No.664311

IS~ワンサマーの親友~ep37

piguzam]さん


降り注ぐ黒い雨

2014-02-18 12:10:46 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:4739   閲覧ユーザー数:4128

 

 

前書き

 

 

遅くなってすいません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん~~……ッ!!……フゥ、今日も1日頑張りますかねっと」

 

シャルルの性別発覚、そして我が兄弟分の一夏の過去話を聞いてから、早いモンで4日経ったある朝。

俺は珍しく誰とも食堂で会わず、そのまま1人で教室へと向かっている。

軽く伸びをしながら1人で登校中、最初の頃と比べると大分減ったが、それでもかなりの視線が俺を捉えてくる。

笑顔だったり、何故かヒソヒソと話しつつ、チラチラと俺を盗み見る等と様々だ。

時折俺に対して敵意を向けてくる女尊男卑思考の馬鹿女が居るが、朝から構うのもダルイので放置。

鞄を肩越しに背中向きへぶら下げながら、俺は1組の教室を目指す。

 

「……しっかしまぁ……誘拐、ねぇ」

 

ボソリと、しかししっかりとした呟きを漏らして、俺は何となく廊下の窓の向こうに広がる青空を眺めた。

……4日前に一夏の口から直接聞いた、あの千冬さんの突然の引退に纏わる忌まわしいエピソード。

今も一夏の心に後悔と無力感を残す、黒い楔。

千冬さんが第二回モンド・グロッソで棄権した理由は、当時からアレコレ憶測が飛び交ったが、結局として真実は一つも無い。

そりゃそうだ……一夏の話じゃ、千冬さんは棄権『した』んじゃ無くて、『させられた』んだから。

 

 

 

――第二回モンド・グロッソ、決勝戦当日。

 

 

 

千冬さんのニ連覇が懸かった大事な試合の日……一夏はドイツで何者かに誘拐されたらしい。

犯人グループは未だ不明のままで、ソイツ等の目的は千冬さんの決勝戦辞退。

『要求を呑まなければ、一夏の身の安全は保障しない』と、御丁寧にも千冬さんに連絡しやがったらしい。

そしてこの連絡が開催国であったドイツにも届き、ドイツ軍が一夏の捜索に協力し、一夏の居場所を直ぐに特定してくれたらしい。

場所を聞いた千冬さんは決勝戦を放り出し、当時の専用機である暮桜を纏って、一夏の監禁された場所に突貫。

そのまま一夏を無傷で救出する事に成功した。

だが既に一夏の監禁された場所には犯人達の姿は無く、痕跡も見つからなかったらしい。

そして犯人達の思惑通り、モンド・グロッソ決勝戦は千冬さんの不戦敗。

千冬さんは引退を表明した後に、一夏の捜索を手伝ってくれたドイツ軍に借りを返す為に、1年間の教導を請け負った。 

……これが、一夏の語ったモンド・グロッソの事件の中身……実に胸糞悪い真実だった。

当時、俺に話してくれなかったのは、自分の中で後悔の念が渦巻いていて、当時は誰にも語りたくなかったらしい。

それと、国際IS委員会からも緘口玲を出されて話せなかったという理由があったと、一夏は教えてくれた。

千冬さんの大事な舞台を潰して……連覇の夢を、自分の所為で終わらせてしまったと、一夏は拳を強く握りながら嘆いていた。

……ガキの頃から両親の代わりに自分を見守り、育ててくれた千冬さんの夢を壊して……ずっと千冬さんの世話になってばっかりな自分が情けない、と。

そんな風に落ち込む一夏を、シャルルは優しく励ましたが、一夏は『今はもう大丈夫だ』と返した。

ISを、家族を守る為の大きな力を手に入れたから、これからは千冬さんを守れるぐらいに強くなって恩返ししていくと。

俺にも追い付けて無いから、何時までもクヨクヨなんてしてられない、と……カッコイイじゃねぇか、あんニャロウ。

そして、あの銀髪ことラウラ・ボーデヴィッヒが何であんなに一夏を目の敵にして、千冬さんを教官と呼ぶのか。

これに関しては俺や一夏とシャルルの想像の域は出ねぇが、恐らくあの銀髪は千冬さんの教え子だったんだろうと考えている。

アイツは千冬さんの強さに憧れていたから、千冬さんの経歴に泥を塗った俺が許せないんじゃないかと一夏は言っていた。

恐らくそれで合ってるだろうが……。

 

「……ったく。どんだけ大層な理由があるかと思ったら……」

 

自分の憧れの人間の行動が自分の考えていた物と違った事に対する八つ当たり、単なる餓鬼の我侭だ。

それに関してはアホらしくて考える気もしねぇ。

だが、そういう事なら一夏だけでなく俺も敵視してる理由だって、大体見当が付く。

何の事は無え、これも多分嫉妬からくるモノだろう。

憧れ、陶酔する人が他の人間の事を認めてるとくれば、これ程面白く無え理由は存在しねぇからな。

まぁ、俺にとってはその程度の事はどうでも良い事だし、別に気にする必要も無いな。

銀髪に対する興味を無くし、俺はドッチの事も頭から絞め出す。

何時までも考え事しながら歩いていたら危ねぇからな。

 

「あっ。おはよう、鍋島君!!」

 

「ん?おぉ、中谷か。おはようさん」

 

と、考え事をしながら歩いていた俺に、実習で知り合った2組の中谷が声を掛けてきた。

彼女の後ろに何人か一緒に居るとこを見ると、中谷のクラスメイト達の様だ。

実習の時は多分違う班だったんだろうな。

 

「ねぇねぇ鍋島君!!あの噂ってホントなの!?」

 

「は?」

 

噂?噂って何の事だ?

っというか何故に他の女子は中谷を見てギョッとした目をしてる?

 

「ほら。こんげ、がぼっ!?」

 

「な、何でも無いから気にしないでね!!鍋島君!!」

 

「そうそう!!別に鍋島君と関係のある噂じゃないからさ!!い、いやー!!由美も勘違いしてただけだから!!」

 

「あ?え?お、おぅ?」

 

何故か俺に質問しようとした中谷の口を、後ろから中谷の友達を思しき子が塞いで言葉を止めてしまった。

しかも何の質問か全然分からない所で言葉が止まってしまったので、俺は曖昧に返事を返すしかない。

っというか中谷の口から手を離してやんないと、酸欠で死にそうな顔になってるぞ?

目が危ない方向に向いちゃってますけど?

 

「そ、それじゃあね!!私達、先に行くから!!」

 

「あ、今まで言いそびれてたけど、クラス対抗戦の時、助けてくれてありがとう!!じゃあね!!」

 

「あ、あぁ。それは別に良いけど、噂ってなん――」

 

しかし俺の質問の言葉は虚しくも空中に漂うだけに終わり、彼女達は走って2組へと向かって行った。

その際に中谷が口を塞がれたまま運ばれていったのは、ご愁傷様としか言えねえ。

……何なんだよ、噂って?……何か、俺の知らない所で何かが起こってるってのは間違い無いとは思うんだが……分かんねぇな。

そうこうしてる内に教室へと辿り着き、俺は空いていたドアから自分の巨体を中へと滑りこませる。

と、その教室の真ん中、自称このクラス唯一の眼鏡美人こと鏡ナギの机にセシリアやさゆかに本音ちゃん、果ては2組の鈴や相川谷本コンビが集っている。

彼女達の表情は皆一様に驚きや、頬に赤みを刺した照れ顔になっているではないか。

はて?一体何事だ、あの集まりは?

少し気になったので鞄を担いだまま気付かれない様にそ~っと近づいてみる。

 

『そ、それは本当の事なのですか!?』

 

『ちょ、ちょちょちょちょ~っと待って!?それマジ!?嘘じゃ無いわよね!?』

 

すると、鈴とセシリアが驚きに満ちた声を出して鏡に突っかかっていくではないか。

 

『げ、元次君と……あわわわ……ッ!?』

 

『そ、そんなごほ~びが~!?ま、真でありますか~!?ほんとなの~ナギナギ~!!』

 

そして何故か本音ちゃんとさゆかは顔を真っ赤に染めて慌てふためいてしまう。

本音ちゃんは鏡の傍に近寄り、さゆかは両手を自分の真っ赤な頬に当てて言葉にならない声をあげた。

え?ま、マジで何事?

しかし鏡は一切動じず、色んなリアクションに皆に胸を張って言葉を返していく。

 

『本当なんだってば!!この噂、学園中で持ちきりなのよ!!今月の学年別トーナメントで優勝したら、織斑君かデュノア君、若しくは鍋島君と――』

 

え?俺?

 

「何の話だ?」

 

『『『『『キャァアアアアア!?』』』』』

 

ズイッと乗り出して会話に参加したら、何故か悲鳴を挙げられたとです。

 

「げげげ元次君!?あ、あの、その、!?き、今日はいいいいお天気ででで」

 

さゆかがバグってる!?落ち着け!?

何やら顔を真っ赤にしながら目をナルトの様にグ~ルグルと回している。

このままでは湯気が出てきそうな勢いだ。

 

「ゲ、ゲンチ~!?え、えと、お、女の子の話を盗み聞きしちゃ~ダメダメ~!!た、逮捕しちゃうぞ~!!」

 

その場合、罪状は如何なる物なのでしょうか、本音ちゃん?

コチラも同じく耳まで真っ赤になった本音ちゃんだが、彼女は目を回していない。

代わりにプンスカとでも擬音が付きそうな勢いで俺を長い裾でペシペシと叩いてくる。

しかし逮捕か……婦警姿の本音ちゃん……逆に取り押さえたいものだなってイカンイカン、妄想は殺せ。

 

「あ、あんたねぇ!?デカイ図体していきなり現れるの止めなさいよ!!心臓が燃え尽きる程ヒートする所だったでしょーが!!このぉ!!(バゴォ!!)」

 

「……大丈夫か?」

 

「……ッ!?~~ッ!?か、かた、硬すぎんのよあんたはぁ……ッ!!」

 

鈴は眉を吊り上げて吼えつつ、本場中国仕込みの蹴りを俺の太ももにブチ込み、そのまま足を抑えて蹲った。

っというか、テメーは何代目のジョジョを気取ってるつもりですかな、鈴さんや?

ドゴォッとかとんでも無い音が鳴る程に強く蹴った筈の鈴がダメージを受けてるという、何ともアレな光景だ。

 

「こら~!!聞いてるの~ゲンチ~!!逮捕だ逮捕ぉ~!!」

 

「あ?あー、本音ちゃん……ここは1つ穏便に、逮捕は勘弁して欲しいんだが……」

 

「じゃあ~、ご用だご用ぉ~!!」

 

言い方変えただけで中身が変わっとりませんがな、本音ちゃん。

何故か暴走状態に入って話が通じなくなってしまった本音ちゃんから視線を外し、俺は鏡に視線を向ける。

 

「とりあえずよ、学園で持ちきりの噂ってのは何だ?何か俺の名前も含まれてたけどよ?」

 

『『『『『ギクゥッ!!』』』』』

 

分かり易いリアクションサンキューです皆さん。

噂話をしてたこのグループ以外のクラスメイト全員が、俺から一斉に視線を外すではないか。

これはもう、俺や一夏、シャルルという男性陣の与り知らない所で噂が蔓延してるのは確定なんだろう。

多分女子だけの取り決め的な意味合いじゃなかろうか。

すごく……嫌な予感です。

具体的には一夏が中学の時に引き起こした『織斑一夏の手作りチョコ争奪戦』のチョコを守る役に勝手に抜擢されてた時並みの。

これは今すぐにでも状況を把握しなきゃ不味い気がする。

良し、まずはさゆかに詳しい話を……。

 

「ゲン、おはよう。今日は何時もより早いな」

 

「元次は皆と何の話してるの?」

 

と、噂の真相解明に乗り出そうとした直後、シャルルと一夏が登校してきた。

俺が女子の集団に混ざってるのを、シャルルが不思議そうに声をあげて質問してくる。

 

「ッ!?そ、そろそろSHRですし、わたくしは席に戻りますわ!!それでは御機嫌よう!!お、おほほほ……」

 

「あー、あたしも自分のクラスに戻らなきゃー(棒読み)」

 

「よ、よ~し。さゆりん、退避だよ~♪」

 

「う、うん。私も授業の用意しなきゃ……そ、それじゃあね、元次君」

 

すると、噂の真ん中に居る俺達男子が揃ったのを見計らって、全員が蜘蛛の子を散らす様に逃げ出してしまった。

もうこれじゃ追求は出来ねぇな……仕方ねぇ、とりあえず諦めよう。

目の前の女子が一斉に居なくなった事に首を傾げていたシャルルと一夏に「何でもない」と返して、俺も席に座る。

それと同時に、真耶ちゃんと千冬さんが入ってきてSHRの号令を出し、今日1日の授業が幕を開けた。

何故だろう?嫌な予感がひしひしと俺の肌に伝わってきやがるんですが……。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「ふぅ……やっぱ天気の良い日は、気持ち良いなぁ」

 

現在は昼休みの終了十分前くらいだが、俺は珍しく1人で昼休みの余暇時間を過ごしていた。

っというのも、食事は一夏達と一緒に食堂で食ったんだが、その後一夏はクラス代表の仕事でプリントを取りに別行動。

シャルルはその一夏の付き添い、というかプチデート気分じゃね?

まぁ、鈴も一夏と同じく2組のクラス代表としてプリント取りに行ったからデートでは無いが。

っていうか今は男子で通ってるから、周りからは普通に違和感無く友達同士でって見えてるだろう。

これが女だってバレた日にゃどうなる事やら……考えただけで恐ろしいぜ。

本音ちゃんも何やら用事で、さゆかと箒は相川や谷本達と楽しくお喋りをしてた。

まぁ、話題がどの店の服が可愛いとかだった内は良かったが、谷本がニヤリと笑いながら下着の話を持ち出した瞬間、脱兎。

外のベンチでゆったりと過ごして、今に至る。

 

「まぁ、偶には1人でゆったりするのも悪くなかったな……そろそろ戻るとすっか」

 

身体を寝転がせていたベンチから身を起こし、俺はゆっくりと歩いて教室を目指す。

これなら、今日の夜はゆっくりと寝れそうだぜ。

 

「――何故、こんなところで教師など!!」

 

「……やれやれ」

 

「ん?……あの声って……」

 

突然、歩いていた歩道の部分から外れた池の傍、その木々のある所から、何やら興奮した様な声が響いてきた。

何だ何だと野次馬根性を出し、俺は声の聞こえた辺りの近くの木から、池の方を盗み見る。

その先には――。

 

「何度も言わせるな。私には私の役目が有る……それだけだ」

 

「この様な極東の脆弱な地で、一体何の役目があると言うのですか!?」

 

池の側、二人だけしか居ない場所で話し合う……いや、一方的に喚くボーデヴィッヒの言葉を受け流す千冬さんが居た。

偶然にも、俺は直ぐ側にあった巨木の影に身を潜め、二人の話し声に集中する。

見た感じでは、千冬さんは銀髪の言葉をヤレヤレって感じにしか捉えていない……というか相手にしてねぇ。

そんな千冬さんの態度に気付いてるのか気付いていないのか、銀髪は言葉を捲し立てる。

 

「お願いです教官、我がドイツで再びご指導を。ここではあなたの能力は半分も生かされません。あなたはもっと高み、強き者の居る場所にこそ居るべきお方です」

 

おいおい、一方的に日本を雑魚呼ばわりしてるが、千冬さんはその日本の生まれで、元日本代表だって事忘れてねぇか?

こっからじゃ背中しか見えねぇが、間違いなく千冬さんの怒りが増してヒートの炎がジワジワと高まってるぞ。

 

「ほう……それがドイツだと?」

 

「無論です。私など歯牙にも掛けない強さを持つ貴女が、この様な場所で教えるに足るべきでは無い者達相手に時間を割かれるなど、それこそ時間の無駄というものです」

 

「……教えるに足らん、か」

 

「はい。この学園の生徒など教官が教えるに足る人間ではありません。意識が甘く、危機感に疎く、ISをファッションかなにかと勘違いしている」

 

言ってくれんじゃねぇか。

ISの事をファッションと感じてるのは間違いじゃねぇ。

でも、それでも誰も彼もが実習になれば、訓練になれば自分達で危機感を持ってISを扱ってる。

その意識を日々の態度……上辺だけ見て判断しただけの奴が何を勝手な事をぬかしてるんだよ。

 

「そして、教官にとって一番の有害はあの男です……鍋島元次」

 

「……」

 

と、いよいよもって聞いてるのも馬鹿らしいと思っていた俺だが、その俺の話題が出てきた。

しかも、有害だなんていう素敵な扱いで、だ。

 

「我が軍の情報網を使って、あの男の過去を調べましたが……あの男の来歴は反吐の塊の様なものです。この学園に来るまでの間に起こした事件は数知れず。路上での喧嘩、乱闘事件による警察への補導数は200を超え、更には暴力団組事務所、及び下請けの不良グループへの殴り込み、殲滅を繰り返す。警官を二度と立ち上がれ無くなるまで叩きのめして留置所に連行された事もあり、学校のPTA会長及び会員を含めた十数名に対する過剰暴力。挙げればキリが無い」

 

おー、おー、随分とまぁ詳しく調べやがったもんだぜ。

っというかプライバシーは何処にいったんだろうか?

補導された回数とか、俺なんか正確な数字なんか知らなかったし。

確かに銀髪の言った事件は、全部俺が引き起こした事件だ。

俺が今までの短い人生の中で、最も荒れ狂ってた時期……俺がケンカサピエンスって呼ばれてた頃か。

気に入らない行動をしてた奴等を、俺は叩きのめし、潰し、ブッ壊してきた。

傍から見れば、俺の行動は誰が見ても良からず……無法者(アウトロー)に他ならねぇ。

 

「あの様な低俗な男を側に置けば、教官の輝かしい経歴に傷をつけるのは明白です……私にはそれが耐えられない」

 

「……」

 

「教官、あの様な屑を側に置くなど、百害、いや億害にしか成り得ません!!教官ほどの方が、あの様な『生きるに値しない者』を気に掛ける等――」

 

生きるに値しない、か……まぁ、俺が引き起こした喧嘩沙汰は世間的に見れば異常だし、そこは言い返す事は出来ねぇな。

銀髪は何も喋らない千冬さんに業を煮やしたのか、語気を荒らげて千冬さんに言葉を紡ぎ――。

 

 

 

 

 

「『――何様のつもりだ――糞餓鬼』」

 

 

 

 

 

――瞬間、世界が揺れた。

 

 

 

 

 

「ッ!!!??」

 

背を預けてる巨木越しに伝わってくるビリビリとした波動を感じ取り、俺は目を見開く。

お、おいおい……嘘だろ……ッ!?

俺が感じ取った、世界を揺るがし、最初は地震でも起こったのかと感じた幻覚の発生源。

それは間違いなく、言葉を発した銀髪の側に居る、『世界最強のブリュンヒルデ』が引き起こしたものだった。

この身体が揺れる感覚は、地震では無く『威圧』……千冬さんの圧倒的な覇気だ。

慌てて視線をその中心に向ければ、その先に居る千冬さんの身体から、まるで地獄の業火の様に燃え盛る赤い炎が噴き出している。

俺の蒼いヒートの炎とは比べるまでも無い強さを現す紅蓮の炎……本物の強者の証、レッドヒート。

冴島さんと同じ位強い覇気の塊。

俺なんかまるで足元にも及ばない威圧……でも、これでも加減されてるのが良く分かる。

 

「あ……ぁ……ッ!?」

 

腕を組んだ体勢のままに、怒りの波動を巻き起こす千冬さんの傍に居るボーデヴィッヒが、まだ気絶してないからな。

しかし俺の時以上の威圧を受けたボーデヴィッヒは、その波動の重さに耐え切れず、膝を地面に着いてしまっている。

アイツより強い俺ですら、気圧されたぐらいだ。

ボーデヴィッヒ程度じゃ気絶しなかっただけ褒められたものだろう。

そんな風に地面に膝立ちの状態で目を見開くボーデヴィッヒに、千冬さんは威圧を引っ込める事無く、視線を向ける事無く、言葉を紡ぐ。

 

「『生きるに値しない?害にしかなりえない?……軍の情報網を使ってアイツの事を調べ上げたと言っていたが、それすらIS委員会にバレれば只では済まないが……まぁ、良い。本題はそこでは無い』」

 

「……き、教か――」

 

「『随分とまぁ、偉くなったものだな。15歳でもう選ばれた人間気取りとは、恐れ入る……未だに鍋島と自分の力量の差に気付けてすらいないというのにな』」

 

「ッ!?あ、あんな……ISに乗って間もない男に、私が負けるとでも仰るんですか!?」

 

千冬さんはボーデヴィッヒの言葉を遮り、普段と同じ様に、当たり前の事を話す様な言い方で俺の名前を出す。

それを聞いたボーデヴィッヒは自分にも思い当たる所があるのか、苦々しい表情を浮かべるも、千冬さんに言い返す。

頭では理解出来ても、心では認められないって事だろうか……一体何なんだ?

 

「『あぁ。断言してやろう。思いあがったお前ではアイツには勝てない。肉体的な戦闘でも、ISでも、な』」

 

「ッ!?」

 

目の前に居る憧れの人間から断言された言葉を聞き、ボーデヴィッヒは言葉を失う。

……一夏達と考えた通り、アイツは千冬さんに憧れ……というか、半ば狂信的な思いを持ってるんだろう。

そんな人が自分では無く誰か別の人間を褒めたとなれば、あぁやって呆然とするのも仕方無い、か。

そう考えていると、千冬さんはその身から発していた威圧を消し去り、そこでやっとボーデヴィッヒに視線を合わせた。

 

「お前がどう思おうと、今の言葉をどう受け取ろうと、それは好きにするといい……だが、これだけは言っておく。私はアイツの事を認めている……教室へ戻れ。私は忙しい」

 

「……ぐッ!!(ダッ!!)」

 

やっと視線を合わして貰えたかと思えば、投げ掛けられた言葉は「戻れ」という言葉。

ボーデヴィッヒは悔しそうでいて、泣きそうな表情のままに早足で去って行った。

 

「……さて、そこの男子。盗み聞きか?異常性癖は感心しないぞ」

 

ちょっと待たれい。

 

「幾ら何でも異常性癖は無いでしょうに……俺だってそんなつもりは無かったッスよ」

 

どう考えても千冬さんが投げ掛けた言葉は俺に対してだったので、俺は大人しく木の陰から出て、千冬さんの前に姿を現す。

開けた視界の先では、腕を組んでブスッとした表情を浮かべる千冬さんの姿があった。

参ったねぇ……最初から気付かれてたって訳だ。

俺は頭を掻きながら、池の前で腕を組んで佇む千冬さんに近づく。

 

「女の話を盗み聞きしてる時点で、弁明の余地は無いと思うがな」

 

「いや、別に聞きたかった訳じゃ……まぁ良いッスけど……随分、好かれてるんスね?」

 

嫌味で返されたお返しに軽くさっきの事を皮肉った言葉を向けると、千冬さんは疲れた様に溜息を吐く。

 

「……アイツは吐き違えている。強さは絶対的に目に見えるものだけだと。だから私の武力にしか目がいかない……昔はああでは無かったのだが……」

 

「それだけ千冬さんの教導で、何かしら感じるモノがあったって事じゃないっすか?」

 

「……一夏から聞いたのか?」

 

俺の受け答えを聞いて、自分の過去を知られたと悟った千冬さんは、少し目を細めて俺に問う。

その問いに頷く事で肯定すると、千冬さんは「そうか」とだけ呟き、再び池に視線を向けた。

俺も特に何も言わず、千冬さんに倣って池に視線を向ける。

ただ静かに、緩やかに流れる時間の中、先に口を開いたのは千冬さんの方だった。

 

「……すまなかったな」

 

「え?何がっすか?」

 

突然過ぎる謝罪に首を傾げると、千冬さんは苦笑しながら再び目を俺に向ける。

 

「覚えているか?私がモンド・グロッソに出場する時、お前は一緒に来れなかったから、空港まで見送りに来てくれただろう?」

 

「……あっ、はい。覚えてますけど」

 

「その時にした『約束』だ」

 

「約束……あぁ、アレですか」

 

俺は千冬さんの質問を聞き、当時の事を頭に思い浮かべる。

あの時、俺は千冬さんや一夏とドイツには行けず、空港まで二人を見送りに行った。

一夏には俺の分まで、千冬さんの傍で応援してくれと頼み、千冬さんと1つの約束をしたんだ。

確かアレは……。

 

「『私は必ず優勝トロフィーを持って帰るから、お前は最高の料理でそれを祝ってくれ』、でしたよね?」

 

「そうだ……あの時の約束、果たせなくてすまない……それどころか、帰るのに1年も待たせてしまった」

 

昔、叶えられなかった約束の事を思い出すと、千冬さんは苦笑しながら顔を少しだけ俯ける。

横合いから見える千冬さんの瞳には、憂いの感情が感じ取れた。

確かにあの時、千冬さんは約束を果たせなかった。

一夏を拉致られ、決勝戦を棄権し、更にはドイツへ発って一年後の帰国。

その事が、千冬さんにとっては負い目になってるらしい。

 

「普段から、お前の事は家族だと思っている……そう言ってきたのに、守秘義務と負い目から、私と一夏はお前にあの時の事を隠してきてしまった……隠し事をしてしまった……すまない」

 

「……」

 

何時もの千冬さんからは想像も出来ない程の弱弱しい声。

今まで俺に話せなかった事への罪悪感からか……何言ってんだかな。

 

「別に良いッスよ」

 

「……何?」

 

もの鬱げに目を伏せる千冬さんに、俺は笑顔で言葉を掛けた。

 

「確かに、ずっとモヤモヤしてましたけど……でも、家族だからって何もかもを隠しちゃいけねえなんて思ってません」

 

「……」

 

「それに、今回の話を聞けてちゃんとモヤモヤは解消されましたし、結果オーライでしょ」

 

「だが……私はお前との約束を……」

 

「何言ってんスか。そっちは寧ろ、果たせなくて良かったっす」

 

俺にすまなそうに言葉を掛ける千冬さんに対して、俺は約束を破られて良かったと返す。

当然だ、寧ろあの話を聞いて果たせて良かったなんて思うはずがねえっての。

それを聞いて千冬さんはポカンとした表情を浮かべるが、直ぐに咳払いをして真剣な目を俺に向けてくる。

目は口ほどにものを語るって諺通り、千冬さんの目は俺に続きを促していた。

 

「一夏にその話を聞いて、俺、思ったんス……やっぱり千冬さんは、俺の尊敬する凄い人なんだって」

 

「……」

 

「世界最強を決める大会二連覇なんて、それこそ勝てば世界中の誰もが欲しがる尊敬の証になるでしょ?……そんな名誉を金繰り捨てて、肉親を助けに向かった千冬さんを、尊敬出来ない訳が無えじゃねぇっすか」

 

「元次……」

 

少し驚いた様に目を開く千冬さんに、俺は笑顔のままに視線を合わせる。

寧ろ千冬さんの行動を咎められる奴が居たら出てきやがれってんだよ。

千冬さんのやった行動を咎められるってのは、人間として最低の野郎に他ならねぇ。

目先の自分の欲の為に、血を分け、今まで暮らしてきた肉親を捨てる……最低にも程がある。

自分の所為で巻き込まれた肉親を助ける事すらしねぇなんて、その肉親が浮かばれねぇよ。

だから千冬さんのとった行動を、俺には責める謂れは無いし、そんな最低な事はしない。

ドイツで教鞭を取って帰りが遅くなったのだって、一夏を助ける為に協力して貰った借りを返す為。

最後まで筋を通した千冬さんの行動を、一体誰が、どんな権利を持って責められようか。

 

「もし、千冬さんがそこで一夏を、家族を見殺しにする様な最低な人だったなら……どのみち俺の方から殺しにいってた」

 

「……」

 

「でも、千冬さんは名誉を捨てて家族を助けた……そんなカッコイイ人を、俺が責めれるわけ無いじゃねぇっすか」

 

寧ろ逆に尊敬が高まりましたよ。と言って、俺は千冬さんの顔を覗き込む。

俺の言葉を聞いた千冬さんは目を瞑って何かを思う様な表情をするが、直ぐに何時もの不敵な笑みを見せる。

そんな千冬さんの表情を見て、俺も自然と笑みを浮かべてしまう。

あぁ、やっぱ千冬さんはこうじゃなきゃな……こういう不敵な笑みが良く似合ってるぜ。

 

「私を殺すとは、随分と大きく出たものだな……生憎、今の所お前程度に殺されるつもりは無いし、今後もそんな巫山戯た真似をするつもりも無い」

 

「あちゃ~。今でも俺『程度』ですか……まぁ確かに、あんな威圧出せる人からしたら、そうっすよね……何時かは追い付いてみせますけど」

 

俺だって、何時迄も千冬さんの背中を見てるつもりは無い。

何時かは千冬さんだけじゃなくて、冴島さんにも追い抜いてみせるつもりだ。

まぁ、冴島さんは『何時でも、ゲンちゃんが俺を超えたいなら相手したる。それまで俺は、誰にも負けへん』って言ってたしな。

 

「そうか……さて、もうすぐ昼休みも終わるし、教室に戻れ……まずは学年別個人トーナメントで優勝してこい。私をガッカリさせるなよ?」

 

「勿論。今の所、一年なら誰にも負ける気はしねぇっすよ」

 

暗に、あの銀髪にも負けるつもりは無いという意味を込めて伝えると、千冬さんは背を向けた。

もう話は終わりって事だろうと考え、俺も教室に戻る為に背を向ける。

 

「……あぁそうだ。少し待て、元次」

 

「っとと。はい、なんすか?」

 

しかし歩こうとした時に背中から声を掛けられて振り返ると――。

 

「……1つ、貴様に確認しておかねばならん事があったな(ゴゴゴゴゴ)」

 

「へ?……な、なんでしょう?」

 

何故か、さっきと遜色の無い程に強い威圧感を備えた千冬さんのメンチビームが俺の目を射抜いてきた。

え?ちょ、マジで何ですか!?俺ってば何かした!?何にもしてないよな!?

いきなりすぎる展開に混乱する思考と、恐怖から冷や汗がダラダラと出てきてしまう。

訳も分からず混乱していると、何時の間にか千冬さんが超・至近距離に接近していて、俺は胸倉を掴まれて視線を固定されてしまう。

 

「なに、大した事では無い……さっき言った今度の学年別個人トーナメントの話だが……」

 

「は、はい?」

 

一体何の話題だろうかと身構えていると、千冬さんは目をギロリとさせながら続きを語った。

 

「お前、誰かに何かを約束させられたか?優勝したら個人的に何かをして欲しいとか……ン?どうなんだ?(ゴゴゴゴゴ)」

 

「ノ、ノーですはい!!わたくし鍋島元次は、誰ともそんな約束はしておりませんです!!マム!!」

 

分からん、何でこんなに怒られてるのか分からんけど、ここで嘘言ったら死ぬ。

間違いなくサクッとザクッと殺される。

 

「……そうか(……となれば、大方あの愚弟に知らない間に巻き込まれたといった所か……優勝したら付き合える?そんな事で付き合えるなら直ぐにでも私が出場して……って違う!!)」

 

俺の胸倉から手を離した千冬さんは何かを考えこむ姿勢を取りながら、いきなり顔を真っ赤にしたり首を振ったりしてる。

な、何があったんだ?そして何すかこの尋問会は?

恐る恐るといった具合で千冬さんに視線を送っていると千冬さんは顔を赤くしたまま目だけを逸らしてしまう。

あの、もうすぐ授業始まっちゃうんですけど?

 

「(ちょっと違う内容で伝えて『買い物に付き合う』とかにするか?いや、それですら言語道断。ならば……結論は1つ)良いか元次。貴様は何があっても優勝しろ。しなければ、煉獄に落ちたくなる程の修行を貴様につけてやるからな?」

 

「わ、わわ分かりました!?必ずや優勝しますぅ!!」

 

「うむ。では、教室に戻れ」

 

「了解しましたぁあああ!?(ドドドドドドッ!!)」

 

「おい、廊下を走るな……と言っても聞こえんか……まぁ、今日ぐらいは多めに見てやろう」

 

俺の答えに満足そうに頷き、胸倉から手を離してくれた千冬さんに敬礼してから、俺は走ってその場を後にした。

やっばい。元から負けるつもりは更々無かったが、マジで優勝しねぇと俺、イッツDIEしちゃう。

どうするべきだ?今から更なる対策を練るべきか?いや、てっとり早く優勝するには……。

 

「ええいくそ、考えても仕方無え……とりあえず専用機持ちに当たったら、一月は起きあがれねぇ様に念入りにブチのめしてやるか」

 

「お前なに真顔で怖い事言っちゃってんの!?IS装備で一月起きれねぇって、立派なオーバーキルだろそれ!?」

 

と、考えてる間に教室に戻っていたらしく、呟きを聞いた一夏に思いっ切り突っ込まれてしまった。

教室に目を向けると、さっきまで闘志を滾らせていたセシリアやシャルロットが俺を見てガタガタと震えていた。

すまん、俺もまだ死にたくねぇんだ。

ク~クックックック……俺の輝かしいfutureを守る為にも、涙を飲んでお前等を葬ろう。

 

「ゲン?お前なんでそんな暗い笑顔で俺を見ちゃってんの?マジで一月も動けなくするつもりじゃねぇよな?な?なぁ!?」

 

許せ兄弟、これも全ては俺の未来の為なんだ。

必死な表情で俺を見てくる一夏から視線を外し、俺は外の青空に目を向けるのだった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

さて、時間は過ぎて放課後、俺は自室に戻ってゆっくりと本を読んでいた。

読んでいるのはこの前千冬さんが来た時の見参の続きだ。

学年別トーナメントまでに少しでも使える技を覚えられる様に読み返している。

本当ならISを使った訓練をしたかったんだが、一夏はクラス代表の仕事があって少し遅くなるらしい。

シャルルはその付き添いで、箒も訓練機の予約が取れなかったので、シャルルと一緒に一夏の手伝いをしてた。

セシリアは何時の間にか教室から居なくなってたし、鈴も2組に居なかった。

つまり、専用機持ちの連中は尽く捕まらなかったので、一夏の仕事が終わってから一緒に訓練に行くまで時間が空いてしまったのである。

その空いた時間の間を有効に使おうと思って本を読んでいるって訳だ。

 

「ふむ……おぉ、この技は使えそうだ――」

 

ドンドンドンドン!!

 

「ん?誰だ?」

 

集中して本を読んでいたのだが、そこに来客を知らせるノックが響き渡る。

しかしノックというには荒々しくて、まるで扉を叩き割らんかという勢いだ。

そう考えている間にもノックは絶え間なく続けられているので、とにかく誰がやっているのかを確認しに向かう。

 

「(ガチャ)おいおい誰だよ?こんな荒々しいノックを――」

 

「げ、元次君!!大変なの!!」

 

「……って、さゆか?どうしたんだ?」

 

扉を開けると、そこには息を切らせ、かなり切迫した表情のさゆかが居た。

俺はさゆかの普段とは掛け離れた様子に面食らう。

どうしたんだ?普段お淑やかなさゆかがこんなに取り乱すなんて――。

 

「だ、第三アリーナで、ボーデヴィッヒさんが!!鈴とセシリアさんと本音ちゃんに模擬戦を仕掛けて、甚振るみたいな戦い方を――」

 

そこまで聞いた段階で、俺は全速力で第三アリーナへと走った。

後ろでさゆかが叫んでいたが、今は止まっている暇は無え。

早る心を抑えつけながらも、抑えきれない気持ちが俺の中で竜巻の様に渦巻く。

あの銀髪は、無警戒の相手に平然と攻撃する様な奴だ……嫌な予感もビンビンするしよぉ……くそがっ。

俺は他の生徒に当たらない様に走るスピードを上げて、第三アリーナを目指す。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「フン。所詮は過去の栄華と人数だけの国の専用機と代表候補生だな。弱すぎて話にならん」

 

「あぅ……ッ!?ぐっ……ッ!?」

 

「く、くそぉ……機体の相性悪すぎだっての……ッ!!」

 

所変わって此処は第三アリーナ。

そこでは、現在4機のISが模擬戦を行なっていた。

他の訓練をしにきた生徒や、訓練機の予約は取れなくとも他人の動きを観察して少しでも教養を深めようと勉強しに来た生徒達は全員観客席に居る。

件のIS4機が、アリーナ全体を使った模擬戦をしていた為に、遅れた生徒は巻き込まれない様に観客席に居るのだ。

アリーナの中には、漆黒の機体、シュヴァルツェア・レーゲンを纏って悠然と立つラウラ・ボーデヴィッヒの姿がある。

彼女の足元には、その優雅な青色の機体に所々裂傷を刻んだセシリアとブルー・ティアーズ。

片側のアンロックユニットを失い、同じく機体随所に損傷を負わされた鈴音と甲龍の姿も見受けられる。

だが、それよりも酷い姿が、ラウラの操るシュヴァルツェア・レーゲンの手の部分から伸びるワイヤーブレードに繋がれていた。

 

「う、うぅ……」

 

「しかし、それに輪を掛けて酷いのはこの訓練機の女だな……この程度の人材しか日本には居ないのか」

 

ラウラは日本の訓練機である打鉄を纏った少女……布仏本音の機体に巻きつけたワイヤーを引っ張って、彼女の身体を引き摺り、首に手を掛けて持ち上げた。

鈴達の専用機と違って、訓練機である打鉄には秀でた防御力と耐久性があるお陰で、本音の身体には酷い怪我は見受けられない。

しかし全ての基本装備を破壊されていて、彼女には攻撃の術が無く、反撃も不能なまでに追い込まれている。

 

 

 

――事の起こりは、彼女達が偶々この第三アリーナに集まった時の事だ。

最初に集ったセシリアと鈴は、学年別個人トーナメントで優勝した者に与えられるという『ある噂』の為に特訓に来たのだ。

そこに打鉄を纏った本音が合流し、テンションの上がっていた鈴とセシリアは売り言葉に買い言葉で模擬戦をする流れになった。

そこで本音に審判をして欲しいと頼んだのだが、いざ始めようという所で1発の砲弾が彼女達に襲いかかった。

セシリアと鈴の中間地点、そこに立っていた本音がいち早く気付き、その弾を全員回避し、発射地点を見れば不敵に笑うラウラが居た。

そこから今度はセシリアと鈴がラウラに挑発を仕掛け、逆にラウラの言葉に激情したのだ。

内容は自分達の想い人である一夏と、彼の兄弟分である元次を愚弄した物言い。

それを聞いて激昂したセシリアと鈴が特攻を仕掛け、本音もその挑発に怒りを表した。

本音の言葉を戦闘の意思ありと解釈したラウラは無抵抗だった本音をも巻き込み、その場で3対1の乱戦が勃発。

3人は果敢に挑んだが……だが、結果は今の状況が全てを物語っている。

 

 

 

「く、苦しいよぉ……」

 

首を絞められてシールドエネルギーの損傷が続く中、本音は表情を苦悶に歪めてそう零す。

その呟きを聞いたラウラは、更に面白く無いモノを見る様な目で彼女を見た。

 

「情けない。それでも貴様は教官と同じ日本人なのか?あの方はこんな状態でも私程度では敵わない境地に居るお方だと言うのに……」

 

「あ、あんた……専用機使って、代表候補生でも無い子を嬲って、何偉そうな事言ってんのよ……ッ!!」

 

「く……同じ欧州連合の者として恥ずかしい限りですわね……誰もが織斑先生の様な方々ばかりでは無いという常識すら無いなんて……ッ!!」

 

余りにも理不尽な物言いをするラウラに対して、鈴とセシリアは嫌悪感を露わにして語気を荒らげる。

代表候補生と一般生徒達では、ましてやブリュンヒルデとは技術の開きに差があって当然なのに、ラウラはそれすらも扱き下ろす。

そんな理不尽な言葉に、二人は怒りの声を上げたのだ。

その様を見てもラウラは動揺する事も無く、見下ろしたままにシュヴァルツェア・レーゲンの足を振り上げた。

 

「専用機を使って3人掛かりで挑んでも、私に傷すら付けられない様な者が一端に講釈を垂れるとは……これ程滑稽なものは無い、な!!」

 

「(ドガァ!!)きゃあ!?」

 

「鈴さん!!」

 

「そら!!何時迄も私の近くで這いつくばってるんじゃない!!」

 

「(バキィ!!)ぁぐ!?」

 

怒る二人を知った事かと蹴り飛ばすと、二人はその攻撃でシールドエネルギーが底を突き、ISが強制解除された。

もうそれで興味を失ったラウラは、二人から視線を外してターゲットを再び本音に向ける。

 

「ふん……次は貴様だな。はぁ!!」

 

「(ガン!!)うぁ!?」

 

「殴られてるだけか!?少しは抵抗してみせろ!!」

 

「(ゴス!!)あぅ!?くぅ!!」

 

そんな二人を一瞥して直ぐ、ラウラは首を掴んで持ち上げていた本音の首にワイヤーを巻いて釣り上げ、ISの腕で彼女を殴打し始めた。

狙いは顔面であり、これが当たれば絶対防御が働いても怪我は免れない。

本音は何とか両腕を交差させて防御はしているものの、他のお腹や足等の装甲が砕け始めていた。

ハイパーセンサーで確認した観客席にはラウラの憎む一夏が必死の形相でシールドを叩いているのを発見したが、彼女はその表情にニヤリと笑みを返す。

止められるものなら止めてみろ、という挑発を篭めた笑みだ。

その笑みを浮かべたまま、ラウラは最後の止めに血ぐらいは流させようと、本音の顔面に向けてISの拳を構える。

 

「次に戦いを挑む時は、もう少しマシになっておくんだな」

 

もし、観客席から何らかの方法で一夏が間に入ろうとも、この一撃には間に合わない。

それを計算した上で、ラウラは嗜虐的な笑みを浮かべたまま拳を振るい――。

 

 

 

「『――この』」

 

 

 

同時に、全身をゾワリと這い上がる悪寒に意識を持って行かれた。

それは、生物としての本能ともいうべき危険信号が発する警報だったのだろう。

自身のISが警報を発するより前の段階で、本音の首からワイヤーを外しながら後ろを振り返れば――。

 

 

 

「『糞ガキがぁあああああああああああああああああッ!!!』」

 

「きさッ!?(ドゴォオオッ!!!)ぐぁああああッ!?」

 

 

 

猛獣と見紛う形相をした元次の、オプティマスを装備した前蹴りに顔面を盛大に蹴り抜かれた。

その勢いのままに、ラウラはアリーナの外壁へと吹き飛ばされ、体勢を立て直せなかった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「あっ……ゲンがラウラを吹っ飛ばした……」

 

所変わって此方はアリーナの観客席。

そこで事態を見ていた一夏は、現在シールドの割れた部分に白式を展開したまま浮いている。

一夏はクラス代表の仕事をシャルルと箒に手伝ってもらい、予定より早く済んだので、元次を呼びに行こうとしていたのだが、ここで問題が起きた。

実の所、ラウラの暴挙染みた戦い方を見ていたのはさゆかだけでは無く、彼女の親友である谷本と相川も含まれていたのだ。

そこでさゆかは元次に声を掛けに、相川と谷本は一夏に声を掛けに分担したのである。

止めてくれるなら止められる人間は多い方が良いと、3人が考えた結果だった。

そして、ちょうど現時を呼びに行こうとしていた一夏達に、相川と谷本が遭遇し、事情を話す。

元次にはさゆかが伝えに行ってると言われ、一夏達は元次より先にアリーナへと向かったのだ。

そこで目にした戦い、いや、もうそれは暴力と呼べるものを見て、一夏は憤慨した。

しかし言葉には答えず、シールドを叩く自分の姿を見てニヤリと笑ったラウラに対し、一夏は強攻策を取る。

即座に白式を展開して零落白夜でシールドを切り裂き、そのまま突入しようとしたのだ。

そしていざ向かおうとした所で、元次が瞬時加速を用いてラウラを蹴飛ばし、呆然としている今に至る。

 

「い、一夏……どうするの?元次と布仏さんが、凰さんとオルコットさんを助けちゃったけど……」

 

少し遠慮気味に話すシャルルの言葉を聞いてアリーナに目を向ければ、既に元次達は入り口の方に逃亡していた。

それを見下ろしつつ、一夏は溜息を吐きながら口を開く。

 

「どうするっつってもなぁ……どうしよう?」

 

「い、いや。僕に聞かれても……」

 

なんとも間を外してしまった感が出る状況になってしまい、このまま行って良いのかと一夏は悩む。

シャルルもその質問には何と言うべきか分からず、答えを濁していた。

だが、一緒に着いてきた箒はと言うと何故か溜息を吐きながら、一夏に難しい表情を見せている。

 

「あっちの事も大事だが、一夏……この壊したバリアーはどうするつもりなんだ?」

 

「え?…………おーまいごっど……」

 

箒が微妙な表情で指差したのは、零落白夜でザックリパックリと斬られたアリーナのバリアー。

幾ら無我夢中だったとしても、これはさすがに見逃して貰えそうも無いだろう。

それを理解した一夏はダラダラと滝の様な汗を流す。

 

「発音が下手なのは構わないが……これはさすがに怒られると思うぞ?」

 

「……怒る先生が山田先生でありますように」

 

「一夏。淡い期待を持つと、裏切られた時がすっごく辛いよ?」

 

「シャルルの言う通りだ。今からでも覚悟を決めておけ」

 

「言うな!!言わないでくれぇ!!」

 

憐れみの篭った瞳で、励ましでは無く同情の台詞をシャルルと箒からプレゼントされ、一夏は白式装備のまま頭を抱えて絶叫。

今から自分がどうなるかなんて考えたくも無い、という思いがありありと籠められていた。

そんなコントを3人で繰り広げていた時に――。

 

 

 

ズドォオッ!!

 

 

 

開戦の咆哮が、全員の耳を打った。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「本音ちゃん!!大丈夫か!?」

 

アリーナに入って直ぐ、本音ちゃんの首を掴んで止めを刺そうとしていたクソガキを見て、俺は密かに練習していた瞬時加速を使った。

まだ出来るのは5回に3回といった具合だったが、ちゃんと上手く作動し、俺は一気に距離を詰めて奴を蹴飛ばす事に成功。

糞ガキを蹴り飛ばした俺は、糞ガキに拘束されていた本音ちゃんへと駆け寄る。

見た感じ、身体に怪我を負うほどにはやられてなかったが、本音ちゃんは少し苦しそうに咳き込んでいた。

 

「えほっえほっ……助けてくれたのぉ~?……ありがとぉ~、ゲンチ~♪」

 

「礼なんて良いって。それより怪我は無えか?」

 

「ん~……うん。打鉄はボロボロだけど~、私は大丈夫だよ~♪」

 

「そっか……間に合って良かったぜ」

 

呼吸を整えた本音ちゃんは笑顔で俺に言葉を返し、俺は大きく安堵した。

確かに打鉄はボロボロになっているが、本音ちゃんの身体には怪我らしい怪我は無い。

だが、鈴とセシリアは別だ。

二人はISが強制解除されていて、地面に横たわった状態から起き上がろうともしない。

……よくもやりやがったな。あの糞ガキが……。

 

「本音ちゃん。とりあえず二人を保健室に運ばなきゃいけねえ。まだ動けるか?」

 

「うん~。大丈夫だよ~。スラスタ~を動かすエネルギ~は~まだ残ってるから~」

 

「よし、それじゃあ本音ちゃんは鈴を頼む。俺はセシリアを運ぶからよ」

 

「あいあいさ~!!」

 

蹴り飛ばしてやった糞ガキはまだ起き上がってこねえだろう。

イグニッションブースト状態からの速度を乗せた全力の蹴りをモロにブチこんでやったんだ。

直ぐには動けないだろうし、この隙にISが使えない二人を安全な場所に運ばねえと……。

 

「おい、セシリア。無事か!?」

 

「う、うぅ……元次さん……無様な姿を、お見せしてしまいましたわね」

 

「なぁに、気にすんなって。一夏じゃ無くて悪いが、ちと我慢しろよ」

 

「はい……情けないですが、お願いします」

 

「リンリン~!!大丈夫~!?」

 

「あ、痛たた……そのアダ名で呼ばないでって言ってるでしょ、本音……サンキューね。ゲン」

 

「良いって事よ。鈴も気にすんな」

 

「ぶ~、可愛いのになぁ~。ちょっと失礼しま~す」

 

「……うん。悪いけどお願いするわ、本音」

 

セシリアを腕に挟む様に抱きながら、鈴を抱えた本音ちゃんと一緒にアリーナの出口を目指して飛ぶ。

他にアクシデントも無く、入り口に辿り着き、俺はセシリアを地面に優しく降ろした。

本音ちゃんも抱えていた鈴を降ろして、自身も打鉄から降りていく。

やれやれ、一時はどうなる事かと思ったが、とりあえずは一安し――。

 

「(ボゴォ!!)グ、ググ……ッ!?ハァ、ハァ!!ま、また……またお前かぁあああああッ!!?」

 

『警告、敵ISのロックオンを確認。至急回避もしくは迎撃行動を』

 

と、俺達がアリーナの出口で鈴達を降ろすと同時に、オプティマスのセンサーが警告を発した。

怪我人を抱えた状況にある今の俺達をロックオンする様なバカたれは勿論の事、あのクソガキしか居ねぇ。

 

「貴様だけはもう許さん!!私の手で消してやる!!――吹き飛べ!!」

 

ズドォオッ!!

 

「な!?何考えてんのよ、あのドイツ人!?」

 

「元次さん!!」

 

「ゲンチ~!?危な~~い!!」

 

そして、轟音と共に、奴の肩に取り付けられていた実弾砲が火を吹き、弾丸が超高速で俺達に向かってくる。

俺の背中に当たるであろう弾頭を見て、鈴もセシリアも本音ちゃんも悲痛に叫ぶが……俺の頭ん中は別の事で埋め尽くされていた。

あのクソガキは何をしてるのか分かってんのか?少なくともここにはISを纏っていない人間が二人も居るんだぞ?

そんな奴等が居る状況で砲撃ブッ放して、しかも得意気に笑うだぁ?……フザケヤガッテ。

あぁもう良い、学年別トーナメントでブッ潰すつもりだったが予定変更だ……アイツは今ここで――。

 

 

 

「……ッ!!(バグォオオッ!!)」

 

「――なっ……」

 

 

 

叩き潰してやる。

 

 

 

迫りくる砲弾に対して俺が取った行動に、クソガキだけでなく他の面々も呆然としていた。

周りが静まり返る程の事をしたのかと言われれば、そうとしか言えない。

俺が取った行動は、砲弾に手を翳してキャッチし、高速で回転する砲弾を力で無理矢理捻じ伏せてやったのだ。

手の中で摩擦による煙を挙げながら、ギュルギュルと金属の擦れる音が鳴っていたが、それも次第に収まる。

 

「ば、馬鹿な……ッ!?実弾砲をISの手で受け止めただと……ッ!?」

 

俺の行いに目を見開いて呆然とするクソガキだが、ンな事は知ったこっちゃねぇ。

 

「……テメェ……何したか分かってんだろうなぁ?」

 

手でキャッチした砲弾を地面に投げ捨てながら、俺はクソガキに向き直る。

俺と目が合ったクソガキはハッと意識を戻すと、直ぐ様俺に意識を集中させた。

 

「ISを纏ってない奴相手に砲撃カマしやがって……しかも俺のダチに手を上げただ?……良い度胸してんじゃねぇか」

 

「皆、大丈夫!?」

 

と、俺とガキが睨み合っていた最中、後ろの3人にさゆかが駆け寄って行く。

どうやら俺の後を追って来てくれたらしい、今来てくれたのは好都合だ。

怪我してる3人を任せて、気兼ね無く暴れられるからな。

 

「さゆか。ワリィけど3人を保健室に連れて行ってやってくれ……俺はちっと、あのガキに……仕置きしてくっからよぉ!!」

 

「あ!?元次君!?」

 

さゆかの返事も聞かずにメインスラスターを吹かして、俺は一直線にガキの元に向かう。

悪い事したガキに対するお仕置きってのは、昔から拳骨と相場が決まってんだよ!!

 

「おぉぉらぁああ!!」

 

烈火の如き気合で右拳を奴に振るうと、奴は回避するでも防御するでも無く、ただ不敵に笑いやがった。

何だ?加速の乗ったこのパンチを近距離で見て回避も防御もしねぇって、何考えてやがる?

……まさか、このパンチを『止める』方法があるってのか?

 

「策も無く真っ直ぐに突っ込んでくるとはな。この愚図め!!」

 

奴は俺のパンチが迫るのを見ながらも、その場で目を瞑りながら手を真っ直ぐに翳した。

しかしもう俺の振るった拳は止められる筈が無い。

このまま叩き込んでやらぁ!!

 

 

 

――しかし、俺は失念していたんだ。

今、俺達がやってるのは生身の『喧嘩』では無く――。

 

 

 

「――ッ!!(ギュゥン!!)」

 

ピタッ!!

 

「なッ!?何だこりゃ……ッ!?」

 

 

 

ISを使った『戦闘』であるという事を――。

 

「……フン。存外にあっけなかったな。やはり、このシュヴァルツェア・レーゲンの『停止結界』の前では、貴様などゴミに等しい」

 

「ぐ、ぬぅ!?う、動かねぇ……ッ!?」

 

嘲る様に笑うクソガキの真正面で、俺は身体に全力の力を込めて動こうとするが、俺の体はピタリと停止していて動けない。

クソガキが手を翳し、俺の拳が奴に届くか届かないかの辺りで、奴の手から空間が歪み、マジョーラの様な色彩の空間が形成されたのが原因だろう。

俺の身体がその空間に触れた瞬間、まるで体の全てを掌握されたかの様に、進む事も下がる事も出来なくなっちまったんだ。

くそ!!これがあの餓鬼の自信に満ちた笑みの正体って訳かよ!!第三世代の特殊兵器ってのがあるのを忘れてた!!

必死に力を込めて動こうとする俺を嘲笑しながら、クソガキは肩の大型実弾砲を俺に向ける。

これはまさにゼロ距離射撃ってやつだろう。

砲口を向けられながらも、俺はクソガキの顔を睨みつけるが、今の奴にとっては悪あがきにしか見えないんだろう、笑ってやがる。

 

「あっけなく終わりだ。貴様程度の『雑魚』が教官の傍に居るのがどれだけ愚かしいか、その身で知れ」

 

ブチッ!!

 

「ぐっ……ッ!!――『があ゛あ゛ああああああッ!!』」

 

奴の得意気な顔が気に食わなくて、俺は体に力を入れながら、怒りのままに威圧を乗せて大声を叩きつける。

動く事も防御する事も出来ねぇ今の俺なりの、最後の抵抗……のつもりだった。

 

「(ぞく!!)ッ!?く、くそ!?」

 

「……は?」

 

奴が俺の威嚇にたじろんだかと思うと、俺の身体はアッサリと謎の戒めから解放されたのだ。

余りにも予想外の事態に俺は反応出来ず、そのまま少し呆けてしまう。

ど、どうなってんだ?何で体がいきなり動く様になった?何でアイツはあの停止結界とやらを消したんだ?

 

「っ!!このぉ!!」

 

「うおっ!?野郎!!(ギィン!!)」

 

しかし呆ける俺とは別に、目の前に居たボーデヴィッヒは俺に向けて手の甲からプラズマブレードを出して斬りかかって来た。

不幸中の幸いと言うべきか、奴の攻撃は殺気がダダ漏れだったので、素早く気付く事が出来た。

ほぼ反射的にエナジーソードを手の甲に出して奴のブレードを受け止め、鍔迫り合いに入る。

……良く分からねぇけど、あの厄介な結界から抜け出せたのはどういう事なんだ?

あの時に俺がした事といえば、精々威圧しながら怒鳴ったぐらいだ。

生身の喧嘩ならビビらせて体を硬直させるぐらい楽勝だが、さすがにISの兵器を止めるなんてのは無理な筈。

だっていうのに、あの結界は解除された……クソガキが俺にビビッたと同時に。

……もしかして……もしかして、あの停止結界ってのは、あのクソガキがそれの発動だけに集中しないと使えないのか?

頭の片隅で申し訳程度に考えながら、俺は鍔迫り合い中の身体を動かして、奴を力で押し込む。

 

「ぐっうぅうぅ……ッ!?ば、馬鹿力め……ッ!!」

 

「はっ!!生憎と片手しか使ってねぇ、よ!!」

 

「ッ!?(ブオン!!)く!?」

 

鍔迫り合いをパワーで崩し、もう片手で奴の顔面目掛けてアッパーを振るうが、寸での所でスウェイバックで回避された。

エナジーブレードの鍔迫り合いもそこで解消され、中距離で俺達は睨み合う。

俺はあの結界の攻略方法が朧げにしか分からず、それも不確定な方法なので、試すかどうか迷っている。

奴は奴で、恐らく俺がまたあの停止結界を止めるんじゃ無いかと怪しんでいるんだろう。

……俺の考えが正しければ、奴の停止結界とやらを攻略する事は出来る筈だ……一か八か、やってやらぁ。

俺はエナジーブレードを収納し、再び右腕を振り上げてボーデヴィッヒに真っ直ぐ突貫した。

「馬鹿め」とでも言いたいのか、奴は直ぐに表情を歓喜に染める。

 

「おぉっらぁ!!」

 

「馬鹿が!!折角AICから抜け出せたというのに、同じ愚を繰り返すとは――」

 

真っ直ぐに迫る俺に対して、奴はまたあの時と同じ様に手を真っ直ぐ翳して目を閉じる。

――おし!!ここだ!!

 

「『しゃらくせぇえッ!!!』(ギンッ!!!)」

 

俺は頭の中で仮説を立てた通りに、今出来る最大の威圧を雄叫びに乗せて奴に叩き付ける。

あのヤマオロシを怯えさせる事が出来る強い威圧を、だ。

それは目を瞑っていても、いや瞑っている分敏感に感じ取れるだろう。

 

「(ビクッ!!)なッ!?そ、そんな馬鹿――」

 

そして、俺の威圧にボーデヴィッヒがビビると、目の前に形成され掛けていたマジョーラの歪みが綺麗サッパリ消え失せた。

……どうやら、賭けには勝ったらしいな……これなら、俺にあのAICとやらは効かねぇ。

居るかもしれない女神に微笑んでもらえた事で気分がハイになり、俺は堪らずニイィと口元を歪める。

まさに獣と称せる笑みを浮かべたまま、俺はさっき不発だった右腕を力の限り振り出す。

 

「『STRONG!!HAMMERRRRRRRR!!!』」

 

「(ドゴォオオオッ!!!)ぶぐうぅ!?」

 

腰の回転、腕の力、肩の振り切り。

全ての力を連動させた上で全力で撃ち込んだ拳は、鈍い音と共に驚愕の表情を浮かべていたクソガキの顔に命中。

普通はこれが全力だが、オプティマス・プライム装着の俺はここから更に奥へ撃ち込める。

右腕に仕込まれた打撃力増幅装置、インパクトでな。

 

「『食らいやがれ!!』」

 

「(ズガァアアンッ!!!)うぁああああああああッ!!?」

 

顔面に拳を叩き込んだ密着状態からインパクトを発動させると、拳が弾丸の爆発力で更に凶暴な威力を上乗せした。

めり込んだ位置からの凶暴な爆発に、ボーデヴィッヒはエコーを残してアリーナの隅へと飛ばされていく。

 

「ぐ、うぅ!!舐めるな!!(ドシュシュ!!)」

 

「(ギュルル!!)うぉ!?テメェ!!」

 

「貴様の首をへし折ってやる!!」

 

STRONGHAMMERに飛ばされながらも、クソガキはワイヤーブレードを3本飛ばして、俺の首に巻き付けてきやがった。

そのワイヤーに奴のISの力と奴が飛ばされていく力が掛かり、俺の首を締め上げつつ、勢いで俺の体がつんのめっていく。

このままだと俺も奴に釣られて吹き飛んじまう……が、そうはさせるかってんだよ!!

首に巻き付いたワイヤーを両手で握り締めながら、メインスラスターを奴とは逆方向に噴射しつつ、両手と首にあらん限りの力を込める。

 

「『うんぬぅうりゃぁあああああ!!』(ザザザッ!!)」

 

ギュウゥっと音を立てて首が絞まるが、全身に力を入れつつ『猛熊の気位』を発動させて、意識を飛ばさない様に踏ん張る。

少しだけオプティマスの足が地面を引き摺り、ちょうど綱引きをしてる態勢からワイヤーがピンと張った状態で、奴の機体は動きを止めた。

 

「なっ!?」

 

「『だぁらぁああああああああ!!(ブォン!!ブォン!!)』」

 

まさか飛ぶ勢いを止められるとは思ってなかったんだろう。

奴は空中で驚愕に目を開くが、俺はそれに構わずワイヤーを握り締めて、俺を支点に円の動きで振り回す。

俗に言うジャイアントスイングってやつだ。

 

「ぐうぅぅうぅ!?(こ、これでは狙いが付けられない……ッ!?)」

 

円運動で回転すれば、ホーミング性能の無い奴の大型砲は役に立たねぇ。

だが、これも何時までも続けてたらその内に逃げられちまう。

どっちみち、奴のワイヤーは依然俺の首に巻き付いたままなんだ。

投げたりしたらまた俺の首が絞められる。

なら、結論は――。

 

「『――タダじゃすまんぞこりゃぁああああああ!!』」

 

――ワイヤーが外れないなら、力の限り奴を叩きつけてやりゃ良い!!

 

「ッ!?――(ドガァアアッ!!)がはぁ!?」

 

「『オラァ!!もいっちょ食らっとけぇ!!(ブォン!!)』」

 

「(ボゴォ!!)ごふ!?」

 

「『まぁだまだぁぁあああ!!(ブォン!!)』」

 

「(ズドォオオオンッ!!)おぐぅ!?」

 

ワイヤーを握る手を離さず、体と一緒にあっちこっちに振り回して、クソガキをアリーナの壁、シールド、地面なんかに見境無く叩きつけまくった。

傍から見たら大男が年端もいかないガキを投げるという非常に嫌な構図になってるが、今は気にしない。

普通の模擬戦なら何も言わねえが、コイツは遣り過ぎたんだし、やり返されても文句は言わせねぇ。

それにISに乗ってるから、最低限死にゃしねぇだろう。

 

「ぐ、うぅ……ッ!!やむおえん……ッ!!(バシュ!!)」

 

「『そぉらぁああ!!っとと?』」

 

叩き付けた回数がおよそ10回を超えた辺りで、手に掛かる重量が一気に無くなった。

オマケにワイヤーも反対側の勢いが一切無くなり、地面に自然落下する。

どうやらワイヤーを切り離されたらしい。

その証拠に、俺の首に掛かっていたワイヤーの負荷も無いし、クソガキが地面に膝を付いて息を整えていた。

ワイヤーとは別の向きと方向で、だ。

俺は奴に視線を合わせたまま、首に巻き付いた残りのワイヤーを引き剥がす。

 

「『どうした?随分と息が上がってるじゃねぇか?テメェにとって、俺は取るに足らねぇ雑魚……じゃなかったのかよ?えぇ?』」

 

「ハァ、ハァ……だ、黙れぇ!!」

 

そこそこ距離が近い状態で喋っているが、奴は俺に砲撃を撃ってこない。

何故なら、奴のアンロックユニットに装備されている大型砲がイカレちまってるからだ。

そこら中に叩き付けられた所為か、火花が出るだけで砲身の向きが下になったままになってる。

とりあえず見た感じでは、あれ以上の射撃武器は無え様に見える。

 

「『人のダチを好き放題痛めつけやがって……礼は(コイツ)で、返させてくれや!!』」

 

膝を地面に着いて息を荒げるクソガキに向かって、オプティマスを加速。

一度殴ると決めたら何が何でもブン殴ってやる!!

 

「く、くそぉおおおお!!」

 

すると、奴もやぶれかぶれになったのか、距離を取るでも回避するでも無くプラズマブレードを展開して俺に斬りかかってきた。

大声を挙げて斬りかかってくる奴の目には、俺に対する憎しみが溢れている。

だが俺だって、自分のダチに手ぇ出されてトサカにきてんだよ!!ブッ潰さねぇと腹の虫が納まらねぇ!!

俺達は互いに雄叫びを挙げながら加速し、互いの攻撃が交差する手前――。

 

 

 

ガキィイインッ!!

 

 

 

「――やれやれ。これだからガキの相手は疲れる」

 

 

 

金属同士が激しくぶつかり合う音が響き、ボーデヴィッヒのプラズマブレードではなく、その腕に刀がぶつけられる。

おいおい誰だよ?俺等の喧嘩に割って入ったのは……ってちょっと待て!?。

奴とは対面の位置に居た俺からは、ボーデヴィッヒの腕を止めた人物の後姿しか見えなかったが、後姿を見て驚愕した。

というか、その人の出で立ちに問題があったので、俺は急遽加速を止めてオプティマスを停止させる。

 

「な!?き、教官!?」

 

一方で動きを止められたボーデヴィッヒも驚愕の声を挙げながら、止めた人物が誰か分かると直ぐに停止した。

ボーデヴィッヒの攻撃を止めたのは、ご存知最強の御方である千冬さんだ。

しかし、今しがた奴のISを止めた千冬さんは、ISスーツを纏っていなかった。

いやそれどころかISすら無い……生身の状態で割って入ってきた。

余りにもブッ飛んだ光景に、俺やボーデヴィッヒだけでなく、観客席の奴等も騒然としてる。

だが、ボーデヴィッヒの攻撃を止めたモノは、本来ISに装備されている筈の武器だ。

千冬さんの両手に収まっているのは、日本の訓練機『打鉄』に装備されている日本刀をモチーフにしたブレード。

俺の身長より少し長い位のソレは、人間で使えば大太刀以上のサイズがある。

それを生身で振り回し、しかも速度は遅いとはいえ、ISの突撃を生身で止めるとか……マジでチートっぷりがヤヴァイ。

ボーデヴィッヒは驚きながらも直ぐに意識を戻し、千冬さんの刀から腕を離す。

千冬さんもそれを確認して、ブレードを肩に担いで俺に視線を向けてきた。

 

「これ以上の戦闘は、悪いが中止してもらうぞ」

 

「は?……そりゃどういう事で?俺は今、このクソガキを叩き潰してやらねぇと引っ込みが付かねえんスけど?」

 

いきなりの中止宣言に、俺は苛つきを抑えながらも質問する。

今、この場には俺とクソガキ以外に戦っている奴は居なかったから、戦っても問題ねぇ筈なんだが。

そう聞くと、千冬さんは溜息を吐きながら、ブレードを観客席の方へ向ける。

 

「なに、あそこにいるバカがアリーナのバリアーを破壊してしまってな。だからお前達の戦いを止めざるを得なかっただけだ」

 

ん?バリアーなんてそんな簡単に破壊出来たっけか?

あれ?そういえば身近にバリアー無効化なんてチートな刀持った奴が――。

 

「ってお前かぁあああ!?」

 

『悪いゲン!!ちょっと諸々の事情があって!!』

 

振りかえって視線を向けた先に浮遊する純白のISを視界に入れて、俺は叫ぶ。

切り裂かれたバリアーのトコには俺達に気不味そうな表情を見せる白式装備の一夏君。

諸々の事情が何か知らねぇけど、何でバリアー破壊しちゃってんだよアイツはぁ……。

 

「……お……織斑一夏ぁあ……ッ!?」

 

と、俺だけでなくボーデヴィッヒも正に憤怒の表情で上空の一夏を睨み付けていた。

コイツの場合は、呆れただけの俺とは違って今にも掴みかからん勢いだ。

そんな俺達を見て、千冬さんは溜息を吐いて頭を振る。

あ~あ……止めだ止め。何か白けちまった。

 

「悪いがこの戦いの決着は、来週の学年別トーナメントでつけてもらえないか?織斑がバリアーを破壊したからとはいえ、こんな事態になってしまっては、これ以上の試合は黙認しかねる」

 

「くっ……。教官が……そう仰るなら……」

 

意外にもボーデヴィッヒは素直に頷き、ISの装着状態を解除する。

どうやらコイツは本気で千冬さんに入れ込んでるらしい。

さっきまでの怒りの形相は何処へやら、千冬さんと顔を合わせただけで何時もの無表情に戻ってるし。

 

「そうか……鍋島。お前もそれで良いか?」

 

ボーデヴィッヒがISを解除したのを見届けた千冬さんは俺に向き直り、俺にも声を掛けてくる。

本当ならここで本音ちゃんや鈴達にやった分の仕返しをたっぷりしておきたかったが、気概が削がれちまった。

でもこのままじゃ納得いかねぇし、少しだけ意趣返ししとくか。

 

「別に良いッスよ。もう白けちまったし……」

 

そこで言葉を切りつつISを解除して、俺はニヤリと笑みを浮かべてボーデヴィッヒに視線を向ける。

 

「このままやってたら、俺の圧勝で終わってつまんなかったトコっすから」

 

「ッ!!(ギリッ!!)き、貴様ぁ……ッ!!」

 

「ハァ……鍋島、余り煽るんじゃない」

 

「いやいや、ホントの事っすよ?俺今の喧嘩で射撃武器使って無かったし……それに……」

 

睨み付けてくるボーデヴィッヒと呆れる千冬さんから視線を外して、俺は一夏に視線を向けた。

今回、俺よりもコイツと決着付けなくちゃいけねえのはアイツだ。

こんな所で俺がボーデヴィッヒを潰すより、一夏に潰させた方が、後々スッキリするだろ。

 

「学年別トーナメントなら、俺より先にコイツをブッ潰す可能性のある奴が居ますんで」

 

俺の視線が一夏に向いていたから、二人とも俺が誰の事を指してるのか気付いたんだろう。

千冬さんは「ほう」と面白そうに笑みを零し、ボーデヴィッヒは「出来る訳が無い」という嘲りの笑みを浮かべた。

やれやれ、あんまり俺の兄弟分を舐めてたら痛い目見るぜ、ボーデヴィッヒ?

俺達の言葉を聞いた千冬さんは太刀を担いだまま、改めて俺達に視線を向けて言葉を紡ぐ。

 

「本来なら、学年別トーナメントまで私闘及び訓練の一切を禁止したい所だが、学年別トーナメントは将来の為に企業や国に対して、生徒達が各々の仕上がりをアピールする場だ。それはお前達も分かるな?」

 

確認の目を向けられた俺とボーデヴィッヒは千冬さんの言葉に頷く。

 

「だから、お前達に巻き込んで他の生徒の練習を禁止する訳にはいかない。よってお前達二人だけに通達する。ラウラ・ボーデヴィッヒ、鍋島元次の両名は、学園において学年別トーナメントまでの期間、私闘及び訓練の一切を禁止する。良いな?」

 

「了解しました」

 

「俺も異論は無いッス」

 

今回の騒ぎの原因は、どっちかといえばまぁ一夏にもあるが、それは置いておこう。

あいつまで訓練を禁止されちゃ、学年別トーナメントで生き残れるか分かんねぇしな。

ここは被害が俺だけで良かったと思っておこう。

その後は千冬さんに解散を言い渡されたんだが、何と鈴達は未だにアリーナの隅に居たので驚いた。

聞けば俺の戦いを見て少しでも今後のボーデヴィッヒの攻略に役立てたかったらしい。

だが、結局は次元が違い過ぎて参考にならなかったとの事。

鈴曰く――。

 

「あんな簡単に相手をブン回せるのはアンタぐらいよ。この非常識の塊」

 

――との事だった。

俺にだけ可能な型破り戦法だと怒られた。

何か理不尽に怒られたけど、その辺りの話は置いといて、俺は怪我してる3人を担ぎ、保健室へと向かう。

俺は3人を運びながらさゆかとシャルル、箒、相川と谷本と一緒にだ。

皆鈴やセシリアの事を心配してるが、本人達は怪我の所為で余り喋ろうとしない。

この二人の怪我は相当酷く、学年別トーナメントに出られるのか心配な所だ。

本音ちゃんは打鉄に酷いダメージを貰ったが、体の方は無事らしく、至って元気そのもの。

俺は二人の容態を心配しながら、頭の中では来週の学年別トーナメントの事を考えている。

あの場ではああ言ったけど、一夏がボーデヴィッヒに勝てるか、正直まったく分からねぇ。

俺自身は訓練と私闘を禁止されたけど、他の奴へのアドバイスはダメとは言われて無い。

精々、一夏を鍛えさせてもらいますかねっと今後の事を考えながら、俺達は保健室へと足を運んだ。

 

 

 

え?一夏?あぁ、あいつなら今頃――。

 

 

 

「さて織斑。お前には今からバリアーを壊した始末書と反省書を渡そう。それと学年別トーナメントが終わった後は、私直々の懲罰メニューだ。どうだ、嬉しいだろう?」

 

「アハハ……昼なのに星が見えるぜ……あれってひょっとして死兆せ――」

 

 

 

千冬さんが肩に担いだ太刀の切っ先に吊り下げられて、職員室にドナドナされてるとこだろ。

 

 

 

 

 

更新スピードが落ちてきたな……そろそろ一発ネタで時間稼ぐか?

 

 

 


 
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