「家出?」
「へ、変だよね、良い歳して?私の実家って色々特別で、お姉ちゃんがISの国家代表候補なんだ。でも私は、」
「何時も姉のオマケとしか見てもらえなかった、か?偶然だな。」
今正に口にしようとしていた言葉が一夏の口から出た。心を見透かされた簪は思わず間抜けな声を上げてしまう。
「え?」
「思った以上に俺達は似た者同士らしいな。恥ずかしながら、俺も良い歳こいて、実は一年前に一度だけ家出した事がある。あの時は徹底的にやってやろうと思ってたから、服やら金やら色々と詰め込んでさっさと家からおさらばしたよ。姉が姉なだけにな、勝手に期待されて勝手に失望されてを毎度毎度味わった。悲しくて悔しくて訳が分からなくなって、出て行っちまったんだよ。」
一夏はあの頃の自分の態度を振り返りながら小さく笑う。
「まあ、結局は仲直りして戻って来たんだけどな。」
「そこ以外、似てる、ね・・・・」
それに吊られて簪もクスリと笑う。
「あの人達も、家のガードマン・・・・・」
「道理で何か変だと思ったよ。ってうわ、やば。」
一夏は壁にかかった時計を見て目を見開いた。色々やっている内に既に夜の八時を回っているのだ。楽しんでいる時は時間の経過が早くなるとは正にこの事だ。
「あ・・・・・」
「あのガードマンも恐らくまだ血眼になって探してると思うぞ?特にこの時間帯に一人で出るのはあんまりというか、絶対お勧めしない。うん、仕方無いな。」
一人で勝手に納得して一つの結論に帰結した一夏を見て、簪は首を傾げた。
「え?」
「一晩だけだけど、泊まってけ。」
「え、えぇ〜〜〜〜〜〜〜!!!?」
だが簪がそう言う反応を示すのも無理は無い。数時間前に知り合ったばかりの男子に、それも大人の監督が無い自宅で一晩逗留してはどうかと言われたのだ。
「でも、迷惑・・・・じゃない・・・?」
「全然。家出して以来千冬姉も案外丸くなったから、少し位我が儘言ってもバチは当たらないと思うし。まあ、見ず知らずの男の家に泊まるのに抵抗があるってのは分かるけど。俺だってしっかり時間確認してりゃあなあ・・・・あーもう、俺の馬鹿野郎。」
頭を掻き毟る一夏を見て、簪は笑い転げ始めた。コロコロと表情が変わる一夏が一人で繰り広げる百面相を見て、遂に我慢出来なくなったのだろう。
「笑うなよ、人が色々と考えてんのに・・・・・」
「ごめんね・・・・じゃあ、一晩だけ、お世話になります・・・・」
「よし、そうと決まれば客間の準備〜♪」
紅茶の残りを飲み干してから二階に駆け上がって行った。軽く拭き掃除をしてから消臭剤をさっと振り撒き、寝具を用意する。最後に浴室でお湯を張って準備は完了。
「あ。」
だがここで重要な事に気付いた。簪は手ぶらで道を彷徨いていた。つまり、着替えも何も持っていないと言う事。千冬の部屋は基本彼女が不在の間は掃除をする時以外はノータッチを貫き通している。服のサイズも大き過ぎる為、どちらにせよ使えない。そして至った結論は・・・・
「しゃーねー・・・・ジャージでも持ってくか。」
一夏はこめかみを抑えて苦肉の策とばかりに洗い立ての自分のジャージ一式を客間にあるベッドの上に置いた。そして一旦下に降りる。と、テレビの音がした。夕方の特撮物が放送しており、簪はそれを食い入る様に見つめていた。
「あー、簪?」
ビクっと簪は驚いて慌ててテレビを消した。
「な、何・・・?」
「とりあえず客間は俺の部屋の真向かいにあるから。後、服は洗濯機の中に放り込んどいてくれ。洗うから。」
「う、うん・・・・・」
「特撮、好きか?」
「やっぱり、変かな・・・・?」
「いやいや、俺はそうは思わないよ。人の趣味にケチ付けるなんて失礼でしょうが。俺も今でもたまにネットで動画とか探してるし。こんなのがあったろ?随分前だけど。変身!なんつって。」
一夏は両手でかなり複雑な動きを見せてポーズを取った。
「まあ、流石に人前でやるのはちょいハズいけどな。物によっては良い音楽使ってるから、その為に見てるってのが殆ど。」
「あはははは。オープニングとか挿入歌はやっぱりカッコいいの一杯あるよね。私、全部好きだよ。」
それから暫くの間放送されている特撮番組を幾つか見て互いの意見を交換したり、番組や出演者を批評したりしているうちに、簪の顔に再び笑顔が戻り始めた。一夏は不覚にもその笑顔に魅入ってしまう。
「そろそろお風呂の準備出来るから、お先にどうぞ。」
「分かった。一夏、ありがと。全部話したら何かスッキリした。」
「それなら良かった。簪は笑顔の方が断然可愛いからな。」
一夏の言葉に簪は顔を赤らめると、慌てて階段を上って浴室に消えて行った。脱衣所で服を脱いで軽く湯を浴び、湯船にゆっくりと浸かった。ほう、と溜め息が自然に漏れる。直前に真っ向から言われた台詞で相変わらず顔は真っ赤だが。
(可愛いって・・・・初めて、言われた・・・・・どうしよ・・・・)
簪は胸を押さえていた。バクバクと心臓が脈打ってそのまま湯冷めしてしまいそうになる。だが、首を左右に何度も振って羞恥を振り払う。
(一夏・・・・・)
ドクンッ!
名前を心の中で呼ぶと、心臓が再び力強く脈打った。それは疑惑が確信に変わった瞬間だった。
(好きに、なっちゃったんだ・・・・・一夏の、事・・・・)
本当に湯冷めする前に簪は風呂を出て着替えると、濡れた髪をドライヤーで乾かし始めた。そこで一夏はドアをノックする。
「はーい。」
「あー、今、大丈夫か?歯磨きたいんだけど。」
脱衣所には洗面道具も置いてある為、一夏も風呂上がりの時はいつもその場で歯を磨いている。
「良いよ?」
簪はドアを開けて、一夏が中に足を踏み入れた。黙って黙々と歯を磨き始める。再び髪を乾かし始め、無言になる二人。
(・・・・・・な、何を話せば良いかな・・・?)
(何を言えば良いのか分からん・・・・)
「あ〜、簪?」
「な、何?」
「その・・・・」
数秒程迷ってから再び言葉を続けた。
「髪の毛、綺麗だな。良かったら、寝る前に手入れしてあげようか?良く千冬姉にもやってるから、結構自信あるんだけど。」
「え?あ、うん・・・・・・・」
折り畳まれている椅子に座らせて、一夏は新品のヘアブラシで姉の髪を梳く時よりも更にゆっくりと、丁寧に簪の髪を手入れし始めた。
(はぅぅ〜、き、気持ち良いかも・・・・それに、凄いドキドキする。)
(やばい・・・・・うなじがすげえ綺麗だ。)
恥ずかしい様な擽ったい様な、だがそれでいて一緒にいられる事がたまらなく嬉しい。二人はそんな思いに浸って、夜は過ぎて行く。
明朝の午前九時前後、呼び鈴が鳴った。ドアを開けると、外では黒塗りの高級車が停車しており、後部座席から和服姿の長身の男性が両脇をガードマン二人で固めて下車した。それを見て、一夏は確信した。迎えが来たのだと。
「私は、簪の父親の更識天次郎と申します。こんにちわ。君が織斑一夏君ですね?」
天次郎と名乗った男が柔らかい物腰で自己紹介をすると、小さくお辞儀をした。
「そうです。」
とりあえず一夏もエチケットと言う事で頭を下げた。
「簪を、迎えに来たんですね。」
それは質問ではなかった。
「どうも、至らん次女がご迷惑をおかけしました。」
「とんでもない!」
大の大人が自分にここまで深く頭を下げるとは流石に思わなかった一夏も慌てて深々と腰を折った。
「寧ろ謝らなきゃいけないのは自分です。本当に申し訳ありませんでした、警護の方とは知らずに連れ去ってしまって。でも一日だけとは言え楽しかったですよ。 ここで話すのもなんですので、上がって頂けませんか?今、簪は朝ご飯を食べている所なので。よろしければ、お茶の一杯でも。」
「分かりました。ここで待っていてくれ。」
「はっ。」
ガードマンを外に待たせ、上がって来た。簪は丁度食器を片付け終わったらしく、キッチンから出て来た所だ。そして父の姿を見て足を止めた。その顔は恐怖で引き攣り、血の気がさーっと引いた。
「お父、さん・・・・・?」
「心配かけさすな。楯無も母さんも私も、どれだけ心配したか・・・・」
簪は目を伏せた。それだけで一夏は申し訳なさで一杯になってしまう。
「ごめんなさい。」
「彼女を責めないで下さい。お手を煩わせた原因は自分が作ったので。」
「・・・・・まあ、兎も角、無事で良かった。お別れを済ませたら、帰るよ。」
「やだ・・・・」
「おい、簪。聞き分けろ。」
「やだ!」
簪は一夏のシャツの袖を掴んで後ろに隠れた。一夏は振り向いて、彼女の両肩を掴んだ。
「簪。」
一夏に呼ばれて、簪は恐る恐る顔を上げた。その寂しそうな表情を見て、簪は涙腺が更に緩むのを感じた。
「俺だって千冬姉と喧嘩別れした時、俺の事なんてどうでも良いと思っていると勝手に勘繰ったんだ。探しに来た時は疎ましくも思ったよ。けど、もし本当にどうでも良いと思っていたなら、俺を探しに来ようとはしなかった筈だ。でも探しに来てくれた。俺の事が大事だから。お父さんだって、探しに来てくれただろう?それだけ愛されてるんだ。良い事じゃねーか。な?」
簪は涙を目に溜めて必死で泣くのを我慢していた。
「何も今生の別れって訳じゃないんだ。まあ、俺は当分引っ越すつもりは無いから、もしまた家出して、愚痴を言いたくなったらウチに来い。今度は和食のフルコース作ってやるから。」
「うぅ、ひっく・・・・」
「ほら。行けよ。正直言って、俺は羨ましいんだぜ?俺にゃ親なんていないからな。家族は代えが利かないから、蔑ろにするなよ?バチ当たるからな。」
「織斑一夏君。君はとても中学生とは思えない。とても重い言葉だ。私も、その言葉を肝に銘じておくよ。」
「いやいや、大人の真似事やって背伸びしてる只の生意気な学生ですよ。」
一夏はぱたぱたと手を振って謙遜する。
「ではそう言う事にしておこうか。簪、私は車で待っているからお別れを済ませなさい。」
「一夏ぁ・・・・」
「ほら、泣くなよ。」
一夏は簪の涙を指で掬い取り、優しく髪を梳いた。
「簪は、笑顔の方が可愛いって言ったろ?だから、最後はもっかい笑ってくれ。」
グシグシと涙を拭うと、簪はとびきりの笑顔を見せた。
「一夏・・・・大好き。」
「え?」
簪はそう言って、玄関に続く廊下へと姿を消した。車に乗り込み、短いとは言えとても濃く、楽しい思い出が詰まった一夏の家が視界から消えるまで後ろを見続けた。
「彼は、中々面白い人間だ。これは、楯無より先に簪の花嫁姿を見る事になるかもな。ハッハッハッハ。」
簪は先程一夏に向けた言葉を思い返し、車内で羞恥に悶えていた。
(ううぅぅぁぁ〜〜〜〜〜〜〜!!!い、言っちゃった・・・・・好きって・・・言っちゃったよぅ・・・・恥ずかしくて死んじゃうぅぅぅうぅぅ・・・・・)
一方、残された一夏は先程言われた言葉を反芻していたが、
「ジーザスッ!!」
頭を抱えてそう叫んだ。
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この甘さで足りるかやり過ぎか自分では曖昧です。そこら辺のさじ加減が良く分からんので。
ではどうぞ。