第二十四話 地獄の釜
【官房長官!! お話を!!】
記者達の声に答える事なく壇上から男が一人去った。
政権にとっての要とも言える官房長官。
その地位に収まっている人間と言えば、実力のあるエリートか知識派なインテリと相場は決まっている。
首相の女房役であり、与党との調整や野党との意見調整に四苦八苦するのは毎年の恒例行事だろう。
百年以上前から変わらぬ仕組みの中で、国という船の行き先は決められずとも帆をどうするか決めてきたのはそのポジションの人間に他ならない。
国内の外国人団体から外国人に優しくないと呼び名も高い現政権の中核。
それこそが彼『安藤正明(あんどう・まさあき)』だった。
元々、経済界からの成り上がりである安藤は組閣時に自分は誰よりも制度と金の流れに詳しいのだから経済産業省か厚生労働省辺りで働くものだとばかり思っていた。
五十代後半。
脂の乗り切った働き盛りの自分ならば、そこで活躍の場があると思っていた。
役人に負けない知識量と経済学で博士号を持っている自分がそのポストに付いたなら、現在の日本が抱える借金や福祉問題に果敢に切り込んでみせるとある種奢ってすらいた。
しかし、与えられたポストは大臣ではなく内閣官房長官という任。
与党・野党との調整に次ぐ調整を繰り返し、首相を擁護しては立てるという地位。
影響力は一段上がったものの、やりたい仕事という訳ではなかった。
「はぁ・・・・・・」
壇上から舞台袖、通路へと出る。
一人溜息を吐きながら自分の執務室へと戻った安藤は秘書達に出て行くよう告げると椅子に持たれかかる。
秘書達の出て行く際の視線に冷たいものを感じて、彼は凹んだ。
「・・・・・・」
現在の与党は『小さく静かなる戦争』(リトル・サイレント・ウォー)と呼ばれるグローバリゼーションと多民族国家を否定した日本のナショナリズムの勃興から始まっている。
無論、外国人勢力の排斥という一種の差別が起点となっている以上、そういった反日勢力との火種は尽きない。
そんな与党が作った政府は国民から見れば、今の日本では必要不可欠となっている下層労働力の調整に苦心している印象があるだろう。
感情的な差別こそ日本は少ないが制度的な差別は日常的に移民労働者達の労働争議を勃発させている。
それでも先人達が作った強固な【制度格差】という檻は上手く機能しているし、現在も改正という動きはない。
その当時の荒れた日本では外国人勢力と右翼政党が真っ向から対立していた。
時代の流れという奴か。
ネット上のマスコミ批判や何が起こっているのか分かっていたネット住民達の広報活動で国民の大半を味方に付けた政権は自浄作用を高めながら躍進し、多くの人権擁護団体や外国から差別だと非難批判を受けながらも日本内部の制度改革を進めていった。
その終着点とも言える政権の組閣で選ばれる時点で安藤は思想的には中道か右の人間と言える。
そんな安藤に持ち上がった外国企業からの献金問題は与党からすれば青天の霹靂、人権擁護派の野党からすれば、与党の牙城と切り崩す切欠という国会の焦点となった。
それを抑え込むのがGIOというのは皮肉かもしれない。
国内最大手の広告企業として日本経済に食い込み、他の広告企業から莫大なシェアを奪い取ったGIOは報道にもかなりの影響力を持っている。
外国企業としては異例とも言える躍進があったのは『小さく静かなる戦争』(リトル・サイレント・ウォー)後の事であり、外国企業としては極めて珍しい部類に入る。
しかし、それらの前進があったのはGIOの敏感に時代を読んだ経営陣と誰にも真似出来ない先進的な技術があったからこそだ。
現在の与党に対して好意的な世論形成に一役買い、その実何の要求も無く、更には外国人勢力からすれば自分の首を絞めているとしか思えないような経済的ハンデを飲みながら文句も言わず、従順とも言える態度で政府に貢献し続けてきた。
昔からGIOと現在の与党には黒い噂が絶えなかったがバリバリの右翼政権を樹立し続けてきた与党と政府から反日的な法案が出された事は一度も無い。
それに近いような法案が出されたとしても過剰な経済競走是正の為に日本企業、外国企業、両者に働きかける程度のものだ。
そんな現在の政府中核の人間がGIOから裏献金を受けていたとの醜聞は普通の大臣なら即刻罷免されてもおかしくない。
そうなっていないのは実際のところ安藤の優秀さと内閣官房長という立場、それから現在の日本が直面している巨大な外交問題故だった。
「・・・清い沼には何も棲めないと首相にも解って頂きたいが・・・無理、だろうな・・・・・・」
革張りの椅子に沈みながら安藤はその多少メタボな体をグッタリさせる。
内閣官房長として安藤は今まで外国人勢力のガス抜きに幾つかの法案を出させている。
それは与党上層部からすれば甘いのではないかと釘を刺されるようなものばかりだった。
与党の執行部に睨まれながらも法案を可決させてきたのは近隣の国の動向に深い根を張っている安藤には様々な状況が見えていたからだ。
例えば、中国軍閥や中国国内の環境問題が限界を迎えようとしている事実。
例えば、中国軍閥に同調し始める兆しを持つ幾つかの移民労働団体。
例えば、世界各国で水危機が高まりナショナリズムの激化が起こっている惨状。
どれもこれも日本の地位や経済活動を危うくするに足る問題であり、同時に今から何かしらの対策無しにはどうしようもなくなるだろう事は分かっていた。
安藤が売国奴と罵られるようなGIOとの密約に走ったのもその為だった。
このままでは中国軍閥の暴走に日本が巻き込まれる。
そうなれば三百万人の移民労働者の一斉蜂起で日本は崩壊する。
ジオプロフィットの拡大、ジオネット法の拡大、戦時特例法の改変。
これを持ってしなければ、中国軍閥に対する抑止力は無い。
国土の分割という最大級の売国行為すら、安藤にとっては日本という国家を支える為の生贄に過ぎなかった。
本来ならば十年程の時間を掛けて行うはずだった計画は九州をGIOの管轄とする事で疲弊し切った地方の回復と世界最先端の防衛設備を導入するというもの。
GIOが見返りとして安藤に提示したのは日本と分割された国土を保全する為の莫大な戦争準備資金。
そこに移民労働者と武器を次ぎ込んで水戦争の趨勢を占なえば、安藤には辛うじて日本の生きる道筋が見えた気がした。
しかし、計画は元自衛隊のGIO幹部の裏切りで半ば頓挫しかかっている。
契約書が公表されれば、売国奴として投獄、計画は準備期間も設けずに前倒しされ日本は数ヶ月以内にでも水戦争へ突入していく。
その結果は言うまでもなく日本の崩壊。
現在の政府内部では未だ戦争の準備という話すら出ていない。
生温い政府のやり方では間に合わないのが必定である以上、不完全な計画は何処かで破綻を見せるだろう。
もし上手くいったとしても、自分にそれを確認する未来があるとは思えない。
少なくとも中国軍閥がロシアと激突してしまった以上、もう流れは止められない。
最後の頼みの綱と言えるのは一つ。
(GIOとの契約を前倒しするか。破棄するか・・・結局はあの女次第か・・・)
安藤は黒いスーツの女を思い出す。
日本裏社会において最高のフィクサーと名高い女は黒いスーツにノーブラで胸元を見せ付ける品の無い女だった。
それでも安藤はコンタクトを取り、何とかその胡散臭い女に契約書の奪取を依頼した、するしかなかった。
公安とのパイプから女のデータを事前に受け取り分析出来ていた事は大きい。
アズトゥーアズと呼ばれる女の傾向は安藤には簡単に読み取れるものだった。
陰謀の裏を渡りながら、陰謀を好む人間とは掛け離れた思想を持っている事もすぐ分かった。
(我ながら馬鹿な政治家は嵌り役だったろうな・・・はは・・・)
自嘲気味に安藤が笑う。
女は必死に日本を救おうとするだろう。
馬鹿な政治家には何も任せておけないと。
本来ならば、日本の趨勢を表で決められるような立場にあってもおかしくない女だ。
義憤を燃やしてくれるに違いない。
「・・・・・・」
灰皿を公安から取り出して受け取った資料を載せる。
極秘の二文字が飾り気も無く数枚の変色し始めている紙に踊っていた。
数十年前の旧い資料。
本来ならば返却しなければならないものだったが、安藤はそれに懐から取り出したマッチを擦って置いた。
ゆっくりと資料が燃えていく。
その最中にやはり変色してしまった写真が一枚。
安藤が会った女と瓜二つの人物が白衣を着て大勢の人間と微笑んでいた。
その中にはノーベル賞候補者や受賞者、日本の科学技術の基礎を作った者が多く映っている。
現在の日本の基幹産業である電子機器製造の基礎研究やIPS細胞を筆頭とした再生医療の研究を行っていた者達の数も多い。
他にも物理学、天文学、量子力学、と各研究の大物が目立つ。
彼らの功績は限りなく大きい。
彼らに生み出された【特許(パテント)】は日本の主要産業全てに影響を及ぼしているのだから。
(政財界にすら影響を及ぼす正体不明の【影】。まさか本当に年取らぬ物の怪の類だったとは・・・)
昔、経済界の裏で馬鹿馬鹿しいSF話の類を聞いた事があった。
話半分に聞いていた噂は今も深々と経済界の大物達の間で実しやかに流れている。
曰く、とある科学者が先進的過ぎる研究成果の果てに不老不死を手に入れた。
その科学者はあらゆる分野の探求者を集めた末に一つの結社を生み出した。
その結社は世界に決定的な影響力を持ち、今も人知れず日本の裏で暗躍していると。
(嘗(かつ)て科学技術振興の名の下、数多の学問のトップを集め、国内最大を誇った総合学術研究所。通称【天雨機関(あまめきかん)】・・・『小さく静かなる戦争』(リトル・サイレント・ウォー)下で外国人研究者問題の末に解体された最先端科学の亡霊・・・公安が情報を出し渋るわけだ・・・)
三十数年前に解体された公の機関ではあったが、その情報は殆ど失われている。
機関解体後バラバラになった研究者達が機関での研究を実用レベルで昇華してこそいるが、機関での内情や本当にされていた研究を知る術は無い。
大成功を収めた機関出身の研究者達の口が割れた事はなく、未だ機関の呪縛は健在であると言える。
しかし、それでも公安には幾つかの資料が残っていた。
何故極秘裏に公安で保存されていたのか経緯は分からなくとも理由はすぐに分かった。
安藤には今までこの情報を取得した者がどれだけいたかは分からないが、単純に利用できなかったのは想像が付く。
不老不死。
少なくともその入り口に存在するのだろう技術を【水】というたったそれだけの資源で戦争を引き起こそうとしている人間が手にしていいわけがない。
人口爆発に悩む今現在の地球でその技術は人類の破滅を加速させるだろう。
死ななくなった或いは死に難くなった人間という最悪のウィルスが地球そのものを食い尽くす可能性すらある。
不死や不老に関する技術が人類の破滅の扉を開く鍵だと理解する程度には利口だった。
そういう事なのだろう。
「・・・・・・」
資料が全て燃え朽ちるのを確認して安藤がデスクに置かれている端末を見た。
(中国軍閥とロシアの激突は隠しておくのも後数日が限界・・・)
日本の行く末は安藤が考える限り二つに一つ。
安藤がGIOからの献金問題で追及を受け、GIOのCEOが出てきて契約を前倒しで履行するのを待つか。
契約書を奪取し、GIOに一端この件から手を引かせて、新たな道を模索するか。
日本での準備を進めさせる為、中国軍閥を好き勝手煽っているGIOには一応釘を刺してある。
契約が履行された場合、日本と中国軍閥が戦争状態に突入した時点で日本へ付くようと・・・しかし、所詮は裏取引に過ぎない。
最悪のシナリオは契約が履行された後、開戦と同時にGIOが九州地方を掌握して中国軍閥に付くという事態。
二番目に最悪なのは九州地方の統治をGIOが中国軍閥へと移譲し日本から撤退するという事態。
どちらも有り得ないとは言えなかった。
GIOの裏切りを防ぐ為の術は現時点では存在しない。
それを模索する時間も含めての準備期間だったのだから。
GIOからの中国軍閥への支援。
その一手で盤面は殆ど握られてしまった。
攻め手へと転じる機会が回ってこなければ、一方的に蹂躙されるだけなのは目に見えている。
「・・・あまり日本人を嘗めるなら教えてやらなければな」
安藤は傍らの受話器を取って内線に繋いだ。
「外務大臣を呼んでくれ。最優先事項だ。それと布深商事の取締役にアポを。前々から頼んでいた件だと言えば分かるだろう」
受話器を置いた安藤がデスクの中段から真白い資料の束を取り出した。
(窮鼠猫を噛む。だが、いつも噛むのが鼠だとは限らないぞ? ゼネラル・インターナショナル・オルガン)
資料の表紙にはただ四文字。
人道海廊との表記だけがあった。
*
凜として少女(セキ)は少女(フゥ)を見つめていた。
マンション最上階。
永橋の表札が掛かった部屋の一室。
広大なリビングで移民の家出少女セキとテロリストな中国少女虎(フゥ)が一つテーブルを挟んで食事していた。
その間を取った中央、朝餉の味噌汁を喉に流し込みながら永橋家の家主風御は何をどうセキに話そうかと脳裏で色々な言い訳を考える。
「「「・・・・・・」」」
三者三様に無言。
それぞれ理由は違えど、声も無かった。
カチャカチャと茶碗と箸の立てる微かな音。
もう数分も猶予は無いだろうと風御は脳裏でどうしてこうなったのか反芻する。
ビルの一件から一日。
まだ朝も空け切らない午前五時。
端末にメールが届いた。
それが端末のアドレスなんて教えていないはずの貧乏人からのものだと気付いた時点で見る気も失せた風御だったが、前日の一件の事もあり見ざるを得なかった。
話したい事があるという完結な内容。
指定された場所までは徒歩で数分。
大手牛丼チェーンの駐車場には一台のクーペ。
ガラス張りの店内に見えるのは外字久重とビルの一件で出会った少女だった。
店内へと入って二人の対面に座った風御へと掛けられた第一声は「預かってくんない?」というもの。
そのまま目を細めて店内から出て行こうとする風御を久重は慌てて引き止めた。
土下座しそうな勢いでお願いされてしまっては風御に否の文字は無く。
理由を聞けば仕事で今日中に帰ってこられるか分からないとの事。
虎(フゥ)と言うらしい少女がどういう世界で生きてきたのか大たい想像できる風御は結局のところ大甘も過ぎるだろう判断を下し、親友に貸し一つで身柄を引き受ける事にした。
久重が牛丼チェーンから消え、結局サイドメニュー一品でお茶を濁した風御はそのまま帰路に着いた。
帰れば笑顔で朝食の用意が出来たと玄関に出てくるセキの姿。
その笑顔が一瞬で崩壊したのは言うまでも無い。
今度はどんな経緯で少女を連れ込んだのか。
お持ち帰りしてきたのか。
そう言いたげな半眼の居候少女に朝食の後で話すからと遅滞工作を行ったのは的確だったと風御は確信している。
脳裏で幾つかの案を浮かべ、嘘らしい嘘を省き、真実を幾つか混ぜてから、小説のプロットでも思い描くように風御は完璧な言い訳を完成させた。
コトリとセキの赤い茶碗が食卓に置かれる。
「風御さん。その子は誰ですか」
「うん? 簡単に言うと僕の知り合いが拾ってきた子でセキちゃんの同類かな」
虎が風御の言葉に首を傾げた。
「テロリスト?」
虎が純真無垢な視線でセキを見つめた。
見つめられたセキが風御を睨んだ。
睨まれた風御は空気を読まない虎に渋い顔をした。
「合わせようよ。せめてさ」
「?」
未だよく分からないという顔の虎に付いて風御がセキから全て白状させられたのは夕方を回った頃。
言い訳とお説教の間、虎は眠そうにソファーで横になり、風御の恨めしそうな視線を買う事となった。
数時間後。
夕方まで続いた説教に体力をゼロにされた風御が侘しい夕食(カップラーメン)を啜りながら自室で壁に映る動画を見つめていた。
夕食作りを拒否したセキは不機嫌なまま部屋へと戻っている。
ようやく開放された脱力感でグンニャリと椅子に体を預けている風御の横でカップラーメン味噌味を啜っている虎は話しかけるでもなく、画面に映る動画サイトの映像に見入っていた。
動画が流され始めて早一時間が経過している。
風御は一言も発さない虎の扱いを決めあぐねていた。
何かしらの思想に染まっているような感触は無く。
どういうわけか何も聞いてくる様子でも無く。
普通ならば風御自身愚痴の一つも言っているだろう状況。
しかし、場の空気はおかしな具合に和んでいる。
まるで前日の事なんて無かったかのように。
「・・・・・・」
食べ終わったカップラーメンの空をゴミ箱に捨てた虎は風御の横に立つ。
差し出された手の上には一丁の拳銃。
知っている人間なら何年前の銃だと笑うような【ソレ(トカレフ)】。
風御は横目で確認してカップラーメンを啜る作業に戻った。
「あげるよ」
「高いもの、返す」
「いや、高くないし。というか基本的に特別なのは銃弾だから今更返されてもね」
しばらく銃を差し出していた虎が頭を下げて銃をコートの懐に戻した。
「・・・ありがとう」
「どういたしまして」
壁に映し出されていた動画が不意に消え、新しいウィンドウが開いた。
「そろそろゲームの始まりだ。君も見てく?」
「?」
「人間てのはホント業が深い生き物だなぁって、そういう話」
「??」
「興味があるなら其処にいるといい」
コクリと虎が頷いた。
ウィンドウの中には虎に読めない外国語がズラリと並んでいる。
赤い点が十五と蒼い点が一。
傍らのカウンターはゆっくりとその秒数をゼロへと近づけていく。
「まずは迷宮探索かな。宝箱に何が残ってるやら・・・」
カウンターゼロと共に不自然なくらい黄色いポニーテールの少女が画面に現れ、ペコリと頭を下げた。
*
肌のあちこちに縫合痕を晒す姿は前と変わらず。
少女は黒いスーツ姿でGIO日本支社地下の会場ステージでマイクを取っていた。
GIO警備部特務外部班総括『亞咲(アザキ)』。
未だ歳若いと見えるものの、その肩書きは少女なんて生温く弱いイメージとは掛け離れている。
【紳士淑女の皆様。今まで大変お待たせしました。これよりGAMEを開催いたします】
誰もいない会場のステージでそれを見ているだろう客に向かい亞咲は続ける。
【では、まず基本的なルールの説明をさせて頂きたいと思います】
亞咲の後ろにホワイトボードが滑るように流れてきて止まった。
【新規のお客様の為にも既存のお客様はしばし我慢してくださるようお願いします。では】
ホワイトボードの上に黒いマジックで書いたように文字が浮かび上がる。
【今GAMEは基本的にGPS情報を基にして点数が加算されます。各GAMEではテーマに沿ってGPS情報の動きに点数が付けられ、その総合得点で順位を決定。皆様に賭けて頂く事になります。基本的には『GEOCACHING(ジオキャッシング)』のようなアウトドアスポーツと考えて下さって構いませんが】
文字が亞咲の言葉に沿ってルールを羅列していく。
【『CACHE(キャッシュ)』と呼べるような『宝(もくひょう)』が有る場合と無い場合があります。無い場合には完全にGPS情報を元に行動を分析し点数が加算されるものとします】
マジックの文字で埋め尽くされたボードが裏返る。
【そして、指定されていない限りは基本的ルールは【指定された範囲内】でGAMEをするという、たった一点になります】
そこに緻密な線で何かが描かれていく。
【賭けの受付時間についてはGAME開始から五分のインターバルを設けます。五分内にチームを分析して賭けるも良し、事前情報や前GAMEの内容を吟味してインターバル前に賭けるも良し、それはお客様次第です。ただ、GAME参加者がこちら側で指定する特定の状況に置かれた場合、ボーナス倍率が加算される事もあるのでインターバルを使う事をお勧めします】
ボード上に巨大な構造物が描き出された。
【ここまでが基本的なルールです。では、第一GAMEの概要に移りたいと思います】
亞咲が初めて懐から黒いマジックを取り出す。
【第一GAMEの会場は我がGIO日本支社地下。つまり、今現在私が立っている会場の真下、地下深度四百メートル。十八番区画。第六閉鎖施設研究棟で行われます】
ボードに描かれた構造物が三層に分離された。
それぞれ通路やら階段やら部屋の名称やらが書き込まれていく。
【第一ゲーム会場である第六閉鎖施設は十年前にハザードが起こり閉鎖されたままとなっています。病原体が漏洩したわけではないのですが、生物兵器の一部が暴走した為、GIOは研究棟ごと破棄という結論に達しました。しかし、その当時の研究成果が未だ完全独立した研究棟内のサーバーに残っており、その情報を我々は欲しています】
ボード上の構造物最下層中央の部屋に亞咲が○印を付ける。
【第一GAMEの目標は研究棟サーバー内の情報。位置情報は施設内部で未だ生きているセンサー類を使い探知するので心配する必要はありません】
ボード内部が再び白くなる。
【ちなみに内部で未だ生物兵器の一部が存在しており、外部への流出を防ぐ為にも接続領域は常に閉ざされている必要がありますので、一度入ったらギブアップを申し出るか情報を持ち帰ってくるかという何れかの状況で無ければ、扉は開きません】
カラカラと亞咲の後ろに大きな布が被せられた箱状の何かが滑ってくる。
【生物兵器の概要ですが、実際に見てもらうのが早いだろうという事で、見た目と能力をある程度再現したものを用意してもらいました】
亞咲が後ろの箱の上から布を取った。
甲高い鳴き声。
『―――――!!!』
檻の中から犬程の大きさの蜘蛛が足をはみ出させていた。
【遺伝子改良による既存生物の大型化。主に蟲を軸として進めていたものです】
亞咲がしゃがんでニコニコしながら蜘蛛の足を摘んだ。
【結構愛らしいと思いますが、能力的には人間一人程度はあっという間に食い尽くしますので参加者の皆さんはご用心を】
亞咲が手を離して再び布を掛ける。
【では、今回はこの辺で。他の細かい補足などはGAMEの主催本部に問い合わせて頂ければと思います】
鳴き声が布の中から絶え間なく響く。
【今GAMEの参加は全15チーム。装備は自前で用意してもらいました。チームの概要は画面に映し出されている通り。常連、新規、飛び入りと様々取り揃えてあります】
ボードが白く染まる。
【最終GAMEまで何チーム残るかは分かりませんが是非皆さん奮って賭けにご参加ください】
胸に手を当てて亜咲が一礼した。
【ああ、言い忘れました】
亞咲が顔を上げてから不意に思い出したように笑う。
【無論】
白いボード一面に亞咲がマジックで意外な達筆で四文字を書き込む。
【参加者は【生死不問(せいしふもん)】ですよ?】
GAMEの開始が告げられる。
*
GIO日本支社閉鎖施設接続領域の一室。
それぞれのチームに与えられる個室内部で久重、ソラ、アズ、田木、シャフの五人は壁の大画面に映し出された四文字に微妙な顔をしていた。
「ちなみに今回は行く人数に準じて点数と賭けの倍率が変動するみたいだね。一人で三倍。二人で二倍、三人で一倍、四人で0.5倍。五人で0.2倍」
アズが事前に渡された資料を片手に紅茶を啜った。
「デカイ蟲相手にするとか。どこのクソゲーだオイ」
久重が呟いた。
「む? その評価は如何なものだろうか。昔からシューティングにはありがちな要素だと思うが」
田木が反論する。
「いや、そういう話じゃないだろ。というか、横」
「ん?」
田木が己の横を見ると今まで余裕で画面を見つめていたはずのシャフが顔を青褪めさせていた。
久重が己の横を見ると不思議そうな顔でソラが首を傾げた。
「どうかしたのひさしげ?」
「・・・いや、ああいうの大丈夫なのか? ソラ」
「大丈夫って?」
まったく意味が分からないらしくソラが頭に疑問符を浮かべる。
「まぁ、分からないならいいんだが」
久重が苦笑した。
「とりあえず誰が行くか決めようか」
アズが仕切って四人を見つめる。
「僕はソラ嬢に行って貰いたい。ソラ嬢のNDがあれば不足の事態にも対応可能なはずだ」
ソラがアズの言葉に躊躇なく頷いた。
「なら、オレも行こう」
久重が手を上げる。
「いや、君は留守番だよ。久重」
「理由は?」
「これからの事を考えたら少しでも客の心を掴んでおきたい。ソラ嬢なら少なくとも一人でも生還出来る」
「大丈夫。ちゃんと帰ってくるから、ね? ひさしげ」
「いや、だが・・・」
「心配と信用は別物だよ。久重」
「本当に一人で大丈夫か?」
「うん。任せて」
「・・・・・・分かった」
久重はしばしソラを見つめてから頷いた。
アズが続けてGAME内容を整理して説明し始める。
「それじゃこのGAMEの要点を説明しようか。まずギブアップは全ての点数の放棄と見なすとそうGAMEの補足条項には書いてある。このGAMEでは情報を持って来る以外はギブアップする以外に扉を開ける術が無い。
つまり、情報を自分で持って来る以外ではギブアップ組か情報取得組に便乗しなければ帰還しても点数にならない。この事から容易にはギブアップ組が出ない仕組みになってる。単純に言えば、情報取得組が帰ってくるまでは殆どの人間が施設内部で待機しなきゃならないって事で、同時にそれは情報強奪の可能性もあるって事だ。
目的の部屋に近づけば点数になるけど、危険を冒さなくても情報取得組が帰ってくるまで待つ方が利口。そう考える人間が絶対にいる。そして、それがこのGAMEの最初にして最大の罠と言っていい」
アズが端末で先ほどまで映っていた亞咲の映像を映し出した。
「どうして蜘蛛だと思う?」
「言ってる意味が分からな・・・ああ、そういう事か」
久重がアズの言葉の意図に気付いた。
「亞咲は生体兵器が蟲とは言ったけど蜘蛛とは言ってない。少し拙いとしてもこのプレゼンは意地悪だね」
「どういう事かね?」
田木の質問にアズが画面の蜘蛛の映像を拡大する。
「蜘蛛と言えば巣に獲物が掛かるのを待ってるイメージがある。だから、動かずに待っていれば戦わなくてもいいなんて刷り込みには丁度いい。実際に待ってるだけなんて無理だろうな」
久重の答えにアズが苦笑しながら頷いた。
「たぶん、蜘蛛どころじゃないだろうね。蟻、蟷螂、他にも交戦的な蟲は色々いるから待ってたら餌食だよ」
【各チームは代表者をエントリーしてください。まもなく接続領域内の扉が開きます】
部屋にアナウンスが流れる。
「ひさしげ。行ってくる」
「・・・ああ、待ってる」
心の底から這い寄る不安を押し殺して、久重がソラの頭を撫でた。
数分後、接続領域の扉が開放された。
始まりは唐突に闇の中から現れる子犬程の蟻の大群と銃声によって開かれる事となった。
第一GAMEエントリー総勢28人中5人が重症の末五分未満でギブアップ。
GAMEはまだ始まったばかりだった。
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