『北郷一刀のこと・・・知りたいですか?』
明らかに他のメイドとは雰囲気が違う女性は確かにこう言った。
しかし、あまりに信じられない言葉に咲蘭と及川はもう一度聞き返してしまう。
「えっ・・・」
「今・・・何言うた・・・アンタ…」
『北郷一刀のこと・・・知りたいですか?といったんですよ』
そしてもう一度先ほど確かに聞いた言葉をその女性は繰り返した。
『知りたいなら・・・ついてきなさい。誘ってあげる』
最後にそう呟いた女性は小さくフフッと笑ったかと思うと、レジカウンターの裏手にある「すたっふ・おんり~」と書かれた扉に入っていった。
「・・・誰?あの人?咲蘭ちゃんのお知り合い?」
「あんなあやしい人・・・知らないですよ・・・」
「でも、確かに言うたやんな?北郷一刀って」
「そう・・・ですよね」
二人はあの女性が入っていった「すたっふ・おんり~」の扉を凝視している。
「着いていくんか?めっちゃあやしいけど・・・」
及川は今まで右手で持っていたスプーンをゆっくりと皿の横へ置く
咲蘭は扉への視線を外し、その女性が持ってきたフルーツパフェの上に飾られたイチゴを眺めていた。
そして、そのまま何かを考えていた。
誰も覚えていなかった北郷一刀についての情報が手に入るかもしれない。
これがただの行方不明事件なら喜んで飛び付いただろう。
しかし、今回の一刀失踪は何かがおかしい。
普通に考えたらもっと慎重になるべきで、あの女性の言葉など鵜呑みにしない方がいいかもしれない。
しかし、少し悩んでいた咲蘭が小さく「うんっ」とつぶやいた後、しっかりとした視線を及川に送りながら
「私、行ってきます」
と力強く言った。
「ホンマにっ!?大丈夫かいな」
「確かに怪しいと思うけど・・・でも、お兄ちゃんのことが分かるかもしれないんだったら・・・どんなところでも行くよ」
「嘘かも知れんのにか?」
「ウソかホントかも聞いてみないと分からないし、聞いてから判断すればいいと思うの」
「さよか」
そう言った及川は膝をポンとたたいた後、その反動を利用して立ち上がった。
「なら、オレも行くわ。一応お兄ちゃん代行やしな」
「・・・はっ?」
「だって、かずっちが見つかるまでお兄ちゃんのおらんから咲蘭ちゃんさみしいやろ?やから・・・」
及川がそう言っている間に咲蘭はすでに歩みを進めていたらしく、「すたっふ・おんり~」と書かれた扉に手をかけていた。
「ちょっ!!待って~~な~~~~」
そういう及川を無視して咲蘭は扉の奥へと入っていき、それを追いかけるようにして及川も部屋へと入っていった。
今、外史の扉が開かれた。
扉はゆっくりと、ゆっくりとしまっていき、そして完全に閉まるとその影をスッと消した。
そこに咲蘭たちが入っていた扉はもう・・・ない・・・
1
気付けばそこにいた。
どうやって来たのか
何故ここに居るのか
そんなことは分からない
ただ、気付けばそこにいた
周りは真っ暗で何も見えず、何もない。
風も吹かず、何も香りもしない。
どちらが北で、どちらが南か分からない。
どちらが天井で、どちらが地面か分からない。
とにかく、何も分からない。
ただただ、虚無が広がっている。
そんな印象を受けた。
「ここ・・・」「どこやねん・・・」
二人はきょろきょろとしながら、自分が今どこにいるのかを必死に探ろうとする。
「ちょっ!!オレらが入ってきた扉ないやんっ!!」
「えっ!!」
及川の言葉を聞いた咲蘭が自分の今まで歩いてきた方向を振り返る。
そこには自分たちが入ってきたはずの扉はどこにもなく、ただただ暗闇が続いているだけだった。
「帰れないってこと・・・なの?」
「どないなってんねんっ!!オレが想像してたんと違うぞっ!?ソファにでも座ってゆっくりと話すんとちゃうんかったんかいなっ!!」
『でしたら、ソファを用意しましょう』
暗闇の中、急に響き渡る美しい声に二人は身体を強張らせ、辺りを見回した。
すると、とある一点がスポットライトに当てられたかのように光っており、そこにはかなり豪華そうなソファがひとつポツンと置かれていた。
『どうぞ、お座りになってください。正史の方々』
急な出来事に及川がポカンとしていると、スタスタと咲蘭はそのソファに近づいていく。
「ちょっ!!危ないんとちゃうのっ!!」
「だって、座らないと始まらないでしょ?何のために来たと思ってんの?」
そう言って、咲蘭はソファの右側にちょこんと腰を落とす。
「・・・まっ、しゃーないか・・・」
及川は少し駆け足気味でそのソファの左側へと腰を下ろす。
このとき、若干、咲蘭が及川に触れないよう右側へ腰を移動させたことに、及川はショックを受けた。
トホホ・・・と思っているその時に、ちょうど咲蘭たちの対面からカツン、カツンというヒールで歩いてくる音が聞こえる。
二人は固唾を飲んでその方向を見つめているとやってきたのは案の定、先ほどの女性であった。
しかし、その身を包んでいたのはメイド服ではなく、黒のローブと白いスカーフであった。
「美しい・・・」
及川がポツンとそう呟くと、横腹に咲蘭のエルボーが飛んできた。
『ふふっ、ありがとうございます。さて、まずはお名前をお聞かせ願いますでしょうか?』
「はいっ!及川祐と申します。趣味は・・・ぐはっ・・・」
2度目のエルボーを受け、一度目は加減してくれていたんだなと気づく。
「名前を聞く前に自分が名乗ったらどうなの?」
『あらあら、案外しっかりしていますのね。北郷咲蘭さん』
「・・・知っているのに名前を聞くなんて・・・何を考えてるの?」
『まぁまぁ、そう敵意をむき出しにしないでください。美しい顔が台無しですよ?』
「そんなことより、お兄ちゃんのこと、教えてよ・・・えっと・・・」
『私の名前ですね。私は・・・』
そう言いながら、女性が指をパチンと鳴らす。
すると、下の方からヌッと何かがゆっくりと浮かびあがってきた。
少しすると、それは青色のソファであることが分かった。
そこに女性が優雅に腰を下ろす。
『私の名前はカガミと申します。以後お見知りおきを・・・』
END
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どうもです。はじめまして、お久しぶりの方はお久しぶりです。
今年初めての投稿になります。
今年もマイペースでいきたいと思います。
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