「というわけで、これからは気をつけるように」
「はい……」
俺の前でしょんぼりとうなだれているのは天泣。
ひとまず状況が落ち着いてまずやったのは、天泣にお説教。
他人が俺の真名を呼んだ時の過剰反応について、正直この前のは相手が霞や華雄だったから良かったようなものの、
別の勢力だったら皆の頸も飛びかねなかったわけだし。
ちなみにあれから、俺は正式に董卓の軍門に下り、表向きは董卓配下となった。
捕虜、というより普通に仕官した将のように扱ってくれたのは、霞と華雄のおかげか、それとも俺の恩人補正なのか。
何不自由なく仕事させてもらっている。現在はひとまず戦で不安定になった情勢を安定させるのが優先で、
これからおきるであろう戦に備えた軍備やらなにやらも仕事になっている。
まぁ董卓……月に下ったのは、相手を殺さず登用するとかそのあたりで華琳より融通が効きそうだと思ったからでもある。
霞や華雄は俺の考えはちゃんと理解してくれてるし。
「天泣が俺の事を大事に思ってくれるのは嬉しいけどね、やっぱり時と場合ってのがあるから
それで、またこんなことがあったら、罰則をつけようと思う」
「罰則ですー……?」
「そう、罰則。次からは俺の事を真名で呼ぶことを禁止するよ」
「そ、それはヤです!?」
「じゃあこれからはいきなり斬りかかったりしないように」
「はい……」
慌てふためく天泣の頭に手を置いて軽く撫でて。
「一刀、おるかー?」
「開いてるよ」
声を聞いて俺が天泣の頭から手を離したのと同時ぐらいに外から入ってきたのは霞。
天泣はといえば若干バツが悪そうに霞から目を逸らしている。
「お、糜芳もおるんかいな、丁度ええわ」
「ん? 天泣に用事?」
「まぁ大したことやないんやけど。いっぺん一刀とも手合わせしてみたい思うてな、前に比べてずいぶん腕上げたみたいやし」
「いや、多分霞相手だと勝負にならないよ? 季衣といい勝負ってぐらいだし」
「ええんよ、今の実力がどれぐらいか確認したいだけやから。
あと、糜芳とも本気で勝負してみたい。何回かは手合わせしたけど、ウチが一刀の名前呼んだ時みたいな鋭さがあらへんし、
あんた手ぇ抜いとるやろ? 夏侯惇とええ勝負したって聞くし、それやったらあの程度の腕なわけあらへん」
霞にそう言われると天泣は困った表情、これも天泣には失策だったんだろうなぁ。
そもそも裏切り者が出た時のためにずっと手抜きをしてたんだろうし……。
「霞が敵に回ったりすることはないだろうし、本気でやっても大丈夫だとおもうけど」
「どうしてそんなに張遼さんを信頼してらっしゃるんですー……?」
「どうしてっていわれてもな、長い付き合いだから、としか言いようがないかなぁ」
そういうと少しの間考えるように黙りこんで。
「わかりました。ただ、条件をつけてもいいですかー?」
「ん、なんや?」
天泣の提示した条件は2つ。他人に勝負している所を見せない。
立会人は俺と天梁の2人。という事。星達は春蘭と戦ってる所を見てるから大丈夫だとは思うけど……。
まだ手の内を隠してるかもしれないし。
「ほんならウチからも一つ条件つけよか」
霞からの条件は、本気で勝負するために何か賭ける。というもの。
ただ、かけた物のせいで後に響くと面倒だしってこともありコレは俺が待ったをかけ、代わりに俺から景品を出す事にした。
何がいいかを2人に聞くと。今度2人で街に出た時に何か買って欲しい、というもの。
食べ物とかじゃなく、桂花や紫青の髪飾りや華雄の着物のような何か形に残る物。
まぁ俺の給料で出せる範囲ならってことで承諾し、
ならその日のうちに、ということで町の外の森まで天梁もつれて4人でやってきた。
「さて、この辺でええか。ほんなら始めよか」
霞が構えれば、天泣もいそいそとドレスを脱いでそれを天梁に手渡し、ゆっくりと剣をかまえる。
「行きますよー」
最初に動いたのは天泣。一気に距離を詰めて剣を下段から振り上げ、それを霞が躱せばそれを追いかけるような突きへと動きが変わる。
いつもの動きだ。おそらく、これは小手調べって所なのだろう。
「中々早いけど、そんなもんで崩されへんで?」
その突きを偃月刀で弾き返せばその流れのまま、天泣へ振り下ろす。振り下ろされた偃月刀を天泣は受け流し、軽く後ろに飛んで距離を取る。
「えーい!」
着地するとすぐに地面を蹴り、距離を詰めて左右に続け様に突きを放つ。これもフェイクだ。
2度目の突きが動きを変えてそのままなぎ払うように剣を振りぬく。
「やりにくい戦い方やな!」
どうにかその振りぬかれた一撃を受け止め、霞が次の一撃を繰り出す。
「神速の張遼さんの動きはこの程度ですかー?」
霞の一撃に合わせるように剣を振りぬき、それを弾く。
「ウチの神速は用兵術の事やからな、個人としての速さはあんたのが上やろ。せやけど……」
今度は霞が、そのリーチを活かして横薙ぎに一撃を繰り出し、天泣はどうにかそれを受け止める。
「アンタはかわりに、一撃が軽い!」
続けて霞が打ち込んだ上段からの斬撃を受け流しきれず、衝撃がモロに手に来たのか苦しそうな顔。
「さぁ、もう後があらへんで?」
「そうですねー、次で終わりにしましょうか」
そういって天泣が大剣の刃の根本に片手をもっていき、居合のような構えをとる。
「禁じ手でいかせてもらいますー」
言葉と同時に天泣が走り、鋭い突きが放たれる。その動きは先ほどより早く、フェイント等は使わず、ただ直線的に霞の頸を狙って放たれる。
「ちょっ!?」
違ったのは、その大剣が鞘であるかのように、中から一回り小さな剣を抜いてその「鞘」を捨て、軽くなった分速度が上がったということ。
それに対応しきれず、霞は攻撃を受け損ねた。
「狙いは外しましたけど、大丈夫ですかー?」
つつと、霞の首から一筋血が流れる。
「この上まだ速度上げてくるとはおもてなかったわ、どんだけ裏ワザもっとんねん。
ま、あんたの勝ちやわ、狙い外してもろてなかったら、首を一突きされてウチは死んどるやろし」
「裏ワザはこれで打ち止めですー。この手のことは、絶対に他言無用に願いますねー?」
投げ捨てた鞘に剣を収め、剣の装飾に偽装された留め金をとめて元に戻す。多分特注品なんだろうなぁ……。
「でもなーんか納得でけへんなぁ……、またやろか」
「もうしませんよー? 今回限りですー」
天梁から服を受け取ってそれを着ながら、天泣はあっさりとそう言った。
「そもそも武器の強度に問題があるのであまり使いたくない手なんですー。軽さを重視した結果壊れやすくなってましてー……」
もう一度留め金を外し、中身の刃を見せてくれる。なるほど、確かに細く、霞の偃月刀とまともにこれで打ち合ったら簡単に折れ飛んでしまいそうだ。
そういわれれば確かに、天泣は攻撃を受け止める事はめったにせず、受け流す方向に動く事がほとんどだった気がする。
「ま、しゃーないか。あんまり手の内見せたないのもあるんやろし。さて、次は一刀の番やな」
そういって霞が俺の方を向く。今天泣と本気で勝負したばかりというのに、元気だなぁ……。
「いいけど、いくらかマシにはなったとはいえ、ホントに霞相手だと勝負にならないよ?」
「ええねんって、いくで?」
「おう」
正直勝機は一手目で不意をついて一撃くわえられるかどうか。それに失敗したら負け確定だ。
行く、といってから一呼吸置いて大上段から一気に偃月刀を振り下ろしてくる。まず小手調べといったところか。
「ふっ!」
霞の斬撃を左腕、仕込んである小刀で受け止め、払いのけるようにしながら一歩踏み込んで懐に潜り込み、右の小刀を下段から振り上げる。
「危なっ!?」
上体を反らしてその一撃をどうにか避けきり、一歩引くのが見えれば、それを追うようにさらに踏み出し、今度は左の小刀で胸を狙って突きを放つ。
「……ほんでもやっぱり、正面切っての勝負やったらウチのが上やな」
突きを躱せばすぐに体勢を立て直し、俺の手の小刀は偃月刀で叩き落とされた。
「参った」
「ほんでも、背後から奇襲くろたらウチでも返しきれんなぁ、おおこわ」
冗談のようにそういいながら霞が肩をすくめ、俺は苦笑する。
「糜竺の戦い方も気にはなるけど、今日んところはやめとこか」
「私の本業は文官ですし、私には勝ち目が無いですよ」
そういって今まで黙っていた天梁が苦笑いしながら顔の前で手をパタパタと振る。
「で、霞としてはこの2人はどう思う?」
「ん? あー、2人共虎牢関で自主的に一刀についてきたんやろ?
そやったら認めへん理由はあらへんな、糜竺は政関係しっかりしとるんはよーわかっとるし。
糜芳の実力は今ので分かったし、ほんでも2人はどうなん?」
そう、今まで、将や軍師の間では真名で呼び合うのが普通になっていたので、姓名や字で呼ぶのが違和感でしょうがなかったのだ。
それで霞に水を向けてみたんだけど……。
「私は真名で呼んでもらっていいですよー?」
「私も構いません。一刀様とは付き合いが長いそうですし、それなら間違い無いでしょうから」
「そやったらウチの事も遠慮せんと真名で呼んでくれたらええで」
ほっとした、これで少しは仲良くなってくれればいいなぁ、なんて思いながら、他愛ない事でも話しながら俺達は城へと足を向けた。
───────────────────────
俺達が董卓軍に下ってからしばらく、華琳の所に置いてけぼりにしてきた忍者隊が抜けだしてきた。
諜報、隠密、暗殺特化の隊でなおかつ自軍領土なのだからそこは自身の庭みたいなもの
抜けだして来るのもそう苦労するものでもなかったんだろう。
そもそも『俺に』ついてくる気のあるやつばっかり集めたのだから俺の所に戻ってきて当然なんだけど。
しかもでっかい土産を2つも持ってきた。
「一体どうやって抜けだしてきたんだ……」
忍者隊の面々が連れてきたのは冬華と麗ちゃん。
いや、むしろ何で抜けだしてきたんだ。
いやまぁありがたいよ? 冬華は優秀だし、麗ちゃんのことはずっと気になってたし。
でもこの人文官だし第一麗ちゃんは病み上がりだし、何でこんな無茶をしたのか……。と怒りたかったが。
「一刀様ー!」
なんていって麗ちゃんに抱きつかれたらもう何も言えませんはい。子供にゃ勝てません。
でも子供って言ったらおこりそうだなぁ。というか麗ちゃん普通に可愛いから困る。
……、俺ってロリコンだっけ?
後、各地の動静についての情報を持ってきてくれた、これが2つ目の土産。
とはいっても動きらしい動きはなく……。
というのが既に前回と違ってるわけだけど。
どうにも虎牢関で連合軍が大敗したために立て直しに時間がかかってるんだろう。
反董卓連合が終わった途端に版図を一気に広げた華琳の軍も、今回はまだ行動を起こせずにいるらしい。
劉備はウチに根こそぎ捕縛されて現在まともな将が居ないため公孫賛の所に厄介になってるらしいけど、
どうにも袁紹に調略をしかけてるらしい。
あとやばいことになってるのが馬騰軍。朝廷への忠誠に燃える正義漢というのは演義そのまま。
ようするに、ウチ、董卓軍に攻めてくる気マンマンで戦の準備中。
おそらく馬騰軍だけなら倒せるだろうけど、遠交近攻をかけてくるとマズい。
ウチは現在華琳と馬騰の領土の間に挟まれてるような形になってるわけで、華琳が馬騰に同調して攻め上がってくると非常にマズイことになる。
そして現在どっちとも休戦とかできそうな状況ではない。
そりゃあそうだよなぁ……。
かたや朝廷の名を借りた暴君(外での噂だけど)の討伐に燃える男と、
手持ちの武官文官を根こそぎ持って行かれて奪還に燃えてるハズの人材コレクター。
交渉の使者出したら首だけになって帰ってきました。なんてことが素に有り得そうで怖い。
……、ただ華琳の所は士気の低下がものすごいから参加してこない可能性もある。
天の御遣いの俺が華琳の所を離れちゃったのが原因らしいけど。
今までいい調子でいってたのは俺のおかげって考える人間は少なくないわけで
「天に見放された!」
なんていって途方に暮れる奴までいる始末だとか。
俺ってそんなに存在大きかったのか。まぁ、ガッツリと将がいなくなったのも大きいんだろうけど。
まぁうまいように言って取り繕うにも限界があったってとこだろう。
当の華琳の方もなんだか覇気がないというか……、ため息が増えてチラホラ鐘楼の上でたそがれてる所を目撃されるようになったらしい。
……、勢いが無いまま呉や蜀に併呑されたりしないだろうな。
もしそうなりそうだったら助けにいかないと、他の勢力との戦で負けたら十中八九華琳の首は無い。
「うーん……」
「悩みは深そうだな、主」
忍者隊の報告書とにらめっこしながら唸る俺にそういうのは華雄と霞。
「いや、悩みたくもなるよ。前は幽州で大陸の端っこだったから背後からせめられる心配ってのはなかったし、
近場の公孫賛ともそこそこ仲よかったからまだ良かったんだよ、袁紹は馬鹿だし。
でもこれ早い所馬騰をなんとかしないと、多分そう遠くないうちに袁紹が劉備に調略で落とされるとおもうから、
そうなったら収集がつかなくなる。華琳、馬騰、劉備の3勢力とにらみ合いなんて考えたく無い。
馬騰をどこかに押し付けようにも、ここより西の勢力っていったらもうないし」
「そやなぁ、今曹操んとこは元気無いけど、盛り返してきたら怖いし、馬騰んとこの騎兵隊は正直こわいし。
劉備は正体不明すぎて怖いし。ほんでも噂やけど、呂布っち並に強いって話し聞いたことあるわ」
政治力があって、呂布並に武勇があって、軍の統率にも優れてるって。
どこぞのマンガの台詞じゃーないが、こういいたい。
『お前のような劉備がいるか!!』
「頭痛い……」
「まぁ今後の方針としては、汜水関虎牢関に最低限の兵を置いて曹操を牽制しつつ、馬騰と対決することになるか」
「ただ問題がもう一つあってなぁ」
「……知ってるからみなまで言わなくていい」
そう、何を隠そう、董卓軍は資金難なのだ。
ぶっちゃけいえば、虎牢関と汜水関の改装にがっつりとお金持って行かれた形になってる。
俺、詠、桂花、紫青、天梁がフル稼働してやりくりしてるがどうにも足りない。
冬華もこちらにきてそうそうで申し訳なかったがこれに加わってもらっている。
あと頼み込んで朱里に手伝ってもらったりはしてるが……。
愛紗が『裏切り者』っていうようなオーラ出しながら凄い睨んでたから、朱里にはきちんと礼をせねばなるまい。
というか、税金周りの改革にしてもなんにしても、即効性は無いわけで。当面資金的には厳しいわけだ。
劉備に身代金要求して愛紗達を引き渡すって手も無くはないんだけど、ただでさえ厄介な所に将が戻るのは避けたいから却下。
「正直すぐに戦争んなったら兵糧無いで」
「だな、今ですら、朝は飯だけ、昼は無し、夜はご飯と汁物の2品が基本の飯だからな……」
流石に兵の皆にはもうちょいマシな食事をさせてるけど、上が節制してるっていう姿勢を見せて節制を促すのが狙いで基本食事は質素。
食堂で最低限支給されるのがこれってだけで、自腹切って街で買ってきたオカズを追加するのは自由だけどね。
そんななので、最近は朝、夜、夜食(自腹)が基本になりつつある。
「賈詡っちが頑張って漏れんようにしてくれとるからええけど、コレ、他国にバレたら絶対やばいで」
「だなぁ、忍者隊動員してこっちでも頑張って見るけど……、どうにかしないとなぁ。
さて、今日はそろそろ休むかな。2人とも相談に乗ってくれてありがと」
「何気にするな、主に頼りにされるというのは嬉しいしな」
「そーそー。ウチらでよかったらなんぼでも相談のるから、気楽に言うてや」
2人の心強い言葉に少し安堵しながら部屋から出ると……。
桂花と紫青が居た。
何か物言いたげーな表情をして。
「軍師抜きで会議ですか?」
紫青の言葉にドキッとする。
要するにこういってるのだろう。
『ちょっと最近私達のこと軽視してない?』
確かにそう言われれば華雄と霞と居る事は多い。
積もる話しだってあるし前の世界と照らしあわせての話しもし易いし。
それにやっぱり今身近に居る中で一番俺との付き合いが長いからついつい気楽でそちらにいってしまう面もある。
逆に天泣や天梁みたいにこの世界にきてから仲良くなった人は変な遠慮とか無いから逆に話しやすくてっていうのもあって
特に天泣なんかは相変わらず毎朝鍛錬してるし。天梁とも天泣とのからみでよく話しをする。
でも、紫青や桂花達からみればそれは面白く無いんだろうな。
「ごめん」
事実なのだから言い訳するのも見苦しい、そう思って頭を下げると、2人はそろって驚いた顔。
「い、いえ、別にそういうつもりでいったのではー!?」
紫青の慌てる顔って珍しいなぁ。
「いや、コッチに来てから霞や華雄と話してばっかりで桂花や紫青とあんまり話せなかったのは事実だし。
お詫びっていったらアレだけど、たまには3人で飲まない? 代金は持つしさ」
……、こんなことを言えるのも忍者隊のおかげだ。華琳の所の俺の私室から貯めてた給料持ってきてくれたんだから。
そして少々強引に2人をつれて、自室へ向かうのだった。
あとがき
どうも黒天です。
ずいぶんと期間があいてしまいました。
前回の心配が現実になり、年始も見事にデスマーチでした。月月火水木金金を地で行くことになろうとは。
ようやく余裕が出てきたので投稿した次第ですが若干スランプ気味です。うごごご……。
次回は桂花さんと紫青さんを中心にした話しをかければいいなと思ってます。あと冬華さんと麗ちゃん。
さて、今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました。
また次回にお会いしましょう。
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今回は拠点な感じです。
一刀達は董卓軍に下り、そのまま居つく事になりました。