黄巾との戦は物足りないわ、私と戦う龍は何処にいるのかしら?
兵法書に注釈を入れながら未だ見ぬ好敵手に思いを馳せていると、私の軍師になった者が入室してきたわ。
「華琳様、張角のいる本営が判明しました」
「あら、もう分かったの?見事よ、桂花」
私の予想よりも早かったわね、という事は桂花一人ではないわね。
「桂花殿、手柄の独り占めは困りますね」
「おいおい姉ちゃん、そいつはねえんじゃないかい、全く分かった途端に走り出しやがって」
やっぱりね、それにしてもあの腹話術、私の眼から見ても完璧ね。
「独り占めする気なんかないわよ、私は一刻も早く華琳様にお伝えしたかっただけよ」
「ぐう」
「寝るな」
「おお、失礼しましたー」
「華琳様、十二刻あれば準備は整えられます」
十二刻、素晴らしいわ。
私は手に入った軍師達に喜びを禁じえない。
「桂花、稟、風。準備が整い次第直ぐに出発するわ。軍議は途上で行う」
「「「御意」」」
「真・恋姫無双 君の隣に」 第10話
天和たちの居場所が細作から報告された。
やはり、以前と同じ所か。
そうなると、おそらくは華琳と会う事になる。
もちろん会いたい、この手で抱きしめたい、でも、出来ないよな。
俺は自嘲して、黄巾の乱を終わらせる為に進軍する。
黄巾討伐で功を上げている諸侯の噂は既に広がってる。
特に評判の高いのは俺達の他、袁紹軍、呂布軍、張遼軍、曹操軍、孫策軍、そして関羽軍。
劉備のいない関羽軍は以前よりも活躍している。
調べてみると俺の情報から得た食料を半分は売り払い、兵に出来高の報酬を支払っていた。
義勇軍から傭兵軍となっていた。
劉備がいなくなり離れる者も当然いたようだが、無償ではなく報酬があるなら逆に新たに参加する者もいるだろう。
元々黄巾は強くない、関羽や張飛の武勇に鳳統の知略があれば充分勝てる。
気になる点は、明らかに戦い方が強引だった。
功も大きいが被害も大きいはずだ。
気分のいい話ではないが、兵への報酬削減の狙いもあるか?
あの堅物にしか見えなかった関羽が、劉備との離別で変わったか?
伝えないわけにもいかず、客人として寿春にいる劉備は更に落ち込み、諸葛亮が世話をしている。
最初に俺は二人に謝罪しようとしたが止められた、自分達の自業自得だと。
しかし、俺としては罪悪感が消えない。
名を売り出す為の黄巾の乱から中途退場し、関羽と張飛のいない劉備。
歴史から名を消すに等しい今の状態を、どう受け止めたらいいものか。
宰相が随分悩まれているようだ。
普段から国の為に身を粉にして働かれているのに、尚、努力を重ねられてる。
そんなお姿を拝見している私は、更なる修行を積んでお力になりたいと心から思う。
「凪~、そんなアッツイ眼で見てたら大将が火傷してまうで」
「恋する乙女なの~」
全くこの二人は、私達には過分なお役目をいただきながら以前と全然変わらない。
真桜は軍部では工作隊を、内政では技術部門を統括する立場となった。
「相談してくれれば、ある程度は好きにやってくれたらいいから」
「仕事に関係ない事でもええかな?」
調子に乗っていたので締めようとしたが、宰相は真桜を上回る。
「発明なんてどう繋がるか分からないし、いいよ。それに失敗は成功の母だから」
真桜は逆に驚いて戯けた事を言う。
「これ、夢やろ」
それならばと、罰を兼ねて頬を強めに抓ってやった。
沙和は軍部では輜重隊と訓練指揮官、内政では警備隊隊長となった。
最初は無理と言っていたが、訓練指揮に宰相から海兵式訓練法というものを伝授してもらい役目をこなした。
訓練の様子を見て、思春殿が「天才がいる」と感嘆していた。
私としては宰相の慧眼こそ素晴らしいと思うが。
警備隊は既に確立していたが、女性というか沙和ならではの視点が子供や女性に評判が良く、街の人々に支持されている。
そして私は、大抜擢で将軍に任命された。
流石に無理だと辞退しようとしたが宰相に言われた。
「将軍の在り方はそれぞれだし、凪の武と心胆は将軍に相応しいと思う。凪を将軍に任命した事は俺にとってきっと自慢になる」
そう笑顔で言われて、恥ずかしくて私は顔を上げられなかった。
この方の為に尽くそうと誓う。
長沙に戻った亞莎とは気が合い、共に頑張ろうと約束した。
「それにしても大将もホンマ無茶やな、張角達を保護するて」
「沙和は首を刎ねちゃうよりはいいと思うの」
「宰相の仰るとおり乱の元凶は漢帝国だ。だが罪が無いとは言わぬし、罰は与えると言われていた。ならば私達のすべき事は決まっているだろう」
「華琳様、先行する姉者から報告が。袁と十文字の旗を掲げる軍が、一里先で野営の準備をしていると」
報告を聞き、私はほくそ笑む。
「十文字、天の御遣いとやらね。成程、桂花たちが褒めるだけの事はあるようね」
「華琳様、私は褒めてなどいません!」
「確かに褒めているというには素直さが足りてませんでしたね」
桂花の反論を秋蘭が冷静に揶揄する。
「そうね、だったら桂花、貴女が男に真名を許すなんてどういう事かしら?」
「ですからそれは華琳様のお傍にいく事に背中を押された礼といいますか、とにかく褒めておりません」
まったく、素直でないわね、閨とは大違いよ。
「貴女も分かっているでしょう。此処に軍を出動させてるのは張角達の居場所を掴んでいる証拠、褒めるに値するわ」
「はい、確かにその通りでしょう。しかし、これで張角たちの確保が難しくなった事は否めません」
「そうね、張角達の事は御遣いを見定めた上で考えるわ。秋蘭、私が会うと春蘭に伝えなさい」
俺は凪達を伴って華琳との会合の場である互いの軍の中間の位置に赴く。
見えてきた、華琳、春蘭、秋蘭、桂花の姿が。
畜生、泣きたいよ、ちょっと黙っててくれ。
煩過ぎる心臓に文句を言って、俺は会合の場に立つ。
此方に向かってくる者の姿が見える。
先頭を歩く男の顔を視認出来た時、私の心臓が跳ね上がる。
何っ!何なのっ!この気持ちは!
溢れてくる様々な感情を、私は必死に抑える。
「待たせたね、袁術軍宰相、北郷だ」
「陳留太守、曹孟徳よ」
互いに此の場に居る者の紹介を終えるが、華琳様のご様子がいつもと違う?
「まず貴方には礼を言っておこうかしら、類稀な軍師を三人も私のところに連れてきてくれたのだから」
「ハハ、勿論俺だって喉から手が出るほど欲しかったけどね。本人の意思が君にあったんだから仕方ない、実はちょっと怨んでる」
「あら、だったら強引にでも自分の物にすればいいじゃない。私ならそうするわ」
「する前に桂花に抹殺されてたんじゃないかな、それこそ証拠も残さずに」
「確かにそうかもね、フフ」
「か、華琳様~」
華琳様のあのような無防備な笑顔、それこそ幼い頃見た以来ではないか。
責ある立場になり大陸の王となる事を定められてからは見せなくなった、今では私と姉者しか覚えていない笑顔。
だが不思議だ、妬心は湧くが不快感は無い?
あの笑顔は私と姉者の宝物で、引き出した者は初対面なのに。
「どうせなら楽進達も私にくれない?」
「それは断固お断り、自分を差し出すのと変わらないよ」
楽進達は華琳様の言葉に緊張を走らせたが、御遣いの言葉に顔を赤らめる。
「そう、残念ね。でも貴方が一緒ならいいんじゃないかしら」
「それじゃ、俺も君を含めて皆欲しいけどいいかい?」
「駄目ね、皆、私のものよ」
本当に不思議だ、こんな会話で殺伐とした空気に全くならない。
華琳様も、御遣いも、私を含め皆が笑顔だ、桂花でさえ笑みを浮かべてる。
「さて、真面目に話そうか。俺はこの戦で黄巾の乱を終わらせるけど、三人の旅芸人を保護しようと思ってるんだ」
張角達の事か!華琳様と桂花も察して御遣いを睨む。
「旅芸人?何でこんな所にそんな者がいるんだ?」
姉者、ああ、不思議そうな顔を浮かべてる姉者は可愛いなあ。
「春蘭、ちょっと黙ってなさい」
華琳様は眉を顰め、桂花は呆れた顔で姉者を見る。
「その娘たち人気者でね、色々と役に立つと思うんだ。旅芸人だから寿春だけじゃなく陳留にも行くけどね。ちょっと悪ふざけが過ぎたから罰も兼ねるけど。欠片も反省してなかったらそれまでだけどね」
成程、こちらの考えと同じで共有しようという事か。
しかし、華琳様と同じ事を考え、此方の思惑を見抜いて提案を持ちかけて来るとは、天の御遣い、侮れぬ存在だ。
だが華琳様は愉快そうに笑っている。
この笑いは、王のものだ。
「いいわ、確かに人の心を持たぬ者を共にする気は無い。私達も協力しましょう」
二人が握手を交わし会談は終了した。
戻りすがら、姉者に旅芸人の事を説明する。
「何だ、それなら張角と言えばいいではないか、はっきりしない奴だ」
「馬鹿ね、はっきり言えば漢帝国への謀反になるでしょう。これだから脳筋は」
桂花の言葉に姉者が腹を立てるが、すまない姉者、訂正できない。
そういえば、姉者は華琳様の笑顔に疑問を持たなかったのだろうか。
「ああ、斬ってやるとは思ったんだが、腹は立たなかったな」
「はあ?腹が立たなくて何で斬るのよ」
「華琳様の笑顔が見れたのだぞ、こんなに嬉しい事はない。だから褒美に斬ってやろうかと思ってな」
「だから、何で褒美で斬るのよっ!」
「いや、あ奴にはそれでいい気がしてな」
「訳が分かんないわよ」
確かに分からない、姉者の本能は御遣いに何を感じたのだろう。
明日は満月ね。
美しいとは思うけど、好きになれないのよね、昔から。
私が手に持つ文は、御遣いが握手した時に握らせた物。
二人だけで会いたいと、指定の場所と刻限が記されていたわ。
秋蘭に事情を話し、私は会談した場所に赴く。
おかしな話ね、こんな夜中に他国の宰相と会うのに、私も秋蘭も護衛を付ける事を全く考えていないわ。
会談から私の頭の中は御遣いの事ばかり。
顔を見た時の溢れてきた、あの感情。
喜び?悲しみ?怒り?よく分からない感情も含まれていたかしら、とにかく全てが交じり合っていた。
桂花たちから聞いた、「大陸の王となる者を見定める。相応しい者がいないなら俺が王になる」の宣言。
大言壮語を吐くと思ってたけど、それだけの器量があると見たわ。
欲しい、湧いた感情が何だったのかも知りたいけど、とにかく彼が欲しい。
大陸の王となる為だけでなく、私を完成させる為に。
「全く大将の種馬振りにはホンマ呆れるわ。他所の大将と夜の逢引て」
「逢引じゃ無いって、話したい事があるだけだよ」
俺は夜中に抜け出す為に真桜に助力を頼んだけど、失敗だったかな。
でも凪じゃ絶対付いていくと言うと思うし、沙和だと明日には軍全体に話が広がってそうな気がするから真桜しかいない。
「まあええわ、大将」
俺は真桜に顔を掴まれ、キスされた。
「大将がウチらを自分といった様に、ウチらにとっても大将は自分と同じ、いや、それ以上や。無茶したらあかんで、忘れんといてや」
俺は真桜を抱きしめる。
「ありがとう、真桜」
真桜の手引きで約束の場所へ歩く。
夜空を見上げる、ああ、明日は満月か。
「待たせたわね」
「いくらでも待つよ」
「貴方、私のものになりなさい」
「ハア、呼び出した理由も聞かずにいきなりそれかよ」
「大陸の王となる者を見定めるのでしょう?だったら私の傍にいればいい」
「確かに君の王としての器量は大陸において群を抜いてる、これからも益々磨かれていくだろうね」
「分かってるじゃない」
「だけど君がいるから他の者も磨かれていく。光が強くなれば影も強くなるんだ。そして影が光に変わる可能性もある」
「むしろ歓迎するわ、でも私が光なのは変わらないわ」
「・・話そうと思ってたのは俺が戦う真の理由なんだ。王を孤独にしない為だ」
「王は一人よ、当然でしょう?」
「そう、一人だ。大陸の人達の思いを一身に背負う。背負わない者に王の資格なんてない。だからこそ、誰よりも孤独だ」
「孤独に耐えれないなら最初から目指さなければいいのよ、半端な覚悟しか持てない者が王に成ろうとするなんて、天に唾する愚か者に過ぎないわ」
「俺もそう思ってた。王となる者は特別な存在だと。天に選ばれた存在だって」
「その通りよ、私は曹孟徳、天意を受けし者よ」
「違う!天意なんて曖昧なものじゃない。人の意志だ、その身を、その心を削り続けながら意志を貫く一人の人間だ!」
「・・・王は人であって人では無いわ。人では世は治まらない」
「俺は御遣いだ、既に人じゃないよ」
「貴方は孤独でいいと?」
「正直嫌だよ。それに俺はこの大陸に生きる人間になるけど、いきなり現れた俺に平和に導けというのは正直納得がいってない。責任押し付けるなっての」
「フフ、それはその通りね」
「でも見過ごせないしね。だから俺が王になるか、別の者が王になるかは分からないけど、最後まで残った者の隣に立つ。一人にはしない」
それが、君だと信じてるから。
「フフフ、フフフフ、最高よ。いいわ、貴方を手に入れるのは最後まで待ってあげる。それまで負けるんじゃないわよ」
貴方は私のものよ、誰にも渡さないわ。
「負けても立ち上がるさ、何度でもね」
「華琳よ」
「一刀だ」
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