「覚悟」
関羽の案内に付き従い劉備の陣営のほぼ中央、本陣の前に辿り着く。
到着を待っていたのだろうか、劉備が嬉しそうに駆け寄り、その後に家康が続く。
「曹操さんっ!」
「来てくれて嬉しいよ。まずは、感謝を・・・」
「劉備に家康・・・。久しいわね、連合軍の時以来だったかしら」
「You doing OK? 久しいな家康・・・本多に鬼島津は息災か?」
「ああ、色々あったが二人とも元気さ。そっちも片倉殿や元親は元気か?」
「まぁな・・・。どっちもうるせぇくらいだ」
華琳の前に立った二人は、反董卓連合以来の再会を喜んだ。
しかし、喜びもつかの間、華琳は事の本題を切り出す。
「それで・・・今回は私の領地を抜けたいなどと。また随分と無茶な事を言って来たものね?」
「ハッハッハッ! すまんな。しかし、皆と共にこの窮地を抜けるには、この方法も間違いでは無いと思ってな!」
「全く・・・それを堂々と行おうとするあなた達の胆力は大したものね・・・。良いでしょう、私の領地を通る事を許可しましょう」
あっさりと家康、劉備の要望に答えた華琳に政宗は怪訝な表情で彼女を見る。
ついて来た春蘭らも、あまりにもすんなりと相手の要望を叶える主に困惑を隠しきれない。
その一方で華琳の言葉に歓喜する劉備と何やら物言いたげな家康。
「華琳様、劉備と家康殿には、まだ何も聞いてはおりませんが・・・?」
「聞かずとも良い。こうして彼らを前にすれば、何を考えているか分かるのだから」
「曹操さん」
「ただし、街道はこちらで指定させてもらう。・・・米の一粒たりとも強奪するような事があれば、生きてこの領を出られぬと知りなさい」
「はい! ありがとうございます!」
安堵の表情を見せる劉備であったが、家康の表情は先ほどよりも曇っている。
どうにも解せないと言った様子の表情である。
「それから、通行料は・・・そうね、関羽で良いわ」
「・・・・え?」
「何を不思議そうな顔をしているの? 行商でも関所では通行料くらい払うわよ? 当たり前の事でしょう」
「え、でも、それって・・・!」
安堵の表情が一転、驚愕に見開かれた劉備の瞳が華琳を捉える。
しかし、華琳はその視線を一切気にする事無く、さらに続ける。
「あなたの全軍が無事に生き延びられるのよ? もちろん、追撃に来る袁紹、袁術もこちらで何とかしましょう。その代価をたった一人の将の身柄であがなえるのだから・・・安いものだと思わない?」
「ご、ご主人様ぁ・・・」
「ハハッ・・・。やはり、そう来るか・・・」
やっと華琳の態度に合点がいった家康は苦笑いしつつ、頭を掻く。
政宗も華琳の意図に気が付き、今は口を挟む事をしない。
「・・・感謝する曹操殿、これ以上ない提案であるな」
「「「ご主人様っ!?」」」
劉備に関羽、諸葛亮が悲鳴にも似た声を上げる。
家康はそれを優しく制すと言葉を続ける。
「だが、それを受け入れる訳にはいかないんだ。愛紗はワシらにとってかけがえのない絆。それをここで断ち切れはしない。ここまで来てもらったのに申し訳ないがこれがワシの答えだ」
「そう。・・・流石、絆の力とやらで一つの国をまとめた男ね。残念だわ」
「ご主人様・・・私なら・・」
「言っただろう? ワシは絆を断ち切りはしないと。 それに道が全て無くなった訳じゃ無い、皆でまた考えよう」
家康は集まってくる仲間たちに、優しく語りかけていく。
その天陽のような微笑に皆も不安な気持ちが消え去って行くのを感じた。
しかし、それに水を指すように華琳が声を上げる。
「家康・・・馬鹿げた理想を掲げるのも大概にしてくれないかしら! たった一人の将のために全軍を犠牲にするですって? 寝言は寝てる時に言って欲しいものね?」
「・・・愛紗はそれだけ大切な人なんだ」
「なら、そのために他の将・・・張飛や諸葛亮、それに生き残った兵が死んでも良いと言うの?」
「それは違う、絆を紡ぐ者としてワシはワシを信じてついて来た者達とその絆を守る」
「では、その者達を守るための策はあるのかしら? 無いからこそ、私の領を抜けるなどと言う暴挙に出たのでしょう? ・・・違うかしら?」
「・・・・そうだ。曹操殿、あなたの言う通り、他に道が無いからこそワシはここに来た」
「現実を受け止めなさい、家康。あなたが本当に兵のためを思うなら、関羽を通行料に、私の領を安全に抜けるのが一番なのよ」
鉛のように重く厳しい言葉が家康のみならず、劉備ら他の諸将らにも圧し掛かる。
それに耐えかねた劉備は懇願するように華琳に縋る。
「曹操さん・・・だったら私が・・・」
「劉備、あなたが関羽の代わりになるとでも言うつもりかしら? あなただって腐っても王なのでしょう? 国が王を失ってどうするつもりなの?」
「あ、あぅ・・・」
「・・・・どうしても関羽を譲る気は無いの?」
「・・・ああ、ワシにそのつもりは無いよ」
「まるで、駄々っ子ね? 全てがあなたの思い通りに動くと思っているのかしら?」
「ふふっ、良く言われるよ・・・。ワシはワシの理想のためなら何でもするつもりだ」
華琳と家康の両者はお互いの視線をぶつけ合う。
が、それもすぐに終わり、華琳は一つ大きなため息を吐くと家康に向かって言い放つ。
「ハァ・・・。良いわ、あなたと話をしていても埒が明かないわね。どうせ譲る気も無いのでしょうし・・・。勝手に通って行きなさい」
「・・・良いのか?」
「二度は言わないわ。荊州でも益州でもどこへでも行きなさい」
「そ、曹操さん! ありがとうございます!」
「ありがとう、曹操殿・・・。この絆に感謝を」
感謝の意を伝える二人にピッと指を突出し華琳は告げる。
「ただし・・・」
「あ、・・・通行料・・・ですか?」
「当たり前でしょう。・・・先に言っておくわ。あなたたちが南方を統一した時、私は必ずあなたの国を奪いに行く。通行料の利子込みでね。そうされたく無いのであれば、私の隙を狙ってこちらに攻めて来なさい。そこで、私を殺せれば、借金は帳消しにしてあげる」
「ハッハッハッ! そうだな、その時は全力でお相手して頂こう!」
「憎たらしい位の余裕ね・・・。まぁ良いわ、霞、稟。彼らを向こう側まで案内してあげなさい。彼らは一兵たりとも失いたくないようだから・・・なるべく安全な危険の無い道にしてあげてね?」
稟と霞に命令しつつ、その中には皮肉がこれでもかと込められていた。
関羽などはあからさまに嫌な顔をするが、家康はただ苦笑いすると陣の撤収の命を諸葛亮に伝える。
「それでは、私たちは戻るわよ。・・・家康、それから劉備、あなた達の選択が間違ってなければ良いけどね」
「うむ、そうだな。次にお会いする時に間違いではなかった事を証明しよう!」
「・・・良い返事だわ。・・・・帰るぞ」
そう言って華琳は劉備らの本陣を後にした。
政宗もそれに続こうと歩を進めようとした時、一陣の風が吹いた。
すると家康らの後ろにあった大天幕が風に煽られ、その中にいた者が少しだけ見えてしまった。
「HAッ! 家康の野郎も大概、面の皮が厚いもんだな・・・」
一人でそう呟き政宗は華琳の後を追った。
政宗が見た物、それは所々の鎧は着けてはいなかったが、背中に二門の大筒を構え、いつでも放てる体制を整えていた戦国最強の姿であった。
劉備らの陣から離れて少し経った所で政宗は華琳に問う。
「・・・どうだったんだ華琳?」
「・・・何が?」
「何って、劉備と家康を試してたんだろ? で、お前の目にはどう映ったんだ?」
「・・・そうね。徳川家康、あの男、私があそこで許可しなかったら恐らく何かしらの脅しを掛けて来たでしょう・・・。あの目、理想だけを見ている夢想家の目じゃないわ・・・、彼は現実を分かっている。その上であんな理想を堂々と言えるのだから底知れない男よ・・・」
「ほう・・・お前にしちゃえらく好評価だな?」
「ふん、それだけ警戒しているのよ! ・・・でも劉備はまだまだね、彼女は家康に頼り過ぎている。この戦乱の世に生きるには覚悟が足りないわ・・・」
真剣な表情で先程のやり取りを思い出す華琳であった。
「ま、次に覚悟を決めなきゃならねぇのは俺らかもな・・・。あんな事を言ったんだ家康の野郎、万全の態勢でここに攻めて来るぜ?」
「むしろ望む所よ。その時は完膚無きまでに叩き潰してあげる」
「・・・こんな事を言うのは癪だが、家康は強いぜ?」
「そうね・・・。でも私が負けそうになった時は、あなたが・・・政宗が助けてくれるんでしょ?」
「・・・そうだな、お前の覇道の行く末を見るためにはな・・・」
「・・・なんでそうなるのよ」
政宗のあまりにも鈍感な返しに、少し頬を膨らませて拗ねる華琳。
急な機嫌の変化に政宗は面食らい途方に暮れてしまうのであった。
その後、華琳は家康との約束通りに追撃に来た袁紹の軍を容易く打ち払ったのであった。
曹操が陣を去り、その場にあった緊張も同時に霧散した。
安心する家康の下に劉備らが歩み寄って来る。
「なんとかなったね・・・ご主人様」
「ああ、やはり曹操殿は優しい御仁だな・・・。少し悪い事をしてしまったかもしれんな」
「そうですね・・・。でも曹操さんがこうして通行を許可してくれて本当によかったです。あの策はなるべくなら使いたくなかったですから・・・」
「そうだな・・・。忠勝ッ! ご苦労だった、もう良いぞ!」
家康の一声で大天幕から整備中の鎧を着けた忠勝が出てきた。
その忠勝にもう一度労いの言葉を掛ける家康に桃香が言い難そうに切り出す。
「ねぇ、ご主人様・・・。もし曹操さんが通行を許可してくれなかったら・・・、本当に脅そうとしていたの・・?」
「桃香様・・・! それはっ・・・!」
「良いんだ愛紗。桃香の言いたい事は痛い程に分かっているよ・・・。桃香、ワシは曹操殿が許可してくれなかった場合は本当に脅すつもりでいた」
「・・・なんでそんな事を? そんな事をしなくても話し合えば今回みたいに平和に解決出来るのに・・・」
今にも消え入りそうな声で家康に問う桃香。
家康も真剣な表情でそれを受け止め、桃香の問いに答える。
「そうだな・・・話し合いで解決出来るのであればワシは喜んでそうするだろう。・・・だが、話し合いで解決出来るのなら、初めから争いなど生まれない」
「じゃあ、話合えない場合は力で脅すの? 倒すの? ・・・殺しちゃうの?」
「・・・・・その通りだ。太平の天下の障壁となるのであればワシは躊躇い無く、この拳を振るうだろう」
「そ、そんなの矛盾してるよ! だってご主人様は絆の力で天下を平和を作るんでしょ!?」
「矛盾している事は分かっている・・・。絆と声高に宣言しておきながら武力を振るう、力を振るう。恐らく、桃香・・・いやここにいる皆もワシを偽善者であると思うだろう。他ならぬワシ自身もそう思っている。・・・だがな桃香、人には希望が必要だ・・・この乱世であれば特にだ。だからこそ誰かが人々に希望を与えてやらなければならないんだ」
「その希望が絆の力なの・・・?」
「そうだ! 人々に希望を与え、結びつかせる。絆を信じ団結させる。それだけで救われる者もいるんだ。自分は一人では無いと、仲間が友がいるのだと! ・・・しかし、現実問題、それだけで乱世は鎮まらない。力を振るう者たちを治める力が必要だ。だからこそワシは乱世に旗を掲げたのだ・・・矛盾も非難もワシを信じてくれた者たちの命も希望も、あらゆる艱難辛苦はワシが全て背負うと・・・。皆が笑まれる世界のためにな。それが、ワシの決意であり、覚悟だ! ・・・分かってくれとは言わない。ただ、覚えておいて欲しいと思う」
それが、家康の決意であった。
揺るぎのない覚悟を込めた瞳で桃香を見据える。
しかし、桃香はその瞳が耐えられなかった、自分にはこれほどまでの覚悟は無かった。
自然と涙が滲んで来る。
「ご、ご主人様・・・乱世って・・・本当に嫌だ・・・ね・・・。私は・・・皆が笑って・・暮らせる・・・世界が創りたい・・・よ・・!」
「ああ、ワシもそう思うよ・・・」
涙しながら本音を吐露する桃香に家康は優しく応答する。
「私も・・・頑張る・・・から・・・もっと・・もっと強くなって・・・ご主人様だけに・・・背負わせないから・・・」
「そうか・・・。そうだな、お前ならきっと出来る! だから今は泣くと良い、泣いて全てを吐きだして、また前に進もう・・・!」
家康はそう言って桃香を優しく抱きしめ、桃香も家康の胸でただ泣いた。
弱い自分を振り払うように、これから強くなるために。
「さぁ、皆、これから新天地にて、また一から始めよう! こんなワシ等だが・・・これからもついて来てくるか?」
その言葉に皆は力強く頷く。
誰一人として迷いの表情はいなかった。
こうして、劉備らの大逃亡は幕を閉じ、新たな舞台へと歩を進めたのであった。
2013年、最後の投稿がこんなギリギリですいません・・・。
交渉の内容、どうしようかと悩んで結果こんな形になりました。
楽しんでいただければ幸いです。
それでは2013年はお世話になりました! みなさんの応援のおかげでここまで続ける事が出来ました!
来年の皆様の健康と安全と成功を願っております!
それではここまで読んで下さってありがとうございました! 来年も良い年でありますよう!
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2013年ギリギリ最後の投稿になりました。
皆さんは今年はどんな年であったのでしょうか? 自分はまさに光陰矢のごとしといった感じでしたね・・・本当にアッと言う間でした。
それでは、今年中に読む人も来年に読む人もどうぞ楽しんでいって下さい!