No.645413

真・恋姫無双 EP.117 呪縛編(5)

元素猫さん

恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
楽しんでもらえれば、幸いです。

2013-12-15 16:16:55 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:2128   閲覧ユーザー数:2002

 淡々とした口調で話す桔梗の声を聞きながら、北郷一刀は何を思うのか目を閉じて耳を澄ませていた。

 

「以上がこれまでの出来事と、我らが話し合った結論だ」

 

 桔梗がそう締めくくり、静寂がその場に訪れると一刀はゆっくりと目を開けた。

 

「責任を押しつけてしまうようで心苦しいが、我らの手で帝を裁くことはできない」

「劉備さんを助けるためには、どうしても劉協さんを処刑しないとダメなんですね?」

 

 一刀の質問に、朱里が答える。

 

「もちろん、劉協様が嘘を吐いている可能性は否定できません。ですが自身の命を触媒とする呪いは確かに存在し、その場合は術者の死によってのみ呪いを解くことが可能となります。残念ながら、事実を確かめる方法はなく、こうしている間にも桃香様の呪いは進行しているのです」

 

 その言葉の端々から切迫したものを感じ、一刀は頷いた。

 

「……劉協さんと話はできるかな?」

「はい。今、お呼びします」

 

 朱里が桔梗に頷き掛けると、桔梗が兵士を呼び指示を出す。やがて、前で両手を縛られた劉協が連れて来られた。

 劉協は無表情のまま、一瞬だけ視線を一刀の後ろにいる月に向けた。その後、一刀の目を見て微かに笑みを浮かべる。

 

「久しぶり、とでも言うべきかな?」

「洛陽で会った時とは、ずいぶん雰囲気が変わりましたね」

「そうかい? 君は相変わらずだよ。相変わらず真っ直ぐで、見ていて気持ちが悪い」

 

 そう言うと劉協は、縛られた両手を軽く持ち上げて続けた。

 

「別に逃げたりしないからさ、これ、解いてくれないかな? 手首が痛くて仕方がないよ」

 

 一刀はわずかに考え、桔梗を見る。桔梗は朱里と頷き合い、自ら劉協の拘束を解いた。

 

 

 手首をさすりながら、劉協は再び一刀と向かい合う。

 

「それで、僕に何を話させたいのかな?」

「どうして劉備さんに呪いをかけたのか、直接、聞いてみたくて」

「答えは同じだよ。はっきりとした意思や考えがあっての行動じゃない。かといって、咄嗟の行動というわけでもない」

 

 劉協はそう、桔梗にしたのと変わらない答えを口にする。

 

「では、かつて月……董卓を監禁したことには何か意味があったのですか?」

「……」

 

 予想外の質問に、劉協は口をつぐんだままじっと一刀を見た。質問の真意を探るような視線が、瞳の奥を覗き込んでくる。

 

「人が何か特別な行動を起こす場合は、必ず何かしらの心の変化があると思います。それは理性的ではないかも知れないし、言葉では言い表せないかも知れないけれど、でも確かに本人の気持ちがそういう衝動を呼び起こすからこそだと思うんです。あの時と今回と、劉協さんを突き動かしたものは何ですか?」

「僕を突き動かしたもの……」

 

 そう呟いた劉協は、自嘲するように唇の端を上げて視線を落とした。

 

「本来の僕はね、とても無気力な人間なんだ。生まれてからずっと、心にはいつも虚無感が渦巻いていた」

 

 穏やかな口調で、劉協はゆっくりと語り始めた。

 

「でもある時、夢を見たんだ。自分じゃない誰かが、この世界で戦おうとしている夢……辛く厳しい戦いだったけれど、多くの仲間に囲まれて幸せそうに見えた。それが君だよ、北郷一刀くん」

「……」

「今の君は覚えていない、『過去の北郷一刀』の夢さ」

 

 意味ありげに劉協は微笑み、一刀はわずかに目を細めた。

 

 

 疑念が確信に変わる。その表情で察したのだろう、劉協は小さく頷いてみせた。

 

「知っているよ、君の事も、この『外史』のこともね。『彼ら』が教えてくれたよ」

 

 周囲の者たちが劉協の言葉の意味がわからず首を傾げる中、一刀だけはその真意を理解していた。

 

「僕には手に入れることが出来なかったものを、君はすべて持っていた。最初は単にうらやましいだけだった。でもふと思ったんだ、どうしてこれほどまでに違うのかとね。帝として崇められる以上は仕方が無いんだと諦めていたのに、天の御遣いとして僕なんかよりも高みの存在でありながら多くの仲間に囲まれている。不公平じゃないか」

「……」

「そんな時だよ、月が僕に声を掛けてくれたんだ」

 

 そう言うと、劉協は視線を月に向けた。彼女は少し驚いた様子で、ぎゅっと自分の腕を抱く。

 

「感情が溢れた。君に渡したくないって思ったんだよ」

 

 笑いとも悲しみとも怒りとも思えるような、複雑に混ざり合った感情を滲ませ、顔を歪めた劉協は一刀との距離を縮める。

 

「――!」

 

 ハッとしたように劉協を止めようと周囲が動き始めた時、彼は制するように一喝した。

 

「動くな!」

 

 それは、帝の威厳に満ちた声だった。まるで魔法に掛かったように、ピタリと全員の動きが止まる。そして周囲が息を呑む中、劉協と一刀は互いに触れられる距離まで近づいた。

 

「自尊心を打ち崩すほどの醜い感情が、僕を苛立たせた……それが、自分の器だったのかも知れない」

 

 すると、どこに隠し持っていたのか抜き身の短刀を取り出して、一刀の手に握らせたのである。

 

 

 声を上げる間の無く、劉協は短刀の先端を自分に向けると、柄を握った一刀の手を上から押さえつけた。

 

「劉協さん――!」

 

 驚き身を引こうとする一刀の腕を、握った短刀ごとがっちり固定するように掴んで離さない。

 

「だめだよ、これは君の役目なんだろ?」

 

 桔梗たちは互いを見合い、動くことができなかった。

 

「やめてください」

「不思議なことを言うね。僕を殺さなければ、桃香の呪いは解けない。なら、君が今すべきことは限られているはずだよ」

 

 一刀にもわかっていた。いずれやらなければならないことで、その機会を劉協自身が作ったに過ぎない。それでも、心穏やかではいられなかった。

 

「戦闘中は気持ちが高揚し、どこか麻痺しているんだ。夢中だし、殺さなければこちらが殺されるという状況にある。だから自己弁護も楽なんだよ」

 

 劉協は一刀の胸中を代弁するように、ゆっくりと言葉をつなぐ。

 

「でも処刑は、冷静でなければならない。無抵抗の相手を、確実に殺さなければならないからね。ほら、先端が僕に触れている。もう少し力を加えて前に出れば、簡単に埋没するよ」

 

 一刀の息が荒くなる。

 

「ちゃんと人を殺す気持ちはどう?」

「劉協……さん……。俺は……」

「他の誰でもない。北郷一刀、天の御遣いの背負うべき運命さ。さあ、僕を殺して。そしてその痛みを、罪を背負っていくんだ。それが、僕の衝動の結末なんだから」

 

 劉協は前に出る。短刀が腹部に食い込んだ。一刀の腕に、生温かいものが伝う。血が、溢れ出た。

 騒然とする中で、一刀は劉協の顔だけを見ていた。彼は静かに、笑っていた。


 
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