そして放課後、一夏、鈴、簪、そしてセシリアは千冬の計らいでアリ—ナを一つ空けてもらった。だが、当然ながらギャラリーと言う物は付き纏う。ほんの十数人だけだが、確実にいる。
「さてと、じゃ始めるか。」
一夏はナノマシンをOffにして、首をポキポキと鳴らした。
「オッケー。私もしっかり修行して来たからね?」
「そいつは楽しみだ。」
「一夏さん、ISを使うのではなくて?」
「それはまだだ。俺は今から組手をやるんだよ。」
「クミテ?」
「オルコットさん、スパーリングの事。」
二人は左拳を右手で包む拳包礼を交わし、それぞれ右腕を交差させたまま動きを止めた。
「まあ、見てれば分かるさ。3」
「2」
「1」
「「開始!!」」
小柄である故にスピードが速い鈴が最初に動いた。弾丸の様に素早い拳を繰り出す。
(上半身は安定したまま・・・詠春拳か。近距離からの指三本で一打ごとの素早い連撃。あの時よりも断然精度が上がってる。本家本元は伊達じゃないな。んだぁがしかぁし!)
「セィヤッ!」
緩やかな円を描く足捌きで拳を避け切り、懐に飛び込んで地面を力強く踏みながら肩と二の腕でボディーブローを当てた。鈴は両腕でその衝撃を上手く吸収し、大きく後ろに跳んだ。
「今のって、八極拳。いつの間に・・・?」
「俺は、この数年の間なにも遊んでいた訳じゃない。それ位分かるだろ?お前と同じ錦衣衛の子孫に鍛えられた男だぞ?南派と北派両方あってこそ、」
「それもそうね。でも!」
鈴の目付きが変わった。縄張りを荒らされた獣の様に鋭くなった。両手で人差し指と中指以外を全て握り込み、左右の手を揃えて胸に付け、手首を若干内側に曲げて構える。一夏が突き出した拳を片手で掴み、空いた手で二の腕を肘関節の間に挟み込んで動きを止めると、肘鉄を鳩尾に叩き込む。更に僅かに後退した所で左右の首筋に両手を振り下ろした。その動きはまるで・・・・・
「ちっ。螳螂拳か。」
そう。 両腕が命を刈り取る死神の鎌の様な形をして、時には共食いすらする獰猛な肉食昆虫、カマキリの動きを真似た螳螂拳だ。
「私も、やるでしょ?本格的に山籠もりの修行をしてたの。」
「ああ。虫が相手ならな。じゃあ、こんなのはどうだ?!」
一夏は目を閉じると、すぼめた口から大きく息を吐き出し、新たな構えを取った。だが、相変わらず目は閉ざしたままだ。
「行くわよ!ハァッ!」
だが、一夏はまるで見えている様に全ての攻撃を受け止め、弾くと寸止めをしながらも顔の側面、腹、臑を狙って反撃した。
(防御重視の護身系・・・・コレ、少林拳?!)
鈴は再び戦法を詠春拳に切り替え、スピードと手数に物を言わせて拳を繰り出す。
「おっとととととととととととととと!!」
一夏もそれと同じ位のスピードで突きを掌で弾く。
「す、凄い・・・・・ねえ、オルコットさん。あれ、見えてる?」
「セシリアで構いませんわ。でも、み、見えませんわ。お二人の腕が全く見えませんわ。霞んでしか・・・・・何なんですの、あれ?」
香港のアクション映画以上の絶技を披露する二人の拳法勝負が更にエスカレートして行くにつれ、ギャラリーもどんどん増えた。中には二人の組手を映像に収めている者もいる。楯無もその一人だ。
「まあ、ISもそうだけど、生身での格闘の腕前は十分過ぎるわね。」
「会長、織斑一夏の腕前がどんな物か映像を入手したいと言っていましたが、建前ですよね?」
管制室のカメラから組手の一部始終を見ている楯無の隣で立っている眼鏡とヘアバンドを付けた生徒がいた。
「え、え?な、何でそんな事言うの虚ちゃん?」
「映像を見ながら惚けたお顔を赤らめてそれを言いますか?」
その生徒———虚に質問を質問で返され、痛い所を突かれた楯無は黙り込んでしまう。
(やっぱり・・・・何か変だ。簪ちゃんが話しかけて来たり、笑うのを見るのは嬉しい。紛れも無くこれは一夏君のお陰。あの時私の心を開いてくれたのが、凄く嬉しい。でも、最近一夏君と簪ちゃんが一緒にいるのを見ると胸がチクッとして痛くなる。何で?私は彼に甘えたい・・・・・のかな?)
扇子を口元に持って行き、自分の胸中に渦巻く言い知れぬ感情を紐解こうとするが思考はすぐに。
「どうやら次はISでの模擬戦に移行する様ですよ?」
「へー。甲龍って言うのか。」
生身でのスパーリングを終えた後、鈴はISを展開し、一夏は展開された鈴のISを見てほへ〜と声を漏らした。彼女の体格には似合わないが性格にぴったりなゴツい棘付きのアンロック・ユニットが両肩に装備されている、正しくパワーファイター系の機体と呼べる物だった。
「中国語だとシェンロンだけどね。何かちょっとしっくり来ないのよ。」
「あー、分かる。(願いが叶う訳無いしポルンガって呼んだら怒られるよな、色んな人に)所で、風都に引っ越したって言ってたけど、仕事は?」
「お母さんはいつも通りお店で、お父さんは風都署の刑事。もう入試とかもやってたし、過去の実績とかもあったから一気にね。元々親日派だし、日本でも中国大使館に出入りしてた位だから、コネも幾らかあるみたい。休日と平日に定時で戻った時は店の手伝いもするって。」
「家族思いのあの人らしいな。久々にあの人とユエさんが作る激辛四川スペシャルを食べたくなった。」
「その内ね。ほら、さっさと展開しなさい。」
「へいへい。零式、Let’s go!」
鈴に促されて零式を機動、展開し、臨戦態勢に入った。
「ふ〜ん、フルスキンタイプなんだ。それもアレと色違いなんて。ま、良いんじゃない?ソレも。似合ってるわよ。」
「そりゃどうも。今回はまあ、近接格闘だけにしておこうか。お互いの手の内を知ってたら面白くなくなるから。お楽しみは対抗戦で、と言う事で。」
「オッケー。」
一夏は雪片・無限を、鈴は両手に青龍刀の様に幅広く肉厚な刃を持った双天牙月を構え、同時に動いた。普段は片手で雪片・無限を操る一夏も、今度ばかりは諸手で構えて受け止めた。
「流石パワー型。このままだったら押し切られるな。体重を使って叩き斬るなんてさ。」
「その割には落ち着いてるみたいだけ、どっ!?」
二人の武器は何十合とぶつかり合い、火花を散らす。二人の口元は戦闘の愉悦によって薄ら笑いに変わった。
「「だぁっらっしゃー!!」」
二人はイグニッションブーストで互いに接近し、得物を大きく振り抜いた。僅かながら減る二機のシールドエネルギー。
結果は——————僅か3で鈴が多く減らしていた。
「ちっ・・・・負けか。」
「どうよ、修行の成果。」
ドヤ顔の鈴はISを待機状態の腕輪に戻し、不敵な笑みを浮かべた。
「随分と強くなったなあ、おい。まあ、昔も強かったけど。っしと。んじゃセシリア、近接格闘、いってみよー。」
「は、はい!」
セシリアは鈴と交替してブルーティアーズを展開した。
「さて、お前が持ってる近接武器はナイフだ。ナイフの長所と短所を言ってみろ。」
「長所は取り回しが容易である事と速さ、短所はリーチ、でしょうか?」
「Exactly」
セシリアの答えに異常に発音が良い英語でそう答えた。
「ナイフは特に相手が長物を持っている時に有利になる。相手の近接武器のリーチが長ければ長い程懐手は有効な攻撃が出来ない。だからナイフを使った戦法は、少なくともISではヒットアンドアウェイを心掛けろ。無理して相手の攻撃を防御する必要は無い。受け流すか避け続けろ。ビットを使わなければ機動力も落ちないしな。んじゃ、まずは避けて接近する練習。」
左手にリボルバー、天幻をコールした。
『ワンオフ・アビリティー、
ジャコン!
撃鉄を起こす音にセシリアは青ざめた。そしてその悪夢は的中した。
『Luna!』
「ちょ、一夏さん、それは幾らなん」
「行くぜ。ナイフだけで懐まで来い!」
無情にも、セシリアに向けられた銃の引き金が引かれた。
「お待ちくださ・・・いいいいいやああああああああああ!!!!!」
数十発の金色の弾が変幻自在の軌道を描きながらセシリアに襲いかかった。そしてこれを続ける努力をするが・・・・
「ぜーー、ぜーーー、はーー、はーーー・・・・い、一夏さん、よ、容赦がありませんわ。」
当然全てを避け切る事など出来る筈もなく、セシリアは開始から僅か数分で撃墜された。恥も外聞もかなぐり捨てて金切り声を上げながら全力で逃げ回った彼女は息を切らして肩を上下させていた。淑女の面影などどこにも無い。
「あれを避け切れれば、たとえ相手がフレキシブルを使えても対処出来る。じゃ、エネルギー補充が終わったら次は近接格闘のうんちくだ。」
「は、はひぃ・・・・」
「あ〜らら、セシリアが可哀想。一夏ってば鬼畜ね。」
「うん・・・・あ、あの、凰さん。」
「鈴で良いわよ。後同年代だし、立ち場としちゃ同じだからさん付けも無しね。馴れてないってのもあるけど、感覚的な問題なのよコレ。」
鈴はニシシと笑いながら恐る恐ると名前を呼んだ簪の背中を叩く。
「で、何?」
「昔の一夏って・・・・・どんな、感じ?」
「そうねぇ〜。今がハードボイルドの一歩手前って所なら、あの頃の一夏はお節介焼きのハーフボイルドかしら?まあ、あいつみたいにあたしも今よりは多少青臭かったけどさ。困ってる人を放って置けなくて、どんな些細な相談も持ちかけられると親身になって聞いてくれる。下手な大人よりも男らしい所があるのよ。ああ見えて以外と可愛げもあるし。」
「それは、うん。そうだね・・・・・」
簪は俯くと目元をうっすらとピンク色に染めて微笑を浮かべた。
「でも、良かったわ。あいつの腕が鈍ってなくて。流石お父さんが鍛えた男。」
一夏はセシリアが段々とバテ始めているのが見えて来たので、完全に疲弊して動けなくなる前に訓練を切り上げた。
「よしと、じゃあ今日はここまで。俺が言った事を頭の中で反芻する様に。その内生身でもやるからな?」
「は、はぃ・・・・・よろしく、お願い、しま、すぅ〜・・・・・」
「鈴、ちょいヘルプ。彼女を更衣室まで連れてってくれ。」
「はいは〜い!」
そして去り際に簪にこう耳打ちした。
「一夏の事、大切にしなさいよ。ああ言う男は最近じゃ珍しいんだから。」
簪にそう言い残し、鈴はぐったりしたセシリアを運んだ。
一方、風都では・・・・・
「うっわ〜。」
「圧殺死体ってこう言う事かよ、気色悪い。」
ロンを新たに加えた超常犯罪捜査課の刑事四人は、圧殺された人間の死体が発見された事件現場にやって来た。まるで蚊を手で叩き潰したかの様に人肉のミンチになってしまっている。それがまるで味が抜けて吐き捨てられたガムの様に地面に減り込んで張り付いたままだ。
「途轍も無く重い何かが頭上から落ちて来て、即死か。被害者の身元は?」
「まだ分からないです。よっぽど凄い勢いでこの重い何かが圧殺したんでしょう。携帯はおじゃんですし、身元を証明する様な物をこの中から確認出来る状態で取り出すのは至難の業ですよ。幸い右手首から下がまだ無傷だったんでDNA鑑定で分かるかもしれませんが、兎も角結果が出るまでは今暫く時間が掛かります。」
鑑識課の一人が申し訳無さそうにそう報告すると、そそくさと現場に戻ろうとした。が、ロンは彼の肩を掴んで止まらせるとその死体とは到底呼べる様な状態には無い死体の周りをぐるりと一度歩き回ると、こう訪ねた。
「その右手首から下は、方角的に言うとどこを向いていましたか?」
「え〜っと・・・・」
太陽を見上げて暫くぶつぶつと何か呟くと、答えた。
「南ですね。」
「南、ですか。ありがとうございます。鑑識の結果が出るまでお茶など如何ですか?」
「お〜、良いっすねロンさん。」
「俺は昆布茶な。」
「折角だが俺は遠慮する。少し寄る所があるんでな。(こいつは何かを知っているのか・・・?調べた方が良さそうだな)」
竜は部下二人と楽しそうに談笑する男の背中にに訝りの視線を向け、愛車『ディアブロッサ』を鳴海探偵事務所へと走らせた。
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鈴と一夏の組手です。そして今回はちょっとセシリアが・・・・