No.657721

超次元ゲイムネプテューヌmk2 Crimson Snow プロローグ

ルウィーの守護女神ブランは、ある日不思議な少女と出会った。
驚くほど白い肌と、鮮やかな金色の髪をもつ少女エリスは、毎日公園で会うたびに、ブラン自身とも彼女の妹、ロムとラムとも仲を深めてゆく。
そんな中、ルウィーの郊外で、とある猟奇殺人事件が起こる。
ルウィー警察本部捜査一課第四係主任、ロイグ・クロフォードは、その捜査を進めるうちに、ひょんなことから女神であるブランの協力を得ることになる。
互いの情報を出し合いながら、ルウィー警察とブランは真実へとその駒を進める。

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2014-01-26 07:49:46 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1149   閲覧ユーザー数:1075

 ふと気が付くと、ブランはひとりの少女から、目を離せなくなっていた。

 まだ幼さの際立った、不思議な少女だ。

 身に纏っているのは、黒いコートだった。

 ぶかぶかの服だ。袖にはようやく半分くらいまで、腕が通っている。コートの裾が、地面に触れて薄汚れていた。

 そこから覗く肌が、恐ろしいほどに、白い。まるで、今までに一度も日光を浴びた事がないような肌をしていた。白色人種の肌をもってしても、この色が出せるとは、到底思えない。

 対してその少女の髪は、まるで黄金に輝く太陽を彷彿とさせるような、鮮やかな金色のロングヘアであった。

 少女が持つ深い青色の瞳は、じっとブランの方を見つめていた。

 それは、ブランを見つめているようでもあれば、その向こう側の何かを見つめているようにも取れる、焦点の定まらない瞳だった。

 しかし、彼女を不思議たらしめているのは、その容貌だけではない。

 それは、彼女が持つ雰囲気にあった。

 否、雰囲気というよりは、彼女の内側から滲み出ている何か(・・)である。

 少なくとも、ブランにはそれが感じ取れていた。だが周りを見渡してみても、それに気付いている者はいないようであった。

 その何かを、彼女はブランに向けてわざと放っているわけではない。それは直立している彼女から、香水が香るように、自然に大気に溶け込んで、ブランの方へと流れてきていた。

 ブランはそこに異質な物を感じつつも、どこか親しみと懐かしささえ感じていた。

 自然と、足が前へ進んでいた。

 少女の目の前で、ブランの足が止まった。

「――あなたは、誰?」

 そっとブランは声をかけた。

 少しの間をおいて、少女の口が動いた。

「私は――」

 そこまで言って、少女は言葉を詰まらせた。

 さっきまでブランに注がれていた視線が、徐々に下を向き、遂には地面を見つめるようになった。

 少女は、何かを言おうとしていた。

 だがそれが、言葉にならなかった。否、言葉に出来なかった(・・・・・・・・・)

 少女の口が開いたまま、しばしの沈黙があった。

 が、しばらくして少女は再び口を動かした。

「―――エリス」

 俯いたまま、エリスはどこか悲しげに言った。

 

 

 

 

   ◆◆◆

 

 

 

 ゲイムギョウ界北部に位置する国、ルウィーは今、静かな活気に包まれていた。

 平日の昼間にも関わらず、街を行き交う人々の顔は仕事に勤しむ時のそれとは別の愉快な笑みがこぼれている。

 今の季節、他の国々では燦々とした太陽が空に浮かび街中を照らすのだが、ルウィーでは黄金の陽光の代わりに白銀の粉雪が街を優しく包み込んでいる。

 かと言って、ルウィーの人々の殆どはそれを拒絶したりはしない。

 むしろそれを国の特色の1つであると肯定し、笑顔を浮かべた大通りを行き交う人々は耳や鼻の頭をほんのりと赤くしながら、白い吐息と軽い足取りと共に皆それぞれの仕事場、あるいは自宅へと歩みを進めるのだ。

 彼らの笑顔の理由は詳しく問い詰めれば多岐にわたるであろうが、その殆ど全てに共通する物を挙げるとすれば、それはひとつに限られるだろう。

――三年、それだけの期間全く人前に姿をさらす事のなかった人々の希望の象徴、女神の帰還の知らせは、まるで雨水が地面に染み渡るような勢いで人々に知れ渡って行った。

 ここ最近は犯罪組織マジェコンヌによる破壊工作や、モンスターによる人的被害など暗いニュースばかりが際立ってしまっているせいもあってか、人々はより一層女神の帰還に歓喜し、その幸福感に酔いしれていた。

 街のあちこちではその話が持ちきりになっており、ふと目につくスーパーの前で買い物袋を片手に下げた主婦たちの会話も、コンクリートで舗装された大通りをせかせかと並んで歩いているスーツ姿のサラリーマンたちの会話も、その話に耳をすませば、聞こえてくる内容はたいして変わりがない程である。

「女神様はまだ、頻繁には人前に顔をお出しにならないけど、今は国政に精を出していらっしゃるそうよ」

 と、スーパーの前の主婦達はひそひそと言った。やはり、彼女達の話題もその話で持ちきりであった。

「色々と物騒な今の世の中だけどね、女神様がお帰りになられたから、これからはきっと、治安も景気も良くしてくれるわよね」

 主婦達が口にする言葉はそのまま、国民全員の言葉と言っても過言ではなかった。

 ルウィーのほとんど全ての人たちが、女神に期待しているのだ。そしてこの期待こそが、街行く人々の笑顔の一つの理由ともなっていた。

 治安も景気も、モンスターの被害も、女神様さえいれば何とかやっていける。そんな期待、否希望が、結果的にこの国のシェアを向上させ、街全体の雰囲気を盛り上げていた。

 そして心の中で皆は描いた。女神様が必死に国政に勤しみ、国を少しでも良くしようと努力している姿を。だが―――

 

 

 

   ◆◆◆

 

 

 

「……この本はまぁまぁね」

 その時、国民の期待を一身に背負っているはずの女神様は、自室で必死に本棚の書物を漁り、三年間で読まず仕舞いであった本を、少しでも消化しようと、一心不乱に読書に励んでいた。

 部屋のベッドにうつ伏せになって横たわり、栗色の肩にかかる程度の髪を時折かきあげながら、パラパラと紙のページをめくっていた。

 彼女が持っている本のすぐ横には、これから読むつもりの本が、綺麗にひとつの場所に積み上げられていた。

 落ち着きのある部屋だった。

 まずこの部屋に入って目に付くのは、本の数だった。白をベースにした壁紙で包まれた部屋に、きっちりとジャンルが分けられた本が、あちこちに点在する本棚に、所狭しと並べられていた。部屋の天井まで届こうかという高さの本棚が、この部屋だけで五つある。そこに並べられた本の数は、いったい何冊なるのだろうか。数えるだけで一苦労しそうだった。

 部屋は、だいたい片付いていた。ゴミなどはひとつも見受けられない。他にも、テレビやらベッドやら、個人が使用する個室として必要そうな物は、あらかた揃っていた。

 ただ一つ気がかりなのは、机の上やその傍に積み重なっている書類の山であるが、彼女はそれを特に気にしてはいないらしい。

 完全に、職務を放棄している。

 彼女が本を読み始めてから、既に4時間が経とうとしていた。本を読み始めたときは、部屋の南側にある窓から、燦々と白い陽光を差していた太陽は、大分西へと傾き、自身の陽光を茜色に染め上げていた。

 その間にした運動といえば、時折足をばたつかせたり、本を持ったまま寝返りをうつ程度である。ほとんどその場所から動いていなかった。

 まるで、縁側の上で日光浴をしている、猫のようである。

 この部屋を包んでいる雰囲気が、あたかも時間の流れがゆるやかになったのかと錯覚してしまうほどの、何かを含んでいるようだった。

 そんな空気が流れる部屋に、ドアを叩く軽い音が響いた。

「ブラン様、先ほどお渡しした書類ですが――」

 よく通る声と共に、書類を右手に抱えた女が部屋に入ってきた。

 その声に反応してようやく女神、ブランは半開きの薄い藍色の瞳を、本から自身の右横にあるドアへと移した。

「……ブラン様、ご夕食までに済ませてくださいと、申しておりましたのに」

 書類を抱えたまま、女は呆れ顔でため息をついた。

 見るからに優しそうな雰囲気の漂う女である。

 透き通った水色のロングへアを、髪の先端の方で2つに結んでいる。ふわりと横に広がる髪が、その女性の温和な性格を象徴しているようだった。

 眼鏡に服、果ては頭の上のモルタルボードまで、身に着けている物の殆どが赤を基調としているが、暑苦しさは微塵もない。そこにあるのは、この女の雰囲気をそのまま示す暖かさだけだ。

 どこかの博士のような服装であるが、堅苦しさもない。あくまでこの女性が放つ雰囲気は、常に柔らかであった。

「……これを読み終わったら取り掛かる。ミナ、夕食は何時?」

 ブランが呟くようにその女性――ミナに問いかける。その手には読みかけの本が開いたままの状態で保たれていた。

「今から取り掛かりますから、あと2時間ほどですね。それと、ブラン様、読書もよろしいですが、たまにはおふたりの相手もなさってあげてくださいね」

「―――」

 ミナの一言にブランは途端に言葉を詰まらせた。

 その光景は、まるで賢い母親に言いくるめられるワガママ娘との対話を見ているようだった。

 そう、ミナは知っていた。今のブランの弱みを。

 ブランの妹――ロムとラム

 このふたりを話題に出すと、大抵ブランは何も言い返せなくなる。

 そんなブランを見て、ミナは自分が仕えている身でありながら、つい可愛らしく思って、ふふっと小さく笑った。

 しばらく置いて、「夕食を食べ終えたら、ふたりの相手もするわ」とブランが言った。

「わかりました。では、ブラン様、夕食の支度が出来ましたら、またお呼びいたします」

 そう言って、ミナは部屋を後にした。

 再び、ブランだけが部屋に残された。

 手に持ったままの本に視線を戻すと、ブランは何事もなかったかのように、読書を再開した。

 静まり返った部屋に、本のページをめくる音だけが響いていた。

 ミナが来る前の、ゆっくりとした時間の流れが、この空間を再度満たそうとしていた。

 その状態が、五十分ほど続いていた。

 ブランは、最後のページに指を触れた。

 名残惜しむように、その最後のページを丁寧に読み上げると、ブランはため息をひとつ吐きながら、自身の横に積み上げられている本でできた塔の一番上に、手に持っている本をのせた。

 本を読み終わったとき特有の、達成感と充実感。そしてその中のどこからか込み上げてくる寂しさがごちゃ混ぜになった感覚が、ブランの中に満ち溢れていた。

 さらに、これからしなければいけない面倒事も加えると、その中の寂しさというのか倦怠感というのか、よくわからないものが、より強く感じられるようだった。

 ブランは視線を下に落とし、さっきよりも大きなため息を吐くと、横にある本の塔から、一冊ずつ本を本棚へと仕舞い始めた。

 その時――

「―――ん?」

 不意に、本棚に向かうブランの手が止まった。

 その手の中には、いかにも古臭い本が握られていた。

 題名も絵柄も、何も書かれていない表紙は、何度水を含んだのかわからないほど、波打っている。日焼けもひどく、元の色が何だったのか検討もつかない。その上には、散りばめたように、赤い水玉のような模様があった。

「……こんな本、ここにあったかしら?」

 思わず、ブランはぼそりと呟いた。

 古い本ならば、この教会にはいくらでもある。

 ブラン自身の読書好きも影響してか、この教会の書庫の蔵書数はざっと見積もっても二千を超えており、街の図書館には及ばないにしても、それなりに価値のある古い本もいくつか収められている。

 が、ここはブランの自室である。

 当然、ここにある本はブランが直接選び、本棚に収めた本ばかりである。

 その中には、書庫から持ってきた本も、自ら買ってきた本も混ざって置いてあるが、少なくともこんな本を手に取った記憶は、ブランにはなかった。

 あの子たちがいたずらでもして、ここに入れたのかしら――

 ブランはそう思った。

 実際、本棚に置いてある本にロムとラムがいたずらをするのは、珍しい事ではなかった。

 ロムとラムが本棚の本のページに落書きをするのは、もはやこのふたりの日課と言っても過言ではなかった。

 そして、それを見つけたブランの怒号が、教会中の窓をびりびりと鳴らすのもまた、日常茶飯事であった。

 それなら、全て説明がつくわね。

 ブランは既に、心の中でそう決め付けていた。

 と、ふとブランは、この本の内容が気になった。

 これだけ年季の入った本は、今まであまり手に取った事はなかった。おまけにそれが著者の意図なのか、その本には題名はおろか、その本の内容をほのめかす表紙絵さえ、存在していなかった。

 こうなると、逆に中身が気になる。

 すでにブランの頭から、机の上の書類の事は完全に消えていた。

 止めどなく身体の奥から溢れ出る好奇心に負け、ブランはほとんど無意識に表紙をめくっていた。

 めくった本のページは、白紙だった。

 その白紙のページに指をあて、もうひとつページをめくる。

 次のページも、白紙である。

――変ね

 一ページ目だけが白紙ならともかく、二ページ続けて白紙の本など、なかなかありはしない。

 不審に思い、左手の親指でページの端を押さえて、パラパラとページをめくってみた。

 白紙。

 また白紙。

 本のページの内の約半分ほどをめくってみたが、そのつど現れるページは、全て白紙である。

「何なの、この本……」

 思わずブランの口から独り言がこぼれた。

 結局、全てのページをめくり終わってみたが、本のページには何も書かれていなかった。

 本のページは表紙と同様に日焼けしていて、褐色になっていたが、それ以外に特に気になる点はなかった。

――いったい誰が、何の目的でこんな本を作ったの?

 ブランの頭にひとつの疑念が生じた。

 文字が一切書かれていない時点で、これはもう本としての最低の基準さえ満たしていない。言うなれば、ただごついだけのメモ帳である。表紙に何も施されていない時点で、悪徳商法の道具としてすら、この本は使い物にならないだろう。

 念のため、もう一度全てのページを確認してみる。

 やはり文字や挿絵の類は一切見受けられない。

 興を削がれたブランは、眉をひそめて鼻でため息をひとつ吐くと、本の表紙を閉じようと一度全てのページを左側の表紙に預けた。

 その時になってようやく、ブランはそれに気がついた。

 本の右側の裏表紙に、何かが書いてある。ひとつの三角形の上に、もうひとつの三角形を上下逆さまにして重ね合わせた、奇妙な模様が。

 かなり擦れて薄くなっているが、それは明らかに意図的に裏表紙に書かれた模様だった。

 もしやと思い、ブランは反対側の裏表紙も確認してみた。

 案の定、そこにはさっきと同じ模様が存在していた。だがこちらの模様は、さっきのそれと比べても、さらに薄い。指で少しこすってしまえば、たちまち消えてしまいそうなほどである。

 ふと、ブランは無意識のうちに模様の上に指を乗せ、その模様の上をなぞった。

 なぜそんな事をしたのか、自分でも分からなかった。ただ、なんとなく指が勝手にその模様の上に動いてしまったような、そんな感じがした。

 指でなぞった部分は完全に消えこそしなかったが、元々薄かったその模様は、もはやよく目を凝らさなければ確認できないほどまでになってしまった。

 結局、この本にあったのは、この裏表紙の奇妙な模様だけだった。再度確認してみたページには、やはり何も書かれてはいなかった。

 まったく、どうしてこんな本が、自分の本棚に紛れ込んでいたのか。

 少なくとも、自分がこんな中身が全て白紙の本を持ってくるような真似をしないことには、確信があった。

 ブランは本を買う時も、教会の書庫から持ってくるときも、必ず最初の数ページには目を通す。表紙の雰囲気だけで本を選ぶことは、あまりしない。

 と言うよりは、本の表紙を見て興味がわけば、さっきのようにすぐに中身を確認せずにはいられないのだ。

 とすれば、やはり妹たちがいたずらでここに持ち込んだのだろうか。そう考えれば全て辻褄が合うが、いくら疑わしきは罰せよと言えど、証拠もないのに一方的に叱るのは気が引ける。

 けれど、もしそうでないとしたら、いったいどうしてこんな本がここに?

 わからなかった。

 いくら考えても、思いつくのはくだらない空想ばかりだった。

 ブランは何ともやりきれない思いを抱きながら、本をベッドの上において机に向かった。

 そこには片付けなければならない書類が、山のように積んであった。

 本を読んでいる時は、なるだけ書類のことは考えないようにしていたが、いざ机の前に立って書類の山を見つめていると、やはり気が滅入る。

 が、そんなことを思ったところで書類が減るわけでもなかった。ブランは深いため息をひとつ吐くと、机の前の椅子に座ってペンを取った。

 女神の主要な職務のひとつであり、そして同時に最もつまらないのが、今ブランが執りかかっている書類整理である。

 この世界において、国の法案や公共事業、教会の執り行う事業などの最終決定権は、女神に委ねられている。そのため、官僚や政治家が議会で採決した法案や予算、公共事業の計画書に加えて、教会内で決められた事業計画書の全てが、ここに集められるのである。

 だが、最終決定権が女神にあるとはいえ、実際に女神がすることといえば、最終決定承諾のサインをすることぐらいだ。官僚や政治家たちが思案した政策や、教祖や司教たちが提出する計画書に女神が口を挟むことは、ほとんどない。一応議会や司教たちは、協賛権という形での関与と言うことになっているが、実質的にそれらを管理運営しているのは彼らと言ってよいだろう。

 仕事は単調、しかし量は膨大というこの仕事は、この上なくつまらないのだ。

 ブランはただ機械的に、書類の上にペンを走らせては、次の書類に手をかけていく。

 一時間もかからないうちに、ペンを持たない机の左側には、書類の山が出来上がっていた。

 が、それでも書類の整理は終わらない。量が、あまりに膨大すぎるのだ。

 机に収まりきらない未処理状態の書類は、机の右側の足元に乱雑に積まれている。その量は、ざっと見積もっても、今までこなしてきた量の三倍以上はありそうだった。

 ブランはペンを机の上に置くと、椅子に座ったまま両手を頭の上に伸ばし、背伸びをした。

 さすがに一時間も机に座ったまま同じ姿勢を続けていると、身体が強張るのか、ブランは頭の上に伸ばした両手を腰の位置まで下ろして、三度身体をひねった。

 ある程度身体を動かして、脳がいくらか活性化されたと同時に、ブランはふと思い返して壁に掛けてある時計を見上げた。

 先ほどミナがこの部屋にやって来てから、ちょうど二時間近く経っている。

 ミナが言っていた、夕食の時間である。

 ブランは処理した書類だけをさっさとまとめると、それを右手に抱えて椅子から立ち上がった。

 夕食を後回しにしてこれ以上続けても、作業能率が上がるとも思えなかった。それならば先に空腹を満たしてから作業に専念した方が、気分転換にもなる。

 ブランはドアへと歩みを進め、照明のスイッチを切ると、そのまま部屋を後にした。

 

 

 

 

 ブランが去り、残された薄暗い部屋に、しんとした冷たい空気が流れ出した。

 窓の外の陽は、完全に落ちていた。少し前までは茜色の光が差し込んでいた部屋の窓も、今は朧気な月明かりが青白く照らしている。

 外からは、何の音も入ってこない。鳥の鳴き声ひとつ、虫の音ひとつ、聞こえなかった。

 冬特有の、凛とした静寂である。

 部屋にブランがいた頃は、ゆっくりとでありながらも流れていた時間が、ここにきて止まってしまったかのようである。

 時間が再び動き始めるには、また誰かがこの部屋を訪れる他に方法はないだろう。

 それは、一時間後になるか。それとも、二時間後になるだろうか。

 と――、

 ふいに、再び時間が動き始めた。

 突然、部屋に何かの気配が現れた。

 それが再び時間を動かすきっかけになったのだ。

 だが、出入り口の扉は、ブランが部屋を出てから一度も動いてはいない。

 窓には鍵が掛かっている。この窓と出入り口の扉以外に、この部屋に入り得る隙間などは、ありはしない。

 ではこの気配は、どこから現れたのだろうか?

 その答えは、ベッドの上にあった。

 さっきまで何の気配もなかったベッドの上に、今は微かだが、何かの気配が感じ取れる。

 だが、ベッドの上には人はいない。あるのは雪のように真っ白な羽毛布団と枕、それに積み上げられた本の山と、さっきまでブランが手に取っていた白紙の本が、無造作に置かれているだけである。

 気配は確かに存在するのに、それを有するはずの実体が、どこにもいない。

 ベッドの上から発せられる気配は、だんだんと大きく、そして濃くなっていく。

 異様な空気が、部屋全体を包み込もうとしていたそのとき、ベッドの上に置かれていたあの白紙の本の表紙が、突然開いた。

 当然、部屋には誰もいないし、風のひとつもありはしないのに、だ。

 表紙の開かれた白紙の本は、本自体が意思を持ったかのように、ひとりでにページをめくっていく。

 本のちょうど中間ぐらいのところで、その動きが止まった。

 刹那、本の白紙のページから、淡い光が見えた。

 青白くて、不気味な光だ。窓から照らす月光にも似ているが、それよりももっと青が濃い。

 その光は、まるで本から這い出るようにして、宙に浮かび上がり、そのまま空中に留まっていた。

 ぼうっとした光の塊は、次々と本から這い出てくる光を吸収して、みるみる大きくなってゆく。

 あっという間に、闇に浮かんだ光の塊は、大きさにして一メートルを超えるまでに成長していた。

 光の塊が大きくなるにつれて、本から出てくる光の量は、だんだんと少なくなっていった。

 そして、ついに本から完全に光が失われたとき、本のページが、再び勝手に動き出した。

 今度は、逆だ。さっき開いたページが、ひとりでに元に戻っていくのである。

 全ての白紙のページが元に戻り、その上に表紙が被さる。さっきまでページを開けていた本は、ブランが部屋を出て行くときの通りにベッドの上にあった。

 光の塊だけが、朧気な光を放ちながら、部屋の宙に浮かんでいた。

 しばらくそのままでいたと思うと、青白い光の塊は窓の方へと動き出した。

 窓にたどり着いた途端に、光の塊は、すうっと窓の外へと消えていった。

 同時に、部屋に流れる空気が、再びしんとした冷たい空気に変わった。

 部屋に流れる時間が、再び止まった。部屋は何事もなかったかのように、凛とした静寂を、闇を照らす月光の中に置いていた。

 

 

 

   ◆◆◆ 

 

 

 

 ロイグ・クロフォードは、キーボードを打つ手を休めて、目を擦った。

 捜査一課の大部屋に、自分ひとりだけでデスクに向かっていると、かえって目の前のディスプレイの方ばかり眺めてしまう。

 窓の外に目をやると、外に出た時はまだ茜色に染まっていた空は、もうすっかり日が落ちて、青白い光を放つ満月が、粛々と昇っていた。

 デスクの上のコンピュータのディスプレイばかり見つめていると、どうも目が疲れて仕方がない。これでも昔に比べればずいぶん慣れたほうだと思うが、これの扱いばっかりは、若い奴らの方が一枚も二枚も上手だった。

 しばらく外の景色を眺めて目を休めてから、ロイグは再びキーボードに手を置いて、目の前のディスプレイを見つめなおした。

 本日の被害状況等――三十三歳の主婦。昼過ぎ頃に人通りの少ない商店街の小道で引ったくりに会い、現金30000クレジットの入ったバッグを奪われる。その際、犯人に突き飛ばされて路上に倒れこみ、軽傷。犯人は現場にて現行犯逮捕。五十六歳の会社員。深夜午前零時頃に公園の前を通りかかった際に、まだ未成年と思われる少年グループに金属バッドや鉄パイプで体中を殴打され、意識不明の重体。二十一歳の大学生。飲み屋でチンピラと口論になり、腹部をナイフで刺され、病院に担ぎ込まれるも、死亡。犯人は一度逃走するも、その後数時間ほどして近くの交番に自首―――

 ロイグが目を通しているのは、今日一日にルウィーの各地で起こった犯罪の数々だった。見ていてあまり気持ちが良いものとは言い難いが、これも仕事の一環であるから、仕方がない。

 ロイグがこの捜査一課の四係に配属になったのは、十二年ほど前のことだった。

 長年捜査四課に在籍していたロイグにとって、十二年前の突然の異動は多少の戸惑いこそあったが、それと引き換えに警部補に昇進が決定したのだから、特に不満はなかった。反面、警察官を志願していた頃は、捜査一課への配属を強く希望していたものだが、歳をとるにつれてその気持ちも薄らいでいたため、特別に感動もしなかったのだが。

 それにしても、捜査一課配属になって十二年と経つが、最近の治安の悪さには目に余るものがあった。

 今日一日で起こった事件をさらっと数だけ言ってみても、窃盗が十二件、強盗が六件、障害が八件、それに殺人が二件と、配属当初の頃と比べると、凶悪犯罪の件数が確実に増えている。軽犯罪も決して少なくなったとは言い難いが、こちらは特に前とはあまり変わりはなかった。まあ、凶悪犯罪に関しては、四課に配属になるもっと前は、これの三倍近くあったものだから、それと比べれば良くはなっているが。

「主任、こんな遅くまで、お疲れ様です」

 ロイグのデスクから見て左奥にあるドアから、若い男が入ってきて声を上げた。

 髪の短い、すらっとした長身の男である。

 年齢は、まだ二十代の前半か、もう少し上かといった風である。

 どこか愛嬌のよさそうな風貌には、不思議と人を和ませるような魅力があった。

 グレーのスーツの上から、ネイビーのピーコートを羽織っている。両手には、白いビニール袋を提げている。

「マッカイ。てめえどこで油売ってやがった。いったい夜食の買出しにいつまで掛かってんだ」

「いや、すいません。主任のカツサンドが売り切れてて、ちょっと遠くのコンビ二まで買いに行ってたんですよ」

 マッカイ・アルノルト巡査長は軽く頭を下げると、ロイグのデスクまで歩み寄って、右手に提げているコンビニ袋を手渡した。

 渡した右手のコンビニ袋には、ロイグから頼まれたカツサンドと無糖の紅茶が。左手のコンビニ袋には、マッカイ自身が食べるために買ったふたつのおにぎりと、濃い目の緑茶が入っていた。

 年齢から言って、頼んだものは逆ではないのかとの疑問を投げかけられそうなチョイスだが、ふたりにはこれでいいのである。

 ロイグには紅茶、マッカイには緑茶、これがこの四係の暗黙の了解なのだ。

「それ、今日の事件ですか?」

「ああ、今日もまた、物騒なもんだ。十年前はもうちっとマシなもんだったんだが」

 顔をしかめながら、ロイグはコンビニ袋からカツサンドを取り出した。

「やっぱり、犯罪組織の影響ですかね?」

 マッカイが袋から取り出したコンビニのおにぎりを頬張りながら言った。

「犯罪組織だあ? ああ、あのマジェコンヌとか言う極道の真似事みてえな事してる素人集団か。そいつがどうした?」

「いや、ちょうどそいつらが活動を始めた頃ぐらいからなんですよ。治安が徐々に乱れだしたのは。噂じゃ、三年間女神様が姿を見せなかったのも、そのマジェコンヌが関係しているんじゃないかってぐらいですし」

「なんだその根も葉もねえ噂はよぉ。おいマッカイ、おめえちょっとそのマジェコンヌのデータ出してみろや」

「あ、はい。ちょっと待ってください」

 犯罪組織マジェコンヌ――ロイグもその組織の名前と概要は知っていた。

 数年前から突然勢力を伸ばし始めた、反社会的コミュニティーのひとつである。掲げている思想はアナーキズムのようなものを謳っているが、やっている行為は、どちらかと言えばテロ行為に近い。

 メンバーも、現在の女神体制に不満を唱えるアナーキストから、組に属していない外れ者のチンピラや不良くずれなど様々だが、どちらにしろ、ろくなものではない。

 そもそもこの組織には、前から不明慮な点がいくつもあった。

 暴力団やマフィアを始めとして、大抵の裏組織は、頭がはっきりしている。これは裏組織に限ったことでもないが、特にタテの関係が厳しい裏組織では、頭の命令と言うのは絶対であり、それそのものが規範になる。

 ところが犯罪組織の場合、その頭と言うのが抽象的だ。と言うよりは、奴らが頭としているのは、神なのだ。

 犯罪神マジェコンヌという神を崇拝し、現在の女神体制に異を唱え、犯罪行為を持ってこれを圧する。これが奴らの第一に掲げる信念であり、規範なのだ。

 他の宗教団体の過激派なども、神の名の下に我々の戦闘行為は是認されるとして何度かテロ行為を行い、そのたびに抑圧されてきた過去があるが、犯罪組織は神を崇拝すると言っても、メンバーの中で純粋に神のための戦闘などと謳っている者は数少ない。そのほとんどは、タテの関係の厳しい暴力団に入る気が起きないやくざくずれの流れ者たちが、行き着くあてもなくふらふらと彷徨った結果、特に厳格な頭のいない犯罪組織に入るというパターンがほとんどのようである。

「主任、データ出ました」

「おう、見せてみろ」

 ロイグは残ったカツサンドを口の中に放り込み、ペットボトルに入った紅茶で胃の中へと流し込むと、腰掛けていたオフィスチェアから立ち上がり、マッカイの座っているオフィスチェアの背もたれに手をかけて、ディスプレイを覗き込んだ。

「やってることは、器物損壊、傷害、突っ込み(強姦)、シャブ、それに殺し……後はほとんど違法ツールの配布やらなんやらか」

「この違法ツールの配布ってのが一番軽い分、取締りずらいんですよね。覚せい剤や傷害なら即座に立件して逮捕できるんですけれど、違法ツールの配布だけじゃ、精々罰金程度が関の山ですもんね」

「違法ツールの法規制なんざ、言っちまえば抑止力みてえなもんだからな。一応建前として懲役やら罰金やらどうこう言っちゃいるが、実際のところは数が多すぎるせいで、スルーが基本だからな。まあ、あれだ。こんなことでいちいち動けるほど、警察は暇じゃねえさ」

「でも実際、教会からは取締りを強化するようにとのお達しが来てるんですよ。なんでもその違法ツールのせいで、女神様のシェアが落ち込んでるとか」

 マッカイはふたつ目のおにぎりをコンビニ袋から取り出して、それを口に頬張りながら言った。

「けっ、現場に出たこともねえ頭でっかちなお上は言うことが違うな。最近は司教やら枢機卿やらまでが、俺たちの領域にでしゃばってきやがる。さもしいもんだな、あいつ等はよ。そんなに女神が大事なら、自分たちで取り締まるぐらいの根性、みせてみろってんだ」

「しゅ、主任、そんなこと聞かれたら、まずいっすよ」

「ここには俺とお前しかいねえだろ。お前がチクらなきゃ済む話だ。なんだ、お前、チクるつもりなのか?」

 ロイグが、おにぎりを頬張っているマッカイの肩に、手を回しながら言った。

 ぞくりと、マッカイの背中に何かが走った。それは、尾てい骨から背骨を通って、マッカイの頭頂へと走り抜けていった。

 熱く、それでいて背中を走り抜けた後は冷たくさえ感じる、何かだ。マッカイは、それが何なのか、以前から身を持って知っていた。

「じょ、冗談ですって。本気にしないでくださいよ」

「んなもん百も承知だ馬鹿野郎。何だ、俺が何かすると思ったのか?」

 薄ら笑いを浮かべながら、ロイグがマッカイの背を軽く叩いた。

 たとえ、ロイグにとって冗談であったとしても、ロイグという人物から発せられる()には、常人のそれを凌駕するものがあった。

 もはやそれは、人のもつそれではなく、獣の持つものに近いかもしれない。

 剥き出しの野生と、異様な熱気、そして、圧倒的な圧力がそこには秘められている。

 この人を竦ませる殺気は、元捜査四課の刑事だからというだけのことではあるまい。

 いったいどんな経験をつんだら、こんなものを身につけることができるのか、マッカイには想像もつかなかった。

 その殺気に反して、ロイグの体型は、どちらかと言えば小柄な方だ。五十三歳という年齢が影響してか知らずか、身長で言えば百六十センチ前半と、長身のマッカイと比べると頭ふたつ分ほど小さい。

 その代わり、肉の量が多い。おまけに骨太だ。それは、スーツを通して身体を見てみても、明らかである。腕の筋肉は、ロイグのまとうスーツではかなり窮屈らしく、ぴったりと身体に張り付いている。

 これでもし背が高ければ、おそらくロイグが山を歩けば、登山客からは人よりも熊として見えてしまうのが当然だろうとすら、マッカイは思っていた。

「ま、いちいちこんな奴らには関わるだけ無駄だ。おい、腹ごなしが終わったんなら、もう切り上げて帰るぞ」

「えっ、切り上げるんですか? だったら、わざわざ腹ごなしなんかしなくても……」

「だからてめえは出世できねえんだよ。そこらで一杯引っ掛けていくのに、腹が減ってたら余計な銭まで使うだろうが。俺はな、金は使うところにしか使わねえんだよ」

「あっ、そういうことですか。はいはい、お供しますよ。だったら、みんなも帰らずに、一度ここに寄ってもらっておけばよかったですかね?」

「まあ、いいさ。昨日ようやく担当の事件が片付いて、帳場が解散したばかりだ。疲れも溜まってんだろ。飲みに行くのなんざ、いつでも行けるさ」

「俺は今すぐ、飲みたいですけどね」

「言っとくが、割り勘だぞ」

「承知してます。俺も疲れてますから、どうせそこまで長居しようなんて考えちゃいませんし」

 マッカイは食べ終わったおにぎりの包装ビニールを袋の中に押し込み、口の中に残っていたおにぎりを、ペットボトルに入った緑茶で胃の中へと流し込んだ。

 残った緑茶をそのまま全て胃に収めると、空になったペットボトルを、包装紙と同じようにコンビニ袋の中に詰めた。

「こんな寒い夜ですから、何か熱いもの食べたいっすね」

 コートの袖に腕を通しながら、マッカイが言う。

「場所はおめえに任せる。どこへでも連れてけ。その代わり、あんまり高ぇ店はなしだぞ」

 ロイグも同様に、椅子に掛けてあった薄いカーキ色のスタンドカラーコートに手をかけ、無造作に羽織った。

 飲みに行く時は、ロイグのほうから店を提案することはあまりなかった。

 よほど好みが合わない店でない限り、ロイグが別の店を提案することは、まずない。

 そこには、何ら特別な理由はなかった。ただロイグ自身が、店をいちいち考えるのが面倒くさいだけである。

 誰かが提案すれば、それに乗る。誰も案を出さなければ、知っている適当な店を挙げて、そこに行く。それがこの男の流儀だった。

「了解です。じゃ、ここから十五分ぐらい歩いたところに、新しい店ができたらしいんで、試しにそこに行ってみましょう」

 ロイグが、おう、と短く返して、ふたりは出入り口のドアに向かった。

 マッカイが先にドアの近くに立ち、大部屋の電気のスイッチを順番に切っていく。

 元々静かで人気のなかった大部屋から、一切の照明が消えると、さっきまでと比べて、より一層うす気味悪い。

 ふたりは背後の気味の悪い大部屋を振り返ることなく、さっさと部屋を後にした。

 

 

 

   ◆◆◆ 

 

 

 

 それ(・・)は、長い年月の眠りから、ようやく目覚めたところだった。

 どれほどの月日が流れたのか、もう覚えてはいない。とにかく長い間、眠りについていたことだけは覚えている。

 覚えていることは、それだけか?

 わからない。でも、違うと思う。思い出せないことが多い。

 思い出せ。

 ふたつの何かが、交互に叫ぶ。

 思い出そうとすれば、頭に浮かぶのは、他愛もない日常ばかり。

 私は、いつも誰かといた。

 それが誰だったかは、思い出せない。その誰かがひとりだったのか、それとも複数人いたのかも、やはり思い出せない。

 はっきりと覚えているのは、その誰かというのが、とても暖かかったということだけ。

 でも、その誰かはもういない。それも、はっきりと覚えていた。

 どうして、それはいなくなった?

 わからない。

 思い出せ。お前は知っているはずだ。

 さっきから、何かが私に声をかけてくる。

 それが何なのかは、わからない。否、実は知っていても、思い出せないだけなのかもしれない。

 わかるのは、それは外からではなく、私の内側から、直接私の自我に向けて、話しかけてきていることだけだった。

――あなたは誰?

 その何かに問いかける。

 返事はない。代わりに、

――おまえには、やることがあるはずだ

 と、それは言った。

 やること?

 やはり、その内容も思い出せない。と言うより、本当にやることがあったのかさえ、わからない。

 私の中の何かが言う、そのやることとは、いったい何だったのだろう。

――憎い、殺してやりたい何かが、あるはずだ

 殺してやりたい、何か?

 そうだ。殺しても飽き足らぬ、憎い存在が、あるはずだ。

 それ(・・)が、低い声で言った。

 わからない。何も思い出せない。

 そう言われれば、憎いものは、あった気もする。でも、その一方で、そんなものはなかったような気もした。

――私とおまえは、一心同体だ。おまえの望みは、私の望み。私の望みは、おまえの―― 

 そこまで言って、急にそれの声が途絶えた。

 同時に、私の中で、奇妙な感触があった。

 それが、形を変えて、まるで水が土に染み込んでいく様に、私の中に溶けていったのである。

 私の自我の中に、ほんの微々たる量のそれが、重なり合った。

 ああ、そうだ。思い出した。

 その何かの力を借りて、私は思い出した。

 私が誰なのかを。いなくなってしまった、暖かい誰かを。殺したいほど憎い、何かを。そして、私のやることを。

 ようやく、私がやりたかったことが、叶う時が来たんだ。

 私には、やるべきことがある。そうだ、思い出したんだ。

 少し、待っててね。もうすぐ、必ず――

 

 

―――殺してやる

 

 

 

 

 

 

  ~~~~~

 

 

 

 プロローグあとがき

 

 

 さあ、ついに私は、無謀にも始めてしまった。

 なにをって?

 ネプテューヌで、ホラー小説をだ。

 これを無謀と言わず、なんと言ったら良いだろう。

 きっかけは、ある場所でのある方の、些細な一言だった。

「ネプテューヌでホラーもの……」

 ずいぶん前の話なので、後半の方は覚えていないが、確かそんな旨の発言だった。

 馬鹿な私は、早速これに飛びついた。

 ちんけな自制心を、書きたいと言う欲望が、あっさりと上回ってしまったのだ。

 最初は、短編で一本書くつもりで、プロットを練っていた。

 それが、どうしたことだ。その短編のプロットは、あれよあれよと姿を変え、予告を出した頃には中編に、そしてこのプロローグを書き終わった頃には、ついに長編並みの長さになってしまっていた。

 私の馬鹿さ加減も、ここまで来ると自分自身呆れさえ感じる。

 まだ、Rebornの方も終わっていないのに、愚かにも好奇心に負け、この話を書いてしまった。

 Rebornの方は、今読み返してみると、初めのころ書いていた文は、本当に破り捨てたくなる出来だが、私があの物語で書きたいことは、これからが本番なのだ。

 言ってしまえば、今までのは全て、序章に過ぎない。

 これから先、あの物語は、書きたい事だらけだ。読者の皆様には、あの物語が、これからより一層、面白くなっていくことを約束しよう。

 さて、話をこちらに戻すと、この小説、おそらくRebornよりもよっぽどダークなものに仕上がるだろう。

 ネプテューヌの世界観を借りているが、この物語には、ネプテューヌのあの可愛らしい要素は、微塵も残っていない。

 むしろ、あの世界観を借りて、あの世界の暗部に焦点を当てようとしているのだ。

 おまけに今回の主人公、ブランは良いとして、もうひとりは五十過ぎのおっさん刑事である。

 なんという無謀さか。

 だが、書いてしまったからには仕方がない。むしろここは開き直って、いっそ私は、数あるネプテューヌ小説で、一番ダークなものを書いてしまおうと思い、この作品を世に出した。

 一応プロットは書いてあるが、この作品が今後どうなっていくかは、正直作者である私にもわからない。

 完結の内容も、頭とプロットにちゃんと入っているのに、話の行く末がわからない。

 もうこうなったら、この物語まかせである。

 更新は相変わらず亀の歩みのようになるだろうが、どうかお付き合い願えればと思う。

 

 

 


 
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