ヴァンパイア・ドーパントの事件数日後、ようやく学生である一夏にとっての休暇、週末がやって来た。普通より少し遅めに起きると、隣のベッドが空になっているのに気付いた。
「千冬姉も忙しいんだなぁ〜。ん〜〜ッ!!」
首を捻り、背を逸らすとポキポキと骨が鳴る。休みなので制服を着る必要は無い。一夏は洋服箪笥から服を引っ張りだして袖を通す。インナーは黒くWindscaleの文字が筆記体でプリントされた七分袖の白いシャツ、その上には膝辺りまであるワインレッドのレザー製ライダージャケット、下はダメージジーンズ。多少竜の普段着を意識している。髪は薄くワックスで所々尖らせ、ジャケットで隠れる様に出来たベルト型のホルスターにエターナルエッジとメビュームマグナムを収納した。
「さてと、簪を起こしに行くか。」
そう言って部屋を出た。が、ここで重大な事に気付く。
「やべえ。俺、簪の部屋番号知らねえじゃん。ガッデーム。」
額に拳を当てる。
「・・・・しゃーねえ。先に飯食いに行こう。」
やはり休日と言う事もあって、食堂は平日と違って人は少ない。
「お姉さん方〜、朝の裏メニューお願いしま〜す。」
「はいはい、ありがとうね。あのレシピ大絶賛だよ。全く、アンタみたいな息子が欲しかった。」
厨房から普通の盆より一回り大きい物を割烹着姿の中年の女性が運んで一夏に渡す。
「そうよねえ、娘にも見習わせたいモンだわ。」
奥の方からも似た様な賞賛の声が上がる。
「いやいや、買い被り過ぎですよ。俺なんか不肖の息子ですから。」
「またまた冗談言っちゃって〜。」
そんな軽口の応酬をしながらも礼を言って、適当な所に座った。
「あ”〜〜、土曜日は良いねえ。」
早速朝食を食べようとした所で、ワイバーフォンが震えた。液晶を確認すると、知らない番号が映っている。不審に思い、とりあえず電話に出てみた。
「はい。」
『織斑一夏君かしら?私、インフィニット・ストライプスの黛渚子と言います。』
最初は警戒していたが、黛の姓を名乗ったのを聞いて、ポケットを探った。先日薫子から貰った名刺を取り出して、着信した番号に照らし合わせると名刺に印刷された物と見事に合致した。
「黛・・・・薫子先輩のお姉さんですか。」
『そうよ。あら、あのコにもう会ったの?』
「数日前にインタビューを早速受けましたよ。で、今日はどの様なご用件で?」
『実はね、貴方に仕事を頼みたくて。』
「モデルの仕事ですか?折角のお誘いありがたいんですけど、現役の学生の数少ない至福である休日を奪わないで下さいよ。自分唯一の男なんで疲れる、疲れる。」
『その事については謝るわ。でも、驚きね。まさか貴方が鳴海探偵事務所の助手をやってるなんて。先日お世話になったわ、ドーパントの事件を見事解決してくれたし。彼らに取り次ぎをやって欲しかったんだけど、色々大変だったから忘れちゃって。』
「・・・・先輩から聞きましたね、色々と(後でシメてやる)。全く、他人の個人情報を血縁者とは言え、ペラペラと・・・・」
こめかみを抑えて顰めっ面を作る一夏。
『じゃあ、今回の仕事はそのお礼も兼ねてって事でやって貰えないかしら?望む報酬も出来る限り提供するわ。』
一夏は少し考えると、口角を僅かに吊り上げた。ノートを引っ下げ、リンゴ好きな死神を従える某新世界の神の様に、勝ったとほくそ笑みながら。
「じゃあ、そうですねえ・・・・・ 風都の歌謡番組、『フーティックアイドル』の特別出場権が欲しいです。本社って風都に近いですしねえ?どうにか出来ませんか?」
『ワオ、また随分と吹っかけて来たわね。重鎮の大貫一朗太に取り入るのって貴方が思っている以上に手間がかかる仕事なのよ?分かってる?』
「休日が一時的にとは言え潰れるんで、それ位は欲しいんですよ。それに、我が儘は十代の特権ですから。妹持ちなら分かりますよね、それは?」
『それもそうか。貴方、欲望に正直な人ね。私好きよ?そう言う人。』
「それはどうも。用事を済ませたら直ぐに行きます。それまでの間しばしお待ちを。」
『うん、待ってるわよ。』
「よしと、改めて。食うか。頂きます。」
巨大な盆に乗った食べ物を早速食べ始める。周りはひそひそと話しながら一夏の方をチラ見していた。だが、そんな事は全く気にせずに食事を続ける。
「あら、一夏さん。おはようございます。」
「ん。おお、セシリアおはよう。悪いが、今日明日は少し予定が入っているから、近接戦の特訓は無しだ。戻る時間にもよるが、後で一度どれだけ上達したか腕前を見せてくれ。」
「分かりました。それまで腕を磨いておきますわ。」
「良い心掛けだ。さてと。あ、そうだ。セシリア、四組の更識簪ってコの部屋番号知らないか?」
「それなら私の部屋だよぉ〜。」
「ん?おお、のほほんさん。同じ部屋なら丁度良かった。」
ダボ付いた袖が付いた着ぐるみを身に付けた布仏本音、通称のほほんさんが間延びした声で一夏の質問に答える。
「1035だからね〜。後、カステラありがと〜。」
「どういたしまして。っしと。んじゃ、後でな。」
「はい。」
一夏は食器を片付け終わると、駆け足で1035の表札が付いた扉に辿り着いた。ノックをしようとした所で、扉が開く。
「あ、一夏。おはよう。」
「おはよう。本当なら起こしに来て朝ご飯作ってやりたかったんだけど、部屋がどこか分からなかったから行けなかった。すまん。」
「良いよ、そんなに気を使わなくても・・・・・」
「俺がやりたかったの。突然で悪いけど、今日か明日は暇?」
「うん、一応。特に予定無いし。何で?」
「俺の今の服装見て分からない?デートのお・さ・そ・い。」
「デ、デート・・・・・?!」
一瞬にして顔が真っ赤になる簪。
(あうぅ。どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう!?!?!?!て、展開が早過ぎるよぉ・・・・う、嬉しいけど。でも、あんまり可愛い服持って来てないし・・・あ〜〜〜、もう!!!神様の馬鹿!!)
頭の中が絶賛暴走特急中である。脳内会議も何もあった物ではない。
「あ〜、もしかして、都合悪い?」
「ち、ちがうよ?!そんな事無いから!」
何を思ったのか、簪は一夏の腕を掴んで部屋の中に引っ張り込んだ。
「え、うわ、ちょっ・・・?!
だがパニクったあまり必要以上に強い力で一夏を部屋の中に引っ張り込んだ所為か、勢い余って床に倒れてしまった。一夏もジャケットを掴まれたままなので一緒に倒れてしまうが、押し潰してしまう前になんとか持ち直した。今の状態を簡潔にまとめると、一夏が簪を押し倒した様にしか見えないのだ。
「簪、大丈夫か?」
簪は何も言わずに小さく頷いた。心臓が痛い位に胸を打って呼吸も浅い。二人の顔の距離は数センチしか離れていない。
「悪い、大丈夫?(ここでがっついたら嫌われるわな・・・・・駄目だ。落ち着け、そして頭で物を考えろ!!!」
(コクコク)
簪を助け起こして立ち上がる。暫くの間沈黙が続いた。
「あー、その、ごめん。今のは、事故で。」
「ううん、別に!原因は私だし・・・その・・・・(別に一夏なら・・・・って何考えてるの私は!?)」
全く会話が続かなかった。
「今が大体九時か。じゃあ、昼前に・・・・・十一時位に学園の正門辺り集合って事で。」
「わ、分かった・・・・」
一夏が出て扉を閉めるのを確認すると、顔を枕に埋めてコロコロとベッドの上を転げ回った。
(もし、あのままだったら・・・・)
そんな事が頭をよぎってしまうが、余りに恥ずかし過ぎる情景しか頭に浮かばない。結局はルームメイトの本音が帰って来るまでずっとそんな調子だった。
「Oh, my. あれはヤバかった。(しかも、恐らくあの部屋は簪の姉貴が仕掛けたカメラやら盗聴器がある気がしてならない。)隠れてるの分かってるんですからいい加減に出て来て下さい。香水をつけていないのは進歩ですけど、まだ息遣いと心拍が聞こえます。」
何時どうやって仕掛けを施したのか、廊下の天井から楯無が飛び降りて来た。
「もう〜、頑張ったのに〜。どんな耳してんのよ、君は。後、カステラ美味しかったわ。」
「おはようございます、楯無シストーカー先輩。」
「ちょっと!?名前で呼んでなんでそうなるの?!て言うか何!?その不名誉極まり無い渾名?!」
「妹シスターを追跡ストーキングするし、シスコンですから。だから纏めて縮めてシストーカー。」
「服の物入れに入る手頃な獣みたいに名前を縮めないでよ!?」
扇子を閉じて再び開くと、『撤回求ム』に文字が変わっていた。一夏は一分近くしっかりと彼女のリアクションに爆笑していたが、すぐに咳払いをして持ち直した。
「完全にとは言いませんが、ある程度妹離れしない限り撤回はしません。後、言っておきますけど俺を排除しようとすれば簪ホントにグレますよ?貴方の事大嫌いになりますよ?」
「うぐっ・・・・」
痛い所を突かれて楯無は黙り込んでしまい、口元を開いた扇子で隠した。
「簪は全部打ち明けてくれました。完璧な姉のおまけとしてしか見られなかった辛さ、家族とは言え別人なのに比べられる悲しさ。俺と全く一緒だったから。彼女にも向き合う勇気を上げたかったんです。同じ境遇にいた似た者同士だからですかね?惹かれ合ったのは。恩を売るつもりはありませんけど、簪の家出が一日だけですんだのは俺が説得したからですよ?」
「何言ってんの?お父さんが連れ帰って来たのよ?」
「あれ?天次郎さんから聞いてないんですか?俺の事。」
「お父さんの名前まで・・・!?」
「中々面白い人でしたよ、腹に一物どころか二、三物抱えている様な掴み所の無い感じが。俺だって貴方と敵対したい訳じゃないですからねえ。ん〜・・・・どうすれば自分の認識をある程度改めてもらえます?自分で言うのなんですけど、俺は誠実ですよ?ここに来るまで彼女持った事ありませんし。」
「本当かなぁ〜〜〜?」
「疑わしいと思うなら調べてもらっても結構です。俺は逃げも隠れもしない。」
一夏の表情を読もうとする楯無。だが、一度は竜に協力して違法のカジノを幾つも潰して来た彼の表情は正に鉄面皮。身動ぎは疎か瞬きすらせずにじっと楯無を見据える。
「分かったわ。信じてあげる。今の所はね。でも、もし簪ちゃんを泣かせる様な事があれば貴方ぶち殺すわよ?」
「煮るなり焼くなり好きにすれば良い。」
ナイフの様に喉元に突き付けられた扇子をどける事もせずにそう言い返した。
「で〜も〜、貴方簪ちゃんの事押し倒したでしょ?簪ちゃんの部屋で。」
「あれは事故です。ていうかやっぱりカメラと盗聴器仕掛けてたんですね。」
「とーぜんでしょ!?姉としては簪ちゃんの事は二十四時間三百六十五日無期限無休で目に入れていたいのよ!!夢でも目に入れたいのよ!」
一夏はうっすらと引き笑いを浮かべた。呆れを通り越して尊敬すら覚える。
「(もうこの人まるで駄目なお姉さん、略してマダオで良いよな、もう。簪には申し訳ないけど。)まあ、程々にして下さい。バレたら只じゃ済みませんよ?んじゃ、俺はちょっくら仕事があるんで。(今で九時十五分か。よし。)」
一夏はモノレールで学園から出て、ナノマシンで脚力を増強した。建物の屋上まで飛び上がると、フリーランニングでインフィニット・ストライプスまで移動した。所要時間は僅か十五分である。
「ほぅ・・・・ここか。現在九時半と。」
自動ドアが開き、一夏は建物の中に足を踏み入れた。受付で座っている女性にアポがある事を伝えると、すぐに撮影室へ通された。
「おー、来たわね〜。もうやる気ありまくりじゃない、その服装。ウィンドスケール?」
「シャツはそうです。」
「ん〜〜、じゃあ、一階そのままで写真取っちゃいましょう。」
「え、良いんですか?コレ普段着ですよ?」
「カッコいいから良いの。他の服も用意してあるからそれ着て撮影もして貰うけど。」
早速様々な機材をスタッフが運んで来て、四人程一眼レフのカメラを携えてやって来た。それから一時間程の間着替え、ポーズ取り、背景差し替えの作業を続けた。
「は〜い、オッケーで〜す。お疲れさま。」
「お疲れ様でした〜。」
「貴方随分手慣れた感じがするんだけど?カメラの前で恥ずかしがったりとかしないしポーズもリクエストした物もばっちり出来てるし。」
「ウィンドスケールで読者モデルやった事があるんで。でもこれで本格的にデビューですよね。あーあ、学校がまた騒がしくなる。」
「はい。これ報酬。編集長が大貫一朗太と飲み仲間らしくてね、根回ししてくれたのよ。運が良かったわ、ホントに。」
「じゃ、出れるんですか?」
「勿論。」
「あざっす!!都合のつく時に限りますけど、また仕事あったら言って下さいね。(今度は簪とのツーショットでも撮ってもらおうかな?マダオさんの餌にもなるし。)」
「はいは〜い。」
正式に名刺を交換し終わり、一夏は何度もお礼を言いながらほくほく顔で一夏は再びモノレールの駅まで疾走した。後に都市伝説で『脅威のジャンパー』として語り継がれるのはまた別の話である。
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次話こそ!次話こそデート編をおおおおおおおおおおおおおお!!!!!