「手術はいらない。」
そう、彼女は言った。
あと、入院もね――と、付け足したように言って笑った。
病室にいる人たちは皆、黙りこくって彼女を見つめる。
ただ、その中でも僕は、彼女がこう言うだろうということをわかっていた。
僕は見届けたいのだ。 彼女の「選択」を。
どんな結果になろうとも、僕はあくまで彼女の「選択」を支持するし、
なによりも、彼女が「幸せ」になろうとする邪魔はできるはずもなかった。
そんな僕が今やらなくてはならないことは一つ。 彼女を日常へと戻してあげることだ。
そのために、まずはこの無駄にしんみりとした空気をぶち壊すべく、僕は彼女を取り囲む和の中へと一歩、足を踏み入れた。
~ ~ ~
「.....ねえ......ねえってば!、月(ユエ)。 話、聞いてた?」
あの時のことを回想していたら、急に現実へと引き戻される。
正直、まだ思考が現実に追いついていない。
「ごめん、ちょっと聞いてなかった。 も一回言って?」
「もう!! いつものことだけど、最近は特にボーッっとしすぎだよ。 今日だって先生に怒られたばっかりじゃない。」
「うん、まあそうなんだけどさ、、、、、」
とりあえず、言葉を濁しておく僕。
彼女は、大げさにためいきをついて見せ、
「だから、今年は絶対に花火大会に行こうねっていう話をしてたんだよ。 さっきまで要所要所で頷いてたじゃん。」
はっきりいってあいずちを打った記憶は僕にはない。
無意識下でも、会話に反応できるというのはなかなかすごいと思うのだが。
「というか、 何で今花火大会の話なのさ。
今何月だかちゃんとわかってる?」
「2月だけどさ、今から言っておかないと。 去年だって三ヶ月前から言ってたのに、結局行こうとしなかったし。」
「あの日は、俺も忙しかったんだよ。」
「嘘だ!! だって家から一歩も出てなかったじゃん!!」
「お前なあ、今のご時勢自宅警備員なんてものもあるくらいだぞ。 家でだって忙しくなることくらいはあるぞ。」
――寝たりとか、寝たりとか、寝たりとかで。
というか、なぜ8月に開催されるはずの祭りの計画を半年前から立てなくてはならないんだ。
「月は学生でしょ!! 今年はミカゲちゃんも来るって言ってるんだからね。絶対に来てもらうよ。」
なんてこった。 もっと行きたくなくなっちゃった。
しかし、どんな理由があろうとここは無難にYESで答えた方がいいだろう。
直前にしらをきって、断固として家からでなければいいだけだ。
「わかった!!わかったから。 今年はちゃんと行くから、この話はこれで終わり。 OK?」
「いいよ、、、でも当日にすっぽかされないように前日から張り込んでおくからね??」
そんな怖いことを言って、彼女――芦沢雪音は微笑んだ。
雪音が突然倒れてからもう1ヶ月がたつ。
あの出来事も、もう「過去」として「現在」に収束されつつある。
雪音はあの日の翌日に退院した。
週明けからまたいつもどおり、学校に通ったため周りの人間はもちろん彼女が倒れたことなどしらないし、僕でさえも時々忘れてしまいそうになる。
雪音は、今年一年生きられるかどうかわからないということを。
雪音は昔から体、特に心臓が悪かった。 小学生の頃はしょっちゅう入退院を繰り返していたし、そのせいで6年生の修学旅行にも参加できなかったのではなかっただろうか。
ただ、心臓のどのような病気なのか、具体的な話は今まで一度も聞いたことがなかった。
それは、彼女が倒れて、一年生存率57%と医師に告げられたときもだ。
病気のことをつっこんで聞かない、というのは僕と彼女との暗黙の了解のようなものになっていて。
それが、お互いに今のままの関係を続けるためには重要なことだとは思っていた。
雪音の心臓の病気を治すには心臓自体の移植手術が必要らしい。
滅多にないことらしいが、ドナーは直ぐに見つかった、が、彼女はそれは拒んだ。
その手術は極めて困難らしい、数値は覚えてないが、成功率は彼女が一年間生きるよりもはるかに低かったのは確かだ。
リスクはあるが確実に治る方をとるか、治る見込みはないが残りの時間を穏やかに過ごすか。
彼女は後者を選んだ。
その選択が間違ってるかなど、誰にもわからない。 もちろん僕にも。
彼女が手術を選ばなかったとき、達観しながらも、妙に胸がモヤモヤしたのは事実だ。
ただ、僕は彼女の「選択」を祝福したい。
僕は無神論者だが、神様というものがいるのであれば、願わくば彼女を、そしてその「選択」を祝福してあげて欲しいと、そう願う今日この頃。
第二話に続くよ♪
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十何年かに一度、雪が「音」をまとって降ってくるという町・ そこでおりなされる少年少女たちの、一年間の物語。
どうも、時雨ですm(_ _)m
やっと投稿第一話。
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