそれは我が主に関わることで貴様等には関係ない』

 

凛としたその物言いに、フェイトはそれ以上の追及をやめたようで、分かりましたと会話を切った。

 

『おっと待て、もう一つ言うことがある』

 

モニターを閉じようとしたとき、スルトが言葉を放って来た。

 

『この娘の鎖だがな、端の形が妙だ。鎖の内側に押し付けたような跡がある。この鎖、これよりも先がある』

 

取り出した簡易デバイスで鎖の先を示しながらそうスルトは言った。

 

『え!?』

 

『無駄だエリオ。貴様では分かるまい。この娘が移動中に分かたれたか、どこかにこれと同じものがもう一つある』

 

「ん……エリオ、その鎖の先の画像を拡大してこっちに送ってくれる?」

 

『あ、はい分かりました』

 

それはすぐに来た。だがスルトの言うようによくは分からない。

 

「シャーリー、スキャンは……」

 

「もう終わってますって。確かに先端部や周辺の疲労度、損傷具合から見てこれは末端ではありません。これよりも後ろに同質量の物がもう一つ繋がっていたはずです。しかし、私でもスキャンしなきゃ分からないことを、何で見ただけで……」

 

「まあ、それは仕方ないよ。エリオ、聞いた通り。たぶんその娘の移動経路のどこかに、もう一つレリックがあるはず」

 

 

言われた言葉にエリオは少女が這い上がってきた正方形の暗闇を見た。

 

「この先に……」

 

「おーい」

 

そのときスバルとティアナがその場に現れた。連絡からまだ三分と立っていないところをみると、かなり近くに居たらしい。

 

「スバルさん、ティアナさん」

 

「うん、来たよ。それでこの娘が?」

 

「はい」

 

『よし、皆そろったね。じゃあ任務開始。さっき非常警戒の令を出したから民間の人達はあと数分もすれば皆非難するはずだから、ティアナはそのお手伝いね、それが終わったら索敵ね』

 

「了解しました」

 

『それでスバルはそっちにシャマル先生が行くまでその娘の護衛、レリックの匂いを感じたガジェットがそっちに向かってるかもしれないからその迎撃もね』

 

「分かりました!」

 

『うん。で、エリオとキャロはその娘が出てきた地下をたどって、レリックの捜索を、もしかしたらそっちにもガジェットが行ってるかもしれないから警戒は十二分にね』

 

「はい!」

 

「分かりました!」

 

「ふむ、我は周辺警護と言われたが、対敵もかねよう」

 

『有難うございます。あ、こっちに残ってる悪魔の方々で、誰かそっちに向かわせましょうか?』

 

画面の向こうでなのはが言った言葉に、スルトは即座に拒否した。

 

「いや駄目だ。だいそうじょうやセトは都市戦に向かぬうえ、人間どもの混乱を煽る可能性もある。ピクシーならば良いかもしれんが、あの悪戯者が我が主以外の命令を聞くとも思えん」

 

『分かりました、じゃあ人修羅さんに連絡は?』

 

「それも不可だ。我が主は調査を邪魔立てされることを何よりも嫌う。例え天変地異で呼び出したとしても無視するだろう。非通知の連絡だけ頼む」

 

『了解です。じゃあ皆、行動開始!』

 

「はいっ!」

 

その声と共に全員が同時に動き出した。

 

「よっ!」

 

「んっ!」

 

エリオとキャロは地下へ。

 

「じゃ、ティア!」

 

「ヘマすんじゃないわよ」

 

少女とレリックを抱きかかえたスバルとティアナは地上にだ。

 

 

「……ここにいる」

 

都市のほぼ中央、一際巨大な建造物の上に彼女は居た。ルーテシアは藤色の髪を風になびかせ、眼下を見下ろし呟いた。

 

「ええ、まさかルーお嬢様やガリューさんを退けて、まさかここまで逃げるとは思いませんでしたわ」

 

そのルーテシアの後ろに、別の女性が二名いた。彼女等は同じ青のドライスーツを纏っており、しかし長髪と短髪の違いがある彼女達は、それぞれが悠然と風に背を向け立っていた。

 

「ガリュー、大丈夫?」

 

ルーテシアがアスクレピオスに語りかける。

 

「――――」

 

「……そう、分かった。大丈夫ならいいの」

 

「ルーお嬢様。地上の制圧と回収は私とディエチちゃんが担当しますので、お嬢様は地下のレリックの回収をお願いしますわ」

 

「ん、分かった。クアットロとディエチも気を付けてね」

 

「ええ、承知してますわ」

 

言うや否や、クアットロとディエチはその場から姿を消した。彼女等が消えても、しばらくその場をじっと見つめていたルーテシアだったが、数秒たってからやっと動いた。

 

「じゃあ、私達も行こ、ガリュー。先に来てるアギトとも合流しなくちゃ」

 

そしてルーテシアは飛び降りるように、眼下の世界に身を投げた。

 

「……ん」

 

落ちながら、ルーテシアはアスクレピオスに髪と同じ藤色の光を宿らせ正面に、地面に向けかざした。すると、ルーテシアの身体は地面に激突することなく、地面をすり抜けるように通り抜けた。

 

そうして都市地上から彼女達の姿は消えた。

 

 

世界を渡り、ミッドから別の世界へ。聖王教会本部のあるこの世界で、一つの会議が終了していた。

 

「では、前々から決めていた通りに、陸士一〇八部隊から機動六課への協力配属は、ギンガ・ナカジマ陸曹、ラッド・カルタス二等陸尉の両二名ということで決定です」

 

シャッハの声が四名しかいない会議室に響いた。

 

「機動六課了解した」

 

「陸士一〇八部隊了解だ」

 

それに応答を返すのはシグナムと、一〇八部隊の隊長でもあり、スバル、ギンガ両名の父親でもあるゲンヤ・ナカジマだった。

 

「両部隊の決定も得られましたので、それではこれにて本会議は終了となります」

 

 

シグナム、シャッハの両名が退出した後も、ゲンヤとラッドはしばらく会議室に残っていた。

 

「ギンガには既に言ってあるんだけどな」

 

幾つかの事務的な会話を交わしたのち、ゲンヤはラッドに言った。

 

「ラッド、最後の確認だけどよ、お前今回の協力捜査の裏の目的、覚えてるよな」

 

「ええ勿論、表面はレリック事件の協力捜査ですが、それと同時に、人修羅という六課に協力している悪魔の本当の目的を探ること、ですよね」

 

ラッドの言葉に、ゲンヤはああ、と頷いた。

 

「今回の合同捜査には陸士部隊が機動六課―――否、人修羅という悪魔が率いる悪魔戦力というものを調査、及び監視するという目的も含まれている。八神やスバルには騙してるみたいだけどな、上からの依頼だ断れん」

 

「一〇八部隊は唯一六課と接触しても違和感のない部隊ですしね」

 

「管理局の無限書庫に、人修羅の部下だとかいう悪魔が三体常駐してるだろ? あいつ等の閲覧履歴をユーノ司書長に頼んで見せて貰ったんだがな、何の一貫性もねえんだ」

 

言ってゲンヤはそのリストをモニターに表示しラッドに見せた。

 

「良く解る初級魔法。S級犯罪者リスト。初めてのミッドチルダ。ギャラールホルン。大植物図鑑……何ですかこれ」

 

「な? 何がしたいのかさっぱりだろ? 人修羅は八神との交渉の際に、力を求めるって言ったらしいが、それがどういったものなのかはさっぱりだ。権力なのか武力なのか、もしくは財力なのか。曖昧な目的でこっちの懐に入ってきている無茶苦茶強い奴を無条件で信じられるほど、上は大らかじゃないってことだ」

 

ゲンヤはモニターを消し、苦笑いを作った。

 

「機動六課は現在、時空管理局内において唯一の悪魔戦力を保持している部隊だ。管理局の持ってる悪魔の情報も、全部六課から来たもんだ。六課の重要性は今や時空管理局内でトップクラス。だが同時に最も危険度もトップクラスだ」

 

「二冠達成ですね。それほど上は悪魔を重要視していると」

 

「ああ、悪魔の持つ独自の能力は重要だ。前のアグスタ警備任務でそれは立証されてっしな。

人修羅って奴の出した戦績は個人が出していいもんじゃねえ。あの任務以来、他のいくつかの部隊が、六課からもたらされた情報を元に悪魔の捕獲を試みちゃあいるが、成功した部隊はない」

 

「何時かは成功しますかね」

 

「いや、これからも成功する部隊は無いだろうと俺は思ってんだがな。六課んとこの悪魔みたいに友好的な悪魔がまず存在しない、どいつも攻撃的な連中ばっかだ。仮に出来たとしてもCランク程度の悪魔だ。即時戦力にはならん」

 

その言葉に、今度はラッドがモニターを開いた。

 

「スルト、トール、セト、暫定SSランク。メルキセデク、オーディン、暫定S+ランク。だいそうじょう、測定不可能。人修羅、ピクシー、オーバーSSSランク。どれも化け物じみた魔力値ですね。そして魔力ランクに見合っただけの戦闘能力を備えている」

 

「Sランクを超えるような力を持った悪魔、これから先も、持つことが出来るのは六課だけだろってな。ほとんどの部隊長はそう思ってるよ。初期のころに六課を潰そうとしてた連中も、今じゃ六課をどっかと併合した方が良いって考えだしな」

 

「取り潰すんじゃなくて併合ですか……」

 

「八神が秘密裏に全て処理してっから気付いている隊員はいないだろうが、機動六課を取り込もうとしている部隊を全て打ち払っている。あの小娘は表面お気楽にしていながらそれだけのことをしている。あの若さで大したもんだよ」

 

「今回の件、ばれますかね……」

 

「恐らくばれるだろうな、八神は勿論だが、下手をしたら人修羅自身に気付かれる可能性がある。クロノ提督やヴェロッサから聞いたが、奴の頭の回転速度と勘は尋常じゃないみてえだからな、少し話を耳に入れられただけで気付かれるかもしれん」

 

「流石に過大では? 聞けば人修羅のプレッシャーはかなりのものらしいですし、それに圧されたということも」

 

「相手は人間では無く、悪魔なんだよ。おとぎ話に出てくる化け物なんだ。どんな技能を持っていてもおかしくねえ」

 

ふう、とゲンヤは深く椅子に座り。ぼやく様に呟いた。

 

「こんな冗談みたいな怪物と一緒で何か月も、スバルは大丈夫なのかねえ」

 

 

「そろそろ提督稼業も板についてきたようですね。その制服もにあってますよ、クロノ・ハラオウン提督」

 

「御冗談を騎士カリム。提督の友人間では酒の席でも似合わないと言われますよ」

 

聖王教会の最上階、カリムの仕事部屋でもあるこの部屋に今、一組の男女が居た、クロノとカリムだ。

 

「失礼します騎士カリム」

 

そこにノックの音と共に、声が来た。そして僅かな軋みを立てるドアを開け、シャッハとシグナムが靴音を立てて現れた。

 

「あらシャッハ、シグナム。会議はもう?」

 

「ええ、滞りなく」

 

「そう、なら良かったわ。今ちょうどクロノ提督と機動六課のこれからを話そうと思っていたところなの―――」

 

だが、そうはならなかった。顔を合わせるカリム等とシグナム等、その中央に一枚のモニターが出現したのだ。

 

『カリム! それとクロノ君!』

 

八神はやてだ。しかも非常用軍事通達だった。

 

 

『どうしたのだ主はやて、問題ごとか?』

 

映るモニターの向こうには、丁度いいことにクロノとカリム、シャッハとシグナムの全員が映っていた。傍らにリインを置きつつ、現状を伝えるための言葉を言った。

 

「全員おるならちょうどええ。緊急事態や簡潔に言うで、都市部で二つのレリックが見つかった」

 

その言葉に、それまで画面の向こうにあった暖かい空気が一瞬で冷めた。だが本題はまだなのだ、まだ止まってもらっては困る。

 

「しかも問題なんはその後や。発見したエリオ達によれば、レリックを持っとったんは年端もいかん女の子やったんよ」

 

『女の子? スカリエッティの一味の者でしょうか?』

 

「それは分からへん、本人に聞きたいところやけど、気いうしなっとるし今は後回しや、見つかっとるレリックの内の片方は既に確保済みや、けどもう一つは下水路に落ちとるみたいで行方不明や」

 

『その探索は誰が?』

 

「エリオとキャロに向かってもらっとるけど、いつガジェットが―――」

 

そのとき、シャーリーの操作するメインシステムが警報音を鳴らし、表示枠の中でグレムリンが複数の赤点を描いていく。

 

『今来たみたいだな』

 

「そのようやね、数は……はー、また多いなあ」

 

大型モニターを見れば、都市部に円状に添付する赤の点はとても片手で数え切れる数では無い。

 

「数はだいたい四百近くですねー」

 

『アグスタの時ほどじゃないが、流石にレリック二つともなれば、相応の数は来るってことか』

 

「そうみたいやね、お」

 

見ていると、赤の点の一部が抉られたようにごっそり消え、円が歪な形を作り、三日月となった。おそらくスルトだろう。

 

『主はやて、現場で私の手は必要だろうか?』

 

「いや、既に現場には新人の子達と、それからスルトさん、トールさんが出とる。私等隊長格三人も出動や。悪いんやけどシグナムはそのままそっちに残って……ああ、ちょっと待ってな。カリム、ちょっとええ?」

 

『? なんですかはやて』

 

「さっき言った女の子の事やけどな。その子の第一次保護先、聖王教会にしてもろうて良い? 勿論、一日二日で良いんやけど」

 

『何故ですかはやて、その娘が何であれ、レリック絡みの件なのであれば六課に最優先の権限が与えられるでしょ? わざわざ世界を跨いでこちらを保護先とする理由は?』

 

分かってるくせに、とそう思うがモニターの向こうにはクロノや自分の部下の姿もある。部隊の長としてのポーズを持つのも面倒やなと思いつつ口を開く。

 

「今回のこの娘はかなり例外なパターンや。今までの件で新しくレリックが見つかったんはどれも、レーダーに引っかかったんものか、もしくは新規発掘されたもんや。せやけど今回はちゃう」

 

と、モニターの向こうだけでなく、いつの間にか周囲の六課の職員も自分の言葉に耳を傾けているのが雰囲気で伝わってきた。

 

……前は何でこないな空気になってん。って上がったもんやな。と時空管理局に入隊した頃を思い出しつつ、言葉を作った。

 

「レリックが人の手から見つかる。それも骨董品として所持しとった富豪の類やのうて、正体不明の女の子からや。スカリエッティと直接の関わりがあるっちゅう可能性が高いっちゅうことや」

 

『つまり?』

 

「さっきも言うたけど、この件は例外なパターンや。今までの相手は人やなかったから大丈やったけど、これであの娘がどっかの令嬢かなんかやったら厄介すぎや。六課の失脚を狙っとるとこは両手で数え切れへん」

 

だから

 

「迅速に、更にトラブルの無いようにこの問題を片付けるんなら、六課だけでなく、聖王教会にも同席してもろたほうがいい」

 

『それはつまりこちらにも責任の一端を負わせようと?』

 

「その言い方は無しやでカリム。私等ん後ろ盾んなったときから想定してたことやろ?」

 

モニターのカリムが仕方なさそうに苦笑いを浮かべるのを了承と判断し、中断していたシグナムとの会話に戻る。

 

「と、いうわけやシグナム。シグナムはそっちに残っててほしいんや、もちろん私等も行くけど、リアルタイムで教会に六課のもんがおったほうがええからな」

 

『了解した主はやて』

 

シグナムが頷きの形を作ったモニターの横、左隣に新規に立ち上がるものがあった。

 

『その都市のレリックについて、少々よいでしょうか、八神二佐』

 

自分が展開したモニターの横に、新規のモニターが立ち上がった。割り込んできたそれ見ればそこに居たのは、スバルの姉であり、近日に六課に協力という形で配属される予定のギンガだった。

 

『会議中申し訳ありません八神二佐。現在都市部に程近いトンネル内で発生した、トラック横転事故の現場に居るのですが。そこに何か重い物を引きずって移動した者の痕跡と、破壊されたガジェット一型が六機、恐らく……いえ、ほぼ間違いなくそちらの件と同一の事柄かと思われますので、そちらの都市部における作戦の飛び入りの許可を願いたいのですが』

 

「あー……」

 

言われた内容に、如何したものかと言葉を探す。共同の任務は自分一人で決められることではない。これでもし、ギンガの独断行為で海陸の間に問題が起こったら面倒になる。一〇八部隊との共同捜査の前哨として処理するにも面倒だ。

 

『問題あるまい、八神』

 

そのとき、ギンガよりも知った声が何故かモニターの向こうから来た。

 

「……何してん」

 

『気にするな、説法の旅に出た折にここに遭遇しただけだ』

 

『はやて? 今シャッハに確認させたのですが、ナカジマ三佐からも許可が出ています。共同捜査の予行に丁度いいだろうと』

 

「んー、ならええか、了解した。ギンガ、なら貴女はそのままだいそうじょうさんと共に現場に直行してくれる? 詳しい状況はモニターで送っとくで確認しい」

 

『任務了解しました』

 

ギンガとの通信が切れた。だいそうじょうの姿が見えないとは思っていたが、何をしているのか。

 

「ん……ああそうや、も一つあったわ。クロノ君、ええ?」

 

『何だ?』

 

「念のため何やけど、私の魔力限定の解除を三段階お願いしたいんや」

 

『三段というとSか? 一応理由を聞いておこうか』

 

「ガジェットの数が多い。今スルトさんが潰してくれとるけど、それでも援軍で来るガジェットとどっこいの数しか潰せとらん。私等んなかでこれだけの数を一気に叩き潰せるんは人修羅さんかピクシーさん、あるいはセトさんか私しか居らへんのや」

 

既に先ほどスルトが削った三日月は円にその形を戻している。思わず溜め息一つ。こういう場面で悪魔達は好き勝手だから扱いづらい。人修羅と相談すべきだろうか。

 

「せやけど、人修羅さんは呼び出し拒絶。ピクシーさんはこっちの命令聞かへんし、セトさんはその後の二次災害が酷いことんなる、論外や」

 

食事の席で聞いた話だが、セトが本気で殲滅を行えば、圧力で周辺全てが砂漠になるという。そうなればいくら人修羅でも修復に数十年単位の時間がかかるという

 

「そーなると、私しか居らん。けど今のランクやったら少々心もとないんや」

 

「解放したはやてちゃんなら四百でも、四万でも楽勝ですからねー」

 

いや、流石に四万は無理だが、何か言うと更に面倒そうなので放置しておく。

 

『……悪魔側の理由に色々言いたいことはあるが、了解した。現場に着くと同時に魔力制限の解除を行う』

 

「……おおきに」

 

席を立つ、既になのはとフェイトはシャマルの乗ったヘリと共に、先に現場に向かっている。

 

「さて! 久々の現場やな!」

 

「です!」

 

待機状態のデバイスを取り、弾くように椅子から立ち上がる。

 

 

「それじゃあ……シャマル先生。この娘お願いします」

 

「はい、了解したわ」

 

それだけの短いやり取りの後、ヴァイスの操縦するヘリは再び空へ舞い上がった。正体不明の少女を乗せて。

 

『なのはさん! 護衛任務終了しました。次はどうしましょうか、エリオ達の応援に行きますか?』

 

 

「んー、そうだねー」

 

数百メートルほど離れた位置に居るスバルからの視線と声に、如何しようかと思案したも。

 

「行かせていいんじゃない? 地上は私達とスルトさん、ティアナもいるし。それに飛行能力のないスバルじゃヘリの護衛は難しいよ」

 

傍らの相棒の声に思案した内容を固め、そうだねと頷いた後、スバルに声を飛ばした。

 

『うん、スバルはエリオとキャロの応援ね。まだ接敵したって報告は来てないけど、レリックを確保するまでは気を抜けないからね』

 

『了解しました!』

 

念話が切れた直後スバルは跳びだした。

 

「さて、地下でガジェットは未確認だけど、地上にはまだ沢山いるからね」

 

フェイト上空からスバルがビル側面をほぼ垂直に駆け下りていくのを眺めながらそう呟いた。

 

「未だにガジェットは……総数を四百を前後してる。型は一型のみ、悪魔は無し……珍しいね」

 

そのとき、近くのビル屋上の手摺に何かが着地した。手摺をひしゃげる勢いで降り立ったそれは、業火の太刀を担ぎ、身体の各所から焔を登らせるスルトだった。

 

「見物か? 増援か?」

 

視線を眼下の敵軍から反らすことなく、スルトは簡潔にそれだけを聞いた。

 

「増援です。手が足りないかと思いましたので」

 

「見くびるな―――と言いたいが、助かる。我一人では数を拮抗させる程度しか出来ん。殲滅に協力願う」

 

苛立ったスルトが足元に唾ならぬ、火種を吐いた。

 

「ですけど、私達が参戦したとしても、ガジェットの殲滅は無理だと思います」

 

「? 何故か?」

 

フェイトの言葉にこちらを見たスルトに、

 

「規模と数、それに増援が大きすぎるんですよ。わたし達二人はスルトさん程速く狩っていけるわけじゃないですし。わたし達だけで殲滅を考えるなら人修羅さんに来てもらった方が速いくらいです」

 

「ではどうすると。不可というなら何も出来ん貴様等は何のために来た?」

 

「……バッサリ言いますね。わたし達がするのは時間稼ぎですよ。広範囲殲滅魔法が可能なはやてが来るまでの」

 

だがスルトは眉をひそめた顔のまま、再び眼下で群れるガジェットを見下ろした。

 

「……だが、無駄やもしれん」

 

「え?」

 

疑問するこちらに、スルトは眼下のガジェットの中の一体を顎でしゃくってみせた。

 

「先ほど我が片付けた内の一体だが、見ろ、中部装甲を半ばまで切断し、内側を炎で溶かしたというのになお動いている」

 

確かにそガジェットは、鋭い切り口で断たれ黒煙を上げていている、だがそれでも、不安定な動きではあるが問題のない動きを見せている。それどころか少し目を凝らせば、あちらこちらに全面を溶かされたものや、装甲を割り砕かれたもの、果ては原型を留めていないものなどが、それでも動き回っている。

 

「なっ!? それじゃ敵援軍は!?」

 

「そんなものは無い。斬った端から動き出されるだけだ」

 

スルトは苛立ちを隠そうともせずに舌打ちをした。

 

「異様だ。アレ等は生体金属で出来ているのでも、マガツヒを内包しているわけでもない……本当に敵反応はあの機械共だけなのか?」

 

「他の敵……悪魔が居ると?」

 

「そうとしか思えん。グレム」

 

『あいおー』

 

スルトの短い呼びかけに対し、グレムリンがモニターを立ち上げて応じた。空間モニターはスルトの前だけでなく自分と、フェイトの前にも現れた。

 

「もう一度索敵をし直せ、戦場がおかしい、他にも何かいるぞ」

 

『何かってなんだよ。し直すっつったって、今だって毎秒二十回更新してんだぞ、何しろってんだよ』

 

「ならば敵を見つけ出せ、索敵のみで言えば、今の貴様は我が主を除く全員に勝っているのだ。仕事をしろ」

 

『つってもよー、索敵値は理想値だぜ? これ以上にしたら羽虫にも引っかかりだす―――あ、そうだ』

 

「む?」

 

『索敵とはかんけーねーかもしれねーけどさ、あいつら起き上がる条件があるみたいなんだよ』

 

「条件? どういうことだ?」

 

『再起動の時間にムラがあんだ。アンタが斬った直後に動くのもあれば、数分立ってから動くのもある。んでもその条件が分かんねーんだけどな』

 

「そうか……」

 

太刀を持ったまま器用に腕を組んだスルトは、聞きに徹していたこちらに顔を向け口を開いた。

 

「高町、テスタロッサ。一つ聞くがこの都市の耐久は、あの訓練場のニュートラル設定と比べ、どの程度のものだ?」

 

「ほぼ同じです。例外として一部の重要施設の強度は私達でも破壊は難しいですが、それ以外の一般施設はそこまで固くありません」

 

「重要施設の耐久は魔力ランクSが複数で囲んでも数十分は持つ、かな……人修羅さんならすぐだとは思いますけど」

 

そうか、と再び言ったスルトは、グレムリンから送信されてきた重要施設の場所を眼に通し、ならばと立ち上がった。

 

「ティアナは確かまだ地上に居たな? ティアナ、聞こえるか?」

 

『何です? こっちもガジェットの処理で忙しいんですけど』

 

「では手早く聞こう。貴様は己が幻影を作り出せるな? あれは貴様と視界共有することは可能か? 可能であるならば幻影を三体用意できるか?」

 

『一応レベルで出来ますけど……使用にかなりカートリッジ使いますし、それでも十数秒しか持たないですよ? 使い物になる能力じゃないです』

 

「十全だ、五秒持てば良い」

 

と言ってモニターの向こうで怪訝そうな表情を作っていたティアナから視線を外し、スルトは再びこちらを見た。

 

「協力してもらうぞ御三方。八神が来る前にこの場を片す」

 

「片す…って何する気ですか?」

 

「やることは単純だ。見敵必殺、それだけだ。ああそうだ、建築物の損傷等は気にするな、修復再生諸々は全て我が主に押し付ければ良い」

 

と言ってスルトは一枚のモニターをこちらの前に出現させた。都市部の簡易地図に複数のラインが引かれたそれを見て、スルトが何をする気なのか、一瞬で把握した。

 

『……ホントにこれで行くんですか?』

 

「作戦は非常に単純ですけど……でも、上手くいくんですか? 流石にここまで敵も馬鹿じゃないと思うんですけど」

 

ティアナが疑問し、フェイトがスルトに尋ねた。それについてはこちらも同意見だ。スルトの提案はあまりに単純で敵に読まれる確率が非常に高い。

 

「まあ、そうだな。客観的に見ても流石に単純と思う。我が主ならばもっと良い案が出るのだろう。だが、な、予測の範疇だが、この現象を引き起こしている者に心当たりがある」

 

「え?」

 

「恐らくだが貴様等も対面したことがあるはずだ。我の思う者ならば必ず引っかかる。それにだ、成功しなくとも別に問題はあるまい。八神を待てばいいだけだ」

 

何はともあれだ、とスルトが飛び出すために膝を曲げ呟いた。

 

「付き合え、やるだけやれば良い。どうせ他に出来ることもないのだからな」

 

 

「Humpty Dumpty sat on a wall♪」

 

ガジェットの殆どいない路地の一角。薄暗いそこに、場違いな歌声が響いていた。

 

「Humpty Dumpty had a great fall♪―――あら?」

 

だが不意に、声の主はその天使のような歌声を止めた。そしてその金の瞳を澄み渡る青空へ向けた。

 

「―――」

 

彼女は言葉を発しない。だがその金の瞳は全てを捉えたように空を見続ける。

 

「来た」

 

そして最後に短くそう呟くと、彼女はその姿を幻のように消した。もう彼女の姿はそこにない、ただ残るのは破砕された瓦礫の残骸と、辺り一面にぶちまけられた、おびただしい量のマガツヒだけだ。

 

 

ティアナは都市部のど真ん中に居た。それも地上部では無い、中央部にある最も高い建造物、都市庁の屋上だ。風の殆ど無い今日の日和は、屋上といえど穏やか風を運ぶだけだった。

 

(うあああ―――! あああああああ―――!!)

 

しかしティアナの心内はそんな穏やかなものでは無い。その理由が眼前に現れたモニター三枚から、声で運ばれてきた。

 

『スターズ1配置につきました』

 

『ライトニング1準備完了しました』

 

『業火の太刀、無問題だ。早く始めてくれ』

 

なのは、フェイト、スルト。自分よりはるか各上。隊長二名とその同格の者が自分の指示を待っているのだ。

 

「わ、分かりました、カウントを開始します」

 

(ああああ―――!!)

 

表面上は冷静に対応出来たと思う、そう信じたい。だが心内は緊張とプレッシャーが台風もビックリな勢いで暴れまわっている。

エース・オブ・エースと名高い高町なのは。彼女と同等の力を持つフェイト・T・ハラオウン

そして下手をすれば彼女達よりも強いスルト。これだけの大物が自分の号令で作戦を開始するのだ。緊張しない方が逆におかしい。

 

「十・九―――」

 

スルトの提案した作戦は、それ自体は単純なものだ。なのはとスルト、二人が全力でガジェット群を円を描きながら潰していき、再起が始まった箇所を自分が発見。そしてその先をフェイトが叩くというものだ。スルトが言うには、この再起動は時限式ではなく、どこからか一定周期で魔法が送られ起動するようになっているらしい。つまり円状にガジェットの残骸を並べれば、

どの方向に起動犯が潜んでいるか分かると、そういうものだ。

 

「八・七・六―――」

 

問題が一つあるとすれば、この作戦はフェイトを除く三人が一時的だが極度の疲労に襲われるため、起動犯の処理をフェイトのみに任せなければいけないということだ。

 

「五・四・三―――」

 

しかしそれも数秒。細かく言えば八秒の時間を得るだけで、なのはもスルトも復帰できるらしい。どっちも化け物と思うが、逆にそれくらいできなければ一線で活躍し続けることは難しいのだろう。

 

「二・一―――Go!!」

 

自身の声と同時に幻影三体を出現させ、己を含め東西南北に視線を飛ばす。そしてその中に、なのはとスルトが完全に同時に飛び出す姿があった。なのはは右方に、スルトは左方に、都市庁を回るように両者は行った。

 

スルトは業火の太刀を振るいながら周囲に火炎をまき散らし、もはや剣士では無く意志のある炎のように突っ走った。彼の振りまく火炎に触れたガジェットは、触れた端から炎に包まれ、そしてすぐに動かなくなる。重要施設であるこの都市庁には被害がないとはいえ、その迫力は思わず後ずさりをしてしまうものだ。

 

なのはは訓練では見たことのないような速度を持って移動し、その傍らにはやはり訓練で見たことのない異常なまでの魔力弾があった。軽く見ても三十以上の弾丸は周囲を無差別に動いているようで、だが確実にガジェットに大穴を開けていく。

 

(おっと……)

 

見とれている場合ではない。この作戦は自分が要なのだ。眼に力を入れ、視界を広げる。

 

「っつ……」

 

だが、この視界が四分割されている感覚は何度やっても慣れないし、行うたびにめまいのような幻通が来る。

 

この視界共有の技を作ったのは六課に来る前、まだスバルと組んでいた訓練生時代に作ったものだ。

元は索敵や斥候のための魔法だったのだが、幻影よりも分身に近いこれは、どう頑張っても視界共有の間は、自分も幻影も動くことが出来ず、幻影の動きも自身の動きをトレースしたものしか出来なかった。

更に幻影にダメージを与えればそれも自分に返ってくる、しかもそれが他の幻影にも伝わるため結果、幻影の数×ダメージ、という意味の分からない技になってしまっていた。しかも近場にしか出せないし、おまけに魔力も大喰いだ。

 

(まさかまた使う日が来ると思わなかったんだけどっ!)

 

火炎人と魔力弾はガジェットの数を異常な速度で喰い漁って往く。四百近くあった数値が見る間に減っていった。そのとき、一部のガジェットが再び動き出したのを視界の隅で確認した。

 

『来ました!! 方向南南西です!』

 

そう言った瞬間、幻影三体が消え、そして同時にとんでもない疲労感が来た。

 

(……もう絶対使わない)

 

疲労には慣れたつもりだったが、疲労に耐性は出来ない。そう実感し自らの意思と無関係に後ろに倒れた。倒れる視界の中に、南南西に向かう金の光芒を確認しながら。

 

 

「あれね!」

 

フェイトの視界は一つの建築物を捉えた。ティアナの示した南南西、その一角にあるビルの一つだ。その周囲にも、なのはやスルトが破壊したガジェットが転がっている。だがそれらは、地に伏せる前に起動を再開している、他の箇所と比べ、明らかに速い。

 

「バルディッシュ! フェームチェンジ、ザンバーフォーム!!」

 

【yes sir】

 

バルディッシュの形状を大鎌から大剣へ、敵は既にこちらに気付いているだろう。ならば逃がさぬためには何をすればいいか。

 

「ジェットザンバ―――ッ!!」

 

逃げ場ごと、周囲一帯を浄土にすれば良いだけだ。バルディッシュを振りかぶる、技を発動したバルディッシュは幅や厚みは通常と変わらない、だが長さは二十メートルを超えていた。

 

「はあっ!!」

 

ビルを横一閃。そして返す刃で縦一閃。十字切りだ。一瞬で四等分されたビルは、すぐにその形を保てなくなり、四つバラバラに瓦解、そして自らの自重で轟音を立て圧砕した。

 

「これで良し、と。後は―――なっ!?」

 

バルディッシュをザンバーフォームからハーケンフォームに戻し、残骸となったビル群の前に、降り立とうと姿勢を整えたそのときだ。

 

『突進』

 

ほぼ真下から飛び出してきた何かがこちらに直撃した。

 

「くっ……バルディッシュッ!!」

 

【sir】

 

ギリギリでシールドを張る。だが直撃したそれは物の数秒でシールドをぶち破り、衝撃をこちらに響かせた。

 

「くっ!!」

 

身体を弾き飛ばし、全身を揺さぶるような衝撃に、意識が飛びそうになるが、舌を噛み、ギリギリでそれを防ぎ眼に力を入れる。飛ばされた身にブレーキをかけ、激突してきたそれに視線を向けた。

 

「ほう、今の一撃で沈まんか。成るほど、隊長格は伊達ではないということか」

 

そこに居たのは朱色の鱗に一対の角を持ち、三叉戟を携えた悪魔だった。

 

「名乗っておこう。俺の名は“魔王べリアル”今回訳あって貴様等の邪魔立てのために推参した」

 

「べリアル!?」

 

その名は聞き覚えがある。自分は覚えていないがアグスタの任務の際に接敵したという悪魔だ。

 

「ということはあっちの反応が……」

 

「ほう、貴様はあのとき意識が無いと思っていたが、なるほど、我々の事を知っているということはそうではなかったのか」

 

実際には違う、あのとき自分は気を失っていて、べリアルの事を知っているのは後から人修羅さんから聞いたからだ。

 

「まあ良い、貴様をここで止めるのが俺の仕事だ。隊長格と足掻かずに、素直に殺されてくれ人間」

 

火炎を吹く三叉戟を振り回しべリアルがそう言った。

 

「残念ですけど、断固拒否します―――バルディッシュ!! カートリッジリロード!」

 

【Yes sir】

 

前方に飛び出したのはほぼ同時、空を蹴った直後には、金属音と共にバルディッシュの雷刃とべリアルの三叉戟が噛み合った。

 

「……!?」

 

いきなりバルディッシュを持つ双手が捻じれた。回った手に引かれ視界が回る。べリアルの持つ三叉戟は通常の槍と違い三本の穂部を持つ、その内の二本に雷刃を噛まれ、捻られたのだ。

 

「シッ!」

 

真横になった眼前の前に鋭い貫手が来た。べリアルはこちらと違い、片手で三叉戟を扱っている。開いた左手がこちらに来たか。

 

「砕けろ!」

 

「お断りします!」

 

バルディッシュを握っていた両手を緩く放し、添えるようにし、飛行魔法の出力を辛うじて浮く程度にまで下げる。

 

「――っ!」

 

べリアルの放つ貫手は鋭い。故に強い風圧を生み、真綿程度にまで空気の影響を受ける身となった自分はその風圧の影響をもろに受ける。貫手の風圧に押され、身が逸れる。バルディッシュとほぼ垂直になった身の前を、顎先を掠るように貫手が抜けていった。

 

「ハーケンセイバーッ!!」

 

柄を強く握り直し、叫ぶように放刃の魔法を放った。三叉戟に噛まれたまま放たれた雷刃は、直後に高速回転で穂部を擦過しながら抜け、べリアルが放った貫手の腕に、正しく言えば肩へ向かった。

 

「は……!」

 

だが、ほぼゼロ距離から放った攻撃だというのに、べリアルはそれに反応した。素早く首を伸ばし、雷刃に噛付き、噛み砕いたのだ。

 

「はぁ……!」

 

そして雷刃を噛み砕いたままの、歯を向いた凶悪な顔がこちらを見た。その表情に嫌なものを感じ、素早く距離を取り、三叉戟の外側、べリアルにとっての右側に回るように動いた。その瞬間、靴底を炙るように火炎が来た。

 

『ファイアブレス』

 

螺旋を描くスルトのものとは違う、完全な直線で放たれた火炎が空気を熱し、陽炎を生むのが見えた。

 

「右か……!」

 

べリアルの眼がこちらを見た。継いで空を凪いで火炎が追ってきた。

 

「ちっ!」

 

べリアルのコンパクトな首の動きだけで、火炎は容易くこちらを追尾する。べリアルの首だけの動きと、全身を使わねばならぬ自分とでは逃げることは不可能だ。ならば選ぶのは逃走ではない、その逆だ。

 

「ふっ―――カートリッジリロード!!」

 

火炎の動きが首だけのものなら、その延長上となる火炎の動きは大振りのものになる。しかもべリアルは今右を向いた姿勢だ。カートリッジを一発リロード、追ってきた『ファイアブレス』をグレイズし、それに熱を感じながらべリアルへの距離を一気に詰める。

 

「むっ」

 

火炎を吐くべリアルが、眉を潜めたのが分かった。べリアルは今右を向いた姿勢だ、彼から見て火炎を右を通るこちらを焼くには更に首を捻らねばならない、だがそれ以上首を回すことはできない。しかし体の向きを変えるほど秒数を使ってしまえばこちらの刃が先に届く。

更にこのままベリアルとすれ違えば、彼の背後を取る形になり、彼を倒す隙を得ることが出来る。刃を取り戻したバルディッシュをその首を狙うように置き、すれ違った瞬間に刈り取るよう狙う。だがその数メートル手前でべリアルの顔に変化を見た。

火炎を吐いていた口を閉じ、貯めるように頬を膨らませたのだ。

 

「は―――」

 

再びべリアルの口が開かれた。だがそこから出てきたのは先ほどまでの直線の火炎ではない。

頬に貯められ、行き場を失っていた炎が、放射線状にぶちまけられたのだ。

 

「うわっ!」

 

とっさに首を狙うはずだったバルディッシュを振るう。大炎と雷刃が激突し、小規模な爆発を生み視界が黒煙で満たされた。

 

「んっ!」

 

煙幕で視界が防がれるのを嫌い、背後に飛び黒煙から出る。そして黒煙が晴れたとき、そこに自分と同じく、べリアルが三叉戟を構えている姿があった。

 

「ふむ、流石は隊長格。ただの人間ではないということか」

 

あれだけ派手に動いたというのに、べリアルはまったく疲れを見せていない。それどころか、目は爛々と輝き、口元には笑みがある。

 

(不味い、な……)

 

べリアルはかなりの強敵だ。メルキセデクやオーディンとほぼ変わらぬだけの強さを持っている。倒すどころか、下手をすればこちらがやられてしまう。

 

(でも、こっちばかりに気を取られては……)

 

下ではなのはとスルトさんがネビロスと対峙しているのだ。しかし、そちらを気にしていたらこの悪魔はその隙を間違いなく突くだろう。

 

(御免なのは、スルトさん。頑張って!)

 

心の中で両者に謝罪し、再び突っ込んできたべリアルへ応戦を再開した。もう下には意識も視線も向けることはしない。

 

 

上では金と朱の残光が空を飾っていた。ときに交差し、ときに絡み合い、そしてそのたびに雷光と炎風、そして金属音を響かせる二光は

いやでもその存在を都市中に知らしめた。

 

「フェイトちゃん……」

 

「上を気にするな高町、そんな余裕は無いぞ」

 

そして、それを眺めるなのはの隣で、スルトが上空の火風を上回る焔を全身から登らせていた。

 

「やはりか、貴様だろうとは思っていたが」

 

そういうスルトの視線の先には、フェイトが作り出した、崩れたビル残骸の山があった。

 

 

「やれやれ、暴力的だね」

 

そのとき、声と共にビル残骸の山が、まるで散弾のように四方にぶちまけられた。

 

「ふんっ!」

 

それをスルトは太刀の一振るいで全て薙ぎ払った。

 

「小細工は止めろ。貴様らしくもない」

 

太刀を肩に担ぎ直し、スルトは吐き捨てた。そのあたかも既知の間の者に言うような言葉に疑問を持ったが、それは直後に解消した。

 

「小細工とは失礼だね、これは必要な段取りだよ? ただただ現れるだけでは“らしさ”がないだろう?

やれやれ、せっかく人間形態でかっこいい台詞を考えて待っていたというのに、台無しではないか。どうしてくれるのかね?」

 

音もなく姿を見せたそれは、白と黒の化粧とペイントをし、赤の頭巾を被った道化師だった。傍に黒の操り人形を携えた道化師は、仮面のような表情を一切変化させることなく口を開いた。

 

「まあいいか。お初に……という訳でも無いが、だが一応名乗っておこうかね、御二方。我々は“堕天使ネビロス”だ」

 

ネビロス、あのときのスーツの男か、と身構えを深くする。だが、どうぞよしなにと、頭を下げたネビロスが真っ二つに割れた。

 

え? と思考する前に、ネビロスの身体が左右に別たれ、崩れるように潰れた。

 

『ブレイブザッパー』

 

「ちょ、ちょっとスルトさん!?」

 

「何だ高町」

 

「な、何で殺しちゃうんです!? この悪魔にはま「会話もさせてくれないのかね?」

 

え? という思考が再び来た。殺害されたネビロスの声がしたからだ。だがしたのは崩れた五体からではない。別のところだ

 

「ストックも有限なんだ、あまり無駄遣いはさせないでくれないかね?」

 

「であるならさっさと死ね。貴様の存在は我が主の道の障害となる」

 

「それについては断固辞退したいね」

 

ネビロスが再び現れた。しかも蘇生したのでは無い。新しい身体をもってだ。

 

「あ!?」

 

「おや、貴女は我々の能」「力を知らない? であれば教」「えて差し上げなければ」

 

会話の途中でスルトがネビロスの首を二度も刎ねた。しかしその瞬間新しい次のネビロスが現れる。

 

「こういうことだよ」

 

四人目のネビロスがその白黒の両手を、まるで何かを立ち上げるように大仰に振り上げた。

 

『ネクロマンシー』

 

その瞬間、周囲の土やアスファルトを裂き、複数の悪魔が立ち上がった。それも十、二十などではない。数百、数千という単位でだ。都市の約六分の一を埋めるほどの大群が一気に出現した。

 

「この全てが我々の器。つまり、ここいる全ての悪魔がこのネビロスと同一なのだよ、この数だけ我々は還ることが出来るのだよ。この全てを殺さぬ限り我々を殺すことは出来ない」

 

「……随分簡単に教えてくれるんですね」

 

「この程度のことなら、そこの業火の太刀が知っているからね。我々と混沌王とは幾度も剣を交えているものでね」

 

「別に教えたところで変わるものもないだろう? 全て殺す以外に貴様を殺す術がない。しかし……」

 

とスルトが辺りを見回すのに合わせ、周囲に視線を走らせてみる。

 

「幽鬼ガキ、モウリョウ、グール。悪霊ディブク、ポルターガイスト。それに外道ウィルオウィスプか。何だ小物ばかりではないか」

 

「フフフ、それについては申し訳ない限りだ、数に夢中で質もままならなかった。しかし、求めるべき質と量は時と場合を考える必要がある。このような烏合の軍勢に質を求めるほど、我々も無粋ではないつもりだ」

 

手を緩やかに下げながら、ネビロスが表情を変えずにそう言った。

 

「しかし、如何に烏合で造作もない有象無象の群れであってもだ、これだけの数を揃えれば貴様等程度ならば仕留めることは出来る。戦争は数だ」

 

両手を広げてネビロスは言う。確かにそうだ、軽く数えても四千を超える数を持つ悪魔の軍勢。フェイトがべリアルから手を離せぬ現状、否、例えフェイトが居たとしても三人ではどうしようもない。

 

「四千余り対二人。さて業火の太刀、そして高町殿、この現状如何なさるつもりかね?」

 

「は、四千の雑魚が何だと? 我を仕留めたくばこの五倍は用意せよっ!!」

 

『バインドボイス』

 

咆哮と共にスルトが威圧を放った。たった一体の叫びだというのに、四千の悪魔はそれに気圧されたように後ずさりし、中には尻餅をつく者もいた。

 

「流石業火の太刀だ。この者達は肉体だけで、魂の骸すらないというのに。それにも拘らず恐怖を与えるとは」

 

まあ我々が操作するのだからあまり関係ないがね、とネビロスが再び両手を挙げた。しかしそれは先ほどのように立ち上げる動作では無く、何かを操るように五指を広げたものだ。

 

「では、いざ」

 

ネビロスの声と共に、四千余りの悪魔が一斉に構えた。だが

 

「猛っとるとこ悪いんやけどな」

 

そこに新たな声が入った。

 

「仄白き雪の王、銀の翼以て、眼下の大地を白銀に染めよ。来よ、氷結の息吹」

 

よく知っている声の詠唱とともに、周囲の温度が一気に低下した。

 

「アーテム・デス・アイセス!!」

 

そしてそれは実際の現象を持って起こった。周囲の全てが凍結させられたのだ。それは数千居た悪魔の全てを巻き込み、そしてその全ての活動を停止させた。

 

「間に合ったみたいやなぁ、よかったあ。急いで来たかいがあったわぁ」

 

「頑張って来たですよー」

 

冷風を纏って降りてきたのは、バリアジャケット姿のはやてとリインだった。

 

「ふざけるな八神……! 我を殺す気か!?」

 

だがそんなはやてにスルトが歯を向いて怒鳴った。見ればその体表には霜が降り、怒鳴る息も白い。そして先ほどまでの焔が全て消えてしまっている

 

「あー、ごめんな、急いで微調整しとらんかったわ」

 

「くそ、今日は厄日だ!」

 

言いながらスルトが業火の太刀に風を切らせ、大地に突き刺した。直後、大地に十字の亀裂が走り、そして火炎が走るように吹き上がった。

 

「うわっ」

 

「おおっと」

 

四方向に走った火炎は、氷柱や霜を一瞬で気化させ、そしてマイナスに低下した温度を一瞬で、汗が吹くような温度にまで跳ね上げた。

 

「ふんっ!」

 

「ほほう、流石は混沌王の部下随一の火炎使い。凍てつく吹雪も貴様にとって、打ち消すには造作も無いということか」

 

そしてその間に五人目のネビロスが現れた。

 

「通信で聞いてはいた。それがあんたの能力やね?」

 

「ああ、これが我々の能力『アンデット』だ。一体でも生き残っていれば我々は死ぬことは無い」

 

「せやけどそれも全部無くなったみたいやけど? ここからどないする気や?」

 

「……ああ、もう一つのほうも知らないのかね」

 

もう一つ? と疑問を思った先、ネビロスが再びあの動作をとった。何かを立ち上げるようなあの動作だ。

 

『ネクロマンシー』

 

直後、再びその場に四千余りの悪魔が、全く同じ数を起立させた。

 

「なっ!?」

 

「嘘やろ!?」

 

「これがもう一つの能力だよ。我々が居る限り、この軍団は決して無くならない」

 

ネビロスが言う間に、悪魔の軍勢が今の一網打尽を警戒したのか、それぞれの間をとりはじめた。

 

「その力でガジェットの再起動をしていたんですか」

 

「うむ、一々面倒だったよ」

 

再び悪魔の軍勢に囲まれたネビロスがそう言うのを聞きながら、状況の打開策が見えずスルトに念話で話しかけた。

 

『スルトさん。以前からネビロスと戦っていたんですよね? そのときはどうやって勝ったんです?』

 

『簡単だ、軍勢を全滅させ、尚且つネビロスを倒す』

 

『でもネビロスは倒してもすぐ復活する、せやけど群れを倒したらネビロスが復活させる。どないせーっちゅうねん。堂々巡りやん』

 

『そうでもない。ネビロスの『ネクロマンシー』にはラグがある。あれにはあの両手を振り上げる動作が必需となる。そのときに倒せばいい。逆を言えばその時しかない』

 

成程と、念話の中ではやてと声が重なった。

 

「ほんなら、ここは私とリインが適任やろな。来てそうそうやけど二人とも、こいつは私とリインが受け持つ」

 

と地上に降りたはやてが声に出して言った。

 

「え!? はやてちゃん?」

 

「せやろ? なのはちゃんの砲撃は乱戦には不向きやし、スルトさんもきっついんやろ? せやったら私が適任や」

 

「でも何で一人で……せめてわたしかスルトさんのどっちかでも……」

 

「ガジェットはまだ動いとる。悪魔が居るんはこの地区だけやけど、ガジェットはまだ全域におるんや。ティアナだけで処理しきれるわけないやろ」

 

『高町』

 

そのとき不意にスルトが声でなく、再びの念話―――脳話と言っただろうか?―――で話しかけてきた。

 

『それ以上の問題が一つある。何故この場にべリアルとネビロスが居ると思う? 奴らは決して己が私欲のままの略奪や殺戮をしない。ならば……』

 

そこまで聞いて、スルトが何を言いたいのか理解した。

 

『まさか……』

 

『そうだ、間違いなく“奴”がどこかに居る。放っておけば間違いなくネビロスやべリアル以上の脅威となる者がだ。貴様が手すきであった方が都合が良い』

 

この都市のどこかにあの娘が居る。スルトの言葉に葛藤していた心が一瞬で決断した。

 

「はやてちゃん! ここをお願い!」

 

後ろも見ずに身を翻し飛び出す。べリアルとネビロスが出てきたならば囮の可能性もあるからだ。その思考に答えるように、都市中央部で何かが激震した。

 

 

背後で何かが起こった。その音は聞こえてきたが、視線は向けない。そんな隙があれば眼前のこの悪魔にとっては十分だからだ。

 

「ふむ、機動六課総隊長八神はやてかね、成程、貴様一人で我々と対峙するつもりか」

 

「せや、上でフェイトちゃんも戦っとるみたいやしな。久々に私も戦っとかんと総隊長の名が廃るってもんや」

 

「その肩書に偽り無しか。我々と釣り合うか試させてもらおうか」

 

「ほな! 行くでリイン!!」

 

「はいです!」

 

リインとのユニゾンを開始、それは一瞬で終了するが、その瞬間に周囲の悪魔が数百の単位で飛び掛かって来た。だが

 

「遠き地にて、闇に沈め―――デアボリック・エミッションッ!!」

 

それらが殺到するよりも早く、高速詠唱兼簡易詠唱で放った殲滅魔法は、自分を中心にそれらを一帯ごと飲み込んだ。

 

「うん、ええ感じや」

 

周囲が等しく平らになった。自身の魔法が生んだその結果を見ながら思わずそう呟いた。

 

「ほほう、今ので一気に二百近く失ってしまったよ。完全詠唱であったなら危なかったね」

 

ネビロスのその一切の感情の無い声色が聞こえた。だが思った以上に長距離から聞こえてきたところをみると、今の一撃に巻き込んだらしい。

 

「ほんなら、完全詠唱させてくれる? 都市半分くらいやったら飲む自信あるで」

 

「流石にそれは困るね……君でなく我々が都市の心配をするのもおかしな話だが。まあ、そんな暇は与えん。いざ、往くぞ!」

 

『ジオ』

 

『突撃』

 

『プリンパ』

 

今度は一斉ではなく、時間差を持って群がってくる悪魔に、それを殲滅するための詠唱を開始した。


 
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